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天国の剣  作者: 開田宗介
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拉致


 王宮に呼ばれてから更に数日が過ぎ、エル・カシの町並みも見慣れてきた頃だった。

 見切りを付けるなら、あと一週間ほどで、大凡の技術を勉強する事が出来る。

 そのうち自分が得意な物を先に延ばしていけば、邪教の集団と言えども、少しは対抗できるだろうか。


 筋力もなんとか人並み程度にはついてきたし、持久力もいくらか伸びた。

 勿論、本職の戦士に比べれば、半人前程度だが、石を投げて脱臼する事はもう無いと思う。


(そろそろ、動く時か)


 その日、リヒトは魔法ギルドに現れず、俺は一人で帰宅した。

 日の暮れた通りを王宮まで歩くのに、10分ほどだった。

 その間、道ばたに寝ている浮浪者達を横目で気にしつつ、足早に通り過ぎる。

 スラニルでも浮浪者達は居たが、スラム街という所に隔離されていて、そこで施しを受けていた。

 しかし、この国は彼らを人間としてみていない。言わば、虫と同じ目で見ていた。

 そこかしこにいて、勝手気ままに生き、自分とは無関係であり、無関心。


 この国の文化に多少慣れたとしても、到底これには慣れないだろう。

 半ば逃げる様に王宮への入り口へ駆け込もうとした時。

 視界の隅に居た、浮浪者が立ち上がった。

 ゆらり、と音もなく立ち上がった影が、不自然な姿勢のまま、俺の方に近づいてくる。

 身体を戦慄感が走り、直感的な危険を感じて腕の毛が逆立った。


 ふわり、ふわり……建物の影にいた浮浪者は、黒いローブを目深にかぶっていた。

 いや、かぶっているのではない、それはそういう姿なのだ。

 鋭い爪が伸びている片手を俺の方に突き出し、俺の額を指さしていた。


 モディウスだった。




 その氷のような爪が額に突き刺さると、そこから全身に痺れが広がっていく。

 痛みは無い。ひどく眠くなり、気怠くなる。

 何もしたくなくなり、何も見たくなくなる。

 ただじっとその場にいて、座っているだけ。





 自分がどうなったのか、よくわからない。

 気がつくと、ガタゴトと揺れる荷馬車の中に居た。

 荷馬車には太い木製の檻が付けられていて、囚人が逃げられないようになっていた。


 衣服も装飾品も全てはぎ取られ、灰色のぼろぼろの服を着せられていた。

 何を持っていたのか、今は思い出せない。

 思考が纏まらない。考える、とは、どういう風にすれば良かっただろうか。





 朝が来て、夜が来る。

 夜になるとモディウスが俺を洗脳しに来る。

 どこからともなくやってきて、扉も開けずに檻の中に入ってくる。

 他の奴は怯えて檻の隅に逃げるが、俺だけが恐怖を感じていない。

 そしてまた今夜も、額に人差し指を突き刺され、思考を痺れさせられてしまう。




 囚人達の一人が、悲鳴を上げながら引きずりだれた。

 どうやら、その囚人の目的地に到着したらしい。

 女は悲鳴をあげて抵抗していたが、男に数発頬を叩かれると、泣いて黙った。




 馬車は再び、ゆっくりと進み出す。

 朝が来て、夜が来る。奴が来る。


 常に、夢を見ている様な気持ちになっていた。

 洗脳が進んでいるらしい。

 夢を見る闇達が、俺の頭の中で騒ぎ始めている。

 彼らは死の領域ではなく、夢の領域から来ている。

 俺の頭の中の夢を、全て悪夢に変え、人間として使い物にならなくする。


 蜘蛛の姿をした夢の生物が現れて、俺の記憶を食べていく。

 もうすぐ俺は意識の無い、肉の塊になる。

 しかし不思議な事に、恐怖を感じたりはしない。


 もし、今、胸にナイフを突き立てられて殺されたとしても、特に何も思わないだろう。

 闇の六神への生贄として、理想的な状態になるだろう。





 若い修行僧が荒野を走り、その隣をキャットエルフが併走する。

 後ろに駄馬に乗ったライトブラリンガーがゆっくりと馬を走らせ、彼女の後ろには真っ白な肌の少女が泣き疲れて眠っていた。


 彼らの大切な友人が消息不明になってから4日の後、彼らはエル・カシの国を出た。

 キャットエルフが、サゴシの友人から連絡を受けたのだった。

 俺達の命の恩人が、奴隷商人に捕まっているのを見た、と。


 コンストラクトの少女が泣いた。他のコンストラクトには出来ない事だった。

 彼女は伝説の竜の知識をもって作られた、作られた人間だった。

 半分は肉体、半分はミスラルの身体を持ち、神が作ったこの世に一つしかないドーセントを埋め込まれていた。


 何故いつもの様に迎えにいかなかったのか。あの日はなんとなく、部屋の外に出るのが億劫で、室内で剣の姿のままで眠っていた。

 主が夜更けになっても帰って来ないので、また親友と酒を飲んでいるのだろうと呆れた。

 しかし朝になっても主は帰ってこなかった。飛び起きて、猫エルフに相談し、そして修行に向かう途中のモンクに相談した。


 私用でどこかに行っているのかもしれない、まずは様子を見ようという事になり、その日が暮れるまでは賓客室で待っていた。

 猫エルフは一応の事態を考慮して、盗賊ギルドとバードギルドに連絡を入れていた。

 この用心深さが、彼の婚約者を救ったのだった。


 奴隷商人達の移動は酷く遅い。

 人の足で走っても、四日程度なら追いつく事ができるだろう。

 盗賊ギルドから駄馬を貰えたおかげで、更に早く、二日で追いつける計算だった。


 しかし、そう上手くはいかなかった。

 モンク達が追いついた奴隷商人達の荷馬車には、魔法使いの姿は無かった。

 サングマへ向かっている商人達はどこだ、と問い詰め、その商隊が港へ直行しているのを知り、進路を変更する事になった。

 おかげで彼らが魔法使いを取り戻すまでに、更に四日が必要になった。





 視界が揺れていた。酷く暗い。潮の匂いがする。海だ。

 これは船だ。船の貨物室に入れられている。

 汗と油の匂いで鼻が曲がりそうだった。汚物の匂いもしていた。

 しかし誰も動こうとしない。皆、寝たままだった。


 隣の誰かが話しかけてきた。


「おいお前、もうあっちに行ったか?」


 耳元でそう囁く声は、シュウシュウという妙な息の混じった声だった。


「あっち……?」


「おっおっ、答えが返ってきた。まだ間に合った。よしよし」


 間に合った。とは何の事だろうか。

 いや、今、何の事だろうか、と考えている自分に気づいた。

 少しずつ、記憶と意識が組み合わさりかけている。

 俺は、モディウスに囚われて、ダークシックスの生贄として運ばれている所だ。


「ああ……俺は……捕まった……」


 頭の中がそれだけ動き始めているにもかかわらず、身体が全くついてこない。

 全身は痺れたままだった。


「モディウスは海が怖い。だからこの船には乗らない」


 そこで言葉を句切り、シュウ、と息を吐く。人間ではないらしい。

 首を動かしてそちらを見たいのだが、身体が動かない。

 だが、俺が身体を動かそうとしているのは、隣人には分かったようだ。


「俺とお前は、守られた。お前にもドラゴンの血が流れているのか?」


 ようやく、首だけを動かす事ができ、ゆっくりと声の主を見ると、そこには一匹のコボルドが横たわっていた。進化して二足歩行ができるようになったトカゲのような種族だった。


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