旅の仲間?それとも嫁?
その日、俺達は賓客室には戻らず、エル・カシの酒場で夕食を食べた。
スラニルに比べると倍ぐらいの大きさでしかも小ぎれいな酒場が数件あり、食べるには困らない国だった。
料理の味も良し酒の味も良し、金さえあれば、この国では不自由する事は無いだろう。
「リュージ、そっちはどうなってる」
「本格的にシンタオ(神道)の勉強をしてる。スラニルではモンクの基礎しか勉強出来なかったから、知らない事ばかりで、楽しいよ」
「そうか。それでセリーナスは?」
「毎日修行を見に来てるな」
「お前達、夫婦って噂になってるぞ」
「はぁ!? なんで!?」
リュージが酒を吹き出しながら、俺達の顔を見回す。
「セリーナスの方が原因だったか……」
「あ、ご夫婦ですか? って聞かれましたから、そんな感じですって答えましたよ」
「言っちゃったんなら、仕方ねぇか……」
これがリュージのセリーナスに見せる弱さだった。
相手が俺でもどうしてそんな事を言ったんだ、と突き返してくる所を、セリーナスにだけは大甘なリュージだった。
「まぁ、俺はいいんだけど」
「でも、そちらのお二人も、シェイさんの許嫁なんですよね?」
「うっ……既に噂が……」
「お前の場合は二人ともヨメって言ってもいいだろ」
「私はシェイのヨメではないのですか?」
「えっと、まだ、そういう話は……先かな……」
「でもでも、二回も頭を撫でたのに。二回目は完全に婚約完了な感じでしたよ」
「どど、どういう事だシェイ。私はどうなるんだ」
「うう……」
婚約完了かどうかはともかく、この旅にローグは絶対に必要だった。
しかもキュネイは整理整頓こそ出来ないが、メカニックとしての腕は名人級だった。
この逸材を手放す事は出来ない。女を騙した悪い男、許せないヒモだと言われようが、彼女は必要だった。
リヒトも当然欠くわけにはいかないと言うべきか、そもそもこの子が居なければスラニルは滅んでしまう。色恋とはもう別の次元の問題だ。
リュージは仲間として、友人として、かけがえのない存在で、例えどんなに強くてもリュージの代わりに見知らぬオッサンと共に旅をしろと言われたら、続けていけるかどうか自信がなかった。
そのリュージに押しかけ女房してきたのが、ライトブリンガーという癒しの天使そのものみたいな存在であり、この一行ならドラゴン討伐隊として、かなり未来が見えてきている状態だった。
俺とリュージとリヒトだった時の、無力感と絶望感に比べれば、今は雲泥の差だった。
「とにかく、今は一緒に旅をして下さい、お願いします」
「あらあら、今日はお優しいんですね、シェイ。お酒、お注ぎしましょうか?」
(色々諦めただけだが、酒は注いでもらおう……)
「シェイ、ここにはいつまで居る?」
リヒトが素朴かつ大切な事を聞いてきた。
いつここを出発するのか――できるだけ早く。そんな事は皆がわかっている。
それでも聞いてしまうのは、日に日に不安感が増していくためだった。
「どうしても会得したい技があるんだ。それを手に入れるまで待ってくれ」
リュージがそう言ったのは、俺が返事に困っているのを察してくれたからだった。
俺にも会得したい技がある。技を覚えればそれだけ強くなる。
「そうかわかった」
リヒトはリュージの答えに対し、簡潔に頷いた。
それだけの事だったのかと思って、俺が困っていると、キュネイが耳元囁いた。
「女の子ってのは、不安を紛らせてくれれば、それでいいんですよ」
「難しいな……」
「一番簡単な言葉は、大丈夫、任せておけ。でいいんですよ」
「ま、大丈夫だ。俺に任せとけ」
「わかりました、リュージ様」
目の前で、こうするんだよ、というお手本を見せられて納得した。
「リヒト、大丈夫だ、任せておけ」
「そうか。まぁがんばれ」
「何か違うよな? 今、何か温度差があったよな?」
何が違ったのだろうか? リヒトの今の返事は、体よくあしらわれただけの様に聞こえた。
女心は理解出来ない。俺がエルドリッチナイトをマスターできたとしても、女心はマスターできないだろう。
「いいんだよ。この年までモテた事なかったし。今まで女っ気無かったし」
「シェイすねちゃって、かーわいい」
キュネイがふざけながら、俺の頬を指先でつんつんしてきた。
それで、今頃になってようやく気づいたのだが、この子は気の利く良い子なのではないだろうか。
人間とキャットエルフの恋は悲劇に終わりやすいと聞く。
キャットエルフの老いが遅く、いつまでも若いのに対し、人間の男はどんどん老人になっていく。その悲劇の物語を吟遊詩人が語る事もあった。
(男から見れば、嫁さんがいつまでも若くていいんだけどね)
腹も満腹になり、それぞれの都合も聞けたし、今日の所はこれで十分だった。
俺達は酒場を出ると、そのまま賓客室へと戻り、その日はゆっくり休んだ。
そして明くる日からまた、鍛錬の日々が始まった。
新しい技、その技術。剣の振り方、筋力のトレーニング。楽しい物ではなくとも、続けなければならなかった。
一刻でも早く、旅立つその時の為に。
「シェイさん、国王様がご内密にこれを」
「えっ……?」
ある日、ギルバートさんが突然、衣装箱をもってやってきた。
それはあきらかに女性向けの衣装だった。
「リヒトさんにどうかと」
「あー……」
どうしてお金持ちというのは、可愛い女の子を見ると、何かをあげたくなってしまうのか。
下心があるにせよ無いにせよ、目下で断れないこちらとしては処理に困る。
スカートからロインクロスはまだいい。あのスカートは俺が買った物だから。
そして今度は何だろうかと怯えながら箱を開けてみた。
「これは……」
ミドルサーンの遙か東方にシンという武力国家がある。
その国では同族殺し戦争が常々続けられており、殺し合いの歴史を持つ国として周りから畏怖されていた。
そのシンの国の女性はキモノという綺麗なドレスを着ていて、それはドレスでありながらも戦闘着として十分に使用できる物だった。
「花嵐という名のキモノだそうです。宝物庫にあったのですが、誰も着る者がおらず、リヒトさんになら、似合うのではないかという事で」
「リヒト、これ、着てみてくれる?」
「またか……でも、これも綺麗で良い服だな、ちょっと着てみる」
数服後、花嵐を着たリヒトは、異国の少女にしか見えない風貌で姿を現した。
「これはすばらしい……国王様にお目通りも適いましょう」
(うう、あまり偉い人とは会いたくないんだけどな……)
権力争い、宮廷闘争というものが国の偉い人達の周囲にはついてまわる。
だから国王にあったとなれば、見知らぬ偉い人が挨拶にきたりする。
そうすると別の偉い人が拗ねたりする。だから平民扱いの方が気楽だった。
という俺の思いとは無関係に、ギルバートさんから王宮の偉いさんに話が通され、そして俺達はエル・カシの国王に挨拶する事になってしまった。