エルドリッチナイトとして修行開始
「本当に、奴隷が平民になれる事ってあるのか?」
「平民になら、ね。もちろん特権階級は無理だと思うよ。それはこの国の国益主義者が許さないさ。不法就労者は出ていけって騒ぎ出すよ」
「なるほどね。でも、それでも奴隷から解放されるなら、希望はあるか」
「そう。この国がギリギリのバランスで耐えてるのは、実際にそうやって成り上がれた人達がいるからさ」
俺とリュージはそれぞれ紹介状を持って、おのおののギルドへと向かった。
エル・カシの魔法ギルドの長は、ロディット卿より実力がある魔法使いだと聞いている。
そしてそのギルドメンバーの数も、スラニルと同じぐらいに居た。
スラニルは魔法が主体の国だったので、元々、他の国の三~五倍の魔法使いを抱えていた。
エル・カシの四分の一程度しか国土のない小国にしては、多すぎるぐらいだった。
「スラニルからこられた魔法使いの方ですね。私があなたの為のギルドトレーナーのギルバートです、よろしく」
魔法ギルドに入り、書簡を渡すとすぐに専属のギルドトレーナーが出てきた。
ギルドの建物はいくつかに別れていて、見習い達のホールはとりわけ大きく、その人数も多かった。
「すごい数の人達ですね」
「それぞれ、自分の目的を持って、ここに来ていますからね。純粋に魔法を勉強したい者。更に高みを望む者。貧困から脱する為に力を得ようとする物。中には冒険者になって、一攫千金を夢見る若者もいますね」
「そうですか」
「それで、シェイさんは、かなりの腕前のアークメイジの様ですが、更に腕に磨きをかける為に修行しに来られたのですか?」
「いえ、逆に、一からやりなおそうと思いまして」
「……なるほど、つまり、ペールマスターかエルドリッチナイトに?」
ギルバートさんが、少しだけ険しい表情をしてそう尋ねてきた。その理由はわかる。
ペールマスターとは死霊術を更に突き詰め、死者を戦士として召喚する闇の魔法使いだった。
その道は険しく、大抵はその者の人生を狂わせる。
しかしそれでも、魔法使いギルドとしては彼らを否定する事は出来ない。
生と死の魔法はとても強力で、誰もが心の中に憧れを持ってしまうからだった。
「はい、エルドリッチナイトとして、修行したいんです」
俺がそう言うと、途端にギルバートさんは明るい表情になった。
心の中ではやれやれ良かった、まともな奴で。と安心した事だろう。
「エルドリッチナイトは若い冒険家達に人気の職です。なんと言ってもベテランの魔法剣士は格好いいですからね」
「剣の強さを引き出したくて、頑張ってみようと思うのですが」
「ええ、その気持ちはきっと満たされますよ。シェイさんが今までやってきた修行は、火の魔法を強くするとか、幻術の効果を上げるとか、魔法を一回でも多く撃つとか、だったと思います」
「その代わりに今度は、シールドの魔法の効果をあげる。抵抗力の効果を上げると言った、戦士達が体力で補う所を魔力で補うスタイルとなります」
ギルバートさんの説明はとてもわかりやすく、そしてエルドリッチナイトはまさしく、俺の望んでいた想像通りのものだった。
基礎練習は、剣に自らの魔力を乗せるエルドリッチストライクという技術。
剣に火、水、酸、雷、純粋な破壊の属性を乗せることで、更に強くする。
あとは剣術そのもののトレーニング内容も多く、そういう部分に関しては、戦士ギルドのトレーナーが手伝ってくれるそうだった。
例えば剣の振り方、構え方によって、二度、三度と連続で攻撃する技術。
これは実の所、リュージが教えてくれた剣の振り方そのものだった。
敵の急所を貫き、一撃で倒す技術など……。
それら全てを体得するには、当然、長い月日がかかるのだが……
俺は現在会得できる所まで技術を得たら、それで良かった。
何日も何日も、繰り返して身体に覚え込ませる修行をここでしていては、先に進めない。
今の俺には、実践で育てていく時間しか無かった。
「これは、当魔法使いギルドからの贈り物です。このギルドのメンバーである証としてこの指輪をつけていてください」
「ありがとうございます。こんな物、いただけるんですね」
「弱い呪文ですが、悪からの防御という魔法がかけられています。お守りですね」
「では、共に頑張りましょう」
そして二週間が過ぎた頃だった。今できる事と、この先に目指す方向性と、それに向けての心構えや訓練法をギルバートさんから教えてもらった後だった。
「あの子は、何者なんですか?」
ギルバートさんが指さしたのは、魔法ギルドのすみっこのベンチにちょこんと座って足をぷらぷらさせているリヒトだった。
さて、どう説明すれば波風立てずに済むか。と考えを巡らせ、まずはスラニルの貴族の娘です、と言ってみた。
「許嫁の方ですか? 随分と親しいみたいですね」
リヒトが俺にベッタリしている所は見られていたらしい。
毎日何をするでもなく、俺の修行を見に来て、寝るか暇をもてあました後、修行が終わったから帰るという事を二週間繰り返していた。
「許嫁になるのかどうか……」
「ええ、もうひとかた、それらしき女性もいますよね」
「シェイ、お仕事終わった? 一緒に帰ろうよ」
キュネイはキュネイで盗賊ギルドで勉強していたので、共に帰れる時とそうでない時があった。
そして二人とも早めに終わると、並んで部屋のすみっこにちょこんと座り、足をぷらぷらさせているのだった。
「ご結婚のご予定は、あと五年ぐらい先ですか?」
「いえいえ、実の所、そういう具体的な予定もない状態でして」
「あのう、お連れ様夫婦がモンクギルドの方にも来られてますよね」
「ふっ、夫婦!? えっとあの心当たりはあるんですが、あの二人はまだ夫婦ではない筈なんですが、少なくとも二週間前までは」
「そうなんですか。でも、夫婦という事らしいですよ」
「はぁ……リュージのやつ、なにやってんだ……」
「シェイさんはとても良いお弟子さんですから言いますけどね、国王様が、あの子の事を気にしているらしいですよ。あの器量の上に踊り子みたいな服装ですし」
「ロインクロスか……あの服のせいか……」
ここに来てもリヒトの外見の良さは、少し気にしなければならない様だった。
外見というより、尻の問題かもしれないが、踊り子の衣装と言われれば、否定は出来ない格好だった。