故郷への帰還
世の中に海賊の集う島は幾つもあり、また、海賊達が根城にしている小島も多くある。
その中で、デッドフォール――死の奈落と呼ばれるこの島は、海賊達が海賊達の為に作った要塞島だった。
世界中の無法者達が集まり、1日に100人近い死者が出る街。その死因の大半は喧嘩で、それでもお互いに無用な争い毎は控えるというルールは一応あった。
「そこに行けば強くなれるぜ」
「ああ……強くなるか、もう戻れなくなるかだな」
リュージがそう言うと、団長は笑っていた。
「ウルゴーよりは弱いぜ、サングマの連中よりは強いがな」
大帝国と比べたら、いくら海賊でも分は悪いだろう。
単にこのオークは皮肉で、俺達がウルゴーなんか倒せる訳がないと言っているのかもしれないが。
「俺の名はザーガッシュ・ザ・バトルマスター。俺達の一族はサゴシの王に助けられた。だからサゴシの商売の奴隷売買も手伝っている」
「そうなのか、キュネイ? サゴシは奴隷売買をしているのか?」
「うん、してるよ」
あっけらかんと言われては、こちらも返す言葉がなかった。
「モディウスは嫌な奴だった。だから倒されたのなら俺はそれでいい。奴隷を捕まえて売る事はこれからも続けるだろうが、お前達がそれを邪魔しないと言うのなら、ウルゴーを倒す手伝いをしてやろう」
「俺はバトルマスターだ。この意味はわかるな? その人形を持って、デッドフォールにいき、闘技場のマスターゴージに見せろ。それで闘士としての訓練を受けられる」
正直に言うと、平謝りですいませんでした。全力でご辞退させていただきます。と言いたい所だった。
自分が弱いという自覚はあるが、だからと言って強くなれるか死ぬかという二択の訓練所には行きたくない。
ライオンのお父さんでも、少しは手加減してくれると思う。
ちなみにバトルマスターとは、それなりに強いけどチャンピオンって訳じゃないという、微妙なランクだが、見ての通り盗賊団のリーダーを担うぐらいの強さはあった。
などと言っている俺よりは確実に強い。
「お気遣いに感謝します。では、これで失礼させてもらいます」
いきなり今から行ってこい、とか言い出しそうだったので、俺は慌てて屋敷の外に逃げ出した。
「いきなりデッドフォールが出てくるとは思わなかったなぁ」
「デッドフォールとは地名か?」
「ああ、海賊達が集まる現実の地獄島さ」
「それはどこにある?」
「ノースサーンの北西。西の港町ロブニクから北の港街ラヴァニアを経て、そこから一ヶ月ぐらい」
「とにかく遠いのか」
「ああ、とても遠い。まぁ行く事なんて無いさ」
リヒトは俺達の怯えようを見て、不可解に感じたのだろう。
まずリヒトは海賊の怖さを知らないし、その海賊達が何百グループも居る場所なんて想像出来ないだろう。
異世界の悪魔達が済む街と大差なかった。
「サングマへ行くには?」
「ロブニクから南へ半月ほどだが……問題はそこへ行く船がない」
「自分達で行くしかないって事か?」
「そうなるね。サングマって呪いの地って意味なんだよ。邪教の本拠地がそこにあるらしいって噂は良くされていたけど、ビオ卿の言葉で確定だな」
「あのモディウスという悪霊は、そこへ逃げ込んだのか」
「そうだろうね」
「追わなきゃいけないが……あのオークの団長が言った通り、今の俺達では歯が立ちそうにないな」
「口先だけでここまで来た様な物だしな……一度、スラニルに戻ろうと思う」
「初心に戻る、か。いいじゃいないか」
「私はリュージ様が行くところなら、どこへでもついていきます」
セリーナスにそう言われたリュージはまんざらでもなさそうだった。
「スラニルですか、初めてです。どんな所なのですか?」
「普通の、ごく普通の小さな国さ」
俺が一番欲していたのは、ゴート卿のアドバイスだった。
闇の中の闇、その闇の中に天使を見つけた今、敵は混沌の闇そのものになっていた。
その闇に対抗する為に、何か知恵を貰えればと思ったのだった。
早速、ボーダウの森近くからスラニルへと戻る。
帰り道は楽で、来た時よりも近い様に思えた。
ここまで来る時には、リヒトの尻ばかりを追いかけていたが……帰りも大して変わらなかった。
あのビオ卿が趣味でくれたロインクロスは、スカートのようにヒラヒラせず、お尻を丸出しにもしていない分、目が奪われる事は少なかった。
それでも大事な部分は下着一枚だったので、チラリと見えた時に、今、見えた様な気がした、という変態的な嗜好は増したかもしれなかった。
「桃尻娘がパンチラ娘になっただけだ」
リュージはリヒトに聞こえない様に、こっそりそう言った。
聞こえたら、また破滅の蹴りが飛んで来るかもしれなかった。
俺はリュージの好みを知っている。リュージは自分自身が活発な分、異性には大人しい子を選ぶのだ。
例えば花屋の娘とか、羊飼いの娘とか、図書館の司書とか。
だからセリーナスという大人しくて優しそうな子は、好みの筈だ。
リヒトの時と比べて、口調が随分柔らかいのを見てもわかる。
「あいつ結構、表裏があるよなー!」
リュージとセリーナスがいちゃいちゃしているのが気に入らなかったらしく、リヒトが俺にそう言った。
それを聞いた時、ここまで感情を豊かにする必要はあったのでしょうか剣王様。と思ってしまった。
「人の尻ばっかり見てるくせに、天使の前ではデレデレするんたぞ」
「まぁ、そんなにプンスカするなよ」
「私達にはシェイがいるじゃないですか」
女の子にそんな事を言って貰えるのは嬉しかった。
スラニルに住んでいる頃は、女っ気などなく、結婚などせずに魔法使いになるものだと思っていたから。
(そう言えば、父さんと母さんに、行ってきますも言ってなかったな……)
王宮から秘密裏に出発した俺が、家族に挨拶などする暇なんてなかった。
(帰ったら、こっそり顔でも見に行くか)
まだ国王の勅命も剣王の天命も達成には程遠く、ウルゴーの脅威が無くなった訳でもない。
堂々と家に帰る日はいつになる事か。
そんな事を思いながら無事スラニルに着いて王宮に帰った俺を、ゴート卿はすぐに執務室に呼び出した。
「帰国した所を呼び出して済まない」
「はぁ……何のご用でしょうか」
「まずは、君のご両親の死を伝えねばならない」
「死……死んだんですか? 二人とも?」
死因は毒蜘蛛にさされての中毒死だった。
その毒蜘蛛は、ウルゴーの密偵が国王の命を狙う為に放った物で、調理師と掃除婦だった両親は、何も知らずにその蜘蛛に刺されてしまったのだそうだ。
死因から、スラニルにはいない毒蜘蛛だという事が分かり、バードギルド達の調査でウルゴーの密偵を見つけたとの事だった。
国王を狙って、毒サソリや毒蜘蛛、蛇が放たれるのはよくある事だった。
そして被害者が出るのもよくある事だった。
それが、自分の両親になるとは思っても見なかった。
ウルゴーの密偵を恨めと言われても、彼らは国王を狙っただけだった。
虫にいたっては、俺の両親への殺意などありもしない。
不幸な事故でしかなかった。
「シェイ……」
少し一人になりたいと言った俺を、リヒトはいつまでも心配してついてきていた。
実家に帰って、遺品を整理したが、どれを残してどれを捨てればいいかなんてわからない。
いきなりの孤独に、途方に暮れるしかなかった。
哀しいわけでもなく、さりとて何を思う訳でもなく、ただ、呆然と時間だけがすぎていくのに身を任せていた。