闇の中の闇、その闇の中に居た光
「これで一件落着か?」
「もう一仕事だね。スカルバッシュの頭領に話をしよう」
全身の重さを感じつつ、片膝に手を着いて立とうとした時、セリーナスが俺の身体に触れた。
すると、身体の中から疲労感が消し飛び、身体の内側から元気が溢れてきた。
「君は……僧侶なのか?」
「私はライトブリンガー、光の導き手でございます」
なんと、俺が今まで幾度か望んで来たヒーラー様が目の前にいらっしゃった。
「セリーナスさん、この後のご予定は?」
俺が紳士的にそう尋ねると、セリーナスは頬を赤らめながら、リュージをちらちらと見る。
「私、この方に助けて頂いたご恩を返さねばなりません。それまではこの方とご一緒させて頂きます」
咽から手が出る程欲しかったヒーラーの仲間、それも光の世界の住人でライトブリンガーという聖職者。願ったり叶ったりのその人が、我が親友を見初めてくれた様だった。
「出会いって、どこにあるかわからないものだね」
「うるせぇ。お前はもう嫁を二人連れてるだろうが」
(絶対、口には出せないけど……そっちの子の方が素直で優しそうな気がする)
「しかし……女成分が増えていくな」
「そうだね、若干、男手が欲しいんだけどね」
冒険者達というものは、大抵が汗臭い泥臭い男達の集いで、たまに紅一点で女性が混じるのを見かける。
逆に、男顔負けの気迫を持った女盗賊達の様に、男を見下げるぐらいの力を持った女達の集まりか。
どちらにしろ、筋肉と血と汗の臭いがするものだった。
それに比べて俺達の、なんと文化的なチーム編成か。
そのリーダー役は、ヘタレの魔法使いの俺。
しかし、念願のヒーラーを仲間にする事が出来たのは幸いだった。
神殿の中を出て、俺達はスカルバッシュのホールの方へと戻っていく。
ホールに戻ると、宿舎側にいた数人のオークが酔いつぶれて寝てしまっていた。
「ちょっとごめんよ、起きてくれよ」
床の上で寝ているオークの身体を揺さぶってみるが起きないので、リュージが軽く頭を蹴飛ばした。
「んああ? 何だ……お前ら……」
「モディウスの使いだ。リーダーはどこにいる?」
「団長は居ねぇよ、3日ぐらいは帰ってこねぇ」
「じゃあ、またその頃に来るよ。モディウスの使いが来たって伝えといて」
「ちっ……魔法使いか……気にいらねぇ……」
オークはそう言うと、また飲み直していた。
俺達はさしたる障害もなく、四つ辻で倒したオーク二人の死体を片付け、形ばかりの弔いをしてやると、砦を出た。
「さてと、団長の所に行くか」
俺がそう言うと、リュージが腰紐を巻き直しながら尋ねてきた。
「場所はわかったのか?」
「ああ、さっきのホールの壁に行き先が書いてあった。下手くそな字で、ビオの屋敷ってね」
「あの金持ち、かんでいたか」
「金持ちのやる事だからね」
ボーグルの森から離れ、ボーダウさんと共に歩いた道を辿って再びビオの屋敷に行く。
屋敷の側に、キャンプが設営されていて、そこでオークとバグベアー達が寝ていた。
バグベアーはオークほど強靱ではないが、全身毛だらけですばしこく、人間動物を問わず食べる肉食性の半獣人だ。低い知能を持ち、オークとは共生している事があった。
そのスカルバッシュ自警団達のキャンプを通り過ぎ、ビオ亭の玄関で執事を呼び出す。
執事は案の定、今は自警団の方々とお話をしているので、忙しい。と面会を断ってきた。
「モディウスの使いとして来たんです。わかるでしょ?」
この固有名はここでも効果はばっちりだった。執事は慌てて中に戻り、そしてほどなく、俺達を屋敷の中に入れ、食堂へと通した。
食堂には豪勢な食事が用意されていて、その殆どはスカルバッシュ団長の食べ物だった。
向かいの席には太ったビオ卿が居て、難しい顔をして座っていた。
「あなた方が、モディウス殿の使いとは、どういう事ですかな?」
「今し方、モディウスを倒してきたんですよ。ボーグル森の砦の奥でね」
俺の言葉を聞いて、チッと団長が動物の骨を床に吐き捨てた。
それを侍女が慌てて掃除する。
「倒した……あなた方が? ほう……その天国の剣で、ですかな?」
「そう。そしてあの神殿は開放された。もうあそこにダークシックスは居ないんだ。奴隷商人のビオ卿」
そこまで言うと、さすがにビオ卿も団長も表情を凍てつかせた。
スカルバッシュ団長のオークロードは、さすがに巨漢で、他のオークを圧倒する人相の悪さと、覇気を持っていた。
一戦交えるつもりならば全力で相手をしないと、このボス格は倒せそうにないほどの覇気が伝わってきていた。
「あの神殿は、アイリアの神を信仰する為に作られた所だ。そこにモディウス率いるダークシックスが攻め込み、光の巫女――この子を封印した」
俺がセリーナスの方に視線を向けると、ビオ卿と団長も異質な髪を持つ彼女を見た。
「ダークシックスの神々から闇の恩恵をうけ、ボーグルの森はワーグ達の住む危険な森となった。そしてモディウスのおかげで魔法障壁も作る事が出来ていた」
「スカルバッシュ団長、あんた達が戻る頃には、あの森は光溢れる優しい森になっていて、ワーグ達はどこかへ逃げている事だろう。そしてもう魔法障壁もなければ、一番奥の神殿にデスドリンカーのクォリも居ないぞ」
「そんな事をして、タダですむと思ってるのか?」
ドスの聞いた声で団長がそう言った。
「モディウスが居なければ、奴隷は売れない。ビオ卿もスカルバッシュ自警団も実入りは無くなる」
「何が望みだ? 金か? それとも我々を討伐するつもりか?」
「生憎、俺達は正義の味方じゃあないんですよ」
「ほう、なら、どうする?」
「モディウスがどこに逃げたかを知りたい。つまり、売られた奴隷がどこに連れて行かれるのかを。その情報さえ貰えば、俺達はそれでさよならって事で」
「まっまっ、まさか、ダークシックスの教団を退治しにいくのか?」
「そんなの無理な話だって分かってますよ、ビオ卿。俺達はスラニルから、この天国の剣と共に旅をしています。その目的は侵略者から故郷を救う事であって、あなた方を潰す事でも、ダークシックスに喧嘩をうる事でもありません」
「お前……正気か? その言葉の意味は、ウルゴーを倒すって事だぞ……」
ビオ卿の顔が引きつったのは当然だろう。そして団長は再び、食べていた動物の骨を床に吐き捨てた。
「ウルゴーを倒すか……そいつはちょっと面白そうだな」
勿論、団長のこの言葉は、自分が関係するつもりなどなく、ウルゴーが倒れた時の混乱を想像してのことだった。
倒せるか倒せないかなんて現実の話は、オークが考える事ではない。彼が考えたのは、よりやりたい放題出来る、無法の時代がくるかも。という妄想だった。
「俺達はスラニルを救います。それが俺達の目的です。たとえそれが卑劣な手段をつかう事になったとしても」
「勝てば官軍、ですか。ならば条件として、私の口から出たというのは他言無用にしていただけますかな?」
「勿論です、ビオ卿」
「……サングマの島には、闇の六神の信仰の拠点がありますなぁ。おっと口が滑ったか」
「いえ、何かおっしゃいましたか?」
「いえいえ、何も」
「それではお食事の所、失礼いたしました。ビオ卿、スカルバッシュ団長」
「待て、魔法使い」
必要な情報は手に入れたし、さっさと帰ろうとした時、団長が俺達の前に立ちはだかった。
しかし、殺意は感じられなかった。
「ウルゴーの将軍で、スラニルを攻めているのは、ダイゲンという中将だ。奴を殺せ」
「……なるほど、情報、感謝します」
「だがお前達には勝てない。弱すぎる。そこでこれをやろう」
オークは古ぼけたお守りを一つ、俺達に投げてよこした。
それは首の取れかけた人形で、胸にナイフが刺さっているという悪趣味なものだった。
「それは、デッドフォールの通行証だ」
その言葉を聞いた時、俺とリュージは顔を見合わせ、そして背筋に寒気を感じた。
それはこの世の地獄と言われる、海賊達の島の名前だった。




