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天国の剣  作者: 開田宗介
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剣の王(キング・オブ・ブレード)

 魔法使いの朝は早い。

 それは他人に知られてはならない事を、密かに話さなければならないからだ。


「しかしマスター……それでは、ウルゴーに攻め入る大義名分を与える事になってしまいますぞ」


「ウルゴーは異世界とのコンタクトを許していません。それは例外なくウルゴーを打倒する為に、異世界の力を借りるという事だからです」


「無論、その通りじゃ。もはや賢王ウルゴーはおらぬ。大帝国ウルゴーは、賢王の名を借りているだけの肉食獣じゃ」


「その体内は寄生虫にむしばまれ、もはや国の体も成してはおらん。あのダイゲン中将はいずれスラニルの地を土足で踏みにじるじゃろう」


「一週間の後、我々は異世界に助力を乞う為の儀式を行う」


「マスターよ、我々はいったいどの異世界の神に助力を乞うのですか?」


機甲涅槃界クロックワーク・ニルヴァーナの剣王」




 いよいよ、その時が来た。

 マスターが動き出した以上、もう後戻りは出来ないだろう。

 仮初めでもまやかしでも、平穏な時間はあと一週間で終わる。


 その後はウルゴー大帝国に剣を向け、滅ぼされるか、或いは侵略をはね除けるかのどちらかだ。

 こちらがウルゴーを侵略する事は無いし、スラニルの十倍以上の国土を持つ大帝国を滅ぼす事も出来ない。


(こればっかりは、リュージにも言えないし……一週間は会わないようにしよう)


 会えば情から、必ず何らかの情報を伝えてしまうだろう。

 逃げろと言うか、戦えと言うかはわからない。どちらにしろ、彼は彼の意志でしか動かない奴だから、会おうが会うまいが大差は無いが、その覚悟をさせるのがいやだった。


(というか、国の誰にも会いたくねぇ)


 そう思ったのは俺だけでは無い様だった。

 一部の図太い神経の魔法使い以外は、皆、家に閉じこもってしまい、姿を見せなくなった。

 守秘義務という意味でも引きこもった方が自分の身のためだった。


 今、俺は両親とは別の、魔法使いに与えられる好待遇の建物に住んでいた。

 リュージは相変わらずの下町暮らしで、住む場所においては、格差が生じていた。

 しかしその格差で優遇されている魔法使い達は、一週間の後に、この国の行く先を左右するような事態を引き起こそうとしていた。


(国王様は、どう考えていらっしゃるのだろう?)


 当のスラニル国王は、良くも悪くもない、平凡な国王だった。

 とりたてて善政をする能力もなく、しかし悪政は嫌だというので、国民から慕われてはいた。

 そしてウルゴーからみても、この国王なら言う事を聞くだろうと目下にみており、その通り無理無茶な要求以外は、ウルゴーの言いなりになっていた。


 それでも国王は、平和が少しでも続くのならいいじゃないか、と言ったと聞いている。

 善良な王であるのは皆の知る所だった。


(そうでなきゃ、あの血の気の多いリュージが、この国を守ろうなんて思わないだろうけどな)


 もし嫌な国王だったら、リュージはさっさと国を捨てて出て行っただろう。必要なら家族も連れていったかもしれない。

 相手が誰であろうと、自分が納得のいかない事はしない奴だった。その頑固さ故に早死にするだろうと言われたにも関わらず、ぴんぴんしている。


 それがリュージの持って生まれた気功術によるものなのは明白だった。

 あの血の気の多い男が喧嘩しないわけがない。相手が豪傑だろうが腕っ節の強い剣士だろうが、気に入らなければ喧嘩を売っていた。

 何勝何敗で勝ち越しているかはどうかはともかく、生きてはいるのだから、大したものだった。


 その旧友とも顔を合わせる事無く、一週間を引きこもって過ごした俺は、運命の日を迎える事となる。


 異世界とのコンタクトを行う日。

 コンタクトをとる事だけなら、さほど難しい儀式ではない。

 だが今夜行うのは、おそらく、機甲涅槃界に住む神、剣の王自身を呼び出し、降臨させるつもりだろう。

 キングオブブレードと呼ばれるこの神は、その名の示す通り、鍛冶と戦の神だった。

 この神には肉体が無く、全身が機械で出来ている。

 機甲涅槃界という異世界は、自立した意志を持つ機械達の住む世界で、悪魔達の天敵だった。


 天敵と言っても天使達の様な善の存在ではなく、あらゆる均衡を保つのが彼らの意志だった。

 マスターウィザードが助力を乞う相手として剣王を選んだのもこの為だった。

 ウルゴーの存在は善でも悪でもなく、他国への侵略という行為もまた、善でも悪でも無い。

 もしウルゴーが天使か悪魔の助けを得ていれば、対抗勢力に助けを求める事も出来るが、賢王ウルゴー一世はそれを見抜き、人の世の戦に止めた。

 だからこそ、戦の神に力を求めるしかなかった。


「問題は、剣王が見返りに何を求めるか、ですな」


 天使なら死後に渡る忠誠、悪魔ならその魂、敵対する神のアーティファクトや、失われた知識。

 色々な見返りの形があるが、剣王が何を望むのかは誰にも分からない。

 なぜなら剣王がフェイルーンと呼ばれるこの世界への召喚に対して、見返りを求めたという記録がないからだった。


「それについては、ワシに考えがある」


 マスターウイザードは重い口調でそう言い、そして魔法使い達はその言葉を信じるしかなかった。

 思えばこの国は、マスターウイザードである彼、ロディット卿に頼りすぎていたのかもしれない。彼は確かに賢者と呼ばれるに相応しい判断力を持っていたが、賢者にはなれない所があった。

 それはあまりにもあきらめが悪く、人間臭すぎる所だった。

 所詮は人間という種族の中では賢いが、エルフやオーク、コンストラクト達、他の種族と共生するこの地では、視野が狭すぎた。


 誰もが、うすうすは感じていた事だった。

 今夜のこの、剣王召喚の儀式は、本当にやるべき事なのか。

 賢王ウルゴー一世が、人の世の戦として止めたのであれば、それに則るべきではないのか。

 一度でも異世界に助力を乞うたが最期、ウルゴーは全力でその国を滅ぼしてきた。

 この大ホールの床一面に描かれた魔方陣。そしてその魔方陣の各所に座る魔法使い達。

 魔力の効果を高める紫煙。召喚に必要な薬草と魔法の材料達が入った鍋。

 既に、この国はロディット卿一人の決断の元に、ウルゴーに宣戦布告をしているのだった。


 ロディット卿を中心に、魔法使い達の呪文が唱えられその呪文が完成していく。

 ある者はそこの部屋に結界を張る魔法。

 ある者は術者の魔力を高め、その効果を長持ちさせる魔法。

 ある者は魔方陣を清め。ある者は魔方陣に力を注ぎ込み、ある者は異世界と現実との均衡をとる魔法を唱えていた。


 召喚獣を呼び出すように、完成された呪文一つを唱えればよいという物ではなかった。


 一つ一つの呪文が互いの要素を昇華させていき、やがて呪文の全体が完成へと近づいていく。

 すると目の前の空間に、渦巻くカオスゲート、異世界への門が姿を現した。

 異世界へのリンクは成功。同調も成功。異世界の彼方にいる住人とのコンタクトにも成功したと担当の魔法使いが報告した。


 異次元の門をくぐって、まずは二人のコンストラクト戦士が姿を現した。

 身の丈2メートルほど、人間より少し背の高い戦士達。

 彼らの機械の身体を包む鎧は鈍く青い光を放っていて、単なるアダマン装甲ではない事を物語っていた。


 そして、その彼らの数倍の背丈を持つ、機甲騎士がゲートから姿を現した。

 その手にも足にも肩にも、鋭い刃がついた凶悪な鎧は、その鎧を着る者が破壊と殺戮を目的とした存在だという事を示していた。


 そして肩から背中にかけては、悪魔の羽の代わりに、禍々しくねじ曲がった剣が伸びている。


「ペインアースの人間達よ、何用か」


 その声は太く鋭く荒々しく、威厳と覇気に満ちていたが、粗暴では無かった。


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