ブレード・ショット
リヒトを構えつつ魔法を扱うというのは、この時初めてやったのだが、これはかなり失敗だった。
殆ど攻撃魔法しか使えず、それも低レベルの物しか咄嗟には使えない。
魔法の矢、冷凍弾、強酸弾などの単体にむける物だけでは、致命傷は難しい。
本来なら、それらの魔法を補助攻撃として、メインはリヒトで押していくべきなのだが、残念ながら俺は剣の修行をさぼりっぱなしにしていた。
ローブを着ている敵にまずはマジックアローで先制すると、シールドの防御魔法で弾かれてしまった。
続けてアイスボルトを撃つと、向こうはやる気満々でファイアボールを放ってくる。
アイスシールドで炎の威力を半減し、あとは炎のプロテクションで守りきると、向こうは定番のスパイダーウェブを放ってきた。
俺もよく使うこの呪文は、それなりに修行したヒーラーから防御系の魔法を貰わないと、かなり厄介だった。
地面にねばついた魔法の蜘蛛の糸が現れ、身体に絡みついてくる。
思い切りねじ切れば、力で振り切る事もできるが、問題はそのわずかな間は無防備になってしまうという点だった。
対抗策は、蜘蛛の糸を燃やしてしまう事が一番だが、手早く燃やすための呪文、火炎放射を唱えるには両手で呪文を唱える必要があった。
仕方無く一端リヒトを背に抱え、そして呪文を唱えると、目の前に広がる蜘蛛の糸を焼ききっていく。
キュネイは見張りに対してクロスボウを撃っていたが、盾で弾かれていて、致命傷は与えられていない。
リュージはもう一人の見張りの所までようやく駆けつけた所だった。
赤いローブの魔法使いは、俺より先にリュージを倒そうとして、魔法を唱え始めていた。
魔法に弱い前衛から倒していくのは、魔法使いとしては定番だった。
「キュネイ! ローブ男を狙ってくれ!」
咄嗟にそう指示すると、キュネイは狙いをかえて魔法使いにクロスボウを放つ。
一発が見事に命中すると、魔法使いはよろめいて、通路の奥へと倒れていった。
見事な一発だった。
魔法使いからの攻撃を避けたリュージは、見張りを二人とも片付けて、神殿の入り口に立っていた。
俺とキュネイがリュージの所までかけつけると、神殿の奥へと通じる広い通路には、戦闘準備の整った一団が身構えていた。
魔法使い二人に、戦士が三人。
こちらも向こうも相手の出方を見て、距離を取って身構える。
更に奥から二人、駆けつけてくるのが見えた。
彼らが来たら、数で押してくるつもりなのだろう。
「私がやろう」
リヒトがそう言い、その刀身が鈍い光に包まれた。
「シェイの力を借りる。この前の様にならない程度に」
「この前って?」
「ウルゴーを撃退した時ほどは、派手にはしない」
リヒトはあの時の様に剣圧で眼前の敵を吹き飛ばすつもりだった。
だが、以前の時の様な破壊力では、この地下の神殿を吹き飛ばしてしまうので、力を抑えるという事らしい。
(それにしても、俺の力を借りるって、どういう事だ?)
あの時、俺はそんな事をした覚えは無い。
あの破壊力はリヒトが自壊しながら放った、最大の攻撃だと思っていた。
「では、いくぞ」
敵は七人がそろい、ゆっくりと歩みを詰めてきた。
俺達が動きを見せれば、即座に攻撃に転じるのだろう。
「リュージ、キュネイ、下がって」
リヒトの刀身が光っている事に気づき、二人が後ろに下がる。
逆に相手は動きを止め、盾を持つ物は盾を構え、魔法使いはその後ろに隠れて様子をうかがった。
俺が何かをやるつもりだ、というのは、向こうも見抜いていた。
だが、到底防御しきれる物では無いという所までは、さすがにわからなかっただろう。
「いけっ……」
今回は身体全体を回転させず、手首だけで遠心力を産み出す。
剣を上から下へ回し、一度空回りさせた後、その一回転分の力をリヒトに乗せた。
「ブレード・ショット!」
シュウ、と空気を斬る音と共に、剣自身が何かを吹き出す様な音が聞こえた。
目の前に扇状の、無数のダーツが飛んでいた。
「うお!? こ、これって」
剣王が放ったレイン・オブ・ブレードの極小版だった。
リヒトが自分の刀身から無数の小刀を放ち、物凄いスピードで前方へと飛ぶ。
人間が投げるよりも当然早く、弓矢よりももっと早かったかもしれない。
鋼鉄の盾でそのダーツを受けたにもかかわらず、小刀は盾を貫通し、その後ろの戦士も魔法使い達も全てを貫いていた。
しかもそれらの小刀は無用な破壊を行う事無く、目標の相手達の命を奪うと、そこで消え去ってしまっていた。
「すごいな。やっちまったか」
「そんな事も出来るんですね」
二人が感心して、そう言葉を漏らしていた。
俺も、この天国の剣はやはり伊達ではないと思いつつ、その光る刀身を見つめていた。
「よし、先へ……あらっ……」
ちょっと格好つけて足を踏み出そうとした時、まるで膝裏をカックンされた様に俺はその場に膝をついてしまった。
「なにやってんだ?」
「ち、力が……すごい脱力感だ……」
「今の技のせいか?」
「すまない。出来るだけ、セーブしたつもりだったが」
リヒトはそう言うと、少女の身体へと戻り、俺の身体を支えてくれた。
「シェイのもつ魔力を、私の力に変えさせて貰った」
「なるほどね……魔剣は使い手の生命力を吸い取るというが、それか」
「そうだ。私には剣王に匹敵する力がある……ハズだ。その様に作られている。その力を引き出せるかどうかはシェイ次第だ」
「剣王の力、とは、すごいな……」
「以前、ウルゴーの時、私は自分でもよくわからずにその力を使ってしまった。でも自分の力もシェイの力も、そして剣王様の力の使い方もわからずに、デタラメに力を使った」
「結果、私はお前から吸い取った力を生かせず、自分自身を崩壊させてしまった」
「あの時、吸い取られたような感じはしなかったぞ」
「……はっきり言おう、お前の魔力の方が強すぎて、吸い取れなかった。そして私は私自身の知力が低すぎて、機械的にしか力を使わなかった。そしてあの身体はあまりにも硬すぎて、力を伸ばし、ひねる事が出来なかった」
「今のこの身体は、作られた人間の身体に、作られた鋼の身体が融合されている。しなやかさは力を極大まで引き出せる。リュージならわかるだろう」
「ああ、モンクはそればっかりやってるからな」
「……はぁ……まぁ……とにかく……すっごい疲れてるんだけど……先に行こうか」
そのままそこにぶっ倒れるという程ではないが、長距離走をした後のような気だるさが全身を包んでいた。
筋肉の全てがゆるゆるになっていて、一歩歩く度に、カックンカックンしてしまう様な老人の歩き方になってしまっていた。
それをリュージとリヒトが支えてくれるおかげで、前へと進めた。
「さて……ここが神殿の中心、祭壇の間か……」