ビオ卿とリヒトのロインクロス
夜明けまで、沢で休みを取り、囚人達に逃げるだけの体力を回復させた。
その間俺達は寝ずの番を交代でして、スカルバッシュ達が追ってきてないか警戒を続けた。
夜が明けると共に、俺とリュージは一人ずつ囚人を背に担ぎ、残りの二人には歩いてついてきてもらった。
彼らの言うビオの集落に着くと、たしかに家は三軒だったが、三軒とも大邸宅で、これでは要塞と変わらなかった。
「すごいな、ここ……大金持ちの一家かぁ」
「ビオ一族はこの辺りの地主ですよ。大きな声じゃいえませんが、奴隷商人とも繋がってます」
バードのボーダウが苦笑しつつ言った。
「あちこちから恨みはさんざん買っているとは思いますが、俺達商隊やあなたたちのような異国人は客人としてもてなしてくれますよ」
「ああ、くれぐれも、奴隷の話は無しで。俺達が捕まったというのも無しで」
「わかりました。ボーダウさん達がサゴスへ戻る手段を確保するのが目的ですね」
ボーダウが一番手前の屋敷の門扉で挨拶すると、すぐに執事らしき男性が俺達を招き入れてくれた。
家の中は王宮ほどではないが、個人が住むにはあまりにも豪勢すぎた。
黄金と宝石のシャンデリア。魔法のタペストリー。五階まで吹き抜けの階段に、魔力発電装置まである様だった。
「サゴスの皆様、今日はどのようなご用件でしょうか? 主人との面会は予定にありませんが」
「ああ、ビオ様のお手を煩わすつもりはございません。この近くで野犬に襲われまして、サゴスへ戻る為の馬をやられてしまいました。それでご助力を頂きにきた次第です」
「ああ、それはご不幸でございますね、どうぞご自由に馬を使って下さいませ。主人には私から伝えておきます」
「ビオ様にはいつもお世話になっております。サゴスに戻りましたら、必ずバードギルドよりお礼をさせていただきます」
「いえいえお気遣いは無用です。主人はサゴスの方々にいつでも力をお貸しいたしますよ」
とても好待遇で、俺達はほっと胸をなで下ろしたのだが、全てがそう上手くいく事は無かった。
それは、俺が完全に油断していたせいだった。
馬の準備が出来るまで、おくつろぎ下さいと賓客室に通されたのは良かったが、しばらくして執事が部屋に戻ってくると、主人がご挨拶したいと言われております、と言われてしまった。
ボーダウさんとしては要件だけすませてさっさと引き上げるつもりだったし、ミスは無いはずだが、と頭を傾げていた。
奴隷商人の件、そしてボーダウさん自身が囚われた件、そして逃げ出した件、それらの情報がビオ卿に入る前にとんずらする予定だった。
俺達は怪しまれない為にもその歓待を受けねばならず、ビオ卿の待つ客室へと通される事になった。
「初めまして、私がビオ=バロウです。今日はよくおいでになられた」
ビオ卿はまるまると太った赤ら顔の男で、解りやすいほどの金持ちだった。
大きめのソファにどっかりと腰を降ろし、片手に宝石がゴテゴテとついた杖を持ち、それで体重を支えながら姿勢をとっていた。
「これはビオ様。常々お世話になっております」
「お引き留めして申し訳無い、少し個人的に気になる事がありまして」
「はぁ……と申されますと?」
「そちらの少女、今まで見た事の無い大変愛くるしい方ですが、どこかの国のお嬢様ですかな?」
(あー……しまった……リヒトか……)
簡単に言うと、この目の前にいるビオ=バロウという金持ちのおっさんは、リヒトを気に入ってしまったのだった。
ブレードフォームにしておけば、そうなる事も無かったが、うっかり忘れて人の姿のまま連れてきてしまった。
「私はリヒト、剣王に作られし天国の剣だ」
「剣王? 天国の剣? というのは……何でしょうか?」
この土地の地主として、金と権力は持っているだろうが、機甲涅槃界や剣王の事など、一般人が知るわけもなかった。
「自己紹介させていただきます。私はシェイ=クラーベ。スラニル国の宮廷魔術師でございます」
「ほ、ほう、スラニルの御仁ですか。これは遠い所をようこそ」
「彼女の名はリヒト。異世界の神の使いとして降臨した……言わば天使です」
「天使……おお。それでそのように透き通る様な白い肌と眉目秀麗な容姿なのですか」
「ええ。こちらは修行僧のリュージ=ガラン。私と共にスラニル国王より勅命を受け、旅をしている折に、こちらのボーダウ氏ご一行が野犬に襲われているのを助けた次第です」
「そういう次第で……はい」
俺達の中途半端な作り話に、ボーダウさんが合わせてくれて、頭を下げた。
「なるほど……天使では……いたしかたないですな……」
ビオ=バロウ氏は、なんとも口惜しそうにリヒトを見ながらそう言った。
町娘だったら金を積んででも、或いは俺達を襲ってでも手に入れようとしたかもしれない。
もしかしたら、今でも心の底ではリヒトを手に入れたがっている可能性はある。
金と権力の持ち主は、得てして何でも手に入れようとするものだった。
「その……腰につけているのは……巻きスカートですかな?」
ビオ氏がそう言うと、リヒトは両手でぴらりとスカートをめくりあげて頷いた。
何の為にスカートを履かせたのか、全く彼女は理解してなかった。
ちらり、とスカートの下に見えた三角地帯にビオ卿の目が最大限に見開かれていた。
「おほん! オホ、ホホ……そ、そのスカートは天使様には少し、庶民的ですな。お近づきの印に、我が家よりお召し物を差し上げたく思いますが、どうですかな?」
「は、はぁ……お気遣い、ありがたくお受けしたいと思います」
ビオ氏は召使いに何かを申しつけ、そして召使いはリヒトの側までくるとうやうやしく一礼してから、ウエストのサイズを測った。
またか。という顔でリヒトは俺の方を見たが、俺を見られても困る。
そして10分ほどの後、小さな綺麗な布きれをもって召使いが現れ、再度お辞儀をした後に、スカートとその布きれを交換した。
「それはロインクロスという召し物です。良くお似合いですよ」
「おい、いいのか……これ……」
リュージは肘で俺の脇腹を突いて俺に尋ねたが、ここでこの金持ちの機嫌を損ねても、何も良い事は無かった。
「これはこれは、このような希少な物をいただけるとはありがたい。国に帰りましたら、ビオ様にお世話になった事、しかと我が国王にお伝えいたします」
「ああ、かまいませんよ……可愛ければ、それで、うむ、うむ」
最後には、ビオ氏はただのデレデレと鼻の下を伸ばしたオッサンになっていた。
「悪くは無いが……これでいいのか?」
リヒトが小首を傾げて可愛らしく、そう尋ねてきた。
ロインクロスとは、単なる前掛けつきのパンツだった。
一応、尻の方にもひらひらとした羽のような形の布きれがついていたが、見た目はどんどんいやらしくなるばかりだった。
「羽付つきの桃尻女に戻ったな……ぬおう!?」
桃尻女、という言葉を聞いたリヒトが、鋭い蹴りをリュージにむかって放った。
すかさずリュージはその一撃を交わしたが、蹴りは波動を伴っていて、避けた先の壁をブチ抜いていた。
「無礼な事を言えば、ぶっとばすと言った筈」
「お前、今、本気で殺そうとしただろ? これ、当たってたら、俺は死んでたぞ!?」
さすがのリュージも壁の穴を見て、自分の命が今、潰えかけた事を悟っていた。
「さ、さすがは天使ですな……はは……はは……」




