夢の領域の住人クォリ
更に奥に進むと四つ角に交わり、初めて見張りのオークが正面に立っていた。
奥への通路を守る様に二人のオークが立っているが、剣は傍らに置かれていて、壁に背をあずけて、居眠りをしていた。
毎日暇で敵が来ないなら、誰でもそうしてしまうだろう。
四つ角の右と左を見ると、右側の突き当たりに木の両扉が見えた。
「あの奥に、牢屋があります」
キュネイがそう言うので、俺達は居眠りをしているオーク達に気取られない様に右の扉へと向かった。
扉に辿り着くと、早速キュネイが鍵穴を調べ、瞬時に鍵を開けてくれた。
その手並みはこれこそローグと感心するほどで、普通に鍵穴に鍵を差し込むのと、大差ない動作だった。
ゆっくりと扉を開け、中の様子をうかがうと、少し不思議な構造になっていた。
大きな四角い部屋の中央に、鉄格子があった。そしてその前にオーク達が立っている。
ここからでは全てを見る事はできないが、部屋にはおそらく四つの牢獄があり、それぞれ鉄の扉で閉ざされており、その中に囚人の姿が見えた。
二つは入り口近くからでもなんとか見えるが、奥の方の牢獄は入り口も見えない。
部屋が対称系なら四つだが……。
見える限りの見張りのオークは二匹、と思いきや、もう一人、かなり人相の悪いオークが銀色のメイスを片手に歩いてくるのが見えた。
「モディウスの洗脳は終わったのか!」
「いえ、まだです、小隊長!」
「あの幽霊め、どこで何してやがる」
(……幽霊……?)
「待たせたかね」
「……おっと……驚かせやがって」
部屋の中央にある鉄格子から、黒いローブを全身に纏った半透明の存在が姿を現した。
オークの小隊長の言葉から察するに、あれは幽霊で名前はモディウスというらしい。
(幽霊が……洗脳……?)
やはり魔法を使って洗脳をしているのかと考え、その洗脳の様子を確かめようと、牢屋の方を見る。
見張りのオークが鉄扉をあけると、中から囚人が出てきたが、その姿はまるで夢を見ているかの様にフラフラとしていた。
囚人は黒い幽霊の前に自分から進むと、そこで怯えもせずに立ち止まる。
その囚人の額に、黒い幽霊の鋭い爪の尖った指先が触れた。
「助けないと!」
キュネイがそう叫び、扉から飛び出していく。もしかしたらあの男が仲間なのかもしれなかった。
俺とリュージも顔を見合わせると、キュネイを追って部屋の中に飛び込む。
「て、敵だと!?」
オークの小隊長は狼狽こそしたものの、すぐに武器を構えるとリュージに飛びかかっていった。
キュネイが幽霊に向かって何かの小瓶を投げつけると、その液体は白い煙を上げて幽霊の身体を焼いていた。おそらくは聖水か何かの類だろう。
「Hssss!!!!」
金切り声を上げながら後退する幽霊に対し、俺は片手を伸ばして火炎放射の呪文を唱えた。
幽霊はそこで反撃に転じ、俺とキュネイの方へ片手をあげて襲いかかってくる。
リュージはオークの見張り二人を既に昏倒させ、そして小隊長とやりあっていた。
その強さはモンク様々だった。
「あの程度の相手なら斬れる」
背中のリヒトがそう言ったので、背中に担いでいた大剣を構えると、俺の意志とはあんまり関係無く、大剣が宙を斬った。
一閃、二閃目は簡単に交わされたが、こちらもリヒトに振り回されている感じだった。
三撃目は、以前にリュージにならった通り、大剣を腕にのせ、小さく腕を回転させながら、遠心力で斬りつけていった。
「いいぞ、踏み込め」
リヒトに言われ、続けざまに四回目の斬撃を放つと、幽霊の身体を両断していた。
「wooooo...」
幽霊は斬られた部分から魔力の様な気体を吹き散らし、そしてすぐに霧散していった。
後ろではオークの小隊長がリュージの回し蹴りの直撃を喰らって壁に激突し、床上へと崩れ落ちていた。
「よし、すぐに囚人達を助けて、逃げだそう」
小隊長のベルトには鍵束があり、それを引っ掴むと、俺達は予想通り四つの牢獄から四人の囚人達を助けて、そこから出口へ向かった。
「侵入者だ! 囚人が逃げたぞ!」
四つ角の所で、奥へと向かう通路の脇にいた見張りに見つかったが、今は逃げる事さえできれば良かったから、そのまま駆け抜けた。
ただし、すぐには追って来られないように、蜘蛛の糸を二、三箇所に展開し、キュネイは地面に油をまいていた。
「私を囮にしないのか?」
「囚人を全員助けられたから予定変更。今は全力で逃げるよ」
俺がそう言うとリヒトは気を遣って背中から降り、人の姿になって共に走りだした。
途中の洞窟のゼリー達も、走って逃げる限りは追いついては来れず、そのまま森の中へと俺達は逃げていった。
「ボーダウ、大丈夫?」
「……ああ……キュネイか……俺は……助かったんだな……」
用心の為に森を抜け、近くの沢まで逃げて来た所で、囚人達と共に足を止める。
幽霊に洗脳されていた中年の男性が、頭に手をやりながら、苦しい顔をしていた。
「ひどい事をされた……意識を吸い取られていくんだ……痛みや恐怖は無いんだが、あの幽霊に頭を触られたり撫でられたりすると、ふわふわとした気持ちになるんだ」
「だんだんと物事がよくわからなくなり、何でも言うことを聞くようになる。歩けと言われればそうするし、座れと言われればそうする。人形になっちまうんだよ」
「それが、洗脳か……」
他の三人も、同様の事を言っていた。彼らとキュネイは商隊の仲間で、スラニルの隣の国であるサゴスという国に戻る途中だった。
「あんた達スラニルの人達か、ありがとう、助けてくれて。スラニルはいつもウルゴーに脅されてて、いつ占領されるかって噂してたけど、この前の戦には勝ったんだろ?」
「勝ったわけじゃないですけどね」
「スラニルが倒れたら次はサゴスだなって話はしてたんだ。とにかく助かった。サゴスに来る事があったら、バードギルドに来てくれ、何か礼をするよ」
「ボーダウさん、あなたはバードなんですか?」
「ああ、一応楽師をしてたんだが、肝心の商隊が襲われてね。襲ったのはオーガー達でスカルバッシュのオーク達が助けてくれたんだが……気づいたら俺達四人は檻の中だった」
「四人は行方不明になったって事になってるの。私、オーク達がボーダウを連れて行くのを見たから、つけてたんだよ」
「ああ、キュネイ、そうだよな、お前のその機転がなきゃ、この人達も来てくれなかったか、ありがとうよ」
確かにそうだったかもしれない。あの時、キュネイがあの場所に居なければ、俺達はうまく中に侵入する為に時間を費やしただろうし、ボーダウさん達を助ける事も出来なかったかもしれなかった。
「ああ、キュネイのおかげだな。ありがとう、色々と助けてくれて」
そう言いながら、キュネイの頭を撫でると、彼女はきょとんとしていた。
「一休みしたら、近くの町まで向かいましょう。そこまでは一緒に行きます」
「ありがたい。ここから近くにあるのはビオの集落だ。三軒しかない集落だが、あそこまでいけばなんとかなる」
俺が持っている地図上にはボーダウさんの言うその集落は乗ってなかったので、その場所にビオ、と書き加えておいた。
「まずは、第一段階は大成功だな」
リュージがそう言って笑った。
「オークが幽霊と手を組んで、奴隷商人に囚人を売りつけていた、という所まではこれでわかったな」
「しかし幽霊が手伝うってのは、どういう事なんだ?」
「邪教ですよ。闇の六神の教団です。あれは幽霊ではなくクォリなんですよ」
「夢の異世界の住人クォリかぁ。闇の六神に幻夢界の神様が居たなぁ」
このフェイルーンにも色々な教団があるが、闇の六神と呼ばれる邪悪な神々を崇拝している一団があった。
「邪教に奴隷が売られるって事は……生贄とかにされるのか?」
「されるでしょうね。多分」
「闇の中の闇とは、闇の六神、ダークシックスの事か。ゴート卿はわかって言ってたかな?」
そこまでゴート卿が聡明な人だとは思えなかった。
あの人は良い人だが騎士団長という自分の仕事に誇りをもっていたから、洒落た言い回しの勉強より剣術を勉強するのを選ぶ方だ。
だから、そそのかしたり遠回しな言い方を上手に言える人では無かった。
「まだ、伝説には届いてないけど、ちょっとは近づけたか」




