ローグメカニック・キュネイ
キャットエルフのローグを捕らえた俺達は、ボーグルの森の中でも、スカルバッシュ砦からなるべく遠い所にある洞窟に身を隠した。
「っ……!!!」
口には猿ぐつわをされ、手足は縛られたキャットエルフは俺達を見て、恐怖に怯えていた。
それも仕方無い事だろう。キャットエルフ達は、その愛らしさからペットや奴隷として売られる事もあり、この様に捕まるのは死を意味していた。
「落ち着いてキャットエルフさん。俺達はただの冒険者で、君をどうこうするつもりは無い」
「……」
俺はまずそう言ってから、リムーブフィアーという恐怖を紛らわせる呪文を唱えた。
ほどなく彼女の顔から恐怖の色が消え、代わりに警戒と怒りの、険しい顔つきになる。
「まず、喋れる様にするね? でも噛みつくとか叫ぶとかは無しだよ、OK?」
そう念を押してから、猿ぐつわを外した。
彼女は約束通り、大声を出す事はなく、口元を噛みしめていた。
「…………水……」
それだけ言うと、彼女は気絶してしまった。
「そんなに咽が渇いていたのか? おい、これ、水筒!」
俺は慌てて彼女が持っていた水筒をとって蓋を開け、彼女の口にあてがった。
「早く飲め。一体何が……」
「ブフーーーッ!!」
「うわあ! 目が! 目がーっ!!」
彼女は口に含んだ水を勢いよく俺の顔に向けて吹きだしていた。
それはただの水ではないらしく、まともに顔にかぶった俺は、目が焼ける様に凍みて開けられなくなり、のたうち回った。
「シェイ、大丈夫か!」
リュージがすかさず俺達の持ってきた水筒をとり、顔についた液体を洗い流してくれた。
その後、洞窟の外まで連れて行ってくれて、近くに流れる川で何度も目を洗い流した。
「いててて……目が潰れる所だった……」
こういう時に治癒魔法が出来る者が居ればいいのだが、生憎今は該当者無しだった。
再び洞窟内に戻り、キャットエルフの口をゆすがせてやり、その上で水を飲ませた。
「ありがとうございます……死ぬかと思いました」
「こっちも死ぬかと思ったよ。この水筒には何が入ってたの?」
「それ、眠り薬です」
「薬か……かなり目にしみたけど。本当に眠り薬なの?」
「あれっ、痺れ薬だったかな?」
「痺れ薬だと思うよ! かなり痺れたからね!」
「あはは、まぁそんな物を飲まされた私の身にもなって下さいよ」
「そんな物を顔面に吹き付けられた、俺の身にもなってくれるよね!」
「それは大変でしたね」
なんだか微妙に会話が噛み合わない女の子だった。
悪者ではなさそうなので、戒めをといてやると、キャットエルフは手首をさすりながら、ぼそっと小声で言った。
「縛り方が甘い……まだまだ素人ですね」
「人を縛る事にはなれてないんだよ」
「もっとこうキュッと縛らないとダメですよ。痛みと快感は紙一重ですから」
「それは、君が特殊な趣味をもっているせいだと思うよ」
俺の心の中に不安感がみるみる膨らんでくる。
(……多分……この子……普通じゃない……)
「まぁ、こういう仕事ですから、縛られるのは何度もある事ですし」
「君、ローグじゃないの?」
「ローグですよ?」
「縛られたらダメなんじゃないの?」
「そんな事言われても、捕まっちゃうんですから仕方ないじゃないですか」
「よく今まで生き延びてきたね……俺、シェイって言うんだけど、君の名前は?」
「キュネイです。ローグメカニックしてます」
「ああ……メカニックの方ね……」
ローグという職にも、ひたすらに手先の器用さを追求し、戦闘よりも罠を仕掛けたり、罠を外したり、或いは罠その物を作ったりする職人タイプがいる。
彼らはどんなローグよりも罠を見つけるのが上手く、また罠を避けるのも上手く、そして大抵の戒めからは抜け出して逃げ出す事が出来た。
彼らローグメカニックをウルゴーの要塞監獄に投獄したとしても、数日のうちには牢屋を抜け出して逃げてしまうことだろう。
それでも捕まってしまうのは、生死に関わる事だと思うが。
俺達はお互いに敵意のない事を確認し、そして互いの事情を話し合った。
こちらはスカルバッシュ軍の事を調査しにきた事を告げ、彼らが何か裏で後ろめたい事をしてるんじゃないかと話すと、キュネイは首を縦に振った。
「はい。彼らは旅をしている人間やエルフを捕まえて、奴隷商人に売りつけています」
「なるほど、それが資金源なのか……でも、どうして騒ぎにならないんだ?」
「化け物に洗脳されるって噂です。私の仲間が一人捕まってしまって……それで私、彼を助けようと」
「じゃあ助けるしかないな」
とリュージは言ったが、俺は少し戸惑った。
助けるのは良い、助けられるものなら、そうした方が良いのは当たり前だ。
だが、敵が何物なのか全く解らない。
洗脳する化け物とは何だろうか? 魔法使いかシャーマンが幻術をかけているだけなのか。
ゴート卿の、闇の中の闇という表現が気になる。
闇とは奴隷商人達の事。その中にいる闇。
オーク達はただの兵隊でしかないのだろう。彼らを操っている奴が居る筈だ。
オーク達は奴隷を捕まえる事は出来ても、洗脳や商売は好んでやりたがらないだろう。
そんな奴らを自警団という形で統率し、その裏で闇取引を操るとなれば……。
(そういのが得意なのって、人間なんだよな……)
下手な化け物より人間の方がタチか悪い。
正面から殴り込んで、リヒトとリュージの力頼みでゴリ押ししても、その奥にいる奴には手が届かないだろう。
第一、俺達はオーク退治に来たのではなく、ヴィスカスの伝説の手がかりを探しにここに来たのだから……。
(あ、そうか。目的と手段を間違えたな。俺達はヴィスカスの手かがりさえわかれば、オーク達は相手にしなくてもいいんだよな)
「どうした軍師。何か案はあるのか?」
「まずは情報だな。囚われているキュネイの仲間達を助けよう。そして助けたら退却。出来るだけ戦いは避ける」
「中の様子を偵察するのと、そしてキュネイの仲間達から内部情報を得よう。それが第一段階だ」
「解った。シェイに従うよ」
「じゃあキュネイ、砦の位置とかは分かる?」
「はい。深夜は魔法障壁が無くなり、見張りも手薄になります。この森に住む怪物達が森を彷徨うので、自然の要塞になるんです」
「魔法障壁が閉じたら、すぐ入るのが良さそうだね」
俺達はキュネイの持っていたこの森の詳しい地図を元に、砦の側、魔法障壁の近くギリギリまで近づき、そこから様子を伺う事にした。