キャットエルフ
しかし現実はそう上手くいかなかった。
「……あれっ?」
「……おい……シェイ……」
リヒトはスカートを腰に巻いた事で、尻を隠す事が出来ていた。
しかしリヒトが歩く度に、その布きれがヒラリ、ヒラリとめくれるのだ。
「あれっ? あれっ? これって、どうなのかな?」
「なんか……もっといやらしくなってないか?」
「こ、こう……下から見ると、やばいなこれ」
「スニーク(隠密)の姿勢で中腰で歩くと、ギリギリ見えるぞ」
「リュージ、それやめようよ、それ格好悪いよ」
「ああ、そうだな」
前を歩く少女のスカートがピラピラとめくれる度に、その中の尻がちらりと見える。
それを見たいが為に、男二人が後ろから中腰になり、身体を傾けて顔を横にしているのだ。これではただの変態だった。
「姿勢を正して、上から見る限りは、大丈夫だ」
「ああ、うん。いい太股してるよな」
「リュージさぁ、本当に色欲とか断ち切る事できてる?」
「断ち切れてるから、ムラムラはしてねーだろ」
「そうかムラムラしないのか、それは羨ましいな……」
「俺、モヤモヤからムラムラにレベルアップしてるんだよね。あれ脱がした方が良いかな?」
「もう少しばかり、丈の長い物にするってのはどうだ?」
「リヒトさ、前にカーテンを引き破って腰に巻いた事があったんだけど……パレオみたいな感じに。そしたら太股に絡みつくから嫌だって投げ捨てたんだよ」
「じゃあもう、アレしかないな」
「うん、だからあの長さのスカートを見た時、これだって思ったんだ」
実際、リヒトにミニスカートはとてもよく似合っていて可愛らしかった。
しかし、問題はリヒトの歩き方にもあった。彼女は普通に歩く時、やや跳ねる様に歩く。その体型からしてエルフをベースにしているのは明らかだから、歩き方もエルフベースなのだろう。
彼らは人間のように荷重移動で歩くのではなく、大地を蹴って着地するという移動を繰り返す。故に小さくスキップするような歩き方をするのだ。
だからミニスカは常にピラピラしていて、お尻丸出しよりエッチになってしまった。
「……俺、頑張って色欲を抑えるよ。やり方教えてくれよ、リュージ」
「ちょっとずつでも、積み重ねが大事だしな。頑張れ、シェイ」
そもそもリヒトに人の姿ではなく剣の状態になっていろと言えばいいのだが、それを一度言うとずっと剣のままになってしまいそうで、それが怖かった。
やっぱやめて、君のお尻が見たいんだ、と本音を言いそうだった。
寄り道した村から公道へと戻り、俺達は再びボーグルの森を目指す。
スカルバッシュ軍のテリトリーに入る事自体は、大きな問題ではなかったが、呼ばれても居ない奴を砦の中には入れてくれないだろう。
しかもゴート卿の話では、ヤバイ匂いがしていて、そのヤバイ雰囲気の中に、もっとヤバイ何かがあると言っていた。
冷静に、スカルバッシュという集団の事を考えてみる。
まず最初に、軍団を維持するには当然金がかかる。食費も酒代も建物の修理費も下働きする奴の生活費もあるだろう。
彼らは自警団であって、盗賊行為はしていない。警護をする事で報奨金は手に入れているだろうが、もっと確実な財源が必要だろう。
何らかの形で彼らは金を稼いでいる。しかも大金を。それがゴート卿のいう『闇』だろう。
その公には出来ない大金を稼ぐ為には、もっと悪い奴が後ろで糸を引いている筈だ。
おそらくこれがゴート卿が俺に伝えたい事なのだろう。
ボーグルの森にさしかかり、ここから先はスカルバッシュの領域という所で、俺達は少し様子を見る事にした。
「偵察なら、行ってくるぜ」
「できそうか?」
「もちろん」
リュージがそう言ってくれたので、俺は森に入った所でリヒトと共に待機する事にした。
リュージは見事に足音一つ立てずに、草と葉の上を軽やかに歩き、森の奥へと入っていった。
「リュージは盗賊の真似も出来るのだな」
リヒトがリュージの鮮やかな身のこなしに感心してそう言った。
「モンクの一部の職はニンジャって呼ばれる暗殺者だしね」
「アサシンとは違うのか」
「アサシンが剣術や細工を使うのに対し、ニンジャは体術と忍術を使うんだ」
「なるほど、覚えておく」
偵察は30分ほどで終わり、リュージが草葉を掻き分けて戻ってきた。
「どうだった?」
「……ちょっとやりにくい事になってるな」
「というと?」
「砦は確かに魔法障壁が張られていた。だから解除されないと砦には入れない」
リュージはタイミングを見て、砦に入ろうとしたのだが、自分の他にもう一人、同じ事をしている奴を見つけた。
向こうはまだこちらに気づいていないが、敵か味方かは全く不明だから、そのまま戻ってきたという事だった。
「もしそいつが敵なら、怪しい奴をつかまえた事にして、中に入る事もできるかな?」
「そこまで俺にはわからねぇ、そういう策略は軍師に任せるよ」
そうリュージは言って、俺にアイデアを求めた。
「まず砦の中に入って、中の様子を見るのは悪くない。何の情報もないからね」
「じゃあ、あいつを捕まえてくるか」
「俺も行こうか?」
「いや、いいよ。戦闘になって大騒ぎになったら、オーク達も出てくるからな。なるべく静かに捕まえられるかどうか、やってみる」
再びリュージは草葉の中に姿を消し、そして今度は10分ほどで戻ってきた。
「ほらよ、捕まえたぜ」
「すげぇ!」
リュージが肩に担いでいたのは小柄な女性だった。
その身体を俺達の目の前に降ろしてみると、頭にネコミミのついた種族だった。
「キャットエルフか……しかも盗賊種か」
キャットエルフは、古代エルフがその才能に溺れ、禁断の魔法実験をした際に産み出された、ネコとエルフの合成獣だった。
亜人間と獣を合成するという禁術を使ったエルフは即時糾弾されたが、キャットエルフ自体は生かされ続けた。
その理由もまた、エルフ達にとっては忌まわしい歴史なのだが、とにかくキャットエルフという種族はこの世に産み出され、保護された。
彼らの繁殖力はネコ並みであり、一度に何人もの子を産むので、すぐに人口は増えていき、種族として成り立つまで至っていた。
しかも、その愛らしさから奴隷としてペット代わりに売られる者も出る始末で、悲劇の種族と呼ばれていた。
キャットエルフは産まれた時に、エルフ寄りか獣寄りかで本能が様々に変わる。
獣寄りは盗賊種と呼ばれ、小柄ですばしこく、手先は器用だが、頭はあまりよくなく、短命だった。
エルフ寄りは魔種と呼ばれ、体格はそこそこの大きさだが、知力がずば抜けて高くなる素質があり、エルフと同じく長命だった。
初代のキャットエルフは産み出された時から、当時のエルフ達を遙かに凌ぐ知能を有していて、それが故に生きながらえたのだった。
今、俺達の目の前に居るのは、ネコの血を強く受け継いだ盗賊種で、皮の装備と短剣、身につけたさまざまな小道具から見て、ローグらしかった。
「縛り上げて、何をしていたか、吐かせるか」
「そうだね、一度ここを離れて、どこか安全な所で事情を聞こう」