ミノ肉ジャーキーと巻きスカート
”改めて、汝らにこの国の行く末を託す。赤竜ヴィスカスを討伐し、この国と民を救ってくれ、頼む”
国王の勅命、そして剣王の天命を受け、俺とリュージは天国の剣、リヒトを携えてスラニルを後にした。
魔法障壁が再びスラニルを守り始めた事と、異世界に助力を求めた事という非人道的な方法への対処という表向きの名目で、ウルゴー帝国は動きを鈍らせていた。
しかし、その内情はもっと泥臭い状態になっていた。
盗賊ギルドとバードギルドから買い上げた情報によると、ウルゴー一世の跡取りの座を巡って貴族と軍部が対立を始め、お決まりの宮廷闘争が起きているらしかった。
それが収まるまでは、近隣の小国など、どうでもいい事だろう。
この機に俺達はドラゴン退治をしなければならない。それが無理かどうかはともかく、今は前に進むしかなかった。
祖国スラニルを救国すべく、俺達は一路ボーグルの森へと向かっていた。
「……いいケツしてるよな」
「ああ……いい尻だ……」
スラニルを出て、北西のボーグルの森へと向かう為に開けた道を歩いていた。
ミドル・サーンには、こうしたいくつもの公道が敷かれていて、点在する国同士と、その間にある小さな村を繋いでいた。
ウルゴーもこの公道の平定に関しては最重要事項とし、食料と必要物資の確保は国を超えて協力すべきだと提言していた。
特に、希少価値の高いドラゴンシャードと呼ばれる宝石は、あらゆる国が欲しており、それが故に規律正しい交易が守られていた。
このドラゴンシャードは別名竜水晶と呼ばれていて、簡単に言えば魔力の電池だった。
水晶の中には強い魔力が宿っていて、そこからエネルギーを導き出す事によって、光を産み出したり、火を産み出したりする事が出来る。
この技術を応用して、電気という物が産み出される様になり、人々の生活はそれまでよりとても豊かな物になっていた。
これを魔力発電と呼び、ウルゴーでは街中が魔力発電による明かりで照らされていて、一年中夜になる事がないとまで言われていた。
そう言った諸処の事情によって公道の治安は保たれていて、行き来する人達の姿はちらほらと見かけられた。
商人だったり冒険者だったり、公道の治安を守る事で生計を建てている自警団だったり、様々な人が道を行き来している。
俺達が今向かっているボーグルの森のスカルバッシュ軍団はオーク達の集団だが、自ら自警団を名告り、公道を狙う盗賊達や近隣の怪物達を退治していた。
人々からは当然、どうしてあのオークが自警団を? とか、何故そこまで統率されているの? とかの疑問が出ていたが、その謎はよく分かっていない。
というのも、放っておいても悪さをするわけでもなく、公道の治安を守っているのだから、わざわざ調査する者が出なかった。
そして彼らは希少品であるドラゴンシャードについて、とりわけ厳しくその動きを監視、護衛しており、奪おうとする野盗を何度も撃退した事があり、商隊から感謝されていた。
公道の治安状態はともかく、今の俺達の最大の問題はリヒトだった。
「あのハイエルフの子はいったい……」
「あんな格好で大丈夫なのか?」
道行く人々が振り返り、主にその尻に視線を飛ばしていたが、当人は全く気にしていなかった。
そもそも俺達がボーグルの森に向かうのに際し、土地勘など全く無いリヒトを先に行かせているのも、その尻を見る為だった。
おかげで、風景なんか殆ど何も見ていなかった。
「なぁ、リュージはあの尻を見て、欲情しないのか?」
「色欲とか肉欲とか、修行してたら考えなくなった。どうでもよくなるんだよ」
「そうか……俺はなんか、モヤモヤしちゃうんだよね」
「性格はともかく、あの女がいい尻だってのは認めるよ」
鼻の下を伸ばしたいい年の男二人が、可愛い女の子の尻を追って歩いている。
これで祖国を救う旅だというのだから救いがたい。
「……ダメだ! このまま旅を続けても、俺は欲求不満でいつか何かとんでもない事をしてしまいそうだ!」
「モンクの修行をしてみるか? 多分半年ぐらいかかるけど」
「それ、半年前から始めときゃ良かったなぁ……」
半年前には、こんな事で悩むとは思っていなかったが。
「ちょっと寄り道して、この村に行こう」
「ん、なんだ? どうした?」
「リヒト、あっちの方に行こう。村があるんだ」
「わかった。『斥候』は引き続き、私がすれば良いんだな?」
「ああ、頼むよ」
何が斥候なものか、我ながらなんて駄目な男なんだ。と思いつつ、真顔でリヒトに先を歩く事を頼む。
ボーグルの森へ向かうには北西だが、公道の途中から真北へと進路を変えた。
そこには、さほど遠くない所に小さな村がある筈だった。
地図を見つつ、方角を確かめながら進んでいくと、小さな川の側にいくつかの家が集う集落が見えた。
よくある旅の寄り道という奴で、丁度昼過ぎだった事もあり、まずは俺の真の目的より先に、昼食を食べる為に村に入った。
「この村って、酒場は無いんですか」
「この村は小さいからね、酒場は無いよ」
そう、村のおばあちゃんに言われてしまった。
宿場町でも無いのだから、仕方の無い事だった。
「じゃあ食料品と酒を買って昼飯にするか……あ、衣服って売ってます?」
「服ならあるよ、あの二番目の家に行ってみなせ」
「ありがとう、おばあさん」
まずは食料と飲み物を確保しようと言い、雑貨店に向かう。
雑貨店に置いてあるのは、パンと酒と干し肉だけだったので、それらを買う事にした。
干し肉が珍しく牛肉だったのは嬉しかった。
スラニルでは牛肉は貴重品で、とても高価な物だった。
羊や豚、鳥肉が手に入るので不自由する事はなかったが、牛肉は特別な日のお祝いに食べるものだった。
「牛肉なんて珍しいですね」
そう店主に聞くと、とんでもない答えが返ってきた。
「狩人が北の山でミノタウロスを倒してくるんでね、そのもも肉ですよ」
(これ! 牛肉じゃねぇ! 上半身だったら人肉じゃねーか!)
買ってしまったけど、戻した方が良いかもしれなかった。
そんな俺の硬直した表情を見て察したのだろう、雑貨店の店主が付け加えた。
「大丈夫です。味は牛肉です。かなり美味しいです。私も食べてます」
「……そもそもミノタウロスって、迷宮にいる化け物じゃないんですか?」
「そういう昔話もありますね。でも今はあちこちで見かけますよ。君主制の下、自分達で砦を作っているヘイロス将軍の事をご存じないんですか?」
「ヘイロス将軍? さぁ?」
「南方のミノタウロスの将軍で、メデューサと共に大規模な軍団を組織してウルゴーに宣戦布告するつもりらしいですよ」
「へぇ……」
世界は広かった。俺達の住むスラニルはウルゴーのすぐ近くであり、世界がとうこう以前にウルゴーがどうこうという事しか見えていなかった。
その大帝国ウルゴーに、ミノタウロスを将軍とする軍団が戦争をしかけようとしているなんて、おとぎ話でも想像出来なかった。
「味は牛肉だな、大丈夫だぞ、シェイ」
乾いたままのミノ肉を食べたリュージが、親指を立ててそう言った。
ミノタウロスもモモ肉なら食べられます。という知識をここで得る事が出来た。
食料を手に入れた後、二軒目の家に行ってみると、色んな衣服を作っている店だった。
作業着、農耕服、室内着と生活必需品の類の物が部屋中に積み重ねられていて、俺が欲しい物もその中にばっちりあった
これらの衣服は、本来はこの村の近隣にある街に持っていく商品なのだろう。
「これって、売ってもらえますか?」
「ええ、いいわよ。そちらのお嬢さんが着るのね? サイズをあわせてあげるわね」
「お願いします」
「な、何だ何だ?」
若いお姉さんがリヒトの側に近寄ると、紐をウエストに巻き付けて、長さを測りだす。
リヒトは何をされているのか解らず、きょとんとした顔で俺を見ていた。
リュージは既に俺の意図が分かっているので、ミノ肉ジャーキーを黙ってもぐもぐと食べていた。
「では、こちらで。ありがとうございます」
「どうも、失礼しました」
家の外に出た俺は、早速、リヒトに買った物を差し出した。
「リヒト、これはスカートだ、これを着てくれ」
「ああ……うん。また布きれか……」
そう良いながらリヒトが腰にスカートを巻くと、ぴったりのサイズだった。
「あ、でも、これはいいな! うん! この短さなら太股にかからなくて邪魔にならないし、剣になっても勝手に脱げ落ちるだけだな! ありがとうシェイ!」
女の子らしく喜んでくれたので、俺もリュージも微笑んで頷いた。
これでもう尻ばかり追いかけずにすむし、道行く人に振り返られる事も無いだろう。
俺のモヤモヤしちゃう下心も抑えられるはずだ。