魔法使いシェイ
魔法使いの朝は早い。
日が昇る前に起き、顔を洗い、身なりを整えて中央ドームに向かう。
ドームには国中の魔法使い達が集まり、まずはマスターウイザードからお言葉を貰う。
そしてスラニル国王への誓いの歌を歌い、その後、自分達の先生から今日のスケジュールを教えてもらう。
今日の予定を理解したら、その後、家に帰って家族と食事を取る。
「シェイ、今日の予定は?」
石組みの隙間に泥を塗り固めて作られた家は、この国では中流階級の者が住むとされている。
木製の扉を開けて家の中に入ると、そこはリビングで、父さんと母さんが朝食を食べていた。
「普通に魔法の勉強と、宮廷内の掃除だけ」
「そうか。マスターウイザードのお言葉は?」
「ウルゴー帝国の圧力が高まっているから。皆で協力しなければならないって」
「そろそろ……動き出すのか」
父さんは宮廷に勤めている調理師の一人で、お母さんは掃除婦だった。
町で商いをしている人達よりは裕福だけど、お金持ちという訳でも無い。
両親はどちらも魔法使いの能力に乏しく、僕が魔法の才能を初めてみせた時には、とても喜んでいた。
このスラニルという国は、魔法使い達によって守られている小国家で、町全体を魔法の障壁で囲み、外来の敵を撃退している。
近隣の国は既に大帝国ウルゴーに占領されていたが、この国はこの魔法障壁のおかげで難を逃れていた。
だから、僕が魔法使いになるという事は、この国を守るという事で、家族や王様も守るという事だった。
見習い魔法使いは、色々な魔法を勉強して一人前のウイザードになり、そしてもっと勉強してアークウイザードと呼ばれる強い魔法使いになり、マギスターと呼ばれる最強最大の力を持つマスターウイザードになる事を目指す。
多くの魔法使いはアークウイザード止まりだが、僕はマギスターになれるだろうか?
その伝説的な英雄になる為にも、毎日勉強しなければならなかった。
「シェイ、今日も良く頑張っているね」
魔法の勉強は、先生となるアークウイザードの元で、個別授業になっていた。
どうしても個人によって実力差が出るから、それぞれの勉強の仕方は異なる。
僕は頑張ってはいるのだが、得に良い訳でもなく、悪くもなくという平凡な成績だった。
「いようシェイ、授業は終わったのか?」
声をかけてきたのは幼なじみのリュージだった。
僕のお母さんとリュージのお母さんは、親戚関係らしく、年の近い僕達は小さい頃から仲良くするように言われて来た。
リュージは僕と違って、魔法は使えないが、産まれ持った気功という不思議な力を使う事が出来た。
これはリュージの父さんからの遺伝らしく、モンクという職業を勉強すれば、とても強い戦士になれるそうだった。
しかし、この国にはベテランのモンクがいない為、いずれリュージは修行のためにこの国を離れる事になっていた。
「うん、今から王宮の掃除に行ってくる」
「そっか、頑張ってな」
リュージは僕と違い、力が強くとても元気で、そして前向きだ。
僕は力仕事はどうにも苦手で、身体を動かすよりも、頭で考える方が性に合っていた。
このお互いの差が、僕達が仲良く出来た理由かもしれない。
僕はリュージの為に色々考える事が出来、リュージは僕が虐められた時に守ってくれた。
僕とリュージは、これからもずっと、仲の良い親友だろう。
「……なんて書いてた頃もあったんだけどなぁ……」
酒場にて、果物酒の入ったジョッキを起きながら、俺はため息をつく。
机の上に置かれているのは、先日本棚から出てきた日記だった。
日記と言っても、他人に見られても恥ずかしい事なんて書いてない、本当の日々の記録だった。
「何年前の日記だよ、それ」
「10年前かなぁ……それぐらいだな」
「……10年か……そう思うと、俺とシェイの付き合いも長いな」
「仲の良い親友とは、言い難いけどな」
「どういうこった? 俺は何も変わってねぇよ」
「変わってないから問題なんだろ。どうして修行に行かなかったんだ?」
「お前とは違うんだよ。色々都合があってな」
「……やっぱり、ウルゴーか」
「それしかねぇだろ。賢王ウルゴーが死んでから、あの大帝国では内部闘争で分裂しまくり。その一派がこのスラニルを占領して自分の領地にしようとしてる」
「いつ攻め込まれてもおかしくないんだよな……魔法障壁のおかげだよ」
「それももう長くないんじゃないのか? マスターウイザードはなんて言ってる?」
「かなりヤバイ事を言ってる。ヤバすぎてリュージには話せないぐらいヤバイ」
「魔法使い達だけの秘密か。そういうの、多くなりすぎなんだよ。今、この国がどっちに向かってるのかも、全然わかんねぇ」
リュージは穀物酒を飲んでそう言った。果物酒よりもわりとキツイ奴だった。
「あーあ……この日記を書いてた、平和に日々に戻りたい」
「あの頃は良かったな……この国、あの頃に戻せねぇかな?」
「……ウルゴーさえ、退ければ?」
「……或いは賢王様が復活、とかあったら良いのに」
「死因は謎。一番信憑性の高い噂じゃ、神様に殺されたらしいよ。ちょっと復活は無理じゃないかな」
「そもそも復活って神様しか出来ないもんな……やれやれだ」
世間一般的に大人と呼ばれるまで成長した俺とリュージは、世界情勢が悪化していく中で、小国スラニルの明日を心配している状態だった。
あの頃、自分の事を『僕』と言っていた俺も、数度のウルゴーの侵攻により、友達も先生も殺され、生き残った同僚と共に『俺』と言うようになっていた。
”僕がもっとしっかりしていれば”という言い方では心の中の怒りが収まらなかった。
”俺がもっとしっかりしていれば”という言い方が、幾度の苦しみの中で出てきた、自分の気持ちを表す言葉だった。
「僕ではなく俺になったあの日から……果てしない戦いが始まったんだよ」
「俺は何も変わってねぇけどな」
「リュージは変わって無いのが問題なんだよ。そのおかげで、今でも俺達は親友だ」
「シェイ……これからも、だよ」