エルフの意外な生態
現在僕達は王国の東部にある深い森の中に来ていた。
森の名前を『精霊の森』といって、とても澄んだ空気と心地いい風が吹く浄化された深い森なんだ。
森には魔物も住んでるけどそれほど凶暴じゃなくて、名前の通り精霊が多く住む森でもあるんだ。精霊はこの世のどこにでもいるものだけど、特に綺麗で清潔な場所に多くて、精霊が多くいるから汚染された魔力を持つ魔物はあまりいない。
いてもエルフ族の召喚獣だったり、低ランクの魔物だったりするらしいよ。
で、エルフと精霊の関係性はかなり深い物がある。
エルフは森林族とも呼ばれて、自然をこよなく愛し、閉鎖的だけど慈しみの強い種族なんだ。
ロトルさんも言ってたけど、精霊の加護があったりすると精霊が見えて、対話もできる。特にエルフはその性格や種族柄、精霊との親和性が高くて、精霊魔法と呼ばれる特殊な魔法を使うことができる。
でも全員が使えるわけじゃなくて、師匠も使えないみたいだし、『ラ・エール』のララスさんやロビソンも精霊魔法を使えない。強さとか関係なしの先天的な魔法なんだと思う。
師匠が言うにはエルフでも半分が使えるぐらいなんだって。
ロトルさんの加護を師匠は持っているけど別物だから無理で、僕も持っているけど生命神の加護だから精霊は見えない。
見たかったけど仕方ないね。精霊は姿隠しっていう特殊な能力で姿を消しているみたいで、気が向けば見せてくれるらしい。
よく前世で清らかな心の持ち主には精霊や妖精が見えるって話があった。
ピーターパンもそんな感じだったよね、って僕が話してあげた昔話を覚えてくれていたフィノが言ったよ。
あと、精霊は魔力を食べたり、魔力を貰って魔法を行使するんだ。
それで、味覚は人それぞれで、精霊にも選ぶ権利があるから気に入れば契約もしてくれるらしい。
でも、精霊魔法が使えないと意味ないみたい。
「かなり空気が澄んでる」
「本当~。涼しいし、森もそこまで暗くないね。虫はいるのかな?」
「大丈夫だよ、フィノ。虫防止結界を作ったし、ファチナ村にあった虫の嫌がる樹液を薄めたクリームとスプレーも作ったからね。――この先に師匠やロビソンの故郷があるんだね」
過保護かもしれないけど、義母さんとの約束を守る為にフィノに虫刺され防止クリームを渡した。
今回は日焼けクリームがいらないからそのまま塗ってもいいと思う。
肌には大丈夫だと確かめたからいいけど、こういったクリームは混ぜ合わせが悪いとかぶれたりするからね。料理にも食べ合わせが悪いと食中毒とか起きるから、よく実験と検査を行ったうえで使いたい。
「このクリームは良い匂いだ。作り方を教えてくれ」
「いいですけど、師匠は不器用ですが大丈夫ですか?」
「失敬だな。まあ、料理一つ満足に出来ないから仕方ないか。シュンがいなくなって味気ない食事ばかりだった」
いやいや、かなりの量を異空間の食糧庫に仕舞っておいたはずなんだけど……。
まさか、二年足らずで全部食べたの!? しかも半分以上は旅に出てたはずなのに!?
師匠は典型的な料理できない女性だからなぁ……。
そのほかのことはまあ女性らしさがあるんだけど、細かい作業とか料理とかダメだからな。
まあ、壊滅的ではないのは救いだと思う。
「料理に関しては期待してください。あれからいろんな場所を回って幅が広がりましたし、食材もたくさん増えましたからね。あと、これに関しては一度王都に来てください。僕主体で動いている開発チームがあって、そこの商品を扱う店にお連れします」
「そうか。まあ、あれから百年近く経っているし、長寿の者でない限り大丈夫だろう。姫さん、今度私の身分証明書を作ってくれないだろうか? ギルドカードだとばれてしまうのでな」
「分かりました。お兄様に話しておきます。手を取り合わなければならないことですから。あと、私もシュン君のお店に行きますよ?」
目がちょっと笑ってないかなぁ……。
師匠と僕はそんな関係じゃないから安心してほしいけど、そういったことは言葉で否定するより行動で否定した方がいいと思う。前世での教訓だ。
あと、ヤンデレ化阻止をしなければ、かなりやばい!
「そ、それでは、行きましょう。アリアリス様」
「畏まり過ぎだ。それに主は私ではなく、姫さんとシュンだ。間違えるんじゃない。次期長の一人ロビソン」
「は、はいぃ!」
会話から分かるようにエルフ族の中では師匠はかなりの地位に入る人なんだって。
別にロビソンみたいに長の子供とかじゃなくて、僕と同じで加護があるからだと思うよ。師匠は否定していたし、どう見てもお偉いさんには見えないね。
失礼な言い方だけどさ。
まあ、昨日師匠の家で一泊した時ロビソンの様子がおかしくて、他のエルフの騎士達は若いから知らないみたいだし、聞いてみたら僕と同じだって言ってたもの。
エルフって見た目が若いから年が分かり難いけど、ロビソンは百五十ほどで、他の騎士の人は七十にもなってないんだって。
それにはさすがにフィノも知らなかったみたいで驚いてた。
師匠については村につけばわかるだろうね。
森の中は本当に空気が澄んでて、近くの山から清らかな水も流れてるみたいで、村の近くに大きな泉もあるらしい。
その辺りにエルフが住む村があって、僕達が現在進んでいる切り開かれた道が正規のルートみたい。
「村の周りには許可なき者を惑わし、悪意ある者を阻む結界が張られている。まあ、エルフには効かないし、一緒にいれば入れるから関係はないな」
よく聞く話だね。
まあ、エルフは全員美形ばかりだっていうし、ウサギの獣人とかみたいに愛玩用とか性奴隷とかで捕えてた時期があったんだって。でも、王国は保護を優先した歴史があるから安心して過ごしているみたい。
宗教関係を除けば最近の国はどこも差別が無くなってきてるけど、王国はどの種族とも分け隔てなく過ごすから、昔からエルフとか獣人も住んでたんだ。
まあ、魔族は別なんだけど、そういった国だからどうにかなると思ってる。
「魔物もですね、本当は強力なものも住んでるんです。ですが、その結界が護り、精霊のおかげで山の麓の方に生息してるんですよ」
「ですから、安心して村まで行けると思います」
「村って言ってますけど、規模は街ぐらいありますよ。住処は木を切り抜いた家と思われがちですが、しっかりと木材で建てられたものばかりです」
「そうでないと木を傷つけることになりますからね。自然を愛している私達が木を傷つけて態々家にする意味はないですからね」
樹齢数百年とか数千年とか経っている木を切り抜いて、住みやすいように改造していないってことだよね。まあ、そんなことしたら木は死んじゃうから言ってることは分かるし、正しいことだと思う。
木の中に住むのは想像物のファンタジーな世界だけだよね。
自然を愛するとかいいながら、自分達で木を殺してるわけで。
本末転倒……でいいのかな?
「肉類を食べないっていうのはそうでしょうね。手に入り難いですから」
「それでもウサギの飼育や近くの草原に羊や鶏を飼ったりしてますよ」
「村にいるエルフがその傾向があるだけで、私達にはそこまでないですね。昨日もフィノリア様達と食べたでしょう?」
「森に肉が無いから我慢するだけですね。それが普通と思えば文句を言うことはないですし、老いれば肉を食べなくなりますから、結局肉は要らなくなるんですよ」
へぇー、じゃあそれが美形が多い理由かもしれない。
まあ、それだけで美形になるとは思えないけど、太らないのは野菜ばかり食べてるからだろうし、力が弱いのも種族柄があるだろうけどそういったことが関係していると思えるね。
野菜だけで健康でいられるのは種族柄だと思う。
「まあ、師匠は肉が大好きだからわかるかも……。僕が初めて食べた師匠の料理は焦げた肉の丸焼きだったもん。体調が戻って自分で作れるのがとても有難かった気がするよ」
「え? シュンはそんなことを思ってたのかい? ちょっと悲しいなぁ……」
「え? あれはあれで助かりましたよ? ただ、体調から考えるとスープとか、果物とかですね。栄養価が高い物を欲しいと思うわけで……」
「そ、そうだったな。次からは気を付けよう。……はぁー、反抗期だろうか」
あー、最近こんなことが多い気がするんだけど……。
僕の性格が変わってきたのかな?
多少のことでは落ち込まなくなったし、フィノや義父さん達としっかり向き合ってから心も軽くなったんだよね。
たぶん、悪いところもあるんだろうけど、フィノは良い変化だって言ってくれるし、気を付けることにしよ。
「まあまあ、アリアさんもシュン君から料理を教わったらいいです。私も最初は出来なかったですけど、最近は出来るようになりましたよ」
「そ、そうか。い、一応シュンから教わったことはあるのだが、どうも合わなくてな。まあ、焼く以外に煮るとか、調味料を使うとかは覚えたからあの時のままではないぞ」
「そ、そうなのですか。では、切るとか覚えたらどうですか?」
「うむ。切るのはまあ、得意だから良いかもしれんな」
うん、師匠の機嫌も直ったみたいだ。
フィノに感謝だね。
少し笑みが崩れたみたいだけど。
「そういえば、エルフの村に入って誰に会えばいいの? 長の一人っていうから長は複数人いるんだよね。やっぱりその上に取り纏め役でもいるの?」
「ええ、長はいわば地区の纏め役で村長みたいなものですね。その長達の意見や地区の様子を聞き、最終的な決定とエルフ全体に指示を出す族長がいます。私達は閉鎖的な上に長寿ですから、普通の国造りでは弊害が生まれる時があるのです」
「例えば、籠りまくって百年程情報がずれたり、そこから話が拗れて大変なことになったことがあると言われています」
伝言ゲームじゃないけど、確かに百年、いや、十年も外界の情報が入って来なかったら大分擦れるだろうね。百年もずれたら人族だと四世代は変わってると思うもん。
戦争とかが起きて険悪になったことも知らなかったら捕まったり、殺されるだろうし、その逆に友好になったのに喧嘩を売る者もいるかもしれない。
長寿は長寿でいろんなデメリットがあるんだね。
「ですから、シュン様方はまず私の父に会っていただきます。既にお連れすることを伝えているので、大丈夫だと思うので安心してください。その後、族長との対談となる予定です」
「わかった。何かマナーとかある?」
帝国と王国の礼の仕方が違うように、種族が変わればもっと変わるんじゃないかと僕は思う。
「そうですねぇ……変わっていなければ普通にしていただいて構わないと思います。この辺りに住んでいて不敬とかあまりないですしね。まあ、閉鎖的なんですが、魔法に関しては一番だと自負するところがるので、シュン様はちょっと……」
「ああ、喧嘩売られるとまではいかないけど、挑戦される感じ?」
「ええ、そうなる可能性が高いです。エルフの長ともなると相手の魔力を読み取るのはお手の物ですし、フィノリア様とシュン様は隠していますが私達はそこまで出来ませんから」
「それは……絶対にばれるね。絶対強くなった方法を知りたがるね」
「魔法に対してはどこまでも貪欲なのです」
ロビソンは済まなさそうにいうけど、交渉のカードが増えて僕としては有難いかも。
エルフは魔法や魔力に対して能力が高く、その辺りにプライドを持ってるんだろうね。
それで、長寿も生かしてまだ謎の多い魔法を日々高めようとしてるんだと思う。武術じゃないのは筋肉や体力が無いからだろうと思う。
以前フィノに教えたように瞑想とかは自然と一体化した方がいいし、自然の中にいるエルフが多いのも頷ける。
この辺りなら魔法の訓練にもってこいだね。
「まあ、他の国にも教えるつもりだからいいけど、どうするべきかな?」
「どうするって? 訊かれたら普通に教えたらいいんじゃないの?」
フィノがいつものようにしたらいいと言ってくれるけど、プライドを持っているからどうしたらいいのか迷ってるんだよね。
長寿だからこそ魔法にはただならぬプライドを持ってるだろうし、人族に負けたとなるとずたずたじゃないかな?
別に人族だからじゃなくて、平均的な能力だからだよ。
「良いと思いますよ。普通に叩きのめしても」
「え? そうなの? プライドとか高くないの?」
「まあ、そうでしょうけど、シュン様クラスになると何も言えないと思います。初めは私達エルフの騎士は嘗められていると思ったことがありますが、シュン様の魔法を見ると次元が違い過ぎるのが分かりますからね」
「別物だと考えて普通に接せます。それにシュン様にも加護がありますし、アリアリス様が師匠でもあります」
「魔法の造形は初めて知りましたよ。先入観があるので難しいですが、形を変えるとダメージも与えやすいですよ。あと、歳を取ると偏屈にもなりますから、圧倒的な力でねじ伏せた方が言うことをきかせやすいでしょう」
失礼な言い方だと思うけど、もう慣れたね。
きっとフィノ以外は僕の種族をシュン族とでも思ってるんじゃないかな?
まあ、別にかまわないし、人体実験じゃないけど幼い頃から訓練をすればフィノクラスにはなれると思うしさ。フィノもシュン族だよ! ボッチじゃないから悲しくもん!
異世界知識の流用は、一部を除き危険も伴うから師匠に誰にも言うなと口止めされてるから言わないけど、瞑想とか、幼い頃から魔力を使っていれば誰でも強くなれると思うしね。
ようは向上心を持って研究すればいいんだよ。
「でも、加護持ちと分かってるのに、どうして僕にはフレンドリーなの?」
「え? それはシュン様ですから」
「え?」
「え?」
「……ロビソンはそんな人だったね。……僕にも師匠みたいな威厳が必要なのかな? 今度ドラゴンでも狩って帰ってくるかな?」
「ちょっ、シュン様!? そんなことされたら王都が混乱します!」
何慌ててるんだよ、ロビソンは。
僕がそんなことするわけないじゃないか。
収納袋とかもあるし、もしドラゴンを狩ったとしても、その時はシロに変装してるさ。
そもそもそんなことをしたら義兄さんにまた怒られてしまうよ。
でもでも、何時かは僕がシロであることを明かすから、何か同一人物である証明がいるよね。
陽が傾いて辺りが赤く染まり始めた頃、僕達は休憩することにした。
ツェルと騎士達にテント等の設置準備を行ってもらい、僕とフィノ達は夕食の準備をする。
一応師匠はあの時の言葉が胸に刺さったのか、真剣に料理を覚えようとする。
「焼くと言ってもいろいろな種類があります。師匠みたいに一気に炙る方法、木の枝に突き刺し焚火などに囲んで炙る方法、フライパンなどの器具でじっくり熱を通す方法などですね。ですから、師匠は串に刺して焼く方法を学んでください」
「う、うむ。それくらいなら大丈夫だろう」
収納袋から串を数十本取り出し、師匠の前にフィノがその間に切り分けた肉や野菜を置く。
森の中だから少しおかしく感じるけど、今日の夕飯はバーベキューだ。
後、焼きそばとか、ソーセージとか、鳥の丸焼きとか、魚も焼くよ。スープ類も多めに作って、少し騒げるようにする。
まあ、意味はあまりないけど、成功を願って騒ぐと言ったところかな。
「さ、刺さり難いな。ん? んー?」
「ああ、そんなに力任せにしたら……(バキ)……師匠?」
「ああ……なんかすまん」
はぁ……。どうしてこの人はこうも……。
不器用なんだろうけど、どうしてそこまで力でしようとするのかな?
師匠を見てたらエルフのイメージが崩れていくよ。
ロビソンもあんなだし、他のエルフの騎士もどこか抜けてるんだよね。
ララスさんは結構良さそうに見えるけど、意外に天然だからね?
あの時はそこまであれじゃなかったからどうも思わなかったけど、氷魔法を教えた時あまり驚いていなかったしね。
フローリアさん達に教えたら物凄く注意を受けたもん。
「な、何ですか? シュン様」
「ん? いや、エルフって変わってるなぁって思っただけ」
「何ですか? その含んだ言葉は」
ロビソンがジト目を向けて来るけど、僕は知らない。
だって、本当のことなんだもん。
「エルフ族はもう少し神聖な感じかと思ってたけど、親しみやすい種族なのかな? アリアさんも聞いていた話と随分違うね」
「僕からしたら伝わってる噂の方が信じれなかったよ。まあ、実際やってたみたいだけどさ、しつこい人は嫌われても仕方ないんだよ」
「あら? 私はしつこくない?」
「フィノは大丈夫だよ。可愛いし、しつこくないしね。大体しつこいっていうのは付き纏う人だよ。僕とフィノはお互いに想ってるからしつこいとかじゃないんじゃないかな?」
「シュン君……」
久しぶりにフィノの顔が赤くなった。勿論僕の顔も。
「コホン。で、こんな感じでいいだろうか?」
と、甘い空気を咳一つで霧散させた師匠が、どうにか差し終えた串を向けてきた。
背後をちらりと見ると服や手をパタパタさせているロビソンを発見し、風を使って仰向けに引っ繰り返しておいた。
仕事をしなさい。仕事を。
「師匠。肉だけじゃなくて野菜も挟みましょう。刺すのなら捻じりながら押し込むと簡単に刺さります。師匠なら串が壊れない程度に強化できるでしょ? 魔力で強化すればすぐにさせます」
「おお、それは思いつかなかった。……うむ! これは簡単だ! 私も隅に置いたものじゃないな」
「そのくらいで喜ばないでください。明日は肉の切り方を学んでもらいますからね」
「ああ、今の私は何でもできるからな!」
「気がするだけでは意味ないですよ? 前もそう言って包丁で指を切ったじゃないですか。指も肉かもしれませんが、食べられない物を切ってはいけません」
「シュ、シュンが何か冷たいぞ……! 親離れか……」
何か言ってるけど知らない。
料理が出来ない人がいるのは分かってたけど、ここまで出来ないのは想像上の中だけだと思ってたよ。
まあ、いくら師匠でも普通に作って炭が出来るとか、物体Xが出来るとか、暗黒物質が出来ることはない。
食えないことはない料理が出来るだけだ。
「何か失礼なことを考えていないかい?」
「いえ、師匠が少しでも料理が出来るようになってくれて嬉しいです。この一年程健康状態が心配でしたから」
「それも随分失礼だが、まあ私のことを気に掛けてくれたのだからいいとしよう」
「お父様とお母様の健康はシュン君が料理長と話し合って決めてるし、私やお兄様の料理もバランスよく作ってくれてるもんね」
そう言ってくれると本当にうれしいよ。
料理は美味しく食べてもらってなんぼだからね。
不味いのは嫌だけど、師匠のあの料理を拒否したことはない。しっかりと食べきれるまで食べたしね。
精霊の森の中に入って二日が経った頃、僕達の魔力感知に何か引っかかる反応があった。
「これが結界かな?」
「何か壁? 霧や靄みたいなものがあるね」
僕とフィノは目の前に広がる奇妙な魔力反応を感じ取り、見えない何かを魔力感知によって確かめ触れてみようとする。
だけど、特にこれと言った感触はなくて、魔力感知に反応があるだけだった。
「しっかりと修行をしているようだな。その壁の様な魔力反応が村全体を守っている結界だ。成人した者は、これを感じ取れるようになって初めて村の外に出ることが出来るようになる」
「エルフの成人五十歳くらいで、人族で言うと十歳くらいになりますね。ですが、いくら成長が緩やかなエルフでも五十くらいになると見た目は大人です。成長は人族より少し遅いくらいですからね」
確かに他のエルフの騎士達は七十年近く生きても、人族で言うと十四歳ぐらいになる。でも、見た目は僕やフィノよりも大きくて思考はしっかりしてる。
長寿だからと言って赤ちゃんの時期が長いとかというのはないんだ。
「この結界を抜けて二時間も歩けば村につくはずだ。まあ、その間に村の見張りが近づいてくるだろうがな」
「エルフは自然と一体化すると聞きますが、それと何か関係があるのでしょうか?」
「ああ、エルフは木々の声を聴くことが出来る。全てではないが、意志の強い木は大概声を聞ける。それに関しては差はあってもエルフなら誰でもできるだろう」
フィノの疑問に師匠が木を撫でながら言った。
森の中で何度か鬼ごっことかしたことあるけど、師匠を捕まえるのは出来なかったもんなぁ。
多分、木の声とか聞いて僕の位置を特定していたんだと思う。
まあ、卑怯と言えば卑怯だけど、種族特性を生かしてるし、僕は正確な魔力感知で察知してたからあまり変わりはしないね。
「さて、行くとするか」
迷わないように僕とフィノは師匠と手を繋ぎ、師匠を先頭にして村を目指していく。
エルフと手を繋いでおかなければ幻惑や幻影などを見せられて森の外に出てしまうらしい。だから、師匠と手を繋いで結界を潜り抜けるんだ。
結界を抜けると先ほどよりも澄んだ空気と水の香りがし始め、マイナスイオンと思える気持ちよさを感じるようになった。
気もあまり手を加えていない様で苔とか生えているし、秘境といった感じがひしひしと伝わってくるところだ。
「あ、何か近付いてくる」
「五人くらいだね。傍に魔力の塊があるけど、あれが精霊かな?」
フィノが近づいてくる魔力の反応に気付き、やや右斜め前方を指さした。
気付いていた僕もそっちの方に顔を向け、先頭の一番魔力が強い人の傍に浮かんでいる塊に意識を向けた。
塊と言うより、魔力を濃縮や収縮した物体という表現が正しいかも。
まあ、それも塊なんだけど、人間の魔力とは違った反応なんだよね。
人間の魔力は身体の中で血液みたいに循環してるんだけど、その塊はぐちゃぐちゃと渦巻いてる感じかな?
近付いてくる五人からは緊張感とかが伝わってくる魔力反応だけど、その塊からは悪い感じはしなくて、興味津々だという意識が感じる。
まあ、あれが精霊なんだと思う。
「うむ。その反応は精霊で間違いないだろう。精霊は知性ある生命体だが、自然の魔力の塊だと思って間違いない。魔法と同じで解明されていない部分が多く、精霊は別世界の住人ではないかとも言われている」
最後にそれも定かではないがな、と付けたす師匠。
精霊界みたいなのがあるってことか……。
ありそうだけどなさそうでもあるね。
精霊は姿も消せるからそういった話が出るんだろうけど。
暫く待っていると狩人のような格好をしたエルフ達が、聳える高さの木の枝の上に現れた。
やっぱりみんな美形だね。
まあ、一番前に入る人みたいに歳を取れば老けるんだろうけど、それでも壮年のおじさまと言った感じだ。
あと、エルフは筋肉が付き難いけど、長年弓を射っていれば筋肉も付くみたいだね。
「止まれ。貴様たちは何者だ? 質問に答えろ。嘘は分かるから気を付けろよ」
壮年のエルフがリーダーかと思ったけど違ったみたい。
精霊が近くにいる青い髪の若いエルフがそうみたいだね。
「待て、なぜそう何時も威圧な態度を取る。事前に連絡を受けただろうに」
「何を!? 精霊が見えな――」
「お前は黙っていろ! ――お見苦しいところをお見せしました。お客人は王国の使者、と思えばよろしいのでしょうか?」
見下してはいなかったけど、自分の方が強いと思ってる青年エルフに変わって壮年のエルフが出てきた。
やっぱりリーダーかな?
これにはフィノではなく僕が相対する。
「はい。そう思って頂いてよろしいですが、一応僕個人の話もあります。僕の名前はシュン・フォン・ロードベルと言います。あなたは?」
「これは失礼を。私の名前はシュロロム。ただのシュロロムです。一応エルフの村の警備隊長を任されております」
「シュロロムさんですね。こちらがシュリアル王国第三王女フィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリア様です」
僕の紹介にフィノが一礼して答え、シュロロムさんと握手をする。
次に師匠を紹介しようとして、シュロロムさんが先に一礼した。
「アリアリス様、お久しぶりです。あなた様が森を出て以来ですから百数十年ぶりですか?」
「そうだな。もうそんなに経つか。今回は私は帰ってきたわけではないからそのつもりでいるんだぞ。頭の固い偏屈達を説得するために同行したんだ。弟子が頼ってきたのだから願いを叶えなくてはな」
師匠がそういうとシュロロムさんが少し驚いた様子で僕を見てきたけど、やっぱり師匠には隠された秘密でもあるのだろうか?
僕は師匠のことを知っているようで知らないからね。
まあ、今回の旅でそれも暴露されることになるんだろうけど。
それにしてもエルフが偏屈ねぇ。
なんとなく想像は出来るけど、どっちかというとドワーフの方が偏屈って感じはするけどなぁ。
「それでは村へご案内します。私について来てください」
そう言ってシュロロムさんが僕達を先導する。
だけど、あの青年エルフが僕達の方を睨んで舌打ちした。
うーん、何かこの後波乱がある気がしてならないよ。
この世界に来て分かったけど、大概この後は冒険者ギルドの時みたいに喧嘩を売られたり、魔物大侵攻や魔闘技大会の時みたいに強敵と戦ったり、迷宮都市で出合った生意気な子供にしろ、学園で調子に乗ったフォトロンとかね。
これテンプレっていうんだろうけど、今回は予言するけど、あの青年と戦うと思う。
そうでなくともロビソン達がフラグらしきものを作っちゃったし、戦いは逃れられないんだと思う。
「もう、やってらんないね」
「ん? 何か言った?」
「いや、楽しみだなってね」
「うん、エルフの村はどんなところか楽しみだね」
心配することはないだろうけど、あえて不確かなことを伝える意味はないだろうと考えて、僕はフィノの手を取りシュロロムさんを追いかける。
師匠達も数歩遅れて僕達の後を歩き、エルフの村へ向かうこととなった。
私の勝手なイメージによるエルフ像です。
いえ、こういうエルフは居そうだなという思いですね。