皇帝との謁見
やっぱり駆け引きと政治は分かりません。
なんだかグダグダになった気が……。
「シュリアル王国第三王女フィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリア様、シュン・フォン・ロードベル伯爵、並びに護衛のフローリア・エクスリル様以下五名の騎士をお連れしました」
謁見時刻となり、客室に僕達を呼びに来た騎士が帝国の重鎮が待つ謁見の間の固く閉ざされた扉の前で止まる。
到着の合図とともに扉の奥から人が動く気配がし、魔法仕掛けだろう重厚な扉が自動で手前に開いて行く。
手前に開くのは中に開くより見栄えがいいと言うのもあるだろうが、僕達のように訪れる者がもし暗殺者だったとしてすぐに入れないようにするためだろう。
奥に開くと扉に張り付き中へ入りながら近づけるからだ。
まあ、それを阻止するのが騎士達の役目でもあるため見栄えがいいというのが一番の理由だろう。
僕とフィノは示し合せたように同時に足を踏み出し赤いカーペットの上を歩く。
高級品なのかシミ一つなく、踏む度に反発するのが足裏から確認できる。
目の前の玉座に座っているのが皇帝のようだが、想像していた通り疲労の顔が覗える。
隣にいるのは老人が宰相だろうが、反対側にいるのは第一皇子達だろう。
フォトロンがいないということは、情報通り辺境の僻地で生きているのだろう。
周りにいる役職は分からないが重鎮達はほぼ全員が嫌らしいような目を向けてきている。
端の方にモルロさんを見つけたが、その周りにいる全員が肩身が狭そうにしているところを見ると、この集団が皇帝の派閥の様な物なのだろう。
「――っ」
「どうかしたの?」
足を進めたことで一瞬息が乱れたことに気付いたフィノが小声で訪ねて来た。
この場所は悪意に満ち過ぎていて同調を使うと頭の中に滝のように流れ込んでくるのだ。その悪意を捌き切れずあと少し同調を切るのが遅れたらふら付いていただろう。
そのことを念話で伝えるとフィノは無理しないでと返事をくれた。
僕達は教わった帝国式儀礼の手順通りの場所まで足を進め、フィノを除いて皇帝に目線を合わせないようにして立ち止まる。フローリアさん達は話すことはないので気配を読み、いつでも動けるように傅いて構えている。
「よく来てくれた。本来ならこちらが行かなければならなかったのだが許してほしい」
「こ、皇帝陛下! 頭を下げるのはおやめください!」
皇帝はそう言い頭を下げるが、周りの貴族達がその必要はないと様々な言葉が飛び交う。
多少の疲労を感じられるが、見た目よりもしっかりとした王だという威厳のある重みの乗った声だった。
僕達に謝ったことで反皇帝派とでも言うのか皇帝派ではない者達が僕達と皇帝を睨み付けた。宰相も冷ややかな目を向けていることからそっちなのだろう。
まあ、内心王国に対して帝国が負けるわけがない。謝り下に見られるのが気に食わない、と言ったところだな。
「いえ、こちらも帝国にこれてよかったと思います。温泉街として帝国でも有数なロリアでゆっくり休めたのは良い経験でした。王国にはありませんから、ぜひ帰りにもう一度訪れたいと思っています」
フィノがそう返すと皇帝の目が輝きを持ち、少し甲殻を上げて何度か嬉しそうに頷いた。
もしかするとあそこの治安がいいのは皇帝が自ら行っているからかもしれない。
ロリアやフィノ達を見て分かったことだけど温泉に付いてそこまで価値を持っているとは思えない。だから、皇帝自ら行っても誰も何も言わないのだろう。
そう考えれば他国の王族に自分が整備した者を褒められてうれしくないわけがない。
「もう一度とは言わず何度も利用してくれて構わない。余も温泉が好きなのでな。――まずは挨拶から始めるとしよう。余は皇帝のダグラス・ド・バララーク。隣の居るのが宰相のドムトゥス。右側は順に第一皇子レムエストル、第二皇子シュビーツだ」
それぞれが皇帝が言う順に頭を軽く下げてくる。
「私はシュリアル王国第三王女フィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリアと申します。こちらは私の護衛も務めているシュン・フォン・ロードベルです」
「皇帝陛下。初めまして、シュン・フォン・ロードベルと申します。この度はシュリアル王国国王ローレレイクより調査を行ったうえで名が挙がった人物の目録を承っております」
僕は帝国式の儀礼右手を左胸に当てて軽く頭を下げた状態でそういう。
すると皇帝は軽く息を吐き、傍にいた宰相に僕の手にある目録を持ってくるように言った。
宰相は睨むように僕を見るとサッと奪い去るように取り、皇帝へ差し出した。
「その書類に乗った者が正しいかどうかはわかりませんが、国王は厳密な取り調べを期待されております。また、私はその手伝いも任されていますので、もし何かあれば手伝わせていただきたいと思います」
「なっ! 王国の一伯爵の分際で……!」
僕がそう言うと頭の回らない貴族が口を挟んできた。
それに便乗して他の貴族が口を出そうとするが、皇帝が手で制し、僕に声をかける。
「面を上げよ」
「はい」
「手伝いとやらはどのようなことだ? この要注意人物目録があれば済むのではないのか?」
フィノに伺いを立てたうえで、同調については隠して話す。
「その目録は名と簡単な説明が添えられていますが、詳しいことは載っていないのです。こちらもいまだに慌ただしくしていますので、名が挙がった者を全て書かせて頂いたのです」
「では、なぜ貴殿が手伝うことになるのだ?」
「はい。それは私が取り調べに参加していたからです。中には書き切れない情報もあったもので、それらの情報を知っている私が選ばれ、前国王の身を救った私が護衛も兼て選ばれました」
そういうと武力系の貴族や騎士達が僕に来弓を持ったのか調べる様な視線や魔力感知で測るようなことをしてきた。
僕は不躾だなと思いながら視線を受け流しながら、魔力を全て打ち消す。
王国で初めてギルドに行ったとき同様打ち消されるとは思わなかったのか驚愕の顔に染まる。
今回は笑いはしないけど……。
「そうか。では、何かあれば頼るとしよう」
「陛下!?」
「何か拙いのか? シュン殿よ。手伝うというのは拷問にかける等といったことではないのだろう?」
焦りを感じ始めている宰相が皇帝を諌めようとするが、ここは皇帝も自分の方が有利に立っているとわかっているので僕に便乗する。
「はい。相手に触ることもありません。ただ、取り調べに参加させていただければ、情報をお教えできると思います」
「そ、それは、名前を聞くだけではダメなのかね?」
宰相は焦ったような声で訊く。
この人宰相に向いてないんじゃないの? と僕達は内心そう思ったはずだ。
「別にかまいませんが、信用して頂けるのですか? 嘘を言う意味はないので偽りは言いませんが、あなたは私が言うことを信用してくださるのですか? 私なら信用できないので参加させるとまではいきませんが、目の前で情報を得ながら相手の動きを数人で観察すると思いますが」
僕がそういうと皇帝も頷き、手を一回叩いて黙らせる。
「シュン殿の言いたいことは分かった。勿論宰相の言うことにも一理ある」
皇帝の言葉に助かった宰相だが、悪い方向にしか須々万居ない状況のためハラハラしているのが同調を使わずとも見ればわかる。
「そこでだ。こやつは何か隠している、と感じた者にのみ手伝ってもらおうではないか。シュン殿はフィノリア王女の護衛でもある。傍を離れるわけにはいかぬだろうからそれで構わぬな?」
「はい。私は国王に命令されたわけではありませんので皇帝陛下にお任せします」
「ほう。ローレレイクというとフィノリア王女の兄君だったか?」
「はい。お父様とお母様は体調を崩されたので、時期に王位を譲ろうと考えお兄様が国王となりました。先日即位されたばかりのため、まだ伝えられていないかもしれませんが、時期各国に通達が来ると思います」
フィノが微笑みながら答えるが、義父さん達の体調が悪いことを言ってもよかったのかな?
これを言うと王国の体制が整っていないといいかねない。
だけど、順調に進んでもいるのだから言ってもいいのかもしれない。
「体調を崩されたとは聞いておったが、今は大丈夫なのか?」
「はい。まだ起き上がることは出来ませんが回復に向かっています。シュン伯爵が居なければ未だに悪かったでしょう。また、シュン伯爵に助けられました」
何かシュン伯爵と言われるのはおかしい気がする。
まあ、聞き慣れていないからだろうけど、日本命に爵位って元々合わないよね。
「シュン殿は医学にも通じておるのか? それとも回復魔法に通じておるのか?」
どうやら以前掬ったというのも体調管理の方だと思ったようだ。
まあ、そうだよね、僕みたいな子供が身を救うって言ったらそっちを考えるだろう。
実際は両方なんだけど。
かといって真実を話す理由にはならない。
「はい。私は回復魔法に通じております」
「そうか。もしよかったらなのだが……治療してもらいたい者が居るのだが、無理だろうか?」
皇帝が周りの者を置き去りにして心配しているように聞いてきた。
これに対しては僕が回答するわけにはいかないためフィノに覗う。
「症状とその者を教えていただけますか? それが分からなければ私が治せるのか対応できるのかさえ分かりません」
「それはそうだな。治してもらいたいのは余の召喚獣だ。歳のせいかもしれぬのだが、余が幼い頃から共に居る者なのだ。最近はよく眠り、動こうとせず、食事もろくにとらなくなってしまったのだ」
それで疲労の色が濃かったりするのかな?
「父上。医師の診断では何も分からなかったではありませんか。シュン殿が治せないとは言いませんが、数十年も経ち寿命が近くてもおかしくありませんと何度も申し上げたではありませんか」
「そうです。私も見ましたが病気ではないようですよ? 仮に病気でも回復魔法で治るかどうか……」
「そうは言うがなぁ……。お前達が幼い頃も一緒に遊んでもらったであろう。どうにかしてやりたいと思うのが飼い主というものだ」
「私もそう思いますが、無理に延命させるのは召喚獣にとっても辛いものだと思います。――シュン殿も迷惑ではありませんか?」
何やら空気が変わったが、この二人の皇子は父親になのだろう。
同調を使っても本当に心配している気持が伝わってくる。
なぜ? なぜこの二人はフォトロンみたいにならなかったんだ?
フィノに訊ねてみても首を傾げられてしまった。
「私は……一応診てみましょう。私とフィノリア王女にも召喚獣がいますので、皇帝陛下のお気持ちは痛いほど理解できます」
「おお、そういってくれるか! では、近いうちに頼む」
「はい」
皇帝は満足そうにし、二人の皇子は済まなさそうな顔で軽く会釈してきた。
苦笑したいのを我慢し目線を移動させると何やら顔を歪ませている者達があるのだが……また、何か暗躍してるのか?
もういい加減にしてほしい……。
「最後にフィノリア王女、この度は姉が王国に迷惑をかけ済まなかった。愚息の行いも謝ることも出来ず、其方には多大な迷惑をかけたと思っておる。フィノ殿も愚息からいろいろと聞いておるが、王女を奪った、国王は俺だ、神聖な決闘でインチキをした、急に夜になって魔神が攻撃してきた等とわけのわからないことを口走り、推測するに懲らしめてもらえたようだが恥ずかしいところを見せたようだな。皇帝としても、父親としても育て方を間違えたようだ。本当にすまなかった。……一体どうやったらあそこまで勘違いできるというのだ」
皇帝は最後に我慢できなかったのか感じた心情を吐露したようだ。
僕とフィノはあれはあれで怒りを覚えはしたが結構面白かったこともあり、今はいい思い出の様な物へと変わっていた。
だからといって許す気は全くないが、皇帝には関係の無いことだろう。
現に二人の皇子は立派に育っているようだし。
見ろ、兄弟として恥ずかしそうに眼を逸らしているじゃないか。
「いえ、別に危害が起きたわけではないので、今はそこまで怒ってはいません。それに私はシュン伯爵に全て守ってもらいました」
「私も少々やり過ぎたと反省していた所です。トラウマになっていなければいいのですが……」
少し苦笑して僕とフィノが言うと皇帝派笑い声を上げて言う。
「はっはっはっ、あやつにはいい薬となった。許してやる気は毛頭ないが、今は少しだが大人しくなっておるようだ。ただ、シュン伯爵が言うように頭に乗れば怒られる、相手は見かけによらないことを理解しているのかもしれぬ」
皇帝はそういうが、
「私は強そうに見えませんか? これでも相当の有名な冒険者なのですが……」
「そうなのか?」
「ええ、私も保証します。彼の実力はAランクはあります」
僕達は嘘は付いていない。
やはり国民派の皇帝でも帝国の血が流れているのか実力が気になるのだろう。
皇子達も逸らしていた眼を僕の方へ向けている。
(フィノ? ここで少し脅していた方が良いんじゃないの?)
(それもそうだけど……少しだけだよ)
念話で少し話して決めると、フィノは苦笑の様な笑みを浮かべて言う。
「彼はここ最近有名になっている最速最年少でAランクとなった『奇術師』の異名を持つ冒険者でもありますよ」
「本当か!? あ、すまない。シュン殿が良ければ、手合せしてみたいものだ。私もAランク並の実力はあると自負しているからな」
「皇子! 何を言うのですか! 皇子の身に何かあれば……」
第一皇子の一言に周りの貴族が騒然となる。
それを真っ先に止めるべき皇帝は満足そうに頷き、武闘派の騎士達も興味がそそられるのか面白そうに眺めていた。
(これは皇帝陛下の作戦かな? こちらが勝てば黙らせることが出来るし)
(そうだね。負けても今回の件とは関係がなくても、友好な関係で終わらせれば強くは言えなくなるからね)
(さっきも召喚獣を診察するって言っちゃったし。どうしたらいい?)
(うーん、今回はお預けにしてほしいかな。こういうのはやっぱりお兄様に覗わないといけないし、交渉の場でシュン君の素性をばらすことになった場合嘘を付いてはいないけどこっちが絶対に勝てるのを黙ってるわけだから)
(騙されていい気分じゃないよね。素性をばらした後に戦えって言われるかもしれないけど、その時はその時で考えよう)
(わかった。その時はよろしくね)
目の前で言い争っている間に僕とフィノは話し合いを終え、丁度第一皇子がこちらに意見を聞きに来た。
「どうだ? シュン殿。私と一戦戦ってはくれまいか。勿論怪我をさせてしまっては護衛に差支えが出る為、特殊結界のある訓練場を使うが」
「何を仰るのですか! 例え特殊な結界といえど何が起きるか分かりませぬ! 王国では最近いろいろなことが起きていますからな!」
「そうですな。今回の件もセネリアンヌ様が関わってはおられたようですが、それが本当のことだか……」
うわっ、帝国の貴族って嫌らしい人ばっかだな。
それを今から調べていくっていうのにまだ足掻こうとしているよ。本当に往生際が悪いというか、帝国こそが一番だと思っているよ。
しかも武闘派の騎士や貴族達は何も言わない。
多分噂通り武力にしか興味がない、というのが考えられる。
「止めよ」
そうこう考えていると皇帝が思い一言を発し、元の静けさのある謁見へと戻した。
そして、僕達を眺めるように見て口を開く。
「我が帝国の貴族達が王国を嘗めるような口を開きすまなかった」
そう深々と頭を下げる皇帝にいろいろと思うところがあるけど、帝国の貴族達はまんまとやられたという解釈をしていいのだろうか。
先ほどはその必要はないと言ったのに、今回は自分達に非があり、それを咎められ国のトップに頭を下げさせたのだ。僕達に何か言いたくても言えないということだろう。
「話が逸れてしまったが、レムエストルとの試合は一時棚上げとしよう。王国の使者に万が一でも怪我をされては面目が立たぬ」
「はい。私も後日改めて、ということで構いません。今回の件が片付けばいつでも試合は可能ですから」
「そうだな。まずは目先の一件を片付けようではないか。王国は現在新体制に変わると言ってもおる。そんな時に一国の王女が国を長く開けるわけにはいかぬだろう」
どうやら皇帝は僕が負けるとは全く思っていないようだ。
多分だけど、王国での僕の情報を集めて『幻影の白狐』に結びつけたのかもしれない。
僕の情報は隠していないから姿を見ていない人なら気付くかもしれないね。
「では、これで謁見を終了する。会談は今日の午後から始める故、準備が出来次第始めることとする」
グダグダとなった謁見は無事終了し、僕達は貴族に睨まれながら謁見の間を後にした。
フローリアさん達に少しだけ軽率だと説教されたが、試合を安易に受けなかったのは良かったと安堵された。
これからは政治方面の勉強をしないといけないだろうか真剣に考えた。
質問がありましたが、白尾の狐はコートの素材のことです。
確か説明したと思いますが、幻獣の名前がそれだったと思います。
あと、ロロを出す伏線が……出たのか、出ていないのか。




