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温泉街

集中力が……。

 帝国に向けて王国を出発し、五日ほどが経つ。


 王国と帝国は凡そ五百キロ離れている。

 僕達が乗っている馬車は王族専用馬車と呼ばれる白い車体に金の装飾、自転車のタイヤよりも大きな車輪が左右に二つずつ付いているちょっと大きめの馬車だ。

 馬は特級と呼ばれる馬力、体力、体躯、耐性……どれをとっても最高の馬が二頭いる。


 少し派手だが、今回は王国の使者としていくのでこれくらいでなくてはならない。


 因みにだけど、学園まで連れて行った二頭の馬と馬車は王国に帰って来てからすぐに取りに戻った。

 二頭とも僕達が離れたことをいつ知ったのか分からないが、僕の顔を見た瞬間に駆け寄り顔を嘗め回された。

 この世界の馬は魔力でも感知できるのか、匂いや気配がなくなったのを感じ取ったのだろうか?


 一日に五十キロほど進むと以前言ったと思うけど、この馬車は六十キロから七十キロは進むだろう。

 だが、今回は僕とフィノの二人だけでなく、近衛騎士が五名と魔法師団団長のフローリアさんがいるからだ。

 彼らは護衛なので鎧を着て馬に乗っている。

 その鎧も普段のものではなく、少し豪華で王族に付き従うに相応しいものだ。

 派手というより、機能と防御力に秀でているのは視て分かるのでそれなりだろう。

 馬もそれなりに訓練を積んだ馬になるけど、通常よりは疲労が溜まりすすむ距離に影響が出るのだ。

 まあそれでも、四十キロぐらいは少なくとも進むだろう。


 まだ、半分の距離も進んでいないのだが、僕達は偶に襲いかかってくる魔物達を倒し、その他は何事もなく安全に進んでいた。

 盗賊の情報もあるにはあるが、それほど有名な盗賊ではないようなので襲い掛かって来たとしても返り討ちにできるだろう。


 フローリアさんは僕がいなくなったことで出来なくなった魔法に関しての訓練や探求がずっとできると喜び、よく話しかけてきている。


「では、飛行魔法は風を操るのではないと?」


 フローリアさんが馬の手綱を右手で持ち、左手で顎を擦りそう訊ねて来た。

 僕は馬車のガラス窓を開け、隣のフィノと手を繋いだ状態で答える。


「風を操るというのが間違いだとは言いませんよ。ですが、風というのは形がなく、色もなく、重さ、感触、水よりも扱いにくいと考えられます。そんなものを操作して身体を浮かし、地上にいる時と同等以上に動かすのはどう考えても難しいです」

「そうね、私も最初はそうかと思っていたけど、シュン君に教えてもらって違うとわかったの。飛行魔法は部分的に使うのがいいのかな?」


 フィノはだらりと下げていた左腕の手首にリング状の風を付け、それを持ち上げるようにして浮かした。

 それを見たフローリアさんは魔力感知で感じ取ったようで、顎に手を当てたまま少し感心して頷いた。


 火や水、風、土等に形がないように、魔法にも形は存在しない。

 魔法に形がないというよりは行使する魔法に形は存在しない。

 基本的な形は存在するけど、僕が学園で教えたように魔力操作などをしっかり訓練すれば魔法の形を簡単に変えることが出来る。

 火球等の球系の魔法も球体状ではなく、四角で放ったり、長細くしたり、輪っか状に放ったりできる。

 ただ、そこで爆発させる、拘束する、違う属性を混ぜる、性質を変える等をすると球の魔法ではなくなる。

 あくまでも形状を変えるということのみだ。


「だけど、それだけじゃあ自在に動かすということはできないね」


 主要な関節、肘や手首など大きめな関節にフィノがやったようなリング状の風を纏わせるとしても、それは風で持ち上げているのと変わらないので無理だろう。

 他にも風で支える、風を纏うなどもそれに当てはまる。

 だけど、腹にリングを纏わせるのは一応動かせるかもしれない。


「では、どのようにして飛行魔法を行使するのがいいのですか?」


 フローリアさんがフィノの手首から目を離し聞いてきた。


「そうですねぇ……例えば鳥のように風を翼として使う、というのが無難だと思いますよ」


 それなら手も開くし、実際の翼ではないので自在に動かせるし、慣れればそれほど意識も割かなくてもよくなるだろう。

 消費魔力もそれほど多くはならないと思うけど、飛行魔法自体が上級に近い魔法のためそれなりに消費してしまうのは仕方ない。


「でも、どんな魔法にも近道はないですし、自身に合った魔法を使うのが一番ですよ。先ほど言ったことと反対になりますが、慣れれば全身を風で纏い操る方が楽になるかもしれません」


 実際に僕は風を纏って戦っているからね。

 剣に纏わせているからそっちの方が扱いなれている。

 やっぱり使い慣れることが一番なのだろう。


「どれも練習次第ということですか……。わかりました」

「最初は近くにいる者を観察し、魔法に利用するというのがいいですよ。世界には魔法なしに空を飛び、水の中を泳ぎ、陸を駆ける者がいますからね」

「そうだね。どんなものも何かを真似ることから始まるものね。私もシュン君を真似るところから始まったし、学園でも先生に言われたことをするから真似るのと変わらないね」

「魔法には権利がないですからね。僕が使っている魔法だって盗んでもらっても構わないです」

「失礼ですが、シュン様の魔法はよくわかりません」


 フローリアさん……いや、近衛兵全員が苦笑していた。


 まあ、確かによくわからない魔法を使うときがあったかもしれない。

 あの大会の時もそうだったけど『魔力弾』にしろ『纏』にしろ、全てが擦り切れ古びた古文書に書かれた魔法だったはずだ。

 あれは話を聞いた限りではどれも過去流行っていた魔法らしいが、今では基礎である魔力操作などをあまり上達させようとしないから廃れてきた魔法だったな。


 まあ、どれも今は無理な魔法だから仕方ないのだろう。

 でもさ、よく分からないはなくない?

 だって練習すればだれでも使えるようになるんだからさ。

 フィノも最近は出来るようになり始めているんだから。


 中には地球の知識、この世界では解明されていないことも入れてあるから無理なものは無理かもしれないけどね……。

 蒼炎の魔法や雷の魔法、氷の魔法とかだな。

 でも、押せれば誰でも使えるようになることはララスさんとフィノで証明済みだ。

 やっぱりどんなことも練習あるのみ、やらなければできないのだ。




 再び魔法や学園の話をしながら帝国へと向かって行く。


 ここで帝国について簡単に説明するが、帝国は山と砂漠のような荒野と僅かながらの海がある場所となる。

 山は僕達の王国を隔て、砂漠のような荒野はその通り進むにつれて砂漠と化し公国が存在し、海の向こう側には学園のあるガーラン魔法大国がある。


 帝国で有名といえば王国同様の大会だ。

 その大会も王国とは違い、既に五百年間開かれているらしい。

 四年に一度らしいので百回は軽く超えていることになる。

 規模もそれなりに大きく、専用の都市が存在するらしく、毎年その大会へ参加しようと五千人近くの腕自慢達が集まってくるようだ。

 今年は大会が開かれる年ではないのでどうでもいいことだ。


 他にも帝国一周耐久レースや腕相撲大会等がある。

 どれも実力主義が強い帝国ならではの大会やイベントが多くあるそうだ。

 僕は魔法に関してはいいけど、力に関しては魔力を使わなければ弱いので参加する気は全くない。

 大概そういう大会は魔法禁止だったりするからね。

 勿論魔法系の大会や実力系以外の大会やイベントがたくさんあるよ。


「あと少しで半分の距離になります。その近くに『ロリア』と呼ばれる街が存在するのでそこで一泊します」


 フローリアさんが馬の上で簡易な帝国地図を開き、斜め前方前を指さしてそういった。

 距離的には三十キロほどといったところか、あと四時間もすれば付くだろう。


「どういった街なの?」


 フィノが顔を傾げて訊ねる。


「ロリアは特にこれといった物はありませんが、帝国の中でも自然に囲まれた街として有名です。また、近くの山からは暖かい水が出るようで温泉街としても有名ですよ」


 お、温泉!?


 バッとフローリアさんの方へ振り向き、久しぶりに聞く言葉に歓喜した。

 それを見たフィノとフローリアさんが何事かと軽く驚き、気づき恥ずかしさに頬を染めて下を向いた僕に苦笑する。

 それが余計に恥ずかしく感じ、久しぶりに恥ずかしい思いをするのだった。


 だけど、仕方ないじゃないか。

 前世でもほとんど温泉に行ったことなかったし、元日本人としてはお風呂ではなく温泉に入ってみたいと思うんだから。

 温泉にはいろいろな効能があると聞くし、少し帝国に行くのが遅れるかもしれないがゆっくりと浸かって向かうのがいいだろう。

 長旅で疲れるわけでもあるわけで……。

 まあ、来ようと思えばいつでも来れるのだけどね。

 僕には転移の魔法があるわけで、ばれなきゃあ使っていいわけですよ。

 いつでも家族ぐるみで来れるだろうな。


「シュ、シュン君は温泉に興味があるの?」


 口元に手を当てたフィノが笑いながら訪ねて来た。

 僕は気恥ずかしく思いながら目を下へ彷徨わせ、頬を掻いて答える。


「ま、まあね。温泉は気持ちいいものなんだよ」

「お風呂とは違うの?」


 目を閉じ背凭れに体を預けると目を開けて一度だけ味わった温泉の気持ちよさを伝える。


「そうだね。お風呂は冷たい水を温めるんだけど、温泉は地熱、火山の熱が地面の下を流れる水を温めて出来るものなんだ」


 詳しいことはよくわからないけど、この世界の水は塩素で消毒していないからそれほど違いはないかもしれない。

 だけど、山の下を流れる天然のミネラルを豊富に含む水は通常の水よりもいいものかもしれない。

 これを詳しく言っても意味が分からないだろうから言いはしないけど。


「そのお湯は血の流れを良くし、疲労回復、気持ちを静める効果、打撲などの怪我や病気の治療、がある。お風呂と違って場所によっては風景も楽しめるし、いろいろな温泉があるんだ」

「へぇ~、今までお風呂にしか入ったことなかったから知らなかったけど、温泉はすごいんだね」


 フィノは僕の気持ちを理解したようで嬉しそうに微笑み楽しみだという。

 フローリアさんも初めて知ったのか、近衛兵全員興味深そうに聞いていた。


「他にも肌に潤いを与えてしっとり肌に変え、汗も掻き代謝を良くするからダイエットにも良く、美と健康にいいものなんだよ」


 と、気軽に話すと近くにいた女性達が一斉に僕の方を向き、今度は僕が苦笑する番となった。


「そ、それは本当?」


 フィノが気になるようで僕の肩を取り、鼻息を荒くして真剣な表情で聞いてきた。


 どこの世界も女性は美容を気にするんだね。

 まあ、僕としてもフィノがどこまでも綺麗な方がいいし、温泉をどんな理由であれ好きになってもらえるのは嬉しい物だ。

 だけど、入り過ぎは身体に悪く、入り方を間違えても意味がないのでその辺りは気を付けてもらうのがマナーというものだ。


 僕はフィノの手を取り微笑みかけるとしっかりと頷いた。


「嘘は言わないよ。僕のいたところではそういった物だったからね。それ目当てに何度も入る人がたくさんいたよ」

「そうなんだぁ~」


 フィノは手を放し、背凭れに体を預けて嬉しそうに足をばたつかせるのだった。


「私も知りませんでした。聞く話では体が温まることや魔力回復などのいいということでしたから」


 フローリアさんが驚き半分喜び半分といった口調で言った。

 近衛兵も兜の下で頷いている。


 魔力回復というのは恐らく水の中に天然の豊富な魔力が含まれ、それが体に吸収されて回復効果が現れるということだろう。

 また、その効果は魔力だけに及ばず、体力回復、疲労回復、怪我の治療から病気の治療まで回復魔法に近い効果が出てくるのだろう。


 この世界の温泉は地球の温泉よりも素晴らしい物だな。

 神秘の水と言っても過言ではないかもしれない。


「それじゃあ、ロリアへ早く向かおう」

「うん!」

「わかりました」


 僕達は温泉に思いを馳せ少しだけ速度を早くするのだった。




 それから四時間弱ほどしていい温泉(硫黄)の臭いと近くの山や家から白い煙を上げている街に着いた。

 ここが『ロリア』と呼ばれる天然のあらゆる温泉があるという帝国の中でも有名な街だ。

 いや、今僕達の中では有名になったというのが正しく、温泉は怪我人などにしかあまり来てがないそうだ。

 だが、これからはいろいろなことが広がり、客が増えていくことだろう。


 そして、温泉街といえば食べ物もそれに準じたものが多くあるだろう。

 温泉卵に温泉饅頭、地熱を利用した食べ物、活造りや鍋……いろいろと料理が存在する。

 無いならないで作りだせばいいだけだ。

 ここが王国でないのが少しだけ残念だが、王国にも温泉街を作ればいいだろう。

 王国は火山があったはずだからね。


「ここがロリア……。なんだか、他の街と違うね」


 煙が立ち上る温泉施設や旅館、浴衣のようなゆったりとした服を着た人々、温かい地熱が床と空気をしっとりと濡らしている景色をキョロキョロともの珍しそうに眼を輝かせ、フィノが呟くようにそういった。


 確かに珍しい物ばかりだ。

 温泉街というのは空気、町並からしてそれに当てはまるようだ。


「そうだね。長閑というか、落ち着く街だね」

「うん」


 僕とフィノは目を閉じて少しだけ深呼吸する。


「さ、お二人とも宿へ行きましょう」


 フローリアさんに促され、再び馬車に乗り込んで上級の貴族が泊まる豪華な宿屋へ向かった。


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