大会終了
準々決勝第一試合。
目の前の闘技場にはアルと一組のアレックス君が武器を構えて試合が始まるのを待っている。
アレックス君は入学試験で四位だった男の子だ。
容姿はアルと同じく赤髪の短髪で身の丈ほどの大剣使いだ。
大剣は重量で叩き切るとイメージが強い武器の一つだ。
『準々決勝が始まります。アデラール選手は一回戦二回戦共にほぼ一撃で終わらせています。まだ本気ではないようですが、対するは学年で上位に位置するアレックス選手です。彼もまた相手を一撃で倒しています。これはいい試合になるでしょう』
『はい。アデラール君はリーチが短いですが、素早さを活かして懐へ忍び込めば勝ち。アレックス君はリーチが長いので、重量を活かした一撃を当てることが出来れば勝ちとなります』
解説が入り試合の開始が迫る。
『それでは始めたいと思います。準々決勝第一試合、始めぇ!』
合図と共に駆け出すかと思いきや二人はお互いに睨み合いどちらも微動だにもしない。
早く動いた方が負けるとは言わないが、不利になるだろう。
「アデラール、俺はお前を倒してシュンも倒す。そして、学年でトップに立つ!」
「ハンっ、やってみろ! 俺はそこまで弱くねえぞ。それにお前がシュンに勝てるとは思えねえ。あいつの強さは段とか格じゃねえんだ。次元が違うんだよ」
アルは緊張していたが僕を倒すという一言にやる気を見せる。
自分が弱いと言われたように気もしたのだろう。
「まあいい。俺はいずれ学園でトップになる男だ。こんなところで躓くわけにはいかない」
「俺もお前には負けない。一応シュンに教えてもらっているわけだしな」
二人はじりじりと距離を詰め、残り数メートルとなった所で会話をやめ、アルは手に力を入れると上体を低くしつつ突っ込んだ。
アレックス君は大剣を重心を移動させながら横薙ぎに振いアルの横っ腹を狙う。
アルは冷静に読み取り足に身体強化を施し急制動をかけると大剣を鼻先ぎりぎりで避け、爆発的に懐へ飛び込んだ。
「何ッ!?」
「もらったァッ!」
アルはそのまま飛び込んだ勢いを乗せた一撃を腹部に当てるが、アレックス君は大剣の重みを利用して体の状態を崩しアルの攻撃を避けた。
だが、完全には避けられずたたらを踏んでしまった。
アルは追撃をかけるがアレックス君は蹴りを放ってアルを止め、蹴りを下すと共に体重の乗った大剣の一撃を振り下ろす。
アルはそれを後ろに飛んで回避するが、距離が間に合わず、肩を浅く切られてしまった。
お互いの技量は同じくらいだろう。
魔法も身体強化は使っているようだが、属性の魔法は使っていない。
アレックス君もあると同じく火魔法の使い手だろう。使い方も筋力上昇系を使うだろう。
この試合はアルにとってもアレックス君にとってもいい経験になりそうだ。
「「『バーニング』」」
僕がそう思っていると二人は同時に筋力上昇魔法を施し、自身の武器を赤いオーラで纏った。
アレックス君は両腕まで施してあることから腕の筋力も上げ、大剣を素早く振れるようにしているのだろう。
おしいが肩まで魔法の視野に入れるべきだろう。
大剣等の重い武器を振る時は重心の移動が大切だが、持ち上げる時等は腕の筋力ではなく肩や腰など筋肉を使った方が速く動かせる。
小手先ではダメだということだ。
アレックス君は大剣を通常の剣のようなスピードで振い、アルはそれを小手で弾きながら懐に潜り込む。
お互いに致命傷だけは避けているが掠り傷が増えていき、服があちこち破れ、泥が付く。
「やるな!」
「お前こそ!」
二人は気合の声と共にぶつかり合い、お互いの武器が弾かれる。
筋力を上げ、瞬間的な身体強化を施すことで最小限の衝撃にしたアルは、アレックスが攻撃態勢に入る前に両手を組みハンマーの要領で叩き付ける。
アレックス君はすぐに武器を引き戻し大剣の腹で防御体勢に入った。
金属同士がぶつかり合い激しい火花が散ると共に爆音が響き渡る。
「くぅぅぅッ」
アレックス君は後ろに吹き飛びつつ両足で踏ん張り大剣を横薙ぎに振った。
アルは追撃をしようと突っ込んだところへその一撃を食らい、小手で防いだが両足で地面を踏み締められなかったため横へ吹っ飛ぶ。
今度はアルが大地を擦りながら踏み締める。
『両者白熱した戦いを見せています! お互いに一歩も譲りません!』
『スピードと手数のアデラール君と力と一撃のアレックス君。どちらもまだまだ本気ではないようですね』
シュナイさんの言う通りまだどちらも本気ではないようだ。
小手調べというわけではないが、決勝のために力を温存したかったのだろう。
二人は不敵に笑うと真剣な目に炎を宿し、今度は武器だけでなく魔法も織り交ぜて戦う。
「『ファイアーボール』」
「飛び交え! 『ファイアーボール』」
アルにはきちんと詠唱破棄を教えているため鍵である魔法名を唱えるだけでいいが、アレックス君はどうやら完全な詠唱破棄は出来ない様で単語を言い放った後に放っている。
爆発がお互いの間に起こるが、少しの差がアレックス君には防げなくなりアルの魔法が着弾する。
その魔法をアレックス君は大剣で斬り伏せ、薙ぎ払い、アルはその隙を突いて魔法を放ちながら飛び込む。
『先ほどよりもヒートアップしております! 今までの試合の中でこれほど白熱した戦いは在りません!』
『私達が一年の時よりも白熱しています。今年の生徒は有望ですね』
『おおおおおおおぉぉ!』
観客が吠える。
それに合わせて二人はぶつかり合い再び衝撃と爆音が鳴り響く。
二人とも額から血を流し、肩で息をしている。
お互いの実力が拮抗しているようで一歩も譲らず、隙を突いては攻撃をしている。
ただ、アルの魔法の差と手数の多さにアレックス君は手古摺り始め、更に大剣の重量に疲労が見え始めている。
更にお互いに魔力が尽き始めているようだ。
「はぁ、はぁ……アデラール。ここまで強いとはな。ここまで強いのにシュンには勝てないのか」
「ふぅー、ああ、勝てないな。掠り傷も当てることも出来ないだろうな。そこまで違うんだ」
「……そうか。お前は此処まで強くなかったはずだ。どうやって強くなったんだ?」
アレックス君はアルが強くなった理由に興味があるようだ。
「俺はシュンに教えてもらっている。いや、お前が知りたいのは違うな。練習方法が違うんだ。やっぱり基礎は大事だ」
「基礎か……」
「ああ、シュンは今でも基礎を大切にしている。強くなるための近道はない。早く強くなりたければ効率のいい練習と基礎が大事だ。それをこの二か月で学んだ」
アルはいろいろと学んでくれたようだ。
まだまだ甘いところもあるけど、出会った時に比べれば別人の様だろう。
今なら学園でも上位につけるほどだ。
「行くぞ!」
「来い!」
二人は再びぶつかり合い、激しい爆音が鳴り響く。
そろそろ終わりが近づいているだろう。
アルは大剣を掻い潜りながら懐へ侵入し、アレックス君は後ろに下がり蹴りを放ち寄せ付けない。
観客席からは歓声とどちらが勝つかというハラハラした気持ちが伝わってくる。
クラスメイトからはアルの上達ぶりに驚き歓声を上げる。
僕達もアルに勝ってほしいと応援する。
その時、アルが迫り来る大剣に腹を殴り付け、握力の下がったアレックス君は大剣を手放してしまった。
アレックス君は慌てつつも無手で相手をするがさすがにアルには勝てず、手を取られて地面へ叩き付けられた。
「かはっ」
叩き付けられた衝撃で肺の空気が出た。
アルはそのまま膝を胸に押し付け顔面に拳を当てた。
砂煙が晴れ、二人の姿が見えると観客は静まりかえる。
『し、試合終了ぉ~! お互いに一歩も譲らず白熱した試合の勝者は三組、アデラールッ! これで二人目の準決勝進出者が決まりました! 彼は午後から準決勝へ進んでもらいます!』
歓声が爆発的に轟き会場を揺るがす。
アルは膝を退けるとアレックス君に手を差し出し引き起こす。
「負けたよ。お前に勝てないということはシュンにも勝てないということか」
「そう落ち込むなよ。お前もシュンに教えてもらえばじゃねえか。強くなりたいんだろ?」
「いや、俺のプライドが許さん。せめてお前に勝ってからにする」
「そうかい。俺はいつでも待ってるぜ。だが、俺も強くなる。簡単には負けないからな」
「いや、次に勝つのは俺だ。首を洗って待っていろ」
二人は闘技場から退出し、救護班に運ばれていく。
肉体のダメージが精神ダメージとなったのが堪えられなかったのだろう。
この後レンが四組の生徒と戦ったが少し苦戦しつつも勝利を収めた。
準々決勝最後の試合は第三位が出てきた。
彼の名はカイゼルという。
この国の伯爵の息子らしい。
性格はよくわからないが、見た感じの纏っている空気は貴族という感じで相手を見下しているような気がする。
傲慢とは言わないが僕とはそりが合わなそうだ。
シャルは準々決勝がなくいきなり準決勝からだ。
昼休憩を挟んだ後、いよいよ準決勝が始まる。
まずアルとレンの試合だ。
二人を戦わせたことがほとんどない。
接近戦ならばアルの方が有利だが、魔法戦となると制御能力も属性も扱い方も上手なレンの方に軍配が上がる。
『午後の時間となりました。次は準決勝です。前回白熱した試合を繰り広げたアル選手。対するは流れるような剣技と正確な水魔法の使い手ウォークレン選手です』
『力と技の勝負ですか。更に二人は彼の指導を受けているとのこと。これはさらに白熱した戦いが見れそうですが、アデラール君は準々決勝の疲労が残っています。ウォークレン君は余力は残っていますが体力は大丈夫なのでしょうか』
アルは見た目は大丈夫そうだが、体力と魔力は半分ほどしかないだろう。
レンは魔力はまだ大丈夫そうだが、体力の方が限界に近いようだ。
二人が入場すると歓声湧き起こり、二人はそれを聞いていないかのように中央へ進んでいく。
どうやら緊張しているようだ。
「レン、全力で掛かって来い!」
「はい。全力でいかせてもらいます」
二人は武器を構えて合図を待つ。
『それでは準決勝第一試合、始めぇ!』
先ほどとは違いアルが突っ込み、レンは後退しながら魔法を放つ。
この前はこの魔法で目眩ましを食らっていたアルだが、今回は火魔法を使って反撃している。
「同じ手は通用しないですね」
レンは冷静に判断すると水魔法を消し去り、身体強化を足に施すと距離を取った。
アルは警戒しながら突っ込む。
「清らかなる水よ、噴き付け押し返す水となり、敵を打ちのめせ! 『アクアストリーム』」
突っ込んでくるアルに向かって水の渦が巻き起こり、アルを飲み込む。
アルは吹き飛ばされ、上空で態勢を整えながら着地する。
レンは水の方向を操りアルに向かって水を押し寄せる。アルはすぐに立ち上がり、円形に走りながら近づいていく。
「『バーニング』」
小手から赤いオーラが立ち昇り、押し寄せる水を弾きながら近づいていく。
レンは最後に水の量を増してアルにぶつけると剣を握り締め斬りかかる。
「はあッ」
「効かねえッ」
水をはじいた瞬間に斬りかかってきた連Bの一撃を逆手の小手で受け止め、レンの腹に一撃食らわせる。
レンは当たる瞬間に後ろへ下がり衝撃を逃がす。
『『アクアストリーム』中級の水魔法ですね。一年のこの段階で使えるのは凄いことです。その後のコントロールも素晴らしい出来です。二年にもこのコントロールは難しいぐらいですからね』
先ほどの魔法の解説が入った。
アルは地を蹴り付け接近するが、レンは剣を振り近づけさせなかった。
アルはなおも近づこうとするが、レンは立ち上がりながら水の弾丸を撃ち距離を取る。
『おおおおおおおぉぉ!』
アルを近づけさせなかったことに歓声が上がり、水の弾丸が顔に集中したことで眼に水が入り一時的に視界が悪くなった。
レンはその隙を無過ごさずに近づくと、小手で守っている顔の下、がら空きとなっている腹部に勢いの乗った蹴りを放つ。
「ぐっ」
アルは咄嗟に力を入れて護ったが背中から地面へ落ち、レンは剣を振りかぶって近付く。
振り下ろされる剣を体を回転させて避け、首目掛けて横薙ぎに来る剣を小手でガードした。
甲高い音が周囲に鳴り響き、アルは脚を曲げるとレンの身体を蹴り付けた。
レンはすぐに体を下げ守るが、今度はレンが吹き飛ばされた。
アルはそのまま立ち上がると身体強化を施しレンに向かって接近する。
レンはすぐに起き上がろうとするが、アルの接近を許してしまい顔面に拳を突き付けられた。
『おおっとぉ、決まってしまったかァッ!』
「これで終わりだ」
アルが降参しろとレンに言うが、レンはアルを見ながら口角を上げる。
『いえ! まだ決まっていません』
シュナイさんの言う通りアルの隣には大人大の水玉が浮かんでいた。
「かかりましたね? 『アクアキャノン』」
レンは大地に背中を付けながら手を横に振った。アルはすぐに横を見て迫り来る水の砲弾に驚愕し、咄嗟にその場から飛び去ろうとしたが時遅く、強烈な水に撃たれて吹き飛んで行った。
この水は先ほどの『アクアストリーム』の水だ。その水を大量にまき、丁度アルがその場に来るまで維持していたのだろう。
レンは立ち上がると水魔法を行使する。
「『アクアショット』」
「くっ」
アルは咳き込みながら飛んで来る水の弾丸を小手で防ぎ、態勢を整える。痛みで動けないと判断したレンは剣を振り翳しアルに対して斜めに切り下ろす。
「今度はこっちの番だ! 『フレイナックル』」
「ぐふッ」
剣で切り付けたはずのレンが宙を舞って地面に叩きつけられた。
アルの格好を見ると左手を顔の前でガードし、右手を正面に振り抜いた格好をしていた。恐らく、左手で水の弾丸を遮り、レンが近づいてくるのを視界に入れると溜めていた右手を振り抜いたのだろう。
体を起こそうとするレンだが体から淡い粒子が立ち上がり、その姿を消し去った。
これ以上は体に障ると結界に判断され、医務室へ転移させられたのだ。
それと同時に準決勝第一試合の勝者が決まった。
『決まりましたぁー! 勝者、三組アデラール選手ッ! 観客の皆さんは拍手をッ!』
レスターさんの勝利宣言に会場が歓声と労いの声に湧き、拍手の爆音が天高く轟いた。
アルも立ち上がって退場しようとするが相当なダメージを受けているのでふら付いている。
「アルはふら付いているけど大丈夫かな?」
フィノが心配そうにアルを見る。
「大丈夫だろうけど、心配だね。肉体のダメージはなくなるけど、精神と魔力の方はどうにもならないからね。決勝は少しきついかもしれない」
さすがに大会に高級な魔力回復薬を使用することはない。これが一年の終わりにある大会なら別なんだけど……。
「ですけど、二人とも凄かったです。レンがあんなに強くなっているなんて思いもしなかったです」
「三日であそこまで強くなるのは凄いよ。二人とも今までの試合の中で一二を争う実力になったね」
「私もうかうかしてられないな……」
フィノが負けられないと宣言するが、僕から見ると、まだまだ差が大きいと思う。
だけど、それは言わない。
折角フィノが強くなりたいといっているのだから、僕はフィノの言う通りにさせるつもりだ。
まあ、危険でなければだけど。
「次に試合はシャルだね」
「相手は、カイゼルさんですか。彼はいろいろな意味で有名な方です」
「有名? 強いの?」
「はい。主席候補と言われていた人です。それもシュン様とフィノリア様がいたため無理でしたけど。実力としては言うまでもないのですが、人一倍負けず嫌いと言いますか、兎に角自分が一番でないと気の済まない人ですね。ですが、悪い人ではありません」
僕が最初に抱いたイメージと一緒かぁ……。
まあ、あの皇子みたいに絡んでこなければいいや。
少しの休憩後、決勝戦第二試合が行われようとしていた。
目の前の闘技場ではすでにシャルとカイゼル君が武器を構え、お互いに言葉を交わしているようだ。
何やらシャルの雰囲気が剣呑になっているように感じる。
「いいか? あの二人さえいなければ俺がこの学年の、いや学園の歴史に残す者となっていたのだ。現に俺の点数も歴代を抜いていた。だが、あの二人のせいで俺は、俺は……」
カイゼルは剣先をプルプルと震わせて怒りを露わにさせるが、シャルにはどうでもいいことだった。
この試合で勝ってアルと戦う、それしか考えていない様でもある。
カイゼルを舐めているのではなく、幼馴染のアルが決勝に行ったのだから自分も行く、といった感じだろう。
「あの二人が俺の未来を閉ざした! 俺はなァ、この大会であの二人を倒し、学年トップになるつもりだったんだ! なのに、あの二人は出場していない! どういうことだァ!」
「あんた、何が言いたいのよ。フィノちゃんとシュン君が大会に出なくてもいいじゃない」
「あいつらが出ないと俺が一番であることを皆に知らしめられないだろうが! なのに、なぜあいつらは出ていない!」
「本人が断ったからよ。でも、お蔭で決まっていた優勝と準優勝が空いたのだからいいじゃない」
「お前まで俺よりあいつの方が強いとぬかすのかッ! それに断っただと! この名誉ある大会に出るのを! さては、俺に負けるのが怖かったのか?」
カイゼルは今まで怒っていた顔をにやけさせると、納得がいくと頷いているが、シャルはそれを一刀両断する。
「そんなわけないじゃない。二人にあなたが勝とうとするなんて十年、いやシュン君に限って言えばどれだけ修行しても届かないんじゃないの? それに、あなたがどれだけ強くてもあの二人より強いと証明するのは無理よ」
シャルは鞭を引っ張りながら睨めつけるように言い放つ。
カイゼルはそれを怪訝そうに見つめ、剣をシャルへと構える。
「だって、あなたはこの試合で私に負けるのだから。そういうことは一番弟子である私と二番弟子であるアルに勝ってから言いなさい」
どこからかアルの俺が一番だッ! という声が風に乗って聞こえてきた。
「何ッ!? 俺が貴様のような小娘に負けるだとォ! 調子に乗るなよ愚民が! それに、その言葉遣いはなんだ! 次期伯爵家当主に対する言葉遣いか!」
「何言ってんのよ。まあ、伯爵家に対する言葉遣いじゃないのは理解しているわ。だけど、案股も勘違いしているわ。私は愚民ではなく、公国の男爵家の娘よ。この学園で貴族の名を出すということがそうなるかわかっていっているのかしら?」
「ぐぬぬぬぅ……。チッ、お前などすぐに倒してあの二人を引き摺り下ろしてやる」
「出来るものならやってみなさい。私はそこまで弱くないわよ」
二人の闘志は最高潮まで高まっているようだ。
例えそれが何であろうとも。
『いろいろと危ない文句が飛び交っておりますが、この大会ではある程度のことは黙認されているので観客の皆さんは騒がないようにお願いします』
まあ、そうだろう。
感情が高まって言い放つ者や兵身に負けて悔しがる貴族などいるだろうからね。
『話も終わったということでそろそろ始めましょう』
『鞭と水魔法を自在に操る遠距離タイプのシャルリーヌさん、力の乗った剣と相手を吹き飛ばす近距離タイプのカイゼル君。近づける前にシャルさんが勝つか、それとも懐へ入りカイゼル君が勝つか。その手に勝利を掴み、決勝戦へコマを進めるのはどちらでしょうか』
シュナイさんの解説に会場が湧き、いよいよ試合が始まろうとする。
『それでは始めます。準決勝第二試合、始めぇ!』
「ぐらァッ!」
開始の宣言より早く動いたかのように見えたカイゼル君はいきなり飛び掛かり、手に持つ剣を右から袈裟懸けに振り下ろす。
「女性に対して突っ込んでくる男性はモテないわよッ」
シャルはそれに対して魔力で強化した鞭を横薙ぎに振い、剣の軌道を上へずらし、自身は背後へと飛び去る。
カイゼル君は舌打ちと共に剣を戻し近づこうとするが、シャルの放つ連続の鞭捌きがそれを許さず、防御に回されている。
「クソッ!」
カイゼルは一旦後ろ、鞭の届かない範囲まで下がると不可視の弾丸を連発しながら背後へ回り込むように走る。
シャルはそれを魔力感知で捉えると鞭で破壊しながらカイゼルとは逆方向に走り出す。
「『ウォーターボール』」
「く、詠唱破棄だと!」
シャルは鞭で不可視の弾丸を破壊しながら、逆の手で水の弾丸をカイゼル本人ではなくその先の地面に放っていく。
カイゼルは詠唱破棄で放たれる水の弾丸に驚きながらも自身へ当たっていないことに優越しているため、目の前の地面がぬかるんできていることに気付いていない。
「最後に、『アクアスプリット』」
シャルは最後に濡れた大地へ大量の水を作り出して小さな泉を作り出した。
「な、にッ」
カイゼルはまんまとぬかるんだ大地に足を取られ体のバランスを崩し、出来上がった泉に足首まで突き刺さってしまった。
シャルは嵌った瞬間に進行方向を直角に曲げ、鞭を後ろに靡かせながら上から下へ腕を振り下ろす。
「荒ぶる風よ、我が身に纏い、風と一体と化せェ! 『フライ』」
カイゼルは叫ぶように詠唱を唱えると泥水を周囲に撒き散らしながら、体に風を纏わせると埋まった足を引き抜いて宙へ浮かんだ。
不安定ながらも宙に浮き停止している姿に会場は驚愕し、歓声が飛ぶ。
『フライ』の難易度はそこそこだが、体を宙に浮かすという行為は相当難しいものとなる。まず浮かすだけの魔力と実力がいるのは当然ながら、空中での固定やバランス、体ではなく風の移動などをこなさないといけないのだ。
『カイゼル選手、宙に浮きました!』
『風魔法の『フライ』のようですね。この魔法を見るのは二度目となります。一度目はシュン君ですね。カイゼル君はまだ不安定なところが見られますが、相当な実力を持っていると思います』
「チッ」
シュナイさんの解説にカイゼル君は舌打ちをする。
「この魔法まで使わされるとは……仕方ない。本気で相手をしてやる。覚悟しろ!」
「最初っから本気だったんじゃないの? あんなに怒ってさ」
軽愚痴を叩きあいながら戦闘が始まる。
カイゼルは自分の操作能力がまだまだなことを自覚しているようで、すぐに地上へ足を付けると足に『ムーブ』を施し素早さを上げた。
シャルは素早さに対し、鞭と水の弾丸の手数で攻める。
カイゼルは剣で鞭を弾きながら、逆の手で魔力を煉り込み風の弾丸を地面すれすれで放つ。
シャルは前方のカイゼルに意識がいっているためその弾丸に気が付かず、足元から盛大に宙へ飛ばされた。
「見たか! 続けていくぞ! 『ウィンドブロウ』」
宙へ舞うシャルに歓喜の笑みを浮かべながら剣を振り下ろすカイゼル。振り下ろされた県からは真空の刃が地面を破壊しながら飛び、シャルの動体へ迫り行く。
シャルは苦しさに顔を歪めながら風の刃を見極めると水魔法自身へと打ち、その軌道上から逃れる。
魔法を何もないところへ撃って上体をずらすということはできない。するには魔法に組み込まれている反動を打ち消すところを弄らなければならない。
例えば魔方陣なら陣に組み込まれた魔法の反動に対し逆方向から支えとなる魔法のプログラムをなくす。詠唱ならそのようになる様なイメージと詠唱が必要となり、無詠唱も同様だ。
シャルはお腹を擦りながら地面へと着地すると、振り抜きこちらに向かって突き進んできているカイゼルに向かって鞭を振う。
「甘い!」
カイゼルはその鞭を跳んで躱すとそのまま剣を真上から切り落としてくる。
シャルは身体を回転させて避けると鞭を引き戻しながら、カイゼルの足に巻き付ける。カイゼルはその鞭を切り裂こうとするが、魔力で強化された鞭は剣を弾き、シャルの捌きによって体を持ち上げられ地面へ叩き付けられた。
「はああッ!」
烈波の気合いと共に再度鞭が振るわれるが、カイゼルは息を整えると体を回転させて鞭から逃れ、無詠唱による風の弾丸を放った。
「キャ」
シャルは不意に襲ってきた風の弾丸で体を吹き飛ばされ、鞭をその手から離してしまった。
カイゼルはその隙に切れていた『ムーブ』をもう一度施し、風を切りながらシャルへと迫る。シャルは鞭が飛んだ場所へ走るが、カイゼルの蹴りが側面へ当たり吹き飛ばされた。
体を起こすがダメージが残り上半身しか起き上がれない。蹴られた瞬間に反射的に守った左腕も若干痺れているのかだらりと後ろへ下げている。
「ふふ、フハハハ、フハハハハハッ! 何がこの俺に勝つだッ! お前は此処で負ける! 次の対戦相手は既に負けたも当然なほどダメージを負っている! これなら俺が優勝間違いなしだ!」
カイゼルは高笑いをしながらシャルへと迫りその剣を振う。
「終わりはあなたよ!」
シャルはそういうと共にだらりと下げていた水の鞭を無詠唱で作り上げると左腕を反対側へと振り、飛ばした鞭の柄に巻き付け右腕を戻す。
体を再び反対側へ回しながら右手の鞭を振い、勝ったと集中力が散漫し、剣を振り翳してがら空きとなっている横っ腹に巻き付けた。
「くっ、は、放せッ」
カイゼルは鞭に振り翳した剣を振り下ろすが、すぐに魔力を通して強化された鞭は鋼のように硬くなり、甲高い金属音が響くだけだ。
「放すわけない、でしょッ!」
「や、やめグベッ……」
カイゼルはシャルに持ち上げられ、顔面から地面へと叩き付けられてしまった。蛙が潰れたような声を出し、鞭を離しても倒れることなく鯱のようなポーズで固まった。
地面には鼻の骨が折れたのか赤い水溜りが広がっている。
その姿を会場中の皆に目撃されながらカイゼルは医務室へと転移させられていった。
『決まりましたァッ! 準決勝第二試合、勝者は三組シャルリーヌ選手!』
『ワアアアアアァ』
高等魔法に無詠唱と学生の範疇を超えた技術の披露に終了に会場が盛り上がった。
「シャルは無詠唱が使えるようになっていたんだね」
「うん。私と特訓している間に何度か使えるようになっていたよ。これでアルに勝てるって笑ってた」
「ははは、シャルらしいね。次はその二人の対決だね」
「シャルさんもアルさんも相当なダメージを受けているように感じましたが大丈夫でしょうか?」
「うーん、シャルはそこまでじゃないようだけど、アルはちょっときついかもね」
シャルのダメージはそれほどでもない。
確かにいろいろな魔法を受けたり、地面へ落ちたりしているが、見たところ骨に異常なく受け身をしっかりとっていたのだろう。
それに比べてアルは直接水の弾丸に当たったり、不意の攻撃を食らったり、二連続で強敵と戦うなど少しきつい条件となっている。
「やっぱり今回はシャルが勝つかな」
僕がそう呟くように言うと二人も同じように考えていたのか微かに頷いた。
それから闘技場の整備があり、決勝戦が行われた。
結果はシャルの勝ちとなり、アルは準優勝、レンは動けないということでカイゼル君が三位で終った。




