迷宮都市バラク
迷宮都市バラク。
そこはいくつもの迷宮が存在し、その迷宮で手に入ったもので成り立っている。
迷宮で手に入った武具や道具を帰還した者がギルドや商人に売り、その商人が売りつける。そうやって利潤を産み出しているのだ。
迷宮とは冒険者の一つの夢である。
山のような財宝が眠り、踏破した者は名が刻まれ英雄とされる。夢を追いかえる冒険者にとってこの上ないものの一つなのだ。
迷宮は全部で五種類ある。
一般の初心者が訓練用として使う二十層ほどの初級迷宮。半人前となった冒険者や腕自慢が行く中級迷宮。腕に自信のある者やランクの高い冒険者が行く上級迷宮。歴代の勇者や英雄が自身の力を強くするために使ったと言われる最上級迷宮。そして最後に神が作ったといわれる最古の迷宮、神級迷宮。
上級迷宮以上は誰も攻略した者がおらず、石碑にはいまだに名前が刻まれていないそうだ。
階層は初級が二十、中級三十から五十、上級七十から百、最上級百以上、神級少なくとも百五十はあると言われている。
罠は下に行くほど過酷となり、致死性が高くなる。
迷宮に挑む者は死と隣り合わせなのだ。その死に打ち勝つことで財宝や名声を手に入れることが出来る。
また、迷宮にはそれだけではなく迷宮魔物も存在する。
迷宮魔物とは迷宮内で生まれた魔物のことを称して言う。通常の魔物は魔力が変異した動物や魔力だまりから生まれる。迷宮の場合迷宮で作られる。
迷宮で作られた魔物は倒すと消え去り、核である魔石が残ったり武器などを落したりする。魔物によって落とすアイテムがある程度決まっているが、中には最高のものを落すこともある。
魔物は迷宮から出てくることはないが階層を上がってくる魔物は存在する。そう言った魔物を『はぐれ』といい、凶悪な魔物としてギルド等に討伐指令が下る。
迷宮前にある石碑は薄青黒い色をしていて踏破した者の名前やパーティー名が刻まれていく。どういった仕組みなのかわからないが、神が見張っていて踏破した瞬間に刻んでいるのではないか、というのが一番有力だ。
迷宮都市バラクは天然の岩肌と巨大な骨によって囲まれた天然要塞のような造りをしている。
僕とフィノは岩肌に掘られた扉から入国する。
門から見えた中は商人と冒険者で賑わい、迷宮がある場所には人がたくさん並んでいた。
迷宮で手に入れた武器を売る店、防具を売る店、魔道具、道具、見世物屋等がある。仲間を募集している人や奴隷商店等の迷宮に行くための仲間探しをするところもある。
僕とフィノはまず馬と馬車を預かってくれる宿屋を探すことにした。
「止まれ、入国審査だ。身分を証明する物と入国理由を述べよ」
冒険者のような門兵さんが僕達の馬車を止めてそう言った。
この人に宿屋の場所を聞こう。
僕とフィノはギルドカードを見せる。
僕のカードを見た時に『奇術師か……』と言っていたから『そうですよ』と答えておいた。
するとその門兵が握手を求めてきたからそれに答えるとフィノが隣でクスリと笑った。
「よし、問題ないだろう。理由は迷宮に挑戦しに来たんだな。頑張れよ」
門兵さんが次の人に移ろうとしたから、止めて宿屋の場所を聞く。
「ちょっといいですか。馬車と馬の世話をしてくれる宿屋はどこにあるか知っていますか?」
「その宿ならこの先をずっと言ったところに“ビスマ”という宿屋がある。少々値が張るが飯も上手いし、何より部屋がデカく、風呂が付いている。疲れを取って迷宮に挑むならもってこいの場所だろうよ」
「わかりました。“ビスマ”ですね。では」
「じゃあな」
僕は“ビスマ”を目指して馬車を進めた。
僕とフィノは物珍しさに目を輝かせながら、馬車を走らせる。
後でギルドに行って迷宮のレクチャーとクィードさんのお店の場所を聞こう。
十分ほど走らせると地形が変わり地面が舗装され始めた。多分ここら辺が中央で森と荒野の境目なのだろう。
すぐに“ビスマ”が見つかり馬車を店の前で止めて宿屋に入って泊まれるか聞いてみることにした。
「いらっしゃいませ。宿泊でしょうか? それともお食事でしょうか?」
中に入るとウェイターのような人が僕とフィノに挨拶をしてきた。
「宿泊ですが馬車と馬が二頭います。そのお世話も頼むことが出来ますか?」
「はい。可能ですよ」
「ではそれでお願いします。泊まる場所はここで一番いい部屋をお願いします」
僕はフィノを見ながらそう言った。フィノは遠慮しそうだったけど、初めての旅で疲れているだろうからゆっくりできて疲れが取れそうな最高の部屋にしてもらったのだ。
そう言うと自分が疲れていることを理解して僕に任せてくれた。
「なら、それでいい。でも、次は普通にお願いね」
「うん、任せて」
「失礼ながら、お代は一拍御一人様朝夕食事付きで銀貨二枚掛かりますが……」
「では一か月宿泊でお願いします。その後は継続するかその時に決めます」
僕達が子供と見て遠慮気味に言ってきたウェイターさんに、僕は三十日分のお代中金貨一枚と小金貨二枚を渡した。
ウェイターさんは驚いた表情をしたけど、すぐににこやかな笑顔に戻して馬と馬車の移動の命令を出していた。
「馬のお世話代はいくらになりますか?」
「馬がどのくらい食べるかわからないので、それは一月後の再契約時にお支払いください」
「そうですか。わかりました」
「お客様の部屋は最上階の四〇一号室となります」
ウェイターさんから四〇一と書かれた鍵を受け取る。
「僕はシュンと言います。これからよろしくお願いします」
「私はフィノと言います。お願いします」
「私は支配人のリチャードと言います。シュン様、フィノ様、ごゆっくりとなさりください」
ウェイターのリチャードさんに頭を下げられながら僕とフィノは階段を上がり、四階の四〇一号室に入った。
ベッドはもちろんツインだ。
久しぶりのお風呂とふかふかのベッドがあり眠気を誘われるが、まだ陽も高いから僕とフィノは今日中に冒険者ギルドへ行くことにした。
冒険者ギルドはこの宿から五分歩いた場所にありわりと近かった。
冒険者ギルドの中は僕が見た中で一番広くぼろかった。冒険者が多く屯して仲間の募集や訓練、迷宮の依頼を受けたりしていた。中には正反対の飲んだくれや破落戸がいるのはどこも一緒のようだ。
僕はフィノと手を繋いでギルドの中に入り、迷宮受付と書かれた受付の猫獣人族の女性に迷宮のレクチャーを受けたいことを伝える。
「いらっしゃいませ。御用は何でしょうか?」
「今日は迷宮のレクチャーをお願いに来ました」
「迷宮のレクチャーですか。では、二日後の午前九時に初心者の迷宮まで来てください。場所はこのギルドを出て右の方へ行くと看板があります。そこで確認してください」
受付嬢さんは手を指しながら丁寧に説明してくれた。
「二日後の朝九時に初診の迷宮ですね。……何かいるものはありますか?」
「特にはありませんが死ぬこともあり得ますので、回復薬等の準備をしっかりしてきてください。道具屋はこのギルド内にありますので」
「わかりました。では、その迷宮の情報はありますか?」
「情報、ですか?」
僕がそう言うと受付嬢さんが意味深しげに問い返してきた。
フィノも僕の質問の意味が分かっているから僕と一緒に首を傾げた。
「ふふふ、ごめんなさいね。迷宮初心者が最初から迷宮の情報を知りたいというのは初めてだったから」
そう言うことか。
僕達が迷宮のレクチャーを受けるから迷宮初心者と確信したのに、常連みたいに迷宮の情報を聞きだしたことに驚いていただけだったようだ。
僕とフィノはお互いに笑って頷き合う。
「まあ、僕は他のギルドでいろいろ依頼を受けていますから、情報の大切さを知っています。だから聞いただけです。……それで、教えてくれますか?」
「そうなのですか? 迷宮について教えられますよ。と、言っても初心者の迷宮についてはほとんど教えることはありませんが」
「それでもかまいません。死ぬ確率があるので聞いていると聞いていないでは対処が変わってきます」
僕がそう言うと笑っていた顔が真剣な顔色になった。
「そんなことまで気にするなんて、あなたは一体……。いえ、初心者の迷宮で死ぬのは罠ではありません。罠は比較的安全なものばかりです。階層は十層。罠は深さ二メートルの落とし穴や先が丸められた矢等が多く、初心者に対する警戒練習用の罠が多くあります」
受付嬢は顔振って気を払うと迷宮について説明してくれた。
迷宮の罠は安全みたいだな。
僕はそう言ったものに縁がなかったから丁度いい訓練になると思う。フィノもやる気のようだし。
「問題なのは魔物の方です。魔物は一層ごとに三種類ほどの魔物が徘徊しています。初心者の迷宮は一層から五層まではスライム等のFランク。六層から九層はEランクとなり、十層はボス部屋となります。ボス部屋は毎十層ごとに現れ、ランダムで強力な魔物が徘徊している場合があります」
「それは『はぐれ』とは違うのですか?」
「はい、ランダムで現れる魔物はものによっては『はぐれ』よりも強力です。その階層のボスクラスだと思っておいてください。倒せば必ずアイテムと魔石を落します。初心者の迷宮のボスはEランクのビッグボアです。倒せばおいしい肉が手に入ります。運が良ければ素材や武具が手に入るかもしれません。
迷宮の魔物は基本剥ぎ取りを必要としません。倒した後に魔物が迷宮に消え、その後にアイテムが残されます。それが何かは分かりませんが魔石や食料品が多く、武具が少ないといった傾向があり、階層が増えるごとに武具や高品質の魔石が出る確率が上がります。
また、十層ごとに転移陣がありすぐに帰還できます。行ったことのある迷宮の階層はギルドカードが記憶します。ですから、途中の階層で帰ってきたとしても、その階層又はその前の階層からどこからでも始めることが出来ます。
迷宮を踏破された場合、最後のボスを倒すと地上への転移陣と金銀財宝の入った宝箱が出て来ます。それを持ち帰ってきてください。そうすることで石碑に名が載りますから。
以上が初心者の迷宮と迷宮についてとなります。何か質問はありますか?」
受付嬢がそう言って締め括った。
迷宮というのは意外に奥深しいものなんだな。罠の発見・解除し、魔物を察知・感知して倒す。それから出たアイテムを集め、ボスを倒すことで帰る。
意外にシビアなような気がする。
「僕は特にないけど……フィノは何かある?」
「えっと……途中で帰られないのですか? 五層や三層ならいいのですけど、二十層以上行ったのに帰りもまた二十層以上を帰らないといけなくなるのですか?」
おお、そういえばそうだな。
上層なら何でもないことだけど、下層になるにつれて帰るのはきついし、ボス戦をして転移陣を起動する力がなければ帰ることもできないのか。
フィノが気が付いてくれてよかったよ。
「いえ、この後迷宮登録というものをします。その登録はギルドカードに迷宮の機能を付けさせてもらいます。昨日は全部で四つ。
一つ目は帰還魔法の付与。これは危険な場合や帰りたいときに使えば地上に帰還することが出来ます。
二つ目は収納機能です。全ての者を入れることは出来ませんが、その人物のランクに応じて収納できる量が決まります。Fランクならば大体五キロです。その後、ランクごとに五キロずつ増えます。
三つ目は救援機能となります。この機能はボス戦や強力な魔物に出会った、罠にかかった等のような事態に起きた場合にのみ一度だけ起動します。それは自動で起き、迷宮を出れば回復します。救援信号はその階にいる冒険者全員に行き渡りますが、あまり信用しない方がいいです」
「悪用する人がいるからですね」
「はい。盗賊や人攫いなどが隠れている場合などがあります。万が一、そのような状況に合われた場合は帰還で帰るか逃げてください。そして情報をギルドに寄せてください。討伐隊が組まれます。その場で倒された場合も報告は必要です。そして、その時に倒した相手の遺品は見つけた者、倒した者が手にしていいです。死んでいる冒険者の遺品も同様です。その際にギルドカードがあれば持って帰ってきてください。
四つ目は討伐魔物のカウント機能です。こちらは最近付けられるようになった機能となります。討伐証の出ない迷宮では虚偽の報告をする者が残念ながら出てきていました。そのためこの機能が付けられるようになりました。この機能は倒した魔物を自動でカウントしていきます。スライムが二十体、ウルフが三体といった感じです。
また、討伐賞金も出ます。Fランク一体に付き鉄貨一枚、Eランク銅貨一枚、Cランク銀貨一枚、Bランク銀貨五枚、Aランク小金貨一枚、Sランク中金貨一枚、SSランク以上は個体によって変わります。これは初心者救援処置でもあります。賞金の出どころは秘密となっているので詮索しないでください。決して疚しいことではないので。
いずれも迷宮での機能となりますので、地上で窮地になったからといって帰還機能は使えませんので注意してください」
ギルドカードのバージョンが上がると考えればいいのか。
僕のギルドカードは一応Aランクだから五×六で三十キロほど入るのか。フィノはDランクだから十五キロか。
まあ、収納袋があるからいらない機能だな。
フィノもわかったみたいで頷いていた。
「他に質問はございますか?」
「いえ、特にありません。何かあったらまた聞きに来ます」
「わかりました。では、登録をするのでこの機会にギルドカードを通してください」
僕はそう言われたのでギルドカードを通した。
「……シュン、Aランク。もしかして『奇術師』さんですか?」
「はいそうですよ」
「他にも『魔の極みに到達した者』や『大魔法使い』と呼ばれている?」
「不本意ながらそうですね」
「うわー、本物なんだ。あ、っと、登録が終わりました」
これは僕の二つ名が勢いよく広がっているようだな。
今度はフィノがギルドカードを渡す。
フィノは何事もなくスムーズに終わった。
「これで登録の終わりです。収納機能は触ってこれを入れたいと念じてください。帰還方法も同じです。以上となります。それでは気を付けていってください」
受付嬢さんはそう言ってお辞儀をした。
僕とフィノもお辞儀をしてギルドを出ようとしてもう一つの用事を思い出した。
「すみません。クィードさんという人がどこにいるか知りませんか? 知人に迷宮で取れたものを買い取ってくれると聞いたのですが……」
「クィードさんですか? クィードさんはギルドを出て裏手にある道を真っ直ぐ行きますとこことは違う大通りに出ます。その大通りを左に曲がったところに『ラビリンス』という看板がかかったお店です」
「『ラビリンス』ですね? わかりました。ありがとうございます」
僕とフィノはそれを聞くとギルドを後にした。
ギルドを出た後僕とフィノはクィードさんに会いに『ラビリンス』を目指すことにした。
ギルドの裏手にある大通りは迷宮通りと呼ばれ、数多くの商店が並んでいるところだ。ギルドがあった大通りもそういったお店が多かったけど、こちらの大通りは完全に商店しかない。
僕とフィノはその中でも人があまりいないお店の中に入る。それが『ラビリンス』だった。
「「失礼します……」」
僕とフィノが声を揃えて言うと奥から太い声が帰ってきた。
「いらっしゃい。君達は誰だ?」
この人がクィードさんだろうか。
あまりやる気のないような人だな。
百七十センチぐらいの試飲朝で猫背、無精髭を生やしくすんだ赤髪をバンダナで無造作に括っている人だ。
「僕はシュンと言います」
「私はフィノと言います」
「あなたがクィードさんですか?」
僕がそう訊くとやる気がなさそうに答える。
「ああ、俺がクィードだ。君達はどうしてこの店に来た」
「僕達はローギスさんに紹介されてきました。迷宮のアイテムはクィードさんのところで買い取って貰え、と言われてきたので」
僕がそう言うと目に活力が入り、さっきの人とは思えないはきはきとした人に変わった。
「そうか! ローギスんとこの紹介か! これなら期待できそうだ!」
そう言って僕とフィノの頭を笑って撫でた。
この人先ほどと変わり過ぎだろう。
まるで別人じゃないか。
フィノも驚いている。
「俺の店は基本上級専門だ。まあ、回復薬や魔石、武具なども買い取るが品質が良くなければ買い取らん。最低でも中級ってことだな。ローギスんとこの紹介なら期待していいんだろう?」
「僕がどこまでできるのか分かりませんが、期待には応えようと思います」
「わ、私も頑張ります!」
「そうか! 見たところまだ迷宮に入ったことがないみたいだな。迷宮について聞いたか?」
クィードさんは立ち上がり、店の中に置いてあった道具を触りながらそう言った。
「はい、先ほどギルドで聞いてきました」
「なら、地図は買ったか? 他にも寝具や松明等は?」
クィードさんは僕の商品を見せながらそう言った。
「いえ、買っていません。迷宮で必要になるのですか?」
「当たり前だ。迷宮に入ったら何が起きるかわからねえ。地図は攻略した地形や罠が書かれている。地図の値段はその迷宮と階層ごとに変わるが、踏破されれば安くなる。寝具は迷宮で寝るためのもの。松明は罠で魔法を使えなかった時のため。時計もあったほうがいいな」
気が付かなかった。
僕は魔法が万能だと考えていたからだろう。
罠に魔法を阻害する罠もあるのか。
これからは気を付けなといけないな。地上でも魔道具や薬で魔法が使えないようになるかもしれないからね。
フィノは手渡された物が珍しく広げてみたり使ってみたりしている。
「助かります。これらはいくらになるのですか? それと地図の精度はどのくらいですか?」
「お、いいところに気がついたな。俺のところで扱っている地図は大体正確だが、ずれているところや間違っているところ、まだ判明されていないようなものもある。地図を鵜呑みにしないように。値段は全部で小金貨五枚だ。地図はどれを買う?」
「そうですねー、初心者の迷宮の地図を全部とりあえず下さい。二日後にレクチャーで行くことになるので確認しながら行こうと思います。その後にまた来ます」
「わかった。なら、小金貨一枚だな」
「はい、小金貨一枚です」
「確かに。ちょっと待ってろ、すぐに地図を持ってくる」
クィードさんはそう言って奥の方に地図を取りに行った。
僕とフィノは買った寝具や松明を収納袋に入れる。
他に買ったのは時計、火打石、暗耐ゴーグル等だ。
僕達が入れている間にクィードさんが帰ってきた。
「お、収納袋持ちか。これは期待以上の期待が出来る。ほら、これが地図だ。破るんじゃないぞ」
「はい」
僕はそう言って地図を収納袋に入れる。
「では、レクチャーが済んだらまた来ます」
「ありがとうございます」
「じゃあな、大物になれよ! そして、俺の店に繁盛を!」
最後の言葉に僕とフィノは笑って『ラビリンス』を後にした。
クィードさんは結構優しくて明るくいい人みたいだ。
中級以上のアイテムだからそれ以下はギルドに買い取ってもらおうかな。
武具とかって使わないし。今持っているのが最上級だからね。
陽も傾いてきたからフィノと食品通りや服屋に回ってデートをしてから宿へ帰り夕食を食べた。
夕食は旨味亭系列には劣るがそれなりにおいしかった。フィノは僕の料理がいいそうだ。
ベッドは柔らかくて反発する。僕とフィノは別々にお風呂へ入って文字通り沈むように眠った。
翌日。
朝食を食べた僕とフィノは時間通りに初心者の迷宮の前に来た。
既にそこには十人ぐらいのレクチャー生が来ていた。迷宮入口には三人の教師が相談をしていた。
「遅れましたか?」
「いや、まだ時間になっていないから大丈夫だ。……よし、みんな揃ったから時間も速いが始めよう。ますはそっちから自己紹介をしてくれ」
僕達より先に来ていた人達が自己紹介を始める。
年代は僕達の倍はあり、成人していると思える人ばかりだ。僕とフィノが最低年齢となる。
十人の自己紹介が終わり僕達の番になった。
「僕はシュンと言います。火魔法と風魔法を使います。剣も護身用として使えます。迷宮初心者なのでよろしくお願いします」
「私はフィノと言います。火と回復魔法、護身用の剣を使います。よろしくお願いします」
僕とフィノはそろって頭を下げた。
僕達が言い終わるとパンパンと手を叩いて先ほどの人に視線が集まった。
「今度はレクチャーをする俺達だ。俺の名はガイン。斥候を担当している」
「私はエレナ。火と地の魔法使いだ」
「俺の名はセレナックだ。斧使いの戦士をしている」
短剣を腰に付けた赤髪のガインさん。ローブを着た茶髪のエレンさん。斧を担いだくすんだ金髪のセレナックさん。
この人達が分かれて指導するのかな?
「それではこの三人に分かれて班分けを行う。俺の班はこっちの四人だ」
「私はこの四人」
「俺は残りのお前達だ」
僕とフィノはセレナックさんの班のようだ。
僕達と同じになったのは剣士で黄色と緑を合わせたような髪のドーリュさんと盗賊で青紫髪のキリカさんだ。
「先に俺達の班が入る。その後十分後のエレンの班が。更に十分後にセレナックの班が入ること煮る。……では俺の班はいくぞ」
「いってら」
セレナックさんが五人に手を振って見送る。
僕とフィノはどういう役目をするか相談して僕が魔法攻撃専門、フィノが回復・補助専門となった。
そう決めると時間が一時間弱あるから残りの二人にどうするか聞いてみる。
「すみません。お二人の戦闘スタイルや何が得意か教えてください」
「ん? あ、ああ、俺は最近Eランクになったばかりで戦い方は基本剣での攻撃のみだな。斬り付けて避ける感じだ。得意なことはやっぱり剣だな。それほどうまくはないが」
「私は足の速さに自信があるわ。後は見て分かるように盗賊だから斥候が出来るわ。ランクはDで罠を見直すために来たのよ。使う得物は短剣と鞭よ」
ヒット&ランのドーリュさんと斥候で影から攻撃するキリカさんね。
まあまあいいパーティーじゃないかな。
フィノも僕と同じ意見のようだ。
「あなた達はどうなの?」
「僕は先ほど言った通り魔法がメインの剣士です。火魔法と風魔法を使います。剣は護身程度なのであてにしないでください」
「私も剣はあまり使えません。魔法の方が自信があります。火魔法と回復魔法が使えるので治療は任せてください」
僕とフィノは実力を隠すというより無駄なことを言わないことにした。こんなところで騒がれると面倒なことになりそうだからだ。
「なら、前衛にドーリュ、中衛に私、中衛にシュンとフィノということでいいわね? シュンは後ろからの敵にも気を付けること」
「わかった」
次に他の役割を決めていく。
罠を見破るのは基本的にキリカさんで戦闘はドーリュさんとなる。回復はフィノで僕はいろんな人の補助をすることになった。
大体一層を十分らしい。その後のボス戦は僕達四人で戦うことになり、危険な状態となるとレクチャーをしてくれる人が助けてくれるらしい。
まあ、ビッグボアぐらいなら大丈夫だろう。
話し合いをしている間にエレンさん達の班が入って十分が経った。
「よし! 俺達も行くか」
『はい』
僕達は迷宮に入って行く。
迷宮の中は地図と同じ作りとなっていた。
土色のレンガのような壁があり、それが直角に曲がっている。ほとんど次の階段まで一直線のようなものだ。主根から毛が生えるように罠がある通路や宝箱の絵が描かれている。
フィノが隣で覗き込むように見ているから、僕の心臓はバクバクいっている。
因みに宝箱の中は誰かが取って一時間が経過すると復活する。
「止まれ。ここにへこみが見えるだろう? この罠をおすとどこからか矢が飛んでくる」
セレナックさんがそう言ってその罠を押す。
これは実際に矢が飛んでくることを確認するためだ。
僕達を避けさせた方向から矢が飛んできた。地図を見ても矢が飛んでいった方角に矢印が向いている。
「このように矢が飛んでくる。この矢は先が丸めてあるから刺さらないが、本物の矢は肉に食い込むようになる。治療をするときは矢を抜いてから治療するように」
「わかりました」
フィノがセレナックさんの言葉に返事をした。
「前方から敵! 視認二! 敵はスライムと思われる! 全員戦闘準備!」
キリカさんの言葉に僕達は武器を手に取り身構える。
スライムは物理攻撃がほとんど効かないから僕が火魔法を使って燃やすことになる。
「『ファイアーボール』」
僕が放ったファイアーボールがスライムに着弾し、続いてすぐにもう一度放ちもう一体のスライムを倒す。
すぐに倒し終えた魔物は消えてなくなり、小指の先ほどもない魔石が二つ落ちていた。
この魔石は砕いて使うことになるのだろう。
「威力が高いね」
ドーリュさんがそう訊いてきた。
まあ、仕方のないことだ。これでも結構落しているんだから。
「まあ、魔法には自信がありますから」
「魔力の枯渇には気を付けてね」
「はい」
その言葉にはフィノも頷いた。
更に進んで脇道の罠をわざとかかったりする。これも罠の恐ろしさを知るためだ。
落とし穴の避け方、矢が飛んでくる方向、トラバサミの解除法、魔物を呼ぶ警報、魔物を召喚するモンスタートラップ、暗くなる霧の暗霧、視界の悪くなる煙、棘が現れる針山、壁や天井が迫る圧縮トラップ、強風が起きる罠、石が転がってくる罠、水が落ちる・流れてくる罠、空気が薄くなる罠、その場にいるものを強制転移させる転移陣、モンスターハウス、幻覚トラップ、毒霧の罠等々。
数多くの罠が初心者の迷宮に存在していた。ここにある罠は威力を落して上級の半分までのものがあるらしい。
上級のものになると転移陣がモンスターハウスに繋がっていたり、通路だけではなく部屋にも罠があるということを聞いた。
そして、一層ごとにセーフティー呼ばれる魔物や罠がない場所が存在するらしい。
「いよいよボス戦だ。ここのボスはEランクのビッグボアだ。倒したことのあるやつはいるか?」
セレナックさんが皆に振り返りながらそう言った。
確か僕はあるな。フィノにも倒してもらったことがあったはずだ。
そう思ってフィノを見るとこくんと頷いた。
「僕とフィノは倒したことがあります」
「私も」
「俺はパーティーで」
「わかった。皆倒したことがあるんだな。なら、ビッグボアの恐ろしさも知っているはずだ。今まで通り気を付けて戦うんだぞ」
『はい』
僕達はセレナックさんに忠告を貰ってボス部屋に入った。
ボス部屋は他の部屋よりも一回り大きい。
何の変哲もない部屋の真ん中でこちらに蹄を引っ掻きながら、突進の準備をしているビッグボアがいた。
「散開!」
ドーリュさんの指示に僕達はビッグボアの正面から避ける。僕は避ける瞬間に魔力を絞った火球を放ち横っ腹に当てた。
「ピギイィィィッ」
火傷の痛みで足を止め、悲鳴を上げた。
その瞬間に後ろからドーリュさんとキリカさんが斬りかかる。
ビッグボアは振り返ると一番近くにいたドーリュさんに狙いを定めた。ドーリュさんはその場から右に避ける。僕はその隙に魔力を絞った風刃を後ろ脚に向けて放つ。
当たった風刃は後ろ左脚を切断した。
バランスを崩したビッグボアがその場で横にゴロンと転がった。
「ピギィ、ピギャイ」
「今の内だ!」
ドーリュさんとキリカさんが頭の方から斬り付ける。僕とフィノが後ろから火球でその身をこんがりと焼く。
次第に悲鳴が聞こえなくなりビッグボアが消えて小石程度の魔石と短剣が残った。短剣はブロンズナイフだ。
「あの宝箱を開いて最後だ。ボスを倒すとあのような台座に宝箱が現れる。それを開けると……」
セレナックさんが宝箱を開けると隣の壁が上に上がり、床に複雑な魔法陣が描かれた部屋が現れた。
恐らくこれが地上に続く転移陣なのだろう。
「このように隣の壁が開き、地上への転移陣が出てくる。また、続きがある場合反対側の壁が上がり会談が出てくる。どっちにしろボスを倒さなければならない」
僕達は宝箱の中の銀貨三十枚と明かりの魔道具を持って地上に戻った。
地上に戻ると既に二つの班が休憩していた。
僕達は皆の元へ行き、ドーリュさんはパーティメンバーと思える人達とどうだったか話している。
「よしお前達、これでレクチャーは終了だ。この後は迷宮に潜るもよし、今日組んだものと一緒にパーティーを組むのもよし、何をしてもいい。だが、自分の力量に合った迷宮に挑むように」
ガインさんがそう言って締め括った。
「フィノ、クィードさんのお店に行こうか」
「うん、いいよ」
僕とフィノは素早く判断すると立ち上がってクィードさんのお店に向かった。
残っていたらドーリュさん達に話しかけられていただろう。一緒に組みたくないわけではないけど、組んだとしたら僕達が彼らに合わせなくてはならなくなって修行にならない。それに、フィノに魔法を教えられない。
仲間にするなら信用出来てずっと一緒にいる人じゃないと無理だね。
別の大通りに出て昨日と同じようにクィードさんのお店に入ると、クィードさんはお店の中で僕達を待っていた。
「待っていたぞ」
「こんにちは、クィードさん」
「こんにちは」
クィードさんの隣には積み重ねられた紙の山があった。
「レクチャーはどうだった」
「よかったですよ。罠ってたくさんあるんですね」
「いや、あの迷宮が多いだけだ。あの迷宮は十層の間に数百種もの罠を仕掛けているからな、多くて当然だ。普通の迷宮だと一層十個ぐらいか。まあ、そう言うのは迷宮の種類でまた変わってくるがな。で、嬢ちゃんはどうだった」
今度はフィノに聞いた。
フィノは聞かれるとは思っていなかったのか虚を突かれ、中々言葉にできない。
「えと、あと、その……シュン君がいてくれてよかったです!」
「……そうかそうか。それは良かった。シュンもやるようだな」
フィノがなんとか絞り出したのはフィノが思う僕に対しての感想だった。
クィードさんは一瞬固まり、フィノの頭を撫でて優しく声をかけた。僕は恥ずかしくなったけど……。
「お前達のいい経験になったようだな」
「はい、迷宮の罠についてよくわかりました」
「魔物とかもわかりました」
「そうか。だがな、その迷宮で体験できないことが一つだけある」
クィードさんが指を立ててそう言った。
初心者の迷宮で体験できないこと?
迷宮の攻略から罠の対応まで全てあったのに他に何かあるのかな?
フィノも僕と同じく考えている。
「それはな、中級以上になると地形ゾーンと呼ばれる層が出てくるんだ」
「地形ゾーン、ですか……」
「ああ。そのゾーンはな、一層丸々が森林だったり、荒野だったり、火山帯、海辺、雪山……となっているんだ」
迷路状だった地形が自然の地形となるということかな?
「その地形の環境はギルドに報告されている。だから中級以上の迷宮に入る者達は全員、その地形用の装備や道具を持っていくことになる。その地形で手に入るものは持って帰ることが出来る。例えば、森で見つけた上級薬草、川の水、食べ物とかな」
ほう、中級以上になると迷宮の攻略が一気に難しくなるな。
迷路状ではないということは全方向を注意しなくてはならない。罠がどこにあるのかもわかりづらくなるだろう。
「でだ、それを踏まえた上でお前達は次にどんな迷宮に入りたい。別に中級じゃなくてもいいぞ。初級で罠の最終確認をするのもよし。中級に挑戦するのもいい。家には初級から上級までありとあらゆる地図が置いてあるからな」
地図を見せながら、クィードさんはそう言ってきた。
僕はフィノと相談する。
「どうしよっか?」
「私はシュン君に任せるけど、最初の内は初級でどのくらい出来るか試したほうがいいと思う。シュン君が居れば魔物は大丈夫だろうけど、罠までは対処できないかもしれないから」
「それもそうだね。まずは自分たちがどこまでできるか初級の迷宮で試してみようか。……クィードさん、初級の迷宮でいろいろと試せるものはありますか?」
僕は相談して決めたことをクィードさんに伝え、そのような迷宮がないか探してもらう。
僕とフィノが行きたい迷宮は普通の迷宮だ。魔物や罠、階層等が全部普通な方がいろいろと試しやすいと考えたのだ。その方が人も少ないだろうしね。
「そうだなー……戒めの迷宮がいいかもしれんな」
「戒めの迷宮ですか?」
戒めの迷宮か。
一体どんな迷宮なんだ? 戒めっていうぐらいだから注意力が必要なのだろうか。
「この迷宮は中級に行こうとするものが挑む最終テスト用の迷宮と呼ばれている。階層は全部で三十層。罠は中級のものが残り十層から出てくる。魔物も中級のものが出てくる。最後の五層は地形ゾーンとなっている。だから、そう呼ばれているんだ」
そういう意味だったのか。
中級に行くのならこれぐらい踏破せよ、とか最終確認を忘れるな、という意味を込めてあるんだね。
「僕はここでいいと思うけど、フィノはどう思う?」
「私もここでいいと思うよ。地形もあるのなら中級に行くための練習に丁度いいと思う」
「わかった。クィードさん、その地図を下さい」
「三十層の束で小金貨五枚だ」
僕は小金貨五枚をクィードさんに渡す。
代わりに地図の束を受け取った。
「魔物や地形についての情報はギルドで聞いてくれ」
「わかりました。また来ます」
「ありがとうございました」
僕とフィノはお礼を言ってクィードさんに見送られながら、ギルドに情報を求めに向かった。
因みに初級の迷宮は全部で六つある。中級は三つ。上級は二つ。最上級も二つ。最古の迷宮が一つとなる。
僕達はギルドに入って、この前の受付嬢さんに情報を開示してもらうために話しかけようと列に並んでいた。
すると、僕達の前に並んでいた少年と言えるぐらいの男の子三人が喚き始めた。
僕とフィノは話しをやめて、その男の子と受付嬢さんの会話を聞くことにした。
「ちょっと待ってくれよ! 何で俺らはこの迷宮に行っては駄目なんだよ!」
「この前の迷宮はクリアしたんだぜ」
「そうだそうだ!」
「ですから、あなた達の実力では間違いなく死んでしまいます。それに、踏破出来た迷宮は六つの内一番簡単な癒しの迷宮ではないですか。次は一つ上の困惑の迷宮にしてください」
「ええ~、いやだよ。だってその迷宮って気分が悪くなるんだもん」
「魔物だってキモイし。それに、俺達なら大丈夫だって。前の迷宮で罠を全部解除したから」
「うんうん!」
「ですから、無理なものは無理なのです。私は実力に相応しいものしか斡旋することも依頼を回すこともしません。あなた方には早すぎます。お引き取りを。……次の方」
どうやら、この少年三人が身の丈に合っていない迷宮に行こうとしているのを止めていたみたいだ。
怪我をしてからでは遅いからね。最悪死んでしまうことだし。
僕とフィノはぶーぶー言いながら僕達を見ている少年達を尻目に、戒めの迷宮の情報を聞き出す。
「お姉さん、今日は戒めの迷宮についての情報を知りに来たんですけど、教えてくれますか?」
「シュンさんにフィノさん、レクチャーが終わったのですね」
「うん、結構新鮮で楽しかったです」
「私もです。踏破した時の達成感が心地いいですね」
嬉しそうに少し興奮しているフィノも楽しんでくれていたようだ。
少年達が完全に後ろで聞き耳を立てている。
僕が戒めの迷宮と言った瞬間にその態度が大きくなったから余計にわかった。
フィノも気付いているみたいで眉を少し細めた。
僕はフィノの手を握って微笑んでその気を紛らわす。フィノは嬉しそうに笑ってくれたからこれでいいとしよう。
「それで、戒めの迷宮ですか? まだ早いです、といいたいところですが、シュンさんとフィノさんなら大丈夫でしょう」
受付嬢さんがそう言った瞬間にやっぱり先ほどの少年達が釣れた。
僕は呆れと仕方がないことだなと思い、この少年達が次に言うであろうことが簡単にわかった。
「ちょっと待ってよ、ローラさん! 何でこいつらはいいのに俺達は駄目なんだよ! 絶対俺達の方が強い! ひょろいやつとちょっと可愛い女じゃないか!」
「俺達よりも小さいガキじゃないか! それにこいつらさっきレクチャーが済んだ奴らなんだろ! ど素人の初心者じゃないか!」
「そうだそうだ!」
やっぱりこういうことを言った。
僕はこの少年達に呆れている。
まあ、僕達が彼らより幼いからそう思ってしょうがないんだけど。
だけど、隣のフィノは大激怒している。魔力が憤怒の色に染まって見えるよ……。
多分、僕達に言った言葉がいけなかったのだろう。
「シュン君がひょろいですって……。シュン君はあなた達が足元にも及ばないくらい強いのに……。それを知らない屑が身の程を知りなさい」
と、隣で僕ですら恐怖を感じる呪詛を吐いているからだ。
僕はこのままではフィノが彼らに魔法を放ちかねないと思い諭すことにした。
「フィノ、他人が何を言っても気にしてはいけない。こういった者達はどこにでもいるからね。毎回相手にしていたらフィノが疲れちゃうよ? それに僕は気にしていないから」
「で、でも、シュン君のことを丸で格下のように……。私だって……」
「僕は普段から隠しているからね、下に見られた方がやりやすいんだ。侮ってくる奴は侮らせておけばいい。それまでの実力者だって言うことだから。それよりも僕はフィノのことを貶したことが堪えられないよ」
と、僕が耳元で囁いて上げたらフィノは体をビクリと震わせて、僕を甘い目で見て蕩けるような笑みを浮かべた。
「わかったよ、シュン君。我慢する」
「わかってくれるんだね。だけどね、僕のために怒ってくれるんだからうれしいよ」
「シュン君……大好き」
「僕もだよ」
僕は頭を摺り寄せてくるフィノの頭を撫でる。
どうやら、僕はフィノのご機嫌を取ることに成功した。
僕とフィノは聞こえないように喋っていたから誰にも内容は聞かれていないだろう。
聞こえていたらさぞかし甘ったるかっただろうな。もしかすると僕のことをませガキだと思っているかも……。
まあ、中身が二十歳ぐらいだからセーフだよ。
「……ぉぃ、……。ぉい! 聞いてんのか!」
「無視すんな! ガキのくせに」
「そうだそうだ!」
僕がフィノと別世界に旅立っている間に少年達と受付嬢ローラさんの話に区切りがついて僕達に話しかけてきたようだ。
フィノはその世界から目覚めさせられてご立腹のようだから、僕はフィノを庇いながら受け答えする。
「なんですか? 聞いていなかったので、もう一度言ってください」
少年達は僕に掴み掛ろうとして周りの冒険者達に睨まれてやめた。
「くっ、ガキ、良く聞け! お前たち二人を俺達のパーティーに入れてやる。有難く思え!」
「お前達みたいなやつは俺達みたいな強い冒険者の姿を後ろから見て育つんだ! だから、俺達がその姿を特別に見せてやる!」
「感謝しろ感謝しろ!」
少年達は踏ん反り返って言った。
「なんですって……」
やばい、フィノがキレそうだよ。
「フィノ。我慢して」
「シュン君……。わかったよ」
僕は完全にフィノを背中に隠して少年達の後ろにいるローラさん意話しかける。
「これはどういうことですか?」
ローラさんは困った笑みを浮かべて訳を話してくれた。
「えっとね、君達が私と話していたのをこの子達が聞いていたのは知っているでしょ?」
「はい、そこまでは分かります。それがどうして僕達が彼らのパーティーに入らないといけないのですか?」
「そ、それはね、この子達にあなた達の方が強いって言ってしまったの。そしたら、それはないって言い張っちゃって。私もシュンさんの情報を教える訳にもいかなくて困っていたら、この子達はあなた達が居たら入れると気づいちゃったの」
「それで、僕達を自分たちのパーティに入れる、と。だけど、それは逆じゃないですか?」
僕のパーティに入ったほうが得になる。お店にしろ、ギルドにしろ、何にしろ。
僕達が彼らのパーティーに入って得をすることはない。逆に苦労が絶えないだろう。
フィノの機嫌取りで。
「なんだけど、この子達はシュンさん達を格下だと思っているのよ。シュンさんのことを教えてもいいと言うのなら教えるけど……」
教えたとしても信じなさそうな少年達だからな。
余計に意固地になるだけだと思うけど……。
仕方がないことなのかな。もしかすると、これも迷宮の試練かも。
「フィノ」
「ん? なに?」
「先に謝っておくよ。彼らの言うとおりにしよう」
フィノは僕から離れて意味が分からないよ、と言って来る。
「意味が分からないよ? シュン君。どうして私達があんな奴らと組まないといけないの? ほっとけばいいじゃない」
フィノは相当ご立腹のようだ。
「だけどね、このまま放置していたら彼らは無謀に挑戦して死んでしまうよ? フィノは嫌でしょ? 彼らに死んで欲しいとは思っていないよね?」
「さすがに思っていないよ。で、でも! 私は嫌なの。シュン君と二人がいいの」
「我慢してとは言わないけど、彼らにもう一度チャンスを上げてみてよ。口は悪いけど悪い人じゃないみたいだからさ。ね?」
「うー、わかった。だけど、これ以上私に怒らせたら彼らと一緒に組まない。それなら我慢する」
フィノは怒りを治めて了承してくれた。
「ありがとう、フィノ。僕も次に何かあったらもう聞きはしないから安心して」
僕はフィノの頭を撫でてありがとう、と言っておく。
少年達は自分たちのパーティーに入れと連呼している。周りの冒険者達は面白そうに酒の肴にしている。
どこのギルドでも同じか、と思いながら僕は彼らの申し出を受けるといった。
「どうなんだ! もちろん、俺達のパーティーに入るよな?」
「なんてったって俺達はいずれギルドのトップになるパーティー『天上天下』だからな!」
「んだんだ!」
「わかりました。あなた達のギルドの入ります」
僕とフィノは仕方がなく彼らのギルドに入ることにした。
「シュンさん、本当にいいの?」
「ええ、これ一回ならいいです。今度から組みませんが」
「それだけでもありがたいわ。とりあえず、彼らが死なないようにしてくれると助かります」
「まあ、目の前で死なれるのも気分が悪いので何事もなければ彼らを守ります」
僕は最低限は守ってあげることを誓った。
裏を返せば最大限は守らないということで、見失った場合は放っておくし、危険になればフィノを真っ先に助ける。そんな場合は彼らが死のうが知ったことではない。
「よし! じゃあ、今すぐ戒めの迷宮に行くぞ! ほらお前達も来いよ!」
リーダー格の少年が今から迷宮に入ろうと僕らにいうが、それを僕は呆れを通り越した憐みの目で見た。
馬鹿なんじゃないかな?
今は既に夕方なんだよ?
今の時間から迷宮なんかに入ったら日が暮れちゃうし、見たところ彼らは何の準備もしていないじゃないか。
本当に迷宮を踏破したのかな?
何にも知らないじゃないか。
フィノの怒りが再発する前に僕は彼らに話す。
「いや、今日は迷宮には行かないよ」
「は? 何言ってんの。今も迷宮は攻略されているんだ! そいつらより早く名を刻まないと意味がないだろうが」
少年達三人は分かってねえな、という感じで僕達に呆れた目を向けたが、この場にいる誰もがこいつら馬鹿じゃね、と思っていた。
僕は理由をしっかり教えてあげる。
「あのねー。僕達はさっき迷宮から帰ってきたの。それがレクチャー用の迷宮だとしてもね。魔物や罠の解除とかで疲れてるんだよ? このまま行ったら怪我をする。休ませてくれてもいいんじゃないかな? それに君達は迷宮に行く準備をしているの? 見たところ何にも持っていないよね? この迷宮について知ってるの? 少なくとも三十層はあるんだよ? 寝る道具は? 回復薬は? 予備の武器は? 魔物生態は? ボスの種類は? 他にもたくさんあるよ。君達はそれらを知っているの?」
僕は言いたいことを伝えた。
呆気にとられるこの場にいる人達だったが、僕の言ったことが正論で情報も仕入れていない少年達が僕達を連れていこうとしていたことに対して怒った。
「こっちのガキどもの言う方が正しいぞ。お前達は前々から迷宮を軽く見過ぎだ。このままだと短い未来死んでしまうぞ」
「そうだ。お前達は自分の実力というものが分かっていない。相手が誰なのか確認を取ってからでもおかしくないぞ」
「まあ、彼らが居れば死ぬような事態は起きねえだろうがな」
この場にいる人は僕が誰なのか知っているようだ。もしかしたらあの決闘を見ていた人かもしれない。じゃないと僕を見て『奇術師』とはわからないだろう。
自分達よりも僕達を擁護した冒険者達が気に食わないのか吐き捨てるように僕達に言うと帰って行った。
「ガキども、お前達が情報を仕入れろ! これはリーダー命令だ! 俺達は準備をする! 集合は明日の朝だ!」
僕とフィノはその少年達の後姿を憐みを含んだ目で見送った。
冒険者達はその吐き台詞が面白かったのか大いに盛り上がって酒を飲む。
「シュンさんとフィノさん、こんなことに巻き込んでごめんなさい。しっかりと彼らを守って下さい。帰還すればそれなりの報酬もお支払いします」
「いえ、報酬はいりません。危ないと思ったら力づくで連れて帰って来るので。それより情報を教えてください」
ローラさんが依頼として扱うといったが、僕は面倒なことになりそうだと思って断った。
「情報ですね。戒めの迷宮に出てくる魔物はFランクからCランクとなります。獣系と樹木系が多くいます。また、二十六層は森林地帯、二十七層は河原地帯、二十八層は荒野地帯、二十九層は森林地帯、三十層は春地帯となり、それぞれに適した魔物が出ます。階層ボスは十層がEランクのウルフリーダーとウルフが数体います。二十層はDランクのウッドボックが三体。三十層の迷宮ボスはCランクのブラッドウルフとなります。
罠は特にこれといった悪質なものはありませんが毒霧など中級以上の罠が存在するので毒消し薬を持って行ってください。他にも状態異常の攻撃をしてくる魔物がいます。治療薬を多めに持っていくことを推奨します」
僕とフィノは忘れないようにしっかりと聞く。
ウッドボックは五メートルほどの木で、木の側面に顔があり枝が手のように生えている魔物だ。ブラッドウルフは血のような赤色の体毛をした三メートルほどの狼だ。
毒や状態異常の攻撃があるのか。『キュア』で間に合うだろう。
あとは彼らがどのくらいの準備をしてくるかだよね。
食糧は持ってくるんだろうか。多分足りないだろうな。他にも回復薬とかを多めに作っておいた方がいいな。
「それとこの前に言い忘れていたのですが、迷宮には突然変異と飛ばれる魔物が存在します。変異した魔物は強いので気を付けてください。もちろん倒せば賞金を貰えます。以上が情報と補足説明となります」
「ありがとうございました。では、これで失礼します」
「ローラさん、さようなら」
『はぐれ』にランダムボス、それに突然変異か……。気を付けていたほうがいいみたいだな。何があってからでは遅いし。
僕とフィノは大通りで調薬の材料や食料等を買って帰った。
宿に帰って夕食を食べるとフィノに調薬の説明をしながら、明日の薬作りをした。
その後はいつもの勉強をしてぐっすりと眠った。