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英雄対偽英雄

 今日は大会三日目。

 今日は準々決勝と準決勝の三試合が行われる。

 僕はトーナメントの結果一つ多く試合をしないといけない。


 観客にとって今日は注目の試合が行われる可能性がある。それは僕こと『幻影の白狐』と『瞬撃』のロンダークとの試合だ。この大会の優勝候補同士の戦いだからだ。


 昨日、宿に戻ってレンカちゃんに聞いたことだ。レンカちゃんは今日の試合、シロの試合が楽しみなのか僕のことを応援していた。

 レンカちゃんには僕のことを話していない。レーベルさんとドレブルさんは僕のことを知っている。昼食としてサンドイッチを貰い、激励も貰った。


 僕のテンションはMAXだ。




 僕は控室に係りの人に案内されて入る。

 僕の前にはバーリスさんが来ていた。彼女は百六十センチの身長で見たことのあるような長刀を背負っている。

 この剣もだけどあのわざと身のこなしは見たことがある。どれもこれもバリアルの剣技で動きだった。


 僕が中に入るとバーリスさんが僕をじっと見ている。僕は見られているのを知ったうえで無視をしている。

 これがバリアルさんに関係があると面倒なことになりそうだからだ。


 でも、その思惑は彼女の方から破られてしまった。


「おい、白いの」

「…………」


 バーリスさんに呼ばれたが僕は彼女のことを知らないから見るだけにする。


「お前は父を破ったそうだな? それが本当かどうか私が確かめてやる。……訊いているのか、白いの」


 父を破ったということはやっぱりバリアルさんの娘なのだろう。まあ所々似てはいる。

 白銀の長髪に竜の容姿。剣は恐らく魔剣で筋力強化系の剣だろう。だから、あの斬撃が出るんだ。バリアルは純粋な腕力でしていたが……。


「……聞いている。お前はバリアルの娘か?」

「ああ、そうだ。お前は父と同じくらい強いらしいな。父に勝ったくらいでいい気になるなよ。私が今度は相手をしてやる。お前に勝てば私が父より強いことの証明になる」


 バーリスさんは僕に宣戦布告をしてきた。


 バーリスさんは父を越えたいようだ。

 僕も師匠を越えたいと思うからその気持ちが分かる。

 ならば、僕はその期待に応えてあげよう。


「ふん、勝てるものなら勝ってみろ。俺は強いぞ?」

「そんなことは分かっている! 私の父に勝ったのだからな。いいか! 私は決勝に進む。お前も負けずに進んで来い! いいな!」

「……ああ、いいだろう」


 バーリスさんは言い終わると僕から目を離し僕から離れた椅子に座った。

 後でバリアルさんに連絡をしよう。どうせ、独断できたのだろうから。




『大会三日目! 今日も張り切っていきましょう! では早速、第一試合を始めます! 第一試合は魔法剣士ロベルク対剣士バーリスです! 昨日、壮絶な魔法戦を繰り広げ最後の最後で逆転したロベルク選手! バーリス選手は衝撃のみで勝ち進み、昨日は綺麗な剣技も見せてもらいました』


 二人が入場に互いに睨みあう。お互いに探り合っているようだ。

 バーリスさんの剣幕に一歩引いてしまうかのような反応を示したロベルクさん。完全に飲まれている。

 バーリスさんの纏うオーラが異質で耐性のないものは委縮してしまうだろうから仕方のないことだ。


 だが、ロベルクさんは自身の魔法で防げると思い、そのオーラに立ち向かうかのように一歩前に出て剣を鞘から抜き構える。

 バーリスさんも長刀を抜き放ち上段に構えた。


「貴様を倒して、私がシロと闘う」

「シロ? ああ、あの英雄君か。そうはいかないんじゃないのかい? まだあちらさんは二試合あるわけだし、勝ったとしても次はあのロンダークだよ? 無理なんじゃないのかい?」

「そんなことはない。あいつは本物だ」

「ああ、そうかい。だが、彼と闘う前に僕を倒さないと。僕は負ける気はないけど」

「ふん、速攻で終わらせてくれる」


 一側触発の雰囲気がこの二人に間に起こる。

 その言葉に観客の声援が起きる。

 ロベルクさんの額にツーっと汗が流れる。


『それでは第一試合、かいしいぃぃぃぃぃ!』


 開始の合図と同時に同じようにバーリスが衝撃波を生み出す。衝撃波は地を爆ぜさせながらロベルクに突き進む。

 ロベルクはすぐに魔法を唱え衝撃波に備える。


「『ロックウォール』」


 土壁に当たった衝撃波はガガアァァーン、と地響きに似た音を立てる。土壁は何発と降り注ぐ衝撃波からロベルクの身を護り切る。

 ロベルクはその隙に移動し詠唱を開始する。


 ロベルクの土壁はバーリスの衝撃波を防げるようだ。何発受けても表面を削り取るような感じで罅すら入らない。

 魔力を過分に込め、壁の強度を上げている。ロベルクなりの衝撃波封じなのだろう。


「そっちか!」

「『ロックウォール』」


 再び土の壁で防ぐロベルク。その度にバーリスは馬鹿の一つ覚えのように衝撃波を飛ばしていく。


「どうした! 逃げるばかりでは私にダメージを与えられないぞ!」

「いや、これでいい」


 とうとうバーリスは土壁に囲まれてしまった。

 ロベルクは土壁の隙間から地魔法を唱え、素早く移動するとバーリスが地魔法を防いでいる間に高速で近づきレイピアを突き刺す。

 バーリスは飛んでくる石と岩を長刀で弾き飛ばすと迫り来る剣を後ろに飛んで回避する。ロベルクはさらに踏み込んで突き捲る。


「チッ、くっ、ああああッ」

「――っ!?」


 捌き切れなくなったバーリスは力任せに長刀を横に薙ぎ軽い衝撃を放ちロベルクを吹き飛ばした。

 ロベルクは体を丸めて頭を上にすると上手く着地して、再び土の壁に隠れる。


「また隠れやがって! くらえ! 『飛斬』」


 バーリスの身体から魔力が吹き出し剣に乗ると剣が青白く輝きだし、その剣をロベルクがいる方向へ振う。すると魔力が込められた衝撃波、べリアル戦で見たものと同じ衝撃『飛斬』が飛んでいく。

 『飛斬』は易々と強化された土の壁を切り裂き結界に傷を与えた。すぐに結界は修復し、元に戻った。


 それを見たロベルクは目を見張ってしまう。

 自らが作った壁は自身の魔力を半分をつぎ込んだものなのだ。それをバターのように切り裂かれては驚かずにいられない。


 ロベルクはすぐに戦法を変えた。土壁から身を踊り出すと土を操り高さを作り出した。


「『ロックロード』」


 これはオリジナル魔法だろう。元は舗装や馴らし用の魔法で土を平らにする魔法だ。

 土の道はロベルクの進行方向に生えるようにできる。バーリスは衝撃波を空中へ放つが、風のようにスピードに乗ったロベルクには当たらない。


 ロベルクは土の道を終わらせ飛ぶとバーリスの背後に躍り出た。そのままレイピアを足に向けて突き刺す。

 バーリスは背後を見ることなく直観と気配を読み、体を右に傾けて避けようとするがレイピアが太腿を浅く切り裂いた。


「ぐっ、ふんっ」


 一瞬顔を歪めたがすぐにねじ伏せ長刀を片手で体を反転させながら払った。ロベルクはバク転をしながら、その剣をぎりぎりで避ける。着地すると地魔法で足を拘束する。


「『束縛! ロックチェーン』」

「こんなもの! ハッ」


 バーリスは岩の拘束を無理やり拳で砕き、脚で蹴り払う。魔力が減り始めたロベルクの魔法は先ほどの壁のような強度がないようだ。

 有利なのはロベルクのように見えるが、ややバーリスの方が有利だ。


 石の拘束が破られたロベルクは魔力を煉りながら身体強化をし始めた。魔力は剣も覆い剣ごと強化しているようだ。

 これは『纏』とは違い魔力での純粋な強化のため剣を保護しなくていい。普通に強度と鋭利となるだけだ。属性のような付加価値が付かない技だ。


 バーリスは長刀を構え向かって行く。ロベルクも立ち向かいレイピアで受け流したり体捌きで避けたりする。

 剣と剣がぶつかり合い、体と体が擦れ合う。分があるのは力が増しているバーリスだ。速さで攪乱しようとしているがバーリスの魔力感知と気配察知がとり逃さない。


 何度もぶつかり合う中、遂に煌く銀閃がロベルクを捉え、片腕を斬り飛ばした。

 掻き消える様な斬撃は衝撃波を生みながらロベルクの片腕とロベルク本人を吹き飛ばした。

 そのままバーリスが追撃し、ロベルクの首筋に剣先を突き付けた。


『し、試合、終了ぉーッ! 勝者、バーリスゥー』

『惜しくも敗れてしまったロベルクですが、その剣技と魔法は目に見張るものがあります。彼が使った魔法はどれも強化されたものでした』

『最後の剣も魔力で強化されていたのでしょう。レイピアにあそこまでの強度はないですからね。あれは『纏』の前段階といったところでしょうか。強化された壁を易々と切り裂いた斬撃は竜人ならではでしょう』

『決勝にコマを進めたバーリスと惜しくも敗れてしまったロベルクに盛大な拍手が巻き起こっております』


 バーリスがまた映像の魔道具を見ていた。恐らく僕に私の力はどうだ、と言っているのだろう。

 ロベルクさんに放ったあの一撃は相当な威力があったがバリアルと比べるとまだまだだ。それに大半の魔力を消費してしまうのか一度しか放っていない。

 そうだとするとそこが勝機の目になるな。




 次は僕の番だ。

 僕は椅子から立ち上がり、係員に従って控室を後にする。


『それでは本日第二試合を行いたいと思います。この試合で勝った者がロンダークと戦えます。他の人と比べて一試合分多いですがそれはくじの運、時の運と思い涙を飲んでもらいます』


 そうだよね。僕みたいにあまり戦いたくない人はいい迷惑だよ。でも人数が多いよりはマシだけど。


『第二試合は真の英雄を決める場でもあります。予選を瞬殺し、前試合では古の魔法を見せつけた生きる伝説に恥じない奮闘をした、その名もシロ!

 相対するは物理・魔法共に強い白銀の狐の鎧を着こみ、手に持つ大剣から放たれる剛剣と地を爆ぜさせる魔法を巧みに使う男、ハク!

 この試合は別名『白狐対決』と呼ばれています。

 それでは選手入場してください!』


 その台詞に従い、僕は先に闘技場へと入って行く。ハクは兜の下から僕を睨んでいたが僕はそれを一瞥するだけにとどめる。


 僕はいつものように魔力の確認をして体をほぐしながら、中央へ向かう。

 その後すぐにガシャガシャと金属音を鳴らせながらハクがやってきた。


『両者定位置に着きました! シロは静かに佇み、ハクはその闘志をむき出しにしています! 正反対の両者です! それでは始めたいと思います。試合、かいぃしぃぃい!』


 ハクは開始の合図が下るか下らないかというところで突っ込んできた。僕は瞬時に身体強化を行い、鋼鉄の剣を抜き放つ。剣にも魔力を十分に纏わせ強化を施す。僕にとってはお茶の子さいさいだ。


「おらあああッ!」

「ハアッ!」


 僕もハクに向かって突っ込む。

 ハクはそれに目を歪め、僕が射程内に入ったところで大剣を振り下ろしてきた。僕はそれを右脚を軸に踏ん張り、体を上に回転させながら両手で剣を持ち斬り上げる。

 ガンッという重たい音と両腕に鈍い重みが加わってきた。が、僕は魔力の強化により大剣を上に弾き返した。


『な、な、なんとぉー! シロは上から迫り来る大剣を弾き返してしまったぁー! ガリアルさん、なぜ小柄で筋力的に負けているシロが押し負けなかったのでしょうか?』

『それは……恐らく、身体強化と剣の強化によるものでしょう。それと右脚を軸に回転させた勢いもついています。それが決定的だったのでしょう』

『私から見たところ魔力強化は達人級を通り越しています。後手に回ったあの数秒の内に身体強化をあのレベルで施すとなると、悔しいですが私では無理ですね』

『さすがの英雄だぁぁぁーッ! 繰り出される技全て我々を驚かせてくれます!』


 僕は実況を聞きながら、次々に切りかかってくる斬撃を弾き飛ばし、払い除け、体捌きで避ける。お返しにと隙を突いて魔力掌底を鎧越しに叩き込む。


「くっ、がっ」


 どうやら魔力を通す技は効いているようだ。あの鎧は表面上のものしか防げないということだろう。魔力通しである掌底は直接体の体内に魔力を送り込む魔法だから効果があるのだろう。


『何やらハクは苦しんでいるようです! 何も通さなかった強固な鎧にシロは何かを通している模様です』

『あれは魔力通しでしょう。魔力を体に遠すことであの鎧を通して直接体にダメージを負わせているのです。達人の武闘家なら大概使えます。ですが、シロの威力は桁違いです』

『それは魔力量と技量が高いからでしょう。彼の着ているコートが阻害しているのでわかりませんが感じる魔力は考えられないほど濃密です』

『シロは一体どこまで強いのかぁ!!』



「チッ、テメエ、偽物のくせにやるじゃねえか」

「……何を言っている? お前が偽物だろう? 頭沸いてんのか?」

「ハア!? ふざけんな!」


 ガインッ、と音を立てて僕は知見を防ぐ。僕はさらに掌底で追撃を食らわせる。硬い感触が手に伝わり、魔力が流れていくのが分かる。通された魔力はハクの体内で暴れまわり、抜けていく。


「くっそ。……このままじゃ負けちまう」


 ハクは急に背後に下がり距離を取った。すると詠唱を唱え始めた。

 こいつはなにを考えているんだ?

 そんな距離だと誰でも攻撃を加えられるぞ。


「『激しい炎よ、うずまガッ』……キ、キサマ!」

「お前は馬鹿か。なぜ立ち止まって唱える? なぜ相手が万全な状態で唱えようとする? この場合無詠唱か詠唱破棄だぞ」

「知るか!」


 ハクは激高しながら僕にまた大剣を繰り出してくる。

 僕はもう飽きてうざくなってきた。

 適当に弾き、捌きながら魔力を煉り込む。


「おらああ!」

「ハアッ! シュッ」


 振り下ろされる大剣を上に弾き、幅広い剣の腹に『魔力弾』をぶち当てる。上に勝ち上げられた剣は持つ力が入らなくなっている。そこへ真横から力を加えると持つ手に力が耐えられず、大剣を彼方へ吹き飛ばされた。

 僕は大きく飛び下がると、驚愕しているハクに向けて煉り込んだ魔法を発動させる。


 魔法耐性があろうと金属の鎧には……。


「『ライトニングボルト』」


 雷でしょ。

 右手を高速で振り下ろすと一条の雷がハクに落ちた。地も爆ぜさせる雷が落ち、ハクは声にならない声を上げて白目をむいて倒れた。

 崩れ落ちたハクは白目を剥き、プスプスと体から音を立てている。鎧は未だにスパークを放っているため追加ダメージがあるのだろう。


『しょ、勝者、シロ!』

『最後の魔法は雷魔法ですね。彼は魔法もすごいと思いましたがここまでとは……』

『使っている剣技も力技のようで精密且つ繊細で流麗な動きが入っています。彼は万能タイプの戦士のようです』

『すばらしいぃぃぃい!』


 僕はその声を背中にしながら三十分の休憩に入る。三十分後にはロンダークとの戦いだ。確か、帝国のSランクだったな。


 帝国か……。帝国ということは何かあるのか? 態々(わざわざ)余所の国から出てくるということは。フィノの嫁ぎ先も帝国って言っていたしな。

 これは身構えていたほうがいいかもしれない。


 三十分後。


『三十分の休憩が終わりました! いよいよ優勝候補同士の戦いとなります! 『瞬撃』の二つ名持ちの帝国の双剣士。高速で放たれる二つの剣は目で捉えられません。その実力はAランクの魔物ワイバーンを一人で倒すほどです!

 それに比べて『幻影の白狐』の二つ名持ちは魔法、剣技共に最高レベルです。噂ではSランクの魔物を一人で倒したとか! その実力は未だに未知数です!

 それでは選手入場してください!』


 僕は休憩室から出て入場口へ行く。そこへ行くと既にロンダークさんが出ていこうとしていた。


『まず出てきたのはロンダーク! 続いて出てきたのはシロです!』


 僕とロンダークさんは一言も目を合わせずに距離を取る。距離を取り前を向くとロンダークさんが僕を睨みつけていた。

 ……? 僕、何かしたかな? 何も見覚えがないんだけど……。


『それでは行きたいと思います! 本日最後の試合、開始!』

『ワアアアアアァァァァァァ』


 観客席から割れんばかりの歓声が鳴り響いた。それを合図に僕とロンダークさんは動き出す。


 僕は先ほどの試合と同じく魔力強化を施す。ロンダークさんも同じく全身に強化をしているようだ。

 ロンダークさんは鞘に収まっている双剣を腕を交差させて持つ。


「おい、背中に背負っている剣は使わないのか?」


 ロンダークさんは双剣に手を掛けたまま僕に言った。

 僕はニヤリと笑って返す。


「使ってほしければ抜かせてみろ」

「そうか。ならば、抜かせてやろう!」


 ロンダークあんもニヤリと笑い僕に向かって走りながら双剣を抜き放ち、高速の斬撃を食らわせてきた。

 僕は鋼鉄の剣を抜き放ち魔力を通す。目にも魔力強化を施し動体視力を上げる。上げた視力は見事に高速の剣を捉えることに成功し、僕は剣を高速に動かして弾き捌き斬り返す。


『すごいすごいすごい! 両者一歩も引きません! お互いに繰り広げている剣撃は我々の目には捉えられず、銀色の線がいくつも出来ているようにしか見えません!』

『シロは目に魔力強化を施しているのでしょう。これは部分強化と呼ばれる魔法です』


 右側から襲い掛かる剣を上に弾くとすぐさま右の剣が上からやってくる。僕はそれを、右脚を軸にして体を開き、剣を避ける。そのまま剣を上から斬り下ろす。それをロンダークさんは左の剣で受ける。

 激しい火花が散り、怒涛の剣戟が両方に襲い掛かる。

 最後に鋭い突きを放ったロンダークさんの一撃を体を回転させながら避ける。僕は同時に掌底を叩き込むがロンダークさんは体を捻ってそれを避ける。僕とロンダークはお互いに距離を開ける。


「やはり強いな」

「それはどうも」

「俺が挑戦者となるのは何年振りだろうか……。胸を貸してもらうぞ」

「ああ、かかってこい。でないと、剣は抜かないぞ」

「ああ、そうだったな」


 ロンダークさんは剣に魔力を通し、両腕と足に魔力強化を二重に施した。これでさらにスピードと力が上がった。僕もさらに魔力強化の段階を上げた。

 先ほどよりも速い斬撃が襲い掛かり、弾き飛ばし、避け捲る。

 周囲には何をしているのか理解できないだろう。

 太陽の光が反射する銀色の閃光と、擦る足から巻き起こる砂嵐、避けられた剣から鳴り響く豪快な風切り音。どれもが当たれば終わりだと訴えている。


 十分以上をこの戦いに当てられている。

 僕はこのままでは体力的に押されると考え叩き方を変える。

 僕は剣を片手に持ち弾くことと避けることを中心にすると、逆の手を拳銃のように構えいろんな属性の弾丸を撃ち出した。


「『ショット』」


 ただのショット系の魔法だけど、相手には属性が分からない魔法で無詠唱と変わらない。


『ワアアアアアァァァァァ』

『観戦客が湧きました! 繰り広げられているのは高速な剣の応酬といろいろな属性の魔法が彩られる最高の戦いです!』

『彼は……何属性使えるのでしょうか! 今見たのでも火、水、風、地、闇、光、氷、雷と八属性はありますよ! ショットの魔法とはいえこれほどまで違和感のない魔法を使うのは凄いことです!』


 シュベリアさんが興奮したようで鼻息を荒く捲し立てるように言った。

 それを聞いたマイクさんは驚きながら理由を聞く。


『ええ、それはどういうことでしょうか?』

『はい! 魔法というのは本当のところは誰でも使えます』

『そうなのですか! では私でも……』

『はい、もちろん使えます。ですが、適性のない属性は適性のある属性以上の特訓が必要となります。ですから、あえてその魔法を使おうという人はいません。しかも相反する属性は使えないと言われてきました』

『だが、シロはそれを覆していると』

『はい、そういうことです。彼がしていることはこの世界では考えられないほどすごいことなのです!』


 そうだったのか。それは初めて知った。今度から気を付けていこうっと。フィノにも伝えておこう。


 弾くことだけに集中した僕の剣は見事に弾き返し、徐々にロンダークさんを片手のショットが押していく。

 高速で放たれる剣二つを外側に弾くと顔を狙って『ショット』を放つ。ロンダークさんが顔を逸らしたところへ、また放つ。それが当たる、というのを繰り返している。


 ロンダークさんは悪い流れと思い、背後の飛び去り流れを打ち切る。魔力強化を解くと剣を一本収め、片手の剣を両手で持った。そのまま両手剣として使い、魔力強化を施す。


「これなら弾けまい」


 両手から放たれる剣戟はスピードが落ちているがその分重くなり僕の腕に痺れが走る。僕も剣を両手で持つしかなくなり魔法を使う余裕がなくなった。


「くっ、そ」

「これなら、いけ、るようだなっ!」


 徐々に押され始めてきた僕は焦りの気持ちを大きくした。

このままでは負けてしまう。僕が負けたらフィノが……。

 そう考えると持つ手に力が入り、気持ちが入った。


「『雷よ、纏え』」


 僕は剣に雷を纏わせ威力を上げた。風では意味がない。雷で腕を痺れさせロンダークさんの剣筋を鈍らせるしかない。


「くっ、痺れが……」


 思惑通りロンダークさんの両腕を軽く痺れさせているようだ。僕はこれを勝機と思い振う剣の速さを上げる。


「はああああああ」

「ぬうううううう」


 僕は腹の底から力の籠った声を出し、ロンダークさんは唸るような声を出して僕の剣を捌くが、電流がその腕の精度を下げ鈍らせている。


 ロンダークさんが僕の剣に耐えられなくなったところで体を深く潜り込まらせ、魔力掌底と左脚の廻し蹴りを食らわせた。


「ガアアッ」


 ロンダークさんが結界にぶち当たり結界を大きく揺らした。その衝撃で真上まで届く大きな亀裂が入った。

 観戦客から劈く様な悲鳴が聞こえてきた。

 ロンダークはゆっくりと倒れていく。僕は終わったかと思い、剣に纏わせていた 魔法を解いて警戒態勢をとる。ロンダークは全身から崩れ落ち、実況から勝利者宣言が送られる。

 僕は身を翻して入場口へ戻るが、


『決まっ……ていません!』

「なっ!?」


 ロンダークは崩れ落ちるような体勢から力強く地を蹴り、片手の剣を振り下ろしてきた。

 僕は実況の声を聞き咄嗟に鋼鉄の剣を振り上げてガード体勢に入ったが、間に合わず拙い体勢で受け止めることになった。


 魔力強化していない体は押し負け始め、地に膝が着く。強化を施されていない剣は強度で押し負け亀裂が入った。


「ぐ、くう……」

「油断、したなッ!」


 ロンダークはさらにもう一つの剣を抜き自らの剣に撃ち付けた。僕は瞬時に判断すると剣を身代りにしてその場から体を滑らせるように前に傾け、前方に崩れ落ちた足で地を蹴って飛び退く。


 背後から僕の剣が粉々になる粉砕音と地がロンダークさんの力で陥没する破壊音が聞こえてきた。


「良く避けたな」


 ロンダークが振り向きながら言った。

 蟀谷から薄らと血が滴り落ちてくる。


 ああ、ドリムさん製の鋼鉄の剣が砕けてしまった。もう修復不可能だな。

 仕方がない、あの剣を抜くか。


 僕は背中のベヒーモスの長剣に手をかけた。


「やっと抜いてくれるのか。待っていたぞ」


 ロンダークの骨は罅が入っているだろう。それでも僕に向かってやってくる。それほどまでこの剣が気になるか……。


「死ぬなよ」


 結界の効果で死なないだろうが、一瞬で大ダメージを受けるとどうなるかわからないからな。


 僕は剣を抜き放つ。

 この剣を対人戦で使うのは初めてだ。


『シロが背中の剣を抜いた! あの剣が噂の白銀の剣でしょうか! あの輝きは素人の私から見ても業物だと思われます! あれが噂のミスリルの剣でしょうか!』

『……いえ、あの剣は、恐らく、彼が倒したベヒーモスの角から作られた剣でしょう。あの刀身が抜かれた瞬間、身の毛もよだつような魔力を感じました』

『私もそう思います。過去に一度だけ相対したことSランクと同様の気配を感じました。それほどすごい剣です。国宝ものでしょう』

『こ、ここ、国宝ですか!? これは何という、我々には到底理解のできない剣だったーッ!』

『ですが……他にもベヒーモスの魔力を越えるほど悍ましい魔力を感じます。一体これは……』


 シュベリアさんが青ざめた顔で言った。


『あの剣にはまだ何か隠されているようだ!』


 観客席が湧く。

 国宝級の剣をお目にできたのがそれほど珍しいのだ。


 正解だね。

 この剣はベヒーモスとヒュドラから作られた剣だ。この世界に一つしかない名剣だろう。


 白銀の剣は太陽の光を反射して虹色に光輝いている。この剣の切れ味はもう一つの剣と比べて切れ味は劣るが、魔法に対する強化上昇度が半端ではない。魔力で強化されたこの剣は鉄をバターのように切れるようになる。


「いいぞいいそいいぞぉー!」


 ロンダークは壊れてレコードのように同じ言葉を繰り返して突っ込んできた。

 僕は剣に魔力を通す。いつもの剣よりも魔力伝導率が高く一絞り通しただけで剣が何段階も強化された。僕は次々に注ぎ込み、鋼鉄の剣の数十倍の魔力を注ぎ込んでそこでやめた。


 僕は軽く剣を振った。

 それだけで地に大きな爪跡を作った。


「いいねいいねいいねぇー! そうでなくっちゃなぁー!」


 ロンダークは巻き込まれる前に急停止すると風から己を護り、再び壊れたような笑みを浮かべて吠えた。

 ロンダークは爪跡を飛び越えると僕に剣を振って来る。


「ぬんっ!」


 腹から出重い気合いと共に右の尖った真紅の剣を突き出してくる。僕はそれを剣で真上に弾く。剣は上と軌道を逸らす。右の剣を引きながら左の剣を下から斬り上げてきた。


「フッ!」


 僕は体を半身にして避け、剣を斬り下ろす。ロンダークさんは右の剣で受ける。激しい衝撃音が辺りに鳴り響く。両腕から激しい痺れが全身に伝わる。

躱した左の剣が僕の首を狙って返ってきた。僕は一歩飛び去りそれを回避する。


 あの高速の剣は厄介だ。あれをどうにかしないと。


 ロンダークさんは僕が態勢を整える前に追撃を加えてきた。僕はロンダークさんが振り切る右の剣を剣の腹に左足を添えて防ぎ、数メートルほど吹き飛ばされる。僕は空中で体勢を整え、魔法を放つ。


「『ライトニング』」


 ロンダークさんは放った雷を魔力強化した脚で避ける。僕は連続で雷を放ち剣に風魔法を纏わせる。風を纏わせた剣は全てを弾く様な威圧感を感じる。

 僕はロンダークさんが避けたところに目掛けて剣を振う。ロンダークさんはその剣を両手の剣で弾くようにガードした。僕は体勢が崩れながら受けたとろに右脚の廻し蹴りを食らわせる。


「らあッ」


 ロンダークさんは左腕を折り曲げて力を込めて護る。僕の廻し蹴りは力負けをして跳ね返されるが、その反動を利用して左足で顎を狙って蹴り付ける。ロンダークさん顔を引いてそれを避ける。


『再び打ち合いが始まりました! 残り時間後三分です! どちらが決勝へ勝ち上がるのか!』

『ワアアアアアァァァァァァ』


 観客が熱狂する。


 僕は着地すると体を低くして体を独楽(こま)のように回転させ、左脚の足払いを仕掛ける。ロンダークさんは顔を上げているから対処が出来ずに諸に食らい、体が宙に浮く。

 右足で立ち上がると剣をロンダークさんに向けて斬り下ろす。ロンダークさんは顎を下げて剣を捉えると両手の剣を体の上にクロスさせて守った。


「ぐぅぅう、あぁぁッ!」


 僕はバリアル戦並の白熱した戦いに気持ちが高ぶっていくのを感じた。僕は戦闘狂ではないのだけどなぁ。


 ロンダークさんは体を空中で回転させて着地するとすぐに地を蹴り付けて両手の剣を突き出してくる。僕は右に避け手首に向けて剣を切り上げた。


「ぐぅ」


 ロンダークさんの剣を持った左手が宙に飛び、口から低い痛みの声が漏れた。ロンダークさんは僕を睨み付けるように見ると右の剣で僕の胸を突いてきた。僕は避けきれないと思うと左手で剣を掴み取り軌道を左後方へずらす。


「ぐ……うらぁ!」


 僕は左手を剣から離して、斬り上げたままの右手の剣をロンダークさんの右腕に向けて斬り下ろした。

 ロンダークさんの右腕がボトリ、と地に落ちる。僕は最後に留めとばかりに剣で首を跳ねた。

その瞬間爆発か、と思える歓声が沸き起こった。


『ワアアアアアアアアアアァァァァァァァァ』

『き、決まったぁぁぁぁーっ! 決勝にコマを進めたのは……英雄シロぉぉぉぉー!』

『白熱した戦い、まるで決勝のような盛り上がりでした』

『驚きました……あの小柄な体でここまで動けるとは……。ぜひとも、我が国に欲しいですね』


 興奮状態となる観客と実況のマイクさん。僕の実力に戦慄しぜひとも国に取り入れようと考えるゴリアルさんとシュバリアさん。

 僕はどのような好待遇だとしても国に使えることは絶対にない。どこまでも自由に。それが僕の道だ。


『明日の決勝は無名の竜人バーリス選手対大英雄『幻影の白狐』シロ選手に決定! 皆! 明日は送れずに来いよ! 繰り出される衝撃波がシロを飲み込むか、それともシロの魔法が打つ砕くか……。これは生で見ないと一生後悔するぜぇーッ!』


 マイクさんが声を裏返しながら明日のことを言った。


 僕は剣を鞘に収めてゆっくりと入場場所へ向かう。



         ◇◆◇



 は、始まります。……英雄対決が始まりました!


 その選手はハクというのですね。どう見えても偽物です。私には……というよりシロ様の前の試合を見ていたらそんな気持ちになりませんよ。


『ガアァァン』


 私がそう思っていると映像の魔道具から耳を劈く様な音が聞こえました。

 え? なぜ、あんなに小柄なのにあの巨体から繰り出される一撃を防げるのですか。私なら無理ですよ。

 何をしているのか映像からは分かりませんね。やっぱり見たい人の戦いは生で見たいです。


 打ち合っているハクが何か苦しそうです。あれはシュン君が使っていた魔力掌底でしょうか?

 あ、思った通りですね。解説の人がそう言っていますし。でも、どうしてそれをシロ様が? あれはシュン君が見つけたと言っていたはずなのですが……ああ、シュン君とシロ様は知り合いでしたね。多分シュン君が教えたのでしょう。


『ライトニング』


 キャアアアーッ!

 な、何が起きたのですか。


「今のは凄いな。あれが英雄の雷魔法の威力なのか」


 お父様が驚愕の声を漏らしました。


「それに無詠唱ですよ」

「私も魔法に通じていますがあそこまでの威力は出ませんね。彼はいったい何者なのでしょうか」


 お兄様もお母様も驚愕しています。

 私は驚愕というよりして当たり前ですよね、という感じに思っています。まるでシュン君がしているかのような気分です。

 もしかしてあれはシュン君だとか……。背格好、動き、魔法、声が似ていると思います。

 まあ、それも明日分かることです。シュン君直伝魔力感知で調べてみましょう。


『ワアアアアアァァァァ』


 やっぱりシロ様が勝ち残りましたね。

 次はあのロンダークとの戦いですか。何かあるとすればこの試合ですね。


 私は目をしっかりと開け、一部始終逃さないようにします。


『それでは行きたいと思います! 本日最後の試合、開始!』


 始まりましたが、二人は何か話していますね。背中の剣の話のようです。


「私も気になっていたよ」

「お父様もですか?」

「ああ、そうだよ。あの剣は名剣だね。よく見えないから分からないけど、国の宝庫にはあれほどの剣はないかもね」


 く、国にもないのですか。

 私はその剣をじっくり見ますが剣の凄さはよく分かりません。杖や魔道具なら多少は分かるのですが。

 腰に下げている杖は使わないのですか。シュン君と同じですね。


 映像には目では捉えられない剣の応酬が起こってます。私の目には銀色と赤色の線が出来ているようにしか見えません。


 今度は綺麗な球が飛び交います。赤に青、黄いろんな色です。あれはシロ様が放っている魔法なのですね。シュン君も何属性も使っていましたが、シロ様もやはり使えるのですね。


 苦戦していたロンダークが片手になると形勢が逆転してしまいました。頑張ってくださいシロ様……。

 今度はシロ様が剣に『纏』ですか? を使い押し返しました。


 その後もロンダークは吹っ飛びました。ですが、それは罠でシロ様は奇襲を受けてしまいました。剣も破壊されてしまいました。一体どうなるのですか!

 私はこの戦いに目が釘付けです。


「お、いよいよ抜くのか」

「そのようです」


 お父様とお兄様も目が釘付けです。


 あ、背中の剣を抜き放ちました。その輝きは今まで見てきた剣よりも輝きを放っています。

 お父様が言っていた通り国の宝庫で見たことがないほどの剣に見えます。


「おお、ベヒーモスの角から……」

「それに、父上がおっしゃったように国宝級とは……」


 そこからシロ様がぶり返します。

 なぜかロンダークが壊れてしまいました。あれもシロ様の魔法でしょうか。


 先ほど驚いたのはこの雷魔法ですね。言っていた意味が分かります。これは凄いですね。

 落ちたところに穴が空き、焦げ付いていますよ。それを軽々と避けているロンダークは何者でしょう。


 シロ様が追い詰めました。剣術に魔法、それに格闘を交えて来ました。ロンダークは捌ききれなくなり切られました。

 その後もシロ様が左手で痛そうに剣を握り、ロンダークを降しました。

 これで明日の決勝はバーリスという竜人の女性とシロ様ですね。楽しみです。


 明日は私のお披露目会があります。それと同時に婚約宣言も行われますが、それはシロ様が優勝したらの話です。仮に、シロ様が負けてしまった場合、私は……。考えるのはよしましょう。


 とにかく明日は私が主役でもあるのです。頑張らないといけませんね。シュン君は見に来てくれるでしょうか。



         ◇◆◇



 とある一室では数人の華やかな服を着た貴族と十人ほどの黒服が集まっていた。その中でも一番目立っているのはこの国の王妃セネリアンヌだ。


「ロ、ロンダークが負けた……」


 その報告に貴族たちは唖然とし、騒めく。

 セネリアンヌは打ちひしがれている。

 この場にいる貴族達にとってロンダークの敗北は予想だにしていなかったことなのだ。

 ロンダーク、帝国ではSSランクに片足を突っ込んいる言われるほどの人物だったのだ。それが、負けたとなると計画に支障が出るという言葉では足りない。


 彼らの計画はこの国を乗っ取ること。この国で高い地位と権力を手に入れることだ。そのためにはロンダークの存在が必要不可欠だった。

 影にとっては何を考えているのか分からない。その行動原理は手伝いだけなわけがない。恐らくこの国に関わることを企んでいるのだろう。


「王妃様、ど、どうするのですか……」

「我々はあなた様の指示でこれまでやってきたのですよ。何かないのですか……」

「我らの融資はもう限界ですぞ。ここは黒服どもに……」


 貴族達は自分達が不利になるとそれを他人のせいに、他人に頼ろうとする。それはどこの貴族でも同じだ。腐っていれば。

 まあ、このように国を裏切ろうとする人間であれば腐っていて当然だ。


 王妃はその言葉を聞いて蟀谷をひくひくとさせ、怒りをあらわにした。


「だ、黙りなさい! それもなにも全てあなた方がふがいないのがいけないのでしょう! 私はどれも計画通りにしました! あなた方が魔石にしろ、試合にしろ、あの娘にしろ、失敗してきたのでしょうが!」


 貴族達はその剣幕に怯えてへたり込んでしまった。


「お母様、落ち着いてください。ロンダークが倒されたのは仕方がないことです」

「では、どうするつもり?」


 セネリアンヌは高圧的に言う。

 言ったのは息子のレーレダレックだ。


「フィノを不慮の事故として殺してしまいましょう」

「なんですって?」

「フィノを殺してしまいましょう、といったのです。これを事故と思わせフィノを殺す。フィノさえ死んでしまえばあとはお母様がこの国でトップに立つだけです。その国王と王妃ならばすぐに抜けるでしょう」


 レーレダレックは悪巧みを考えているような顔で言う。


 その言葉にその場の貴族は悲鳴を上げてしまった。

 それも仕方のないことだろう。簡単に言えばこの場にいるもので王族暗殺をしましょう、と言っているのだから。


「それは……いいかもしれませんが……」

「問題はあいつらの息子ローレレイクでしょう。あいつは我らより位が高く、力や知恵もまわる。国民からの指示も厚い」

「そうです。あいつをどうするというのですか? あいつはこの大会に来ませんよ」


 大会のお披露目には国王と王妃、第三王女が出ることになっている。

 フィノのお披露目会なのだから当たり前だが。


 ローレレイクは次期国王としての執務をするのだ。その補佐としてセネリアンヌやその子供がいるのだ。


「あいつは、フィノの家族はフィノのことを大層可愛がっています。ならばあいつに闘技場が襲われるという情報を伝えればよろしいと思います。そうすれば、あいつのことだから少量の兵を引っ張って出向くでしょう。その間に私達は……」

「そうね。それにしましょう。……あなた方は計画通り封印魔石を表彰式で壊しなさい! いいですね! これで失敗した者はひっ捕らえて死刑にします!」

『は、はい!』


 貴族達はそんな理不尽なぁ、と心の中で思っているが失敗は許されないと思い飲み込んだ。


「ちょっとお待ちを」

「なに?」


 影共に止められたセネリアンヌはねめつけるように見た。


「その計画には我々は賛成しかねます」


 影は皆頷いている。


「なぜです! あなた方の目的はあいつを「黙れ」……フンっ」


 影から迸った殺気にセネリアンヌは怯えて、それを隠すために虚勢を張った。

 貴族達は気絶しているものがいる始末だ。


「我々の目的はただ一つ。その計画では我々は魔石を提供することは出来ない。その計画はあいつに危害があるのか? 狙いは小娘なのだろう? そいつは逃げるのではないのか?」

「それはないと思います」

「なに?」


 レーレダレックが答える。


「奴は一応この国の英雄ですよ? 外聞もあります。それに噂では民衆のためにあるそうです。国には仕えないみたいです。そこから考えるにフィノが襲われれば確実に守りに入るでしょう。そこへ巨大な魔石を投入すれば……。そしてどさくさに紛れて……」


 レーレダレックは首をチョン、と切る仕草をした。


 影はシロ、シュンを殺すつもりのようだ。

 この影たちは何者なのだろうか。


「そうか。……いいだろう。今回はその計画に乗ってやる。だが、失敗すれば我々は手を引く」

「ああ、それで構わない。ですよね、お母様」

「ええ、構いません。確実に私達が上へ立てるのなら」


 影は低く笑い、セネリアンヌは薄らと高笑い、レーレダレックは薄気味悪い笑みを浮かべた。



         ◇◆◇



 魔大陸の奥地、そこには一つの大きな集落があった。

 食人植物や高ランクの木の魔物が生い茂る凶悪な森林、空にはワイバーンや竜種が飛び交っている。近隣の海辺にはデスサーペントやクラ―ケンなどの魔物が潜んでいる。


「族長! ご息女の姿が現れませんがどうされたのですか? っと、来客中でしたか」

「いや、よい。話せ」


 一人の槍を青年、魔竜族がガタイのいい同族の男性に声をかけた。

 魔竜族の族長というからにはこの男はバリアルなのだろう。


「なに? 朝早く練習に行くと言って出て行ったはずだが……」

「いえ、私は一度も見ておりません」

「どういうことだ?」


 バリアルが考えているのか、客人が声をかけた。


「あれではないですか?」

「ん? 魔王は思いついたのか」


 客人とは魔王だった。

 魔王の容姿は薄水色の長髪を丸く二つのお団子にしている。肌は白というより青に近い病弱といった言葉があう肌の色をしている。目は優しげで目じりが垂れ、桜色の唇が薄水色の肌に栄えている。着ている服は黒と白のゴスロリファッションだ。


 魔王は出されたお茶を飲みながら答える。


「……ふぅ。あれとはこの前の話ですよ。あなたが引き分けた、という子のことです。その子に会いに行ったのでは?」

「そうか。あり得るな」


 バリアルは深く考えている。青年はどうしたらいいのか迷っている。




 バリアルはシュンとの戦闘が終わった後、シュンに諭された様に魔王と話し合いをした。


 バリアルは魔王城にある魔王の私室をおもむろに開けた。


「あれ? バリアルではないですか。人族の国を攻めに行ったのではないのですか?」


 バリアルは「知っていたのか」と小さく呟いた。

 バリアルは再び歩き始め魔王の前まで行くと机を叩き、言いたいことを言い始めた。


「俺は、俺達は戦いたいのだ。誰でもいい、何でもいい、どんな奴だろうと。とにかく俺達、竜魔族に戦闘をさせてくれ!」


 バリアルは魔王の目をしっかりと見て言った。

 魔王は下唇に指を当て、何かを考える仕草をした。


「それは、あれですか? 人族を滅ぼしたいとか、弱者を虐げたいとかではなくですか?」

「当たり前だ。俺達竜魔族は竜の血が流れている。高潔で、気高い種族なのだ。誰が好き好んで弱者を虐げなくてはならない。俺達が求めるものはただ一つ、単なる戦い、理由ある戦い、守るための戦いだ。


 それなのに魔王は俺達に戦わせようとしない! なぜ、魔王は戦おうとしない! 俺達は我慢の限界が来ているのだぞ! このままでは俺達は勝手に人族を滅ぼしに行く!」


 バリアルは魔王の私室を吹き荒れる魔力で破壊しながら言った。

 そこらの魔族では死んでしまうような威圧でが、魔王にはそよ風に等しいようだ。


「滅ぼしに行ったのではないのですか? もしかしてもう滅ぼしましたか?」

「いや、一人の人族に止められた。そして魔王とよく話し合えと言われたからこうしてやってきたのだ」

「あなたが負けたのですか……」


 ニコニコしていた魔王の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 バリアルはその時のことを思い出し気分が高揚したのか饒舌になる。


「引き分けだ。いや、引き分けにされた、だな」

「引き分けですか? それでもすごいと思いますが」

「いや違う。俺が負けていたのだ」


 魔王は今度こそ息を飲んだ。


「そいつはシロと言って白い狐のコートを着た子供だ。本名はシュンだったか。……あいつは俺が連れてきた魔物の大半を殲滅し、ベヒーモスにデモインセクトなどのSランクを数体、SSランクのヒュドラを倒した後に俺と闘い、俺は引き分けにされたのだ」

「そ、それは本当ですか」

「ああ、そうだ。長い間生きてきた俺が見たこともない魔法を何個も放ち、俺の飛斬と同程度の斬撃を魔力で繰り出してきた。その前の戦いでは合成魔法や高範囲補助魔法を使っていた」


 魔王はその話を信じようとできない。信じられないのだ。魔王自信を除いて魔族最強の男と渡り合えるほどの人族なんて……。それも手負いの状態でなどと。


 魔王が絶句している間にバリアルは続ける。


「あの戦闘は過去に味わったことのないものだった。久しぶりに満足し、敗北したのだ。最後は己の力をかけて一発勝負をしたのだが、見事にこの魔剣を圧し折られたわ! 奴も五体満足でもう魔力がなくて動けん、とぬかしおってな愉快だったぞ!」

「そ、そうですか。それがどうして先ほどのような話になるのでしょうか? あなたは人族を滅ぼしに行ったのですよね?」

「魔王よ、勘違いしているぞ。俺は人族を滅ぼしに行ったのではない。主が戦おうとしないから俺が戦端を切り開けばそうも言っておれんと思ったまでだ。それをいつものようにあの一族が唆してきたのだがな」


 バリアルは眉を顰めて虚空を睨んだ。

 魔王もその言葉で納得がいったのか頷いている。


「あの一族とは天魔族ですね」

「ああ。あやつらが俺にこんな道具と魔物を押し付けてきたのだ。最初は、あやつらも戦争がしたいのかと思っていたが話が胡散臭くてな、俺は一人で言ったのだ」

「そしたら、その子に会い敗れたと」

「そうだ。あいつは強くなるぞ。まだ主に及ばぬが後十年もすれば同格となるのではないか」

「本当ですか!」


 魔王はその言葉に喜ぶ。

 魔王はその力ゆえに孤独だった。強いからゆえに孤独だった。魔族だから敬われはするが恐れて近寄ってこない。来るのはバリアルや自身の力に自信を持っているものだけだ。

 だから、自分と同格が現れると聞くとうれしくなるのは当たり前だ。


「そいつに諭されたのだ。主の考えと理想を聞けと。上に立つ者は時として間違える。それを正す者は下に着くものだとな。だから、帰ってきたのだ。もう一度聞く。俺達をなぜ戦わせない。なぜ魔王は皆に願うのだ」


 バリアルは真剣に言う。

 魔王は驚いたように目を見張るとニコニコフェイスに戻って口を開く。


「私の考え・理想は魔族を、この魔大陸に文明を築きたいのです。そのためには上が変わらなくてはなりません。魔族に根付いている業は深いですが上が変われとどうにかなると思っています」


 魔王は指を鳴らしてティーセットを出すと紅茶を入れてゆっくりと飲み、息を突き再び口を開く。


「今のままでは魔族は滅びます。確実に。強き者が頂点に立ち、弱き者を虐げる。このようなことをしていけば確実に衰退の一歩を辿るでしょう。弱いものは弱いなりの特技を持っています。ゴブリン族は手先が器用です。オーク族は農作業が得意です。私達から見れば弱い種族ですが、彼らが居なければ私達は飢えます。

 だから、彼らを保護する代わりにこちらのお願いを聞いてくださいと願うのです。高圧的にすればいずれ返ってきます。暴力を振ればそれ以上の暴力が、虐げれば反乱が、全て力で収めることは出来ないのです。それをそろそろ魔族も知るべきです。


 これが私の理想・考えですよ」


 魔王は紅茶を飲み干し、次を注ぎながらそう言った。

 バリアルは小さく唸る。


「では、なぜ俺達は戦いを禁止された」

「いえ、禁止はしていませんよ。ただ、弱いものいじめをしないようにと言っただけです」

「俺達より弱いものだらけではないか! 戦えないと言っているのだ!」

「それではあなた方、竜魔族に警備の仕事についてもらいます」

「警備、だと……」

「はい、警備です。例えばゴブリン等の弱い種族の村を攻めてくる魔物や野盗から護る仕事です。それなら戦えるでしょう? 後は人間たちの大陸と同じように魔大陸にもギルドのようなものを作ってしまいましょう。最近豊かになったせいか、それ以前からでしょうか、凶悪な魔物が増えているんですよ。そもそも魔大陸の魔物は強いというのに……。まあ、そうすれば報酬ももらえます。国民からの信頼も勝ち取れます。あなた方竜魔族は外見もですが少し怖いんですよね」


 魔王はこれは名案とバリアルに提案する。


「いいと思うのですが、ギルドは。この方法なら合法的に戦えますよ? もちろん犯罪や嘘は許しませんが。それ用の魔道具を作りましょうか」


 バリアルは考える。

 それで俺達は戦えるようになるのか、と。


「……魔王よ」

「はい?」

「お前はシュンと同じことを言いおるな。あやつも虐げれば反乱がおきると言っておった。お前のことを言い奴だと言っていた。一番お前のことを理解しているのはあいつかもしれんな」

「……そうなのですか? それは一度会いたいですね」


 魔王は紅茶を飲みながら喜ぶ。その笑顔は本物の笑顔だ。


「とりあえずすぐに答えは出ない。ギルドを作るにしろ時間はかかる。俺はみなと話し合うために一度集落へ帰る。その後にもう一度話し合うとしよう」

「わかりました。私もこの件を詰めておきます。……それにしてもあなたは変わりましたね。前までは私に意見なんて言わなかったのに」

「それもあいつのおかげだ。……ではな」


 バリアルは魔王の私室から出て行った。残った魔王は窓の外に浮かぶ月を見て紅茶を口に含む。




「恐らく、シュンを探しに行ったのだろう」

「そうでしょうね」

「何を考えているのやら。俺に勝てないのにシュンに勝てるわけがないだろうが」

「それは……シュン君に勝てばあなたに勝ったということになる、とでも思ったのではないでしょうか?」

「そうだろうな。……おい」


 バリアルは傍に立つ青年に声をかけた。


「はい!」

「あいつのことはほっとけ。帰ってきたら俺のところに呼べ。キツイ説教を食らわせてやる」

「ふふふ、過保護ですね」

「好きに言うがいい。……っと、あいつにも連絡しておくか」


 バリアルはそう言って部屋から出て行った。


呆気なかったですね。

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