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買い物と魔法

 僕はいつものように耳元で『アラーム』音が鳴ることで起きた。組んだ両手を真上に伸ばし、欠伸が出そうになるのを歯を食いしばって耐える。朝日が窓の隙間から零れ、僕の目を眩ませた。顔を背けることで眼を守る。


 背けたベッドには綺麗で整った顔立ちの中に幼さいっぱいの子供が、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。この子は僕が昨日受けた依頼の依頼主、ファノス君だ。

 僕は昨日初めての弟子を作り、師匠となった。

 ファノス君は可愛く唸りながら、ムニャムニャと言葉にならない寝言を言って寝返りを打ち、左手で僕の服の裾を掴んだ。


 僕はその仕草を微笑ましく可愛く思い、彼の解いた長い髪が顔に垂れているのを優しく払い頭を撫でる。

 すると、ファノス君は嬉しそうに小さく笑んだ。


 あー、なんて可愛いんだろう?

 昨日初めて見た時から思っていたけど、眠っている時はもっと女の子に見えるんだよね。

 眠っているとお姫様のお人形さんみたいだよ。


「……ん、んん……ん? あ、おはよう、シュン君」


 ファノス君は片目を手の甲で擦りながら、眠気眼で見つけた僕に甘い声で言った。


「おはよう、ファノス君。……眠たそうだけど、体調は大丈夫かな?」

「う、うん、大丈夫。ありがとう」


 ファノス君はほんのりと頬を染めて照れながら言った。


「もう朝食はできているだろうから、顔を洗って食べに行こうか」

「わかった」


 僕はベッドから降りて水魔法で直径四十センチほどの水玉を二つ作りだした。人るをファノス君の前に移動させて、僕はもう一つの方に両手を突っ込んで顔を洗う。

 それを見たファノス君は僕と同じように顔を洗う。

 僕はファノス君の綺麗な髪が寝癖でくしゃくしゃになっているのに気が付き、ベッドの縁に腰かけているファノス君の隣に座る。寝癖が付いている髪の根元から掬うように右手を入れ水魔法で濡らす。右手で髪を掻きながら、左手から温風を出して乾かしていく。


 ファノス君は突然のことで慌てふためいていたけど僕がしていることに気が付き、気持ちよさそうに目を細めその身を委ねて来た。


「はい、終わったよ。洗浄魔法を唱えるから立って。終わったらすぐに着替えてね……服なかったんだったね」

「……うん。家を出た時はお金と昨日の服しか持って来てないから」

「そっかー……。とりあえず昨日の服を着ていてよ。朝食を食べて講義を始める前に服を買いに行くことにしよう。お金も気にしないで」


 僕は洗浄魔法をかけながらこの後のことを伝える。

 ファノス君は遠慮していたけど、僕は気にしなくていいと言って恐縮するファノス君の手を握り朝食を食べに行った。


 今日の朝食は目玉焼きと厚切りベーコン、レタスなどの野菜、コーンスープ、白いパンと手作りフルーツジャムだった。


「シュン君、今日の朝食もおいしいよ」


 ファノス君は白いパンを片手に笑顔を振りまきながらそう言った。

 僕は返答の代わりに笑顔を返す。


 朝食を食べ終えた僕とファノス君は女将さんとレンカちゃんにお礼を言って宿屋を出てた。



         ◇◆◇



 んんー、シュン君に髪を直してもらっちゃいました。

 あの手櫛、あの暖かな風の魔法、あの優しげな笑み。どれも私のためのものです。嬉しくてつい、体を預けてしまいました。彼は嫌がらなかったので良かったです。


 朝食を食べ終えた私とシュン君は今現在、大通りを歩いています。今向かっている場所はシュン君の知り合いの服屋さんだそうです。


「この道を通って右側にある綺麗なお店が目的の服屋さんだよ」


 シュン君は私の手を取って先行するように私を誘導してくれます。

 指差されたところは大通りから少し外れた道です。人通りが少なそうに見える道ですが、シュン君が一緒だから大丈夫でしょう。


 しばらく歩くと綺麗な服が飾られているお店に着きました。フリルをたくさんあしらったドレスに腰をキュッと魅せるワンピース、体のラインを隠す隠さないブラウスなどです。

 私好みのものが多いようですが、服のサイズがあいません。

 それに、今は男の子です。諦めましょう。


「シュン様、いらっしゃいませ」

「ロバートソンさん、また来ちゃいました」


 お店の中に入ると執事服をきっちり着こなした初老の男性が挨拶してきました。

 シュン君はこの男性と知り合いのようですね。この方がお目当ての方なのでしょうか?


「シュン様、こちらの方は?」


 男性は軽くお辞儀をした姿勢で私に目を向け、シュン君に訊ねます。


「この子はファノス君と言います。僕の友達です。今日はこの子の普段着を買いに来ました」

「そうですか。では、こちらへ」


 男性はそう言って女性物の子供服が置いてあるコーナーへ私を連れていこうとしました。私は慌ててこの男性を止めます。


「い、いえ、僕は男です」

「え? あなた様は……いえ、私の勘違いだったようですね。すみませんでした。……では、こちらに来てください」


 男性はすぐに私の事情を汲み取ってくださいました。有難いことですね。

 ですが、シュン君が私に付いてこようとしました。

 私はそれを止めるわけにもいかず困っていると、男性はさらに気を利かせてくれました。


「シュン様」

「なんですか?」

「クレアが新しい服のことで話があるそうなのですが、ファノス様が服を決めている間に会ってくれませんか?」


 また気を利かせてくれました。出来る男性はいいですね。

 も、もちろんシュン君もできる男ですよ? ただ私が男だと言ったのがいけないだけで……。


「そうなんですか? 分かりました。では、ファノス君が服を決めたら連れてきてください」


 シュン君は一瞬迷うような顔をしましたが、すぐに決めて話し合いに行くようです。

 その人は綺麗なのでしょうか?


「かしこまりました。では、シュン様は私に付いて来てください。誰か」

「はい」

「この方を男性服の方へお連れしなさい」

「え? でも……」

「いいですから、連れていきなさい」


 男性はにべもなくそう言うとシュン君を連れて奥の方へ消えていきました。

 呼ばれてきた女性は戸惑っていますが、男性に言われて私を男性服コーナーへ連れていきます。


 男性服コーナーはかっちり系やだぼっと系が多い意です。子供服は動きやす服や怪我のしにくい服の作りとなっています。たぶん遊び盛りだからでしょう。


「お客様、こちらからあちらまでが子供服となります。あちらに行くほど値段が高くなっておりますのでお気を付けください。試着したい服はこちらのボックスでお着替えください。わからないものは私が説明させてもらいます」

「わかりました、では、身動きを阻害しない服装で体のラインが出ない服はありますか?」


 私は彼女に自分が着たい服を言いました。いつもなら可愛い服やデザインまで言うのですが、今はそこまで言えません。

 だって、男の子は服にそこまで気にしませんから。


「それではこちらの服などはどうでしょうか? こちらの服はゆったりとした薄手の服とその上に切る半袖のコートとなります」


 良さそうですが下の薄い服がいけません。寒そうですし、わたし好みではありません。


「上のコートだけを買えますか? 後それに似たものを二つ下さい。私は下に着れる服を探しますので」

「はい、出来ますよ。このコートと似たものを二つですね。薄手の服はこちらになります」


 女性は反対側にある服を指して答えてくれました。


「わかりました」


 私は一言返事をして下に着る服を探します。

 反対側にあったのは揃い服ではなく単一の服です。その中から私好みの色とデザインの服を三つ選びます。

 一つは縦に細い線が入った薄手の服で二つ目は薄い黄緑色の無地の服です。最後の服は背中と胸元にデザインが入った服にしました。


「お待たせしました。お客様はお決まりになりましたでしょうか?」

「はい、決まりました」

「では、上に着る服をこちらからお選びください」


 彼女が差し出して着た服は全部で七着ほどです。

 フード付きが三つ、厚手でありながら柔らかいものが一つ、ベストのようなものが一つ、一歩劣る貴族服のようなものが二つです。

 私はフード付きのものを二つとベストのようなものを一つ買うことにしました。


「これにします。他に、下着やズボンをお願いします」


 私はそう言って男物の下着を何着か手に取りました。顔は真っ赤になっていることでしょう。

 履く気になりませんが、というより履いたことすらありせん。

 と、迷っていると女性が声をかけて来ました。


「あのー、失礼と存じますが、お客様は女性の方でしょうか? そのお姿は何かご都合でも……」


 私は顔を輝かせます。


「はい、すみません」

「では、男性ものを数着と女ものの下着を数着ご購入すればよろしいかと思われます」


 で、でも、お金が……。


「『お金は気にしなくていい』と先ほどシュン様より承っております」


 そ、そうなんですか。

 なんだかシュン君に見透かされている気がします。


 女性用の下着を四着買うことにしました。

 私は今着ている服をボックスの中で着替えます。着る服はフード付きの上着です。

 下着は他の服にくるんで購入することにしました。さすがにばれてしまうとシュン君に何と思われるかわかったものではありません。

 実際は女の子なのですが……。




「お会計は五万三千ガルとなります」

「……はい」


 シュン君はクレアさんとの会話を終え私の服の会計を済ませます。

 クレアさんに小金貨六枚払い銀貨七枚のお釣りをもらうと私は、来た時と同じようにシュン君に手を握られた状態で店を出て行きました。



         ◇◆◇



 僕はファノス君を連れて服屋さんを出た後武具やに行く。ローギスさんの鍛冶屋だ。

 大通りに出ると宿屋の方へ帰り反対側の道へ入って行く。


「ここが次のお店?」


 ファノス君は鍛冶屋の前で怖がりながらそう言った。

 まあ、鍛冶屋は冒険者や大柄な鍛冶師が溢れていて初めて見ると人は怖いかもね。


「うん、そうだよ。ここでファノス君の装備品を整えようと思うんだ。この後は魔道具屋に行って身につけるものを買うから」

「そ、そこまでしなくても……」


 ファノス君が遠慮してくるけど、これからは外に出ることがあるだろうからきっちりしていないと僕が困るんだよね。


 そう僕が言うと遠慮しながらも納得してくれたようだ。

 僕はお店の中に入ってローギスさんに声をかけた。


「ローギスさん、この子に魔法使い用のローブかコートとブーツを下さい。後魔法使い用の杖もお願いします」

「わかった。えっと……」

「彼はファノス君と言います」

「嬢ちゃんじゃねえのか……。まあいいや。じゃあ、二人ともこっちへ来てくれ」


 僕とファノス君はローギスさんの後に付いて奥の方へ入って行く。




 奥の方と言ってもいつもの鍛冶屋に続く道ではなく、途中の通路にある二つの部屋の一つである武具の置き部屋だ。

 部屋の中は高級な武具や魔武具、魔道具等がたくさん置いてあった。中には禍々しい魔力を発する呪いの武具もあった。

 何のためにあるんだ? 


 呪いの装備品は普通のものと違い装備者や使用者に膨大な力を与える反面、その代償として魔力が枯渇するまで吸い上げたり使用者の命を奪うものもある。非人道的な道具ということだ。

 僕は簡単な呪いならば消すことが出来るけど、強いものはまだ消せないからファノス君には気を付けてもらわないといけない。


「坊主はシュンと同じサイズでいいだろう。……なら、防具とブーツはこれだな。ベルトは色違いがいいだろう」


 ローギスさんはブツブツと言いながら防具を決めていく。決められた防具はファノス君の手に渡り、持ちきれないものは僕が持つ。

 ファノス君は物珍しそうに渡された防具を見ている。


「じゃあ、その装備品にあそこで着替えてくれ。今着ている上着を脱いで、その上から着込めばいいからよ」


 ファノス君は少し顔を赤くしたけど、最後まで話を聞いて頷いた。着るのが初めて見たいだからブーツやベルトなどは僕が手伝って着けてあげた。


「よし、何処も悪くなさそうだな。表に戻るぞ」


 表に戻り、会計を済ませる。


「小金貨七枚といったところか」

「はい、小金貨七枚」


 僕は収納袋から小金貨七枚を取り出して会計を済ませる。


「っし、確かに」

「では、これで。今度は製作をお願いします」

「任せろ。じゃあな」

「失礼します」


 ファノス君がお辞儀をしてこの場を後にした。




 次に行く場所は大通りにある魔道具屋さんだ。僕には魔道具が馴染みではないから、魔力を感じながら良さそうなお店を探している。

 ファノス君はそれがおかしいのか笑顔だ。いや、いつもの笑顔より可愛い笑顔だ。


「シュン君にも知らない場所があるんだね」

「もちろんだよ。僕はある程度魔法が使えるし、既に師匠から魔道具の餞別を貰っているからあまり行かないんだよ」

「そうだったんだ。だから、魔力感知で探しているんだね」


 ファノス君は気が付いていたみたいだ。


「うん。魔道具は魔力を発するものだからね。魔道具屋さんの中には魔道具ではないものを売りつける悪徳な人もいるから、気を付けないといけないんだ。その代り、お店から強力な魔力を感じる所は魔道具を置いているということなんだ」

「わかった。覚えておく」


 ファノス君はうんうんと頷いているから理解してくれたようだ。

 理解力があると説明しやすいよね。教えがいもあるし。


 噴水が近くなり冒険者用のお店が少なくなってきたから、これは駄目かと思い魔力感知の範囲を広げた。

 その際にファノス君が驚いた顔をしたからファノス君にもこのぐらいは使えるようになるよ、と言っておいた。驚いた顔も可愛いね。


 魔力範囲を広げていくともう少し先の通路を左に行ったところに、強力な魔力を発するところを見つけた。


「ファノス君、あっちだ」


 僕はファノス君の手を引いては脳があったほうへ向かう。




 通路を曲がると少しさびれたようなお店に着いた。

 お店の外見はボロボロに見えるけど、中から感じる魔力は強力なものばかりだ。癒しの魔力に攻撃的な魔力、属性の魔力等あるがここにも呪い系統の禍々しい魔力を感じた。


「こ、ここがそうなの?」


 ファノス君が震える声で訊いてきた。

 怖いのだろう。当然僕も怖い。

 なんだか、取って食われそうな気がする。

 だけど、この感じる魔力が気になるから入ってみたいという気持ちもある。


 僕とファノス君はどちらからとは言わずに目を合わせて、喉を鳴らせると一緒にドアを開けて中に入る。


「「お、おじゃましまーす」」


 僕達から出た声は蚊の鳴くほどの声だった。

 し、仕方ないんだ。こ、怖いものには勝てないんだから。


 だけど、その微かな声を店の店主は聞き取ったようだ。


「いらっしゃ~い」


 店の奥から出てきた店主を見た瞬間に僕とファノス君の心臓が止まった。なぜなら、この世のものとは思えないものを見てしまったからだ……。


 奥から出てきた人物は目は陥没し、顔は痩せこけ、腰の折れ曲がったボロのローブを身に纏った悪趣味爺さんではなく、優しさオーラを振り撒く好々爺しいお爺さんでもなく、はち切れんばかりの筋肉が盛り上がり、ピチピチのタンクトップが悲鳴を上げているオネェ口調の人物だった。


 こ、この人物は……。


「……エ、エリザベス……さん」

「え? シュ、シュン君? この人? と知り合いなの?」


 現れた人物を見て反射的に僕の後ろに隠れたファノス君の声は震えていた。僕の声も震えていた。

 それほどまでにきつい外見と口調なのだ。しかも頬を両手で支えた状態で体をくねらせているから尚更だ。


「いや~ね~。私はエリザベスじゃあないわよ。私の名前はキャサリン。エリザベスは双子の姉よん」

「「…………」」


 この人がファチナ村の魔道具屋の店主エリザベスさんに似ていたのは双子みたいだからだ。

 って、似ているっていうレベルじゃないよ!

 そっくり! 鏡とかドッペルゲンガーが化けているぐらいそっくりなんだ。


 あ、ドッペルゲンガーというのは洞窟等の囲まれた薄暗い場所の深奥やダンジョンの奥深くにいる魔物のことで、その能力は完全コピー能力といいその人物の容姿や得意なこと、最近の記憶等をフルコピーする能力だ。記憶を完全にコピーできないのは、元の記憶が消え魔物であることを忘れてしまうからだ。


「……あ、あのー、どうして僕の名前を……」


 僕は目を合わせまいと目を高速で右往左往させる。僕は体全体から大量の冷汗を滝のように噴き出していた。隣に目を向ければファノス君も同じようだ。


「あ~ん、それは、姉から手紙が届いているからよん。外見は一致しているし、あなたの魔力は尋常じゃあないから一目でわかったわ~ん」

「……そうだったんですか」


 この人もエリザベスさんと同じく元冒険者だったのだろう。隠している僕の魔力を感知できるのならSランク以上の実力があるはずだ。


「シュン君そう言うことだから。……ところで、後ろのお嬢さんは誰かしら? もしかして、シュン君のコ・レ、かしらん」


 キャサリンさんは小指を立てて言ってきたが、ファノス君の性別を間違えている。

 僕もよく間違えそうになるから強くは言えないけど……。

 ファノス君も間違えられて顔を真っ赤にしている……のかな? 恥ずかしがっているような、半分青褪めているような気も……しないこともない。


「わ、わた、ぼ、ぼ僕は嬢ちゃんじゃないです。ぼ、僕は男です」

「はっは~ん、そういうことねん。間違ってごめんなさいねん」


 キャサリーさんは何かに納得したようだ。

 キャサリーさんの言葉を聞いてファノス君は胸を押さえて安堵している。

 そんなに女の子と間違われるのが嫌なんだな。僕も気を付けなくちゃ。


「シュン君は姉に聞いていた通りの人物ねん。ここへ来るのに魔力感知できたのかしらん? それとも、誰かに聞いてきたのかしらん?」


 キャサリンさんは指を顎に当て体をくねらせている。

 ファノス君は再びその気持ち悪さに顔を青褪めさせていた。

 ご、ごめんなさいぃ! こんなところに連れて来て……。


「魔力感知で来ました」

「そうなのん。なら、いくらでも見ていいわよん」


 どうやらここもガンドさんの弟子系列の鍛冶屋とラージさんの旨味亭系列みたいに紹介状がいるそうだ。なければ自分で見つけなければならない。それも魔力感知で、だ。

 このお店は外見以外にお店自体に魔法がかけられているようで、一定の技量がない魔力感知では反応しないようになっているそうだ。

 偶々見つけた・人から聞いただと店先から手前までで、紹介状や自らの力で見つけた者は全てを見て買うことが出来る。

 だから、ファノス君は感知できなかったのか。


「では、ここで一番大きい容量の収納袋と身を守るための魔道具を一つください」

「それならこっちよん。……これが一番大きいもので、シュン君の持っているものと同じよん。値段は大金貨一枚」

「では、それ「え? いいよ! そこまで大きくなくて! それに普通のバッグでもいい……」……いいじゃないこれでも。大金貨一枚ぐらい気にしなくていいよ。その数百倍は持っているから」


 ファノス君は僕の手を引いてやめようと言ってきたけど、僕はここを引くつもりはない。それにこのぐらいの出費は必要経費で、ファノス君なら上げてもいいと思っている。

 ファノス君の言うことを初めて無視する。

 う、うう、ちょっと罪悪感が……。


「フフフ、どっちもどっちねん。守りの魔道具はこれでいいかしらん。これは結界魔法が込められているわん。物理結界の『シールド』。魔法結界の『バリア』。使い方は魔力を込めて鍵を言うだけ。簡単でしょん。これは中金貨二枚。合計で大金貨一枚と中金貨二枚ねん」


 守りの魔道具は指輪ではめるとそのサイズが変わる魔法がかけられている。

 代金の代わりに受け取った収納袋と守護の魔道具をファノス君に渡す。収納袋はファノス君の魔力を込めさせることで持ち主を認知させる。指輪は左手の中指に付けた。


 この世界でも指輪を左手の薬指に付けると言うのは婚約や結婚を意味する。


 指輪を受け取ったファノス君は顔を赤らめ、それを見ているキャサリンさんはニコニコと気持ち悪い笑みを浮かべていた。


「では、キャサリンさん。また何かあれば来ます。今日はこれで」

「し、失礼……しました」

「は~い、また来てねん。待ってるわん」


 僕とファノス君は用件を済ませるとそそくさとお店を後にする。




「シュン君」

「……ごめんなさい。で、でも、僕も知らなかったんです」


 僕は平身低頭して詫びる。

 ファノス君が許してくれるのなら、土下座も辞さない覚悟ですよ!


「い、いや、そこまで怒ってないよ。だから顔を上げて。ただ、こんなに物を買ってもらってなんだか怖いんだよ」


 ああ、それは考えていなかった。

 僕もそうだな。一日で一千万円ものプレゼントなんてもらえないや。

 やっぱり金銭感覚が狂っていたか……。

 でも買った物はしょうがないし、揚げた物を返せともいえない。特にファノス君にあげたものだからね。


「ごめん、考えてなかった。まあ、魔法が使える前祝いとプレゼントと思ってくれないかな?」

「んー、まあ、しょうがない。買った貰ったものに不平を言うのもおかしいから」

「ありがとう、ファノス君」


 僕は感激のあまり抱き着いた。

 ファノス君はビタッ、と効果音が聞こえるほどに固まり体全体が赤くなっていく。それはまるで茹でられているようだ。


「きゅうぅ~…………」

「ファ、ファノス君!? ど、どうしたの!? ねえ! しっかり!」


 ファノス君の身体から芯が抜けて倒れてしまった。どうやら気を失っているようだ。

 何度も体を揺すって起こそうとするけど何も反応を示してくれない。死んではいないからすぐに目を覚ましてくれる……はず。


 一体何が起きたんだ……?

 も、もしかして、僕、臭いとか? な、わけないし……ぼ、僕のことが嫌いになった……とか。

 あ、ありえるよ! どどどどどうしよう……。僕、嫌われちゃった。やっぱり高級なものを買い続けたのがいけなかったんだ。最初からファノス君と相談すればよかった……。(シクシク)

 と、とりあえず、抱っこして宿に連れて帰ろう。

 その後にちゃんと謝ろう……。



         ◇◆◇



「……ん……う、ん……ん?」


 え? え? えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 な、ななな、何でシュン君が私に土下座しているの!? 私、何かしました?

 お、思い出すのです私。私がなぜここで寝ているのか。なぜ彼が私に謝っているのか。なにが起きたのかを、ですよ。


 確か、服を買ってもらいましたね。そこで気を遣わせてしまいましたが、満足のいく服を買ってもらいました。買えないと思っていた女性物の下着も……。

 そこまでは言い様ですね。次は……魔道……具……や…………い、いやああぁぁぁぁぁぁ!?

 お、思い出したくないものを思い出してしまったのですよ。あのゾッとする存在、ピクピク動く筋肉、鳥肌の立つ口調……。私のこの短い人生の中で一番悍ましいものです。

 そ、そこでも彼に買ってもらったのです。最高級の収納袋と私の身を案じて身を守るための魔道具です。

 その値段を聞いたとき飛び上がるほど驚きました。

 収納袋が高いのは知っていましたが、そこまで高かったのですか……。し、しかも守りの魔道具は指輪でした。どこに付けるか迷いましたが結局、左手の中指に付けました。(本当なら薬指に……。彼からの指輪ですもの)

 そ、それなのに、そんなものを私にくれるだなんて、どう考えてもおかしいです。

 私は怖くなって彼に聞いてみました。

 すると、彼はそんなことを考えもしなかったみたいで、顔色を悪くしてしまいました。

 ど、そうしたのか分からずその理由を聞いてみると、前祝だとかお金に困っていない、まだその数百倍はあると言いました。

 私は呆れを通り越して憧れや尊敬をしてしまいました。お金の量はその辺の貴族よりも多く祝い物をくれる。

 だけど、他の貴族よりも優しく、強く、カッコ可愛く、物知りで、私のことを考えてくれています。だからです。

 そ、その後です! 私の記憶がないのは!

 た、確か……そ、そうです! 彼がいきなり抱き着いてきたのですよ!

 わ、私はまだ男性に、お父様を除いて抱き着かれたことがないのですよ。手も繋いだことがありません。

 そ、それが、いきなり抱き着く。正面から、不意打ちで、です。

 それに……好きな男の子から……(ポッ)。

 そこから体がカッとして記憶がないと言うことは、歓喜のあまり気絶したのでしょう。

 ああ、今思い出しても悶えしてしまいます。体全体が赤くなるのが分かります。

 で、ですが、なぜ彼が土下座を?


「あ、あのシュン君? なぜ土下座をしているの?」


 彼はゆっくりと顔を上げていきます。


 ――っ!?


 か、彼の顔が真っ青です! 私が寝ている間にい、一体何が起きたというのですか!?


「ぼ、僕のせいで、き、君が気絶したから……。そ、それで、僕がしたことで、き、君が僕のことをき、嫌いに……。だ、だか「(ダキッ)そ、そんなことない! 僕は君のことを嫌いになんてなってないよ! 君が勝手に僕の気持ちを決めないで!」」


 彼が真っ青な顔で土下座をしていたのは、私が彼のことを嫌いになっていたと思い込んでいたからのようでした。

 そ、そんなことないのに……。どちらかというと好意が上がりまくっている最中です。もう、メーターが振り切っています。


 彼は私に嫌われるのが悲しく、怖く、辛いみたいです。それを凄く心で感じ取ると私も悲しくなって涙が溢れてきました。

 そう思うと私は居ても立ってもいられなくなり、彼に今度は私から抱き着いてしまいました。そのまま私の気持ちを伝え、説教もしました。


「で、でも、なら何で気絶を……? 僕のことが嫌いじゃないのなら、なんで……」


 彼の顔色が少し戻ってきましたがまだ青いです。

 紫色の唇が上下する中聞こえてきたのはそんな質もでした。

 そんなこと決まっているじゃないですか! あなたが好きだからですよ! とは言えないので、脳をフル回転中です。


「え、えっと……それは……昨日の疲れがあまり取れていなかったのと……えっと、貰った物の凄さに眩暈をしただけ。だ、だけど、貰ったものは嫌じゃないし大切にする。だから、そんなに自分を卑下しないで」


 私が導き出した答えはこんなものです。最後は本心ですよ?

 無理やりな感満載ですが納得してくれたようです。徐々に彼の顔色が良くなっていきます。


「そ、そうだったんだ。そ、それなら、外に出る前にしっかり言ってよ。しっかり休ませてあげるから。魔法の失敗は死に直結するからね。お願い。それと、送ったものを気にいってくれるのなら有難いよ」

「わかったよ、シュン君」


 彼はいつもの彼に戻りました。若干、青いですが仕方のないことでしょう。

 ですが、なぜ彼はここまで自分のことを卑下し、相手を尊重するのでしょうか? 彼の過去が関わっているのは分かりますが、ここまで来ると言うのは常軌を逸しています。


 いつも笑顔で優しい彼の過去には何があったのでしょうか。私には想像もできません。聞いても想像できないかもしれませんが、私には知らないといけないような気がします。彼を癒せるのは私だけのような……。自意識過剰と取られるかもしれませんが私の勘がそう言っているのです。


「シュン君はどうしてそこまで僕にしてくれるの? したいからとか、僕のためというのじゃなくて、どうしてシュン君はそこまで僕のことを気に掛けるの? どうして自分を卑下するの?」

「そ、それは……」

「前に聞いた過去の出来事のせいだよね? よかったら聞かせてくれる? 何の支えにもなれないかもしれないけど、僕に話すだけでも楽になるかもよ?」


 私は彼を抱きしめたまま優しい声音で諭すように語ります。

 彼は一瞬体を強張らせましたがすぐに力を抜いてぽつぽつと話してくれました。

 これは私に心を開いている、信用してくれているということですね。男友達として、だと悲しいですが……。何時か女であると言いたいですし、す、好き、とも言いたいです。


「僕が過去に両親、家族から虐められていたのは話したよね? だけど本当は違うんだ」

「え?」

「本当は家族だけじゃない周りの人からも虐められていたんだ。近所、ともだち、はいなかったから村の子供、大人、他所からくる人達。全ての人が僕に暴言、暴力を加えてきたんだ」

「…………」

「誰も助けてくれない。僕を見る目は怒り、蔑み、嘲り、妬み、汚物を見る目。僕に対して好意的な目を向けてくれる人は一人もいなかった。よくても無視。僕はいないものとして扱われたんだ。僕は信じるものがなくなり、誰も信じられなかった」


 私は何も言えません。

 言えるわけがありません。

 想像を絶するとはこのことなのでしょう。


 彼はさらに続けます。


「そこで僕は捨てられた。いらなくなったものは捨てる。所謂、ゴミはゴミ箱へ、だよ。そこからは知っている通り師匠に拾われて、魔法を知って、あらゆることを知り、冒険に出た。何もかもが新鮮で何もかもが光り輝いていた。会う人は優しくて心温まる人がたくさんいた。中には違う人もいたけど、大体は仲良くしてくれた。お店の人みたいにね」

「……そうだったんだ」


 その一言しか言えませんでした。


「僕がいじめられていた原因は詳しく言えないけど、とある偉い人が僕に呪いをかけていたんだ。それに気が付いた他の偉い人達が祓ってくれた。そして、その人達は僕に援助をしてくれた。それが僕の始まりなんだ。……この話は何時か詳しく話せるようになりたいと思うよ」


 彼はいつものように笑って言いました。

 私はこの笑みに惹かれたのです。

 いつか、全てを話してくれるのですね。私はその時が来るのを待っています……。


 私が彼に会えたのはどこのどなたかは知りませんが、ありがとうございます。

 彼を救ってくれなければ、私は彼に会うことが出来ませんでした。これも私の持っているあれのおかげでしょうか?

 そうだったらいいですね。


「僕はシュン君に何も言えない。だけど、僕が支えになることはできるよ。一緒に居られる。嫌いになることなんてない。ずっとずっと、一緒に居られる。だから、だから……」


 私は声が震え、考えが纏まらなくなり言葉にできなくなりました。

 彼は優しく抱き着いてきました。ギュッとではなく、そっと優しく包み込むようにです。

 私の心臓ははち切れんばかりです。


「ありがとう。ずっと、ずっと僕と一緒に、裏切らないで。僕は心が弱いから……」

「うん、わかってる。ずっといるよ」


 数分間、私と彼は抱き着いたままでいました。

 今回は恥ずかしいとかそう言う気持ちはなく、互いが落ち着けるような抱擁です。

 彼が落ち着いた頃には私も落ち着き、体を離したときに互いに笑いました。その後私が顔を真っ赤にさせたくらいです。


「まあ、ファノス君は男の子だからいずれ、別れることもあるかもね」


 と彼が零していたのでどうしようか迷ってしまいました。ばらすべきなのか、ばらすべきではないのか、ということです。

 迷っている間に彼は立ち上がり、これからのことを考えているようです。言う時を逃しました。


 あの後、復活した彼はすっきりした顔をしていました。

 私と彼は昼食を買いに大通りへ出かけていきます。その後に昨日の続きの講義をする予定です。



         ◇◆◇



 僕はとても恥ずかしい。顔が真っ赤になりそうだ。だけど、とても満たされた感じがする。心の中にポッカリと空いていた穴が埋まった感じがするんだ。

 ファノス君は男の子だけど、ずっとずっと一緒にいてほしい、そう思っているのは本当だ。


 ファノス君は僕の初めての友達で親友だ。初めての会話、食事、買い物をしたなにかもが新鮮でうれしかった。昨日からずっと気持ちが空の上に浮かんでいた。

 それが今さっきの現状を招いたのだから気を付けないといけないな。気を引き締めよう。


「お、シュンちゃん。今日もこれ、買ってかねえか」


 僕が新たに決意を固めていると隣から僕を呼ぶ野太い声がした。

 声の主は僕が王都に来てから毎日のように買っている出店のおじさんだ。

出店の種類は薄皮の生地に肉と野菜を挟んだものや、パン生地に具材を入れて閉じ込め、こんがり焼いたもの等だ。


「あ、買います。今日はこれにします。ファノス君も同じものでいい?」

「ん? どういうものなの?」

「ああ、これはふっくら薄塩味の細長いパンに縦に切れ目を入れて、その切れ目に海鮮そばと野菜そばを挟んだもので、もう一つが薄砂糖味で中に果物と生クリームが挟んであるんだ。どれも絶妙な味加減でおいしいんだよ」

「お、いいこと言ってくれるねぇ、シュンちゃんは」


 おじさんは黄金色のそばを炒めながらそう言った。

 詰められるパンは三十センチほどのパンを半分にしたものを一種類ずつだ。


「おいしそう。僕もシュン君と同じでいい」

「じゃあおじさん、これを二つ下さい」

「あいよ。パンサンドの詰め合わせを二つだな。ちょっと待ってろ、すぐに焼くからよ」


 おじさんは慣れた手つきでそばに具を加えていく。片手でそばを混ぜながら、もう片方の手で生クリームと果物を混ぜる。炒めていた具材に十分火が通ったところでパンを切り分け挟む。次に果物もパンに挟んで草の器に詰めて終わり。


「おし! 代金は百二十ガルだ」

「はい、銅貨一枚と鉄貨二枚です」

「また来てくれよ」


 僕とファノス君はおじさんにまた来ると言って出店を離れる。


 飲み物を近くのお店で買いパンを齧りながら、冒険者ギルドを目指す。

 冒険者ギルドにはファノス君のギルドカードを作るために行く。ファノス君のお金稼ぎと王都の外に出られるようにするためだ。

 普通は身分を証明する物が何でもあれば外に出られるけど、ファノス君は何も持っていなかったからだ。

 まあ、あって困るものじゃないから作っておいても損はないだろう。

ファノス君が貴族だったとしたらメリットの方が大きいかも……。




 食べ終えた頃、冒険者ギルドに着いた。

 食べ終えたゴミを収納袋から取り出したゴミ袋に入れ、中に入る。中はいつもの昼時と同じで人が少ない。だけど今回はいつもと違うことが起きた。

 中から聞こえていた笑い声や騒ぎ声がピタリと止み、依頼やパーティー会議で騒ぎ回っていた冒険者は銅像のように動きを止めた。そして、皆こちらを目を見開いて見ている。


 ファノス君は気にしているみたいだけど、僕はそれらを無視してミルファさんの元へギルドカードの製作を頼みに行く。ガブッと飲もうとして傾けたコップから液体が零れ、顔にかかった冒険者の呻き声が響くことで冒険者達の時間が動き始めた。


「あ、あいつは……き、『奇術師』……」

「ひいぃぃぃぃーっ」

「水が飛んでくる! 火に竜に喰われる! 地に足が着かない! 人形が襲って来る! 夜が更ける! ほ、星が落ちてくるぅぅぅッ!」

「……この世の終わりがやってくる……」

「(ブツブツブツブツブツブツ)」


 椅子から立ち上がるとオロオロと挙動不審となり、恐慌状態に陥る者がたくさん出てきた。焦点の合っていない目を見開いたまま虚空を見たり下を向き、何やら呪詛のようなものを呟いている。

 はっきり言って怖い……を通り越して気持ち悪い。

 喧嘩を売ってきたあんたらが悪いんでしょうに……。

 周りの知らない冒険者達の反応は、


「マ、マジか! あの子供が『奇術師』なのか! どっちの子だ!」

「あっちの黒服の子だ。俺はあの幻の決闘を見ていたからな。間違いない」

「その『奇術師』って何なのさ。あんな子供に二つ名が付くってありえなくね?」

「いや、あの子はAランク冒険者だ。ギルマスが言ってたから間違いない。それで『奇術師』というのは、あの子の魔法が奇術のようだからだ」

「前触れもなく突然現れ敵に降り注ぐ、数百発の水の弾丸。全てを燃やし尽くす炎は竜の形を成す。二十人ほどの大人と自分を腕の一振りで浮かび上がらせる。土で出来た騎士団は自らの意志で動き敵を殲滅する。最後には訓練場を夜に変え、幾数の星を降らせやがった! あの子が扱う魔法はどれも既存の魔法とは違い、観客の目を眩ませて楽しませる魔法だった。だから『奇術師』なんだ」

「他にも『大魔法使い』『魔の極みに達した者』等が出てるんだぜ」

「あの子なのがそうなのかぁ。サイン貰えるかな?」


 あ、ああ、二つ名がついてしまった……。

 昨日の今日なのに早すぎだろ!

 『魔の極みに達した者』って何だよ! まだそこまで達していないよ! まだまだ僕は修行の身だからね。

 まあ、そう考えれば『大魔法使い』より『奇術師』の方がいいかも。言いえて妙だし、初めて聞いた人は魔法のことだと思わないだろうしね。

 …………諦めよう。


「あ、あの! シュン君、二つ名が付いたんだね。よかったね」


 ファノス君は僕の気も知らずに喜んでくれている。

 いや、違うんだ……。違うんだよ。全く嬉しくないよ。中二感丸出しじゃないか。二つ名って、さ。


「う、うん、うれしいよ。あ、ははは」


 嬉しくないとは言えず、僕は引き攣る笑みで返した。

 僕はそのままミルファさんに話しかける。


「ミルファさん、こんにちは。やっぱり昨日はやり過ぎでしたか?」

「こんにちは、シュン君。ふふふ、ちょっとはね。だけど、他の冒険者達には良い教訓と勉強になったのよ。敵の実力をしっかり掴め、シュン君の魔法に魅了されて切磋琢磨する魔法使い達。誰もがいい経験となったって言っていたわよ」

「そうなんですか。なら、良かったです」


 僕はホッと胸を撫で下ろした。

 嫌われたり、化物を見る目で見られなくてよかった。多分、威力を最低まで落としていたからだろうな。打撲程度の怪我だったって言うしね。


「で、今日は何をしに来たの? 依頼が終わった……っていうには早すぎるわよね」

「さすがにそれはないです。あと一週間はかかります。今日は王都の外に出られるようにファノス君のギルドカードを作りに来たんです」

「いやいやシュン君、一週間でも早いからね。普通は発現までに一か月以上はかかるものよ」


 ミルファさんは僕を半眼で見る。ファノス君は僕のことを尊敬しるような目で見ていた。


「はぁー、ギルドカードの作成ね。じゃ、ファノス君、この紙の必要事項を書いて。文字は書ける?」

「あ、はい、書けます」


 ファノス君はミルファさんから僕も書いた紙を受け取って記入していく。


「……シュン君」

「ん、何?」

「名前はフルネームを書かないといけないの?」


 ファノス君は困ったように聞いてきた。


「いいんじゃないかな? 僕も名前しか書かなかったよ」

「そうなんだ。……(じゃあ、愛称のファノにしよう。性別は……ミルファさんという人に相談してみないといけない、かな)」

「ん? 何か言った?」

「い、いや何も言ってないよ」

「そう? 何かあったら言ってね」


 その後もファノス君から何度か質問を受け、ファノス君は必要事項を書き上げた。

 ファノス君のメインは今のところ剣らしいけど、剣を持っていないところを見ると実家に置いてきたんだろう。依頼は魔法が使えるようになりたいだったからね。

 まあ、今は使わないからいらないだろう。


「それじゃあ、魔力を測りに行くからシュン君は待っていてね。ファノス君、行きましょう」

「はい。シュン君、待っててね」


 ファノス君は隣にある扉の中へ入って行った。ミルファさんも受付から消え、隣の部屋に入って行った。

 僕は椅子に座って精神を統一させる練習をして待っておく。


 目をゆっくりと閉じ、身に宿る魔力を一定の速度で循環させる。体全体を循環する魔力は次第に落ち着いていく。体の芯からポカポカと暖かくなる。

 足の指先まで暖かくなると目をゆっくりと開け、両手に魔力を練り『魔力弾』を形成した。形成した直径五センチほどの魔力の球を回転させながら、徐々に数を増やしていく。


これは精神統一から魔力制御の修行だ。一つ一つを霧散させないようにしないといけないからコントロールがかなり難しい。


 一個、二個……と、増え続ける『魔力弾』が十個になったところで止め、魔力制御から魔力操作の修行に変える。

 回転させている『魔力弾』を浮かび上がらせ縦横無尽に動かす。


「シュン君、終わったよ。……それ、綺麗な魔法だね。昨日の星の魔法も綺麗だった」


 計測を終えたファノス君が帰ってきて集中している僕に声をかけてきた。

 僕は魔法を霧散させた。

 周りから「ああ~」という声が聞こえてきた。ファノス君も言った。


「ありがとう。見たい時に、いつでも見せてあげるよ」

「え、本当? 約束だからね」

「うんうん、約束する。で、計測は終わったんだよね?」


 また見せると言う約束に嬉しそうな顔をするファノス君。

 こんなに嬉しそうな顔をしてくれるのなら、今度は綺麗な魔法を開発しようかな。


「うん、終わったよ。カードはこれ」


 ファノス君は出来上がった白色のカードを隠蔽していない状態で見せてこようとしたから、慌てて僕は手で押さえた。


「ああ、無暗に見せてはいけないよ。隠蔽できるから『ここを隠したい』と思ってごらん。普通は名前と性別、種族、メイン、ランク以外は隠すものだからね」

「そうなの? わかったやってみる。……出来た」


 そう言って僕に見せてくれた。

 うん、しっかりと隠されているね。


「それじゃあ早速依頼を受けて、外に出よう」

「え? そ、外に出るの? あ、危ないよ」

「大丈夫大丈夫。それほど遠くへはいかないから。それに魔物が出てきても僕が守るよ」

「……え、うん。頼みます」


 ファノス君は顔を真っ赤にさせた。

 ん? ああ、男に守られて情けなく思ったのか。でも、仕方ないことだから我慢してね。


 僕とファノス君は依頼を受けて王都の外に出る。

 ミルファさんや詰所の人に心配されたけど、僕のギルドランクを見て納得してくれた。



        ◇◆◇



 私はシュン君に手を引かれ、初めての王都の外へ出ます。昨日は初めて王城の外に出て、今日はさらにその外です。

 彼に手を握られると胸の奥がポカポカします。これはやはり恋なのでしょうか。

 私の手、汚くないですよね? 汗ばんでいませんよね?

 ああ、彼の手は暖かくて気持ちがいいです。これが私の好きな男の子の手なのですね。少し硬いところがありますが、気にはなりません。ずっと触っていたいです。


「よし、ファノス君。これがヒルルク草だよ。さっき言ったように『覚えたい』と思いながら、魔力感知で調べてみて」

「うん、わかった」


 私はシュン君に言われた様に魔力感知を行います。

 シュン君に言われた魔力感知の使い方は、魔法の練習をするように『この魔力を覚えたい』と思いながら調べること。

 魔法を初めて使うときはその魔法を身に付けたいと言う願いが込められているらしいです。そうすることでその魔法名や詠唱が魂に刻まれ、忘れないようになるそうです。


 その事を聞いた私は脱帽しました。こんなこと誰も知りませんし、考えることもしないです。そういうものだと思っているからですね。


 そうすることで魔法と同じように魔力を魂に刻み込み覚えられるそうです。


 魔力感知をいつものように広げるのではなく薬草に意識を向けて使います。

 初めてしたことですが、いつもの魔力感知よりしやすいです。というより、普通の魔力感知もやりやすかったです。

 あとでシュン君に聞いてみましょうか。


 あ、薬草の魔力が分かってきました。

 この魔力は……。


「小さく暖かい魔力を感じる。攻撃的というより癒しといった感じ、かな?」


 私は目を開けて合っているのかシュン君を見ます。

 シュン君はニコニコと笑っていました。


「よくできたね。この魔法は『サーチ』と名付けた魔法だよ。この魔法はこういった採取や魔道具、人のことが詳しくわかる魔法なんだ。やり方も覚えたみたいだから他にも魔力を覚えてみようか」


 何とこの魔法は彼が作った魔法だったのですか。

 魔法を創れるだなんて、シュン君は本当に何者なんでしょうか?

 新しい魔法を創り出すには既存の魔法を使えるようになる数十倍難しいことだと聞きました。イメージ、魔力、煉り方、放出の仕方等細かいところまで調整しないといけないからです。


 私は驚きながらシュン君の説明を受けます。

 回復薬の原料であるヒルルク草の他に毒物のポルルク草、魔力回復薬の原料マナマ草、気付けのキュルク草等、十数種類覚えました。

 覚えるのは家庭教師の勉強以上に簡単で、普通の勉強もこのぐらい簡単に出来たらいいなぁ、と思ってしまいました。

 このぐらい誰でも思ってしまいます。だから、私の考えは正常なのです。ズルがしたいわけではありませんよ?


「よし、王都周辺の物は大体終わったかな。それじゃあ……あそこの木陰の下で涼みながら魔法について講義しようか」

「うん、わかった」


 シュン君は私の体調に気を使いながら、進めてくれます。

 肌が白いのがいけないのでしょうか?

 ですが、焼けないのですよ。




 木陰の下まで来るとシュン君は地魔法で椅子を二つ作り出しました。

腕の一振りで作り出せるのはさすがですね。というよりこれが普通……なわけないですね。


「はい、座って。硬いかもしれないからこのクッションを下に敷いていいよ」


 受け取ったクッションはとても滑らかで、中に入っている綿は羽根でしょうか。とってもフワフワで羽根の硬い部分が指の感触でわかります。

 とても高そうに見えるのですが……多分これも手作りなのでしょう。こんなもの王族でも使いませんから。


 椅子の下に敷いて座ると全く痛くありません。お尻を完全に覆い、中の羽根が空気を含んで跳ね返してくれます。


「じゃあ、始めようか」

「うん」


 昨日の魔力講義に続いて、魔法講義が始まります。

 シュン君は机がないことに気が付き、慌てて机を作り出しました。

 その机の表面はツルツルです。この技量はどのくらいのレベルなのでしょうか?

 私もこのレベルまで行きたいです。まずは魔法が使えるようになることですね。


「魔法というのはファノス君が昨日言ったことで間違いはないよ。魔法は体内の魔力を使うことで発動させることが出来るんだ。魔法が放たれるまでの動作は体内の魔力を高める。放つ場所に集める。集めた魔力を高めて煉り込む。煉り込んだ魔力にイメージを込める。詠唱をしながら魔力を放出し変換させる。変換させると魔力が魔法変わる。そして、それを放つ。この順で魔法を使うんだ。


 で、魔法の種類は魔方陣、詠唱と無詠唱、魔道具に別けられる。魔方陣とは紙に魔力を込めて書かれた陣のことで、その陣に魔力とイメージを送ることで発動するものを言う。他にも知られていないけど直に魔力で魔方陣を書くものもあるんだよ」


 シュン君はそう言って立ち上がると右手を正面に伸ばしました。

 すると右手から魔力が放出して陣を形成していきます。頭大の青い正円が作られ、その円に三か所が接するように正三角形が出来ました。更にその中に接する円が出来ると光り輝き、大きな円の周りに文字が浮かび上がりました。

読んでみるとその文字は『ウォーターボール』の詠唱でした。


 魔方陣が完成すると共に魔方陣は光りだし、『ウォーターボール』が放たれました。数十メートル先まで飛ぶと速度が落ち潰れてしまいました。

 この間に二秒弱です。詠唱よりも早いです。


「こんな風にやるんだけど、詠唱で一度使えるようになるか魔方陣を覚えるしかないね。あとは強力な魔法ほど時間が掛かることと力の制御が少ししにくいかな? 色で属性がばれるし陣で魔法が分かるね。メリットは魔力コストの削減と詠唱よりも速いことかな。あと魔法の改造もしやすい。改造と言っても威力を上げたり、同時に二つ作り出したり違う属性を作ることもできる」


 凄いんだね。直に書く魔方陣は。


「でもシュン君、ばれたりして使いにくいのは分かったけど、詠唱がないから早く放てるし、隠して使えばばれないんじゃないの? なのに何でこの方法が忘れられているの?」


 私は疑問に思ったことを聞いてみました。

 シュン君は椅子に座って答えます。


「それはこの方法が僕だから速いのであって、普通はさっきの魔法陣でも五秒以上はかかるはずだよ。詠唱と変わらないね。それにばれないようにするのは結構きついと思うよ。光るし、時間はかかる、動けない、少しでもミスれば威力が落ちるからね。だから、忘れられた魔法なんだよ」


 そうだったんですか。

 それなら納得です。好き好んでそんな方法を取らずに詠唱して放った方が、効率がいいですから。

 使うとしたら自慢、ぐらいでしょうか?


「でも、なぜそんなことをシュン君が知っているの?」

「ああ、それはガラリアの冒険者ギルドの資料室で本を見つけたんだ。だから知っていたんだよ」


 ああ、そうだったんですね。

 冒険者ギルドにはそんな場所があるのですか。王城の資料室のような感じでしょうか。


 ガラリアですか……。

 確か、魔物の侵攻で一番被害があった街の名前でしたよね。英雄様が姿を消したのもガラリアが最後でしたね。

 もしかしたら、シュン君が私の探している英雄様だったりして。魔法が凄いんですから、その可能性がありますね。

 ですが、腰に帯びている剣は銀色ではありませんし、どう見ても白い狐ではないですね。


「次に魔道具の説明をしよう。魔道具は魔法陣よりも簡単で、その道具に魔力を通して鍵を言うだけで発動する。慣れてくれば魔力を通すだけでもできるよ。

 便利な道具だけどその代わり明かりの魔道具のような物は内包魔力がなくなった魔道具は使えなくなるし、強力なものほど魔力が膨大に必要だね。お金もその分かかる。作るのにも魔石はいるし、道具もいる。職人が長い時間をかけて作るものだからね。


 詠唱はさっき言ったように広く一般的に使われている方法だね。ファノス君が練習していたのはこの方法だよね?」

「うん、そうだよ。……でも、使えなかった」

「ファノス君、落ち込まないで。使えるようになるから」


 ああ、私は駄目ですね。シュン君を信用すると決めたのに……。


「詠唱に必要なものは魔力と詠唱、イメージ、この三つが必ず必要となる。詠唱は一度でも魔法を使うことが出来れば魂に刻まれ、一生忘れることがなくなるんだ。まあ、記憶を操られたりすればまた変わるけどね。イメージがどんなに拙くても魔法は発動する。その分消費魔力は上がり、威力は落ち、安定しない。一番必要なものは魔力でも詠唱でもない、イメージなんだ。昨日も少しだけ言ったよね」

「現象の原理を知っているほどいいということ?」

「うん、そうだよ。火を出すなら火の原理を、水を作り出すなら水の原理を、といった感じにね。それをこれからしっかりと教えていこうと思う。

 で、詠唱は属性、形、現象、鍵の順に詠唱する。例えば火魔法『ファイアーボール』の詠唱は、


『赤き火よ、炎の球となり、敵を撃て! ファイアーボール』


 となる。当たり前だけど、魔力を込めなければ魔法は発動しない。他にも詠唱がイメージとあっていなければ発動しない。魔力が最低基準値に達していなければ発動しない。詠唱が途切れた場合も発動しない。最後のは詠唱破棄とは別もので、詠唱破棄とは鍵だけを言って魔法を放つものと詠唱を短くして鍵を言い放つものの二種類がある。

この二種類にはイメージがより大切になってくるんだ。イメージが足りないと消費魔力が上がったり、発動しなかったりする。だから、一般的には詠唱をして放つんだ。腕が上がれば初歩魔法やよく使う魔法のイメージが脳裏に焼き付いて詠唱なし、詠唱破棄が使えるようになるんだ。


 無詠唱はそれをさらに高度にしたものだね。よりイメージが大切になると言うことだよ」


 そう言うことなんですね。

 魔法にはイメージが大切、と。イメージがしっかりしていれば使う魔法がより強くなり、消費魔力が下がると言うことですね。




「日も暮れそうだし、今日はここまでにしようか。続きは明日にしよう。さあ、片付けて」

「わかった」


 私は今日書いたものを頂いた収納袋に詰め込みます。入れたいものがパッと消えるのは何回見てもすごいですね。


 片づけを終えるとシュン君はまた腕の一振りで土の机と椅子を戻しました。

 あれ? 今思ったんだけど、シュン君って杖使っていないよね。筆頭宮廷魔法使いは使っていないけど、あの人は見栄を張っているだけなんです。シュン君とは違い腕の一振りではないし、顔を顰めて魔法を放っているのですから。

 杖なしでできるのは凄いですけど、シュン君と比べると天と地ほどの差がありそうです。もちろん色眼鏡なしですよ?




 今日もシュン君に魔法で綺麗にしてもらうと夕飯を食べひっそりと着替えると、精神統一の練習をしました。そして、いつの間にか眠ってしまっていました。


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