完成と出会い
セドリックさんの借金事件から一段落ついて二週間が経った。その間に着々とお店の開店準備が整っていった。
まず、セドリックさんとララスさん専用の調理器具が完成した。これで、二人は今まで以上にやる気を出して取組み、この二週間で百種類以上の料理が作れるようになった。
百種類と言っても基本メニューは二十種類から三十種類ぐらいで、残りは期間限定やカップル限定等の客寄せ物の料理が多い。
期間限定は季節ものメニューや誕生日のお祝い料理で、カップル限定だと二人で食べるパフェ等だ。他にも月一料理等面白そうなものを取り入れた。
二人は毎日腕が重くなるまで料理を作り、そこらへんの料理人では太刀打ちできないほどの料理の腕になった。
厨房の整備は一日で終わり、錆びついていたコンロや流し台は綺麗に磨かれ、眩い光沢を放っている。くすんだ竈やオーブンは表面を削られ、耐火性の高い土で塗り固められた。台は木製から錆びにくい金属製に代わり、厨房の目が届きやすい場所にはレシピ等を張れるようにした掲示板のようなものが設置された。
最後のは僕の案で百種類以上の料理を覚えることは無理だし、料理の創作のために設置してもらった。
僕が魔法である程度綺麗にしていたから整備をしてくれた整備士さんは、年代のわりには汚れが少なかったことを不思議に思っていた。
従業員服も完成した。
スカートが短かったり、服のデザインがイメージ以上にこの世界の常識では派手で最初の内はネネさん以外は恥ずかしがっていた。だけど、着た見た目はとても似合っていた。
メイドのウェイトレス服のスカートは緩やかな素材で作って貰っているため、動く度にスカートがふわりと浮き目を釘付けにするだろう。スカートに隠れるかどうかという長さの縞々ニーソが綺麗な脚を栄えさせる。背中に装着する大きなリボンは動くのに邪魔にならない程度となっている。
執事のウェイター服は黒と白を基調とされ、胸ポケットに赤いハンカチなどのアクセントを付けられるようにされていた。背筋がピシッと見えるように腰辺りでキュッと細くなり、下の方はゆるりとなっている。ズボンは足が長く見えるように縦に薄い線が入っているように見える。
また、四人の特徴に合わせた装飾が施されている。
リーリャさんなら会計をするためポケットが多く、尻尾で服が捲れないようにされている。ネネさんは活発なため動きやすいように工夫されている。
ダレソンさんはガタイが良く身長が高いから、ダンディで片眼鏡を付けている。目が悪くなるから度は入っていないよ。ガロッジさんは細身で身長もガロッジさんほど高くないため、ゆったりとした執事服で脱げばチョッキのような服になる。
因みに僕の服もやっぱり作ってあった。薄い青色の生地で作られた調理服とコック帽、調理器具を差すベルトが揃えてある。着心地もよく料理をするのに邪魔にならないから、作って貰えてよかったと思う。なぜだか、執事服まであった。
クレアさんは着た僕達を見て何度も頷いていたから、満足してくれたのだろう。
服が完成してからは計算の仕方や接客の仕方などの指導を行った。なぜそんなにいろんなことを知っているのか聞かれたから、師匠に習ったと言っておいた。それで、納得してくれたから良しとしよう。
計算はしやすいように値段ごとに分けた色付きの札を配ることにした。
接客は最初の内は恥ずかしがっていたり、間違うことが多かったけど今は接客スマイルで言えるようになっている。
僕はある程度の指導を終えるとセドリックさんに任せて内装を弄り始めた。
まず、店の中に虫除けと香りを出す植物を隅に置き、店内を清潔に保てるようにした。
天井に設置されている明かりを丸く囲み、吊るした。床の暗くなるところに地魔法で作ったクリスタル状の水晶の中に明かりの魔道具を入れてみた。思ってた以上に綺麗で皆の評判も良かったから満足。
壁に付着した汚れを取りやすくするために床と同じ加工を施す。表面を滑らかな土のようなもので覆うだけだ。
外の壁も同じような加工をして雨で砂などの汚れが付きにくいようにした。
また、厨房の隅の台を除けるとその下に地下室へと繋がる階段があった。降りてみると上の半分ほどの広さの部屋があり、その中には大小様々の魔石が積まれていた。箱入りの魔石は直径三十センチほどもあった。これらが、依頼品なのだろう。
とりあえず、僕が貰い受けることになった。セドリックさんは自分が持っているのは怖いと頑なに固辞したからだ。
まあ、僕としてはうれしいことだったから、ありがたく貰い受けることにした。
無色の魔石を調べてみたところ、全て空の魔石だった。
空の魔石は属性の魔力又は魔法を込めることで属性の魔石となる。そのため、空の魔石の値段はかなり高い。一番小さい石ころ大の魔石でも中金貨一枚はするだろう。天然の属性魔石はその十分の一だ。
一番小さい魔石は明かりの魔道具などの簡易魔道具や初心者が持つような魔法使いの杖などに使われる。
大きいものは軍事用に使われると資料室で見たことがある。軍事用とは強大な魔物を閉じ込めたり、極大魔法を閉じ込めたりと一度しか使えないものを指す。
小さいものでもFランクの魔物を閉じ込め、初球の魔法ぐらいなら閉じ込められる。大きいものは、SランクはいけるがSSランクは無理だろう。魔法は僕の魔法で言うと蒼炎は無理と思う。込められた魔力に魔石が耐えられないだろうから。せめて、ベヒーモスに使った『ライトニングボルト』級の魔法だろう。
また、魔石には等級が存在する。冒険者と同じでF~SSまでだったと思う。手に入れるには迷宮の魔物を倒せばいいみたいだ。ミクトさんの頼み事が終わった後に行ってみようと思っている。
全部で小さい魔石が二十個強、中ぐらいが三十個弱、大ぐらいが十個、そして特大の魔石が一個。
いったいこの魔石を何に使いたかったのだろうか。……よくわからない。
まあ、有効活用させてもらったからいいや。
小さい魔石に明かり魔法を込めてさっき言ったクリスタルの明かりに、厨房の古びていた火の魔石を中ぐらいの魔石と変えた。
残ったのは半分くらいだ。
最後にお店の名前とトレードマークを決めた。
お店の名前は『La-ailes』と決まった。これはフランス語で翼や羽根という。
椅子と机、看板等にトレードマークを刻み込んだ。トレードマークは大きな鳥の翼と羽、長い尻尾の羽が文字を包むように描かれている。
お店が完成したため、今日は予行練習をすることになっていた。ガチガチに緊張しているみたいだけど大丈夫だろうか。僕はお客側に入っている。
冒険者ギルドのアイネさん達十人、“安らぎの旨味亭”の親子三人、鍛冶師ローギスさん達四人、服作りのクレアさん、ヒュードさんの計二十人だ。
僕はお店の外で皆が到着するのを待っている。皆には『今日の午後十二時に来てください』と伝えてあるからもうじき来るはずだ。
僕の周り、というよりお店の周りには住民が集まり始めていたけど、今日は開店ではないからお引き取り願っている。中には強引に入りそうな人もいたけど、結界で扉が開かず諦めていた。
まあ、これまでにいろいろと宣伝したり、いい匂いを漂わせてきたから結構な評判となっていた。それと同時になぜか僕の名前も売れていた。
「おーい、シューン」
ローギスさんが弟子を引き連れて近づいてきた。
「こんにちは、ローギスさん。今日はありがとうございます」
「いや、良いってことよ。ただ、酒がねえのは頂けねえけどな」
ローギスさん達はそう言ってガハガハ笑う。
次に来たのが“安らぎの旨味亭”の親子三人。
「しゅんくん、きょうはありがとー」
レンカちゃんが僕のところまで来てお礼言った。それを僕は彼女の目線まで頭を下げて頭を撫でてあげた。
レンカちゃんは嬉しそうに目を細めてくれた。
その後もアイネさんがミルファさんや男性の職員、冒険者パーティーを連れてやってきた。すぐ後にクレアさんとヒュードさんが来た。
次第に煩くなっていき、先ほどよりも住民の目が向いてくる。それに加えて冒険者達もだ。
メンツがメンツだからしょうがないと思うけどね。
冒険者ギルドと鍛冶師のトップ、旨味亭の凄腕料理人、名の売れた服職人や先日の事件に関わった商人が一同に集まっているからだ。
僕は皆が集まったから、お店の中に入って行く。
「おお、すげぇー」
「親方、この床や壁はどうやって作られてるんでしょうか?」
鍛冶師達はお店の造りを疑問に思い、思い思いの考えを言い合っている。
「キャー、きれいね」
「ほんとうー。この床のデザインが好き」
「俺はそのクリスタルの明かりかな」
「私達は料理が楽しみね」
「うんうん、料理が上手くなくちゃな」
冒険者ギルドの職員の人達はデザインを褒めてくれたり、冒険者の人達は料理のことで頭がいっぱいのようだ。
みんなそれぞれがお店の雰囲気に当てられ、感心したり雰囲気に癒されたりしているようだ。
ここまでの掴みは想像以上に良い。
「お客様、本日は私ども予行練習にお付き合いいただきありがとうございます。私はここ『ラ・エール』のオーナー兼料理支配人セドリックと申します。こちらにいる女性が副料理人ララスです」
厨房から出て来たセドリックさんがそう言い紹介していく。セドリックさんの後ろにはララスさんが控え、その後ろにリーリャさん達が静かに佇んでいた。
おお、いい感じじゃないか。
他の人も感嘆の声を上げた。
「どうぞ、お席にお付き下さい」
セドリックさんの指示に従いぞろぞろと席について行く。
僕は旨味亭の三人と同じ席に着いた。
セドリックさんが続きの説明に入る。
「テーブルに置かれたメニュー表をお開き下さい。メニュー表には本日のおすすめ料理と材料、簡単な説明が書かれております」
これは食べられないものやどういった料理か分かってもらうためだ。写真技術がないため簡単な絵が描かれている。
「よくわからない料理は従業員を呼びお聞きください。懇切丁寧にお教えさせてもらいます。
テーブルに置かれたポットには冷たい水が入っております。中に漲水の魔石も入っておりますので、水がなくなることはありません。ですから、いくらでも飲んでいただいて構いません。コップはその横に置いてあるものをお使いください。
次に、着席されたお客様のところへ彼女達がナイフとフォークが人数分入った容器を持っていきます。食べたい料理がお決まりになりましたら、ポットの横に設置されたボタンを押してください」
そう言ってセドリックさんは近くのテーブルについている白いボタンを押した。
押すとピンポーン、と高い音が鳴った。
「このように音が知らせてくれます。その後すぐに彼女達がテーブルに向かい注文を取ってくれます。多少、面倒臭いでしょうがそれがこのお店のルールとなりますので、ご勘弁いただきます」
セドリックさんが頭を下げると後ろで待機していた五人も頭を下げた。
「また、お食事は外のテーブルでも食べることが出来ます。場所は右側の扉から出ていただければわかると思います。……何かわからないことがありますでしょうか?」
「騒いでもいいのか?」
鍛冶師グループがそう訊いてきた。
「はい、周りのお客様に迷惑にならない限りはある程度のことは許していただこうかと思っております」
「まあ、酒がない分荒くれ者は来ないだろうからいいだろうな」
「はい、私どももそう考えお酒類を置かないことにしました。このお店では雰囲気による心の癒しや長閑な会話をしてもらいたいと思っております」
納得したのか鍛冶師グループは黙った。
「外で食べる手順は同じですか?」
今度は冒険者グループから質問を受けた。
「はい、同じとなっております。また、料理の種類によってはあちらのカウンターではお持ち帰りをすることもできます」
セドリックさんが指差したところには二つのカウンターが設置されていた。
「例えばどんな料理があるんですか?」
「丸く焼いた挽肉とトマトやレタス等をソースと一緒にパンに挟んだハンバーガーという食べ物や薄い生地であまーい生クリームや果物を包んだものなどとなります。よろしければお帰りの際にお作りしておきましょう」
「ほんとですかー」
どの世界の女性も甘いものには目がないようだ。
一気に興味を引いたようだ。
「女性向けの軽食やダイエット料理、お肌健康料理等があります。男性向けとして低価格でボリュームのある料理や肉中心であっさりとした料理となります。デザートも多くございますので、御贔屓にお願いします」
他にも支払方法や片付け方などの質問が入った。
セドリックさんは詳しく答えていく。
「他にありませんね? では、料理をお決め次第ボタンを押しお呼び下さい」
セドリックさんはそう言って厨房のほうへ消えていった。その後を追ってララスさんも行く。
残った四人は容器を持って『いらっしゃいませ』や『お決まりになりましたらこちらのボタンを押してお呼び下さい』と言い、接客をしていく。
僕もメニュー表を開いて料理を決める。最後にセドリックさん達の料理を食べたのが一週間前だから、そのくらい上手になったか楽しみだ。
メニュー表を開くとまず、男女混合メニューが書かれていた。次のページが女性向けの料理が十種類ほど。その次が男性、カップルや季節限定、最後にシェフのおすすめメニューとなっていた。
僕は最初に作らせたオムレツの派生形であるオムライスを頼んだ。レンカちゃんはお子様セット、レーベルさんは美肌料理、ドレブルさんは僕が教えていないカツカレーだ。
男冒険者や鍛冶師の人達はボリュームのあるカレー系統や肉と野菜のてんこ盛り料理等を頼み、女性達はオムライスやピラフなど味があっさりした物を頼みケーキやジュースなどの甘いものも同時に頼んでいた。
四人は騒がしく料理の説明を行っている。最初の内はお客さんにルールを覚えてもらえるまで忙しいだろう。四人には頑張ってもらうしかないな。
注文を取り終えたところから次々に料理が運ばれていく。
「おおおおぉー、うめぇ!」
「これで鉄貨八枚か。安いな」
「あっさりしていてこれなら、いくらでも食べられるわ」
「この辛さはどうって……」
「おいしー」
「これで私は十歳は若返ったわ」
等々と皆絶賛してくれた。
皆はすぐに食べ終え、満足という顔を浮かべていた。
僕もおいしく食べられた。
最初のころに比べて天と地ほどの差があるよ。これなら、僕の手伝いももういらないだろう。あとはセドリックさんが切り盛りしていかないとね。
「皆様、私どもの料理はどうでしょうか?」
皆が食べ終わった頃にセドリックさんが厨房から現れ皆に問いかけた。
「おいしかったよー」
ライカちゃんが純粋な声を上げた。
それを皮切りに次々と声が上がる。
が、少しだけ否定的な声も上がった。
「食べ物によっては手を洗える場所が欲しいわね」
「ちょっと食べるまでが面倒だけど、おいしかったから、まあいいかな」
等だ。
まあ、面倒なのは僕も思う。
お客が多くなると余計に面倒になってくるかもしれないな。
手を洗うにはテーブルに布巾や出口に水を置いておけばいいだろう。もしくは、僕が誰かに洗浄魔法を教えれば。
否定的な意見が多少出たけど、それなりに好評みたいだから予定通り二日後を開店にしても大丈夫だろう。
食べ終えた冒険者や鍛冶師の皆は仕事があるから速やかに帰っていった。
僕も後片付けを手伝おうとするとアイネさんに声をかけられた。
「シュンくん、ちょっといい?」
「はい? 何ですか?」
「シュンくんは二か月後に開かれる闘技大会には出ないの?」
「闘技大会ですか?」
確か、ターニャさんがもうじきあるって言っていたな。
それに、ミクトさんの頼み事である人物が関わっている可能性があるんだったよね。第三王女様だっけ?
「そうよ。第三十七回シュリアル王国魔闘技大会。賞金は優勝者が王金貨一枚、準優勝者は大金貨一枚、三位が中金貨五枚ね。優勝者はそれ以外に国王様から賞品があるそうよ。ルールは魔法ありの何でもあり。精神力を削っていくと言う特殊な結界を使うから死ぬことはないは。倒れたら医務室に直行させるわけよ」
魔闘技大会は武器あり、暗器あり、魔法あり、魔道具ありの何でもありの四年に一度の競技だ。
この王国全土にいる腕に覚えある者が出場してくる。山で引きこもり修行をする者、お寺の修行僧、冒険者達等々、己の修行の成果を試す者や力を誇示する者、他国の人間も来るため何らかの企みのある者も毎年いる。
予選は百人規模のサバイバル戦、本選は一対一のトーナメント戦みたいだ。特殊な結界が施され大きな怪我を負っても死ぬことはないらしい。結界を出るとダメージが全部精神力に回され、怪我や出血、状態など全部が精神ダメージへと変わる。死ぬような怪我を負うと自動的に医務室へ運ばれ精神の治療が行われるようだ。
だから、ほとんど死ぬことがなく安心して戦えるようだ。低ランクの冒険者の修行の場やモチベーションを高めるためにもあるようだ。
魔闘技大会を一目見ようとあらゆる国の重鎮たちがこぞって来る。その人達を一目見ようとする人たちも多い意みたい。
各国の王族、高位貴族、ギルドマスター、グランドマスター、教皇、聖司教、各長達が一堂にそろうことはほとんどないからだ。
また、優勝者などの賞品を引き取ろうとする商人やこの期に売上を上げようとする商人達が集まり店を開くから、王国では一大イベントの一つと数えられている。
「まだ発表はされていなしけど、五位までは賞品が出るわ。……どう? 出てみる気はない?」
うーん、出たほうがいい気はするんだけどあまり目立ちたくないしな。
この姿だと本気は出せないし、あの姿になると群がれそうで面倒だな。
どうしよっかな……。
僕が悩んでいるとアイネさんが助け舟を出してくれた。
「まだ、受付終了まで時間があるからそれまでに考えておいて」
「はい、そうします」
「じゃ、今日はありがとうね」
僕はアイネさんに手を振って別れる。
それに続いてダレソンさん達三人とギルド職員達が帰っていった。
「今日はおいしかったわ。服のことで何かあったら私のところへ来て。格安で受けてあげるから」
「はい、いろいろとありがとうございました」
クレアさんはセドリックさんに感謝を述べた。
「セド、お前料理上手くなったな」
最後まで残っていたヒュードさんがセドリックさんをしみじみと褒めた。
「ヒュー、何もかも全部、シュン君のおかげだ。……シュン君、今までありがとうね」
「いえいえ、こちらこそいろいろとたくさん言っちゃってすみませんでした」
少し介入し過ぎた気もするけどまあいいよね。
「それじゃあね、セド。今日はありがとう。明日また食材を届けに来るから」
ヒュードさんはそう言ってお店を出て行った。
僕達は後片付けを終わらせて今日の反省会を開く。
反省することは、
・今度からは説明をできないこと
・手洗い場所の設置
・もう少し簡略化させる
・もう一つ入口を作りそちらをお持ち帰り専用にする
一つ目は張り紙とリーリャさん達が説明することとなったことで解消した。
二つ目は僕が考えていたことを行った。入口に漲水の魔道具を設置して魔力を感知すると水が流れるような仕組みとなった。
三つめは時間帯で主要メニューを変えることにした。朝メニューと昼メニュー、デザートメニューの三つだ。時間としては八時から三時間ずつとなっている。これで一を絞り込み、慣れるまではメニューもあまり多くしないことにした。
四つ目はどの料理でも作ることが出来る。時間とは関係なしに作るという意味だ。それと、食べる用の扉とお持ち帰り用の扉に分けることでお客の列を二つに捌ける。
夕食の時間帯に開かないのは基本的なメニューがお昼用やおやつ用だからだ。夕方に開いていたとしてもデザート類だけだろう。
そして、最初は人数を限定して売ることにした。
今日一日でこんなに疲れたのだから少しずつ慣らさせていかないと過労で倒れてしまうからね。
初日は三百人ずつとなった。まだ、食材も足りていないからそのぐらいがいいだろうと判断した。
休みは三日やって一日休むといった感じだ。これなら食材も間に合うし、疲れも溜まらないだろうということだ。
「よし、これでいいだろう。皆お疲れ様でした。今日は片づけを終えてから、もう休んでいいよ」
『わかりました』
皆は返事をするとテーブルを吹いたり、食器を洗ったりと忙しそうに掃除を始めた。
「シュン君、依頼達成は今日を含めてあと五日でいいかな?」
「はい、それでいいと思います。まだ、当日になってみないとわからないですし」
「じゃ、よろしくね」
僕はセドリックさん達に挨拶をしてお店を出て行った。
二日後旨味亭で朝食を食べた僕は、お店の開店時に見に行くと数十メートルもの列が出来ていてびっくりした。
まだ、朝の八時前なのにこんなに並んでいるとは……。
とりあえず今日は見守ることにしてたら、三十分ほどで料理が追いつかなくなったから僕が手伝うことになった。
二時間もすると朝の分の食材がなくなり急遽食材を買いに行き、僕は地下室に食糧庫用の魔石を作って食糧庫を設置した。サイズは数トンは入る極上ものだ。
何度も買出しに行き食材を買った。完全に僕の顔とお店の名前が売れて余計にお客が増え、皆うれしい悲鳴上げた。
夕方になると皆疲れ果てて床の上に大の字になってのびていた。明日は筋肉痛で動けなくなるだろうから、『ヒール』をかけて出来るだけ残らないようにしてあげた。
五日もすると客足が減り、少し余裕が出て来た。客足が減ったと言うより、捌くのが上手くなったこととお客の方も時間帯やお店のルールが分かってきたからスムーズにいくようになったのだ。
何度かお客とのトラブルやお客同士のトラブルが起きたけど、それほど大きくはならなかったから大丈夫だった。
あれから『地獄の三つ首番犬』からは何もないから諦めてくれたのかな?
それならそれでいいことだからいいんだけどね。
まあ、それでも、何時か潰しに行くけど……。
「シュン君、今日までありがとう」
『ありがとうございました』
ヒュードさんとララスさん達が感謝の念をこめて、頭を下げてきた。
今日は約束の五日目だから今日をもって僕の依頼は終了となる。
長い長い依頼だったなぁ。今思えば楽しかったり苛立ったりと忙しい依頼なのにFランクの依頼だったんだよね。
セドリックさんからは僕が貸したお金の内奴隷代が帰ってきた。あとはおいおい返してくれるということだから週一位でいこうと思う。
「君のおかげでお店は救われた。僕も救われた。ヒューとの仲。借金取り。いろんなことがあったけど君なしではどうにもならなかったと思う。本当にありがとうね」
「いえ、あまり気にしないでください。僕もいたからやってたわけですし、とにかくなにもかもが円満に近い状態になってよかったです」
後はあそこを潰すだけと……。
待ってろよ……。
僕は怒りの炎を心の中で燃やす。
「じゃあ、これ依頼証明書。報酬もプラスしておいたから。ある程度の事情も伝えてあるからこの依頼はBランク扱いになると思うよ」
「ほ、本当ですか……」
「うん、予行練習の時にギルドマスターから言われたんだ。アドバイスだけだったらFランクだったけど、裏ギルドとのつながりのある破落戸の鎮圧・捕縛、情報、お店の改築・改修、ここまで繁盛するとは思っていなかったしね」
アイネさんが言ってくれたのか
まあ、この依頼は僕がしたところまでしようとしたら低ランク冒険者には無理だな。まず資金が足りないし、実力は合ってもあの二人を取り逃がしたら大惨事になっていたしね。
「わかりました。何かあったらすぐに駆けつけるので言ってください。では、さようなら」
「じゃあね」
僕は『ラ・エール』を後にする。
お店の外に出るとすぐにロロを召喚した。
ロロと会うのも二週間ぶりぐらいだ。とても久しぶりな気がする。
それほどこの二週間が濃密だったということだろう。
ロロと少しの間遊んで冒険者ギルドへと向い、依頼報酬を貰って旨味亭に帰って今日は休んだ。
翌日、昼頃までセドリックさんとの付き合いで親しくなった商店街の人達のお店で買い出しをした。昼を過ぎた頃に冒険者ギルドへ依頼がないか見に行くことにした。
冒険者ギルドは昼間を過ぎたくらいだから人が少ないようだ。これならすぐに依頼を達成できそうだ。
そう思いながら中に入ろうとすると何やら騒いでいるようだ。困惑したミルファさんらしき声と女の子のような高い声が言い合っているのが聞こえて来た。
僕は何の騒ぎだろうと思いながら入るとやっぱりミルファさんと女の子? が話していた。
女の子? は髪を後ろで束ね動きやすいようにしている。服装も動きやすそうなボーイッシュといった感じの長袖のアンダーシャツの上に半袖の上着のようなフード付きコートを着ていた。下は短パンと黒いブーツだ。腰骨辺りには細身のベルトと杖が差してある。魔法使いかな?
着ている服は男物だな。
もしかして男の子かな?
でも、声は……おお、変声期が来ていないのか。僕と同じくらいの身長だから同い年なのだろうな。
それにしても内包魔力が結構高いな。僕の半分ぐらいあるかもしれない。……ないかも。
「ですから、依頼は十五歳以上でないと頼むことが出来ません。頼むためには保護者同伴という規則があります。それに、お金だって……」
ミルファさんがすまなさそうに言葉を濁しながら彼女? 彼? に言った。
その子は納得いかないのか首を横に振るだけでそこから動こうとせず、小さな声で反論する。
「……お金なら、たくさんある。……だから、お願い」
その子の声は震えていた。何かに縋りつくような声だ。とてもとても悲しくてつらい気持ちが伝わってきた。
「そ、そんなにいりません。相手によりますが精々、この硬貨一枚ほどです。ですが、あなたの依頼を受けるわけにはいきません。受けてほしいのであれば親御さんを連れてきてください」
「(ふるふる)……無理なの。だから、最後の望みとしてここに来たのに……」
その子は立っていられなくなったのかしゃがみこんでしまった。
ミルファさんは余計に困った顔になり、どうしたらいいかオロオロしている。周りにいるギルド職員も同様だ。
僕はいてもたってもいられなくなり、ミルファさんに声をかけた。
「ミルファさん、どうしたんですか?」
ミルファさんは僕の声を聞くと顔色を一変させて笑顔で接してきた。
いやいやいや、僕が来たからと言ってこの状況が良くなるとは限らないんだけど……。
そこまで期待されるとプレッシャーで逃げたくなる。
僕はゴクン、と喉を鳴らせてミルファさんと子供の元へと向かう。
「えっと、この子がね、依頼を頼みたいと言っているの。だけど、ギルドの規則として成人してから出ないと依頼を頼むことが出来ないのよ。冒険者になることはできるけど、依頼にはお金がかかってくるから両親の許可が必要になってくるの」
「んー、頼みたいと言うのはこの子がしてほしいことがあるって言うことですよね?」
「ええ、そうよ」
「その依頼とは何ですか?」
僕は半分ほど理解したから、ミルファさんにこの子の依頼について聞いてみた。
「この子は魔法の師匠を探しているらしいの」
ん? それぐらいなら依頼じゃなくて訓練生としてギルド員に教えてもらえるんじゃなかったっけ?
「えっと、魔法は簡単なものならギルドで教えてくれるのではないのですか? ファイアやファイアーボールとか……」
「そうなのだけど……。この子はそれでは使えるようにならないっていうの。その理由を聞いてもよくわからなくて困っていたのよ」
「そこへ僕が来たと」
「そうよ」
それなら、ミルファさんがうれしくなるのもわかる。僕はある程度魔法について知っているからな。
僕の正体も知っているミルファさんなら、僕に頼ってもしょうがないことか。見た目は小学生なのにね。
と、その前にこの子に聞いてみるか。
「ねぇ、君、ちょっといいかな?」
「……(ゴシゴシ)。ん……何? ん?」
ん?
何か感じたような気がする。
なんだか、同類のような兄弟のような感じ……。
そう言えば、ミクトさんが言っていたっけ。会えばわかると。
特徴は黒髪だったっけ。
……黒髪だね。
この子がそうなのかな? フレイさんも何か言っていたけど、何を言っていたんだったっけ? あの人の存在が濃くてよく覚えていないぞ。
……まあ、いいや。なるようになると思う。
相手の子も僕を見た時に何か反応があったから、とりあえずこの子がミクトさんの頼みの子で僕と同じ加護を受けているのだろう。
では、この子の依頼を絶対に受けた方がいいな。
「えっと、どうして師匠を探しているの? ここのギルド員のお兄さんやお姉さんではダメなの?」
僕は優しく責めないような感じに言う。
こういう時は諭すような感じに相手の身になって聞かないといけない。
それにしても、この子は綺麗な顔をしているな。顔だけじゃない。肌の色は雪のように白いし、腕や脚のラインは美そのもののようだ。
どこかのお姫様と言われても驚かないぞ。
「僕にどうしてか言ってくれるかな? 僕も力になってあげるよ?」
「……魔法が使えるようにならないと……いけないの。出来ないと……売られてしまう。家では何度も練習して、教えてもらったけど……出来なかった。だから、最後の望みとしてここに依頼をしようと思ったの。前に教えてくれていた偽物の英雄が、冒険者がどうのこうのって言っていたから……それで……」
なに!? 偽物の英雄!? そ、それって、僕の偽物っていう意味じゃないのか!?
ああ、やっぱり何か大変なことになっている。あの時捕縛してください、とでも言っておけばよかった。あれから三か月も経っていないのに広まるのが速すぎるよ。
「に、偽物の英雄って、最近噂の『幻影の白狐』のことだよね? それが、どうして君に指導をしてくれるの?」
僕が混乱しながら、適当に思ってことを言ったら、今度はこの子が狼狽えた。
「え? あ、そ、そう言えば私が魔法を使えないことに嘆いた、おと、お父さんが偶々近くで見つけて声をかけてくれたの。そこで、協力してくれるって言うことになったんだけど……」
「ああ、ダメだったと」
あ、やば。
落ち込んじゃった。
「あ、や、そ、そのどうして偽物だとわかったの?」
「え? それは……勘?」
あ、可愛い。
キョトンとした表情で小首を傾げられると萌えるよ。
「え? か、勘なの? こう、強さが違う、とか、身長が違う、とか。明確な理由があってとかじゃなくて?」
「あ、噂ほど強くなかった。四人いて一人はBランク位って言っていたから。他の三人も同じくらいだと思う」
「そ、そうか。あははは……」
この子はポン、と手を打ってそう言ってきたから、僕はその仕草に惑わされないように目を離してから笑いをした。
くぅー、なんだか、すごく可愛いよ。でも、この子が男の子だったら、僕、変態じゃん。
「ま、まあ、話を戻すけど、君はBランク以上の冒険者であり、魔法使いの師匠を探しているわけだ。魔法の技量が高ければ高いほどいいと、そう言うことだね?」
僕はこの子の言ったことを簡単に纏めて確認をしてみた。
「それと、本物の英雄様を探しに来た」
「え?」
僕は衝撃の言葉に二度見らしきものをしてしまった。
結構大きい声で聞き返しちゃったじゃないか。
「本物の英雄様に会いに来た。『幻影の白狐』様に。おと、お父さんはその英雄様はこの王都に来ていると言っていた。なら、冒険者ギルドにいるかもしれないって思ったの」
この子は純粋に会いたいと思っているようだ。目がキラキラしてお伽噺の勇者や英雄を見ている目だ。
言えるものなら言ってあげるんだけど……ね。
まあ、言えないことはないけど、やっぱり信用できないと言うことはできないな。
「そ、そうなんだ。好きなんだね。その英雄のことが」
僕がそう言うとこの子は顔を真っ赤にして身振り手振りで否定してきた。
「い、いや! ち、違うもん! す、好きじゃないよ。た、ただ、憧れているだけ」
おお、さっきの僕と同じぐらいの声量だったぞ、今の声は。
でも、そんなに否定しなくてもいいじゃないか。
まあ、憧れてくれているならいいや。でも、反応からして僕があっているような気がするんだよね。僕はどこぞの鈍感系主人公じゃないし。
それに、英雄の性別は分かっていないようだし。
「そ、そうなんだ。ごめんね。早とちりして。英雄も性別が分かっていたわけじゃなかったね。もしかしたら同性も知らないしね」
僕がそう言うと真っ赤にしていた顔を白色に戻してしまった。
あ、あれ? 僕何か間違ったことを言ったかな?
ああ、やっぱり好きなんだ。
だけど、残念でした。その英雄は男なんだよね、これが。
「そ、それで、君はどうするの? 十五歳以上じゃないと依頼を頼めないみたいだよ? お母さんとお父さんはどうしたの?」
僕がそう言うとまた黙り込んでしまった。
んー、やっぱり何かあるのかな?
僕は最近何かと巻き込まれてばかりだから、ゆっくりと過ごしたいところなんだけどな。
でも、ミクトさんの頼みの子がこの子かもしれないからどうにかするしかないか。
「……仕方ない」
「……え?」
この子が何か言おうとしたようだけど、気にしないでおく。
僕はミルファさんの方へ向くと依頼について交渉を始める。
「ミルファさん、どうにかならないですか? 見ている僕の方もどうにかしたいんですが……」
「い、いや、シュン君。き、君の頼みでもちょっと無理かな?」
「僕は受けてもいいんですけど、どうにかならないですか? アイネさんはいないのですか?」
僕はうるるんうるるん、という目でミルファさんに交渉してみる。ここぞというところにアイネさんの名前も出してみる。
後ろで絶句しているような呆気にとられているような気配が複数感じるけど気にしないでおく。これは気にしたら負けなタイプだ。
「う~ん、いいよ……と言いたいけど、ダメです。規則だから。ごめんね」
くそーっ。
これでもダメなのか。
こうなったら実力行使しか……。
「もういいです。僕が勝手に教えます。それなら文句はないでしょう?」
うん、これなら誰の迷惑にもならない。
この子は依頼である魔法の師匠が手に入る、僕はこの子の監視? もとい一緒にいることが出来る、ギルドに迷惑がかからない。
ハッん、僕って天才じゃ……。
「いや、シュンくんそれは困ります」
え? 誰?
声がした方を見ると二階の階段からアイネさんが下りてきていた。恐らく、アイネさん言ったのだろう。
僕の方を見ているし。
「シュンくん、低ランクの冒険者が初心者や同じランクの冒険者に魔法を教えるのならいいのよ? だけどね、あなたのランクになるとさすがに許可できないわ。はっきり言うけど、あとが絶えなくなるわよ」
アイネさんは少しきつい口調で僕を嗜めるように言った。
うーん、そうなのか。いや、そうだな。
確かに、僕がここで無料で教えてしまうと他の人も、といった感じになるのか。特に僕の場合、魔法が強力みたいだから想像以上に来るんだろうな。
だけどね、この子がかわいそうだよ。僕はこの子を観察しないといけないし、悩みを解消しないといけないんだよ。……とは言えないしな。
んー、困ったぞ。
「でも、僕はこの子の依頼を受けてあげたいんです。……アイネさん、どうにかならないですか?」
「んー、そうね。特例といった感じでいいのならやってもいいわよ」
おお、やった。
さすがアイネさん。わかってるぅ。
「ちょ、お母さん!「ギルマス」 いいの? そんなことして」
久しぶりに聞いたこの間違い。
「いけないでしょうね。だから、シュンくん、あなたにはそれ相応の罰を受けてもらいます」
アイネさんは僕に顔を近づけて脅すように言った。
「罰ですか?」
「そうよ。あなたが依頼を失敗した時は、あなたを冒険者ギルドから除名します。……(もちろん、あっちの方は残っているから気にしなくていいわよ)。それでもこの子の依頼を受けますか?」
な、何だってー!
そ、それじゃあ、目立つじゃないか……。
くっ、だ、だけど、ここで逃げるわけにはいかない。僕はこの子の願いを叶えなければならないんだ。
「そ、そこまでしなくて……」
「いいでしょう! その挑戦、確かに受け取りました」
「ええええぇぇぇぇぇぇーッ! 何言っているの君! わ、私のせいで、き、君が、除名に……」
ん? なんで?
魔法を教えるだけなんでしょ? たぶん大丈夫だよ。僕はこれでもいろんな魔法を知っているし、編み出してきているからね。
知識量では師匠を越えているから大丈夫だよ。多分。
「ほら、泣かないで。僕に任せておけば大丈夫だから。これでも―」
僕がこの子を安心させようと僕のランクを教えてあげようとすると、又もや外野からヤジが飛んできた。
「ガキどもうるせえぞ。ここは保育所じゃねえんだから。帰った帰った。ガハハハ」
「そうだそうだ。お前達みたいなやつが来るところじゃねえんだよ。俺達みたいに強力な力を秘めた者が来るんだ」
「嬢ちゃん、魔法なら俺が教えてやるぞ。これでもBランクだからな。だが、そんじゃそこらのBランクと一緒にするな。俺はもうじきAランクになる男だからな」
「そうだな。俺も交ぜろよ。ぐっへへへ、数年後が楽しみだぜ」
「お前はそれしか頭にないのか」
ああ、うぜえ。
何でこういうときに限ってこういう奴らが来るんだろうな。こういう奴らが近づいてこないようにこのギルドに入った時に僕の実力を見せておいたはずなんだけど……ちっ、ニヤニヤと笑っていやがる。
僕の実力を確かめようっていう算段か。一階でわからないってことはそれまでの奴らだって言うことに気付かないのかな?
その時、指一本も触れずに倒したのがいけなかったのかな? うん、多分そうだ。今回は全力でお相手してあげよう。
「ひっ」
小さな悲鳴を上げるこの子。
うんうん、分かるよ。気持ち悪いもんね。
それに嬢ちゃんだと、この子が男の子だったらどうするつもりだ。このヘンターイズめ。
僕はこの子の肩に手を回して安心させてあげる。こちらを向いてきたから小さく微笑んで、もっと安心させてあげた。
心なしかほっとした雰囲気が伝わってきたから成功したのだろう。
「おじさん達はいいよ。いらないから。この子の魔法の師匠は僕がやる。と、言うより僕以上の使い手はこの中にいないよね」
僕がニヤリと笑ってしゃべりだそうとするのをアイネさんが止めようとして来たけど、僕は気付かないふりをしてしゃべった。
僕は初めて相手の神経を逆なでるように言った。
なんだか、恥ずかしいね、これ。
聞いた冒険者達は呆気にとられ固まっていたが、脳が僕の言葉を理解し始めると顔を真っ赤にさせて起こり始めた。
この先は今までと同じだから割愛させてもらおう。
「決闘じゃあぁぁぁぁッ!」
「いいでしょう。受けて立ちます。あなた方は全員でかかってきてもいいですからね。後で変な言い訳をされると困りますから」
僕はさらに挑発する。今回は終わらせたいからだ。
戦うのも慣れてきたから、一度乱戦というのも経験しておいた方がいいだろう。短期戦はバリアル戦があるからもういいや。
「シュ、シュンくん? いったいどういうつもり?」
アイネさんが僕が言わなさそうなことを言ったことに戸惑いながら、僕を責めるように言った。
「そうですね。まず、この子に僕の実力を見せることですね。そうすれば安心するでしょう? ね?」
僕はそう言って肩を抱いているこの子に笑って問いかける。
この子は微かに頷いてくれたけど、はっと気が付いて僕の心配をしてきた。
「い、いや、で、でも、あの人達すごく強そうだよ? き、君はそ、そのー、あまり強そうじゃないから、危ないんじゃ……」
「ん? 大丈夫だよ。僕はこれでもAランク冒険者だから。負けはしないよ。だから安心して見ていて」
「え、ふぇ~ふぁんふー!」
僕はもう片方の手で口元を抑えた。
これも何回目だっけ?
手の隙間から息が吹き抜けてゾゾゾッとするよ。
「私はその心配はしていないのだけど、いつものシュンくんらしくないわよ」
「うんうん、私もそう思うわ」
同じ顔の親子が目を閉じてうんうんと大きく頷いた。
僕もいつもの僕らしからぬ行動をしたと思っているよ。だけどね、なんだかこの子のために全力で答えないといけない気がするんだよ。
「実力を見せる、と言うのもありますけど他にもあります」
「他?」
「はい、他です。僕は親しいものが傷付くことが大っ嫌いです。この子とは今日会ったばかりですが信用できそうなんです。だから、あんなことを言われて僕は少し怒っているんですよ」
僕の方を見ていた二人の頬が引き攣りピクピクした。
やば、ちょっと青筋が浮かんだかも。
深呼吸、深呼吸、すー、はー、すー、はー。
よし!
「あとは、僕が王都に来た理由の子かもしれませんし……」
「え? 何か言った?」
「いえ、何でもありませんよ。……アイネさん、この決闘の立会人をお願いします」
僕はアイネさんの方を向いて頭を下げた。
アイネさんは大きな溜め息をついて答えてくれた。
「ふぅー。仕方ないわね。ここまで事が進んだ後ではやめるともいえないでしょう。決闘を認めます。早く訓練場へ移動しなさい」
「ありがとうございます」
周りを見るとほとんどの冒険者が訓練場へ向かって行っていた。
僕達も歩いて訓練場を目指していると、隣で歩いている子が僕の心配をしてきた。
「ほ、本当に大丈夫なの? そ、それに、Aランクって本当なの?」
「うん……ほらこれ見て」
「あっ、本当だ。ごめんなさい、疑って……」
「ああ、いいよいいよ。何回もこんなやり取りをしているから。つい最近もこのやり取りをしたからね。しかも二回」
この子は目を見開いて驚いた表情をした。
うん、この返答も何回目だろうか。
「君は魔法を習いたいんだよね?」
「え? あ、うん」
僕が急に話題を変えたことに戸惑ったけど、僕に返答してきた。
「まず、君を見ていて思ったんだけど、魔法を使うには楽しんでしなきゃダメだよ」
「え?」
聞き返してきたけど僕は取り合わずに続きを話す。
「怖いとか恐ろしいとか焦ったり落ち込んだりすると、その気持ちが魔力に反映して魔法に変換し辛くなるんだよ。だから、下を向いていないでせめて斜め下を向いていなきゃ」
「……ふっ、うふふふ……。あ、ごめんなさい。そんなこと誰も教えてくれなかったよ?」
初めてこの子が笑ってくれた。
うーん、笑い方は女の子だな。やっぱり女の子か?
いや、あっち系……は失礼だからやめておこう。
「うんうん、そうやって笑っていればいいんだよ。教えてくれないのは当たり前だよ。僕と師匠しか知らないことなんだから。見つけたのは僕だよ?」
うんうん、その反応が見たかったんだよ。
それにしても本当にかわいいなぁ。
「だからね、僕がこの決闘で魔法の素晴らしさと楽しさ、面白さ、奥深さ……いろんなことを教えてあげるよ。だから、目を見開いて僕の勇士を目に焼き付けてね」
僕がそう言うと同時に訓練場へと着き、このこと別れて準備をする。
使う魔法はまずは水だな、水でずぶ濡れにした後火で炙ろう。焼けた肌を風で涼しくさせて地で固めてあげよう。残りはどうしよっかな?
「あ、そうだ。……君の適性属性は何?」
僕は訓練場の隅でアイネさん達といる子に訊ねた。
この子は戸惑いながらも答えてくれた。
「えっと、火と回復です。……それと、闇」
「うん、わかったよ。最後に闇の魔法を使ってあげるね。闇の魔法はかっこいいんだから、しっかり見ていてね」
「え? あ、うん!」
なんだか怯えたように見えたけど何かしたかな? ああ、僕のテンションが高かったからか。
「早くしろー!」
「おせえんだ、てめえはよー! ああん?」
「謝っても許さねえ」
「ブツブツブツブツ……」
なんか怖い人がいるんですけど。
「準備はできましたか?」
アイネさんが中央まで歩み、僕達に確認を取る。
『ああ!』
冒険者集団は勇ましい声を上げ、僕は静かに頷く。
「では、ルールを説明します。何をしてもありです。急所を狙おうが、魔道具を使おうが、何をしてもです。相手を殺してしまったとしても罪を問われません。勝った者は相手の所持品・所持金を全て貰い受けます。そちらかが降参した場合はそこで止めますが、降参した方の負けとなり没収されます。……いいですね? それでは両者中央からお互いに二十メートル離れなさい」
アイネさんが凛々しい顔、ギルマスの顔になってそう言った。
周りの空気はビリビリと震え、緊張の糸が張り詰める。僕は冷静に歩きながら体内の魔力を確認する。
今日もいい感じだ。
これならいける。
僕は十メートル離れると踵を返して冒険者集団の方を向く。相手は十人強。実力は高くてもBランクだろう。
「それでは……はじめ!」
『おらあああぁぁぁぁぁッ!』
数人の冒険者が僕に向かって武器を片手に走り始めた。後ろの方では弓を構えた者、魔法を唱える者がいる。
僕は走り込んできた冒険者が半分も来ない内に、弓を構えた冒険者が狙いを定める前に、盗賊風の冒険者が身を隠す前に、魔法使いの冒険者が詠唱を始める前に、僕は魔法を唱え迎撃する。
「『ウォーターショット』」
僕が重ねた両手を突き出して唱えると、数百粒もの拳大の大きさの水玉が出来上がり、冒険者達に向かって水平に降り注ぐ。
威力は殺してあるから当たっても打撲程度だろう。
手前にいた冒険者は顔や腹にいくつも水の弾丸があたり、後方へ吹っ飛んでいく。後方にいた冒険者達も同じように被害を被り、吹っ飛んでいく。
僕はそれを確認すると両手を組んで火魔法を発動させる。
「『火の身体を持つ竜よ、焚け狂う雄叫びを上げ、我が目の前に顕現せよ! イグニス』」
冒険者達は威力がないことに気が付き、すぐに向かって来るがすぐに僕の魔法が完成して迎え撃つ。
「ぁ、ああ、うわあああぁぁぁぁぁぁッ」
出来上がった火魔法は僕の両手と魔力糸で繋がっているから、簡単に動かすことが出来る。火魔法は次第に竜の形へとなっていく。地を踏み締める強靭な四足、赤い炎に身を包んだ強固な体、薄いオレンジ色の炎は翼を作り上げ、赤い顔に埋まっている白色の炎は見た者を恐怖に染める。
全員の冒険者から恐怖の声が上がった。外野で見ている人たちも同様だ。
「い、っけぇー!」
僕は音楽団の前でタクトを持って指揮をするかのように、右手を上げたり、左手を左右に散らしたり、いろんなことをして竜を生きているかのように動かす。
この場で僕の相手をしている冒険者は悲鳴を上げているが、外で見ている冒険者達は威力がないことに気が付き、魔法の凄さに舌鼓を打っていた。
僕は冒険者達をある程度こんがり揚げると、風魔法を発動させて空の旅にご招待する。
「熱いだろう? なら、冷ませてあげよう『フライ・オール』」
この場にいる全員に風魔法をかける。
場外にいる人達にはもちろん効果を及ばしてはいない。
僕と冒険者達の身体が浮き始め、地面と十メートルほど離れたところで止まった。
少しでもバランスを崩すと体勢が崩れて逆さまになるように魔法を使っているから、冒険者達は両手両足をバタつかせてバランスを取ろうとしている。
「う、うぁ、おうぁ、こえええええ」
「た、たすけてくれええぇぇぇぇぇ」
「ああぁぁぁぁぁぁ! あぶっ」
「あう、クソッ! お、おお、こうか! お……オオオォォォォォ。飛べたー!」
「あはははははははははははは、ぼく、そらとんでるよ」
生まれて初めて感じる浮遊感覚に恐怖を感じたり、感心したり、勝負を忘れてバランスを取ろうとしたり、超常現象に壊れたりした。
何人か気絶して、再起不能者が数人か。
残り半分ぐらいだな。
僕はそう思いながら風魔法を消し、冒険者達を落す。
『え? って、ああああああぁぁぁぁぁぁッ! ……うぉ、っと』
僕は地面にぶつかる瞬間に冒険者達の真下から上昇気流を作り、落ちる速度を減少させた。
まあ、こんなことで怪我をされるのは面白くないからね。
「チッ、舐めやがって。おい、お前らシャキッとしやがれ! 俺達は舐められてんだぞ!」
「え、あ、ああ! 目にものを見せてやるぜ」
「このままで引き下がれるか」
『オオオオオオオォォォォ!』
一番強そうな剣士が同類に発破をかけて士気を高める。広い訓練場内に野太い雄叫びが反響し、震わせたような感覚を味あわせた。
あんな目に遭ったのによく戦意喪失しないな。今だ、やる気なのか……。
なら、今度は地魔法だ。
「お前達の相手はこいつだ。『大地の化身よ、土くれに命を宿せ! 粘土人形』。僕の騎士団よ、敵を殲滅しろ!」
魔力で作られた土が徐々に人の形を成していく。身長百八十センチほどで土の鎧と土の武器を片手に持ち空高く何度も突き上げ、雄叫びを上げる真似をしている。
「あ、王国の騎士団……あの人はレオ?」
あの子の呟いた声が聞こえて来た。
そうだ。この土塊人形の鎧は王国の騎士団をモチーフにしてある。細微までしっかりと出来ていないから所々僕のイメージが入っている。僕の目の前にいるのは団長のレオンシオ・スコールスだ。色がついていないからわかり難いけどあの子にはわかったようだ。
会ったことでもあるのかな? でも、あのひと性格からしてよく城下に降りてきていそうだな。
土塊騎士団は土でできているためさすがに声は出ない。だから、異様な光景に見える。
「うお! な、何だこいつら」
先ほどの剣士がその光景に戸惑う。他の冒険者も同じように困惑している。
困惑からいち早く復帰したのはやはりあの剣士だった。
「お前達、見た感じこいつらは土だ。ビビることはねえ。当たりさえすればすぐに壊れるはずだ」
『おうよ!』
騎士団は向かって来る冒険者達と相対する。数が同じだから必然に一対一となり、実力不足の冒険者は圧され始めて来た。
土塊騎士団の実力はそれほど魔力を込めていないからD、Cランク位だ。圧されているのがDランクだから間違いないだろう。
「うりゃー。ざまあみろ!」
「た、助けてくれ」
「おう、待ってろ! すぐに行く」
「こっちもだ」
いち早く騎士団の兵士を倒した冒険者は苦戦している冒険者からの救援を受けて助けに行った。
団長を相手にしているリーダー剣士はかなり苦戦しているようだ。
剣士が高速で放った左右の連撃を団長は右手に持った土の剣を置くように相手の剣に当てると剣士の斬撃をいなした。いなした土の剣を半円を描くように引きながら袈裟懸けする。剣士は咄嗟に後ろへ飛んで回避するが、剣先が肩にあたり服が破れた。
「くっ、強いなこいつ。誰か、援護をしてくれ!」
「ああ、魔法を放つから時間稼ぎを頼む!」
「任せろ! はあぁ!」
カンッ、キンッ、と甲高い音が鳴り響く。再び圧され始めた剣士だが、避け際にはなった一撃が団長の剣にあたり、団長の土の剣をポッキリと折ってしまった。
剣士は、これは勝機と上下の連撃を放ち、団長の両腕を方から切断した。
「いいぞ、離れろ! 『ウォータースピア―』」
剣士が右の方へ避けると魔法使いから水の槍が放たれ団長の腹にぶつかり、団長を泥にした。
騎士団達は皆倒され残るは僕だけとなった。
冒険者達は多少の怪我を負い回復をしながら、僕の方へ鋭い目を剥けてくる。
近くにいた者はすぐに武器を構え走り込み、魔法使いは詠唱を始めた。
が、唐突にその動きが僕の魔法によって奪われた。
「『闇よ、縛れ! 影縫い』」
自らの影が光りに左右されずに動き始め、腕や脚、口などを抑え込む。振り解こうとするが影はゴムのように伸び縮みして、一向に解けない。
誰かが光魔法で解除しようとしているのを僕は無造作に拳を突き出し気絶させた。
「はあ? お、おい!」
「どうした! 何があった!」
「い、いや、こいつが急にたおガッ……」
「え? 今腕が出て来なかったか?」
「あ、ああ。俺もそう見えた」
「ぐあ」
「ガッ」
僕は五人ほど戦闘不能にした。
僕が行ったのは闇魔法の『影移動』だ。この魔法は転移魔法に似ている魔法だが、移動距離が短く、移動する時間もかかり、習熟度も高い。劣化版といった感じだ。
気絶させた方法は魔力通しを行っただけ。単に魔力酔いをして意識を失っただけだ。
「またあいつのせいだ! 火でも光でもいいとにかくこの影を消すんだ!」
剣士がいいところに目を付けた。
『影縫い』を解除できるのは光魔法だけではない。火魔法でもできるのだ。
解除するには影を照らせばいいだけだからね。
魔法使いは熱量を上げた火魔法を放ち自らを縛っている影を消した。
そのまま魔法を唱え、僕に魔法を放とうとしてくる。
僕は大掛かりな闇魔法で終止符を打つ。
「『暗き闇よ、昼を夜に変え、眩い星々を降らせよ! 流星群』」
僕がそう唱えると訓練場は星々が光輝く夜と変わり、壁や床、天井がなくなり、窓やドアの隙間から零れていた陽の光がスッと掻き消えた。
光が消えると星々が回転し始め、一か所に集まり始めた。大きな流れ星と化すと天高く上り、冒険者達の中心地に向け降り注いだ。
冒険者達は逃げようするが見えない壁にぶつかり逃げられず、流星群の雨に体を穿たれていった。
場外からは「きれい」とか「こんな魔法があったのか」とか聞こえて来た。
この魔法は完全に僕のオリジナルだ。今回は威力を落しているけど、本来の威力は一つの山が平らになるほどの威力がある。
次第に夜が明け、閉ざされる前に戻っていく。陽の光が目を苛める。
冒険者達は皆地に伏して気絶しているようだ。僕はそれを確認するとアイネさんの方を向く。
「勝者、Aランク冒険者シュン」
『わあああああああああ』
アイネさんが勝利宣言をすると訓練場を揺るがすほどの拍手喝采が起きた。
僕はびくりと肩を震わせてあの子の元へ向かった。
「どうだった。闇魔法も捨てたもんじゃないでしょ?」
この子は目の端に涙を浮かばせて、僕に何か言いたそうな顔をしている。
もしかして、やり過ぎちゃったかな……。
「あ、怖かったの? それならごめん。実力を見せてあげようかと思ったから、つい。本当にごめんね」
僕が頭を下げて謝るとこの子は肩全体を使って首を振って否定した。
「うんん、違うの。君のことを心配して……。それで、悲しくて、えっと、だから、心配したの! 君のことが怖かったわけじゃない。だから、謝らないで」
この子は涙を拭くと顔を真っ赤にさせて言い訳染みたように僕のことを安心させてくれた。
ああ、よかった。
この子に嫌われたら絶対に落ち込んじゃうところだったから。
「よかった。それで、君は僕が魔法の師匠でもいいかな?」
僕がそう言うとこの子はまた悲しそうな顔をする。
「僕のことは心配しないで。除名されても今のところは問題ないから。も、もちろん、君が絶対に魔法を使えるようにするよ! だから、僕に任せてくれる?」
僕はこの子の手を取って両手で包み込んで優しく言った。
この子の手は小さくて微かに震えている。やっぱり僕のことが怖いのだろうか。それとも、不安なのだろうか。
この子は、僕が手を取った瞬間に体を震わせたけど嫌がりはしなかった。だから、怖くはないのだろう。
「僕の心配をしてくれるのはうれしいけど、君は売られたくないんでしょ? なら、相手のことを考えている場合じゃないよ? だから、僕の指導を受けてみない? これでも、何人かに教えたことがあるから大丈夫だよ」
僕のこの言葉が勇気を出させたのか、この子は微かに頷き了承の返事をしてくれた。
「……うん。教えてほしい」
「わかったよ。―アイネさん、この子の依頼を受けます。失敗した時の罰則はそれでいいです」
僕は気絶した冒険者達を回復させて運び出しているアイネさんの方を向いてそう言った。
「わかったわ。では、付いて来て。依頼内容と報酬について話し合いましょう」
この子は僕と一緒にアイネさんについて行き、客室で細かいことを決めていく。
疑問なんですが、長いダッシュはどうやって打ち込むのでしょうか?




