転生
そこには、薄く滑らかな若葉色の髪を腰のあたりで切りそろえ、頭には木製の緊箍≪きんこ≫(西遊記に出てくる孫悟空の頭にあるあれ)のようなものをつけた女性が神さんを怒り、その隣で死神を連想させる漆黒のぼろいフード付きコートを着た銀髪の男性が笑いながらやってきた。
誰!? いや、それよりも見られちゃったよ。どどど、どうしよう。ぼ、僕は悪くないからねっ!
僕がそんなことを考えてるうちに、二人は近づいてきて神さんにもう一度言った。
「早く立ちなさい。あなたは最高神なのですよ。私たちのトップが何をやっているのですか。あなたが魂の修復をすると聞いて、飛んで帰ってきたんですよ」
「そうだぜ、早く立たねぇと踏んじまうぜ」
えぇぇぇぇぇぇ!
神さん、あんた最高神だったのぉー!
そんな神さんに怒ってるあなたは何者!
神さん、そんな目で僕を見てきてもどうにもできません。
どんだけ踏みたいんだ、あんたは。
「あなたは名を名乗ったのですか? シュンさん、驚いているじゃないですか」
あ、まだ名前を聞いてなかったっけ。
あなたも僕の名前を知っているんですね。
という事は、あなたたちも神ですね。
「ざまあ、あひゃひゃ「シュッ」びゃっ…」
「…あなたは少し黙りなさい」
「…はい」
なんか飛んできたんだけど。
怖いよ、この神様。
銀髪の神様はもう黙ってて。
僕は命の危機を感じたよ。
僕が突然のことで目を白黒させている間に、話し合いが終わったようだ。
三柱がこちらに近づいてきた。
「シュンさん、すみません、うちの最高神が失礼をしたようで。私は生命を司る神、上級神ロトルデンスといいます。ロトルと呼んでください」
「俺は冥府の神、上級神ミクトランという。ミクトとでも呼んでくれ。お前が思っているように死神とも呼ばれるな」
「で、私が破壊と創造の神にして最高神メディです」
「これは丁寧に挨拶をありがとうございます。知っているようですが、僕の名前は扇山俊です」
自己紹介をしてきたので、僕は頭を下げながら名前を言う。
「シュンさん、あなたの魂の消滅は免れたとメディから聞いたと思います」
「はい、聞きました」
「ですが、新たな問題が起きました」
新たな問題って何だろう?
何かあったのかな?
神さんもといメディさんを見ると、目を逸らされた。
またあんたがやったのか。今度は何をした。
「新たな問題? それはいったい――」
「それはあなたに肉体を与えてしまったことです。肉体を得てしまった魂は、輪廻の輪へ帰ることができません。肉体から魂を抜き取ることもできますが、――あなたの場合、魂を抜き取ると反動で消滅してしまう可能性があるのでできません。しかも、ここ神界は神力で溢れています。神力を持ち、扱えるものは大丈夫ですが、持たない者もしくは扱えない者が長時間神力に触れていると、肉体はその力に汚染され、体調を崩していきます」
ロトルさんはそこまで言うと一息つき、こう言った。
「最後には死ぬでしょう」
し、死ぬだって!? どうすんの!?
僕はここで死ぬのを待っていないといけないのっ!
二度目の人生も何もできないなんて最悪だ……。
「といっても、すぐに死ぬわけじゃないぜ。その間に神力を扱えるようになればいいんだぜ」
ミクトさんは神力を扱えるようになれ、といういうけどそんなことできるのかな? っていうか僕、神力持ってるの?
「残念ながら、シュン、あなたは神力を持っていません。仮に持っていたとしても時間が足らないでしょう」
メディさんも頷いている。
僕はどうにかならないのかロトルさんに泣き縋る。
「あなたを輪廻の輪へ返すことはできません――」
僕は絶望の底に落ちそうになる。
だが、続く言葉で希望を見出す。
「――が、神力の汚染を防ぐことはできます」
「え!? できるの!? どうすればいいの!」
希望を見出した、僕はロトルさんに言い寄る。
焦る気持ちを抑え、期待の目で続きを待つ。
そんな僕を見て、ロトルさんは微笑む。
「異世界へ転移すればいいのです。魂を抜き取ることはできない、ここに居れば神力で肉体は弱っていく。この二つを解決するには、魂を保持した肉体のまま神力のない世界へ行くしかありません。あなたの場合転生に近いですが」
「転移する世界はロトルが管理している世界が妥当だろうな。俺は冥府だから無理だしな」
「そうね、私は世界を創るだけだし。ロトルが管理している世界の中に良さそうな世界ある?」
「……“アルセフィール”なんてどうでしょうか。」
「“アルセフィール”か」
「文明は発展途上なので、シュンさんのいた地球で言うと中世ヨーロッパに近いです。種族もたくさんありますね。あと、魔法が存在します。魔獣と呼ばれるありていに言えば、地球のゲームやラノベに近いです」
「地球人はそういう世界に憧れるものね。私もそこでいいと思う」
「俺もそこでいいと思うぜ」
「では“アルセフィール”にしましょう」
何やら勝手に話が進んでいったぞ。
行きたくないな。でも行かないと、死んじゃうしな。どうしたらいいんだろう。
「シュン、どうしたの? 顔が青いじゃない」
「…………行かないといけないの?」
僕の一言でメディさん達は理解したようだ。
「その世界に行っても、また暴力を受けるんじゃないの? もう、辛いのは嫌だ。一人ぼっちは嫌なんだ。他の方法はないの?」
僕はメディさん達に泣きながら嫌だと言う。
「方法がないわけではないですが、時間が圧倒的に足りません」
「大丈夫だと思うぜ、シュン。前は、生まれた環境が悪かったせいでそうなったが、今回は違う。お前は俺たちが転移させるんだ。好きなところに転移させてやることができる」
「私の知り合いもいますし、安全に暮らせると思いますよ」
「それに、前と違って味方がいるでしょ」
「……みか…た?」
「そうよ、味方。私たちはあなたの味方よ」
「そうです(だな)」
「信じていいんですか?」
「信じなさい。あなたはもう、一人じゃないの。私達がいるのよ」
「ちょっとずつでいいですから私たちを信じてください」
「頼むぜ、シュン」
メディさん達が僕を励ましてくれる。
とても心が温まる。心強い言葉だ。
親身になってくれる、心配してくれる神がいるんだ。今までとは違う。ここまで言ってくれてる。
この神達を信じてみよう。いや、信じよう。
「わかりました。信じます」
「そう、ありがとう、シュン」
メディさん達は僕の信じるという言葉で安堵する。
「では、異世界“アルセフィール”へ行ってくれますか?」
ロトルさんが僕に尋ねてきた。
「はい、行きます」
「そうですか。行ってくれるのですね。では、改めて“アルセフィール”について説明しましょう。文明は発展途上のため、地球で言う中世ヨーロッパと同じぐらいです。種族は複数あります。獣人族や森人族等がいます。魔族もいますが敵対しているわけではありません。魔王は友好的だったはずです。なかには襲ってくるものもいるかもしれませんが、それはどの種族でも同じです。あなたならわかっていると思います」
その言葉に僕は頷く。
そうだな、よくわかっている。十五年間も味わってきたんだからな。
「そして、魔法が存在します。火、水、風、地、無、回復の基本属性とその派生属性氷や雷、木等です。光、闇、空間、召喚等の特殊魔法もあります。魔獣、魔物と呼ばれるものもいるので気を付けてください。何か聞きたいことはありますか?」
「この世界の知識に関しては後で授けるから気にしなくていいよ」
知識は後で授けてくれるのか。
僕も魔法を使えるのかな?
「魔法って僕も使えますか?」
「今は使えませんが後で授けましょう。やはり、全属性がいいでしょう。魔力も膨大にあげましょう」
「お、チートだな」
「…それって大丈夫なんですか。」
「この世界の魔法は、簡単な原理さえ分かっていれば誰でも使えます。火がなぜ燃える、風がなぜ起きるとかですね。逆に原理がわからない者は使えません。複数の魔法を使う者はあまり多くいません。それ相応の努力が必要となるからです。あなたのいた世界では、ある程度解明されているのでよく分かっているでしょう。特殊魔法に関しては一部、その魔法の加護ないと使えません」
「加護ですか?」
「例えば、私の加護は精霊の加護などがあります。効果は精霊との対話や精霊魔法の取得です」
「俺の加護、闇の神の加護は闇魔法の威力向上、暗黒魔法の取得だ」
「私の加護は創造神の加護ね。効果は創造と破壊って言いたいところなんだけど、私の特権だから無理なの。その代り、時空魔法が使えるようになるわ。空間魔法と違って、時間まで止めたり早めたりできるようになる優れものよ。魔力消費も多いけどね」
「心配しなくてもちゃんと私たちの加護を上げます」
なんだか一気にチート臭くなったきたな。
どうしよう、このまま貰ってしまうと、ダメ人間になってしまう気がする……。
「では、力を授けましょう」
「ちょっと待ってください。このまま貰ってしまうのは申し訳なく感じるんですが……。それに、いきなり強くなってしまうと怖くて」
「そうですか? その気持ちがあれば大丈夫な気もしますが。……では、こうしましょう。努力すればするほど上達するようにします。努力しなければ強くなりません。魔力も最低限、自分の身が守れる程度しか授けません。これでどうでしょう」
「加護も制限した方がいいな。例えば、……信じるほど効果が上がるとか、どうだ。信じるといってもいろいろあるがな」
「それいいわね。信用、信頼、信仰等がいいでしょうね。溜まっていくと解放されるって感じかしら。」
「それでどうですか? シュン」
よく考えるんだ僕、魔力は低いから大丈夫だな。
加護も少しずつ解放なら大丈夫だろう。
問題は――肉体の強さだな。
「僕の体や魂はどうなっているんですか?」
「えっとね、体は成長するし、丈夫だよ。魂は悪意に苛まれずに生きていけば、元に戻るから安心して」
「最初はやり過ぎてしまうかもしれませんが、次第に慣れてくるでしょう」
本当に大丈夫かな。
不安になってきたぞ。
でもさっき、信じるって決心したからなぁ。
人に迷惑を掛けないようにすれば、大丈夫か。
「じゃ、力と加護を授けるか。まず、俺からは魔力と全属性の適性、冥府神の加護を授けよう。魔力は一般人より少し多いくらいだな。加護の効果は闇の神の加護の上級版だ。」
上級版!? ……って、なんで上級版! 意味わかんないよっ! 心読めてんでしょっ! スルーですか、スルーなんですかっ!
「私からは異世界の知識と最低限の道具、生命神の加護を授けましょう。効果は回復魔法の威力向上、聖域魔法の取得です。」
ロトルさんあなたもですか!? あなただけは常識神だと思ってたのに……。僕に、何をさせたいんですか!
「最後に私からは、召喚魔法とメディの加護を授けるね。召喚魔法はそのままの意味で、魔獣や魔物を召喚できるようになるの。そのために力で、屈服させないといけないけど。呼び出し方は何でもいいわ。加護の効果は私もわからないわ」
ぁ、……もいいよ……それで。手を抜く気はないんですね。……そーですか、わかりました。加護も意味わかんないけど、貰えるものは貰っとくよ……。
メディさん達は、そんな僕の心の雄叫びは聞こえませんとばかりに尋ねてくる。
「他に何か欲しい?」
「力が大きすぎる気もしますが、これでいいです。…ひとつだけいいですか?」
「ん? 何が欲しいの?」
「どうして、僕にここまでしてくれるんですか?」
「…………、それ、聞いちゃう」
「ダメですか?」
「ダメなわけじゃないけど…、その、なんt「お前の人生が狂わされたからだ」…なんでいうの!」
えっ! どういうこと? 僕の人生が狂わされた? 何を言いってるの…。
視界が揺れ、目の前が暗くなっていく。
「本人が知りたいって言ってるんだ。応えてやらなきゃいかんだろ。お前は嘘を言うのか。信じろと言った相手に」
「それはそうだけど、心が耐えられなかったら…」
「お前はこいつを見くびり過ぎだ。こいつは十五年間耐えてきたんだぞ。それに、変わろうとしてる。信じてやれよ」
「そうですよ、メディ。シュンさんは変わろうとしています。私たちが信じなくてどうするんですか」
僕が変わろうとしてる……? 信じる……?
メディさんは心配してくれる、ミクトさんとロトルさんは自信をくれる。
「……わかったわ。シュン、気をしっかり持って聞くのよ。生前、あなたが辛い目に遭っていたのは、我々神の者があなたの因果に干渉し、運命を捻じ曲げたせいなの。本当なら、幸せな家庭に生まれ、気の良い友達に巡り合えるはずだったわ」
「じゃあ、その神のせいで僕があんな目に遭ったんですか」
「ああ、そうだ。俺達が気づいた時には手遅れだったんだ。誰の因果に干渉したのか分からなかった。だから、お前がここに来るまで何もできなかったんだ。謝って済むわけではないが謝らせてくれ。発見が遅れて、すまなかった」
「同朋≪どうほう≫がしてしまった行いは万死に値します。その神は神の資格を永久剥奪され、時の狭間の牢獄で厳重に捕えられています。力と加護を与えたのはその、罪滅ぼしも兼ています。本当に、ごめんなさい」
「肉体を与えたのは私の独断なの。今度こそ、幸せな人生を歩んでほしいと思ったからよ。二人はすぐに事情を分かってくれたわ。あなたの意志を聞かずにやってごめんなさい」
三人はそう言って頭を下げてくる。
メディさん達は僕に本当のことを言ってくれた。自分たちのせいではないのに謝ってくれた。
また、逃げるのか僕は……。
違うッ! 逃げるんじゃない! 変わるんだ!
「――メディさん、ミクトさん、ロトルさん。心配してくれてありがとうございます。皆さんが僕のためにいろんなことをしてくれていたことが分かりました。もう、大丈夫です」
「本当? 私たちのことを恨んでない?」
「メディさん達のせいではないんでしょう。逆に、その神を捕まえて僕を助けてくれました。感謝すれども恨むなんてことはありません。それに、力付きで第二の人生も与えてくれました」
「よかった」
「ありがとうな、シュン」
「ありがとうございます。シュンさん」
「こちらこそありがとうございます」
これからは信じていくことができるだろう。前とは違って、味方がいるんだ。変わるって決めたんだから。
「それでは最後に転移場所について説明します。場所は私の知り合いのいる森です。彼女なら味方になってくれるでしょう。事情も説明しておきます。彼女は“雷光の魔女”と呼ばれているので、魔法を教わるのに適任な方です」
「“雷光の魔女”……。なんだか凄そうですね」
「転移した後は好きに生きていいからね。見聞を広げるのもいいし、ひっそりと暮らすでも何でもいいよ」
「お前には言わなくてもわかると思うが、あまり暴れるんじゃないぞ」
「はい、わかってます」
「では、転移させるね。次に目を覚ました時、そこは“アルセフィール”よ。準備はいいわね?」
「はい、本当にありがとうございます」
「シュンさんお元気で」
「シュン、がんばれよ」
「シュン、自信をもって生きるのよ。 では、転移!」
「「「シュン(さん)の人生に祝福を!」」」
僕の周りが一気に輝きだした。
これでお別れかな…。
メディさん、ミクトさん、ロトルさん、本当にありがとうございます。
三柱が僕に手を振っている。
僕も手を振り返したところで、意識が遠のいていく。死の間際の時とは大違いだ。安心して……ねむ……れ……る…………。
光が消えた後には俊の姿はどこにもなかった。
「無事に行けたようですね」
「問題もないみたいね。次に会えるのが楽しみだわ」
「すぐには会えねえだろうな」
「それはシュンさん次第なのでどうにもできません。私は彼女に事情を説明しに行きますね」
「俺はあいつが出てこれねえように、もっと厳重にしてくるか」
「私は…、シュンに危害を加える者がいないか見張っとくね」
「「おい、仕事しろ」」
三柱はそれぞれやるべきことをするために散っていった。