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再会

 …………ん……う、んん? ここはどこだ?

 意識が戻り目を開けると、そこは見慣れない場所だった。

真っ先に見えたのは、所々風化し年代の覗える木製の天井。視界に入る壁には不規則に入る大きな亀裂と、壊されたと思われる破壊痕。下に視線を向けても、床には破片一つない。綺麗に、掃除が行き渡っているのが見て取れる。その壁に取り付けられている木製の窓があっただろう場所は、窓がなくなり支え棒だけが横に取り付けられている。そこから差す光は心地いい。

 他にも鍵が破壊され、ドアノブが取れた半開きとなっている簡易タンスや閉められた変哲もない扉、扉が取り外されたのか壁には縦長の枠だけがある。


 ……どこだ、ここは?

 それよりも、僕はどうしてここで寝ているんだ?

 ……確か、魔物侵攻を食い止めるためにバリアルと闘っていたはず。そして、バリアルの説得に成功したけど、決着を付けることになった。結果は、お互いに引き分けということにしたんだったよね。

 それから……えっと……魔力と体力の消耗で倒れそうになった所へ、ウルフが襲って……どうなったんだっけ?

 う~ん…………あっ! その後、師匠が華麗に現れて蹴散らしてくれたんだった! 蹴散らした後に、師匠は僕の身体を支えてくれて、僕はそこで気を失ったんだったな。

 師匠はどこだ?

 そう思い、寝ている場所を確認しようと体を起こそうとすると、体のいたる所から悲鳴の声が上がった。


「――ッ!? ぐ、ぁっ、う、うぅ……はぁ、はぁ」


 起き上がるために力を入れた腹筋や背筋等の筋肉。体を支えるためにベッドの縁へ付いた手や腕、肩等の関節。体のあらゆる所から、極太の針で刺された様な激痛が起きた。

 筋肉痛から始まり、火傷や凍傷、打撲や切傷、肋骨には罅が入っているみたいだ。

 両手と太腿、少し血の滲んだ包帯が巻いてある。頭から圧迫感がするから、頭にも巻いてあるのだろう。


「……ふぅー。こうなるのも、当たり前だな」


 ソドム付近の荒野でベヒーモス戦。ガラリアへ転移した後のデモンインセクト戦。第三波のヒュドラ戦。連戦でのバリアル戦。他にも数百体のAランクとそれ以下の無数の魔物達。

 僕はその時のことを思い出し、身震いした。

 よく、僕は生きていたな……。

 どれも、一つ間違えていたら死んでいた。


「だけど、僕は生きている」


 生き残った実感を噛み締めようと手が動かせないので、僕は心の中でガッツポーズをする。

 すぐ横で何かが光ったような気がしたのでそちらを向くと、小さな台の上に戦闘で消耗した僕の装備品と収納袋が置いてあった。

 台が少し高くよく見えないが剣の融解や、仮面とコートにある焦げ跡や裂傷が見えた。

 こんなに破れていたんだ……。

 気を回している暇がなかったので全く気付かなかった。

 このコートは回復次第、修理しないといけないな。


 僕がそんなことを考えていると、取り外された扉の方から僕を呼ぶ声がした。


「シュン、目が覚めたようだな。――無理に起きようとするな、そのままでいい」

「あ、はい、師匠。……おはようございます」


 僕が体を起こそうとすると、師匠は待ったをかけた。


「おはよう。もう昼だがな」


 師匠は右脇に何かが入った袋を抱えて入ってきた。そのまま窓の取れた所から外を見て、そう言った。


「それに、君は五日間も寝ていたんだ。随分と遅い目覚めだ」


 師匠はからかうような笑顔をして振り向いた。

 ……え? 五日? あの日の昼じゃなくて?


「五日ですか……。僕はそんなに寝ていたんですね」

「そうだ。体力の消耗と魔力の枯渇、戦闘の怪我や肉体疲労に精神疲労。最初の一日は動くことさえしなかったぞ」


 師匠は心配そうな顔をする。

 そんなに酷かったのか。

 戦っている間はそれほどではなかったけど、今は結構辛いからな。そうなのだろう。

 それより、ここはどこで、どうなった? ガラリアは……。


「ここはどこですか? 魔物は? ガラリアは無事で? ……」

「まあ、落ち着け。ここは“街の旨味亭”の一室だ。魔物は君が魔族を倒した後、すぐに街から逃げて行ったよ。全体とはいかなかったけどね。ガラリアは無事、大規模魔物侵攻から護り切ることが出来て、現在は復興をしている。王都の騎士団も到着次第手伝ってくれている」


 バリアルの言っていたように魔物達は引いてくれたみたいだ。騎士団は間に合わなかったけど、街の復興を手伝ってくれているのか。

 外からは何かを打ち付ける軽い音や何かを指示している声等が聞こえ、街に活気が戻りつつあるようだ。


「この部屋は、眠った君を背負って街まで着いた時、丁度門の近くで物資を運んでいたバンジに会って、君を見た瞬間に部屋を開けてくれたんだ」


 バンジさんには、あの姿を見せたことがあるから、僕だって言うことが分かったんだろう。体調が良くなったらお礼を言っておこう。

 それにしても、師匠とバンジさんは知り合いだったのか……。まあ、あの村で修行をしていたんだから当たり前か。


「それにしても、どうして師匠がここへ……」


 そうだよね、どうして師匠がここにいるんだ?

 師匠は魔物が攻めてくることどうやって知ったんだ? それにここからファチナの森まで、数百キロはあるんだよ。その道程を数時間で来れるかな?


「シュンが森でウォーコングを倒したことを聞いた後、私はすぐに調べ始めた。すると、魔族が魔物を統率していることが分かり、急遽ガラリアヘ行くことにしたんだ。が、侵攻開始には間に合わずにこんな時間になってしまった。これでも、丸一日魔法を使って急いたんだがな」


 師匠はすまないといいながら、僕の寝ているベッドの端に腰を下ろした。そして、続きを話す。


「後ろから魔物を倒しながら、ガラリアへ向かったんだが、着いてもシュンが見つからなくて探し回った。ギルドの受付嬢に聞くと、君は最前線も最前線、ヒュドラと魔族の討伐に行ったというじゃないか。すぐに向かおうとしたが、思った以上に魔物が多くて足止めを食らっていたんだ」

「それでは、あの雲と雷鳴は師匠が起こしていたんですか……」

「シュンは、ここで私の二つ名の意味を聞いただろう? 君との戦闘ではあまり分からなかったかもしれないが、私の戦闘スタイルは落雷を降らせ、怯んだところを光魔法と雷魔法で仕留めていく方法なんだ。

 魔物の包囲網を抜けた時には既に魔族を退けていた後だったからな。まあ、その直後、君はワイルドウルフの群れに襲われる瞬間で、倒れる瞬間でもあったわけだ。向かってよかったというものだ。……食べるか?」

「いただきます。……そうだったんですか」


 師匠は抱えていた袋から丸く赤い物を取り出し、手渡してきた。それはアプルの実だった。

 アプルを見た瞬間に空腹感が訪れたので、受け取る。喉も渇いているが、昏睡状態から目覚めたばかりで重たい物が食べられないが、果物なら大丈夫だろうと思いながら受け取る。

 僕は軽傷である左手で受け取り、齧り付く。

 シャクシャクと、噛む度に軽い音が口の中で鳴り、耳へ届く。酸味のような甘味が口の中に広がり、体と心に活力が戻って来る。果物の果汁は喉を潤していく。


 師匠は変装していた僕のことを、『シュン』だとわかっているようだった。

 僕のことをシロと知っている人は少ない。

 ギルドで知っているのはロンジスタさんとキャリーさんとターニャさんだけだ。その中でも最初の二人はギルドにいないはずだから、ターニャさんに聞いたのだろう。

 ロンジスタさんという線も考えられるが、街には着いていなかっただろうからね。


「この五日の間に君のことをいろいろ聞いたよ」


 師匠は荷物を脇へ置くと、僕に振り返りながら言った。

 僕のこと? あんなことや、こんなこと?

 いや、別に(やま)しいことはしてない。……はず。


「決闘騒ぎや一人で上位魔物の討伐、ランクアップ試験、今回の侵攻について、それに『シロ』についてもね。ギルマスや受付嬢、街の人からたくさん聞けたよ。シュンは、いろいろと楽しくやっているようだね」


 師匠は寝ている僕の前髪を掻き分けながら、笑顔で言う。


「毎日、楽しかったです。辛いことや何回か起こったこともありましたけど、充実した日々を送れました」

「そうか。それはよかった」


 僕が満足そうに言うと、師匠は安堵した様な表情をした。

 それだけ、心配してくれていたのだろう。

 師匠には感謝しきれません。

 師匠だけでなく、ガンドさんやエリザベスさん、森の人全員に感謝しています。

 そう思いながら、剣やコートの置いてある台を見ていると、師匠が難しい顔をして言った。


「シュン、この剣はもう使い物にならないだろうな。完全に芯が歪んでしまっているだろう。さすがのガンドでも直せないと思う」

「……やっぱり、ですか」


 ドリムさんが言っていたように、使えなくなってしまった。魔力の流し過ぎと魔法の威力が高すぎたせいだな。

 悲しいような切ない気持ちになるけど、この剣がなかったらバリアルに負けていただろうな。捨てないで、大切に持っていよう。もしかしたら、何かに加工できるかもしれないし……。

 だけど、剣がなくなってしまった。

 僕は基本、魔法主体だからいいけど、剣がないのは心許ない。バンドさんのところで新しい剣でも買うかなあ。あ、でも、王都の知り合いに紹介状を書いてくれるって言っていたっけ。


「こっちの白い仮面とコートは……直るだろうな」


 持ち上げた剣を置きコートを持つと、しげしげと見ながら言った。

 よかった。それがないと姿を隠したいときや緊急時に困っちゃうんだよね。それに、まだ、効果や能力がほとんどわからないままだし……。


「恐らく、魔力を与えていれば自然と修復していくはずだよ。昔、これに似た防具を見たことがあるからね」

「魔力を与える、ですか?」

「着ていれば勝手に吸って修復されるよ。着なくても触れていればいいだろうね。……それにしても、この素材はなんだい? とても澄んだ魔力を感じるんだが……」

 師匠も僕と同じように魔力に気が付いたみたいだ。

 師匠なら『白尾の狐』や幻獣について知っているかもしれない。


「その仮面とコートは『白尾の狐』という、幻獣の毛からできているようです」


 僕はどのような経緯で手に入れたかと分かっている効果等を簡単に説明した。


「……幻獣の毛から、か。私も長く生きてきたが、幻獣についてはあまりよく知らない。その『白尾の狐』について私は聞いたことがない。長なら知っているかもしれないが、遠いからな……」

「まあ、いいです。地道に効果を確かめていきます。直ることが分かっただけでも、有難いです」

「そうか……」


 師匠は台の上に置きなおすと、こちらに向き直った。


「それでは、治療を始めようか。最初は右腕からだ」


 師匠はそう言うと、僕の身体の上に掛けてあるシーツを取り去り、右腕に巻いてある包帯やガーゼのようなものを剥がしていく。傷口に付着していたガーゼを剥がされる度に、針で刺されるような痛みが走る。

 火傷に裂傷、切傷等肉を切り裂き、既に五日が経ったというのに生々しく血が滴り落ち、シーツと師匠の手を赤く染めていく。


「骨には異常はないみたいだね。少し痛いかもしれないけど我慢してくれ。『診察(メディ)』……『消毒(ディシフィング)』、『ヒーリング』」


 師匠が『診察』を口にした瞬間に、僕の右腕からオーロラのような光が出てきた。色は、虹色のように幻想的な色ではなく、若干薄い赤と青を少し混ぜたような色だ。

 色を確かめると一つ頷き、回復魔法を唱えた。


 『診察』は、怪我や病気の有無が分かる魔法だ。異常があった場合、患部が光る。赤なら怪我、青なら病気を現し、光の強さが状態の危険度を現す。

 『消毒』は、殺菌をする魔法。

 『ヒーリング』は、『ヒール』より回復威力を上げた魔法だ。他にも、状態を少しだけ回復させる効果がある。


 僕の場合は、怪我が兎に角酷い。病気には罹っていなかったようだが、石の破片や少し膿んでいた。

 切り裂かれた傷口が巻き戻るように治っていく。血の赤い色でよくわからないが、痛みがなくなり指を動かせるようになった。

 右腕の他に両脚、体、頭、左腕の順に回復させていく。左腕の治療をする頃には、僕はアプルの実を食べ終えていた。

 全体の治療が終わると最後に、


「『癒しの聖母、生命の息吹よ、傷付き横たわる者に祝福の風を! ヒーリングベル』」


 と唱えると、白く淡い光が僕を包み込んでいく。暖かく、活力の湧いてくる上級の回復魔法だ。


 治療が終わると僕はベッドから降り、自分自身に洗浄魔法をかけて、血や埃等をきれいに取り去る。その後、台の上に置いてある収納袋から服を取り出して着た。


「魔法で治したといっても体力は戻っていないからね、無茶をしないように」

「はい。師匠、ありがとうございました」


 忠告をしてくれる師匠に、僕は向き直って頭を下げる。


「動けるようなら、ギルドに顔を出しに行こう。今回の報告と安心させにね」

「わかりました」


 師匠は持ってきた袋から果物や水物を取り出し、僕に手渡してくる。アプルの実以外にバナバの実やパナプの実、甘味と苦味のある薬用ジュース等が入っていた。


 あ、薬用ジュースで思い出した。

 回復薬を買っておかないと。


 食べ終え、少し休憩した後にギルドへと向かう。

 報告ということで仮面とコートは着ている。魔力を流せばいいということなので、着ていたほうが早く直るかもしれないから丁度いい。

 足取りが少し不安だが、こけることなく着くことが出来た。師匠が肩を貸してくれたのもある。


 大通りは着々と復旧・復興が進んでいた。

 建物が崩れた瓦礫を、数人がかりで運び除ける人達。罅割れた地面や大きめの瓦礫を地魔法や風魔法できれいにしていく魔法使い達。修理・補強工事をしている大工達。商魂逞しく出店を開いている商人達。住民が街に戻り、活気が湧き、ほとんど元の状態に戻りかけていた。

 地球と違い魔法が存在するため、復興が速い。


 遠くに見える外壁は最後に見た時と変わっていないが、布のようなものが掛けられている。その近くには冒険者や見慣れない鎧を着こんだ人達が経っている。光を反射する銀色の鎧に赤と青の布が見える。恐らく、王都の騎士団だろう。

 冒険者はギルドの依頼か何かで街の警護や手伝いをしていると思う。騎士団は手伝いだろう。


 ギルドの中は皆が忙しそうにしているが、魔物が侵攻してきていた時の表情ではない。笑顔の者や安心している者、誰も悲しそうな悲哀に満ちた顔をしていない。

 そのまま師匠に連れられるようにギルドの中に入ると、猫耳を頭の上に付けた女性がこちらに気付き声をかけてきた。


「シロ君! 目が覚めたのね。心配したんだよ」


 僕の顔を覗き込みながら、心配そうな声をかけてきたのはターニャさんだ。

 僕は猛スピードで走ってくるターニャさんを手で制しながら、返事をする。


「心配かけたようだが、もう大丈夫だ」

「本当? 大怪我をしたって聞いて心臓が止まるかと思ったんだよ? ギルマスが先に帰ってきたけど、シロ君は魔族と闘っているというし」

「こほん……。ちょっといいかい? ギルマスがどちらにいるか知っているかな」


 待ち兼ねた師匠が大きく咳をして、自分の方へ注意を向ける。

 ターニャさんは、そこで初めて師匠のことに気が付いたようだ。


「え? あ、はい! ……ところで、あなたはどちら様でしょうか? シロ君のことを知っているみたいですが……」


 師匠の言葉に、ターニャさんは慌てるように背筋を伸ばしたが、自分が師匠のことを知らないことに気付き困惑したように身分確認をしてきた。


 え? 知っていたから僕の場所や僕のことを教えたんじゃないの。

 あ、でも、師匠が表舞台に出ていたのは百年前だったんだよね。なら、顔を知らなくてもおかしくないのか。

 だけど、素性が分からない人に教えるかな?

 僕はそう思いながら、師匠の方を向き顔色を窺う。


「私のことはこの子からある程度聞いているかもしれないと思うが、改めて自己紹介しよう。私の名前はアリアリス=メロヴィング。この子の師匠だ」

「…………」


 ターニャさんは石像のようにピシリ、と固まってしまった。

 周りを見ると、師匠の声が小さかったことと皆忙しいので、誰も気付かなかったようだ。

 少しすると、ターニャさんの耳と尻尾がピンッ、と立ち上がり、体が小刻みに揺れ始めた。


「おっと、騒がないでくれよ。百年前はそれで嫌な目に遭ったんでね」


 師匠はターニャさんが叫び出す前に機先を制した。

 なんか、懐かしい。僕は両手で口を塞いだっけ。

 ターニャさんは出かけていた叫びを何とか呑み込む。


「……何か身分を証明する物をお持ちでしょうか……」


 何とか口に出せたのは、身分証明書の掲示だけだった。声は萎んでいき、体は強張っていったように見える。

 師匠は腰に下げた収納袋から、銀とも金ともとれる色をしたギルドカードを出しながら言う。


「これでわかるだろう」

「……わかりました。御用は今回の大規模魔物侵攻の報告でよろしいでしょうか?」


 カードを見た瞬間、さらに驚愕の状態となったが、どうにか自分を落ち着かせて、要件の確認に移った。

 報告だけでよかったんだっけ?

 他にもあったような……分からん。気のせいだな。


「ああ、それでいい。私はこの子の連れだ。……それで、ギルマスはいるのか?」

「はい。ギルドマスターはマスター室で今回の整理をしておられます。ご案内しますので、私の後に付いて来てください」


 僕と師匠はターニャさんに付いて行く。

 マスター室は二階にある会議室の反対側にある。

 扉には『許可なき者は立ち入り禁止』と書かれたプレートが掛けてある。

 その前まで来るとターニャさんがノックをして、入室の許可を訪ねる。


「失礼します。今回の報告にシロとお連れの方が来られました」


 一拍間が空いてから、ロンジスタさんの声が聞こえてきた。


「……入っていいぞ」


 ターニャさんは確認をすると忙しいようで、この場から退散した。

 僕は礼を言いながら入室し、師匠は無言のまま入る。

 部屋の中は、三人掛けぐらいのソファーが脚の小さい机を挟んで置かれ、古そうな本棚が数台と床の上に乱雑に置かれた紙の山があった。その紙に埋もれるように机があり、椅子に座っているロンジスタさんの姿がある。


「おお、誰かと思えば、シュンじゃないか。怪我はもういいのか?」

「はい、師匠の魔法で完治しました。まだ、体力の方は戻っていませんが、動く分には問題ないです」

「そうか、無事で何よりだ。それでこちらの女性は……」


 ロンジスタさんもターニャさん同様に師匠のことが分からないようだ。


「私はこの子の師匠のアリアリス・メロビィングという」


 師匠は簡潔に答えた。

 二度目の紹介を面倒だと考えたみたいだ。


「……と、いうことは、まさか、雷光の魔法使い……?」


 両手を付いて身を乗り出し、床に顎が付きそうなぐらいに口を開き、目を見開く。


「ああ、そうだ。……そう呼ばれるのは好きではないから、気軽にアリアと呼んでくれ。それと、普通に話してくれて構わない」

「あ、ああ、わかった。では、アリア殿と呼ばせてもらうとしよう」


 ロンジスタさんは椅子に座り直しながら、自分を落ち着かせて言った。

 こう見ると、師匠はすごい人なんだと実感できる。

 というか、初めて実感する。

 あの森や村だとそういった実感が湧いてこない。それに、森の中での師匠は普通だ。強いかもしれないが、英雄だといった気質が伝わってこなかった。

 だけど、今は違う。驚く人を見ると、やっぱりすごい人なんだと思える。


「とりあえず、座ってくれ」


 ロンジスタさんに座るよう促される。

 僕と師匠は右側のソファーに並んで座る。

 座ると同時に扉が開き、お盆のようなものを持ったターニャさんが入ってきた。

 そのまま、僕と師匠の前にお茶を置き、ロンジスタさんのところにも同じように置くと「失礼します」と言って退室した。

 どうやら、お茶を入れに行っていたようだ。

 一口飲んでみると、冷たくほんのりと苦味を感じる。それほど苦くなく、落ち着ける味だ。


「それで、あの後どうなったんだ?」


 ロンジスタさんが直入に聞いてくる。


「結果から言いうと、引き分けという感じで終わりました」

「それはあれか、決着が付かなかったという意味か?」


 ロンジスタさんは机の上の書類を脇へ退けながら、顔を向ける。


「いえ、決着を付けました。戦っている間に、誤解が解けたというか、和解したというか、とりあえず話し合いで一旦終わりました。まあ、その後に一発勝負をした結果が引き分けだったんです」


 僕は簡単に戦闘状況と魔族から聞いたことを話す。

 バリアルのこと、竜魔族のこと、目的、魔王のこと、魔大陸の状況・情勢……そして、天魔族のこと。

 僕が語り終えると、この場を静寂が支配する。外から微かに聞こえる音だけが耳に届く。

 ロンジスタさんは腕を組み、唸るように天井を見やる。隣に座っている師匠も同様に、何かを考えているようだ。


 僕はこの世界に来て、まだ六年とちょっとだ。この世界の人違い、魔族に対する危機感や感情が足りないし、違う。だから、魔族との確執がどうだとか等全くわからない。

 話を聞いていただけで、今回初めて魔族を見たのだ。だから、対等に話し、接することが出来たのだと思う。

 もし、この世界の人だと、恐慌状態になったり逃げ惑ったりして、和解にはならなかっただろうな。


「……わかった。真偽はどうであれ、よくやってくれた。お前がいなかったら、この街は壊滅していただろうからな」


 ロンジスタさんは肩の荷が少し下りたような表情で、安堵と労いの視線を僕に向けて礼をした。


「バリアルか……。あいつの言うことなら嘘ではないだろう」


 師匠がお茶を飲みながら、思い出すように呟いた。


「師匠、知っているんですか?」

「ああ。私が直接見たわけではないが、あいつは二五十年前に起きた魔族との戦争に出ていたはすだ。逆らう者や挑む者には容赦なかったようだが、その他の者には危害を加えなかったと聞く」


 師匠が言うことは、僕がバリアルに感じた人相と同じようだ。

 ロンジスタさんはその話を聞き、本棚から古びた分厚い辞典のような本を取り出し、広げる。


 この世界の本はほとんどが手書きだ。

 紙の値段はそれほどでもないが、手書きであるため希少価値が高く、値段も高い。最低でも銀貨一枚はする。魔法の教本等の知識の本は、小金貨五枚以上はするという。


「……確かに記録されている。バリアルだけでなく、竜魔族全体のようだな。だが、竜魔族は戦争中に引き上げ、天魔族と変わったと書かれている。そこから急激に死者数が増えていることから、この情報は本当の可能性が高いな。このことは全ギルドに通達しておく」


 ロンジスタさんは本から顔を上げ、再び口を開く。


「それと、お前のことを伏せた状態で、国に伝えることになると思う。だが、完全に秘匿することはできないだろう。『シュン』としては大丈夫だろうが、『シロ』としてはそうもいかんだろうな」

「そこら辺は分かっています。多少、騒ぎになるのは仕方のないことですから。ですが、王宮に呼ばれたとしても僕は行きません。そこは、譲れないです」


 あまり、そういうところには行きたくない。のんびりと充実して暮らせればそれでいいと思う。

 今回のような事件は懲り懲りだ。その後さらに、疲れることをするなんて嫌だ。


「わかっている。こちらで、どうにかしよう。……アリア殿はどうするのだ?」


 ロンジスタさんは隣でお茶を飲んでいる師匠に問いかける。


「私はあまり活躍していないだろう? 報告しないでくれ。だが、執拗に出て来いというのなら、私とシロは『この国から出て行く』と言っても構わない。もちろん、シュンもな」


 師匠はロンジスタさんに脅すように言った。

 ロンジスタさんは若干飲まれ、喉を鳴らした。

 もしかすると、この国から出て行くのか……。寂しくなるけど、帰ってこれなくなるわけじゃないし、別にいいかもしれない。

 でも、ミクトさんの頼みは、しておかないといけない。

 早めに王都に言っておこうかな……。


「……それは、ギルドとしても困る。絶対に、構うなと伝えよう」


 そうだよね。この国唯一にSSランクがいなくなったら、どうなるかわかったもんじゃない。

 最悪、戦争になるかも……。

 まあ、そうなったら師匠にお願いして、止めに行くけど。


「報告はこれで全部だな」

「はい、今のところはないと思います」

「私の方は前に伝えたとおりだ」


 ロンジスタさんに僕と師匠は頷きながら答える。

 師匠は僕の治療前に言っていた独自に調べたことを伝えたのだ。

 僕が立ち上がろうとすると、師匠とロンジスタさんに止められた。

 あれ? これで、終わりじゃなかったの?

 僕が困惑していると、ロンジスタさんが机の上を漁りながら、一枚のカードを取り出した。


「シロ、これはお前のギルドカードだ。その格好の時はこのカードを使ってくれ。無くしたら、銀貨五枚の罰金だからな。絶対に無くすなよ」


 僕はロンジスタさんが差し出した金のような銀色のカードを受け取る。

 このカードは師匠のカードに似ている。


「おめでとう、シュン。晴れて今日から、君もSSランク冒険者の仲間入りだ」

「そうだぞ。これで、この国のSSランク冒険者が二人となった。百年ぶりぐらいだな」


 へー、百年ぶりなのか。

 ということは、最後にこの国でSSランクに認定されたのは師匠なのか。

 …………。

 え? 僕がSSランク! 何言ってんの!


「……どういうことですか」


 僕は訳が分からず、拍手をしている二人に問質(といただ)す。


「シロがしてきた功績を考えれば、妥当なことだと思うよ」

「千数百体の魔物を一つの魔法で殲滅、しかも実践レベルの合成魔法だ。他にも、Aランクを数百体、単身でベヒーモス、デモンインセクト、謎の青い火魔法、ヒュドラ、魔族の撃退。どれをとっても波の冒険者ではないな。SSランクが妥当となる。これはソドムのギルマス、バーグンと話し合った結果だ」


 マジか……。

 で、でも、SSランクは行き過ぎなんじゃ……。

 Sランクでいいような……あまり変わらない気もするけど、数の多さでは数十倍ある。


「シュン、私には出来ないな。Aランク数百体はどうにかなるだろうが、その後にベヒーモスと闘えば、そこで魔力が枯渇してしまう。それに、君はあの魔法を使ってここまで来たんだろう?」

「あの魔法とは何だ? ひょっとしてあれか。お前がソドムから一瞬で帰ってきたことなのか?」


 師匠は気付いているようだ。

 その言葉にロンジスタさんが反応した。バーグンさんから聞いていないようだな。


「あの魔法とは加護魔法のことです。その中でも時空魔法と呼ばれる、魔法で転移してきました。軸魔法は空間魔法の上位魔法です。……これを見てください」


 僕はそう言って収納袋からギルドカードを出す。

 隠蔽しているところを全部解除してから、ロンジスタさんに手渡す。




名前;シュン

性別;男

年齢;十一

種族;人間

メイン;魔法 (火、風)


魔力量;六十万

力;C

魔力;SS+

防御;B

運;A (神の加護)


属性魔法;火、水、風、地、焔、氷、雷、木、光、

     闇、無、回復、召喚


加護;生命神、冥府神、メディ、運命神、魔法神


加護魔法;聖域、暗黒、時空、???


称号;異界の魂、神々の寵児、最高神メディの寵愛、神子、神

   に守られし者、絶望を知る者、苦難を乗り越えし者




 またなんか増えてるし!

 枯渇するまで使ったから、魔力量はいいよ。でもね、魔法神って誰? 何でまた増えるの! 称号も増えてるし……。神様は暇神なのだろうか。


「……シュン、私は君のステータスを初めて見たが、何と言っていいか分からん。魔力量は私の二倍はあるな。魔力はSS+表示とか初めて見た。それに、この加護の多さはなんだ? 多すぎだろう!」

「俺としては表示にS以上のものがあることを初めて知ったぞ。魔法に関してはある程度聞いていたからいいが、まさか加護魔法まで使えるとはな……」


 師匠は興奮して声が大きくなり、ロンジスタさんは放心状態で小さく言った。

 僕も驚いていますって。見る度に神様が増えてるんだもん。まあ、最近は諦めてるからどうでもよくなってるけどね。

 それにしても、魔力量は師匠の二倍か……。いや、三倍以上あるかもしれない。質を上げたせいで、魔力回復速度が通常の人の数倍あった。今回の試験でよく確認したから間違いないはず。


「と、とりあえず、これでわかったと思います。詳しいことはバーグンさんかキャリーさんから聞いてください。僕のことについてある程度教えました。さすがに出自までは教えてませんが、大体のことは伝えてあります」


 僕は慌てるようにこの話を切り上げる。

 立ち上がり、扉の方へ向かおうとすると、また止められた。

 振り返るとロンジスタさんが布の袋のようなものを手渡してきた。


「これは今回の報酬だ。ソドムとガラリアの分が含まれている」


 手渡された袋からは、ジャラジャラという音とずっしりとした重さが手に伝わってくる。中を開けてみると、大小様々な金色の硬貨が数えきれないほど入っていた。


「内訳は依頼料の小金貨一枚と報酬の中金貨五枚だ。それと、ガラリアの報酬の大金貨が一枚。ソドムでの補助魔法、両街合わせてAランク以下の魔物二千体以上の討伐、ベヒーモスやデモンインセクト等Sランクの魔物数体の討伐、ヒュドラの討伐、魔族撃退報酬、最後に貢献度による加算。合わせて白金貨一枚と王金貨八枚だ。白金貨の持ち合わせがなかったから、王金貨と大金貨となっている」


 ……白金貨? 白金貨って何円だっけ?

確か、石貨一枚が十円だったな。とすると……十億円! それプラス八億円! 

 宝くじも真っ青じゃないか!


「普通はそんなにいかないが、今回は緊急事態ということでSランクに王金貨一枚ずつ、SSランクに王金貨三枚、撃退に王金貨六枚となる。他にも倒した魔物の討伐証や素材を持っているだろう? その値段は入っていない。後で、ターニャに渡すといい」


 僕が半ば茫然としている間に話が進んでいく。

 これ以上に増えると……。

 まあ、あって困るものじゃないから貰っておこう。そして、使わないように亜空間の方にしまっておこう。今でも、七千万以上あるのに、肥やしにしてしまえ。


「それにしても多いです」

「そうだが、お前はそれ相応のことをしでかしたんだ。そのぐらい貰ってもおかしくないぞ」

「そうだ、シュン。君は二つの街を護り抜き、一つは被害なしだ。ガラリアは君が来てから実質の被害は負傷位の者だ。他にも脅威になる魔物の撃破、魔族の撃退、侵攻の理由等普通は無理なことばかりだ。私はそれでも少ないぐらいだと思うよ」


 ええぇぇーっ! そうなのぉーっ!

 この額で少ないってそういうことよ!

 これで素材を売ったら二十億超えるんだよ? 死ぬまで遊んで暮らせそうだよ……。


 僕が(もたら)された真実に愕然としていると、ロンジスタさんが更に驚愕することを言った。


「最後に、シュンのランクも上がる」


 あ、そうだった。Cランクの試験を受けていたんだっけ……。

 そういえば、ダンさん達は無事かな?

 こっちに帰ってきたのかな。五日しか経っていないから、微妙なところだ。


「ランクはAランクとなる」

「え? Cランクなのでは……?」

「流石に今回の騒ぎで、Bランク以上の人材がほとんどいなくなってしまった。お前のように力がある者にランクを上げてもらわないと、ギルドが困ってしまう。それに、悪いことではないと思うぞ。奇異な目で見られるかもしれんが、Aランクともなればちょっかいを掛ける奴もおらんだろうし、いたとしても問答無用で倒してもらって構わん。これは、この国のギルドの総意と取ってもらっていい。」


 ロンジスタさんは、反論は聞かんといったように、完全に仕事に戻ってしまった。


「はぁ、わかりました。有難く貰っておきます。悪いことだけではないようですし……」

「そうか、詳しいことはターニャから聞いてくれ」


 その言葉を最後に僕と師匠は退室した。

 その後、一階へ降りてターニャさんにギルドカードの更新をしてもらう。

 カードの色が空色から明るい赤色になった。

 Aランクになると、一目置かれ、公的機関やギルド系列のお店(喫茶店や食堂等)の値段が半額となる。他にも、今まで拒否できなかったことが出来るようになる。例えば、戦争の参加や今回のような場合の指揮権等だ。

 ようは、自由度が高まったということになる。


 更新が終わり、解体場へ行く。

 そこで騒ぎとなるが、僕と一緒に出ていた(ジンさんやスリーリャさん)がいたため大きな騒ぎにはならなかった。

 師匠から使えそうな素材を聞いて、売れる物だけを売っていく。合計で、王金貨五枚になった。


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