魔族
銀髪の魔族は左右の腕を自由自在に振り、風の斬撃を飛ばしてくる。僕は迫り来る斬撃を風魔法、大気の刃で迎撃する。仲間が後ろにいるため避けることが出来ない。
「くっ」
「早く、ここから退け!」
「……っ!」
真っ先に困惑と驚愕から回復したロンジスタさんが、気絶しているデュロさんを肩に担ぎ退避の命令を出す。皆は弾かれるように体を震わせると、すぐに立ち上がり、僕の後ろから左右へ別れた。
「くっ、……っう、『ロックウォール』っ」
ゆっくりと近づきながら放たれる斬撃に押され始めた僕は土の壁を作ることで一瞬凌ぎ、その場から回避する。
「『エアリアルバースト』!」
「フンッ、ガアアァァッ!」
避けると同時に土の壁が砕かれる。
僕はお返しとばかりに右手を突き出し、大気の砲弾を打ち出す。
が、銀髪の魔族は舐めるなと鼻で笑い、両手を顔の前でクロスさせて受け止め、気合の掛け声と共に砲弾を切り裂いた。
「小僧、やるではないか。……だが、足りんな」
夜が明け、辺りが明るくなり始めた。山の隙間から顔を出した太陽の光が銀髪の魔族を照らし出す。
その姿は三十歳ほどの外見と僕の二倍以上の身長と細身ながらも引き締まった肉体。悪魔と竜種の様な翼と尻尾が生えている。左右の指の爪は鋭く伸び、強靭な脚は指が三本しかないが太く長い。急所を守るように着けられた軽装の鎧と皮のズボン。背中には業物だろう身の丈ほどの剣を背負っている。
上半身が魔族、下半身が竜種。背中から生える蝙蝠の様な竜の翼と竜の尾。恐らく、魔族の中でも竜魔族と言われる種族だろう。
「……何者だ」
僕は悠然と佇んでいる竜魔族の男に尋ねた。
「俺は竜魔族の族長、バリアル・リングレット。又、魔族軍第四部隊隊長でもある。……小僧、主も応えよ」
尻尾を動かしながら両腕を組み合わせ、眉を上げて厳つい声で名を尋ね返してきた。
「俺の名は……シロとだけ言っておこう」
「……そうか」
バリアルは間を開けて呟いた。
僕が含んだ意味(偽名)を理解したのだろう。
「なぜこんなことをする。何が目的だ」
「決まっているではないか。人間共を支配するためだ」
バリアルは口角を吊り上げ、薄ら笑いを浮かべて言った。
魔王は穏健派ではなかったのか?
魔王の世代交代の話は聞かない。
「それは……魔王の指示か?」
「いや、これは独断だ。今代の魔王は腑抜けだ。俺は、あやつの下に付きたいとは思えん」
バリアルは眉を細め、顔を顰めるとそう言い放った。
魔王が腑抜け?
魔王は魔族の中でも最強だったり、有能な者が選ばれるのではないのか?
「魔王が腑抜けとは、どういう意味だ。魔王は認められて為るものだろう? お前も認めていたのではないのか?」
「そうだ。当時は俺も認めていた。現魔王は歴代最強と言ってもいいほどの力を有している」
「では、なぜ――」
「だが、在り方が気に食わん。なぜ、力を誇示しない! なぜ、闘おうとしない! なぜ、弱き者に頭を下げ、乞うのだ! なぜ、なぜ、なぜだ! 弱き者は支配すればいいのだ! ……すまない、興奮してしまったようだ」
天を見上げ、魔大陸の魔王城、魔王がいるであろう方向を横目に睨み付けるようにしながら、鋭い歯を剥き出し、怒りの形相となったバリアルは、動きはしないが尻尾を何度も地面へ打ち付け罅を入れる。
言い終わると自分がしていたことに気付き、一言謝り冷静になった。
魔王は、魔族とは根本的に違う考えを持っているようだ。
この世界の魔族は力が全てだ。
だから、最強である選ばれた魔王は一人で国を、大陸を治めている。
それは、他種族でも知っていることだ。
強き者が弱き者を支配する。そんな世界が魔大陸であり、魔族であると伝えられている。
バリアルの言ったことから、魔王は穏健派の中でも民主派といった感じだな。国民の声を聞き入れ、支配するより共に歩むと、いったところだろう。
現在の魔大陸は争いが少なく、秩序が生まれつつあるのかもしれない。まあ、バリアルの言うことを信じるならだが……。
だけど、こうしてバリアルが言うことを聞くと生前を思い出す。
「……それは、現魔王に反旗を翻すということか?」
「フンっ、それは違う。俺はただ単に、魔王の在り方が気に食わないだけだ」
「では、なぜ攻めてきた」
「なに、一度始めてしまえば、魔王も動かざるを得なくなるだろうと思ったまでのこと」
バリアルは再びニヤリと笑う。
「話し合いはもういいだろう? 早く、戦いの宴を始めようではないか!」
言うと同時にバリアルの魔力が膨れ上がり、周囲を威圧する。
くっ、なんて魔力だ。
肌にビリビリとした、空気の振動が伝わってくる。
「ほーぅ、この魔力と威圧の中で平然としているとはな」
バリアルは面白そうに片眉を上げて言った。
僕はそう言われて周りを確認すると、近くにいたセフルさん達が小刻みに揺れながら大量の汗を掻き、青い顔でへたり込んでいた。
反対側のロンジスタさん達も同様だ。ロンジスタさんは何とか動けるみたいだが、相当無理をしているみたいだ。
こいつの相手は僕がするしかないな。
ロンジスタさん達にはここから離れてもらうしかない。このまま闘うと確実に巻き込んでしまう。
「ギルマス! 皆をここから退避させてくれ! こいつの相手は俺がする!」
「……あ、ああ! すまない。俺では役に立たないようだな。シロ、頼んだぞ」
ロンジスタさんはすぐに皆を引き連れて街の方へ退避していった。歩けない者がいたが、何とかこの場所からいなくなってくれた。
「……よく、黙って見ていたな」
僕はバリアルから視線を逸らさずに皆が退避するのを見ていた。が、バリアルは動く気配が全くなく、それどころか『速くどこかに行け』と、目で語っているようだった。
「あやつ等がいては、主は本気で戦えまい」
何を言っている、といった感じで言い返してきた。
「……それは、すまなかったな」
「なに、良いってことだ。では、始めようか」
バリアルは面白そうに、楽しく笑って戦いを促してきた。
この戦闘は避けることが出来ないようだな。
この戦いで僕が負けることは出来ない。
本気を出すしかないようだ。
残りの魔力はおよそ二十万弱。
長期戦は不利になる……最初からフルでいくしかない!
「『解除』……くっ、ああ、ふぅー」
「お、おお。それが、主の本気だな。その溢れる魔力。俺の肌にビリビリと伝わってくる! 主、只者ではないな!」
バリアルは背中の剣の柄を握りながら、歓喜に震える。
「ああ、普通の人間ではないかもな」
僕もそう言いながら、右手に持っている剣を握り直し、魔力を通す。
…………。
シュッ ズガアアアァァァァァッ
お互いに見測ったかのように動き出し、衝突する。
姿を消す地を擦る音がしたと思ったら、次の瞬間剣と魔力がぶつかり合い、僕達を中心に爆音が響き渡った。
剣の衝撃と魔力の反発が広がり、地が爆ぜ、木が吹き飛び、爆風の渦が巻き起こり、ここら一帯を更地へと変える。
「ぐうぅ、やるな。俺の剣を真正面から受ける奴は何百年ぶりだ」
お互いに剣を打ち付け合い、金属同士の擦れる甲高い音が鳴り響く中、バリアルは目を見開き驚きの声を上げた。
「くっ、それはどう、もッ」
身長差のせいで僕は右脚を前に下から受ける形となっている。
僕は力負けをする前に体の重心を右へずらしながら、右肩と体をバリアルに近づけつつ剣をいなす。その後間髪入れずに右足で地を蹴り付け、左腕に剣を振り下ろす。
バリアルはそれを見切ると、剣から左手を離し、僕を上から叩きつけようとしてきた。僕は右に飛ぶことでそれを回避する。
「素早いな」
「お前もな」
お互いのスピードはほぼ互角。だが、身長や力の差で負けている。
このまま、打ち合うと負けてしまう。
それにあの剣は魔剣だ。
何かはわからないが、凄まじい魔力を秘めている。
「『雷よ、纏え』」
「ほぅ、剣に魔法を纏わせるか。奇妙なことをするな。……だが、面白い」
バリアルは言うと同時に、地を砕くほどの威力で蹴り付け、僕に肉薄してくる。僕も地を蹴り付け近づく。
振り下ろされる剛剣を下から掬うように受け、先ほどと同じ体勢になるが、今度は僕の剣からバリアルの剣を伝い、高圧の電流が流れ出す。
「ぐうぅ、クッアァ」
バリアルは電流を流されると顔を苦痛に歪め苦悶の声を漏らす。
これなら効果がある!
「スゥー、カアァーッ」
なんだ?
感電でもした……いや、違う。
これは―っ。
バリアルは体を硬直させながら、剣を押す力を弱め、カッと目を見開くと、息を大きく吸い込み燃え盛る真っ赤なブレスを吐き出した。
「――っ! ぐあっ、『氷よ、命を奪い去れ! ブリザード』」
ヒュドラ戦でブレスを吐かれる初動を見ている僕は、ブレスが吐かれるのを早めに勘付き、後ろへ飛び上がり距離を取ろうとしたが、一歩遅く右足を焼かれてしまった。
痛みを脳が感知するよりも早く両手を下に向け、脊髄反射で襲い掛かる高熱と火炎を凍える吹雪に閉じ込める。
拮抗したのは一瞬だった。魔力で強化された吹雪は大地を溶かす炎にぶつかると、ブレスを吐き出しているバリアルごと、朝日で光り輝く氷の彫刻へと変えた。
ドラゴンのブレスは何者も寄せ付けない高威力を誇るが、その温度も凄まじい。
泉を蒸発させ、鋼鉄を溶かし、全てを赤熱する物質へと変える。人間なんて一瞬で蒸発してしまう。
護り切るには吐き出される魔力よりも多い魔力で防がなくてはならない。
ブレスの威力は、ドラゴンに限ったことではない。ヒュドラのブレス、竜魔族のブレスも然り。種族差、個体差はあっても、効果は変わらない。
ウォーコングを一撃で絶命させた魔法も、バリアルにはほとんど効いていないだろう。
一見、氷の中に閉じ込められ微動だにせず死んでいるように見えるが、感知される魔力反応は全く変わっていない。
「バリアル、効いていないのだろう? 早く、出てきたらどうだ?」
「……クックッ、クワッハッハッハッ……見事」
僕がそう言うと、氷の中からくぐもった笑い声が聞こえてきた。バリアルは一頻り笑うと僕を褒め、氷に亀裂が入り内側から粉砕された。
ブレスを吐く生き物が、ブレスと同等の威力の魔法でやられるわけがない。いくら自分の魔法や技だとしても、その身体の強度はブレスよりも強くなくては、自分のブレスで焼かれ自滅してしまうのだから。
「俺のブレスを一瞬で氷漬けにするとはな。こんなこと初めてだ。改めて実感するぞ……この世界は広い」
バリアルは心底嬉しそうに両手を左右に掲げ、宣言するように吠えた。
バリアルは氷漬けにされた剣を握ると力任せに引き抜き、再び両手で正眼に構える。
「ブレスもそうだが、剣に魔法を纏わせるなど誰もしなかった。いや、出来なかった。魔力に余程の技量と純度、操作能力がなければ出来ないだろうからな。それをシロ、お前はいともたやすくやってのけよった。俺は、そんな好敵手に出会えて本当に嬉しいぞ」
バリアルの声は歓喜に震えている。
それほどまでに、戦闘に飢えているということだろう。
「俺はいい迷惑だがな。平穏に暮らしたいのに、お前のおかげで平穏から遠ざかってしまったよ」
僕はおどけたように言い返す。
まあ、平穏に暮らしていけるとは思っていなかったけど……これは、行き過ぎだと思う。
「ハッハッハッ、主は正直者だな。確かに、争いごとのない平穏はいいかもしれん。だがな、刺激のない毎日などつまらんではないか。この身が腐ってしまう。……主もそう思わんか」
「…………」
前世で死ぬ前に、僕は『自由に生きる』って決めた。
実力を隠して過ごすことが自由かどうかはわからないけど、多少窮屈を感じるのは確かだ。
毎日戦闘に明け狂った日々は嫌だけど、何かしらの出会いや出来事、物語の様な刺激があってもいいのかもしれない。それでも、限度はあるが。
「沈黙は是、ととってもいいのだな」
「……まあ、そうだな。少しは刺激があってもいいかもしれん」
「だろう、だろう。そうだろう! だがな、それが今の魔王、魔大陸の在り方なのだ。この大陸ほどではないが、着々と平穏が訪れ始めているのだ。ただ俺は、前魔王等のように無益な争いがしたいわけではないが、な。……まあ、今はそんなことどうでもいい、早く続きを始めよう。主の力を見せてくれ!」
バリアルは喜怒哀楽を感じさせる顔で言い放った。
無益な争い、ね……。
もしかしたら、バリアルは人間や亜人を殺すような、殺戮心を持っていないのだろうし、思っていないようだ。いや、そうなのだ。
僕は魔力を練り上げ、バリアルに魔法を放つ。
「いいだろう、覚悟しろ! 『エアリアルバースト』」
「その技は効かんぞ! フンッ、どうd……?」
僕が放った大気の砲弾は両手に持っている剣の一太刀によって斬られてしまう。
が、僕はそんなことお見通しだ。
必ず、バリアルは正面から受けると思った。
「……ハァッ」
放った砲弾の後を追うように走り、バリアルの剣が振られた瞬間に右側へ回り込み首筋を斜めに斬り付けるが、バリアルは反応すると体を捻りながら右腕を上げ、腕に付けている小手でガードした。金属同士がぶつかり合い、火花が飛び散る。小手は硬いのか傷を付けるだけに留まる。
防がれるとすぐに剣を引き、体を傾け左の廻し蹴りを脇腹へ叩き込む。が、バリアルはそれも反応すると地を蹴り付けて後ろへ飛び下がる。
バリアルは片足を地に付けると上体を屈め、剣を腰溜めに構えると突貫してきた。蹴りを放ち、体勢の崩れているところを一突きするつもりだ。
「くっ!」
僕は横目で一瞥し避けられないと悟ると、風を下に向けて放ち、反動で体を浮かせて回避した。バリアルは僕の下を通過し後姿を見せる。僕はそこへ、『風撃』をお見舞いする。
「ぐうぅーッ、カアッ」
バリアルは振り向きながら地に足を付け回避しようとするが間に合わず、両手で顔を守るようにガッチリと踏ん張るように構えた。
風の衝撃はバリアルに細かな傷を刻み込む。金属にぶつかる甲高い音が連続して響き渡り、保護されていない肌は無数の傷跡が付き、薄らと流血させた。
バリアルは風を凌ぐと、両腕を指がこちらに向くように回転させ、気合と共に両腕に魔力を纏わせて切り裂いてきた。
僕とは違った風の斬撃、力と魔力の斬撃が空気を裂き迫る。
「『ウィンドプロテクション』!」
僕は全身を風で纏い、剣で抑え込むように防御するが、斬撃は風の保護を貫き、いたる所に無数の傷を付ける。
「『秘儀・飛斬乱舞』」
バリアルは回復する時間も与えずに、剣を高速で振い飛ぶ斬撃を放つ。僕は地面に着地すると、剣を顔よりも上、上段に構えると、魔力を切っ先から放出して地面を裂く勢いで振り下ろした。
「『一刀両断』」
バリアルの飛ばした無数の斬撃と僕の地を裂いて進む巨大な魔力衝撃がぶつかり合い、ズガァーッンという轟音を鳴り響く。
音が鳴り響くと、次に衝撃が襲い掛かってきた。一瞬の静寂の後、強風が吹き、地が捲れ上がり、僕とバリアルは後方へ吹き飛ばされる。
僕は体を捻り、『エアクッション』で無事に着地すると爆心地を見る。
砂煙が広がる中、舞い上がった石が落ちる音だけが辺りに聞こえるだけだ。反対側にいるバリアルの反応には動きが見られない。
次第に土煙が晴れ、辺りがはっきりとわかるようになった。僕が放った斬撃、一本の跡筋が円形の窪みに突き刺さっているように見える。
これは、僕の斬撃が打ち勝ったのだろう。
バリアルがいるであろう方を見ると、剣が後ろの大岩に半ばまで突き刺さり、その傍には仰向けに倒れたバリアルがいた。
ゆっくりと立ち上がったバリアルは左手で剣を掴み、右手で握り拳を作ると大岩に向けて拳打を叩き込んで剣を解放した。
「……クックッ、主は素晴らしいな。これは、効いたぞ」
「…………」
バリアルはそう言うが、ほとんど効いていないように見える。先ほどよりも傷跡が増え、体の鎧に縦一閃の傷が付いているが、流血はほとんどない。感じる魔力も減りはしているが、僕よりは多いだろう。
僕の残りはおよそ十万。バリアルは十五万から二十万はある。多くても僕の二倍だ。
これは、少しやばいかも……。
魔法を適当に放つわけにはいかない。
装備品や剣は頑丈なようだが、皮膚まではそうじゃないみたいだ。腕や脚、繋ぎ目などを狙えばまだ勝機はある。
後は頭を狙ったり、効くであろう蒼炎が当たればすぐに終わるのだろうが、この人はあまり悪い人ではないように感じから、殺すわけにはいかない。
何とかして動きを止めて、戦闘不能状態にしなくては……。
腕や脚を斬り飛ばしただけでは、這いずって攻撃を加えてきそうだしね。
「来ぬのなら、こちらから行かせてもらうぞッ!」
バリアルは剣を構えると走りながら斬撃を飛ばす。
僕は風を纏い、右に避けて行く。バリアルも僕が避ける方へ移動する。
ヒュンッと、死神が振るう鎌の様な風切り音がいくつも僕の背後から聞こえる。
はぁ、はぁ……このままでは魔力が切れる前に体力が切れる。
「すぅー、『フレイムショット』」
僕は息を吸うと、近づいてきたバリアルに左手を拳銃のように二本の指を突き出し、炎の弾丸を打ち出す。斬撃に阻まれるものもあったが、何個かすり抜けた。バリアルは構わずに突っ込んでくるが、炎の弾丸は着弾と共に爆発し、バリアルを軽く怯ませた。
僕はその瞬間に魔力を煉り上げ、バリアルの懐へ潜り込み、鳩尾に目掛け掬うように左手の掌底を放つ。爆炎が広がり視界の悪かったバリアルは反応が遅れ、躱すことが出来ずにそのまま叩き込まれたが、腹筋に力を入れ跳ね返してきた。
僕は反動で左手が肩ごと後ろへ持っていかれ、バリアルは前屈みになり数メートルほど地面を擦ってと飛ばされる。
「ガアァッ、小癪なッ!」
バリアルは上体を起こして気合を放つと、打ち込まれた衝撃を消し去り、剣を両手に向かって来る。僕は繰り出される剣撃をいなし躱すことで捌き、隙有らば懐へ入り蹴りや体当たりでバランスを崩そうとする。
が、バリアルは超反射と体捌きによって回避し、力と気合で守る。そして、体勢の崩れたところを狙って蹴りや斬撃を入れる。
辺りに鳴り響くのは甲高い金属音と辺りを吹き飛ばす衝撃音。一動作ごとにお互いの魔力の奔流が迸り、地面を穿ち、空気を震わせる。
この場には僕とバリアル以外誰もいない。
人はもちろんのこと鳥や兎などの動物からウルフやゴブリンなどの低ランクの魔物、将又レッドオーガやキングウルフなどの高ランクまで魔物までいない。
ヒュドラの後続の魔物達は最初こそ接近していたが、バリアルの登場とこの戦闘によって逃げて行ってしまった。
逃げて行った方向がガラリア方面だと面倒なことになっていたが、踵を返し跳ねるように逃げ帰ってくれたので安心した。
「スゥー」
バリアルは息を吸い込み始めた。
またブレスか……。
僕はそう思い、空へ飛び上がると水と氷の合成魔法で身を守る。
「『休みなく噴き出す泉は、彼方より吹き付ける極寒の冷気にて凍り付く アイスゲイザー』」
「フウゥー」
「―っ!? しまっ……」
地表からいくつも噴出した間欠泉は瞬時に凍り付き、巨大な氷の建造物が出来上がった。
が、吐き出されたブレスは炎ではなく、雪と氷が混じり凍える氷のブレスだった。気づいた時には遅く、ブレスは氷の柱ごと呑み込み僕を閉じ込めた。
「クックックッ、今度は主を閉じ込めてやったぞ。主はどうやってその中から出てくる?」
氷の外から微かに聞こえてくるバリアルの声。
纏っていた風が微かに隙間を作り出し、完全に凍り付くのを防いでくれた。だが、ほとんど動くことが出来ない。
どうするべきか……。
この中は僕の魔力とバリアルの魔力が合わさり、強力になっているだろう。
氷を壊す、或は融かさないと出ることはできない。
壊すのは恐らく無理だろうから、融かすしかないな。
普通の炎では無理だから……あの炎に頼るしかないか。
「ん? どうした。もう、終わりか? それとも死んでしまったか。……惜しいことをしてしまったか」
バリアルは待ち遠しそうに問いかけるが、殺してしまったと思い、寂しそうに言った。
「……勝手に殺すな。ちょっと待ってろ、すぐに出てやる。『蒼炎之纏』」
ジュッ シュー
僕がそう唱えると、青い炎が足元から吹き上がり、全身を包み込んだ。
瞬間、水が蒸発する音が二種類聞こえた。初めの音は、僕の周りの氷が水になることも許されず蒸発する音。二度目の今も鳴っている音は氷が熱に当てられ水となり、沸騰している音だ。
身に纏った瞬間に氷の檻の中から飛び出し、バリアルの目の前に着地する。すぐに、身に纏った炎を消したが、余熱が地面や空気に伝わり、湯気と陽炎を発生させた。
くっ、魔力消費が激しい。
連発できる魔法じゃないな。
「くはぁー、待たせたな」
僕は吸い込んだ息を吐きながらバリアルに言う。
僕の周りは熱く暑い。
まるで、昼間の砂漠に何もせずにじっとしているようだ。
「……クックッ、クワッハッハッ……。面白い、面白いぞ、シロよ! お主は最高に面白い奴だ! なんだ、その青い炎は! 初めて見たぞ! 俺のブレス……いや、古龍のブレスよりも熱いのではないか!」
バリアルは体をくの字に曲げ、僕を指差しながら言った。
やはり、この世界では科学、もとい事象が分かっていない。
これを世間に広めようとは思わないけど……。
「なぜ、最初からそれを使わない? さすがにその炎を使われていたら俺を倒せていただろうに……」
バリアルは不思議そうに言った。
……そんなこと決まっているじゃないか。
「この魔法は……というより、俺が使う一般的に知られていない魔法は魔力消費が激しいんだ。特に、この魔法は一瞬でなくなる。……それに、俺はお前を殺したくないからな」
僕が顔を背けながら言うと、バリアルは呆気にとられたのか笑うのをやめ、目を軽く張り、口を薄ら開けた。
バリアルの笑い声が聞こえなくなり、辺りに聞こえるのは水の蒸発する音と流れる音のみ。
それ以外の音は何も聞こえない。
先ほどまでの戦闘が嘘だったかのようだ。
「……それは、本気で言っているのか」
バリアルは静かに、小さくつぶやくよう言った。しかし、その声に含まれているのは怒気だ。目線は僕を睨みつけるように捉え、噴き出る魔力は衰えているが背筋の凍る感覚は健在だ。
まあ、ああ言ったら、こう言われることはわかっていたけど……。
バリアルは魔族である前に武人、魔族の在り方の前に武士・騎士道、武人気質なんだ。
「本気だ。――」
「き、さ、まーッ!」
バリアルは魔力と威圧の重圧で大地を陥没させ、足元から罅を入れる。
僕は『そんなこと知りません』と、いった感じで後を続ける。
「――だが、お前を舐めている、手加減しているわけではない」
「……どういう意味だ」
バリアルの纏っていた重圧が取れ、声に宿っていた怒気が薄れた。だけど、完全に怒りが取れたわけではない。
「そのままの意味しかない。お前が俺を認めたように、俺もお前を認めたのだ」
「俺が、お前を、認めた……」
「そうだ。氷の中に閉じ込められていた時、お前は『惜しいことをしてしまった』と、言ったからな。あれは、俺の様な強者が、自分と対等に戦える、全力で戦える者を殺してしまったことに悔み、悲しんでいたのではないのか?」
あの時の声に含まれていたのは確かに哀しみや寂しさ。醸し出されていた雰囲気は殺してしまったと思い、悔やんでいるようだった。
「そ、そんなことはない! あの時はお前が死に、これ以上この戦いを楽しめないと思ったからだ!」
バリアルは狼狽しながら、腕を振ったり身振り手振りで言ったが、全く本心とは思えない。いや、本心ではあるのだろうが、浅いだけだな。
「確かに、それもあるだろうさ。だけど、根本にあるのは俺が言ったことだろう? 楽しめなくなった時はどんな気持ちだった? 失意、心の中にポッカリと穴が開いた気分ではなかったか?」
僕はゆっくり諭すように言う。
バリアルは目を閉じ、天を仰ぐように顔を上げて、その時のことを思い出しているのだろう。
僕はそんなバリアルを尻目に話を続ける。
「この際だから言うが、お前も魔王と同じだと思うぞ」
「……なんだと」
バリアルの声に怒気が宿ったが、それほどではない。魔王と同じと言われ、癇に障っただけのようだ。
「当然在り方は違うさ。けどな、お前は魔族である前に武人なんだよ。戦いたいと言っているが、無益な戦い、争いは嫌なのだろう? それは、武士道精神や騎士道精神というものではないのか? 魔族にあるか知らんが」
「武士、騎士……道」
「お前の場合は武士道だろうな。武士道には【義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義】という道徳がある。『義、人として正しい道、正義を指す、己の道を進む。勇、義を貫くための勇気、自分の行為が間違いではないと思い命を賭して戦う。仁、他者への思いやり。礼、仁の精神を育み、他者の気持ちを尊重する。誠、言ったことを成す。名誉、名を尊び、自分に恥じない高潔な生き方。忠義、主君に対する、絶対的な従順。だが、主君の間違いを、命を賭して正すこともいとはない』……中には違うところもあるが、そこは魔族だからだろう」
義、勇、誠、名誉、忠義は当てはまるだろう。仁と礼に関しては他者への思いやりはなくとも、同種族の思いやりはあるだろう。
「お前の言ったことは『支配する』、『魔王の腑抜け』、『在り方』。どれも、魔王のためだろう。魔王に、魔王らしくしてほしいだけだろう。それに、支配するとは殲滅、殺戮ではないだろう」
僕は聞き取りやすいように言った。
バリアルは顔を戻し、目を開く。
「……そうだな。主の言うとおりだ。俺は魔王に、あやつにもう少し、魔王らしく威厳をもって接してほしかったのだ。……我ら、竜魔族は竜の血が入っていると言われている」
突然、バリアルは語り出す。
竜魔族は竜の血族と言われる。その中に亜人の竜人も含まれる。竜に対して、魔族か人かの違いだ。
竜は力なき者の下には就かない高貴なる生物だ。それは竜魔族でも、竜人でも同じだ。
竜魔族はその中に魔族の血も入っている。
『力こそが全てである』が、種族としての根本だとすると余計に力なき者の下には就きたくないだろう。
力とは単に武力だけではない。知力、権力、財力、国民からの支持、カリスマ等あらゆる面で言う。
竜魔族は代々魔王に仕える種族らしい。仕えると言ってもそのものが最強であるなら魔王となる。
そして、魔王が魔王に相応しくないと判断した時、竜魔族は処断する権限を持っているようだ。
だが、今回の魔王は最強であり、国民からの支持もある。争いが減り、国が豊かになり、新たに秩序が生まれた。やり方は気に食わないが歴代では一番いいと言ってもいい。
だから、処断することが出来ない。してしまえば、魔王を支持する者全ての魔族が、竜魔族の敵となる。もちろん、他種族の仲間もいるが、微々たるものだ。
それに、魔王の力は歴代最強。立ち向かって勝てる道理はない。
だから、今回のように戦端を開いてしまおうということだ。
バリアルは語り終えると黙り込んだ。
バリアルが話している間に雲行きが怪しくなり、ゴロゴロと音が鳴る。
「そうか……。だが、魔王の考えを否定するだけではいかんだろう」
「なぜだ?」
バリアルは心底わかりませんといった感じに訪ねてくる。
「なぜって、魔王の考えを知り、その考えを自分でどうなるかを考えないと。魔王がしていることはお前達、魔族全体のためだぞ。弱き者を支配すれば言うことを聞くかもしれない。だけど、それは表面上だけだ。内心では何を考えているか、わかったもんじゃない。恐慌状態、不利な状況になると寝返るかもしれん」
「それは、そうだが……」
「だけど、魔王がしていることは違う。相手の立場を知り、得意なことを任せ、自分が出来ないことを無理にせず、願いを乞うために頭を下げる。適材適所ということだ。そうやって接すれば、人望が上がり、人は、国民は豊かになる。恐怖政治は恐怖が弱まれば反乱がおきる。だが、今はそんなこと起きないだろう。二百年以上も続いているのだから」
どんな人、種族、生き物だって、優しくされれば悪い気持ちはしない。頭を下げ、頼まれれば断りにくい。出来ない事なら別かもしれないけど、出来る・得意なことなら断る人も少ないんじゃないかな。
「…………」
「今からでも遅くはないと思うぞ。魔王のことを知り、魔王の考え・理想を聞けばいい。それでも、魔王の在り方が気に食わないのであれば、実力行使より先に自分の考えや思いを伝えればいい」
「そんなこと魔王に言えるわけないだろうが。魔王とは畏怖・畏敬の存在であり、我ら魔族は魔王の言うことに従うのみ! ……俺が言うのもなんだが」
「はぁー、お前は何を言っている。上に立つ者の言うことが全てではないんだぞ。先ほども言ったが上に立つ者が間違えていると思った時は、下の者が正さないと。まずは諫言。下の者が上の者の過失などを忠告しないとな」
武人かと思っていたが、やはり戦闘狂でもあったか。
それに、魔族の考えが思っていたよりも根深い。
魔王がもう少し下の者の統率を取ればいいような気もするんだが……。
会ったこともないし、よくわからんな。
「それでも間違っているときは、どうするのだ?」
「その時は、それ以上に話し合う。それでも無理なら多数決という案もある。或はどちらも取り入れるとか、第三案を考えるとかな」
バリアルは唸るように考え出した。
え、これっていけるんじゃないかな。
この感じで帰ってほしいような……。
魔力も体力も底を尽きそうだし。
今は立っているのも正直、辛いんだけど……。
真上の空の半分が黒い雲に隠されてしまった。時折光りを発し、鈍音が鳴り響く。街の方からは落雷と放電が見える。
「……そうだな。主の言うことが正しいだろう。魔王城へ帰って、魔王に聞いてみよう」
お、やった!
「では、早く行くがいい」
僕はそう言って、その場に寝転がろうとして失敗する。
「いや、待て、そう急ぐでない。この戦いの優劣を付けてからでもいいではないか」
バリアルはニカッと、笑って言い放ちやがった。
これだから、戦闘狂は……。
こっちはもう限界なんですよ!
「いいだろう。……だが、一つだけ条件を付けさせてもらおう」
「ん? なんだ? 言ってみろ。それで判断してやる」
バリアルは顎を動かし、条件を言えといってきた。
「なに、簡単なことだ。次の一撃に全ての力を注ぎ込み、最後の一撃としよう。お互いに満身創痍だろう? これ以上続けても意味がないしな」
「ふむ。……いいだろう。面白い。その条件を飲もうではないか」
バリアルは顎に手を当て、考える仕草をすると条件を飲んでくれた。
これで、死ぬ確率が減る。
「だが、相手を殺すことは禁止な」
「なぜ! と言いたいところだが、いいだろう。魔王に問うまで、俺は死ぬわけにはいかんからな。それに、主は俺が全力を出せる数少ない相手だ。生かしておけば、また戦えるかもしれんしな」
なんか、不味いような気もするけど、今はそれでいい。
この流れで今は行こう!
この後はどうにでもなる! ……だろう。
「お互いに距離を離そう。開始の合図は、次に近くで稲妻が轟き、落ちた時だ」
「フンっ、よかろう。……俺は、この魔剣の能力、身体能力向上を使う。主も本気で来い」
バリアルはそう言い、踵を返そうとする。
「わかった。俺は、俺が今出せる最速の魔法剣で相手になろう」
僕はミスリルの剣を掲げながら宣言した。
「そうか。……楽しみだ」
バリアルは聞き入れると踵を返して、初動の位置へ行く。
僕も時間がないので急いで対極の位置へ急ぎ、剣と魔法の準備をする。
使う魔法は雷魔法。
僕が使える魔法剣の中で最速を誇る剣技。
左手左脚を前に半身をとり、右脚体重に構えて少し腰を下ろす。両手に持っていた剣を右手で持ち、肘から剣先をバリアルに向けて、一直線にする。
その状態から剣に雷を纏わせ、剣先に左指を当て、雷魔法を重ねる。左指と剣先がほんのりと光り、放電を発すると準備終了だ。
一方、バリアルの方は静かに剣をやや右に正眼に構え、佇んでいる。
遠くから轟くのは、何かに阻まれたような稲妻の音。
開始の合図はまだ来ない。
蟀谷から垂れてきた汗が頬を伝い、顎へ到達した。
が、精神を研ぎ澄ましている僕は、そんなことを気にしていられない。一瞬の気の緩みが、勝負の結果を変えてしまう。
ゴr……ゴロゴ…………ピカッ……。
空から強い光が出ると、辺りに一瞬の静寂が訪れた。
その瞬間が来ると思うと、剣を握る手に力が入る。
……バリバリバリ、ズガアアアアアァァァァッン
来たッ!
と思った時には、僕達は既に動き出していた。
僕は左指に灯っている光をバリアルに狙いを付けて地を蹴る準備に入る。
対するバリアルは地を粉砕するほどの勢いで蹴り付け、僕に迫る。
刹那の時にバリアルは二十メートルほどの距離を半分以下に縮めた。その時、僕も右足で地を蹴り、肉薄する。
同時に左指の放電する光を、バリアルの剣の鍔に近い刀身に打ち込む。
大気を裂き、地を削りながら進むバリアルは僕に詰め寄ると、両手に持った剣を右外側から下段を狙って振り下ろしてきた。
霞んで見えるほどの速度で振り下ろされる剣。
狙いは僕の左脚だろう。
「もらったッ!」
勝利の歓喜と戦いの興奮の色を濃くした顔。バリアルは僕が動けないと悟ったのか、勝利の雄叫びを上げた。
だが、僕はそれを見切ると右脚を外側へ踏み出し、右脚を軸に左脚を後方へ回転させながら、体を反らせて右手の魔法剣を放つ。
「『雷鳴剣、紫電』」
放たれた一撃は吸い込まれるような軌道を描き、雷を纏い黄金色に光り輝きながら、バリアルの刀身に打ち込んだ楔に命中した。バリアルはあり得ない光景に驚愕する。凄まじい火花と轟音、そして金属音。
打ち込んだ魔法の名前は『エレクトロマグネッション』。電磁気(電気と磁気)を起こす魔法だ。打ち込んだ放電する光と剣先に灯した光は同一のもので、磁石のように引かれ合い、込められた魔力量によってその速度を上げる。その後、付加として高圧の電流を流す。
効果は必中とまではいかないが、神槍グングニルに似ている。槍ではないが……。
キンッと耳鳴りの様な音を振り撒き、刀身を圧し折った。バジンッと鼓膜を破るような破裂する音がすると、バリアルが、体を痙攣させ吠えた。
「ぐ、グアアッ、ガアアァァーッ……クハッ」
苦悶の声は叫びに変わり、大音声の咆哮となった。
バリアルの刀身に僕の剣がぶつかり、刀身を破壊したと同時に、バリアルの身体に高圧の電流が流れたからだ。
電流が止み、バリアルが地に伏すと、その傍に圧し折れた刀身が回転しながら落ち、大地へ垂直に突き刺さった。
「く、はあぁーっ……」
バリアルの肌と鱗は黒焦げ炭化している。防具は燃え尽きた革製と赤熱し融解している金属製。その手に握られている剣の刀身は、二十センチほどしかない。
地面に目を移すと体と同様に、足が着いていた場所を中心に焦げ目が半円状に広がり、僕がいた方には焦げ目一つない。
残り全ての魔力を煉り込んだ一撃はバリアルの反応速度に打ち勝ち、その刀身を折ることに成功したようだ。
一滴もない魔力で、ピクリとも動かないバリアルの魔力を感知してみる。
感じる魔力は死人のように一定の魔力ではなく、弱々しいが心臓の鼓動のように脈動する生者の魔力だ。
とりあえず安心だ。
僕の身体を見ると所々焦げている。自分の魔法であり、コントロールしていても今回は、魔力枯渇と体力消耗で操作しきれなかったようだ。
脚を動かそうとして、違和感に気付いた。下を見ると魔物の革製のズボンが裂け、左脚の太腿を切断するように赤い、熟れたサクランボ色の大きな筋が出来ていた。
バリアルの剣が当たる前に回避したはずなのだが、剣圧でやられていたみたいだ。
それに、動こうとすると立ち眩みのような症状が現れてくる。
これは、魔力枯渇による症状だ。
「……ッ、くッアッ、はぁ、はぁ」
お、気が付いたみたいだ。
焼かれたのは外部だけでなく内部も相当焼かれたみたいだ。内臓が傷付き、肺が焼かれ、喉が嗄れている。
「目覚めの気分はどうだ?」
僕は寝転んでいるバリアルの傍まで行き、顔を覗きながら聞いた。
「クックッ、ゴホッ、ゴホッ……最高にいいぞ」
バリアルは笑おうとして、傷付いた肺や喉に負担がかかり咽た。
「回復が速いな。もう少し、寝ているかと思っていたんだが……」
「我ら竜魔族は力が強いだけではない。体力や回復速度も優れている。魔法はあまり得意ではないがな」
そうか、だからバリアルは魔法を使わずに剣技やブレスなどの技を使ってきたのか。
下手なことより、得意なことをしたほうがいいと考えた結果だな。
「この戦いは主の勝利のようだな。俺の剣が折られてしまうとは……」
バリアルは起き上がりながら言った。
焦げた肌の下から見えるのはほんのりと赤い、真新しい肌だ。
この短時間で新しい肌が出来るとは驚異の回復力だな。
僕が勝者ね……。
僕は右手に持つ剣を見ながらそう思った。
「今回は引き分けだろう。これを見てみろ」
僕の剣は刃が爛れるように融解し、原形を留めていない。刃物というより、鈍器に近くなっていた。
訝しんでいたバリアルは、僕の剣を見て苦笑して言った。
「主の剣も使い物にならなくなったか。だが、この戦いは俺の負けだろう? 俺は敗れているのだから」
「いや、実はな、俺も限界なんだよ。体力と魔力の枯渇で今にも倒れそうだ。だから、引き分け。もしくは両方勝者でいいんじゃないか?」
バリアルは呆気にとられ、また大声で笑おうとして咽た。
「クックッ、つくづく、主は面白い奴だ。主の言う通り引き分けで、お互いに勝者としようではないか」
バリアルはそう言うと、折れた刀身を摘まんで地面から引き抜き、腰に下げている袋の中に入れた。あれは、収納袋だな。
「一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「なぜ、今回の侵攻は魔族がお前一人なんだ? 少数だといっても限度があるだろう。もっと、大人数で攻められたら、俺は負けていたぞ」
そもそも、今回の侵攻はおかしい。
魔族が一人というのはおかしいが、まだ納得できる。魔族は自分勝手な奴とかいるからな。
だけど、魔法が得意でない竜魔族が念話を使えるとは思えない。魔道具を使ったのかもしれないが、魔物やバリアルはそれらしいものを持っていない。
バリアルは今回のように魔物を使って、一気に攻めることをあまりしないだろう。特に、背後から見学し、各所に魔物を送るとか、実験のように魔物を使うとか。
どちらかというと、常に前線で指揮か戦闘をしているだろう。
「ふむ……。まあ、いいだろう。今回の侵攻は俺が考えたわけではない。戦端を開きに行くのは考えたが、あくまで一人で、だ。……話は変わるが、主は天魔族を知っているか?」
バリアルは体に付いた埃や焦げを払いながら言う。
天魔族か……確か、前世で言う堕天使の様な種族だったような。
「あまり知らないが、竜魔族の天使版といったところだったか」
「クックッ、そうだ。我らの天使版だ。といっても、本当かどうかはわからんがな」
「どういうことだ?」
「俺の種族は見て分かる通り、外見に竜の特徴が出ている。ブレスや斬撃もそうだ。あとは、咆哮もだな。だが、天魔の奴らにはそれらしい特徴はない。外見はエルフに似ており、魔法に秀でている。勘違いするな、ダークエルフではないぞ。違うところは肌の色、身体、特徴だな」
ダークエルフとは、暗い紫色の肌をしているだけで他はほとんど同じで、闇や悪、堕ちた者、混沌と言われるが、エルフの親戚の様なものだ。エルフと仲が悪い印象があるが、そんなことは遥か昔のことらしい。
昔、闇や黒というものが魔族の特徴であったため、白いエルフから生まれてきた黒いエルフは魔族だと言われていた。
迫害や処刑などが起きていたが、当時の魔族がその話を聞き、全てのダークエルフを攫っていった。それは、不憫だからではなく使える、侵攻のための人数稼ぎといったところだ。
そんなことがあり、ダークエルフは迫害されることが減り、頭数を増やしていく。
だが、ダークエルフもエルフであるため、世界樹が恋しくなる。そこで、恨みを晴らすという名目でエルフと戦争を始める。
これは、エルフとダークエルフの仲が悪かった時代の話だ。
仲の悪さが緩和したのは過去に存在していたと、言われている勇者のおかげだ。
魔族の侵攻の激しさが増し、魔族以外の皆が疲弊していた時、ある国が異世界の勇者を召喚した。
その勇者は黒髪黒目の人族だった。よくある話だ。
使う魔法は基本属性に加えて、派生属性、光と闇の魔法が使えたらしい。その中でも勇者は闇魔法を好んで使っていたという。完全に厨二病だ。
時と場合によっては変えていたそうだ。闇魔法は確かに使い勝手がいい。
それを見た人々は闇魔法や黒という色が悪いわけではないと気づく。
さらに、魔法の研究がされることで、髪の色や外見は使える魔法の特徴が出てくることが分かった。
それが急速に広まり、ダークエルフは魔族ではなくエルフが闇魔法を使えることで黒くなったと考えるようになった。
だから、最近では闇魔法や黒という色に嫌悪感を抱くに人が少なくなったのだ。だけど、完全にはいなくなっていない。
中には迫害する者、崇拝する者、鵜呑みにする者等、世界にはたくさんいる。
「天魔族は少し尖った耳をしている。肌は白や黒ではなく、主達のような色をしている。それに、元が天使だとは思えんほど醜悪だ。魔族は力が先に来るが、奴らは知恵が先に来る。不気味で、狡猾で、自分の手を汚さん奴らだ。天使の翼もなければ、高潔さもない。あんな奴らが天使の成れの果てと我ら魔族でさえ思いたくない。
我ら竜魔族とは仲が悪いのだ。我らが魔王を処断する権限を持ってるのが気に食わないのだろう。いつでも、我らを危険地帯や最前線へ配置しようとする。終盤になると我らを下げ、自分や魔王の手柄とさせる。怒りたいが、我らは武を重んじる。政治・作戦に口を挿めないのだ」
バリアルは肩をすくめながら話す。
魔族にそんなことを言わせるのか。
想像以上の醜態なのだろう。
「今回の騒ぎは、そ奴らの族長の指示のようなものだ。天魔族は代々、魔王の補佐・宰相等をする。魔族で言うと、参謀のことだな。魔族のわりには知恵が回るからな。あいつは俺がすることに気が付き、言葉巧みに誘導してきた」
「気づいていたのか。ならなぜ、その話に乗った?」
「魔王の在り方が気に食わないと言っただろう。奴は『バリアル様御一人だけでは戦端は開かれません』、『これを使いなさい』、『私の言う通りにすればきっと、魔王様も目を覚ましてくださる』等と言っていたな。何か企んでいるのだろうが、言っていることは正しかったからな」
「それがどうして、一人で来ることになる。普通は大人数でかかるとか言うのではないか?」
そこまで、考える奴ならバリアル一人と魔物達だけで攻めさせようとしないんじゃないか?
竜魔族が憎いなら、竜魔族全員で攻めろとか言うもんじゃない?
バリアルは愉快そうに顔を歪めて言う。
「俺も最初はそう言われた。だが、『俺一人で十分』、『貴様は俺を舐めているのか』と、凄んだらすぐに許可を貰えた。あの時のあいつの姿は今思い出しても笑える。……何か企んでいることが分かっているのに、皆を連れていくわけがないだろう」
……確かに。
バリアルの方が一歩上手だったということだ。
「それに、お前は負けていたというが、あの青い炎を、魔力を抑えながら使われていたら、どうなっていたかわからんぞ」
それもそうだな。
どちらにしろ、僕が助かったのはバリアルのおかげ、ということだな。
負けている可能性もあったわけだ。竜魔族がどのくらいいるのか知らないが、さすがに複数を相手にすると負けていただろうな。
「俺は魔王の元へ問質しに帰るとしよう。侵攻した魔物共はほとんどが逃げ出しただろうな。主はゆっくりと休むがいい」
話を終えたバリアルは、背中の翼を大きく左右に広げ、飛び上がりながら言った。
少し強い風が吹き、僕は後ろへ倒れそうになる。
「おっと、その前に主の本当の名を聞いておこう。『シロ』というのは偽名なのだろう?」
バリアルは飛んだまま、体ごとこちらに回転させ振り向く。
言っても大丈夫だろう。
魔大陸とこの大陸は離れているし、素顔も隠しているしな。
「俺……いや、僕の名前はシュンといます。バリアルさん、よろしくお願いしますね」
僕は口調を素に戻して言う。
「『シュン』、それが、主の名か。……それでは、シュンよ、また今度会おう。主にこれを渡しておこう。受け取れ」
バリアルは収納袋から宝石の付いたネックレスを取り出し、こちらに投げてきた。
疲れている身体で受け取ったネックレスは、簡易だが細かい装飾がされている黒い金属の鎖に澄んだ青空のように透き通った宝石が付いていた。鎖と宝石からは魔力を感じる。恐らく、魔道具だろう。
「これは……」
「そいつは、念話の魔道具だ。相手の人相さえ分かっていれば使える。使用法や効果は念話と同じだ。そいつはな、天魔の奴から受け取ったものなんだ。他にもいくつか持っている。渡しておけば、複数の人数で行くと思ったのかもな。それで、いつでも俺と話せる。主にはいつか魔大陸へ来てほしいからな。……それでは、本当にこれでさらばだ」
バリアルはそう言うと翼を力強く羽搏かせ、一気に上空へ飛んでいく。すぐにその姿は見えなくなった。
「……大変なものを貰ったのかな?」
僕は朝日に青色の宝石を照らしながら、そう呟いていた。
くっ、そろそろ限界みたいだ。
た……おれる。
「ガアアァァーッ」
何! こんな時に!
ウルフの様な魔物が複数? 吠えながら走ってきていた。
目が霞んで魔物の姿がはっきりと見えない。
くそ! 最後の最後でこうなるのか……。
倒そうにも指先ひとつ動かない。魔力さえ残っていれば無詠唱で魔法が放てるんだがなぁ。
途切れそうな意識の中でそう思う。
あと数秒で僕はウルフの餌になる。その時――。
ズガァン、ズガガァン ヒュン、シュン、ザッ
落雷の轟く音と何かが高速で振われ、地を蹴り擦る音が聞こえてきた。
「お疲れ、シュン」
……空耳か。
懐かしい声が聞こえた。
それに魔力も……。
僕はそう思った瞬間に体が目に倒れ始めた。
が、薄れいく意識の中、いつまで経っても地面の感触が訪れない。
それどころか、誰かに抱きしめられ、支えられている気がする。
僕は最後の力を振り絞り、顔を上げるとそこには、
「シュン、お疲れ様。よく頑張った」
「し……しょう。おひさし……ぶりです」
「今はゆっくりと休みなさい。後片付けは私がしておくから」
ファチナの森にいるはずの師匠だった。
この話の大量虐殺犯のバリアルのなぜ逃がしたのか? とつこっまれたのですが、恥ずかしながらそこまで考えがおよびませんでした。
修正することも出来ないのでそこのところは目を瞑ってください。
よろしくお願いします。