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ヒュドラ

次は二十一時に五本投稿します。

「第三波の侵攻状況を教えてくれ」

「はい、第三波はおよそ一万五千体が徒歩三十分の距離を侵攻中。一波、二波と同様に、この周辺の魔物が多いようです。強力な魔物は“ヒュドラ”と思われます」


 デモンインセクトを倒した僕達は、ガラリアに帰って来ている。

 現在、主要人物が集まり、冒険者ギルドの会議室で第三波の対抗策を思案中。


 “ヒュドラ”は色鮮やかな紫色の鱗に身を包んだ蛇の魔物だ。一つの胴体から七つ首を生やし、額にある魔方陣は固有の属性を表す。赤・火、青・水、緑・風、黄・地、白・光、黒・闇、虹・回復となる。また、牙には猛毒があり、噛まれた場合すぐに対処しないと死に至る。SSランクに認定されている災害級の魔物だ。


 魔物一万五千体に対し、僕達は五百もいない。騎士団が到着するまで、あと四時間以上かかる。到着する頃にはガラリアは消滅しているだろう。

 それに、騎士団が到着したとしても倒せるかわからない。

 ヒュドラの他にも平原、森、荒野の魔物が混じっている。Sランクが十体、Aランクが無数にいるとのこと。

 この絶望的な状況で、僕達には作戦も時間もない。ガラリアにいる五百人弱で戦わなければいけない。


 ベヒーモスやデモンインセクトと同様に、ヒュドラを倒せば魔物達は撤退する可能性があるが、


「謎の男が上空にて確認されました。銀髪の魔族だと思われます」


 第三波には指揮官が存在するようだ。そのため、ヒュドラを倒したとしても侵攻がつつく可能背が高い。

 魔族は、銀色の長髪に浅黒い紫色の肌、頭部には捩れた角が二本生えているそうだ。上空で物騒なことを叫びながら指示をしいる。

 分かることはそいつが今回の大規模魔物侵攻を起こした張本人だということだ。背後にもいるかもしれないが、今はそれどころではない。


「以上が第三波の状況となります。なお、魔物はヒュドラを囲むように円形状で進行中です」

「皆、わかったな。現在、ガラリアは過去にない危機的状況となっている。王国の騎士団をあてにできない今、我々の力だけで乗り越えなくてはならない。我々は推定Bランク以下が四百名、Aランクが七十名ほどだ。この人数で第三波を食い止めることとなる」


 ロンジスタさんは静かに言う。


「時間がないから、手短に言う。大体の作戦はこれまでと同じだ。違うところは選抜きのメンバーを選び、ヒュドラと謎の魔族を討ちに行く。こいつらを倒せば、魔物共が撤退する可能性が高い。その他の者はこれまでと同じだ。街の中に入れないように努力してくれ」

「なぜ、撤退する可能性が高いのですか? 確かに第二波は逃げて行きましたが、偶然ではないのでしょうか?」


 ロンジスタさんの言葉に魔剣を携えた剣士が疑問顔で聞く。


「第一波では確認されなかったが、第二波の魔物が撤退したのは、デモンインセクトの断末魔を聞いたからだ。それだけでなく、ソドムやカンテ、セリオルでも確認された。ソドムで確認された情報を他の街へリークした結果、正しいことが証明されたのだ」


 新たな情報で、場が騒めき出す。

 バーグンさんとキャリーさんがしてくれたのだろう。


「それではメンバーを決める。まず、前衛及び壁役となるのは俺とジン(大盾長剣騎士)とデュロ(大盾槍戦士)だ。次に後衛及び遠距離役はロジル(水・地・杖)とスリーリャ(水・光・メイス)と、セフル(火・闇・弓)とセラル(風・地・弓)だ。回復と補助役はトートス(メイス)とプリーラ(杖)とハヌイ(槍杖)だな。最後にシロの計十一名で行う。リーダーや主力が抜ける所には申し訳ないが、どうにか耐えてくれ」

「シロというのはそこの子供のことですかい?」


 やっぱり、その質問が出てくるのか……。

 このやり取りを何回しただろうか。


「そうだが、実力はSSランク以上だと思うぞ。デモンインセクトはこいつ一人で倒したようなもんだ。それに、ソドムのベヒーモスを単独撃破している」


 ロンジスタさんがそういうと、場と空気が固まった。動作を止め、口を大きく開け、目を見開く。


「そ、それは、本当、ですか」


 先ほどの剣士が最初にフリーズ状態から復帰し、詰まりつつ質問した。


「そうだ。俺以外にも目撃した者がいるだろう?」


 ロンジスタさんはそう言って、辺りを見渡す。


「はい! 凄かったっス!」

「あれはデモンインセクトを氷漬けにしたり、雷で打ち抜いたり、信じられない光景だったわね」

「最後の火魔法? の青い炎なんて見たことがない! デモンインセクトの内側から焼き殺したんだぞ!」

「その子がいなかったら、俺達この場にいなかっただろうな」

「攻撃魔法もすごいが、回復魔法もすごかったぞ。唱えたと思ったらあっという間に回復しやがるからな」

「そうだったな。キングウルフに切り裂かれた肉や折れた骨、傷付いた内臓が数秒で完治したからな」


 その場にいた人達は、興奮しながら数時間前のことを語り出した。

 再び場は騒々しくなる。


「それなら心強い! シロ……といったかな、一緒にガラリアを守ろう!」

「そうね!」

「これならいける! 魔物共、待っていろ!」


 選抜メンバーだけでなく、この場にいる人全員が僕のことを認めてくれる。


「作戦は以上だ。各自戦闘準備に入れ!」

『はい!』




 僕達十一人は準備を終え、街の外に出てきている。

 この場には全ての人員が集まっている。

 ロンジスタさんは話し合った作戦を皆に伝える。


「皆、わかったか! これが最後に総力戦となる! 魔物共に目にものを見せてやれ!」

『オオオオオォォォォーッ!』


 ロンジスタさんの呼び掛けに、大爆発の様な雄叫びを上げて応える。驚く者や不安に思う者、やる気に満ち溢れる者といろいろいるが、皆一様に力を滾らせているようだ。


「伝令! 間もなく魔物が現れるとのことです! 準備をお願いします」


 一人の身軽そうな冒険者が報告をした。


「わかった。行くぞ!」


 僕達十一人は武器を手に、魔物が攻めてくる方へ向かっていく。


「ヒュドラをどうやって倒すので? ヒュドラの回復速度は尋常じゃないと聞いたことがありますが」


 デュロさんの言葉に皆、悩み始める。

 ヒュドラは首を切り落とされようとも、数秒で元の状態に回復してしまう。

 前世で似たような話があったな。


「切り口を焼いてはダメなのか?」


 確か、ギリシャ神話にそのような話があったはず。


「ダメだな。火傷も回復してしまうらしいぞ。過去の資料によるとあの回復は体力と魔力、首の数で決まるみたいだな。特に額に虹の紋様がある首は回復を司っているはずだから、その首を切り落とせば数段階は回復速度が落ちるだろう」


 別物と考えた方がいいようだな。

 過去の資料があると言うことは倒された、もしくは撃退されたということだろう。


「では、虹の首を先に切り倒すということでいいのですか?」

「だがな、虹の首は周りの首が守っているようだ。先に切り落とすのは難しいだろう。それに鱗は硬い。デモンインセクトほどではないが結構硬いはずだ」


 また硬い魔物か。

 虹の首は六つの首が守っている。虹の首を切るにはその守りを突破、もしくは撃破しなくてはならないということだ。

 一人だと完全に詰んでいたな。

 だけど今回は仲間がいる。力を合わせれば、辿り着くことはできるだろう。


「そうすると、首を切断出来るのはシロ以外おらんだろう。俺達では傷を付けるのがやっとだな。一体どうするというのだ?」


 悩んでいるとデュロさんが口を開け、疑問を口にした。


「我々は基本、シロのサポートとなる。前衛はシロのガードと首の注意を引きつけることだ。後衛は相反する属性の魔法をそれぞれの首にあてる。火なら水、光なら闇といった具合にな。回復役はいつでも魔法が放てるように準備をすること」


 ロンジスタさんがその疑問に答える。

 僕が首を切断する役になるのか……。デモンインセクトよりも硬くないのなら、斬り付けることが出来るだろう。

 それに、話を聞く限りでは、相反する魔法は効果があるようだ。

 大概の魔物は肉質が軟らかい。傷を付けて内側に魔法をあてさえ出来れば、皆でも効果が出るだろう。


「俺は六つの首を潜り抜けて、虹の首を切断しに行けばいいのだな?」

「そういうことだ」


 これなら討伐出来るだろう。

 だが、一つだけ問題があるな。

 ヒュドラへ到達するには周りにいる魔物を倒さなければならない。いくら精鋭を揃えたと言っても無理があるだろう。


 中央のヒュドラから広がるように魔物のランクが下がり、弱くなっていく。一直線に突破したとしても、倒さないといけないのは数千体に及ぶ。その中にSランクが数体はいるだろう。


 どうするべきか……。

 僕の魔力は回復薬である程度回復したが、デモンインセクトの戦いで減ってしまった。……残り四十万といったところだ。

 ヒュドラを倒すのに二十万は欲しいところだ。その後の魔族戦もあるしな。

 数万でヒュドラまで行けるか、微妙なところだな。Sランクの魔物次第だが、一発大技を放ってみるか。魔物によっては一撃で済むかもしれない。


 他の人がどのくらい減るのか知らないが僕の場合、規模によるがいつも使う魔法の消費は一発十ほどだ。ベヒーモスに行使した『ウォーターロック』や『ライトニングボルト』、デモンインセクトに行使した『蒼炎球』は千ぐらいだ。

 回復薬のない今、魔力がなくなると致命的となる。

 僕が魔力回復薬のことを知っていれば揃えていたんだけど、知ったのがちょっと前だからな。今度からは数本常備させておこっと。


「一つ案があるのだが……」


 そう思い、僕は皆に声をかけた。


「なんだ、言ってみろ」


 皆が顔をこちらに向け、ロンジスタさんが代表して聞いてきた。


「このまま魔物へ突っ込むと、ヒュドラと闘う前にこちらが疲弊してしまう。そこで、俺が一発ヒュドラまで届くであろう魔法を放つ。それで道が出来上がるだろう。Sランクは生きている可能性があるが満身創痍ではないだろう。属性は火となる」


 僕は指を差しながら言う。


「シロの言うことは最もだが、魔力は持つのか? 今お前が欠けると痛いってもんじゃないんだが」

「足りるだろうが魔族戦はどうなるかわからん」

「まあ、足りるのならいいだろう。ここで皆消耗するわけにもいかないのも確かだからな。……お前達はどうだ」


 ロンジスタさんは自らの考えを言うと、周りの九人に確かめるように聞いた。


「俺はいいと思いますよ。実際見たわけですし」

「私もですね」


 ジンさんとスリーリャさんが賛成する。

 この二人はデモンインセクト戦にいたメンバーだ。二人ともAランクだそうだ。

 二人が賛成すると他の人も賛成しだした。


「では、その案でいくとする。シロ、頼んだ」

「わかった。皆は俺の後ろへ」


 僕がそう言うと皆頷き、僕の後ろへ行く。


 少し先から魔物の反応がある。まだ、ヒュドラの反応は確認されないが、暗かった夜が微かに明るくなり始め、前方には蠢く大きな影が見て取れる。

 僕はそろそろだと思い、皆に声をかけ詠唱に入る。両手を前に持って来ながら詠唱する。


「ではいくぞ! 『猛火の焔よ、太古の記憶を呼び起し、空を舞う龍となれ、身に纏う蒼き炎は触れる者を許さん、蒼き龍よ、総てを飲み込み灰燼と化せ! 蒼空龍』」


 僕の詠唱が終わり、魔法が放たれると僕達の前に『蒼炎球』の倍はある球が出現した。

 後ろの十人が絶句している気配がする。

 球は形を崩し始め、次第に龍の形を成していく。

 蒼龍は僕達を囲むように現れると、僕達の進行方向に向けて大きな口を開けた。

 その体は青色に燃える炎を身に纏った蛇のような龍。

 誰もがその姿に魅了される。

 蒼龍は僕達を囲み、命令を待っているようだ。


「焼き尽くせ!」


 僕の命令に従い、蒼龍は真っ直ぐ魔物の群れへ突っ込んでいく。

 魔物の悲鳴が聞こえると辺りに肉の焼けた匂いが漂ってきた。

 僕は確認すると後ろで動かない十人に手で合図を送る。十人は慌てたように走るスピードを上げ、蒼龍を追いかけていく。


「……すげえ」


 誰かがそう呟く。それに頷く人が十人。僕以外全員だ。

 魔物は骨まで焼き尽くされ、木々は炎が乗り移り、地面は焦がされていく。

 ゴオオォーと、燃える雄叫びを上げながら進む巨大な蒼龍は、魔物に逃げる暇も与えず焼き殺していく。殺意に塗れた魔物は立ち止まり硬直し、逃げようとすら思えない。正しく、(へび)に睨まれた魔物(かえる)状態だ。


 だが、これだけではヒュドラまで辿り着けない。

 僕は伸ばしていた両手を軽く左右に割く。


「二対」


 僕がそう言うと、一体だった蒼龍は二体に分かれ、幅を利かせる。

 僕が右手を上げると蒼龍は上へ浮上し、空を飛んでいた魔物を襲う。左手を左右に揺らし、蒼龍をくねらせる。

 僕は双蒼龍を操作して魔物を近づけさせないようにする。

 皆、突然動き出した蒼龍に驚くが後ろにいた僕を見ると納得したようだ。

 普通は放った魔法を操作することはできない。だが、この魔法は僕の手と魔力糸で繋がっている。

 魔力を供給することで威力と形を維持し、魔力糸で繋ぐことで操れるようにした。僕の数少ない操作型魔法である。


「この先にデモンインセクトとイビルトレントの反応を確認。共にSランクです」


 スリーリャさんが感知したようだ。怯えるように言いてきた。デモンインセクトに殺されかけたのだから仕方ないだろう。

 僕は今魔力感知を使えないので助かります。

 デモンインセクトはこの魔法で倒せる。イビルトレントがどのような魔物か知らないけど、名前からして植物の魔物だろう。この魔法が有効のはずだ。


「そのまま前進!」


 ロンジスタさんが確認をするように僕の方を見るから、僕は前進するように頷く。

 夜が先ほどよりも明けてきた。まだ陽は見えないが景色が分かるようになった。


「二体共に消滅を確認!」


 弾けるような声でスリーリャさんが報告する。皆は報告を聞いて安堵する。

 二体共蒼龍の餌食になったようだ。


「前方に巨大な魔力を感知! 恐らく、ヒュドラだと思われます!」

「接触までのカウントを頼む。皆は爆風に備えてくれ」


 スリーリャさんの叫ぶような報告に僕はカウントをお願いする。

 報告を聞くと頷き、皆顔を強張らせる。掌に汗を掻き、武器をグッと握り直す。

 誰かが喉を鳴らすと、スリーリャさんのカウントが始まった。


「接触、三秒前」


 僕は両手を合わせ、蒼龍を一つに戻す。

 魔法使いは魔力を高め煉り込んでいく。補助役は全員に身体能力向上の魔法と毒耐性の魔法をかける。

 戦士職は身体強化や部分強化を施す。


「二」


 僕は両手の指を噛み合わせ、咢が閉じているようにする。蒼龍がそれに応じて開けていた口を閉じる。


「一」


 僕は両手の魔力糸一本に戻しながら魔力を通し、火力を上げ左手を下し、右手のみにする。蒼龍の身体が膨れ上がり、爆発寸前となる。


「零」


 スリーリャさんが言った瞬間に右手を開く。

 蒼龍は当たる瞬間に大爆発を起こし、ヒュドラを襲う。


シャアアアァァーッ


 轟くような爆発音と共に熱風の嵐が吹き荒れる。木を折り倒し、地が爆ぜ、空に青と黒の爆炎を巻き上げる。

 ヒュドラの悲鳴めいた声が聞こえてきた。

 ダメージがあるかはわからないが、声を聞く限りではあったのだろう。


「散開!」


『ギシャアアアァァァーッ』


 ヒュドラの憤怒の鳴き声と共に煙が掻き消える。

 そこに現れたのは情報通りの身体と色をした、頭部に魔方陣の様な紋様がある七首だったはずの魔物だった。

 なぜ『だったはず』かというと、六つの首は傷付き、一つの首は根元まで爆ぜていたからだ。

 色を確認すると緑色の紋様をした頭がない。蒼龍が破壊することに成功したのだろう。


 ロンジスタさんの掛け声により、各自の役割に応じた位置に付く。

 ヒュドラと相対するようにロンジスタさん、ジンさん、デュロさんが武器を打ち付け意識を自分に向ける。後衛の魔法使いは詠唱を開始する。四人がばらばらの属性の魔法を唱えている。回復役は魔力を温存しながら補助魔法や光魔法を唱える。僕は虹の首を探す。


「見つけた! 援護!」


 空を見上げるように首を天へ伸ばしている虹の首は他の首よりも一回り小振りに見える。それを守るように五つの首が睨んでいる。

 虹の首から膨大な魔力とリィィンと、微かに声が聞こえる。

 爆ぜた首元は回復魔法が始まり、泡を立てジュクジュクと肉が盛り上がりながら再生している。

 すでに傷口が治りかけていた。

 僕はすぐに身体強化を施し、虹の首に向けて走り出す。


 僕が走り始めると同時に、火・地・光の首が動き出した。

 首の動きは想像以上に早い。

 体をくねらせ地面を這うように接敵する火の首。威嚇するように上体を起こして進む地の首。敵を睨み上空から近づいてくる光の首。それぞれが違う動きをする。


「「「クルアアァァン」」」


 三体が叫び声を上げると『炎弾』『地弾』『光弾』が放たれた。三体共狙いは僕のようだ。恐らく、魔力感知か何かで僕が先ほどの原因だと理解したのだろう。


「任せて!」


 背後から声がすると、『水弾』『風弾』『闇弾』が僕を追い越してヒュドラの魔法とぶつかり、消滅する。

 属性が優っているはずなのに、打ち勝てずに相克してしまった。ヒュドラの方が魔法の技量が上なのだろう。


「シャアアァ」


 僕が魔法を潜り抜けると火の首が大きな口を開けて突っ込んできた。僕は迷わずにそのまま走る。

 もう少しというところで火の首の横から『水球』があたり、僕から僅かに軌道をずらす。

 僕は地を蹴って飛び上がり火の首の上へ乗ると、虹の首へ導かれるように首の上を走る。

 硬い鱗から靴底がぶつかるカツンと、軽快な音が聞こえてくる。

 首が左右に揺られるが足の裏に魔力を通し、吸い付かせるように吸着させて振り落とされないようにする。


 残りの地と光の首が魔法を放ち、突っ込んでくるが仲間の援護のおかげで難なく乗り切る。

 根元まで到達すると爆ぜた傷口が見えてきた。

 そこにあるのは他の首と同じ大きさのぶよぶよの肉肌だ。すでに形を成し、あとは鱗を再生させるだけのようだ。


「シロ! 再生させるな!」

「『焔よ、爆ぜろ! 爆炎』」


 僕は右手で魔法を首元に放つ。僕の手から高熱の炎が飛び出し、着弾と共に小爆発を起こす。

 再び首は千切れ、地面に落ちる。

 

「クルゥアアアン」


 背後から声が聞こえたと同時に僕へ『氷刃』が放たれた。

 僕は一瞥するとヒュドラの身体へ飛び乗り、『炎渦』で乗り切る。僕の魔法は打ち勝ち、『氷刃』を飲み込んで蒸発させた。

 どうやら、僕の魔法は打ち勝てるみたいだ。


 魔法を放つと右手の剣に魔力強化を施し、虹の首の根元に向けて剣を突き立ててみるが、キンッと甲高い音が鳴り響き、刺すことが出来なかった。


 ――っ。


 僕は心の中で盛大に舌打ちをすると、バックステップでその場から後ろへ飛び去る。僕がいた場所に『炎球』が放たれた。

 火の首から放たれた特大の火の球は、自分の鱗にぶつかり霧散するが、鱗には焦げ目一つない。

 この鱗は物理、魔法共に耐性が高いようだ。

 なら、魔法剣でどうだ。


「『雷よ、纏え』、はああぁッ」


 迫り来る火球を捌き躱しながら、剣に雷を纏わせてヒュドラの身体を蹴り、虹の首へ再び突っ込む。

 掛け声と共に放たれた一撃は、放電を放ちながら剣の根元まで食い込む。

 と、同時に虹の蛇を剣の斬撃と電流が襲う。


 蛇の体の中で骨にあたり止まってしまったが、僕は好機と思い魔法を、剣を通して放つ。


「『炎よ、焼き尽くせ! バーンフレア』」


 剣先から放たれた炎の塊は膨れ上がり爆発した。

 肉が内側から爆ぜ、肉片と紫色の鱗が辺りに飛び散る。根元は皮が外側へ捲れ、焦げた肉がぐじゅぐじゅになっている。首の先は吹き飛ばされ宙を舞うが、根元の方から炎に焼き尽くされ、地面に落ちる頃には燃え残した鱗だけになっていた。

 僕はその場からすぐに離れ、皆の元へ向かう。

 まずは一つ。虹の首は予定通りにすることが出来た。


「虹の首をやったぞ!」


 僕が報告すると背後から火の首が「キャシャアア!」と憤怒の籠った声で叫び、火炎放射を放ってきた。


「くっ! 『ウォーターストリーム』」


 迫り来る灼熱の炎に向けて水の激流がぶつかるが魔力の煉りが甘く、このままでは押し負けてしまう。後ろには皆がいるため避けるわけにもいかない。


「「『澄んだ水よ、我が敵を飲み込む渦となり給え! ウォーターストーム』」」


 僕が守りに入っていると背後から二つの水の渦が放たれ、火炎放射を押し返した。

 水が蒸発し、水蒸気が敵の姿を隠す。


「助かった」

「油断するな。だが、よくやった!」


 ジンさんが駆け寄りながら言った。

 残りの首は火、水、地、光、闇の五つだ。

 水蒸気が晴れてきた。木々に乗り移った火が照らし出したヒュドラの姿は、先ほどとほとんど変わっていない。

 緑と虹の首があった場所は根元からなくなり、爆ぜたままとなっている。夥しい量の血が流れ出し、黒焦げた地面を赤黒く染め上げていた。

 回復していないわけではないが、格段に回復速度が下がっている。


「いけるぞ!」

『オオオオォォッ!』


 ロンジスタさんの叫びに雄叫びで返す。

 ヒュドラへ向かって駆け出すが、ヒュドラの体勢を見て足を止めてしまう。

 ヒュドラは地面を這いながら敵に近づくとやられると学習したのか、五つの首を上へ伸ばして頭を下げ、こちらを睥睨する。


『クララアアアァン! スゥゥゥーッ』


 ヒュドラは雄叫びを上げると大きく口を、開け息を吸い込み始めた。


「固まれ!」

「おう(はい)!」


 前衛組はすぐに折り返し、後ろを守るように大盾を構える。ロンジスタさんは二人の背中を支える。

 後衛組は各属性の障壁の魔法を唱え始める。

 支援組は結界と補助魔法を唱える。

 それを見て僕は『聖壁』を張ると、『フライ』で空へ飛び上がり魔法を放つ。


「地のブレスは任せろ! 『エアリアルバースト』」


 息を吸い込み終り、喉の奥に属性のブレスを溜めている地の首に大気の砲弾をぶち込む。

 空気を裂いて進む砲弾は狙い通り、大きく口を開けている地の首の中に入り、喉に大穴を開け貫通した。

 それと同時に四つの首からブレスが吐かれる。四色のブレスが十人を襲うが、魔法によって作り出された水と地の壁、光と闇の障壁が破壊されながらもブレスを弱らせ、幾重にも重ねられた結界が守りきり、暴風が吹き荒れるが大盾で押し返す。

 ブレスを吐き終わると喉に大穴の開いた地の首が地面に横たわる。

 僕は既に近づいており、口の中に魔法を放った。


「『ウィンドボム』」


 圧縮された風の爆弾が放たれ首の根元まで行くと、首元が膨れ上がり内側から盛大に爆発した。

 肉片が空を舞い、血が雨のように降り、四つの首から絶叫が出る。


 これで後四つ。


「……? くっ、あァ……あアア…………アァッアァァァアア……アァァァァァァッッッッ」

「キャアアアァァーッ」


 僕が次の首へ飛んでいこうとすると、皆がいる方から奇声と悲鳴が聞こえた。

 すぐに振り向くと、デュロさんが奇妙な奇声を上げながら槍を振り回し、セフルさんを転倒させていた。周りの人は困惑していたり、デュロさんを止めようとしているが力負けしている。


「どうした!」


 咄嗟に駆け寄ろうとするが、邪魔をするように火と光の首が『炎渦』と『光線』を無数に放ってくるが、『炎渦』を『水渦』で相殺し、『光線』を『闇穴』で吸収する。

 未だに皆の方からは悲鳴と怒号が聞こえてくる。


 くそっ、一体何が起きている!

 助けに行こうにも、この二首が邪魔で行けない。


「キシャアアァ、クラアアアン!」

「――っ、『ロックウォール』、ぐぅッ」


 背後からズガガガガァァァと、土の掘り返す音が耳に入り何事かと思い振り返ると、水の首が地面を掘り返しながら大口を上げ、僕を飲み込もうと迫っていた。同時に、『水刃』を囲むように放ち、逃げ道を塞いでいた。

 咄嗟に土の壁を張り『水刃』を防ぎ、地を蹴り付けて右へ避けるが、水の首は土の壁を破壊し、左脚へ噛み付いてきた。そのまま体を持ち上げられ、宙吊り状態にされる。

 猛毒の牙が左脚の太腿の肉を抉り食い込む。全身に毒が回り、吐き気と眩暈が起こる。


「ゴホッ、くっ」


 無理やり状態を起こすと、胃の中の物が込み上げくるが、我慢する。

 すぐ横に憎悪と憤怒に染まった赤い瞳があった。瞳の中心には、爬虫類特有の縦に長い瞳孔が入っている。


「ガフッ、『アースニードル』」

「キシャアアアァァァッ!」


 毒が回り過ぎて吐血した。

 重くなった左腕を震えながら持ち上げ、赤い瞳に向けて土の棘を放つ。上空に現れた土の棘は寸分違わず、赤い瞳に吸い込まれるように刺さっていく。

 水の首は瞼を閉じ防ごうとするが間に合わず、口を開けて激痛の大絶叫を上げる。


「ぐ、ううっ、『癒しよ、消し去れ! キュア』」


 太腿から牙が抜かれると、すぐに太腿へ手を当て解毒魔法をかける。その後すぐに『ヒール』で穴を閉じる。

 解毒魔法により吐き気が収まり、視界が正常になる。


「「クラアアアァァン!」」


 体を捻り、頭を上にする。『フライ』を使って落下を止めると、火と光の首が燃え盛る火球と光の弾丸を無数に放ってくる。

 急下降することで躱し、地面に降り立ち口の端から垂れた血を拭う。


「シロ、闇の首をどうにかしてくれ! 火と光は俺達が抑える」


 大盾を持ったロンジスタさんとジンさんが後ろから駆けつけて来た。

 その後ろを見るとデュロさんは水の縄で拘束され、セフルさんは回復魔法をかけてもらっていた。

 前を向き、ロンジスタさんに言われた闇の首を見ると、赤い目が黄色に変わり、煌々と光っていた。

 デュロさんは恐慌状態となり、敵味方関係なく手に持つ槍を振り回していた。恐らく、精神魔法を使っているのだろう。


 精神魔法は闇魔法の一種だ。対象を呪う、状態異常、操作等相手を陥れる魔法のことだ。負のイメージが強いが、精神を鎮静化させる、魔物を状態・操作をすることで仲間の援護をすることができる。用は使う者次第だということだ。


「任せろ!」


 僕は短く返事をすると、再びヒュドラに向かって走り出す。火と光の首はロンジスタさんとジンさんが対処してくれている。僕は水の首を躱して闇の首へ近づく。


「クルラアアアァァン!」


 潰された片目を閉じた水の首が口を開き、水を吹き付けてきた。それを僕は前に飛ぶことで躱す。水は地面を穿ち、陥没させる。

 水の首は連続で水を吹き付けてくるが、『ロックウォール』で防ぎ、貫通してくる水を水弾で弾く。

 闇の首まで来ると『フライ』で飛び上がり、闇の首に魔法を放つ。


「『ライトショット』」


 拳ほどの大きさの光の球がいくつも高速で放たれ、闇の首の側頭部に着弾する。闇に首は小さく声を漏らして地面に激突する。

 避ける仕草がなかった。多分、精神魔法を使っている間は周りを意識できないのだろう。


「『光よ、纏え』」


 光を纏わせた剣は辺り一帯を照らし出す。

見た目は魔を退かせる聖剣のように見える。効果も同じく魔を退かせ、闇に対して絶大な威力を誇る。


 根元に狙いを付けると、上体を下にするとドンッ、と大気を蹴り付け、斬り付ける勢いを増す。空気を裂き進む僕は、両手で握りしめた剣を闇の首の根元に向けて振り下ろした。

 薄暗い中、光輝く銀閃。

 硬い鱗に阻まれる抵抗が剣から伝わってきたが、一瞬のことだった。すぐに抵抗がなくなり、スパっと首は斬れ、地面に横たわる。


 これでどうだ! ――よし!


 デュロさんが大人しくなり、地面に伏している。魔法が切れ、気絶したのだろう。

 視点を仲間の方へ移す。火球、火の弾丸を吐く火の首を抑えているロンジスタさんが、熱さと疲労で苦痛の呻きを上げる。後ろからスリーリャさんが水魔法で援護をしているが、手数で負け押されていた。

 僕はすぐに剣に水を纏わせ、火の首の根元へ跳躍し、下から上へ斬り上げる。

 その後、同じように水の首と光の首も斬り落とす。


 全ての首が斬り落とされたヒュドラは、膝から崩れ落ちる。体が擦れる鈍い音が辺りに響き渡り、最後にダァーンと、本体が落ちる音がすると歓喜の声が湧いた。


「やったァー!」

「死ぬかとおもったぁー」

「よっしゃー!」

「シロ! 助かった」

「そうだよ。シロくんがいなかったら、大変だったよー」


 僕が皆のところへ行くと、背中を叩かれ、肩を組み、勝利を味わう。


「俺も助かった。途中で何度も、……っ! 『聖壁』!」


 グシャ ズガガアアアァァァァァァァーッン


 僕も勝利の余韻を味わおうと思ったその時、魔力感知に背筋の凍るような(おぞ)ましい魔力の持ち主が飛来してくるのを感知した。

 咄嗟に半球体状の光の壁を、皆を囲むように展開する。

 と、同時にヒュドラの身体に何かが落ち、衝撃波が生まれた。ヒュドラは肉片となり、焦げ付いた地面は掘り返され舞い上がり、石と岩に変わった。

 悲鳴と驚愕の声が後ろから聞こえてきた。

光の壁にあらゆる破片が散弾のように撃ち付けられていく。壁に石と岩がぶつかり砕け、肉がこびり付き、鋭利な刃物のように鱗が甲高い音を立てて撃たれる。


 次第に勢いと音が聞こえなくなった。

 光の壁に傷と罅が入り、目の前が肉と土で塞がれ視界が悪く、何も見えない。

 僕は結界を消し去ると同時に、風魔法で視界をよくする。

 ヒュドラがいた場所は陥没し、大きなクレーターが出来ていた。その中心から例の魔力を感じる。


「貴様らがこれをやったのか? その力、試させてもらおうッ!」

「――っ! 『エアリアルカッター』!」


 何かがクレーターから浮かび上がり声を発すると、右手を振り抜き、風の斬撃を打ち出した。

 即座に風魔法で迎撃し、相殺させる。


 声を発した者は長い銀髪と捩れ曲がった凶悪な二つの角、浅黒い紫色の肌をした魔族だった。


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