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陰謀の陰

十二時の投稿はこれが最後です。

次は十五時に五本ほど投稿します。

 翌日となり護衛依頼二日目となった。僕達は早めの朝食を食べ、すぐに出発する。


 今日は荒野を抜け、ソドムの手前にある森に入るところまで行く予定だ。この荒野には、昨日襲撃されたオーガ以外にプアール、ビッグホーンが住み着いている。滅多に遭遇するわけではないが、どの魔物もDランクなので気を抜くことが出来ない。


 プアールは鹿のような体で凶悪な鋭い角が頭部に生えている。突進とその角が合わせると、岩をも粉砕してしまう。

 ビッグホーンは三メートルほどの体躯と大きな一本角が特徴だ。力が強く、怒る(お怒りモード)と見境がなくなるのでCランクに近いと言われている。

 プアールは群れる習性があるがビッグホーンにはその習性がない。かといって、複数で現れることがないわけではない。今の僕達のように……。


「グっ、くっア。……はぁ、はぁ、きちいな」

「ダン! 大丈夫か!」

「回復します! 任せてください」


 ビッグホーンに大盾の上から殴られたダンさんは、吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。ロイさんが心配の声をかけ、シルルさんがすぐに回復を行う。


 僕達は今、ビッグホーン三体を相手にしている。三体ともお怒りモード状態で、敵味方見境なく攻撃をしている。集中されて攻撃されていない分ましだが、攻撃力と生命力(この場合、気絶や耐性等のこと)が上がり一撃でも貰ってしまうと致命傷になりかねない。そんな状態のビッグホーンが三体もいる状況に陥ってしまったのには、運がなかったとしか言いようがない。




 ソドムに行くには荒野にある峡谷を抜け、その先にある森を越えていくことで辿り着くことが出来る。僕達は出発してから、その峡谷へと入ろうとしていた。


「ここを抜ければソドムまであと少しよ」


 セリアが峡谷へ入る前に一声かける。

 この峡谷は大体二キロの長さで道幅は十メートルぐらいだ。十メートルもあれば十分に広いと思えるが、複数の魔物と遭遇してしまうとやはり狭く感じてしまう。

 そう思った僕は魔力感知の範囲を一気に広げ、峡谷が終わる範囲まで広げてみることにする。峡谷の真ん中あたりまで広げると、魔物の反応があることに気が付いた。


「皆、止まるんだ。峡谷の真ん中あたりに魔物がいるようだぞ」

「シロ、何の魔物かわかるか?」


 前にいたダンさんが聞いてくる。


「大きい魔力が三つ……他はいないようだ」

「昨日と同じオーガか……」

「いや、オーガの魔力ではないな。それなら昨日知ったからわかるはずだ」

「じゃあ、何が来ているっていうの?」

「わからない。魔力から分かるのは怒り、興奮状態にあることと三体が争っていることだけだ」


 三つの魔力反応が目まぐるしいほどに激しく動いている。それに、感じた魔力から怒りを感じたからな。


「怒りと争っている、か……それに該当するのはビッグホーンだろう」


 ロイさんが顎に手を当て、考える仕草をしながら言った。


「ビッグホーンですって!」

「倒すのは無理ですね。一体なら大丈夫なのですが……三体ともなると厳しいでしょう」

「偵察と様子見……いなくなるまで隠れる」

「それが妥当だろうな」


 みんなで集まり、どうするか考えていく。

 結果、峡谷に入る前で身を隠し、偵察をすることにした。いなくなるまで待つこととなる。


「それでは、偵察に行くのを誰にしようか」

「セリアは行った方がいいだろう」

「え? 私?」

「そうだ。お前がこの中で一番身軽に動けるからな」

「そうですね」

「それがいいと思う」

「……わかったわ」


 ダンさんが言い、セリアが驚きの声を上げるが、シルルさんとフルンさんに賛成され了承する。


「あとは……シロ、頼まれてくれるか?」

「俺か?」

「ああ、お前なら近づかなくてもどのような状況かすぐにわかるからな」

「そうか。わかった」


 僕とセリアが偵察に行くこととなり、峡谷へ足を踏み入れていく。その他の人は馬車と共に峡谷の外に避難し、何が起きても逃げられるように準備をしている。


「シロ、何か変わったところはある?」

「……いや、変わっていない」


 いまだに争っているようだな。

 三百メートルほど行ったところでセリアが聞いてきた。


 四度目の魔力感知をしたところで僕は異変に気が付いた。

 三つの反応が暴れるのをやめ、こちらの方を覗っているようだ。まだ、見えていないはずなのにどうやって気が付いた!? 匂いでも流れていったのか?


「セリア! 引き返すぞ!」

「え? 何が起きたの!」

「気づかれたようだ。すぐこちらに向かってくるぞ!」

「っ、わかったわ」


 僕とセリアはすぐに行くのをやめ、峡谷の外へ引き返す。

 すぐに逃げ始めたが三つの反応もこちらに走り始めたようだ。反応との距離はおよそ四百メートル……峡谷の外まで間に合うか……。

 後、四百メートル……どうやらあちらの方が、スピードが速いようだな。このままでは追いつかれてしまう。……仕方がない。


「セリア、手を取れ。このままでは追いつかれてしまう」

「え? な、何「いいから早く!」」


 僕はよくわかっていないセリアの手を取り、身体強化のギアを上げる。

 このまま行ってもギリギリか……。

 魔物との差は二百メートル、峡谷の出口までは三百メートル。


「きゃあぁぁー、ちょ、ちょっとぉぉー」

「しゃべるな。舌を噛んでも知らないぞ」

「…………」


 僕がそう言うとセリアはしゃべるのをやめる。

 セリアの身体は今、軽く宙に浮いている状態だ。僕に手を引っ張られている状態で、だ。

 どのくらいの速度が出ているかわからないが人が浮くぐらいの速度が出ているので、悲鳴を上げるのは仕方がないだろうな。


 出口まで百メートル、魔物はもうすぐそこまで来ている。


「グウォォーン」

「ガアアァー」


 あと少し。

 前から光が差し込んでくる。

 出口が見えてきた。

 魔物の雄叫びが近くから聞こえる。吹き飛ばした岩や石が飛び散り、僕達を襲ってくるが気にしてはいられない。気にして振り向くと、そこで速度が落ち捕まってしまう。


「みんなーッ! 戦闘準備ッ! 魔物が来るぞー!」


 外で待機しているであろう皆に、魔物が来ることと戦闘になることを伝える。


 あと五十メートル……。

 僕の後ろで片腕を振り上げているのを感知する。僕は振り向かずに右へ動く。


 ズガアアァァァーン


 僕のいた場所に丸太のような太い腕が振り下ろされた。風を切る様な鋭い音と地面を穿つ破壊音が同時に聞こえてきた気がする。

 辺りに砂埃が巻き起こり、視界を悪くする。

 先ほどとは違う個体が腕を振り上げ、僕のいる所へ振り下ろしてくる。それを、逆方向へ避ける。


 ズガアアァァァーン


 先ほどと同じことが僕の右側で起きる。


 後、もう少し。


 ――っ! 今度は三体同時に腕を振り上げ、僕の逃げ道を塞いできた。

 やばい! 逃げられない! もう、だめだ――。


「シロッ! そのまま走り抜けろ!」


 ガアアアァァァァァーッン


 ズザザザザァァァァーッ


 魔物の腕が振り下ろされる瞬間に、大盾を構えたダンさんが目の前に現れ、走り抜けろと声を張り上げる。

 それと同時に大盾に魔物がぶつかり、ダンさんが峡谷の外へと押し出され吹っ飛ばされる音が聞こえてきた。


「『清き水よ、激しい流れのうねりとなり、我が敵を沈めよ! タイダルウェーブ』」


「『広大な大地よ、地を揺らし、隆起せよ! エレベーション』」


 三体のビッグホーンが峡谷の入り口で大盾を構えていたダンさんに、振り上げていた腕を振り下ろし外へ弾き飛ばす。

 ダンさんは勢いよく飛ばされ地面に叩き付けられる。

 三体のビッグホーンが峡谷から姿を現した瞬間に、ロイさんが水魔法で大津波を起こす。真横から不意を突かれたビッグホーン達は耐えることが出来ずに押し流され、フルンさんが地魔法で作った大地の隆起が上へ押し上げる。


 ダアァァーン


「ガッ、グッ、ヴォオオォォォーン」


 上空へ突き上げられたビッグホーン達はそのまま地面に落とされるが、大したダメージにはなっていないようだ。


 吹き飛ばされたダンさんを見てみると、シルルさんが向かっているようだった。


 ビッグホーンは渾身の一撃を防がれたのが気に食わなかったのか、標的をダンさんに変更したようだ。

 ダンさんは治療中だ。こちらで注意を引きつけるしかないか……。

 相手は三体……。僕一人なら本気を出せばすぐに倒せるだろう。が、今は本気を出せないからな。……仕方がない、か。


「セリアさんはこいつの相手を、フルンさんとロイさんは一番奥のやつの注意を引いて。俺は真ん中を相手する」

「それって大丈夫なの?」

「大丈夫だ。切り札を使うことにした。すぐに一体を片付けて、ロイさん達のところへ向かう。セリアさんはダンさんが回復するまで注意を引きつけてくれ」

「本当なのね? ……はあ~、わかったわ。ではその作戦で行きましょう。いいわね、ロイ、フルン」

「何とか持ちこたえよう」

「わかった」


 セリアさんは一番近くにいたビッグホーンの注意を引くために、死角に入り込み剣で斬り付けていく。

 ロイさんとフルンさんは詠唱を始める。距離があるため間に合いそうだ。


 僕は真ん中にいるビッグホーンに走りながら魔力を練り始める。


「『ウィンドスラッシュ』」


 僕は詠唱破棄を使い、セリアとは違うビッグホーンの相手をする。落下から復帰したビッグホーンの角に目掛けて、風の刃を幾重にも作り出し斬り付ける。


「グウオオォォォォーン」


 角が折れるまではいかなかったが、罅を入れることが出来たようだ。

 ビッグホーンは驚愕の咆哮を上げ立ち上がる。

 僕は魔力を通した剣を抜き放ち、風を纏わせる。


「『風よ、纏え』」


 そのまま、ビッグホーンへ近づき足を斬り付けるが、浅く傷をつけただけのようだ。

 こいつも硬いようだな。さすがに雷魔法までは使えない。


「ガアッ」


 近くにいた僕に腕が振り下ろされるが横へと躱し、難を逃れる。これにあたると一瞬で潰されてしまう。

 ロイさん達の方をちらりと見ると魔法を発動し、何とか時間稼ぎができているようだが相当無理をしているようだ。

 早くしないといけないな。

 こいつは皮膚が硬いようだが、ウォーコングほどではない。

 一旦、ビッグホーンから離れながら、魔力を煉り上げる。


「ヴオオォーン」


 離れた僕を追いかけるように後を追ってくる。

 ある程度魔力を煉ると足を止め、体を反転させながら重ねた手をビッグホーンの中心に向け魔法を発動させる。


「これでもくらえッ! 『エアリアルバースト』」


 僕の手から大気の砲撃が放たれビッグホーンの身体の中心に当たる。ビッグホーンは筋肉を膨張させ凌ごうとするが、大気の砲撃は『そんなこと知らん』とでもいうように体の中心に穴を開け、そのまま背中を抜けて貫通していった。


「これで一体」


 すぐにロイさんとフルンさんの方を助けに行く。行く最中にセリアの方を見るとダンさんが復帰し、セリアが動きやすいようになっていた。

 あっちは大丈夫なようだな。……こちらは少しやばいな。


 片方が詠唱をしている間にもう片方が魔法を放っているようだが、威力が足りていないのか苦戦しているようだ。魔力も底を尽きかけているみたいだ。


「『清き水よ、蒼き槍となり、我が敵を撃ち貫け! ウォータースピアー』」


 ロイさんが水の槍を作り出し、ビッグホーンに向けて放つがほとんどダメージが通っていないようだ。

 ビッグホーンは意に返さず、そのままロイさんに向けて突進してくる。


「ここまでかっ……」


「『エアハンマー』」


 空気の塊がビッグホーンの真上から叩き付けられ、ビッグホーンを地面ごと陥没させる。威力は訓練場で使用したものよりも数段高いため、クレーターのサイズが比べようもないほど大きい。


「大丈夫か!」

「ああ、助かった。シロ、ありがとう」

「はぁ……こいつ……倒せたの……」


 フルンさんが息を切らしながら聞いてきた。

 相当無理をしているようだな。魔力の多いエルフであるロイさんはまだ大丈夫みたいだが、それでも疲労の顔が見える。


「いや、まだ倒し切れていないようだ」

「う、そ……まだ倒せないの?」


「グルルゥッ」


 クレーターを見れば、血を拭きだしながら這いずりでてくるビッグホーンの姿が見える。

 放っていてもすぐに死にそうだが、魔物は生命力が高いからここで仕留めることにしよう。


「『エアリアルカッター』」


 大気の圧縮した風の刃がビッグホーンの首にあたり、その首をはねる。首から上がなくなったビッグホーンは血を拭き出しながら力なく地に横たわる。


「よし、これで二体目。残るはあれだけだ」

「私達には無理なようだ。シロ、あとは任せた」

「シロ君……お願いする」

「ああ、わかった」


 二人は疲れ切ったようで、その場に座り込んでしまった。

 仕方がないことだろう。魔法使いは普通前衛にはいかないものだからな。いつもの倍は疲労が蓄積しただろう。


 セリア達は隙をついては攻撃を加えているようだが、決定的な攻撃を与えることが出来ないでいる。

 セリアは何度も切り付けてはいるが僕と同じように浅く傷を付けているだけのようだ。ダンさんは注意を引き、守ることで精一杯みたいだ。外からシルルさんが魔法を使って攻撃しているがあまり得意ではないのだろう。訓練場で見た時もそれほど威力がないように見えたからな。


「くっ、刃が通らない」


 あまり硬くなさそうな膝の裏等の関節の節を狙っているようだがほとんど刃が通っていない。

 ビッグホーンが腕を振り上げセリアを排除しようとするが、それを横から滑り込むように入り大盾でダンさんが防ぐ。


「ぐっ、クはぁッ、想像以上にキツイ」

「『ライトボール』……ほとんど効果がないようですね」

「あちらはあと少しのようよ。もう少しねばれば援軍が来るはず、よッ」


 セリアはしゃべりながらも腕を避け、持っている剣で斬り付けていく。


「三人共! そこから退避!」

「「「っ!」」」


 僕の掛け声に合わせて三人が一斉にビッグホーンから退避する。

 ビッグホーンは三人の予想外な行動に虚を突かれたのか、その場から動かない。

 そのまま動くなよ!


「『エアリアルバースト』」


 僕が一体目を倒した時と同じように手を重ね、ビッグホーンの中心に向けて構える。魔法を発動すると手から大気の砲撃が放たれ、ビッグホーンの背中から当たり、一体目とは逆に背中から穴が開き腹を貫通していった。


 ズダァァーン


 体に穴を開けたビッグホーンは大気の砲撃の反動を受け、前方に軽く飛ばされながら地に倒れ、痙攣した後動かなくなった。


「これで終わったようだな。――三人とも無事か?」


 僕は退避した三人を見渡しながら言う。


「ああ、所々いてえが、大丈夫だ」

「シロ、助かったわ」

「シロ君は大丈夫ですか?」

「俺も大丈夫だ」


 三人とも大丈夫なようだな。あとはバリスさん達の確認をしないといけないな。

 ロイさんとフルンさんは起き上がってこちらに来ているようだから大丈夫だろう。


「バリスさん達はどこにいる?」

「バリスさん達ならあそこの岩場の陰にいます」


 シルルさんが指差したところには大きな岩が地面に突き刺さっていた。たぶん、あれはフルンさんがやったのだろう。その後ろに魔力反応があるから、そこに隠れているんだな。


「わかった。確認してこよう」

「お願いするわ」

「おう、任せた」


 岩の後ろ側へ行くとすぐに馬車が見えてきた。そのまま行くとロンジスタさんが守るように立ち、その後ろに隠れているバリスさん達がいた。


「シロくん、倒し終わったようね」

「ああ、倒し終わった。この辺りには魔物がいないようだ」

「そうですか。峡谷で何が起きたのですか?」


 キャリーさんは構えていた杖を下げ聞いてきた。


「皆に合流してから話す。――バリスさん達は大丈夫か?」


 後ろで震えているバリスさん達に大丈夫か聞く。

 見たところキャリーさんが守ってくれたみたいだし、体にも魔力にもそれと言った怪我は確認できないな。


「あ、ああ、大丈夫だ」

「シロくん、助かったよ~」

「ありがとう」


 口々に感謝の言葉を言ってくれる。


「怪我がなくてよかった。いつ魔物が寄って来るかわからん。すぐに準備をして峡谷を抜けようと思う。今なら何もいないはずだ」


 僕がそう言うと体をビクッと震わせ慌てながら準備をしだした。

 準備が終わり、皆の元へ戻る。皆はある程度回復したようで、立ち上がっている。


「あ、シロ。バリスさん達はどうだった?」


 僕を見つけたセリアがバリスさん達の安否を確認してくる。


「キャリーさんが守ってくれていたから大丈夫だ。話したいことがたくさんあるが、ここに長くいない方がいいだろう。すぐに峡谷を抜けよう。今なら魔物の反応が見られないからな」

「もうちょっと休ませてほしいぜ」

「ダン、仕方がないだろう。ここに居たままでは血の匂いで魔物が寄ってきてしまうかもしれん」

「しょうがない」

「魔物はいないのですね。それならすぐに向かいましょう」


 ダンさんが一番疲れているだろうがここは頑張ってもらうしかない。

 話しているうちにバリスさん達の準備が整ったようなので、すぐに峡谷の中へ入って行く。

 馬車の中にはダンさんとフルンさんが乗っている。二人ともあまり動けそうになかったから、そう判断した。


「シロくん。峡谷で何があったのですか?」


 キャリーさんが聞いてくる。

 皆にも聞こえるように声を大きめに出す。


「俺達は魔物まであと四百メートルといったところで見つかってしまったんだ」

「なぜ? 魔物に姿でも見られたのですか?」

「見られていない。――俺達はちょうどこの辺りで見つかったんだ」


 見つかった場所は道がくねっていて、先が見えないようになっている。反対からも見えていなかったはずだ。なのに、見つかってしまった。

 最初は匂いや音で気が付かれたかと思ったが、それは違うことに気が付いた。

 この峡谷では風がこちら側に吹いている。音も風の音が強いため聞こえにくい。それに魔物達は自分たちで争っていたのだから、音で気が付くなんてありえない。


「では、何が起きたというんだ」

「可能性としてはいくつかある。一つ目は俺の魔力感知に気が付いたことだ」

「どういうことだ? ビッグホーンはそんな能力はなかったはずだが……」


 ロイさんがそれはおかしいと言ってくる。


「俺もそう思うのだが……気が付かれたタイミングが魔力感知をしようと魔力を放った時なんだ」

「確かにそんな感じだったわね。シロが魔力感知をした瞬間に逃げろと言ってきたものね」


 セリアがあの時の状況を説明した。

 あの時はなぜ気が付かれたのか焦っていたな。


「二つ目は一つ目に関係するのだが、あのビッグホーンが突然変異の魔物であることだ」

「突然変異? それって何?」

「突然変異というのはある個体が同じほかの個体と比べて、強くなったり特殊能力が増えていたりすることだ」

「同種族の中から強い個体が出てくるって言うことですか?」

「ああ、そうだ」

「だが、あのビッグホーンは他のビッグホーンと変わらなかった気がするぞ」

「俺はビッグホーン自体を見たことがないからわからないんだが、ビッグホーンの角はあんなに硬いのか? それに体もDランクにしては大きかった気がするのだが……」

「そうですねぇ。私たちは一度だけビッグホーンと闘ったことがありますが、確かにあそこまで大きくありませんでした」

「それに……角も体も少し硬い気がする」

「確かに。何度斬り付けても刃が通らなかったし……。あの時は血が出るくらいには刃が通っていたはずだわ」

「だが、突然変異の魔物かと言われてもそうでもない。強くはあったが変異とは呼べないな」


 僕もロイさんの意見に賛成だ。セリア達の話を聞いと事を加味しても、変異体だとは思えない。


「そうだな。……最後の可能性として考えられるのは、ビッグホーンは俺達が向かっていることを知っていたということだ」

「それどういう意味よ。一つ目と何が違うっていうの?」

「一つ目はビッグホーンが自ら知ることで、三つめは第三者が教えた、ということだ」

「第三者ですか!? それは本当のことですか!」


 キャリーさんが身を乗り出して聞いてくる。


「わからない。魔力の反応はなかった」

「では、違うのではないのですか?」

「魔法を使われれば……魔力感知でわかるはず」

「そうですね。シロ君はほとんど感覚をあけずに、魔力感知を行っていたのですよね?」

「ああ、そうだ」

「なら、なぜ第三者だと思った?」

「そうだぜ。俺は魔法が使えないからわからねえが、魔力感知っていう奴は相手の魔力や魔法が使われたらわかるんだろ」

「ダンの言うとおりだ。ビッグホーンに教えた存在がいれば魔力感知で気づくはずだ」

「それに……魔法で伝えたのなら……どうやってしたの?」


 僕が魔力感知に反応がなかったと言うと、皆の頭の上に目に見えない疑問符が浮かんだ。


「それについては一つずつ答えていく。まず、皆は魔力感知についてどこまで知っている」


 僕は答えを待たずに続けて言う。


「魔力感知というのは魔力を捉える魔法だ。それに該当するものは他者の魔力、魔道具などの物に宿った魔力、そして最後に魔法の魔力だ」

「それが何だというのだ」

「一つ目の他者の魔力とは体内にある魔力のことで、誰でも持っているものだ。それは、魔物やアンデットでも持っている。そういったものの魔力を感じることで捉えることが出来る」

「それはわかる。他にも捉えた魔力を読むことで、状態を知ることが出来るな」

「ああ、そうだ。……二つ目の物に宿った魔力というのはそのままの意味で、一つ目の他者が物に変わっただけだ」

「うん……わかる」

「最後の三つ目の魔法の魔力だが、正しくは魔法があたるまでのことを言う」

「それはどういう意味だ? 何か違うのか?」

「ダンさんは魔法を使えないからわからないかもしれないが、魔法を使うものならわかっているはずだ」

「魔法を相手にあてるまでの工程を簡単に言えば、魔力を煉る、詠唱する、鍵を言う、発動する、放つ、あてる、という感じになるんだ」

「そうだ。あたるまでの魔法は術者の魔力を供給しているから、魔力感知で捉えられる。魔力が供給されているということは、こういうこともできる」


 僕はそう言って手のひらを上にして小さな水の玉を出し、ゆっくりと左右に動かしていく。

 誰かが感嘆の声を上げる。


「これは熟練度が上がれば、いずれ出来るようになるだろう。話を戻すが、この水玉を何かにあててしまうと魔力供給が切れてしまい、術者が操作をすることが出来なくなる」


 僕はそう言って逆の手に水玉をぶつける。あてられた水玉は僕の手を濡らして、地面へと滴り落ちて行った。


「これはどの属性の魔法でも同じことだ。火魔法をあてて燃やした火を操ることはできない」

「結界や補助はどうなんだ?」

「結界も同じだ。種類によっては中にいるものの魔力まで遮るものがある。術者の技量によって遮る量が決まる。補助も同じことだ。だが、かけられた対象の魔力も変わるから、感知することが出来る。これは放つとかけるの違いだと思えばいい」

「結局どう言うことなんだ?」

「放たれた魔法が何かにあたり、そこから発生した事柄には魔力がこもっていないため、魔力感知で感知することが出来ないということだ」

「なんとなくだが、わかった」


 僕の説明で大体はわかってくれたようだな。


「だが、その魔力感知に反応がなかったのだろう? ならば、最初から第三者などいなかったということではないのか?」

「あの場には第三者がいなかったということになる」

「それは、違う場所にいたとでもいうのか?」

「それはわからない。だが、俺はその可能性が高いと思う」

「それはなぜです? 先ほどフルンが言いましたが、感知できない場所にいるのに、どうやって伝えたというのですか?」

「無魔法の中に『念話』という魔法がある。この魔法は対象の相手と離れていても、会話をすることが出来る魔法だ。皆は聞いたことがないかもしれないが、キャリーさんなら聞いたことがあるかもしれない」

「ええ、確かに聞いたことがあります。ですが、念話はは波長が合う者同士しかできないはずなのですが……」

「今は忘れられた方法だが、一つだけ方法がある」

「そんな方法があるのですか?」


 キャリーさんが考え込むように首を傾げる。


「ちょっと、説明してよ! 私達にはよくわかんないんだけど」


 セリアが説明を求めると周りにいる皆が「うん、うん」と、頷く。

 僕の代わりにキャリーさんが答えてくれる。


「念話という魔法は先ほども言ったとおり、相手と、魔力の波長が合わなければ使うことが出来ません」

「ですが、波長が合う人は使えるのですよね? それなのに、なぜ使われなくなったのですか?」

「それは、距離が離れるほど魔力消費が上がり、使っている間も消費する燃費の悪い魔法だからです。波長が合わなければ使えない、波長が合っていても魔力がなければ使えない。そんな、使い勝手の悪い魔法を使おうとは思いません」

「そうだったのですか……」

「だけどシロが、方法があるって言っているじゃないですか。シロが嘘をついているんですか?」


 セリア、お前はなんていうことを言うんだ。


「それについては私も知りません。――シロくん、本当にそんな方法があるのですか?」

「ある。それは相手の魔力の波長に、自分が合わせてしまえばいい。今から、数百年前までは普通に使われていた方法だそうだ」

「波長を合わせる……。そんなことが出来るのですか?」

「ああ、先ほど俺が水玉を動かしただろう? あれは魔力操作と呼ばれるものだ。他にも魔力制御、魔力圧縮、魔力変化等がある。その中の魔力変化は、魔力の波長や属性を変える魔力のことを言う。魔法を使う際になぜ炎が出るのか、なぜ水が出るのかというと、属性のない魔力がイメージによって、属性の魔力へと変わるからだ」

「じゃあ、水をイメージして火を出せるのか?」

「それはできない。鍵とイメージが合っていないものは発動しないようになっている」

「では、誰でも波長を変えて、念話が使えるということではないのですか?」


 まあ、普通はそう思ってしまうよね。僕も師匠に教わった時は同じ質問をしたからな。


「言葉だけならそうなる。だが、皆は波長を変えることが出来るか? それ以前に属性になった魔力を放出することが出来るのか?」


 魔法が使えるロイさん、シルルさん、フルンさんは魔力を手から放出して実際にやってみているが、結果はただ単に魔力を出しただけだ。


「やり方は魔法を使うのと同じやり方だ。ただ、魔法が魔力に変わっただけなんだ」


 僕がやり方を言ってみるが、全く変わっていない。


「これでわかっただろう。魔力の波長を変えることはほとんど無理なんだ。だから、念話魔法は使われなくなってしまったんだ」

「……でも、ちょっと待って。ならなぜ、シロは念話だと言ったの? 誰も使えないんでしょう? なら無理なことじゃない」


 セリアが『何言ってんの、こいつ?』みたいな顔で言ってきた。

 その顔、ものすごく腹が立つんですけど……。


「そうでもない。時間をかければできることだからだ。五歳の子供が水を出そうと魔法の練習を何回もする。数日後、少量ながらも水を出すことが出来た。これと何も変わらない。やっていることは同じことだからな」

「だけど、これは難易度が全く違う」

「これができるようになるまでどのくらいかかるのだ?」


 フルンさんとロイさんが魔力を出しながら、難しい顔をして言った。

 先ほどまで魔力を枯渇しかけていたに、まだやっている……。


「個人差はあるだろうが、少なくとも数十年はかかるだろうな。普通、人族には無理だ。できるのは長命種のみだろうな」

「長命種……」


 フルンさんがそれを聞いて諦めたようだ。

 これが出来たとしてもあまり意味はないけどな。


「それに、波長を変えるには、属性を変える以上、時間と努力がいる。そんなことに時間を割くぐらいならば、魔法の技量を上げた方がいい」

「だから、念話は使われなくなったのですね」

「しかも今なら、通信魔道具でどうにでもなる」

「使わなくなって当然なのか」

「だけど、シロはそれを使ったと考えている」

「そうだな。シロ、なぜそう思った?」

「まず、第一に魔力感知に反応がないこと。第二に魔道具ならば、魔物側に魔道具がないのはおかしい。第三に念話ならば、遠距離から魔力感知に察知されずに会話ができる」

「なっ、念話は魔力感知では察知できないのか」

「できない。念話は相手の魔力に波長を合わせている。そこには魔力を必要としない。魔力を必要とするのは会話をしている時だが、体内で魔力が減るため察知することは不可能なんだ。さらに、受け取る側が受け取るだけならば、魔力が減るのは送る側だけだ」


 皆は僕の理由を聞いて、半ば茫然としている。


「で、でもよ、さっきの魔物が直感でこちらにきた、とかあるんじゃねえか」


 ダンさんがすぐに復帰し、考えすぎではないかと言ってくる。


「いや、その可能性はかなり低いだろう」

「なぜだ?」

「最初にも言ったが、あの三体は争っていたんだぞ。その争いを中断して襲ってきたんだ」

「すまん、忘れてた」

「では、『念話を使った』、その可能性が一番高そうですね」

「だが誰が使った? 長命種だとしても、それなりの技量がなければ使えないはずだが……」

「長命種といやあ、亜人族と獣人族の一部、あとは――」

「――あとは魔族だ」


 僕はダンさんが言う前に答えを言った。


「お、おい、魔族だと!」

「魔族は確かに長命種かもしれんが、そこまで寿命は長くないだろう?」

「それに、今の魔王は穏健派で、ここ二百年一度も侵略をしたことがないんだぞ」


 確かに今の魔王は穏健派で侵略をしようという気は、一切ないようだ。


「だが、魔族全体が穏健派であり、侵略に反対なわけではないだろう? どの種族の中にも好戦的なものがいるだろうが。最近のことで言えば、百年前のジュリダス帝国皇帝の野望の世界制覇とかな」

「ああ、そうだったな」

「だが、まだ犯人が魔族だと決まったわけではない。人族である可能性もある」

「は? それはどういう意味よ」

「共謀、洗脳、奴隷、いくらでもある。いくら魔族が強くても、自分にも理があったり、洗脳されてしまうとどうしようもないだろう」

「遥か昔には人族は魔族を支配していた時代があった。その逆も然り」

「どこの誰がしたのかはわからないが、第三者の犯人がいることは確かだろう」

「でもなぜ、私達にこんな目に……」


 問題はそこなんだが……何か近づけたくないような理由でもあるのだろうか? それか、この中の誰かの排除とか……。


「どんな理由があるにせよ、今は護衛を続けて、ソドムまでバリスさん達を送り届けるしかないだろう」

「まだ、私達が狙われたとは限りませんし……」

「ソドムへ行かせたくなかったのかもしれないし、何が起こるかわからないんだ」

「とりあえず、今はバリスさん達を無事に送り届けることを考えよう」

「考えることはそれからでもできる。それに、ソドムまで行けば何が起きているかわかるかもしれねえしな」

「では、このまま依頼続行するということで、ソドムまであと一日頑張ろう!」


 セリアがそう締め括って、話し合いが終了する。



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