試験前日
ランクアップ試験の日時を聞いて六日が経った。今日は、他に試験を受ける人達と打ち合わせの日だ。
朝九時までにギルドに来て、とターニャさんに言われたので朝食を食べて、ギルドに行く最中だ。
今日はロロを召喚していない。ロロがいては僕がシュンだとばれてしまうからだ。
ヒュードさんのところで買った、狐のコートと仮面をつけている。このことはロンジスタさんとターニャさんには話して許可を貰ったので大丈夫だ。名前をどうするか迷っているとロンジスタさんが、僕の格好を見て『シロ、でいいんじゃね』と言ったので、この姿の時は『シロ』となった。偽名はいいのかと思うが、名前を言いたくない奴もいるから良いそうだ。それに今回は試験官がそれなりだから、とロンジスタさんが企んでいそうな感じだった。
ギルドへと着くと、すぐにターニャさんに着いたことを言う。
「ターニャさん、おはようございます。間に合いましたよね?」
「シロ君、おはよう。大丈夫よ。男性陣以外は来ているけどね」
女性の人か。確か……セリアさんとシルルさん、フルンさんだったかな。男性の人はまだ来ていないのか。
「では、会議室まで行きましょう。シロ君、付いて来て」
「はい、わかりました」
「……シュン君、シロ君の時は口調を変えない?」
ターニャさんが言ってきた。
む、一理あるな……変えることにしよう。
「変えます。そうですねぇ……あまりしゃべらないようにします。あとは、敬語を抑えます」
「それがいいわね。じゃあ、やってみて」
呼び捨て……だよね。あと敬語を抑えて、上から口調ではないようにすると……。
「タ、タタ、ターニャ、これでいいか?」
「ふふふ、それでいいわ。なんだか新鮮ね。……呼び捨ては慣れてね」
「……はい」
滅茶苦茶恥ずかしいぃ。なんなんだこれは! これも目立たないため、シュンを隠すためなんだ。仕方のないことなんだ。
自分と闘いながら、初めての二階へと上がっていく。二階へと上がって下を見ると、いつもとは違うギルドに見えてくる。
「シロ君は二階に上がったことがなかったわね。これからは二階に上がることが多くなると思うから、頑張ってね」
「なぜですか?」
「二階にはCランク以上の依頼を張り出しているの。あとは、一階では出せないものだったり、低級冒険者の向上心を引き出したりね」
そう言うものなのか。上級を見て育てて、いつかこうなりたいと思わせているのか。なんか……狡いものを聞いた気が……。
「ここが会議室よ。中に入って、試験官が来るまでおとなしく、待っていて」
いやに、『おとなしく』を強調していたな。……おとなしくしていないと何かあるのか? それとも騒ぐ様な事が起きるのかな? 聞こうにもターニャさん……はもういなくなってるし……。
とりあえず入ってみよう。予想では女性だからアンダードッグのようなことにはならないだろう。……男勝りだったりしなければ。
もう一度姿を確認して、ドアをノックしてから入る。
コン、コン
「……失礼」
中には聞いていた通り、女性が三人いた。
四角く綺麗に並べられている机と椅子に、二十代前後の女性が三人かたまって横に座っている。
右の人は茶髪の短めな髪形をしている。見た感じ活発そうで、魔物の皮でできたレザーアーマーを着ている。傍らにはバックラーとショートソードを置いている。おそらく、遊撃かスカウトだろう。
魔物の皮はDランクのワイルドスネークだろう。ワイルドスネークは鋭い牙と微毒を持っている。僕がよくいく森にもたまに出てくる魔物だ。それなりに強く、その皮は柔軟性に富んでいるため防具に最適だ。
中央の人は薄い水色の艶やかな髪を腰まで伸ばしている。その姿は慈愛に満ちており、近くにいるだけで癒される容姿をしている。見るからに聖職者といった服装と、魔力を帯びたメイスを持っている。この人はヒーラーだろう。
この魔力は光魔法の聖効果のあるものだと思う。
左の人は、今にも寝そうな雰囲気が漂ってくる。いかにも魔法使い然としたローブを着て、その手には魔法の補助武器である長杖を持っている。杖の魔力もそれなりだが、本人の魔力も結構ある。それなりに修業をしたのだろう。
三人とも人族で仲が良さそうに見えるのでおそらく、知り合いか何かだろう。
僕が入ると一斉に話をやめ、僕の方を見てくる。
な、何かな……。僕何か間違えた?
「君はここがどこだかわかっているの? しかもその格好は何」
僕が戸惑っていると右の女性が聞いてきた。
あれ? なんだか、デジャブ……。格好はスルーだ。
「……わかっている。試験を受けに来た」
「え? 嘘言いなさい。そうだったとしても今日はCランク試験なのよ。あなたはどう見ても子供じゃない」
すごく、ハムスを思い出してしまう。イラついてくるがターニャさんの言葉を思い出し、冷静になる。
「受けろと言われたからだ。……それに、子供は関係ない。お前たちも聞いているはずだ」
「は? そんな話聞いてないわよ! そうよね! シルル! フルン!」
シルルさんとフルンさんを呼んだということはこの女性がセリアさんか……。
聞かれた二人は僕の言葉を聞いて思い出したようだ。
「もしかして、一週間前に急遽参加になられた方ですか?」
「そうだ。……ターニャから、聞いているはずだ」
うん、確かに言っていたはずだ。『伝えましたよ』って言っていたはず。
「確かに……聞いた。……覚えてる……ギルマスも一緒……だったから」
この人は起きているようだが、半分以上は寝ているぞ。
この二人は僕の味方のようだな。
「そうらしいぞ」
「私は知らないわよ。そんな話!」
君が知らなくてもどうでもいいことなんだけどね。とりあえず、騒ぐのはやめてほしいな。
と、思っていると二人がその時のことを話し始めた。
「セリアちゃんはお酒を飲んで寝ていましたよ。起こそうとしましたけど、『煩い! ムニャムニャ』とか言って、起きませんでした」
「……私も起こした。……でも起きない」
どっちがどっちかわからないが聖職者さんはニコニコしているのに、なんだか迫力がある。あれには逆らってはいけない。
魔法使いさんは……君も寝ていたんじゃないの?
「……ほんと? 私を騙そうとしてないよね?」
「していると思うのですか? セリアさん」
「いえ、思いません」
「なら、あの子に謝りなさい」
「なんで! いやよ私!」
「セ~リ~ア~さ~ん」
「ひぅっ! …………ごめんなさい」
二人の会話を聞いていたが怖くて口をはさめない。
とりあえず、ハムスの時のようにはならなかったから良しとしよう。
「謝ってくれるならそれでいい」
「本当にごめんなさいね。この子は馬鹿なものですから……。私の名前はシルルと言います。一応、回復担当をしています。今日からよろしくお願いしますね」
先ほどとは違った、とても優しく全てを包み込むような微笑みを向けてくる。
「ぼ、俺はシロ。……よろしく」
「シロ君ですね。こちらは――」
「私はフルン。……魔法を使う……よろしく」
「いつも眠たそうにしているので心配しなくても大丈夫ですから。フルンちゃんは主に攻撃担当をしています。この馬鹿がセリアと言います。担当は遊撃です。この三人でパーティ“サイネリア”として組んでいます」
“サイネリア”か……確か、花言葉は活気があるとかだったような。その通りのようだな。活気というより姦しいがな。
「で、キミのその格好は何? 『素顔は見せられないぜ』とか思っているの? かっこ悪いわよ」
セリアはハムスと同じような人種だな。だけど、謝ってくれるからまだましだな。
格好のことはほっとけっ! それにこのコートと仮面にはとんでもない魔法が掛かっていたんだ。今は、教えることが出来ないがな。
「この格好のことはほっといてくれ。素顔を曝せないんだ」
「はっ、やっぱり、おもt「なにやら理由がおありなのですね。似合っていてとてもかわいらしいですよ」
「うん……似合ってる。……かわいい」
「…………ありがとう」
あんまり嬉しくない。かっこいいとおもうんだけどなー、これ。
セリアは大丈夫なのだろうか。さっき思いっきりメイスで殴られたぞ。それなのに頭から血が全く出ていない。たんこぶくらいかな?
「よぉースッ! 俺様が来たぞ」
「失礼します」
ドアが開き、男性が二人は言ってきた。この二人がダンさんとロイさんなのだろう。
最初の俺様は短髪で強固な鎧を着用し、背中には長剣と身の丈ほどある大盾を背負っている。俺様であるが、お山の大将タイプではない様で、ただ単に賑やかしなだけだろう。獣人であるためそのスタイルがとてもマッチしている。
後ろの人は耳が長いのでエルフだろう。おとなしそうな雰囲気をしていて、魔力も同じように清らかである。おそらく、水、風魔法か精霊魔法を使うのだろう。ローブというよりは、僕が師匠達から貰ったコートに似ている。杖も高そうなものを身に着けている。
「うお、こいつぁ誰だ? こんな奴、顔合わせにいたか?」
獣人の人がセリアと同じように聞いてくる。
またか……。
「いや、飛び入りの試験者だろう。ギルマスとターニャさんが言いに来たはずだ」
「おー、そういえばそうだったな。ロイ、よく覚えてたな」
「聞いたのは一週間前のことだぞ」
「そうだっけか? こまけえことはどうでもいい、ガハハハ」
この二人は知り合いのようだな。そんな雰囲気がする。
獣人の人は豪快でエルフの人はちゃんとしているようだ。
「すまない。私はロイという。私は主に水魔法を使う。精霊魔法も少しだが使うことが出来る。よろしく」
どうやら、水魔法を使うようだ。
「俺はダンだ。見ての通りディフェンダーをしている。魔法は使えねえが、獣人族だから力も強いぞ。力仕事は任せてくれ。よろしくな」
力こぶを見せながら言ってくる。
「俺の名はシロという。これからよろしく頼む」
二人と握手をして会話を終了する。
僕は何能力を言っていないけどいいのかな?
「ちょっと待ちなさい」
どうやらセリアが復活したようだ。
「なんだ」
「『なんだ』じゃないわよ。あなたは名前しか教えないつもり? これから一緒に依頼を受けるというのに!」
……セリアが言ってきたか。気絶はしていなかったのか……すごいな。周りのことが少しわかるようだな。評価を少し上げよう。
「俺は――」
ガチャ
「みなさん揃っているようですね。それでは、席についてください。打ち合わせを始めます」
どうやら試験官が入ってきたようだ。抑揚のあるきれいな女性の声だ。振り返ると、エルフの女性が書類を片手に抱き、ドアを開けていた。
「シロくんも突っ立ってないで、席についてください」
彼女の名前はキャリーという。ここの副マスだ。少しきつい目と艶のある長い金髪を後ろで結い留め、受付嬢と同じような服装をしている。違うところは胸元のポケットに二つの羽が付いていることと腕の腕章だけだろう。
「まず自己紹介からしますね。私の名前はキャリー・レドリアといいます。今回のランクアップ試験の試験官を務めます。みなさん、よろしくお願いしますね」
ニッコリと微笑んで自己紹介をする。
「「「よろしくお願いします」」」
見事に一致した。
「みなさんは自己紹介を済ませましたか?」
「シロ以外はしていまーす」
セリアが間延びした声で言った。
「シロくん、自己紹介をお願いします。名前と種族、特技ぐらいでいいですよ」
「わかった。……俺の名はシロ。見て分からないと思うが一応人族だ。魔法と剣を嗜んでいる。魔法は火と風がメインだ」
「はい、わかりましたね。それでは試験内容の説明に入ります。今回の試験内容は聞いていると思いますが、商人の護衛依頼となります。わかっていると思いますが、護衛依頼はDランク以上になると受けられる依頼です。しかし、今回の依頼はCランク扱いとなります。なぜなら、最近魔物が活発化し始め、上位の魔物が下を支配し、徒党を組み始めているからです」
それはファチナの森のウォーコングや森のゴブジェネのことを言っているのだろう。他にも上位の魔物が組んでいるって言っていたな。
「噂になっているゴブジェネのことですか?」
セリアが聞いてくれた。
「最近で言えばそうです。その時は、遭遇した者がすぐさま対処して下さったので損害はありません。ソドムまでの道のりで今のところそう言った報告はありませんが、遭遇してしまう可能性もありえます。ゴブジェネの報告が上がっていませんでしたから」
「遭遇した場合はどうするのですか? 我々ではゴブジェネを倒すことはできないと思いますが……」
ロイさんが遭遇した場合の事を聞いた。
「もし、遭遇した場合は私が対処・指示します。みなさんは状況に応じて、対応してください」
「キャリーさんが戦うってことですか?」
「ええ、そうです。私はこう見えても元Aランク魔法使い(冒険者)です。今でも衰えていないと思います」
「うそー」、「マジかー」とか聞こえるが、言っているのはセリアとダンさんだけだ。他の人は静かに聞いている。
「護衛依頼で一番気を付けなければならないことはわかっていますね。『依頼人を殺されました』、では話になりません。命を賭けなさいとまでは言いませんが状況判断をしっかり行ってくださいね」
状況判断は常にしておかなければならない。戦闘以外にもいろんな場面で必要となることだ。これが出来なければCランクになっても、すぐに死んでしまうだろう。
「では、これからみなさんに二つ質問をしたい思います。名前を呼ばれた人は、立って答えてください」
質問タイムか……。これも何かあるのかな? 普通なら言わなくていいことだしね。
「それでは、今回の依頼で知っていることを言ってください。はじめは……セリアさん、あなたです」
「えっ、あ、はい」
慌てている。当たらないとどうしたら思えるのだろうか。よく、わからん奴だ。
「今回の依頼はソドムの街までの護衛です。商人の名前はバリスさん、デリトさん、ハイリさんの三人です。そのほかに馬車があります。……だったよね?」
「はい、周りに聞かない」
「っ、はい。以上です」
セリアがシルルさん達に聞こうとして怒られたようだ。
僕はほかに何か知っていたかな? 依頼料を知っていたな。
「それ以外に何か知っている人はいますか?」
僕は手を上げる。
「はい、シロくん」
「はい。……この依頼には報酬が皆で中金貨一枚出る」
「そうです。この依頼には相場よりも低いですが報酬が出ます」
合っていたようだな。周りを見ればそうなのか、みたいな顔をしているものがいる。ただ働きするつもりか……。
「二つ目。出てくると予想される魔物は何ですか。……ダンさん、お願いします」
「ぅス、出てくる魔物はスライム、ラビー、ウルフ、ゴブリン、プアール、グリンバード、オーガ、ビッグホーン、レッドベアーぐらい、です。他には上位種がたまに出るみたい、です」
「そうですね。上位種については、無理に戦おうとしなくていいです。Cランク以上の魔物については状況を見極めて戦うようにしてください。他にありますか?」
確か、盗賊が出るかもっていう情報が掲示板にあったような気がするな。
他の情報についてはこの五日間で調べている。
一応手を上げてみると、他にもあげる人がいた。
「じゃあ、ロイ。言ってみろ」
「はい。盗賊が出没しているとの依頼がありました。Cランクとなっていたので確認しておきました」
「わかりました。シロくんも同じですか?」
「はい」
ロイさんはしっかり調べているようだな。ダンさんも魔物のことをたくさん知っているようだ。
「盗賊が現れたとしても戸惑ってはいけません。躊躇してしまえば、護衛対象を死なせてしまうかもしれませんから。現れたら状況をよく確認してください。試験どころではない状況に陥った場合、私が指示を出します。それまではみなさんで対処してください」
人を殺すか……。森にいた時に何度か師匠と一緒に森荒らしを殺しに行った。その時に何度も『躊躇するな、躊躇すれば自分を、仲間を死に追い込むことになるぞ』って師匠に言われたな。この街に来る時もヒュードさんを盗賊から助けたっけ……。
「これで終了です。この後はみなさんに模擬戦をしてもらいます。お互いに実力や使用武器、魔法、行動、性格が分かっていないと、護衛に支障が出てしまうからです」
ま、そうだろうな。お互いに自己紹介したとしても実際に見てみないとわからないからな。
「これは、試験の査定には参考程度にしか要れません。役割によっては戦闘をあまりこなさない人もいるでしょうからね。場所は訓練場で行います。この後、準備が出来次第開始します。では、ついて来て下さいね」
キャリーさんはそう言うと会議室から出て行く。僕達六人もその後を追う。
「久しぶりに魔物以外と闘うことができるぜ」
「ダン、わかっていると思うが、決闘ではないからな。あくまでも模擬戦だぞ」
「ああ、わかってるって」
ダンさんは戦うのが好きなようだ。その隣を歩いているロイさんに軽く注意を受ける。
女性陣の方へ目を向けるとこちらも話しているようだ。
「誰と闘うことになるのでしょうか?」
「誰でも関係ないわ。やれることをやればいいのよ」
「そう……力を出し……切ればいい」
この人達は精一杯やるつもりのようだ。
ロンベルトさんの後に続いて一階へ降りると、ターニャさんがこちらに気付いて微笑んでくる。僕は軽く手を上げて返す。
そのまま、訓練場へとつながる通路を通り、中へ入って行く。中ではこの前来た時とは違い、十人ほどの冒険者が武器や魔法の訓練をしていた。
「ん? この集団はなんだ?」
「明日のランクアップ試験の集団だろうな」
「そうか」
一番近くにいた剣を持っている冒険者二人の話声が聞こえてきた。他の冒険者を見ると打ち合いや指導をやめこちらを向いている。
その中を僕達は歩き空いたスペースへと行く。周りの冒険者はこちらに近づき、囲むように陣取った。
まあ、仕方のないことかな。興味があったりするんだろうし。有望なものがいれば自分と組んでほしいとか思うんだろうしな。
「周りの視線が気になるかもしれませんが気にしないでください。この模擬戦は参考程度にしかしないと言いました。負けたとしても不合格にはなりません。それでは模擬戦を始めようと思います。それぞれ準備をしてください。まず、ダンさんとセリアさんから行います」
「わかった」
「はい」
呼ばれた二人は返事をして隅の方へ準備をしに行く。残りの僕達も隅へ行き準備を始める。
とはいっても僕の準備は既に済んでいるから、特にこれといったものはない。模擬戦がしやすいように、キャリーさんの方へ離れるぐらいだ。
「シロくんはどうしますか?」
傍に着くとキャリーさんが小声で聞いてきた。
キャリーさんは僕のことをしている。知っていると言っても情報はロンジスタさんやターニャさんと同じぐらいだが。
「先ほど言ったとおり火と風の魔法をメインにします。剣は受け流したりするだけにしておくつもりです。非常時には本気を出すつもりでいますけど」
「わかりました」
ギルドに初めて来たときと同じように答える。このぐらいならば大丈夫だろう。
キャリーさんから目を離し、準備が整ったダンさんとセリアを見る。
ダンさんは先ほど背負っていた長剣と大盾を構え、身構えている。セリアは見た目と同じようにバックラーを左腕に付け、ショートソードをやや上段に構えている。おそらく、スピードで翻弄する気だろう。
「準備ができたようですね。もう一度言います。これは模擬戦です。熱くなりすぎてやり過ぎないようにしてください。……それでは……はじめてください」
開始の合図と同時にセリアがダンさんに突っ込んでいく。ダンさんは大盾をしっかりと構え、いつでも動けるように身構える。突っ込んでいたセリアが右に動き大盾の死角へと入り込む。そのまま、鎧に守られていない首筋に向けて剣を振るう。
「はあッ」
強固な鎧と大盾を見て、動きが鈍いだろうと判断したようだ。一気に吐き出された気合と共に、セリアの一閃がダンさんの首筋にあたろうとする。
だが、そこにあった首が横へと消えさり、セリアの剣先が大盾によって防がれてしまう。
ダンさんはセリアの動きを読み、左足を軸に体捌きをし、セリアに向くように大盾を構え剣を防いでいた。
防がれた瞬間にセリアは後ろへ飛ぼうとするがダンさんに一歩踏み込まれ、そのまま首筋に長剣を振るう。
セリアは咄嗟に剣で弾こうとするが、逆に押し負け横に飛ばされてしまった。起き上がった時にはダンさんに長剣を突き付けられていた。
「そこまで。勝者……ダンさん」
キャリーさんの声が響き、ダンさんは長剣を背中へ戻し、倒れているセリアに手を差し出す。
セリアは一瞬苦々しい顔をするが手を取って起き上がる。その時にはすがすがしい顔をしていた。
「負けた、負けた。勝てると思ったんだけどなぁ」
「セリア、獣人相手に力勝負はないぜ」
二人で話しながらこちらへ向かってくる。
僕も力では勝てないな。身体強化をすれば勝てるだろうが……。セリアのスピードと反応速度は結構速かった。ダンさんの動きから大盾の死角に入って来るのはわっていたのだろう。
「ダンさんは大盾の死角にセリアさんが、入ってくることがわかっていたのですか?」
「ああ、わかっていた。知能のある魔物はそこから来ようとするからな」
「そうだったのね。最初っから読まれていたわけか」
キャリーさんとの会話を終え、邪魔にならないように隅へと下がる。
「ダンとかいう獣人は他のところより力が強いな。それにディフェンダーの能力が高い」
「そうだな、俺みたいな魔法を使う者は安心して詠唱できる」
周りで見ていた斥候と魔法使いが評価をしていた。
僕は前衛もできるからあまりそうは思わないけど、安心して魔法が発動できるのには同感だ。
「次はシルルさんとロイさんです。シルルさんはメイスの物理攻撃を禁止します。ロイさんは魔法のみ、精霊魔法の禁止です。お互いに魔法のみで戦うようにしてください」
魔法対決となるのか……。ロイさんは確か、火魔法を使うって言っていたな。シルルさんは回復担当と言っていたけど、攻撃魔法を持っているのかな?
「シルルは……回復魔法以外に……光魔法が使える」
そばにいたフルンさんが僕の疑問に答えてくれた。
「光魔法か……」
光魔法は一般的には攻撃魔法自体が少なく、補助や能力効果の方が多くある。ないわけではないから戦えないわけではないが、火魔法と比べると明らかに差がある。
二人は中央で佇んでいる。魔法を使う前に気持ちを昂らせて、失敗しないようにさせるためだろう。
ロイさんは右手につえを半身に構え、シルルさんはメイスを両手で縦向きに持ち、構えている。
「準備はいいですね。……はじめてください」
開始の合図により、二人とも魔力を煉り始める。二人の魔力が高まり始め、発動体へと注がれていく。シルルさんはメイスへと注ぎ、ロイさんは杖へと注ぐ。お互いに注ぎ終わると魔力を魔法へと変換し相手へと放つ。
「『清き水よ、水球の礫となり、わが敵を打ち抜け! ウォーターボール』」
「『聖なる光よ、我が身を守れ! ホーリーシールド』」
ロイさんの方が、少しだけ発動が速かったようだ。遅れて、シルルさんが魔法を発動する。ロイさんから放たれた水球が放たれ、シルルさんにあたりそうになるが、それを半球体状の光の防壁で受け止め、辺りに水が飛び散る。
「やりますね。次はこれです。『清き水よ、辺りを巻き込む渦となれ! ウォーターストーム』」
「無駄です。私の防壁はそんなに脆くありませんよ。『聖なる光よ、我が身を守れ! ホーリーシールド』」
先ほどと同じように水の渦が巻き起こり攻めるが、シルルさんは光の防壁で防ぐ。渦は先ほどとは違い消滅せず、防壁ごと呑み込み渦巻いている。消えるまでに時間が掛かる魔法のようだ。
ロイさんはその間に魔力を煉り上げはじめている。シルルさんも視界の悪い水の渦の中で魔力を煉り上げているようだが、魔法の維持と同時なため煉りにくいようだ。
次第に渦が消え、シルルさんの姿が見えてきた。その瞬間にロイさんが魔法を発動する。
「『清き水よ、蒼き檻となり、我が敵を拘束せよ! ウォーターロック』」
ロイさんから水が溢れだしシルルさんを囲むように展開していく。水の中に閉じ込めるつもりのようだ。
水から逃れようロイさんに向かって走っていく。煉り上げが足りない分を過分の魔力で補い、魔法を発動させた。
「『聖なる光よ、光の球となり、邪を打ち滅ぼせ! ライトボール』」
水がシルルさんを閉じようとしていたが、シルルさんから直径七十センチほどの光の球が放たれ、目の前の水に大穴をあける。魔力を煉りながらそこから飛び出し、ロイさんに向かって走り出す。ロイさんは穴が開けられるとは思わなかったようで、一瞬動きが止まってしまった。その隙に魔力を煉り上げ、詠唱を始める。
「『聖なる光よ、光の弾丸となり、我が敵を撃て!』」
ロイさんも魔力を煉り上げ、詠唱を唱えようとするがシルルさんの方が先に完成し、手のひらを向けられあとは発動するだけとなった。
「そこまで。勝者……シルルさん」
キャリーさんの勝者宣言がされた。シルルさんは魔力を霧散させ、ロイさんは魔力を煉るのをやめる。二人はキャリーさんのところへ行き話し始める。
「お二人の魔法はどれもDランクにしては上位に入ります。それだけの威力が出せるのであれば大丈夫でしょう」
それを聞いて二人は嬉しそうになる。
「あの二人の魔法はすごいな。ぜひともパーティーに入ってほしいぜ。特にあっちの子」
「あ、そうなんだ。じゃあ俺はあっちの女の子で」
「ちげーよ! 俺が女の子だ」
「…………お前女だったのか」
剣士と魔法使いの二人組が馬鹿な言い合いをしていた。
次は僕の番だな。
フルンさんは何の魔法を使うのかな? 攻撃担当と入っていたけど属性までは聞いてなかったな。……最初は様子見だな。
「最後はフルンさんとシロくんです。二人とも中央へ来て下さい。見学している人はもっと広げてください。巻き込まれても知りませんよ」
「どういうことだ?」
さっきよりも場所を広くしろと、キャリーさんが指示を出すから訳を聞いてみる。
「シロくんは知らないのですね。フルンさんは広域魔法の使い手です。単体魔法も使用できますが数が少ないですね」
「わかった」
広域魔法の使い手か……。属性によっては周りに被害が出るわけだ。地や風ならまだしも火になると燃やしてしまうからな。
この前の決闘の半分ほどの広さがある。
「私は……火と地が使える」
フルンさんが属性を言ってきた。
「言っていなかった……のを思い出した」
「わかった」
「……そう」
僕の格好は狐のコートと仮面をつけ背中には剣を背負っている。手には何も持っていない。杖を持つか考えたが、僕は一度も杖を使ったことがなかったからやめた。
対してフルンさんは長杖とローブを着ている。先ほどは眠たそうな表情だったが、今はしっかりと目が明いている。戦闘時はしっかりしているようだ。
「あいつが試験を受けんのか? 何かの間違いじゃあねえのか?」
「お前、試験官は副マスだぞ。間違えるわけがないだろうが」
「あのチビはなんて恰好をしてるんだ。あんな奴いたか?」
「いや見たことがない。恐らく、他の街の者じゃないか」
「それにしてもちっさいなぁ。年はいくつなんだ。十歳ぐらいにしか見えんぞ」
「相手フルンだとはな……。子供でCランクを受けるのはすごいが、さすがに勝てんだろう」
「坊主、頑張れよ。負けても試験失格にはならないそうだからな」
周りの冒険者は好き放題言ってくる。
何か言っているようだけど放っておこう。一々相手になっていられない。それに、今から実力を見せればいい。
僕は別れる前にフルンさんに尋ねる。
「フルンさんは俺を弱いと思わないのか?」
「思わない。……あなたの魔力が読めない。こんなことは初めて。だから、気を抜けないと思った」
「そうか」
「それに子供かどうかは関係ない」
そう言ってフルンさんは離れていった。
『子供かどうかは関係ない』……ね。本気で行くってことだろう。じゃあ、僕もその思いに応えてあげよう。今の全力を出そう。
「二人とも準備はいいですね? お互いに全力を出してください。それでは……はじめてください」
フルンさんは魔力を煉り上げはじめる。僕はいつでも煉り上げられるので、身体強化のみを発動させる。煉り上げが終わったみたいで、詠唱に入った。
「まずは小手調べ『燃え盛る炎よ、赤き波となり、敵を飲み込め! ファイアーウェーブ』」
小手調べにしては強すぎる魔法だな。それに魔力がしっかり煉り込んであるから威力もありそうだ。
僕はそんなことを思いながら、瞬時に魔力を煉り上げ火魔法を発動させる。
「『燃え盛る炎よ、赤き波となり、敵を飲み込め! ファイアーウェーブ』」
僕とフルンさんから放たれた炎の波は空気を燃やし、大地を焦がしながらお互いの波へと襲い掛かる。ぶつかり合った瞬間に鬩ぎ合うがお互いを打ち消し合い相殺した。周囲には衝突の余波、熱風が吹き荒れる。
飲み込むつもりで放ったのに消滅で終わったか。フルンさんは結構強いみたいだな。
「これでどう? 『広大な大地よ、硬き雨を降らし、敵を穿て! ロックレイン』」
フルンさんが魔法を唱えると上空に無数の岩ができ始め、僕に向かって降り注ぎ始める。
これにあたると怪我どころでは済まないぞ。
「『駆け抜ける風よ、荒れ狂う嵐となり、全てを吹き飛ばせ! トルネード』」
風の竜巻を発生させ、僕に降り注いでくる岩の雨を防ぐ。巻き込まれた岩は上へと巻き上げられ、竜巻の外へ落ちていく。
先ほどとは違う涼しい風の余波が周囲を襲う。
今度は僕から行くぞ。
「次はこちらの番だ『駆け抜ける風よ、全てを砕く槌となり、敵を撃ち砕け! エアハンマー』」
僕はフルンさんに向かって走りながら、フルンさん付近の上空から大気の塊を地面に向けて叩き付ける。叩き付けた衝撃で訓練場が揺れ、フルンさんはバランスを崩し、その後襲ってきた風の余波を踏ん張り切れず後方へ飛ばされてしまう。
フルンさんがすぐに起き上がろうとするが、僕は既に背中の剣を抜き放ち、フルンさんの首筋に切っ先を突き付けている。
普通なら起き上がって魔法を放つことが出来ただろうが、僕は身体強化を施していたので、起き上がること自体が出来なかったようだ。
「そこまで。勝者……シロくん」
僕は剣を背中へ戻し、ダンさんがしたように手を差し出そうとしてやめた。身長が低くて手を差し出しても意味がない気がしたからだ。僕とフルンさんの身長差は、およそ三十センチは違う。座っているフルンさんの頭が、僕の腰のあたりにあるのだ。
早く大きくなりたいものだ。前世でも低くてそれほど高くなかったからなぁ。
「シロ君……負けた。……あなたは強い」
フルンさんが起き上がりながら褒めてきた。
「フルンも強かった。俺は最初の魔法を飲み込むつもりで放ったのだがな」
「……そう」
フルンさんの返答は素っ気なかったが、顔は口元が緩んでいてとても嬉しそうだ。
「……おい、俺は夢を見ているのか? ちょっと殴「ゴンッ」ガッ……痛い」
「あの子供はどこの誰だ!」
「副マスはあいつのことをシロって言ったよな。どこの街のもんだ?」
「あの子は俺がもらう。あのフルンを魔法で打ち負かすとはな」
「おい、それだけじゃねえよ。最後のあのスピードはなんだ。身体強化だけでもあそこまで速くなんねえぞ」
外野がガヤガヤと話をしている。最初に殴られた人は俺が女発言をした人だな。
「フルンさんにシロくん、あなた達の魔法に関しては十分な威力を秘めています。ですが、周囲のことまで考えて使用してください。余波で試験を受けられなくなるところでした」
「すみません」
「……すみません」
そこまで考えていなかった。
所々焦げていたり、岩が突き刺さっていたりしている。これが、人にあたっていなくてよかった。
「これで、全員終わりましたね。それぞれの実力が分かったと思います」
キャリーさんは試験を受ける人に言う。
返事をする人や頷く人だけの人もいる。
「何度も言いますが負けたからといって不合格ではありません。逆に勝ったからといっても合格にはなりません。調子に乗ると試験に落ちると思ってください。わかりましたね。それでは、最後に護衛をする際のリーダーを決めたいと思います。そうですね……能力的にはシロくん、と言いたいですが、年が離れすぎていますし命令もしにくいでしょうから、セリアさん、あなたにお願いします」
「えっ、わ、私!」
びっくりした。キャリーさんは何を言い出すんだと思った。リーダーなんて僕には勤まらないよ。リーダーじゃなくてよかった。
「そうですよ。あなたは“サイネリア”のリーダーですね。他の者はリーダーをしたことがありません。実力があったとしても、リーダーをしたことがない人に任せることはできません」
「わかりました」
セリアはまだ納得いかない様で少し拗ねているが一応、納得したようだ。
「今日の打ち合わせはここまでとします。明日は朝九時にギルド側の街の門に集合してください。そこで依頼人と顔合わせをします。遅れた人は失格とします。注意してください」
明日も同じ時間だな。ギルド側の門は僕がいつも通るほうの門のことだろう。
これで、残すは試験本番のみか。頑張るぞー。




