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愛は……

 突如目の前に現れた黒く禍々し異次元の渦。

 そこから怒りと憎しみの籠った脳に響く不快な声。

 肌にビシバシと感じるその力は異様の一言に尽き、少しでも気を緩めると飲み込まれて発狂しそうだ。


 黒幕の邪神レヴィア。


 その姿を見なくとも分かる。


 僕とフィノが放った『世界魔法(ワールドマジック)・|神々零す慈愛の涙(セレスティアル・ブレスティア・サンクチュアリ)』の効果で邪神レヴィアの圧力を跳ね返している。

 それも時間の問題だ。


 次元の歪みから邪神レヴィアと思しき真っ白な腕が空間を掴み、魔力の歪みの影響を及ぼしながらゆっくり出てきた。

 威圧感が増し、メディさん達と同じ神の気配が濃くなる。

 その気配は人間に抗えるものではなく、身体が抑えつけられるように膝を落としたくなる絶対の力。


 でも、僕がそんな隙を見逃すはずがない。


「フィノ!」

「シュン君!」


 お互いに名を呼び、加護の力を全開に抗う。

 そして、負けることはないと高を括り、余裕を見せている今のうちに全力の一撃を叩き込む。


『我は神の言葉を告げる代弁者、神に敵対した愚かなる者よ、神々の怒りを思い知れ! ――神之怒光(メギド)!』


 加護の力のみに意識を向け、詠唱通り神が敵だと認定した者に攻撃を下せる魔法。

 神が直接ではなく僕達を仲介に力を使う、神々のルールに抵触ギリギリなグレーゾーン状態になる。


 創造神だからこそルールを絶対守らないといけない。

 今回は敵が神であること、自分達の手落ち、僕達の功績を加味して許可が出てるんだ。

 仕事をしない創造神でも、承認を得られないと牢獄に入れられるって言われるほど。


(し、仕事してるし!)


 何か聞こえたけど気のせいだね。


『なっ!?』


 次元に向かって神の力が収束した巨大なエネルギーの塊が射出された。

 邪神レヴィアの驚く声が微かに耳に届く。

 純白の極太光線は次元の歪みを飲み込み、うねりを上げて後方へ突き抜ける。


 でも、僕は見逃さなかった。

 寸前のところで次元から飛び出した影を。


「ディルトレイさん!」


 叫び声に応じて次元に穴が空く。


 一つは『神々之怒光(メギド)』が進む正面。

 射出されたエネルギーを全て飲み込み消える。

 もう一つは――


 今の反動で動けない僕とフィノの背後に気配が現れた。


『馬鹿めッ! 本物の神の怒りを思い知るが良い!』


 その真横に穴が空き、次元に飲み込まれたエネルギーが現れた気配――邪神レヴィアに直撃する。


 ディルトレイさんが魔族との会議の時にしていた小さい穴を開けて覗く手法。

 それを第二波が現れた頃からしてもらい、何かあれば転移してほしいと頼んでいたんだ。

 元々はこんな使い方をする予定はなかったけど、魔法が無駄にならなくてよかったと思う。


 それでもほとんど効いてないだろうね。


 叫び声をあげ彼方に飛んでいく邪神の気配。

 数百メートル離れた所でエネルギーの軌道が変わったのを感じ取る。

 邪神レヴィアが同質の力で弾き飛ばしたのだろう。


 やはり、神の力を使うには加護と成り上がりでは差があるみたい。

 でも、僕は天と地ほどの差があるとは思わない。


『はぁ、はぁ、あれほどの魔法をワープさせるのは骨が折れる』


 小さな穴から息切れした声が漏れる。


 転移は人数が多くなるほど使用魔力が増えてしまう。

 それは行使する対象、質量が増えるからだと考える。

 魔法を転移なりワープなりさせる時、魔法の質量は魔力の多さとなり、強すぎる魔法は転移の次元を壊しかねないのだ。


 戦闘を極力控え、覗き穴分の魔力しか使っていないであろうディルトレイさん。

 ここまで枯渇させたのはそういう理由がある。

 ぶっつけで成功させてくれたのは流石としか言えないね。


 僕は申し訳なさと感謝と尊敬の思いを込めつつ、空中で止まる邪神レヴィアから目を離さない。


「ありがとうございました。後はこちらで対処するので、ゆっくり休んでください」

「ポムポムちゃんにもしもの時は頼みます、と伝えておいてください。勿論、邪神は僕達で絶対に抑えますから」

『了解した。では、な』


 もう小さい穴もあけられなかったのか、短い返答が言い終わる前に穴が閉じた。


 自然と目が細まり、漸く見えられた黒幕に怒りのような感情が蓋を開ける。


「シュン君、落ち着いて」


 それに気づいてそっと肩に手を置いたフィノの言葉にハッとなる。


 そうなっては邪神レヴィアの思う壺だ。

 冷静に、そして恨むような怒りじゃなくて護る為に戦う。


「ありがとう」

「ううん、気持ちはわかるから一緒」


 僕はヒュドラの核から作った剣を、フィノはデモンインセクトの鎌から作ったレイピアを構える。


『ぐ、ぉ……き、さまらッ……よくも』


 右上半身から白い煙を上げ、苦痛に顔を歪ませる。

 焦げているのではなく、魔法の効果によって消滅されかけ灰になっているのだ。

 それでも神の力によってすぐに回復してしまう。


 至近距離の死角から狙ったにもかかわらずこれしかダメージがない。

 仕留められるとは思ってなかったけど、思った以上に強い。


「フィノ、僕が引き付けるから援護して」

「うん」

「気が回らなくなるから魔法障壁は張っておいてね」

「分かった。シュン君も気を付けて」


 頷き、僕を前にフィノは隠れるように背後へ下がった。


 邪神レヴィアは空間に手を突っ込み大鎌を取り出す。

 今攻撃しようか迷ったけど、多分その隙をついて高速移動してくるはずだ。


『許さん、許さん許さん許さん許さんぞォォ! よくも、この我に傷を……ウジ虫如きがッ!』


 お互いが動き出す。


 大鎌は禍々しく黒い炎を纏い、紫色の軌跡を描いて広範囲に渡り影響を及ぼす。

 僕はヒュドラの剣に神聖魔法を込め、加護の力で身を守りながら防ぎきる。

 衝突の度にフィノの支援魔法が絶え間なく届き、お互いに一歩も引かない攻防が始まった。


 邪神レヴィアは人形のような存在。

 フィノとは違った美しさを持つけど、それは怖いの一言に尽きる。

 綺麗過ぎて怖いんだ。


『ほう、やるではないか。だが、我の力がこれだけだと思うなよ?』


 王都の上空で激しい衝撃波が起こった。

 何度とぶつかり合い、力と力が鬩ぎ合う。


 邪神レヴィアの身体から黒い靄が噴き出し、僕の力ごと飲み込もうと絡みついてくる。

 絡んだ靄は僕の中に入り込み――シネ。


 ぐっ!? これは!

 頭に直接流れ込んでくる。


「シュン君!?」

「はあああああ! 『浄化の光』!」


 ――お前が、お前がいたから……。痛いよぅ。いなければこんなことにはならなかった! 目障りなんだよ!


『そのまま取り込まれていればいいものを。クハハ、良く抗えたな、不幸なる者よ』


 くそっ、乗り越えたはずの過去が……。

 古傷を抉られた気分だ。


 脂汗が額に浮かばせ、憎々しく睨み付ければ顎を上げて見下すように見られる。

 それではダメだってわかってるのに、感情を制御することが出来ない。

 感じていた不安はこれか!


 くそっ、悪態も――


「シュン君」

「……フィノ」

「うん、私がいるよ」


 いつもと変わらないフィノの笑顔。

 引っ張られ飲み込まれそうだった心に光が差す。


 置かれた肩の手をそっと撫でて、冷静に体内へ入ってきた黒い靄を体外へ排出する。


 さっきの靄は他の靄とは違うってことか。

 流石は邪神自らが出すことだけはある。

 危うく取り込まれてしまう所だったよ。

 フィノがいなかったらと思うと、いや、これは思ったらいけないことだね。


『チッ……まあいい。これぐらい抗ってもらえなければな』


 姑息な手段だけど、とっても有効だ。

 運命を司るだけはある。


 激高して上回る力を見せたかと思えば、対処されて悔しがり褒める。

 だけどそれは演技で、安心させたところに付け入る。

 人の心がどういうものか分かってやってるとしか思えない。


「手段が人間と変わらないね。危うく負ける所だった」


 冷たい汗威を手の甲で拭き取り、嘲笑を浮かべる邪神レヴィアに笑みを向けた。


 でも、その性質は変わらない。

 フィノがいれば僕が飲み込まれることはない。

 フィノは僕が護り切ればいいだけ。

 そして、心を飲み込まれなければいける!


『人間? ウジ虫の間違えであろう。どいつもこいつも下らん事ばかりする。役に立てるとするなら我の暇つぶしとなる以外ないわ! それを、それをクソ虫共がァァァ!』


 それを邪魔する奴は死んで当然!

 大鎌は強く脈動し、黒炎は物質化して巻き付く。

 僕も対抗して神聖魔法を強く、加護の力をさらに引き出す。


 邪神レヴィアの持つ大鎌が何で出来ているのか分からないけど、ドワーフ族の集大成と渡り合える武器となると限られてる。

 やっぱり神器の類しかない。


 込めてる加護の力が下回れば……思うだけでぞっとする。

 少しでも奮い立たないと。


「そのウジ虫にダメージを食らったのはどこの成り上がり神だ? その暇潰しが自分の首を絞め破滅への一歩となったくせによく言う!」

『成り上がりだと!? 我は全てを操る至高の神! 操られることが貴様等にとって幸せなことだと知れ! 侮辱したことを思いしるが良いわッ!』

「口だけなら何とでも言える!」


 邪神レヴィアの大鎌から怨霊が棲む黒紫の炎が襲い掛かって来る。

 それはぶつかり合うたびに僕の中へ入ろうとしてきた。


「聖なる光よ、浄化の力よ、不浄なる物を燃やし尽くせ、『聖浄焔』!」


 それをフィノが白い炎で焼き払う。


 僕は全く熱く感じず、嘆く怨霊が安らかな顔に変わって天へ昇り消える。

 邪神レヴィアの余裕ある嘲笑も憎々しげに歪み、噴き出す黒い靄が剣と魔法を弾き飛ばしていた。

 それでも完全に防ぎきれず、人形のような肌を灰にする。


 さらに剣へ魔力を込め、速度と威力を補うように雷魔法を追加。

 雷、神聖、加護の三種の纏を施された剣は凄まじい存在と威圧を放つ。


 邪神レヴィアも込められた力の気配に嘲笑に苛立ちを見せた。

 憎々しげに顔を歪め、余裕を持って大鎌の柄で弾き飛ばす。


『ウジ虫が小癪な……ハアッ!』

「そのウジ虫にお前は負けるんだ! 見下している奴に負けるんだ!」


 ぶつかり合うたびに激しい衝撃波が地震となって王都を襲う。

 邪神レヴィアの大鎌から怨念の塊が噴き出し、フィノの浄化の炎によって消し飛ばされる。


 ぼんやり怪しく光る赤い瞳がフィノを貫く。


「させないよ! 『白雷』!」


 僕の剣から聖なる雷が迸り、仕掛けてきた怪しい攻撃を止めた。

 フィノはその間に移動し、邪神レヴィアの背後から加護の力を込めた魔法を放つ。

 何度目かになる邪神レヴィアの苦痛の声。

 でも、キメラ以上の再生能力が厄介過ぎる。


『神である我に抗うのは無意味と知れ! 『闇之狂演』!』

「くぅぅ!?」

「シュン君! 光りあれ、邪を祓わん『解呪』!」


 叫んだ邪神レヴィアの身体から黒い粉が舞い散る。

 皮膚に当たった瞬間、先ほどよりも強い負の衝動に襲われた。

 寸前でフィノに助けられ、一旦距離を取る。


「『浄化』。大丈夫!?」

「はぁ、はぁ、うん。威力自体はないみたい――!?」

「――!?」


 こびりついた黒い靄が消え去れる。

 負の衝動も抑え込まれ、脳に響く怨霊の声も治まった。

 でも、そこで見たのは抵抗できない人達が苦しむ姿だった。


 舞い散る黒い火の粉は大結界に落ち、黒い炎となってこびりつく。

 運悪く身体に当たった者は黒い炎によって包まれ、一瞬で跡形も無く燃やし尽くされた。


 これが戦争だと言わんばかりの光景。

 無慈悲な攻撃は跡形も無く消し去る。


 此処から移動するべきだと分かってる。

 でも、それは無理だとも分かってる。

 邪神レヴィアにとって人がいる方が力が増すから。

 仮に転移を使ってもここに戻られたら意味がない。

 それどころか今以上の惨劇がファミリアを襲ってしまう。


 僕は奥歯が鳴るほど噛み締め、王都全体を覆う壁を作り出した。

 邪神レヴィアはこうなることも予想していたのか、変わらないと高を括っているのか、黙って見守っている。


 決心を固めた。

 此処からは最大で行かせてもらう!

 周囲の影響が留めていたけど、そんなことを言っている場合じゃない。

 終わるまで最大出力を切らさない短期戦だ!


「シュン君……」


 フィノが背後でコクリと頷いた。

 それは自分も覚悟を決めたって頷きだ。


 傷を負えば邪神レヴィアの力が衰えるのは既に分かっている。

 攻撃事態が当たらなくても、込められた力に当てられているからだ。

 浄化されて、負の力が消える。


 だから、長期戦にならない消耗戦を選んでた。


『クハハ、貴様もすぐに同じ末路を辿る! 神に立て付くというのはそういうことだ! 死よりも残酷な運命を選んだ結果がこれだ!』


 白い雪のように綺麗な顔は歪み、紫の口が裂け狂気が孕んだ凶悪な笑みに変わる。

 綺麗だからこそ余計にそう思ってならない。


 その時、負の衝動が再び顔を出した。


 ――くきゃきゃきゃきゃ! 死死死死死死死シシシ、フフ、たすけてぇ……キャフ! 怖い? 怖いの? お前のせいでッ! おかあさーん! 皆、皆死んでしまえ!


 何故……!


「フィノ……離れて……!」

「でも!」


 何故、靄に触れていないのに。

 胸が締め付けられるように痛い。


 ――早くしろ、このグズが! まっずぃ! もっと美味しい物を作りなさいよね! 何であなたみたいな子を産んだのかしら? 気持ち悪くて死んでほしいわ。


 忘れていた記憶が蘇る。

 フィノが肩を揺さぶるけど、感覚まで怪しくなってきた。

 それでも強い心だけは保っている。


『堕ちろ堕ちろ! クハハ、貴様は黙って操られていればよかったのだ! それが、それが、貴様ぁぁぁ! そのまま飲み込まれてしまえ!』


 声を掻き消すように頭を振り、鋭い薙ぎの斬撃を反りながらすれすれで躱す。

 噴き出す怨念が纏わり付き、さらに大きな声となって視界が歪む。


「しっぺ返しを受けただけだろう! 神も悪さをすれば罰を受けるという良い例だ!」


 負けじと声を払うように言い返す。


 お返しに沿った勢いで一回転し、魔力で強化した鋭い蹴りを食らわせた。

 邪神レヴィアは超反応とでも言うべき反射速度で大鎌を動かす。

 強化された回転蹴りと振り下ろされた大鎌が激しい火花を散らす。

 白と黒の衝撃が広がり、空間が歪み始めた。


「思い通りにさせない! 『能力強化』! 『白の弾丸』!」


 フィノの放つ援護の魔法は邪神レヴィアの黒い靄が防ぐ。

 それでもフィノは諦めず打ち続ける。


 その間も邪神レヴィアの狂気の笑みは変わらない。

 耳に付くあの奇声も。


 僕は最後の欠片まで力を搾り出し、雄叫びを上げて振り抜く。

 邪神レヴィアは負けじと黒い靄を噴き出す。

 そして、爆音が響いた。


「はああああああああ、吹き飛べぇぇ!」


 打ち勝ったのは――僕。

 邪神レヴィアの力の限界が近づいていたのだ。


『ぐおお!?』


 蹴りから魔力の衝撃を放ち、邪神レヴィアは仰け反り驚愕の声を上げた。


 やっぱり……。

 僕は一つ確信を得た。


 鳴り響く奇声に息を荒げ、体勢を整える。

 剣を構え直してフィノの前に戻った。

 フィノは傷付いた足に魔法をかけて治療する。

 よく見るとフィノの顔にも脂汗が浮かび、何度かダメージを負ってしまっていたようだ。


「大丈夫だよ」


 謝ろうとしたのを感じ取った。

 その温かい心に少し奇声が和らぐ。

 やっぱり心に直接与える攻撃だったみたい。


 これも人相手なら有効過ぎる手だ。

 飲み込まれたら戦力ダウン、それも最大の恐怖やらを頂いて。

 僕からも頂いていることだろう。

 そして、それを通じて僕の中に入った靄――負の衝動を増幅させる。


 あの奇声は僕自身がどこかで思っていることなんだろう。


「確かにお前は強い。神というだけはあるよ」


 でも、勝てないわけじゃない。

 声にだってフィノがいれば抗える。


『認めたとしても貴様は許さん。我を怒らせた裁きを受けよ。ついでに口うるさい天界の屑共の先兵としてやろう』


 光栄だろう、とでも言いたげだ。


 邪神レヴィアは純粋な力だけなら僕より上だ。

 届かない差はないけど、このまま流れて消耗戦に入ったらまず負ける。

 やっぱり短期戦しかない。


 でも、どうやって。

 邪神レヴィアの力は下で戦いが続く限り永久と言える。

 僕はポーションがあるけど、その力は有限だ。

 回復も飲み続ければ効かなくなる。


 だけど、勝てないとは思わない。

 その一つの理由が戦闘慣れしていないってこと。


「お前はあまりある力を使って攻撃するだけだ。長く生きても実が伴っていなければ赤ん坊と何も変わらない!」


 剣を片手に持ち替え、振り下ろすと同時にがら空きとなった下から拳をねじ込んだ。


『何をほざグハッ!? 我の顔を……殴ったなァァ!』


 大振りの一撃を剣で受け流し、崩れた所に膝蹴りを叩き込む。

 邪神レヴィアは涎を垂らしに憎々しげに見上げてきた。

 僕はその目を真正面から見返し、突如邪神レヴィアの背中で爆発が起きる。


 フィノの魔法が炸裂したのだ。

 それも一点集中の強力な一撃。

 黒い靄が身体から剥がれ、僕は躊躇せずに神聖魔法を込めた拳を叩き込んだ。


『グォォォ!? 何故だ! グハッ!』

「気を抜いているのが良い証拠だ!」


 僕が隙を作っても邪神レヴィアは反応できない。

 いくら反応や反射速度が速くても、実が伴っていなければできないってことだ。


『小癪なァ! 我の手で殺してやろうかと思ったが、貴様は闇に飲まれて朽ちガッ!』


 隙だらけな顔面に裏拳を叩き込む。

 拳に付着した靄は魔法で吹き飛ばす。

 それでも飛ばしきれない欠片が体内へ侵入。


 ――くっせ! ゴミがいるからくせえのなんの! あはははは、何でいんの? 帰れよ! って帰る場所がねえか! ち、近寄らないでよ! 病気が移ったりでもしたらどうしてくれるわけ?


 僕は何も悪くないのに!

 何でそんなことを言うんだ!


 違う!

 これは幻惑だ!

 僕が作り出してるんだ!


「はああああああ!」


 耳に届く奇声に抗えなくなる前に攻勢に移る。

 超近距離で邪神レヴィアの身体に直接神聖魔法を叩き込む。

 邪神レヴィアの再生は聖魔法によって邪魔され、次第に勢いがなくなっていった。


『神の、言葉を遮るグッ!』

「お前は神じゃない! 悪魔だ! ルールを守れない屑だ! やってることは人より悪いウジ虫以下の羽虫だッ!」

『なぶらッ!?』

「おおおおおおおおお!」


 大鎌の隙間を縫って拳が、足が、魔法が叩き込まれる。

 でも、いつまでも邪神レヴィアが黙っているわけがない。

 痛みに堪え、大鎌を僕に向かって振り下ろす。

 咄嗟に剣で防ぐも、片手では力任せの攻撃を防ぎきることは不可能だ。


 しかし、大鎌は刺さらなかった。


「そのままやって!」


 大鎌に白い紐が括りつけられ、その端をフィノが引っ張り上げていた。

 怨霊がその紐に絡みつくけど、紐が突如輝き灰にした。

 ただの白い紐ではなく、聖なる力が込められた魔法だったからだ。


 邪神レヴィアはフィノを睨み付ける。

 させまいと横から顔面を振り抜き吹き飛ばす。

 大鎌からフィノの加護の力が流され、怨霊が一気に浄化された。

 それに伴い邪神レヴィアの力が急激に低下。


 これが戦いの神である武術神クレアストルさんや大鎌を使う冥府神ミクトランさんなら違っただろう。

 二人なら格闘も大鎌も使えるから。


 吹き飛ぶ邪神レヴィアはフィノに引っ張られて止まる。

 止まった所に蹴りを叩きつけて、加護の力を流し込む。

 更に力が削がれた。


 同時にまた奇声が強くなる。


「しかも、お前は一人の運命しか司れない下級神だろう! 戦闘に慣れているはずがない!」

『ぐおおおあ!? い、いだい!?』


 ――聖閃。


『何故だ! 何故、神である我が押し負ける! 何故、治らない! 何故、何故、ウジ虫如きにぃぃぃ!』


 神聖魔法が込められた強烈な剣が大鎌を切り裂き肩に直撃。

 そのまま硬い何かも斬り飛ばし、右腕が宙を飛ぶ。

 邪神レヴィアがそれに手を伸ばすも、白い炎に包まれ消滅した。


「取ろうとするってことはそういうことだよね!」


 やってやったと明るい笑みを浮かべるフィノ。


 邪神レヴィアは目を見開き、大鎌を離した。

 僕は絶え間なく拳と剣を叩き込む。

 だけど、先ほどよりも強い靄が的確に防ぎ始めた。


 だからか、少し反応が遅れてしまった。


 殺気もない邪神レヴィアの攻撃。

 徐に伸ばされた手が僕を抱きしめる。

 そして、囁かれた。


『……地球』


 ドクン!

 何かが激しく脈動した。


「シュン君に何を!」


 フィノが何か言うけど頭に入らない。

 入ってくるのは走馬灯のように流れる嫌な記憶だけ。

 『地球』という単語に過去の映像が全て流れ込んできた。


『貴様は何をやっても駄目なんだ。友人が出来た? どうせ仮初だ。家族が出来た? それこそ血の繋がりのない赤の他人。心の中ではうざい、馴れ馴れしいと思っているに違いない』


 心臓が握りしめられて痛い。

 溢れる涙に血が混ざる。

 邪神レヴィアの誘う囁き。


『フィノリアも内心何を考えているやら。本心ではお前のことを――』


 身体の力が全部抜ける。

 邪神レヴィアが笑っているのに抗う気持ちがなくなる。

 受け入れるとも違う諦めるに近い気持ち。

 邪神レヴィアの紫色の唇が近づいてきた。


 キス?

 何故?

 誰と?


『我を受け入れよ。さすれば今感じているものから逃げられるぞ。さあ、幸せはすぐ目の前だ』


 これを受け入れたら。

 でも、僕は……。


「目を覚まして! シュン君、お願い!」


 お守りが輝き出し、フィノの叫び声が届いた。


 フィノ……?

 フィノの声がする。

 そう言えば、キスしてない。

 でも、それはしたくないからじゃ……。


「そんなわけない! 私と邪神のどっちを信じるの!?」


 フィノの鋭い声に心の揺らぎが止まった。


 そうだ!

 どっちを信じるかって、それ自体言わせちゃダメなんだ!

 僕はバカ、アホ、間抜け、違った意味で死にたいよ!

 後で怒られるの僕なんだよ!


 これも全部、


「レヴィアァァッ! 神聖な光、聖雷を持って悪を断罪す、神々の威光の前に悪よひれ伏せ、馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ『神の鉄槌(ゴッドハンマー)』ァァァアアア!」


 貴様のせいじゃぁぁぁぁ!

 とっととくたばれ!

 初めてのキスはフィノとするんだよ!

 ファーストキスが貴様だと考えるだけで……ああああああ死ね!


「怒りが貴様の力になろうと知らん! ついでにフィノの怒りも食らえ! 『真の愛は不滅(ラグナロク)』!」

「シュン君のバカ!」


 顔を真っ赤にしたフィノの叫ぶ声だけが残っている。


 僕にもよく分からない攻撃。

 満身創痍に近い邪神レヴィアは驚愕に身体が動かず、僕の虹色に光る拳が顎に直撃した。

 そして、よく分からない爆発が起き、温かい地合いの光が降り注いだ。

 その光は降っている黒い粉を消し去り、邪神の集団に同じ効果を与えた。


 怒りに任せた適当な攻撃だったんだけど……一体どんな原理で?

 そういえば愛は地球を救うとか何とか……。

 愛は偉大ってことだね、うん。

 とっても恥ずかしい攻撃だった。


「はぁ、恥ずかしくて安堵して良いのか分からないよぉ」

「えっと……ごめんなさい」

「もう! 無事だったからいいよ。後でちょっと怒りたいけど」


 そう、これだよ!

 怖いけど、これが僕達なんだよ!


 邪神レヴィアは今にも消えそうな状態で体を起こす。

 最後の力を振り絞り移動。


 それも、僕ではなくフィノの近くに。


『なんだと、言うのだ……。後少し、というと、で……ッ! これも全部、小娘! お前がいなければッ!』

「負けない! 『裁きの光(ジャッジメント)』!」


 僕は動けない、支えてくれるフィノになけなしの魔力を送るので精いっぱいだ。


 それでも邪神レヴィアは止まらない。

 フィノも諦めず魔力を絞り出して魔法の威力を上げる。

 でも、止まり切らない。


 後少しで、


 ――ブシュッ!


 という所で邪神レヴィアの手が切り飛ばされた。


「――ッ!?」

「止めを刺せ! シュン!」


 それは、師匠が投げた剣だった。

 デュラハンキメラに風穴があいている。


 僕は笑みを作り、笑みを怒りに変え、全身で吠えた。


「フィノを護る! こんのぉぉおッ下衆がアアアッ『紫電・(ゴッド)』!」

『アアアアアアァ! シュンンンンン、お前がいなけ――』


 王都上空で凄まじい雷が鳴った。

 邪神レヴィアは最後まで言い切ることなく消し飛んだ。


 その雷は天を貫き、残っていた微かな雲を振り払う。

 静寂が訪れ、倒したのだと実感が湧く。


「シュン君! シュン君シュン君!」


 涙を浮かべたフィノが抱き着いてきた。

 僕も血の混じっていない嬉しいやら安堵やらない交ぜの涙を流し、強く抱きしめ返す。

 痛みを感じるけど、それ以上に嬉しい!


「しゅんくーん!」

「ははは、それしか言わないね。フィノぉ……フィノ」

「シュン君だって、ふふふ」


 その時、一際大きな歓声が上がる。


『オオオオオオオオオオオオオオ!』


 それは一つの終わりを示していた。


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