世界魔法
師匠とアルカナさんが発明家と接触し、応戦が始まった報告が届いた。
同時に同じ方向から邪神の力が高まる気配を感じ、思わず立ち上がった。
「邪神が出てきたか!」
「いえ……発明家が煉獄と同じ加護の力を解放したのだと思います。あちらの兵を下げ、加護の力で固めた守護隊を送ってください。恐らく、周りに邪神の力の影響を受けるものが出るのでその処理を」
「聞こえていたな! 近くの守護隊を回せ!」
邪神が出て来たらこんな力なわけがない。
それこそ皆も感知できる厄介なレベルのはず。
力の大きさは煉獄より劣ってもいるしね。
「アリアさんは大丈夫だよね?」
映像の魔道具で映し出される黒い靄を噴き出す巨体のキメラ。
その黒い靄は近くの魔物に憑りついて変化させてもいる。
それを見てフィノが心配そうに呟いた。
「師匠も加護を持ってるから大丈夫だよ。それに」
「それに?」
僕は隅っこの方に映っている膨れた人間を見る。
フィノもそれを見て首を傾げた。
「生粋の研究者が肉弾戦を選んだ時点で駄目だと思うよ。いくら力が上がっても戦闘技術や経験は師匠達の方が上だから」
「なるほど」
「アルカナさんは挑発してるみたいだし、あの本は魔法や魔道具を封じ込めた収納型の魔導書なんだ。それも一発がキメラを吹き飛ばすぐらいのね」
「そんなものまで開発してたの? 絶対終わったら処分してよ」
うっ、勿論処分するつもりだよ。
というか壊れると思う。
人に言われるとよく分かる。
「帝国はキメラに苦戦中! アシュラ様が応戦していますが、数に押されているとのこと!」
アシュラは超物理特化の単体攻撃が殆どで、それで苦戦してるんだと思う。
後、帝国の保有する聖職者の数も少ないからだ。
キメラは基本的にアンデッドの一部が組み込まれているみたいだからね。
「どうする。このままでも負けはしないと言っているが、体力が消耗するだろう」
「なら、直接コアを叩くしかないですね」
「それしかないか。後は手足を切り飛ばして時間稼ぎ程度だな」
コアは魔石と同じ物質だから、魔力感知が得意な人が見れば見抜けると思う。
コアが魔力の塊なのはデュラハンキメラが僕の範囲内に入ってきた時点で確かめたからね。
因みに、デュラハンキメラのコアは無く、発明家と繋がっているみたいだ。
だから、四方のキメラのコアを壊さないようにって伝えたんだ。
今だからわかるけど、邪神の気配が強くなったことで発明家に繋がっているのが分かる。
「聖王国は決定打に欠けるようです!」
「そっちも同様にコアを見つけ出し直接叩くように伝えろ! 再生もコアの力なら魔力が流れる所にコアがある可能性が高い!」
流石ローレ義兄さんだ。
「魔法大国は煉獄と接触! クロス魔法王とフェルメラ様、シル様方が応戦しているとのことです!」
続いて魔法大国からの報告。
煉獄はそっちに出るだろうと僕達は思っていた。
恐ろしいほど僕に執着を見せていたけど、既に自分の自我は無くなってるだろうからね。
一度万全じゃない僕に負けてるし、僕が応戦するとも限らない。
それなら煉獄と縁の出来た同じ場所である魔法大国に現れると考えたんだ。
「……大丈夫だよね」
こっちは戦力があるから自分達は向こうをってシル達が頼んできて、僕達は魔法大国に送り出した。
それが分かってたからSSランクの人達に頼んで一緒に訓練を受けさせもした。
装備も万全にしても、心配なのは心配なんだ。
一度完膚なきまでに負けてるわけでもあるからね。
震えるフィノの手を包み込む。
「信じてあげて。シル達なら絶対に勝てる」
「う、うん。こんな気持ちを抱いてちゃダメなんだよね。ごめんね、不安になって」
「ううん、仕方ないよ。でも、あっちにはクロスさんもフェルメラさんもいるから大丈夫だよ」
各国からも同様に報告が飛んでくる。
フェアルフローデンにはキメラが現れなかったようだ。
推測の域を出ないけど、キメラにも活動できる範囲というのがあるのかもしれない。
聖王国にアンデッドのキメラが現れたのは意外そうでもあり得る話。
アンデッドが人間を襲うのは生のエネルギーを感知するからで、聖についても拒絶とかから強い反応を示すんだ。
フェアルフローデンは全てをコントロールする世界樹によって守られ、その意思たる精霊も存在するからアンデッドは近づけないのかもしれない。
その原理についてはメディさん達も知らないかもね。
僕達がある程度の原理を知ってるつもりでも、何もわからずに使う当たり前にあるのと同じだ。
魔大陸はポムポムちゃんの魔法によって実に生活圏半分を氷の世界に閉ざし、高速再生を持つキメラも全身を凍り付かされ停止したそうだ。
コアが休眠するのか分からないけど、肉体が停止したからコアも止まったと考えるべきだろうね。
僕も出来るだろうけど、流石はポムポムちゃんだ。
底が知れない。
それを踏まえると少し対処しやすくなるかもしれない。
でも、キメラの活動を停止させるほどの魔法となると行使できる人が限られてるから結局無理かも。
地道に仕留めていくのが一番の近道なのかもね。
「まだ現れていない者はどれほどいる?」
第二波の戦闘が始まり、戦場の変化が訪れるまで待つのが現状。
その間に先を読んで、すぐに対処できるよう作戦を考えるのが今の僕達の仕事だ。
「邪神本体はまだ影も見えません。SSランクについては剣聖と契約者の両名ですね」
「でも、二人とも敵か分からないんだよね。剣聖は仲間の可能性が高いって。契約者は来ないかもっていうし」
「味方と決まったわけでもない。これほどの魔物を魔道具だけでコントロールできるのかも怪しい所がある」
でも、邪神の力なら不可能でもないとも思ってる。
「行方不明となった者の数もあってません。特に名高い冒険者や騎士達です」
お守りを配る時に名前を聞いて名簿を作った。
その時に行方不明の家族がいないか、ギルドで死亡も含め半年以上所在が掴めなくなった者はいないか、忽然と姿を消した盗賊やスラムの人間はいないか。
これらのことを聞いてもいたんだ。
勿論独り身の人は数多くいるし、この一人でも戦力が欲しい戦いで詳しく調べるのは無理。
一人一つ使う聖水の減り方で確かめてる感じだ。
「報告によると行方不明者数に対し、聖水の使用数は七割を超えたほどです」
「行方不明者が全員敵に回っているとして七割なら」
「いや、行方不明者の半数近くが冒険者や騎士達だったはずだ」
「聖水も一人一つとは言えそうもいくまい。割れたり、一度では無理な時もあったはず」
それを踏まえると全体の半数ぐらいといったところ。
現状ファミリア側が優勢で、戦力を温存しておく必要性はないように思える。
きっとその残った戦力を使って何かしているはずだ。
「こう言っては何だが、奴隷や村々までは調べ切れていなかったであろう? 平民や兵士姿は見るそうだが、奴隷らしき姿はほとんど見ないと聞く」
頭の痛くなる情報だなぁ。
「そう聞くと嫌な予感しかない」
ローレ義兄さんも同意のようで目頭を揉んでいる。
「この後はその人達が攻めてくる可能性が高いってことですか……」
「それだけじゃない。天使成り上がりの邪神と言えども神は神だ。私達では想像できない悍ましい事をしでかしているだろう」
キメラが最たる例だ。
「シュンよ、邪神は狂っているのだな?」
「はい、狂っているからこそしつこく攻めてくるんです。神々も同じ考えのはずです」
改めて聞かれ、僕はそう断言する。
ローレ義兄さんは少し考え、眉に強く皺が寄っていく。
「最悪を想定するなら騎士達はキメラ同様に改造、若しくは邪神の力を植え付けられているであろう」
「なっ……出てこない理由は?」
「ふむ……コントロールが効かない、であろうな」
流石にそれは、という声がちらほら上がる。
中にはそれ以上の考え付かない何かが起きるやもしれないという人もいる。
「それはない、と断言するべきではない。姿を現さないのは自分達にも被害が出るからだ。陛下の仰る通りそれを前提に動くべきだ」
宰相のローデルヒさんが言う。
貴族達もキメラの存在が大きく映る映像を見て、否定してそうなった場合取り返しがつかないとぎこちなく頷く。
「シュンに確認を取ったのはそれが関係することだ」
「と、いいますと?」
「神は私達の信仰によって成り立つと言われている。邪神は恐怖や不安が糧となるそうだが、それだけでこれほどまでに狂うだろうか? 私は思わない」
ローレ義兄さんは静かに首を振る。
「それこそ神のみぞ知る……いや、神にもわからないことなのかもしれん。だが、狂うほどの影響を受けるにはそれほどの力が必要となるのは必然。神なら尚更だ」
「は! そういうことですか、お兄様!」
フィノは何かに気付いたみたい。
僕には特に思いつかないけど……。
「私はその気持ちを良く知っています。数年前までそうだったのですから」
フィノにその気はないけど、気まずそうに目を逸らす面々。
「答えを先に言うと、邪神は負の感情を培養しているんです」
『培養!?』
そういうことか!
ローレ義兄さんとフィノには前世の話でいろんなことを話した。
その中に皆の力を分けてもらうとか何とかも話した覚えがある。
それから連想したんだ。
「邪神は何時からこの世界に手を入れたのかは分かりませんが、少なくとも魔族との戦争からと考えると二百年以上前からとなります。お伽噺が確かなら五千年も前ですよ?」
「その時から少しずつ自分達の力を高めていたのだろう」
五千年前から手を入れていたとして、当時は僕にしたようにお遊びだったんだろうね。
それがここに来て狂ったのは、遊びの範疇を越えたこと、誤って僕を死なせてメディさん達に気付かれたこと、最愛の上司が捕まったことが挙げられる。
小さな狂いは次第に大きくなり、努力して際限なく強くなる僕は邪神の手を全て弾いて今にある。
全て繋がってるってことだ。
「それでもシュン君に何度と負けています。邪神本人が出てこなかったのはその時点で狂い、出た瞬間に神々が出張って来るから」
「全て憶測だが、シュンを倒すにはそれ以上の力が必要となるわけだ」
だから恐怖や不安を培養して、その力を無尽蔵に吸収する。
でも、その吸収は無限じゃなく、何時の間にか限界が来ていた。
僕をしつこく狙うのはそれしか考えられなくなって、上司の神を救うとかっていうのは頭から無くなってるんだろう。
その上司に関しても狂ってたんじゃないかな?
遊びで僕の人生を狂わせたんなら殴らないと気が済まないよ。
殴れないところにいるんだけどさ。
「で、ですが、そのようなことを本当に……」
「いや、そう思うべきだ。何度も言うが、神を私達が測るのは烏滸がましい。敵であろうとな」
烏滸がましいというより、想像できないと言うべきだ。
想像したとしても、常に最強をイメージする。
今回の兵器は全部そうやって作り出したものだ。
だから、大結界も保ってくれている。
信じられない気持ちと視界の中に映り込む戦場の様子に、面々は険しい顔に染まる。
「もしそうなら僕達が希望を捨てては駄目だ。僕達の希望は邪神の力を削ぐことにも繋がるんだから」
アニメとか映画のフィクションがないわけで、従来の戦いしか知らないから信じたくないんだろう。
魔法や魔物に慣れた僕から見てもそう思う。
でも、これは現実だから早く邪神の所在を掴んで終わらせるしかない。
いくつもの極太の雷が迸り、会議室を真っ白に照らす。
それでもデュラハンキメラは高速再生によって一瞬怯むだけにとどまり、黒い靄を噴き出し高速移動する師匠に襲い掛かる。
地上では少しでも援護をしようと邪神の力を削る守護隊が応戦していた。
その様子を見たからか、ローレ義兄さんとフィノの考えを否定することも出来ず、やるぞと顔を見合わせて力強く頷き合った。
「シュンの言う通りだ。ファミリア全体の指揮を上げるよう鼓舞しろ! 震えて縮こまるのではなく、上を向き声を上げて立ち向かえと!」
僕の言葉を受けたローレ義兄さんが立ち上がり命令を下す。
「相手が暗雲に閉ざされた薄暗い世界を望むなら、私達はそれを払い除け輝かしい太陽を掴み取る! 仲間を信じれば勝利は揺るぐことはない……ん?」
宣言し終えた瞬間、ずーん……と、何か空気が変わった。
重苦しく、視界が揺さ振れ、まるで重力が増えたかのような感覚。
とてつもない不安が、恐怖が、不意に体内へ流れ込む。
より強く、禍々しく、殺気に満ちた邪神の力……いや、そのものだ!
僕は咄嗟に立ち上がり、フィノの手を取り転移を行った。
「な、なに……これ……。とっても、心が、痛い」
「フィノ、心を意識して加護の力を高めて!」
「う、うん」
フィノにそう指示を出しつつ、僕は加護の力を高める。
その力に呼応してメディさん達の力が僕の中で大きく膨れ上がっていく。
そして、超えた力は体内から放出され、周囲が神々しい光に包まれた。
フィノの震えが止まり、青白い顔に赤みが戻る。
「ふぅ、ふぅ……ありがとう。……え? 何、これ」
そして、周囲を見たフィノが信じられないと呟いた。
転移した場所は王都の上空。
そこから見える景色は地獄の一言に尽きた。
黒い靄が渦巻く様に、蠢く様に、負の感情を引き出すように迫っていた。
暗雲は真っ黒に染まり、差し込んでいた光は完全に消え去っている。
微かに輝くのはお守りの輝き。
抗う者の光が迸り、師匠の雷が辺りを照らし出す。
しかし、邪神の集団は靄を体に受け、ファミリアの軍勢を蹴散らし、薄らと輝く大結界に攻撃を加えだす。
ピシ!
そして、とうとう罅が入り、上から破片が降り注ぎ始めた。
「シュン君、あれ! あの奥!」
フィノが指差した先には、身体の一部が異形と化した人間の姿があった。
それもまるで黒い波のよう。
ローレ義兄さんの憶測通り、いや、それ以上にやばい。
「今ならまだ間に合うかもしれない! フィノ、あれをやるよ!」
「うん!」
フィノも自力で空を飛び、集中するために目を閉じる。
僕はそれを見て同じように目を閉じ、祈るように向かい合わせに手を取った。
耳から入り込む悲鳴に指に力が入る。
フィノも同じで、微かに震えていた。
そして、紡がれる詠唱。
『世界は、空は、地は、海は、人は、動物は、草木は、存在するモノ全て父であり母である神によって創られた』
放たれる力に引き寄せられる邪神の集団。
王都に住まう者達の悲鳴が一層強くなる。
『救いを乞う者に守護を、抗う者に祝福を、立ち向かう勇気ある者に力を、堕ちた者に浄化を、闇に耳を傾けた者に裁きを、闇に神罰を与えん。神の定めは不可避の事象、森羅万物全てに等しき判断を下す』
光は王都を包み込み、上空にぽっかりと穴を開けた。
そこから差し込む光の筋は太陽だけの力にあらず。
メディさん達の力が加わった聖なる輝き。
アンデッドと同じ特性を持つ彼等は魅かれる様に、怒りや救われたいという本能により近づき苦しみと開放の喜びの声を上げている。
分かっていることだけど、相手には二種類いる。
自ら望んで邪神の手足となった者達、と、洗脳され無理矢理従わされている者達。
苦痛と歓喜の声はその違いだ。
そして、詠唱も最後の節が紡がれ、世界全体に光の粒子が零れ落ちる。
『僕(私)は誓う。世界に混沌を齎す暗き闇から救いを掴み取ると! ――世界魔法・|神々零す慈愛の涙(セレスティアル・ブレスティア・サンクチュアリ)!』
その時、世界が光り輝いた。
誰もが空を見上げる。
辺り一面を覆っていた真っ黒な暗雲が溶ける様に消える現象を、そこで見た。
差し込む光は力を与え、傷を治し、邪神の集団の動きを止める。
僕達に襲い掛かるも届く前に跡形もなく消え去り、幸せな顔で灰と化す。
これが僕とフィノが考えた大規模な魔法だ。
そのために決戦が始まってからずっと魔力を練り続けてもいた。
発動できたのは皆のおかげなんだ。
真下や端に見える大地の輝きは完全に崩壊した大結界。
だけど、そこからいくつもの柱が生まれ、ここだけではなくあらゆる場所で黒い雲が溶けて消えていく。
一分もしないうちに今度は青い空が姿を現した。
そして、光の柱は再び辺りを包み込む結界と化す。
これはお守りの力じゃない、勿論お守りの力もある。
ほとんどはお祭りで売った神像の効果。
神像は加護の力を込めて作った魔法の品で、僕とフィノの魔法に呼応して込められたメディさん達の力が膨れ上がったんだ。
『神々は私達を見放してはいない! 邪神などにファミリアが負けるはずもない! 全軍、突撃せよ!』
ローレ義兄さんがそれを見逃すはずもなく、中間をふっ飛ばして拡声の魔道具で全体に指示を出した。
それはどこでも同じで、これが決定的となる。
僕達の目の前では空間が歪み、黒幕が姿を現そうとしていた。
『ウジ虫共が……大人しく我の糧となっていればいいものを。これも全て、シュン、貴様が生きているからだ!』




