各地2
ドミアス聖王国聖都上空で大爆発が起きる。
宮廷魔法使い十人規模の魔力でどうにか発動できる規模の戦術級魔法。
邪神の集団が放った黒い砲撃だ。
空気を揺らし、肌を振動させる規模の大爆発が耳をつんざき、悲鳴が掻き消える。
加護の力が混じった攻撃の破壊力はSランクの魔物をも吹き飛ばし、戦場が一時中断してしまうほど。
その規模の大爆発が幾つも起きる。
しかし、被害は全くと言っていいほど起きていなかった。
被害といえば振動で転倒した者や脆い家屋が崩壊したくらいのもの。
『この程度想定済みだ! 慈悲深き神々の力を借りた大結界が壊れるはずも無し!』
文字通り大爆発は音と振動以外全てを頭上で遮断されていた。
着弾と共に爆発が上へ逃れ、聖都を囲む大結界が衝撃を反射して輝く。
その光景はまさに神々が自分達を護ってくれているという奇跡。
邪神の力となる不安や恐怖が薄らぎ、自分達の力となる勇気や希望が集まる。
これが、シュンが作り上げた加護の力の大結界魔道具だ。
現在のフィノレベルの魔力量で数分張れる、これでも改良型の結界だ。
その膨大な魔力はお守り等を通じて少しずつ賄っている。
奴隷や赤ん坊から貴族や王族、果てには動物や植物からも魔力を徴収して維持し続ける。
全てを含み、聖都にいる数――約百万。
一秒に一徴収されるとしても百万、結界の維持にそれ程いらない為五秒に一徴収できれば、魔石を代用することで維持できるのだ。
この大結界を壊すことはSSランクの魔物でも至難と考えられている。
それこそ邪神の加護を引き出したSSランクの攻撃か、邪神本人の攻撃でなければならないだろう。
工作しようと入り込む者も当然いる。
実力の無い者は阻まれ聖水によって浄化、有る者は数人がかりで取り押さえる。
あちこちでそういった声が上がり、総本部に連絡が絶えず届き、ローレレイクやシュンが細かく把握し対応していた。
『何だあの忌々しい結界は!? ふざけるなよ! 俺は天才なんだ! すぐに壊してくれる!』
「報告します! 不浄なる者が用いるポーションは異常! 蘇生並の効果があるとのこと!」
『なんだと!? クソがッ! 不死の軍団とでも言う気か! こうなればキメラだッ、キメラを投入しろ! 破壊の限りを尽くせ!』
邪神側の通信から指令が飛ぶ。
突然、上空に穴が空きファミリアは二度目の困惑が広がる。
そこから現れた異形の生物に悲鳴が響き、恐怖が伝染してしまう。
ライオンの身体に蛇の尻尾、深紅の爪を持つ五メートル級の獣。
鳥の翼と長い尾を持ち、昆虫のような長い腕を振り回す虫。
空を泳ぐ恐怖の象徴、赤、青、緑の三食の頭を持つ竜。
悪魔のような山羊の頭に腐った身体を持つ人型の巨人。
その登場に邪神側が盛り上がり、ファミリアに四つの穴が空き始める。
「無駄な抵抗は止め、我らが神、光で照らす至高神レヴィア様を崇めるのだ! さすれば未だ見ぬ快楽を味わえるであろう! 抗う者には死あるのみ!」
光神教の誰かが叫び、空いた穴をこじ開けようと動き出す。
その異形――キメラの登場に戦場は気流の如く動きを変えた。
「この程度、恐れるでない!」
そんな中、一画から怒声が響く。
同時にライオン型のキメラが悲鳴を上げ、空中に丸太のような蛇の尾が回転して飛び上がる。
尾に向かって飛び上がる影が一つ。
恐怖を打ち消す気合が放たれ、光り輝く剣が無数の軌跡を生む。
SSランクの剣の申し子剣聖レイの師事を受け、これまでに幾度と名を轟かせたドミアス聖王国最強の守護者聖騎士長バラン。
得意の高速切りは新装備と半年前に齎されたシュンの指導により、その効果は数倍に跳ね上がっている。
尾は厚さ一センチもない膾切りにされ、その命を容易く消された。
それを皮切りにファミリアは立て直し、相手が巨体であること利用した戦法に移る。
ライオン型のキメラはバランを中心に追い囲み。
飛行型の虫キメラは火に弱いことを見抜き、足止めしつつ魔法使いが。
竜型のキメラは配属された獣人族、魔族、竜人族の飛行部隊が着々とダメージを与える。
そして、残った悪魔型の巨人アンデットキメラは――
射程内に入った瞬間、上空から落ちた光の柱に包まれ絶叫を上げた。
「私達にとってアンデットは十八番ですよ? 皆さん、行きますよ!」
「「「「「神よ、死せし哀れな魂に救いの光を! 『ターン・アンデット』!」」」」」
――ピシ
世界教の部隊を率いるSSランク輝きの聖女シンシアの魔法、対アンデッド用の浄化魔法が発動したのだ。
アンデッドの弱点を突かれ、一瞬で蒸発し見る影もなくなっていく。
しかし、キメラというだけあって回復力は回復魔法の範疇を越えている。
切り飛ばした部位は高速で生え変わり、じり貧のまま邪神の侵攻を食い止める。
大結界の維持は確かに微量で、人口と魔道具さえ壊れなければ何百年と張り続けるだろう。
だが、大結界に加わるダメージや衝撃が大きくなるほど維持にかかる魔力は増えてしまう。
しかし、自重を捨てたシュンが護りの手段をこれだけにしているだろうか?
否、しているはずがない。
あれだけ攻撃手段を用意していながら、護りがお守りと大結界だけであるはずがない。
丁度その時、大結界に一体のキメラが到達した。
半身をどろどろに溶かしながら高速再生を行うアンデッドキメラ。
浄化の苦痛以外物理的痛みのない特性を利用し、背後から邪神の集団が盾にして続々と入って来る。
そして、防御手段その二が発動する。
「聖重騎士隊、大盾構えぇッ! 俺達の鉄壁の守りを堕ちた者共に見せてやる時だ!」
「「「「「神聖軍・聖域の陣!」」」」」
大結界を壊そうと伸ばしたアンデッドキメラの手が、突如現れた半透明なシールドによって弾き飛ばされた。
アンデッドキメラの足元から蟻が群がる様に向かってくる邪神の集団や魔物達も、目の前に現れたシールドによって押し留められる。
聖王国と言えば最強の防御力と呼ばれる防御軍を持ち、最強の攻撃力を持つ魔族の攻撃を幾度と防いでいた実績を持つ。
その全員が加護の力を持つ大盾を構え、結界魔法『シールド』と光魔法『シャイン』を発動させることで巨大な盾を正面に張る。
その巨大な盾は密集陣形と集団による魔法で何倍もの相乗効果が生まれ、陣形が崩れない限り守り続ける。
しかし、それだけでは敵を倒せない。
「次ぃ! 密集陣形・槍!」
その号令に大盾に隙間から無数の槍が差し込まれ、掛け声に合わせて一斉に突かれる。
半透明のシールドも巨大な槍の形に変化し、突かれる動きに同調し巨大な槍も動く。
アンデッドキメラの土手っ腹に風穴を開けた。
そして、再びシンシアが動き出す。
「もう一度! 『ターン・アンデッド』!」
――パリン
放たれた極太の光はアンデッドキメラを包み込む。
浄化の光は苦痛を与え、再生速度を超えアンデッドキメラはついに不死身の命を消し去った。
そこに残ったのは白い灰のみ。
『我らが神を信じなさい! さすれば負けることはあり得ない! 仲間を信じろ、希望を捨てるな、夢を追い駆けろ、全て諦めず掴み取るのだッ!』
「「「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」」」
キメラは個々の弱点に合わせた戦法を取られ、大結界に触れることなくやられていった。
キメラの登場は本部から総本部へ、そしてシュンへと伝えられた。
伝えられた情報は即座に話し合われ、各地に対策と共に届けられる。
この時点でキメラは各地へ姿を現し、甚大な被害を齎したビスティアでも確認された。
深い森、広大な荒野と平野、豊富な海のあるビスティア。
各地からキメラが出現し、邪神の集団の多くが同胞である獣人族だった。
『キメラはSSランク神の指を持つ発明家によるものでしょう』
『声だけを聞いた報告がある。恐らく、俺達と同じように後方で指示出ししていると見える』
『それよりも、キメラはどうだ? 援護がいるなら送るが?』
予想外のキメラの登場に浮足立ったが、上層部の対応と予想外でも想定内の範囲に収まっていた。
周辺に配置していた援護部隊を送れる余裕があったのだが、ビスティアの本部は即座に拒否した。
それは誇りを護る為ではなく、この程度切り抜けられる打算があったからだ。
「獣魔族のおかげで戦力を補えています。問題は獣魔族に飛行種族や水棲種族が少ない事ですが、そちらは魔道具でどうにか対応できています」
『あの再生能力はヒュドラに匹敵します。恐らく、その一部が入っているのではないかと僕は考えますが、どうでしょう?』
そこでシュンの考察が入る。
ヒュドラとの記憶はまだ新しいだろうが、実際に戦ったメンバーはこの場にシュンしかいない。
『アンデッドの特性も入っている。今しがたその個体を撃破した報告が入った』
『全ての個体がそうだとは言えません。ですが、ヒュドラと同じであるのなら身体に魔石――核が存在するはずです。その核を壊せば少なくとも再生能力に変化が訪れると思います』
他にもシュンはこういう。
キメラは複数の魔物を組み合わせた混成生物である。
その特性をどこまで組み合わせているのか分からないが、報告から判断するに上手い組み合わせだ。
逆に言えば弱点はそのまま残り、弱点が致命的な部分も出ている。
まずは分析を行い、そして対処する。
相手が未知の生物で怖気付こうが、相手は魔物である以外の何者でもない。
この世に完璧な不死などあり得ず、高速再生でさえ限界がある。
解析班は魔力の動きに注目しろ、と。
そして――。
最後の齎された懸念は全員の息を呑ませた。
しかし、その懸念は大いにあり得ると全員が少なからず思い、もしそうなった時は覚悟を決めなければならないと腹を括った。
再び場所は変わってエルフ族の聖地フェアルフローデン。
認められた者以外全てを惑わす結界に囲まれ、世界樹の恩恵と精霊の住処として長きに渡って存在する村。
現在、裏切ったダークエルフ族や結界を無効化する装備を身に着けた者達が襲撃していた。
その装備も発明家によるものだろう。
「我らの手に世界樹を取り戻すのだ! 腸煮える憎きエルフ共を粛清しろ!」
とあるダークエルフが血走った眼で声高らかに宣言する。
攻めて来るダークエルフの殆どが若い者達。
様子から察するに洗脳を受けている者の数は極限りなく、ほぼ全員が自ら望んでこのような奇行に走ったのだと推測される。
裏を返せばそれだけエルフに対して恨み辛みが溜まり、世界樹を恋しく思っているのだろう。
が、その手段を間違っては元も子もない。
若気の至りと言えば聞こえはいいが、これは取り返しのつかない戦争だ。
果たして何人の若い命が天へ召されることになるだろうか。
ダークエルフ達が操る魔物の群が結界を破り、迷路のような森を抜け、フェアルフローデンへ通じる開けた地帯へ飛び出す。
そして、ダークエルフは目を見張る。
そこにはエルフだけでなくダークエルフの存在が、他種族の存在が数多く見られたからだ。
いや、話自体は聞いていた。
会談が持たれ、エルフ族とダークエルフ族が手を結び、魔族とも協力体制に入ったと。
しかし、所詮は戯言と切り捨て、真実はいがみ合い協力など到底できないハリボテと考えていた。
眉唾だと、自分達の都合の良い様にしか信じなかったのだ。
それが、目の前では肩を並べ、恐怖を感じさせる未知の兵器を向けている。
「貴方達の思いは分かります。ですが、これはやり過ぎです。ダークエルフもエルフと同じ、自然を愛する精霊の民」
「そうさね。何があっても森を傷つけることだけはあっちゃならない。そうなっては如何なる者でも世界樹には近づけさせやしないよ!」
「我が同胞達よ。折角世界樹の下へ戻れる機会を永久に奪う気か? もしそうであるなら、次期族長……いや、魔王軍治安部隊総隊長にしてダークエルフ族が族長ディネルース・シンシルーが許さん!」
三者の怒りの声。
それを皮切りに第一部隊の隊長が号令を下し、隊員の指が紐を引いた。
そして放たれる魔法。
その兵器は一人がやっと持てるサイズの巨大なバズーカらしき筒。
そこから放たれたのはゆっくりと大きくなる速度の無いシャボン玉。
微かにある風に乗り、空中を漂う。
植物を飲み込んでは放れ、次々にダークエルフ達へ向かう。
そのふざけた光景に呆気に取られ固まったダークエルフと魔物達。
すぐに怒りへ振り切り、蟀谷に青筋を浮かべ怒号を響き渡らせる。
「ふざけやがって……! 蹂躙しろッ!」
その号令に一斉に襲いかかる。
シャボン玉自体初めて見るが、所詮こけおどしの物だと鼻で笑った。
魔力の多さにビビったものの武器で振り払い、魔法で吹き飛ばし、殆どが関係ないと突っ込んでくる。
その直後、各地で悲鳴が上がった。
当然、ファミリアではない。
「第二部隊、放て!」
状況を理解する前に、ファミリアの次の攻撃が炸裂する。
第二部隊から放たれたのは追い風となる風魔法。
その風は微風と呼べる程度の強さ。
丁度シャボン玉を割らない程度に遠くへ運ぶ強さだ。
「な、何が起きている!? 魔法で割ってしまえ!」
後方の範囲外で見ていたダークエルフの指揮官が狼狽えつつも的確な判断を下す。
が、それは想像の範疇であったらの話。
「そのシャボン玉はただのシャボン玉ではありません。精霊に力を借りた森の外まで出るまで割れないシャボン玉」
「敵意ある魔法など精霊様が魔力に変え吸収してしまうわ!」
「愚かなる同胞よ。それでも諦められぬと言うなら、この私が相手になってくれる!」
もうわかっただろう。
あのシャボン玉は中に入ったものを完全に拘束する一種の結界魔法。
意志ある魔力の塊、精霊の力を組み込むことで生物だけを取り込み、植物等の自然に当たっても割れずにすり抜けてしまう。
シュンが森を傷つけないために考案した非殺傷魔道具だ。
「精霊の気持ちを良く理解した作戦ですね。これにはアリアリスも関わっているのでしょうか」
ディネルースを筆頭に武力を持って残った筆頭格の魔物を仕留め、エルフ達は邪神の集団を中心にシャボン玉で森の外へ運ぶ。
シャボン玉には重さを無にする重力魔法が組み込まれ、簡単な風で吹き飛んでしまうという寸法だ。
魔力の多い者を待機させ、再度攻めて来るまでに時間もかかる為その間に回復を、もし間に合わずとも大量の魔力回復ポーションがある。
迂回して回り込んでも、森の中を惑わす特殊な結界を作り、必ずこの場に出るよう仕組んである。
シュンとアルカナが協力して精霊の結界にその原理を組み込んだのだ。
精霊もエルフやダークエルフを護る為、世界樹を殺そうとする邪神に対して憤っていたため快く協力してくれた背景がある。
その結界は当然ことが終わっても秘匿される予定だ。
「さて、第一波を切り抜けたと報告しましょう」
「負傷者は私の所においで! ちょっとの傷が洗脳に繋がるかもしれないからね!」
「私達は処理をする! 出来る限り森を荒らす魔物を駆逐するのだ!」
こうして各地は作戦が上手くはまり、第一波をほとんど死傷者を出さずに終了させていった。
第二波のキメラも解析通り体内に核となる物質を発見し、着々とその数を減らしていく。
残すはSSランクの幹部達や邪神本人となっていくのだった。




