表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/145

鍛冶屋

 陽が昇り翌日となった。今の時刻は八時ごろだろう。昨日の疲れがまだ残っているみたいで体中が痛い。ある程度の怪我は回復魔法で治したが筋肉痛や精神疲労はなかなか治るものではない。

 横で眠っているロロが目を覚ましたみたいだ。いつもなら顔を舐めに来るのだが、今日はおとなしいのでロロも疲れが溜まっているのだろう。


 いつもよりのんびりと準備をし、一階へ朝食を食べに行く。昨日の夕飯を食べていないのでお腹がぺこぺこだ。


「バネッサさん、おはようございます」

「シュン君、おはよう。昨日は疲れていたみたいだけど疲れは取れたかい?」

「はい、体がまだ痛いですがよく眠れたのでほとんど疲れは取れました」

「そうかい、そりゃーよかった。昨日は夕飯を食べてないだろうから朝食は多めにしておいてやろうね」

「ありがとうございます」


 多めにしてくれるそうなのでお礼を言って空いている席に座って待つことにする。

 少し待つとバネラさんが朝食を運んできた。


「シュン君、お待たせ」


 朝食のメニューは白いパンと野菜スープ、卵焼き等、栄養満点なものばかりだった。


「いただきます」


 ロロの食事はラビーの肉だ。大皿の上に置いて僕の足元でガツガツと食べている。

 大皿などの食器類はヒュードさんのお店で購入している。ヒュードさんのお店は食器やテント等が多くあり、冒険者が必需品を買うためによく訪れているらしい。


 僕は多めの朝食を食べ始めながらこの後のことを考える。

 今日は昨日の疲れが残っているため依頼を受ける気はない。だが、昼になれば換金したお金を取りにギルドまで行かないといけない。それまでに、昨日の戦闘で剣に異常があるかもしれないのでドリムさんのところへメンテナンスに行こうかと思う。




 ドリムさんの鍛冶屋へ行き、剣の整備を頼む。ドリムさんの鍛冶屋はこの街では有名で、冒険者がこぞって訪れる。

 店の中は販売所と鍛冶場で分かれている。販売している物は武器や防具だけでなく、魔法が付加してある魔剣や魔鎧なども置いている。どれも一級品でそれなりの値段がするが、他の店よりも安い。床は石畳になっていてところどころに傷がついている。店には紹介状や人づて等がないと入ることが出来ない。


「すみません。ドリムさんはいらっしゃいますか?」

「どなたですか?」


 店の中に誰もいなかったのでドリムさんを呼んでみると、鍛冶場の方から見たことのない人族の人が出てきた。


「僕、何か用かな? お使いにでも来たの?」


 僕はまだ十一歳で身長が百四十センチ弱しかないので間違われてしまったようだ。

 僕の格好を見れば冒険者だとわかるはずなんだけどな?

 僕の格好は魔法のかかったコートと手袋、軽装の鎧を身に着けている。背中にはミスリルの剣を背負っていて、腰には杖を差し込んでいるので、どこからどう見てもお使いに来たようには見えないはずだ。

 なのに、この店員さんは僕のことをただの子供だと思ったようだ。


「いえ、ドリムさんに用があってきたのですが……おられますか?」

「親方に……ですか。……今立て込んでいるから、また今度にしてくれるかな? それにここは誰かの紹介がないと来てはいけないよ」


 店員さんは僕のことを怪しい人物だと思ったようだ。

 奥から鍛冶の音がするからドリムさんがいることは嘘ではない。立て込んでいるかと言われればそうでもない。ここが立て込んでいれば、ドリムさんの怒声が外まで聞こえてくるはずだからだ。


「ドリムさんはおられるのですね。『シュンが来た』と伝えてくれればそれでいいのですが……。それに紹介状を持っていますよ」


 僕は融通の利かない人なんだろうな、と思いながらも取次と収納袋からバンジさんに書いてもらった紹介状を出す。


「……これ、本物かい? よくここの武具が欲しくて、自分で書いた紹介状を持ってくる人がいるんだ」


 紹介状を受け取ってすぐにこんなことを言ってきた。

 なんだこの人は、人を疑うのもいい加減にしろよ。紹介状が偽物だとか、客に対して何て言い草だ。親方の名前を知っている時点で知り合いだと気づけ!

 僕はイライラする気持ちを抑えて、もう一度訪ねる。


「この紹介状は本物です。“街の旨味亭”のバンジさんに書いてもらったものですから、聞いてもらえば本物かどうか分かるはずです」

「君、そうは言ってもね……それを信じるわけにはいかないよ。僕が聞きに行ったらここにある武具が盗まれるかもしれないからね」


 何言ってんだこいつはッ! 何でこんな聞き分けのない奴がこの鍛冶屋にいるんだ! 自分がいなくなったら盗まれるって言っているけど、それは僕が盗むって言っているようなものじゃないか!


「あなたは客を何だと思っているのですか? ここはいつから訪ねてきた客を追い返すようになったのですか? 紹介状を持っている、親方の名前も知っているのに知り合いだと思わないのですか? 子供に見えるからここに用がないとでも? 僕の格好はどう見ても冒険者ですよね? 剣を背負ってますよ? (あまつさ)え、僕のことを盗人呼ばわりしてあなたは何様のつもりですか? あなたが客を選ぶのですか? あなたはここの信用を落としたいのですか?」


 僕は怒りの任せて思ったことをこの分らず屋に言い切った。

 こいつは呆気にとられたみたいだが、すぐに顔を赤くして怒鳴り散らしてきた。


「なんだと手前ぇ、お前みたいなやつが冒険者だとぅ? 嘘も大概にしろっ! 大方その格好も『これなら騙せるんじゃ……』とか、思って盗んできたものじゃねえのか? それか、(なまく)らだろ?」


 はあああぁぁぁぁぁーッ!?

 僕の持っている物が盗んできたものだぁ! よりにもよって師匠達の武具が鈍らだって! ふざけるのもいい加減にしろよ! 


「僕の装備は盗んできたものだと……鈍らだと……お前、いい加減にしろよ。言っていいことと悪いことがあるぞ。……その年にもなって物の分別が付かないのか?」


 感情が高まり、魔力が漏れ始めてきた。僕の周りは漏れ出た魔力で汚染され、陽炎のように薄らと揺らいでいる。僕の魔力は質が高いため周囲に影響を与えやすくなっている。いつもは漏れ出ないように抑えているから周囲に影響はない。


 ピシィーッ


 僕の魔力の威圧に耐えられなかったみたいで床に亀裂が走っていった。

 あ、やってしまった……。すぐに引っ込めないと。


「何事だーッ! 何があったーッ、またお前か、ハムスッ! 今度は何をしたッ!」


 鍛冶場の方からドリムさんが怒声とともに駆け込んで来て、僕の魔力威圧を浴びて尻餅をついているハムスとかいうやつを視界に入れると、刺し殺す勢いで睨み付けた。


「お、親方、ご、ごご、強盗です! 早く、衛兵に連絡を!」


 ハムスは腰が抜けて立てないようで、床を這いずるように動きドリムさんに言った。

 ご、強盗……。盗人からクラスチェンジした。


「強盗だと? そいつはどこにいる」

「こいつです! この子供がそうなんです!」

「僕がそうみたいですよ。ドリムさん」


 僕が強盗の様なのでドリムさんに言ってみる。


「は? って、シュンじゃねえか、今日は何をしに来たんだ? ……こいつが強盗なわけねえだろうがっ! (ゴチンッ)」


 ドリムさんは僕を見るなり用件を聞いてくる。ハムスはドリムさんに適当なことを言った、と思われ頭の上に拳が下ろされた。

 痛そうだ……。でも、同情はする気は全くない。ドリムさんが殴ってすっきりした気分だ。


「……ったく。シュン、何があったんだ?」

「僕は剣の整備に来ました。店に入った時には誰もいなかったのでドリムさんを呼んだら、この人が出てきたので取り次いでくださいと言ったんです。その後、紹介状がないとダメだと言われ、紹介状を見せると偽物呼ばわりしてきました。確認に行ってくださいと言うと僕を盗人呼ばわりし、挙句の果てには師匠達が作ってくれた装備を鈍ら呼ばわりしてきたんですッ!」

「わ、わかったから、落ち着け」


 僕は話しているうちに思い出してしまったようで、また魔力が漏れ出してしまった。最近、気が緩んできたかなぁ……。


「親方? この盗人と知り合いなのですか?」

「ばかやろぉぉーっ! この子はなぁ、特別なんだよ! 俺の師匠のダチなんだぁ! それを盗人呼ばわりだと! お前は何を考えてるんだ! それに、師匠の作った武具が鈍らものだとぉーッ、お前何を見ているんだッ! お前は鍛冶師じゃないのか!」


 師匠達のことが褒められたみたいで僕もうれしくなるよぉ。

 ドリムさんが先ほどよりも大きな声でハムスに怒鳴る。外の通行人がその声を聞いて立ち止まったり、集まったりしてきた。

 このままだと見世物になっちゃう……。


「人が集まって来ちまったか。シュン、鍛冶場の方へ来てくれ。――ハムスッ、お前もだッ」


 鍛冶場の方へ移動するのか。

 ドリムさんの鍛冶場もガンドさんのところと同じで熱気がすごい。設備は大きくて何人もの弟子が鍛冶をしているんだ。


 鍛冶場の中に入り休憩室のような場所に行く。そこの空間は涼しくなっていて脱水症・熱中症対策のためだ。


「ハムス、お前は客と言い争うのは何回目だ?」


 こいつ、常習犯でしたか。ここに来て見たことがなかったから最近雇われたんだろうけど、この短い時間で何回も言い争いをしているっていうのか。


「五、六回ぐらいだと……」

「バカヤロー! 十回だ、十回!」


 は? こいつは馬鹿なのか? 馬鹿なんだな。ドリムさんも馬鹿だって言っているし……。


「今まではまだよかったが、今回は見逃すことが出来ん。言い争う相手を間違えたようだな」


 ドリムさんはそれだけ言うと僕の方へ振り向く。


「はぁー、この馬鹿が迷惑をかけたようだな、すまなかった」


 ドリムさんが謝って来る。


「い、いえ、ドリムさんが悪いわけではないので頭を下げないでください」

「そう言ってくれるか……。この馬鹿はな、知り合いの鍛冶師から鍛えなおしてくれと頼まれた奴なんだ。だが、人の話を全く聞こうとしない。手が掛かるならまだしも、手の掛けようがないんじゃどうすることもできない」


 そんな事情があったんですね。何を言ってもダメっていう感じは僕も感じましたよ、ドリムさん。


「ま、そんなことはよくはないが……どうでもいい。シュンは剣の整備にきたんだったな」

「はい、先日この剣でゴブジェネを上下に真っ二つにしてしまったので見てもらおうと思いました」

「ゴブジェネか……。ちょっと貸してみろ」


 剣をドリムさんに渡す。

 じっくり眺めたり、柄の方から見たり、刀身を指ではじいたりしている。

 やがて、目を話し僕の方へ戻る。


「異常は特には見当たらないな……。どうやって真っ二つにした。 ゴブジェネは鎧を着ていたのだろう? 普通はひびが入ると思うが」


 剣に異常がないことも気になるが倒し方も気になるのだろう。

 ドリムさんには話しても大丈夫だろうな。


「魔力を通して強化したうえで雷魔法を纏わせ、七十センチ程の刀身を作り出して倒しました」

「そんな方法で倒したのか……。納得した。ミスリルであることと刀身を作り出したことがよかったんだろうな。あと、魔力強化もな」


 隣でハムスが絶句しているが放置する。一々反応していられない。後でドリムさんがどうにかしてくれるだろう。


「ミスリルは魔力伝導率と補完力が高い。鉄より硬度が低いがそれを魔力強化で補強し、それで鉄よりも硬くできたんだろう。刀身を作り出したのも直に斬り付けてないことになったんだな。剣が芯となり、魔法が刃になったのだろう」


 詳しくドリムさんが説明してくれる。

 僕も同じ考えだ。そうできたらいいなぁと、思って作った魔法だったから。最初のうちは剣の強度が足りなくて融かしたり、ひびを入れたりしていたっけ……。


「でも、こんな風に使っているといつか壊れてしまうな」

「そうなんですか。困りました。これからどうしていきましょうか?」

「ミスリルはおいそれと手に入るものじゃねえからなぁ。それに高級品だ。キロ単価鉄の五、六倍はする。耐えられるとなるとアダマンタイト以上になるが……ここにはない。まず、王都に行くべきだな。そこに同期のドワーフの鍛冶師がいる」

「王都ですか……。今度行かなければならないので願ったりかなったりです」


 頼まれごとも王都だから丁度良かったな。これが遠い国だったらどうしていたものだろうか……。


「そうか、行くときになったら伝えに来てくれ。紹介状を書いてやろう。シュンのことは知っているだろうからやりやすいだろう」

「手紙とはガンドさんのですか?」

「ああ、そうだ」


 そうか、弟子の人全員に渡したのかなぁ。もしかしたら、ラージさんもかな? エリザベスさんはどうなんだろう?


「今はこの剣でも大丈夫だろう。同じことをするなら、しっかりと魔力で補強して硬くしてから使うんだぞ」

「はい、わかりました」


 ガンドさんに貰った大切な剣だから壊すわけにはいかないもんな。

 剣を返してもらい背負いなおす。

 そろそろ昼になりそうだからギルドに行こうかな。


「それではまた何かあったら来ます」

「そうか、またな」


 僕が出て行く時に後ろを見ると、ドリムさんがハムスに説教を始めていた。

 ドリムさん今度来たときはしっかりとさせておいてください。


 ロロは暑かったのか外で眠っていた。ロロに声をかけまずは昼食を食べに大通りへと行く。





 大通りへ着くといつものようにいい匂いが漂ってきた。今日は肉まんの様なものを売っていたのでそれを四つ買い、ロロと二つずつに分けて食べた。


 ギルドへと到着しいつものように中へと入って行く。周りの視線をいつもよりも集めてしまうのは、少し噂が広まってしまったためだろう。


「ターニャさん、こんにちは。査定はすみましたか?」


 ターニャさんの受付へと行き、査定が終わったか聞いてみる。


「シュン君、こんにちは。査定は終わっているよ。査定額は大金貨二枚と中金貨四枚となります」

「多くないですか? 武具なんて使えないものが多かった気がするんですが……」


 Bランク依頼だとしても報酬は大金貨一枚だろう。この額はAランク並みにあるんじゃないかな。

 僕が考えているとターニャさんが内訳を教えてくれる。


「まず、ゴブジェネの討伐に中金貨七枚、ゴブリン二百八十六体、ホブゴブリン六十三体、ゴブリンメイジ二十九体、ゴブリンアーチャー三十二体、ゴブリンコマンダー十八体、計四百二十八体の討伐で中金貨五枚になります。武具の買取りで大太刀は研げば使えるそうなので中金貨三枚、その他の棍棒や金属製の武具は融かして再利用するそうなので中金貨二枚となりました。残りの中金貨七枚はお詫びとなります」


 そんなに倒していたのか……。今回だけでおよそ二千五百万。今の総資産は大体、七千万ぐらいになるだろう。僕の持っているミスリル性の剣を買おうとすると、値段は大体高くて千万だ。

 同じ剣が五本以上買うことが出来る。……そんなにいらないけど。


「わかりました」

「シュン君、ランクアップの試験日が決まりました」


 僕が帰ろうと横を向くとターニャさんが試験のことを伝えてくれた。


「いつになるのですか?」

「試験当日は一週間後になります。六日後の九時に打ち合わせをするのでギルドまで来てください」

「それは、早いですね。僕は助かりますけど、他の試験もこんなに早いのですか?」


 一週間しかないと準備が間に合わないときがあるだろうに……。僕みたいに収納袋があれば一週間もあればどうにかなるだろうが。


「いえ、今回が早いだけです。いつもならば一か月は最低でも取ります。ただ今回は急遽ランクアップ試験を受けることになったことと、近々ランクアップ試験を行う予定だったためです」

「そうなんですか。……試験内容は聞いても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。試験内容は隣町である”ソドム”の街までの護衛依頼となります」


 護衛依頼か……丁度良かったな。王都に行くまでに一度は受けておこうと思っていたところだ。渡りに船とはこのことだな。……ちょっと違うか。困ってはいないし……。


「護衛任務について聞いてもいいですか?」

「はい、護衛任務はソドムの街までの商人の護衛です。バリス様とデリト様、ハイリ様の三人となります。他に馬車もあるので気を付けてください。日数はおよそ三日間となります」


 商人の護衛になるのか。バリスさんにデリトさん、ハイリさんっていうのか……ヒュードさんに心当たりがないか聞いてみようかな。


「危険な魔物が出現したという情報はありますか? 昨日のようなことにはもう遭いたくないので……」

「ふふふ、そのような情報はありません。安心してね、シュン君」


 ターニャさんは微笑みながら言った。


「そうですか。……野営にはどういうものが要りますか? 護衛の依頼を受けたことがないので教えてほしいのですが?」

「そうね、本当はあまり教えてはいけないのだけど、大体はお店に行って『野営セットを下さい』と言えばお店の人が揃えてくれると思うわよ。他にいるものは自分で調べて持っていくことね」

「わかりました」


 街のことと魔物を調べておいた方がいいな。

 野営セットはヒュードさんのところでいいだろう。


「護衛に関して言うと……まず討伐依頼と違って護衛のことを一番に考えることね。依頼主が負傷してしまったり、機嫌を損ねてしまうと依頼料をカットされることがあるの。今回は合否に関わるわよ。次に食料と野営ね。シュン君は収納袋があるから、食糧に関しては大丈夫と思うわ。野営に関してはその護衛に付いた人たちで相談して決めることね。で、最後に護衛を一緒に受けた人のこと。力量や性格が分かっていないと護衛するのにお互いが邪魔になってしまうかもしれないからよ」


 討伐と違って護衛依頼は複数で受けることがあるのか……。人数が増えてお金がかかるけど安全性が増えるってことか。このこともいろいろと聞かないといけないかな。

 パーティメンバーの確認か……今回は試験を受けるメンバーの確認をしろってことだな?


「試験を受ける人を聞いてもいいですか?」

「それは言ってなかったね。今回の試験はシュン君を入れた男性三人、女性三人の計六人になるよ。名前は男性がダンさんとロイさん、女性がセリアさんとシルルさん、フルンさん。すでに顔合わせを済ませてしまったから、シュン君は六日後の打ち合わせが初顔合わせになると思うわ」

「他の人は六日後まで僕のことを知らないということですか?」

「シュン君のことは知らないかもしれないけど、一人増えることになったことは伝えてるわ」

「わかりました」


 六人とも名前を聞いたことがないから、僕は会ったことがないのだろう。と言っても、僕は他の冒険者の人とあまり話したことがないから知り合いなんていないんだけどね。相手も僕のことを知らないと思うな。


「他に聞きたいことはある?」


 他にあるかな……。魔物、護衛方法、試験内容、依頼内容……依頼?


「この試験は依頼なんですよね? 報酬は出るのですか?」

「っ、はい、依頼なので報酬が出ます。この依頼は試験も兼ねているので相場より少ないですが、中金貨一枚出ます。報酬は皆さんで分けてください」


 ターニャさんの声が一音上がって聞こえてきた。隣で聞き耳を立てていた、エルフの受付嬢さんが小さく感嘆の声を上げた。

 ……? 今、驚かなかった? 何かやったかな?


「他にありますか?」

「ないです」

「わかりました。では、六日後の朝、九時にギルドへ来てください。その後、打ち合わせをする会議室へ案内します」

「わかりました。今日はこれで失礼します」


 ターニャさんに試験内容を聞いてギルドを後にする。


 打ち合わせは六日後にあるのか。それまでに準備をしないとけないな。とりあえず、ヒュードさんのところに行ってみよう。確か、テント等を売っていたはずだから野営セットもあると思うしね。


 僕はそう決めるとギルドを出て、ロロと一緒にヒュードさんのお店へと急ぐ。




 ヒュードさんのお店はギルドのある大通りから外れた位置にある。大通りではないため、繁盛していないかと言われればそうでもない。街の入り口の近くにあるため、冒険者がよく買いに来るみたいで売れ行きはいいみたいだ。


 ヒュードさんのお店に着いたので、中に入り野営セットなるものをヒュードさんに頼む。


「ヒュードさん、こんにちは。野営セットはありますか?」

「シュン君、こんにちは。野営セットだね、もちろんあるよ。ちょっと待ってて、すぐに持ってくるから」


 そう言ってヒュードさんは店の奥へと消えていった。

 時間が掛かりそうなのでお店の中を見て回ることにする。何かいるものがあるかもしれないしね。


 木製・金属製の皿やコップ、スプーンとフォークがある。ここは食器コーナーみたいだな。隣には香辛料や調味料、携帯食料等が置いてある。その逆側には簡易テントや火打、寝袋等の野営セットにあるであろうものがあった。

 一通り見終わったので、レジのところまで行くと壁に掛けてあるものが視界に入ってきた。そこには口から下がない白い狐の覆面のような仮面と、その狐の毛で作ったような薄い毛皮のコートがあった。


 この仮面とコートはなんだろう……。微かに魔力を帯びているから魔物の毛皮か魔防具の一種だろうな。この魔力からは清らかな、神秘性のある強い波動を感じる。

 これは何でできているんだ……。魔物にしては魔力が清浄過ぎる気がするんだが……。

 魔物の魔力は独特で、少し濁ったような濃い感覚がする。それはどの魔物でも同じことで師匠に聞いても、『私にはその感覚がよくわからん』と言われてしまった。僕が質を上げたり、人とは違うことをしてきたことによる良い副作用の様なものだ。


「シュン君、お待たせ。……それが気になるのかい?」


 ヒュードさんが台車の様なものに野営セットのようなものを乗せて出てきた。


「はい。なんだか、吸い込まれるような、清らかな感じがしてすごく気になります。これはなんですか?」

「これはね、『白尾の狐』という幻獣の毛皮からできた、と言われているコートなんだ」


 『白尾の狐』? 聞いたことの名名前だ。……それに、幻獣って何だ?


「幻獣っていうのは神聖視されている魔物のことだよ。例えば、守護竜だったりユニコーン、フェンリルなどを言うんだ。神獣というときもあるよ」


 ヒュードさんが説明してくれる。


「その中の『白尾の狐』は白い体毛ときれいなしっぽを持っているんだ。強さで言うと竜種を簡単に倒せるほどと伝えられている。そして、人語を操ると言われていて、特に危害を与えない限りは襲ってこないらしいよ」


 友好的かどうかはわからないけど危害を加えなければ襲ってこないようだな。幻獣は知性のある魔獣のことで、その中でも人々の中で暮らすまたは中立のものを言うのだろう。


「でもこのコートと仮面は偽物だと思うけどね」

「どうしてですか?」

「『白尾の狐』の毛皮で作ったものは身に着けた者の身体能力を上げ、あらゆる耐性に強く、丈夫で何かしらの能力が備わると言われているんだ」

「でもこのコートと仮面には何もないと……」

「そうなんだ。着てみても特に強くなったという感じはしないし、能力が備わったというわけでもないからね」


 それはおかしな気もするけどなぁ……。では、この魔力はなんだ? 何も起こらない方がおかしいと思うんだけどな……。


「これをどこで手に入れたものですか?」

「シュン君に会う前にいた街の店に寄った時に、店仕舞いするからと言って格安で譲り受けたものなんだ。その人はおじいさんだったんだけど、おじいさんも人から貰ったものだと言っていたよ」


 どこから来たのかもわからないのか……。興味はあるんだけどな、売り物ではないようだし……。これが欲しいと言ったらくれるかな?


「ヒュードs――」

「シュン君、買わないかい?」

「え? 買ってもいいんですか? ここに飾ってあるっていうことは、売り物ではないんじゃ……」

「確かに売り物ではないけど、売らないわけではないよ。欲しい人がいたら売ってあげるつもりだったしね。今までは何かあるかもって思って、着たりしてみたんだけど何も起こらなかったからね。欲しい人に売ることにしたんだ」

「そうだったんですか」


 それだったら買ってもいいかな。これがあれば目立っても大丈夫だしね。僕の素顔がばれるわけではないし……ばれないよね。それに絶対何かあるはずだ。


「で、シュン君、買う?」


 ヒュードさんが『買うんでしょ』と聞いてくる。


「はい、買います。いくらですか?」

「ははは、シュン君も物好きだね。このコートと仮面は小金貨四枚でいいよ」

「そんなに安くていいんですか?」

「それでいいよ。買った時よりも高いしね。シュン君はもし本物だったらいい買い物したとでも思えばいいんだよ」


 ヒュードさんはそう言ってコートと仮面を壁から降ろしてくれた。


「わかりました。……小金貨四枚です」

「はい。野営セットには防水用テントと寝袋、火打、簡易明かり魔道具、松明等が入っているからね。使わないものがあったらここに出してくれる?」


 中から火打と魔道具を出した。


「これだけでいいのかい?」

「はい、食器や松明等は今持っているものが壊れた場合に使えますし、魔力が切れた時のためです」

「そういう使い道もあるか。じゃあ、金額は銀貨七枚だね」


 魔道具が高いのかな? 以外に安い気がするな。

 僕はそう思いながらも銀貨七枚をヒュードさんに渡す。


「確かに」

「ヒュードさん、一つ聞いてもいいですか?」

「ん? なんだい」

「ヒュードさんはバリスさんとデリトさん、ハイリさんという名前を聞いたことがありますか?」


 試験で護衛する人の名前を言ってヒュードさんが知っていないか聞いてみた。


「知っているよ。用でもあるの?」

「いえ、商人だと聞いたのでどんな人でどんなものを売っているのかなぁと、思っただけです」


 依頼内容を言うわけにはいかないので商人であることを利用させてもらう。……なんだか罪悪感が。


「そうだなぁ、バリスさん達は三人で商人をしているんだ。優しい、いい人達だと思うよ。僕も何度か商談をしたことがあるんだ。売り物は確か、僕と同じようなものが多かった気がするな。僕と違うのは香辛料等を多く扱っているところだね」

「香辛料ですか!」

「シュン君は食べ物が好きだったね。料理をするのかい?」


 僕がひと月前に言っていたことを覚えていてくれたようだ。


「料理しますよ。この前、教えてくれた宿屋の親父さん、バンドさんと一緒に料理研究をしています」

「ははは、それはよかったよ。教えたかいがあった。バリスさんのところには僕の所の倍以上は置いていると思うよ。お店は僕の店の五件ほど隣になる」

「わかりました。今度行ってみます」


 試験が終わるまではいかない方がいいだろう。素顔を隠すつもりでいるけど、何が起きるかわからないもんね。


「またいるものがあったら買いに来てね」

「はい、そうさせてもらいます。では、失礼します」


 野営セットを買いに来たついでに良いものを手に入れることが出来たな。試験当日までに着て何もないか確かめてみよう。

 それと明日は魔物のことを調べよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ