ガーラン襲撃
キャラの属性に合わせた台詞を考えるのは一苦労です。
特にツンデレとかめんどうくせぇ……と思います。
自分でそういうキャラにしたんですけどね。
後少しでここは終わり、最後の世界戦争編に入るかと思います。
ドゴンッ!
太陽が顔を出すと同時に響いた轟音で飛び起きました。
フィノ姉様からシュン兄様と偽者が戦うと聞いた翌日、つまりあちらも手が離せない重要な日です。
そんな日の朝早くに、学園の正門から何者かが攻めてきました。
窓を開けて確かめれば、一度見たことのある黒い服を着た集団が雪崩込んできてます。
眠気は吹き飛び、逆に血相が変わるほどだったと思います。
すぐに通信するべきかと迷い、まずはレックス達と合流することが優先だと動きました。
杖と剣を持ち、防具は無理なので制服を取り、必要だと思う物は固めて置いていたのが幸いしました。
その後予め準備をしていた学園長先生が緊急避難を呼びかける声が響き、学園にいる生徒は速やかに闘技場まで集合するよう指示が飛びます。
そして、学園の敷地を護る結界が張られ、侵入してきた黒服達――邪神の集団の足を止め、その間に迎撃と防衛の整った闘技場に移動します。
ですが、シュン兄様が言っていた避難訓練をしたことが無く、我先にと移動する始末で、まだ敵は足止めされているというのに怪我人が続出したのです。
レックスと無事合流できましたが移動するのは困難で、まだ半分も入っていないというのに結界の一枚が破れました。
悲鳴が上がり、全体の動きがさらに悪くなりました。
冷静に考えればまだ結界は残っていました。
混乱状態に陥った皆がそれに気付けるわけもなく、僕達が気付けたのも最近冷静さを強く知ることが出来ていたからです。
シュン兄様ならそこに存在するだけで皆に言うことを聞かせる、若しくは迎撃できるはずです。
僕はそう考えてしまいました。
シュン兄様を完全に認めてしまったんです。
そんな自分によく分からないもやもやを強く感じ、逆に心の強さと冷静さを取り戻したんですけど、釈然としません。
此処で僕がしっかりしないとフィノ姉様に子供扱いされる、守られてばかりの僕ではないです! と心を奮い立たせ、王族として皆に命令を下しました。
現在在校生の中に王族は僕以外フィノ姉様しかおらず、この緊急時であるのなら学園の規則も他国の人間であろうと関係ないです。
何故か、脳裏にフィノ姉様ではなく、皆に指導するシュン兄様が浮かんだのが解せません。
本当に解せません……ですけど、今は勇気を貰えたので飲み込んでおきます。
レイアに上空へ爆発を重視した火魔法を、リリに音を増幅させて注意を引き付けるようお願いし、僕は内側からは攻撃できる結界の効果を読み取り、水魔法の津波で敵を退け耳を傾けやすいようにもしました。
あれだけ色々な魔法を一年以上見ていればそれぐらい造作もないです。
何だかんだで僕はしっかり見ているんですね……。
さシュン兄様を完全に認めてしまった後ですから、いつものような反抗心がそれ程芽生えませんでした。
これを何と言えばいいのか分かりませんけど、フィノ姉様との関係は『それはそれ、これはこれ』です。
太陽が完全に顔を出し、大体七時ぐらいです。
襲撃から三十分もすれば黒い煙が上へ何本も道を作っているのが分かり、襲撃は此処だけではなかったと分かります。
それでも被害自体は少ない様で、こちらにも魔法騎士――ガーラン魔法大国が抱える近衛騎士のような存在で、聖国でいう聖騎士――が駆けつけました。
「静かに! こういう時こそ冷静に判断するのが魔法を使う者の必須条件の一つ!」
と、不安と緊張がない交ぜになった僕達生徒に、鎮静効果のある魔法を使い落ち着かせた先生達。
僕も注目させるだけでなく、状況に応じた魔法を使えればよかったです。
この魔法自体難しいのですけど。
「パーティーごとに集まり、リーダーは担任に報告、学園から離れた以外でいない生徒がいる場合、近くの先生に伝えなさい! それが済み次第編制を組むこととする!」
いつにない緊張と有無を言わせない力の籠った声でした。
それだけ状況は切迫しているということです。
僕達は五人全員いて、少し余裕が出ています。
狭まった視野が広がり、数人いない生徒を確認できますけど、僕にはどうすることも出来ません。
無事でいることを願うばかりです。
と、そこにアルさん達が来ました。
「シリウリード! お前達も無事だったんだな」
「良かったぁ……」
「何かあっては面目が立ちませんからね」
「アルさん達も良かったです」
見知った顔を見て全体に落ち着きが出てきます。
知らない生徒も通信の魔道具で知らされ、魔法騎士達が探しに行きます。
幸いまだ結界がどうにか護っているらしく安全圏と言えなくもないです。
囲まれているので追い込まれているともいえますけど、これだけいれば対処できるはずです。
「シリウリード様、ご無事でしたか!」
『無事でしたか!』
そして、スティル達も合流しました。
編制を組むということは僕達も駆り出されるということ。
戦えるか分かりませんが、先のことを考えると経験は必要です。
特に対人戦……人の死というものに、です。
戦力を固めるのは状況的に判断できませんが、最高戦力を魔法騎士や先生達を除けば僕達になるはず。
なら、僕達は固まって善戦で対処するのが良いはずです。
今は護られるべき王族ではなく、前に立って恐怖を打ち消すための王族です!
「こういう時に限ってシュンがいないのは痛いよなぁ……。頼りっきりっていうのも今後に影響しそうだからな」
と、弱ったふうなセリフを吐きますが、気迫のあるアルさん。
ひょっとして……アルさん達は知っている?
でも、そんな重大なこと聞いていません。
「シリウリード様は何か知っておられるのですか?」
「え? 何をですか? いえ、知ってますけど……」
「なら、教えていただけないでしょうか? シュン様達が何かしているのを近くにいる僕達が分からないわけがありません」
そう言われればそうです。
それにこんな状況にもなって隠す意味はないです。
学園長先生もこれを機に全員に敵の話をすることでしょう。
「分かりました。これは国の上層部に留められている重要な話です。そして、今後世界に関わる……いえ、確実に世界を巻き込んだ大きな戦争が起きます」
「世界、戦争……まさか!」
――魔族。
そう、口が動きましたが、僕は横に首を振ります。
もっとたちが悪い相手ですからね。
事情をある程度知りながらもどこかおかしいスティル、そして頼もしくも実力や行動に疑いのあるアルタ。
二人に教えておくべきなのか迷いますが、情報が漏れても今生き延びて退ければ打撃を与えられます。
逃げて死ぬより、戦って勝って生き残る、これが一番に決まっています!
「僕達、シュン兄様が敵対しているのは今までにない強敵。あのシュン兄様でさえ勝てるか分からない相手です」
「は!? そんな奴がいるのかよ! あいつらはその手下ってか?」
「そうね。シュンが勝てないと言われてもよく分からないっていうのが感想ね」
僕だってそうです。
ですが、実際にその力の一端は見てますし、相手を考えれば不思議ではありません。
「その相手は――」
「神、若しくはそれに準ずる者……ってところかな?」
と、最後に取ってつけたようなセリフを言ったのはアルタです。
「こほん、何故そうだと? シリウリード様は国の上層部だけだと仰いっていたが?」
それに疑惑の言葉を投げかけたスティル。
アルタは表情を変えることなくいつもの笑みを浮かべました。
「あのシュンさんが勝てないんだ。SSランクの魔物であろうと単独で討伐する人が。なら、それ以上の敵、即ちランクで測れない幻獣クラス以上となる」
「それでも神様という答えにはならないのではないですか?」
「そうだね。だけど、知性があっても幻獣は魔物だ。それに今回襲ってきたのは人間。そう考えるとそうとしか思いつかなかったんだ」
納得できるような出来ないような感じです。
それでも神という答えが出るんでしょうか?
「まあ、そんなことよりも、シュンさんが敵対している相手というのを教えてくれるかい?」
そうです。
今はこっちを優先しないとです。
「その様子だとマジで神が相手みたいだな」
「はい。神と言っても邪神ですけど」
そう言うと全員が止まり、驚愕しているのが伝わります。
そして、どこかシュン兄様が戦っていると考え納得もしています。
「邪神が本格的に動くのはまだ一年と半年程、少なくとも一年はあります。今回襲撃してきたのは手下、理由としては恐怖を植え付ける前哨戦や序章と言ったところでしょう」
「……なるほど。では、シュン様が今いないのは」
「最後の種族、獣人族達に協力を仰ぎに行っています」
魔族も、と言えばどんな反応をするのか想像もつきません。
こればっかりは僕は言えないので、時期が来るまで黙っていることにします。
シュン兄様に罪はなすり付けていいです。
「手下は邪神の加護を受けていると考えていいと思います。どんな効果があるのか定かではありませんが、強くなっているのは間違いありません」
「それで学園の結界も破られているのですね」
「シュン様もですが、フィノリア様もそのようなことをしていたのですか……」
フィノ姉様達を知っているアルさん達は笑みを浮かべて『らしい』と言っていますが、良く知らないレックス達は――
「よく分からないが倒せばいいんだな? 俺だってシルの親友だからな、ある程度は知っているし分かっているつもりだ」
「そうね。そんな話を聞いて逃げるだなんてできるわけがないわ」
「わ、私も頑張ります! 平民ですけど、私もシル様のパーティーメンバーですから」
と、僕が思っていた以上に頼もしかったです。
そして、スティル達は話し合い、アルタが近づいてきます。
「シル君、連絡はしたのかい?」
よく見ればいつもの服装のアルタの問い。
襲撃があると知っていた? それとも訓練でもしていたのですか?
「いえ、まだです。今日はあちらでも重要な日らしく、一応通信の魔道具を持ってきているのですけど……」
以前文化祭の時に貰ったペンダントを取り出し、フィノ姉様と繋がるよう魔力を込めたのですが……ジジジー、と不快な音が鳴って繋がりません。
「何が起きてるんだ? 誰か通信の魔道具に詳しい奴いたか?」
と、アルさんが顎を撫でながら僕を見つめ、僕も詳しい原理は分からないので、思わず印象深かったアルタを見てしまいました。
スティルもそちらに向き、全員がアルタを見ました。
「ぼ、僕かい? まあ、何度か使ったことがあるし、シュンさんから魔道具について少し聞いたことがある」
「ほう。では、これはどういった現象だと?」
「恐らくだけど、この辺りは妨害を受けているんだろうね。通信の魔道具は魔力を通じて可能とする道具だから、その魔力は繊細で多少の妨害で繋がらなくなるんだと思う」
そう言えばシュン兄様も似たようなことを言っていた気がします。
作るのが難しいというのは、裏を返せば精密で多少の不具合で故障に繋がる、と。
それに妨害については今までほとんど考えた事がないので、何処か抜けているシュン兄様のことですからそこを考慮していない可能性が高いです。
誰も気づかなかったのですから責めることは出来ません。
ですけど、舌打ちしたくなる気分です。
「ってことはシュンと連絡が取れないってことか」
「国全体に、というのは技術的にも燃費面から見ても無理でしょうから、恐らくこの都市だけだと思います」
クラーラさんはシュン兄様から魔道具について教えてもらっていましたっけ。
僕も聞いていればよか……ったです。
そうです! フィノ姉様に聞けばいいのですよ!
僕ながらいいアイデアじゃないですか?
いえいえ、そうなったらシュン兄様もいますか……。
「シル君が何を考えているのか分かるけど、今はどうにかして伝えるべきだろうね」
「ちょ!?」
「伝えるって言っても、伝えて意味があんの? 今獣人族の国に行ってるんだよな?」
くっ、ここには敵しかいないのですか……!
と、そう言えば転移魔法に関しても黙っていました。
もうこうなれば教えるしかないです。
「シュン兄様は転移できますから、通信さえできれば一瞬で来てくれます。薄々気づいてはいたでしょうけど」
「転移か……。ま、今更だな」
皆驚きはない、といった感じです。
転移できなくても飛んで来れますからね。
「それで、先輩達はこれからどうするんっすか?」
「んあ? ああ、俺達は既に前線で戦うことが決まっている。というより、上位者はほとんどそうだろうな」
と、アルさんの言葉にシャルさん達は頷きます。
「そもそも今回の襲撃の目的は何なの?」
「戦争を始める宣言と国力を下げる為では? シュン様もいないことですし」
「そうだけど……う~ん、今やっても相手側も戦力を失うわけじゃない? それにまだ半年もあるのなら国力を下げる為に襲撃するかしら?」
半年もあればあらゆる備えが可能です。
人員を補うのは難しいですけど、兵を募って軽く指導できますし、作戦を練ることも、国同士が連携することも出来ます。
「そうなると……やはり、僕……ですか?」
薄々どころではなく、予感していました。
皆から忠告を受けていたわけですし、その前触れもありましたから。
アルさん達もどこかそう思っていたようで、驚きの声は上がりません。
「シュン兄様を倒すにはSSランクの魔物、若しくはそれに近い存在をぶつけるしかありません。ですが、少しでも頭が回るのであれば身近にいる存在を狙うでしょう」
「フィノを狙わないのは」
「反撃が怖いからね」
「一年程前にフィノリア様に手を出した帝国の皇子を叩きのめしましたからね」
そう言えばそんなこともありました。
シュン兄様はフィノ姉様の守護神ですから。
「なら、俺達と一緒にいた方が良いか……ここに居続けるというのも危ないだろうからな」
「そうね。私達も護れると断言できるわけじゃないけど、固まって動くことに賛成よ」
「俺達も問題ないっす。先輩達と一緒なら心強いっすしね!」
「私の方も問題ありません。まずは学園長先生の話を聞いてからが良さそうですな」
僕達生徒は大きく分けて三つの部隊に分かれました。
一つは非戦闘員の避難誘導や住民の救助をする部隊。
もう一つは学園を防衛し、避難してきた人達を保護する部隊。
この二つは防衛に回る部隊で、一年の大半が占めます。
二年、三年の上級生パーティーと組み、不測の事態の時は信号を上げます。
林間学校の時と同じです。
そして、最後に僕達が所属する主力部隊です。
主な敵は魔法騎士や冒険者が食い止め、僕達がすることは街中にいる敵を見つけ倒すこと。
それが出来次第外に広がり、魔法騎士達の援護に回る作戦です。
突如現れたことから内部に入られているということです。
予め察知していた侵入者は直ちに取り押さえたらしいのですが、何故か一般人だと思っていた人物が暴れ回り、冒険者や魔法騎士の中にも出てくる始末。
魔闘技大会の襲撃を予知できなかった時と似ています。
昨日まで一緒に過ごしていた者が敵に回ったんです。
生徒の中にも出ているようで、僕達は少なくないショックを受けました。
すぐに何かしらの洗脳を受けているのだろうと推測され、僕達に襲ってきた者は敵と認識しなさい、と指示が出されました。
それでも難しい話で、ですから僕達は上級生を含むパーティーで動き対処するんです。
それも全て結界を囲む敵を突破してからです。
合図は学園長先生の魔法で、
「こうなるとシュンに連絡がつかないのは痛いな」
「それにこの都市全体が妨害されているらしい。僕達は先にシュン様に連絡を取るのが先決でしょう」
アルさんとレンさんが指針に従って全速で進みます。
そこに見慣れた二人が現れました。
「シリウリード様、遅くなり申し訳ありません」
強化されたメイド服と執事服を何時も着ているフィノ姉様とシュン兄様の従者、ツェルとフォロンです。
二人には夏休みの間僕の手足となって動いてもらい、主な情報収集をしていました。
「攻めてきているのは正面と南の二方向となります。向かうなら学園のある東を進むのが一番でしょう。ですが、敵が全くいないわけではないのでご注意ください」
「通信に関しては都市の外に出れば繋がるかと。ですが、突破するのは二人では無理でした」
「わかりました。ツェルは僕達と一緒に……いえ、二人には引き続き別行動を取ってもらいます」
「「それは……」」
僕の護衛を務めるよう命令されているので、二人がそれを聞けないのは分かります。
ですが、僕の意見を聞いてから判断してください。
「いえ、確かフォロンはシュン兄様から幻術も習っていたはずですね?」
「はい。……まさか!」
「そのとおりです。フォロンには僕の姿になってもらい、ツェルはその護衛を。違う護衛を付けていれば怪しまれますけど、時間稼ぎにはなります」
僕を狙っているのですから僕のことを知っているはずです。
どれほどの効果が及ぶのか分かりませんが、少なくとも動揺を誘い二手に別れさせることは出来ます。
その数分で十分通信可能です。
「なら、他のパーティーに二人の護衛に付いてもらうのが良いでしょう。流石に二人でというのもきつい所があると思いますので」
「その後は北で合流し、南を背後から挟撃する、というのが良いかしら?」
クラーラさんとシャルさんの提案でほぼ決まりました。
「納得は出来かねますが、悪くない作戦です。ですが、十分気を付けてください」
「もしも何かあれば上空に魔法を。こちらでもシュン様に通信を試みます」
そう言えば二人も通信の魔道具を持っていました。
それなら一つで向かうより二つで行った方が通信できる可能性が高くなります。
妨害できるということは壊すことも出来るかもしれないですし、妨害の道具も持ち運べるかもしれないです。
考えられる最善で行くのが一番です。
学園長先生の極大魔法で学園正面の敵が吹き飛び、同時に僕達は飛び出しました。
その爆風に乗じてフォロンは僕になります。
そして、二方向に分かれ通信第一に外へ向かいました。
「これは急いだ方が良いな」
「戦闘は僕達に任せてください」
アルさんとレンさんが前に出て暴れている黒服を倒し、道をこじ開けてくれます。
側面から来る敵は後ろにいるクラーラさんが察知して、シャルさんやレックス達が対応します。
「邪魔だぁッ!」
「レックス! 動けないようにするだけで良い! 時間の無駄だ!」
「わ、分かったっす!」
僕も魔力を温存しつつ氷魔法や結界魔法で飛んで来る魔法を迎撃します。
ツェルの情報によれば敵は少ないとのことですが、それでもかなりの敵がいます。
戦争というものを見たことがありませんからわからないですけど、これで小規模の戦いなんです。
二年前の大規模魔物侵攻や魔闘技大会。
前者は悲惨なものだったようですけど僕は見ていないですし、魔闘技大会の被害はシュン兄様のおかげでほとんどなかったです。
ですから、僕が眼にする戦い……はっきり言えば殺し合いはこれが初めてです。
「シル君、深く考えたらダメだよ。人と魔物は違うけど、考えるのなら全部が終わってからだ」
「アルタ……わかってます」
「それならいいけど」
そういうアルタは、経験がありそうです。
そう言えばシュン兄様は兎も角、フィノ姉様も経験があると聞きます。
初めてがいつか知りませんけど、少なくとも魔闘技大会の時に経験しています。
「アルタ殿は経験があるようですな。私もありますが、殺した経験はありません」
と、襲ってきた敵の足を切りつけ動けなくしたスティルが隣まできました。
「俺は伯爵家の息子でも長男じゃないからね。伯爵の中でも下級だから、将来のことを考えると冒険者という道もあるんだよ。それに領地内で盗賊の討伐とかは俺の仕事でもあったから」
「ああ、私もありましたな。とはいえ、私は後方で見ていたぐらいですがね」
「僕はないです。魔物の討伐に従軍したことぐらいはありますけど、王国は盗賊が出たらすぐに討伐されますからほとんどいないです」
いないわけではないですけど、シュン兄様の影響で王都付近にはいません。
というより、盗賊になる人は職にあぶれた人や飢饉で暮らせなくなった人が多く、職人が足りない現状盗賊になる人はいません。
飢饉も起きそうにないですし、あるとすれば今後の影響ですけど、それも徐々に噂として流し蓄えるよう指示が出ているはずです。
「それよりも、制服が欲しいですな」
アルタは普段通り、僕は上着で下はシュン兄様特製の寝間着……制服より頑丈かもしれないのは黙っておきます。
それに比べてスティルは夜でも暑いですから薄手の服、その上に普段着る上着を羽織っている状態です。
普通は着替えるんですけど、襲撃があった後では避難が先で、ほとんどの生徒が制服の上着と武器という格好です。
アルさんなんか下着姿で、先ほど敵から服を奪い取ってました。
「シリウリード様、どう思われますか? アルタ殿が早朝訓練をしていると初めて聞いたのですが」
それもそうなんです。
ですが、僕は全員の行動を把握しているわけじゃないですし、そこはプライベートな所もあります。
あの時刻なら誰も知らなくても不思議ではないです。
「あ……」
「何か心当たりが?」
「心当たりというか、僕もアルタが誰かと通信をしているところを目撃したんです」
それから二日後が今日になります。
「この二日というのが準備期間に思えます。もしかすると僕に気付かれたと分かったのかもしれないです」
スティルはチラリとアルタを見て、顎に手を当て考えます。
「……確かに。だとすると今やっていることも作戦の内の可能性が」
「誘き出されている、ということですか?」
「はい、その通りです。内部にいるだけでいろいろと筒抜けですからな。もしかするとこの先に――」
不吉な気配と言葉によって先を見た時、
「よし! あそこを出れば外だ!」
「そうはさせねえよ……。『獄炎』、これで通れないぜ? ガキ共」
大剣を担いだ大男が現れ、北の門を赤黒い炎で塞いでしまいました。
恐怖の炎を体現する入れ墨は大男のぎらついた眼によって燃え上がっているようにも見え、僕達に死というイメージを植え付けました。
そして――
「死ぬ前に軽く自己紹介をしてやろう。俺の名は煉獄、死神の代行者煉獄だぁぁッ! クックック」
皆、その名に慄き凍り付きました。
「れ、煉獄……SSランカーの?」
「んなバカな!? 死んだんじゃなかったのか!?」
「じゃあ、偽者だっていうの!?」
相手の実力を測れるアルさん達だからこそ本物だと分かるんです。
僕達も感じる悍ましい魔力やあの赤黒い炎が普通ではないと分かります。
何より雰囲気に飲まれたのが拙いです。
「いえ、ギルドでは行方不明とされ死亡説流れたと記憶しています」
クラーラさんは震える声で言いました。
「チッ、よりにもよってこっちに来るかよ!」
煉獄は一歩ずつ近づき、その度に僕達の心臓が締め付けられます。
この戦いは避けられないです。
後少しという所で、悪態の一つも付きたくなります。
「本物しろ、偽者にしろ……立ちはだかったのなら倒すしかありません」
「俺達が足止めするからシリウリードは城壁を越えてシュンを呼べ!」
「それしかないみたいね。クラーラ、相手が何者でもシュンより強い人なんていないわ! そんなの神か人外でしょ!」
ひ、酷い言いようですけど、どこか楽になります。
「そ、そうですね。すみません、皆さん」
「おう! 怒ったシュンの方が怖いぜ! クラーラ、援護頼むぞ!」
「はい!」
そんな僕達を見て、煉獄はクツクツと笑い声を上げます。
それは再び僕達に恐怖を植え付けようとし、どうにかシュン兄様より弱いと考え抗います。
「どいつもこいつもシュンシュンと言いやがってなぁ、おい。そいつはそんなに強いのか?」
狂気に孕んだ眼。
僕には人の皮を被った何とやらにしか見えませんでした。
もしかしたらシュン兄様でも――
「ハン! お前じゃ手も足も出ねえよ! レックスも何か言ったれ!」
「は? は、はい! シュ、シュン先輩ならなぁ……はぁ、お前なんて秒殺してくれる! 忘れ去られた裏切者のSSランクが!」
「ああん?」
『ひぃっ!』
…………。
「何挑発しているのよ! 挑発して怯えるとか情けなさすぎるわ! でも、私も貴方がシュンに勝つ所は想像できないわね」
「わ、私も出来ません!」
そう、ですよね。
シュン兄様が負けるわけないです。
はぁ、僕が信用しなくてどうするんですかッ!
それぐらいしてもらわないとフィノ姉様との仲を認められません!
僕はシュン兄様の本当の力を見たことないですし、証明してください!
「そのためにも外に出て呼びます!」
「なら、私もあいつを食い止めましょう! 行くぞ、お前達!」
『おおおお!』
スティルは真っ先に剣を構え、援護を受けながら走りだしました。
「待て! チッ! レン!」
「はい!」
それに続いてアルさんとレンさんが左右から攻撃を仕掛けます。
僕はアルタから距離を取り、レックス達と頷き合って外に向かって駆け出しました。
「クックック、フハハハ! 雑魚共がッ、調子に乗るのも大概にしろッ!」
「ぐはっ! シ、リウリー、ドさま、早く」
突っ込んだスティルは支援を受けながらも大剣で吹き飛ばされ、それでも僕に先を促します。
「ア、アルタ殿……何を、早く……っ! まさか、貴様!」
そこで確信を得て怒りの矛先がアルタに向きました。
「名演技だなぁ! おかげで上手くいきそうだ!」
「なっ!?」
「何驚いている!」
アルさん達も驚愕に動きが止まり、煉獄に叩き潰されます。
その圧倒的な力は正しくSSランク。
何よりアルタが裏切っていたというのが、皆の心に重く圧し掛かります。
僕は無駄には出来ないと歯を食いしばり、先を急ごうと足を速めましたが、
「おっと、貴様に用がある。動けばこいつらの命を頂くぞ?」
「ぐあっ!? な、何をすごふっ!」
「勝手にしゃべるんじゃねえよ! 間違って殺しちまうだろ? クハハ!」
くっ!
やっぱり僕に用があるみたいです。
「通信の魔道具を持っているそうだな? まずはそれを壊せ。近くにいる貴様が代わりにやれ」
信用ならないからな、と煉獄は首からぶら下がっているペンダントを指さし破壊しろと告げます。
これが通信用の魔道具だと伝わっていたみたいです。
僕はアルさん達の命には代えられず、ペンダントを首から外し近くにいる人物――スティルに手渡しました。
「シリウリード様……」
「良いです。アルさん達の命には代えられません。それに……」
まだ北門を行くツェル達がいます。
どの選択が良いのかは僕に判断できません。
ですけど、SSランクが出てきた時点で相手出来るのは学園長先生、クロス魔法王、シュン兄様しかいないのです。
学園長先生は学園の防衛に、クロス魔法王は指揮を取り動けません。
こうなったらどうにか全員が生きられる道を選び、シュン兄様を呼び出すしかないんです。
「分かりました」
「ごめんなさい、皆……」
スティルの手によってペンダントは破壊され、全員が苦い顔になりました。
絶望しかけているんです。
悔やんでもいるんです。
「シル……。こうなったら!」
「まだだ、まだ動くな! 王子様、俺と一緒に来てくれるな?」
「ぐあああああ!」
アルさんが踏み付けられ、その悲鳴に僕は行くと返事をするしかありません。
アルタは剣を握ったまま僕を見つめ、何を思っているんでしょうか。
「大人しくしておけよ? 俺の目的はお前じゃないんでなぁ。そしたら痛めつけないでいてやる」
「皆には手を出さないでください。なら――」
「出しても良いが、大人しくしているというのならいいだろう。雑魚を相手しても疲れるだけだからな!」
そして、僕は攫われました。
こうならないように動いたはずだったのに……フィノ姉様に、シュン兄様に何と言ったら……合わせる顔がありませんッ!
「ここに来る奴に伝えろ! 俺は待っている、となぁ! 遅ければ都市ごと皆殺しだ! クックック、クハハハハハ!」




