林間学校最後の夜
トーナメントが無事に終わった。
いろいろと問題や出来事があったけどね。
アル達は残念ながら優勝できなかったけど、三年の中堅パーティーをぎりぎり倒して、次の試合で優勝候補の生徒会長に負けた。
急造のパーティーじゃないのはお互いさまで、そこは地力の差が出たとしか言いようがない。
三年の意地ってのもあるだろうし。
実力は僅差だけど僕が直接教えていたアル達が勝ってたと思うけど、一年の差は経験として現れた。
特に生徒会長は頭が良いからその僅差の実力では圧倒出来なかったんだ。
上手い具合にレンとクラーラがカバーしてたけど、それさえも逆手にとって、しかもあるから倒すとは思わなかったね。
回復で疲れも出ていたクラーラから行くと思ってたんだけど。
ま、その生徒会長も接戦だったから大分傷付いて、次の試合で負けちゃった。
二つのパーティーは僕が解説として見てたけど、学生としてなら特に言うことはないほどだね。
でも、冒険者やこれからとして考えると、連携の組み方や個々の役割の深さを考えないとだめ。
もっと言えば他人の役割も多少理解していないと連携は取れない。
優勝は三年だった。
優勝の褒美は実技方面の単位と装備品。
装備品は個人に合わせた物を渡すらしく、全員武器を貰うみたいだ。
皆防具は付けてなかったけど、武器は消耗している人がいるからね。
特にトーナメント上位になったパーティーは破損している人もいた。
それは自分達で買い替えるんだけど、学生の内は何度も壊れる人がいるから格安で出来る。
所謂学割ってやつだ。
アル達の装備は僕の方で弄ってるから破損はしない。
変な能力は付けるなって注意されてるから丈夫にしているだけ。
他の出来事となると、昼にシリウリード君達が来たことかな。
やっぱりこうなったって思ったのが昼食のカレー。
シリウリード君はカレーが大好きだからね。
フィノも結構好きなんだけど、シリウリード君はがっつくレベル。
本人は普通にしているみたいだけど、作った側から見ると美味しく食べている様子はよく分かる。
他に甘いものが好きで、チーズの乗ったトマトソース掛けのハンバーグ、シチューも好きだと思う。
まあ、その辺の料理は皆から人気あるんだけどね。
ただ、麻婆豆腐とか辛い物はあまり好きじゃないみたい。
って、この話は関係ない。
僕が話したいのはシリウリード君の友達だっていうアルタ君のこと。
今夕食を一緒に食べてるんだけど、ちょっと前まで指導していたんだ。
昼に一度戦って、トーナメントが終わってからは他の人も入れて直接指導してた。
で、いろいろと聞きたいことがあるみたいでアルタ君と一緒にいるってわけ。
フィノはシリウリード君といるし、リリさん達はアル達と話してる。
「シュン先輩は剣技も凄いですね。それで護身術っていうのですか?」
敬語を使われるのはあれだね。
同じ伯爵なんだから普通に話してほしいけど、アルタ君は伯爵の息子で後輩だから無理って。
少し遊んでるような気もするけど正論だから止めとく。
無理強いは好きじゃないし。
「僕もそう思ったことがあるんだけどね。剣術を教えてくれた人は護身術だって言い張ってた。まあ、魔法を使うことが前提の剣術だから護身術と言って良いのかもね」
「魔法前提の剣術……そう考えるとしっくりきますね。それでも剣術の腕が上なのは変わりません」
「僕は身体強化もしてるからね。格上と何度も戦ったことがあるから経験の差かな」
師匠もだけど、バリアルとの戦闘、SSランクの魔物とかも。
結構骨が折れる物ばかりだった。
その経験も生きてるんだろうね。
「格上ですか。俺も何度か戦ってるんですけど」
「それはアルタ君と戦えば分かるよ。でもね、格上は技術面での格上だったからね。魔法なら勝ってたけど、肉体とかスピードとか力で来られるとどうしても負ける」
「戦っている間に吸収するって感じですか……」
「言ってて難しいけど、僕の場合は死闘と言えたからね。魔法と剣技を組み合わせて降すしかなかったんだ。嫌でも上達するよ」
詳しくはまだ言えないけどね。
「無茶言ってる自覚あるんですね」
「ははは、本当のことだからね。あとはいかに自分が得意なことで相手するかってのが大切だね。僕なら魔法でも技術を活かしたものだ」
「奇術師、でしたよね?」
「うん、恥ずかしいけどね」
ゴーレム軍団や火のドラゴン、雪合戦の時とかも。
種は魔力操作と造形の力なんだけど、分からなかったら人には奇術に見えるらしい。
フィノも最初に見た時は驚いたって言ってたし。
あの時は手加減した流星群も使ったんだっけ?
「シル達は三年と当たって負けちゃったんだね」
「はい、フィノ姉様の弟として不甲斐ないです」
「そんなことないよ。一年で二回勝っちゃうのは凄いと思う。その後も何度か戦ったんでしょ?」
「ほとんど勝てなかったですけど」
「二、三年と比べちゃダメ。一年の中では一番でしょ? シュン君の影響で結構上達してるからね」
「シュン兄様ですか……」
悪いことしたような気がするから睨まないでほしいんだけど。
隣でアルタ君は面白そうに笑ってるし。
「シル君はあんな態度ですが、結構シュンさんのことを分かっていますよ。それもフィノリア様と同じくらい」
「分かってるよ。シリウリード君は僕と少し似てるからね。お姉ちゃんが盗られたようで寂しいんだよ」
「それでシル君がしたいようにさせてるんですか?」
「嫉妬ぐらいはするよ。でも、姉と弟を離す理由にはならないよ。僕はそこまで子供じゃないし、シリウリード君にはもう悲しい思いをさせたくないしね」
家族は裁かれた。
聞いた話ではそこまで仲が良かったわけじゃないみたいだけど、肉親がってのは精神に来るものがあると思う。
前世の家族には何も思う所はないけど、シリウリード君の立場だったら周りからの視線が精神に来るはずだ。
あれの息子だとか、犯罪者の子供とか、今まで手を貸してくれていた人が手のひらを返して嫌味を言う。
それが何よりもきついことだってのは僕もわかってる。
今でも悪意は怖いんだもん。
「嫌ってはいないみたいだからさ。フィノに任せてるってのもあるよ」
「はぁー、大人ですね」
「そこまでのものじゃないよ。結局は嫌われたくないから任せてるわけで、本当に嫌いだったらシリウリード君に何か教えようとはしない。フィノに言われてでも聞きに来てくれるから答えてるって感じ」
ツンデレだからね。
見ていて楽しいのもあるけど、偶にデレッとしてくれるのが良い。
デレッとと言うより、頼りにしてくれるって感じかな。
「だからさ、学園でシリウリード君がしっかり楽しめるか不安だったんだ。僕にはフィノがいたけど、シリウリード君にはいないからね」
「やっぱりシュンさんは凄いですね」
「シリウリード君と仲良くしたいからね。一番はフィノに嫌われたくないからだけど」
「ははは、すみません。言い方が悪いですけど、シュンさんは良いお兄さんしてますね」
「ありがとう、シリウリード君の友達アルタ君」
少し先輩後輩関係とは違うかもしれないけど、こういうやり取りは楽しい。
普段聞けないシリウリード君の様子も聞けたし、アルタ君達には感謝だ。
『そろそろ、最後の行事を行いたいと思います。生徒の皆さんはパーティーごとに集合してください』
っと、最後のお楽しみ行事が始まるみたいだ。
隠してあるから何するのか知らないんだよね。
去年はキャンプファイアーみたいなのをしたって言ってた。
今年は何するんだろうか。
「じゃ、シリウリード君をこれからも頼むよ」
「はい、任せてください。それとまた手合わせ願います」
「いいよ、お安い御用だ」
シリウリード君達と別れた僕達は『ライト』で照らされた広場に集合する。
「これから何するんだろうね。夜中に何かするのはドキドキするよ」
「夜に動いたことはほとんどないからね。雰囲気に暗さも相まってワクワク感があるよ」
なんとなく何するのか想像は付くけど。
見たところ生徒会のメンバーや教師の数が少ないもん。
魔力感知の範囲を広げれば森の中にいるみたいだしさ。
ま、興ざめになるから何も言わないけどさ。
「何するんだろうな! 夜中の冒険か?」
「皆疲れてますし、それはないのではないですか?」
「去年はキャンプファイアーだったし、何するか分からないわよ?」
「ダ、ダンスですか? しっかり踊れるでしょうか」
そう言えばフィノとダンスしたのは数えるぐらいしかない。
折角練習したのに寂しいかも。
「ダンスはあると思うよ。楽器が準備されてたから」
「よく見てたね」
「偶々目に入ったの。あの時は薄暗かったし、シュン君と別れた後だったから」
そうだったのか。
ま、少し緊張するぐらいで、どっちかと言うと楽しみだ。
「でも、ダンスって普通のダンス? こういう時って手を繋いで円になったりとか?」
「去年は思い思いって感じだったな」
「火を囲んで踊ってました」
「貴族は困惑してましたけど、平民はそういうのに慣れてますからね」
「街の踊りとかあるものね」
聞くだけで楽しかったのが分かる。
「さて、何をするのか楽しみだね」
『うん(はい)!』
『静かに。……この三日間よく頑張った。まずは誰一人欠けることなく終えられたことを労いたい。よく頑張った』
ノール学園長がいつもと違う口調で話してる。
威厳の様な物を感じるよ。
『明日の朝はこちらで用意する食事を食堂で食べてもらう予定だ。苦労した所もあるだろうが、この三日間を噛み締めて騒いでほしい』
「よっしゃー!」
「やった、やった、やったぁ!」
「普通の食事が食べられる!」
「乗り切ったんだな俺達……。頑張った俺!」
涙して喜ぶほど辛かったんだろう。
中には隣の者と抱き合って泣き崩れる人もいる。
よく見れば貴族が多いね。
『この三日間は苦しかっただけかね? 普段できないこと、上級生からの指導、生きる術……様々なことを経験できたと思う。そんなもの役に立たない、と切り捨てるより、どんなものでも吸収する、という意欲を持って学生時代を歩んでほしい。大人になれば素直になれなくなるからね』
また静かになる。
ノール学園長もいろいろと考えてたんだね。
『それに学園は他国の子供達もいる通常あり得ない触れ合いの場だ。お互いの意見を交換し、利益を生み、未来のために動く。そのためにはいろいろな知識や力が必要となる。人脈を作るのならこの学園は最適と言えるだろう』
むむ?
『未来がどう動くと誰もわかることじゃない。明日世界が終わるかもしれない。魔物が攻めて来るかもしれない。戦争が起きるかもしれない』
やっぱりあのことについて話してるよね。
皆薄々気づいてるだろうし、既に王国と帝国と魔法大国が手を組み、他種族が集まりつつあるのは周知の事実だ。
今の内に軽く教えておくって感じ?
『なら、君達はどう動くべきなのか。今の内に情報を交換しておく? 少しでも抗うために強くなる? それともこの林間学校で行ったように連携する? どれも間違っていないことだ』
さて、それを聞いたらどう皆が動くか。
暴動と言うか騒がないのは確実だと思う。
今までがそうだったし、義父さん達から情報も貰ってるしさ。
『難しいことを言ったが、私が言いたいのはこの三日間を通して学んだことを活かしてほしい、ただ一つだけだ。明日何が起きようが周りを信じ、逆に豊かになるのであれば手を組みより良い物を築く。この先どうなるか誰もわからない。君達には幸せになる未来を築いてほしい』
争い、と言うより戦争の無い、人が死ににくい未来にするってことだね。
「そんな未来は絵空事。でも、そんな世界に近い所から来た僕からするとそうなってほしいと思うよ」
「人の思いの数だけ争いはあるんだもんね。誰かが権力を望めばそうなっちゃうんだもん」
「僕とフィノは興味がないからね」
貴族制度があるとどうしても争いが出来ると思う。
でも、僕はそれを失くそうとは思えない。
政治に加われない、分からない僕じゃ言うだけダメなんだ。
責任も取れないしね。
ただ、この持った力を使って世界を救えるかもしれないし、戦争を止められるし、国同士を仲良く出来て、何よりフィノを護れる。
「そのためなら多少は無茶するよ」
『と、言ったものの……結局は学園生活を楽しくしてほしいだけだね。誰かが言ったんだけど、学園生活は青春、確かにそうだ。ここは権力の利かない場なのだから、自分を曝け出して思い思いに過ごしていい思い出を作ってほしい』
それ僕が言った……ような気もするような。
でも、青春を謳歌するってのはいい思い出になる。
出来なかったことだしね。
『ってなことでぇ……今から【忍び寄る恐怖! 真夏のドキッ!? ドキドキ肝試し林間学校】を開催する!』
『……?』
『開催する!』
『お、おおおおおお!』
無理矢理じゃん!
ってか、今までのシリアス感は何?
さっきまでの話が嘘っぱちに聞こえるけど、どっちも本心なんだろうね。
こっちの方が楽しみなんだろうけどさ。
「肝試し?」
「フィノには言ったことなかったっけ?」
「うん、多分聞いてないと思う」
祭りの話とかだけだったんだ。
ま、僕も肝試しはしたことないから想像になるんだけど。
「肝試しってのは、所謂人が恐れる所に行って度胸を試す、ってな企画だね。道中にはお化けとか、仕掛けとか置いてね、脅かす役もいるってこと」
「何か面白そうだね。お化けってゴーストとかレイスのことだよね? スケルトンとかも?」
「ま、そうだね。でも、魔物と違って怖い所があるはずだよ。ありきたりな所だといきなり出てきたり、冷たい物が頬にあたったり、変な音が聞こえたりね」
「こ、怖い? でも、シュン君がいれば……」
「絶対護るよ。それに驚く方がすっきりするし、可愛いよ」
僕も勿論怖いけど、フィノがいればね。
クジでパートナーを決めるとか有り得ないし、パーティーごとに集まる理由もないよね。
「ああー、あそこだけ何か違くね? ピンクだわ」
「いつものことでしょ。それに安心じゃない」
「肝試し、確かに試されますね」
「わ、私は……!」
「クラーラ、落ち着いて。一人で行くわけじゃないからさ」
クラーラはレンに任せよう。
アル達は……大丈夫じゃないかな、うん。
『ルールは魔法関連を使わないこと。それは魔力感知も全部含める。光を灯すくらいは許可するけど。ま、使ったら面白くないからだけどね。魔物に関してはこっちで対処する。この三日間で駆逐したようなものだから大丈夫だと思うけど』
そのための自活でもあったわけだ。
『ルートは片側にロープがあるからそれを伝っていくこと。迷子とか緊急事態が起きた時は上空に魔法を放ってくれたらいい。あと、怖かったからと言って壊さないように。逆に後列の者をまったりしないように。仕掛けている側を脅かしたりするのは良いけど』
普通に進みなさいってことね。
これも一つの青春の場ってやつで、学園ならではの行事でもあるね。
『ゴールには林間学校終了のご褒美引換券がある。それを持って帰ってきたパーティーには明日の朝食にデザートを付けよう!』
『おおおおおおおおおおお!』
『順番は一年から。恐怖に叫ぶも良し、走り抜けるも良し、男の子は頼もしさを見せる時、女の子は悲鳴を上げて抱き着くチャンス! 自分を曝け出し思う存分恐怖に震えてくれたまえ! 私は……森から聞こえてくる君達の悲鳴を楽しみにしている!』
さ、最低だ……!
人の不幸は、ではなく、人の恐怖は糖の味と言ったところかな?
蜜でも変わらないけどさ。
「私を護ってね、シュン君」
「うん。行こっか、フィノ」
手を繋いでれば結城百倍!
ノール学園長が何を企んでいても悲鳴なんて上げないよ。
でも、フィノが抱き着いたり悲鳴を上げてくれるのは良いかも……。
いやいや、僕は何を言ってるんだ!
それだと今のノール学園長と同じだ。
「そんなこと想像してないで行くよ。シュン君は分かりやすいんだから」
「ぐっ……」
一年の全パーティーが森の中に入った。
意気揚々と入るところ、怯えながら入るところ、気丈に笑いながら足が震えている所とかあった。
それを見て僕達上級生は笑い、恐怖を増幅させる。
時折聞こえる悲鳴が何とも言えず、夜中の森の中から不思議と鳥の羽搏きが聞こえるのが何とも言えない。
「ぜ、ぜんっぜん怖くないよな! ここ、こんな遊び企画、に、怯えるわけがない!」
「そ、そそそうよね! 私達が『キャアアアアア!』……ひょっ! ひょわふはひふぁ!」
何言ってるか分かんないし。
「やっぱりこうなりましたね」
「うん、僕も思ってました。シュン様達は知らないかもしれませんが、あのお二人は去年の林間学校でもあんな感じだったので」
「去年はまだ良い方でした。寝ている時に起こされたり、くっ付かれたりですね」
それってトイレのこと?
そう言えばアルはそわそわしていた気がする。
トイレにも何度も行ってたような。
「そろそろ出番だよ」
「皆、行こう」
フィノと手を繋ぎ、ぼんやりと照らされた入口へ向かった。
僕が思うに、明かりが無くなるまでは何もないはず。
ついでに言えば待機中の皆の声が届かなくなるまではね。
「ど、どどど、どうしてうぃきれるだぅぁ!?」
だからさ、ちゃんと喋ってよ。
「だって、そうじゃないと脅かし甲斐がないでしょ」
「悲鳴の場所からもう少し先でもあるよね」
「うん、それも理由の一つだね」
意外にフィノは変わらない。
いや、迷宮とかでもそこまでじゃなかったから意外じゃないか。
あのアンデットの監獄エリアとか僕も怖かったし、比べたら遊びの範疇だね。
「で、でででも!」
続きは怖くて出ないんだね。
「確かに同じ場所で出るとは思えないですね」
「学園長先生が考えているみたいですから、シュン様がいる時点でって思いますし」
『……』
死んだ?
「死んでないって。でも、本物のアンデットが出たりするよりは怖くないと思う」
「あれは本当に怖い。こうやって明かりがあるのにぼんやりとしてて、それがふと消えたりするんだ」
『っ……!?』
声にならない悲鳴だね。
二人で強く手を握るのは良いけど、血とか出さないでよ。
二人のことだからそれ見て怯えそうだもん。
「あの時は天井からスライムが落ちてきたんだよね」
「溶かすスライムね。臭いもきつかったし、壊れた牢屋からゾンビとかヴァンパイアが飛び出してくるんだよ」
「そ、それは怖いですね。アンデットは生命力を感知すると聞きますから、全体を注意しないといけません」
「こ、怖いですよ~! 地面とかから――」
『ギャアアア! お、おぼぼぼぼぼッ(脅かさないで)!』
ツッコむ気にもならない。
見ていて何だか、ね。
「クラーラはそんなに怖くないの?」
「え? はい、怖いですけど、お二人を見ていると何故か落ち着きますから。フィノ様はシュン様がいるから大丈夫なのですか?」
「私? う~ん、それもあるけどこういうのは大丈夫、かな? 好きではないけど、説明しにくい」
お化け屋敷とか女の子入りたがるよね。
何故かはよく分からないけどさ。
「ジュ、ジュン~……!」
ジュンって誰だよ。
「気休めにもならないけど、怖いと思うから怖いんだ。で、怖い時は目を瞑ったり、話してた方が楽だと思うけど」
「は、話す? 怖い事?」
「怖いこと話すの? 例えば……僕達の後ろにゾンビがいるとか?」
『……ぉぉおおおおおん!』
丁度重なる不気味な声が聞こえ、皆油差しの悪い機械の如く首を後ろへ向ける。
『ニ、ニグ……ニグ、グイダイ』
そこには多分幻術とメイクで変装したゾンビがいた。
作り物と分かるボロの服を着て、爛れたような腕を上げ足取りが悪そうに向かって来る。
結構怖くて、その手作り感が余計に本物に見える。
「ひゃ――」
『ぎゃああああああああああ!』
「ちょ! 全く……『バインド』」
『ぎゃああああああああああ! 食われるぅぅぅぅっ!』
食われないから。
「シュン君は非道だね」
「え?」
「逃げる方もだけど、あんな捕まえ方したら怖いと思うけど」
「……後で謝っておくよ」
「でも、楽しいね」
流石にそれは気付かなかった。
悪い事しちゃったよ。
フィノはいつもの様子だ。
「クラーラ、大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です、レン君」
「二人の悲鳴で落ち着いた?」
「はい、不発になっちゃいました。よく見れば作り物ですし、何とも言えません」
「ははは、僕もだよ」
二人はいい感じになってきたんじゃないかな?
このまま僕とフィノも……。
「ん?」
「このままが良いの」
「歩き難いけど、安心感があるから良いね」
「もう、シュン君ったら」
ちょっと意地悪言った。
本当は嬉しい。
怖い場所でフィノとくっ付くのはまた違った趣があってね。
『ぐっ、えっぐ……リア充共め……!』
……ゾンビを撃退した。
「早く二人を落ち着かせて先に行きませんか? そろそろ後続が来ると思います」
「あ、そうだね。失神しないってのはまた面倒だ」
「そんなこと言っちゃダメ、っていうんだろうけど、確かに失神してくれた方が楽かも」
「私も失礼ながら思いました」
『ぎゃああああああああああああああ!』
だって、煩いし、時間がかかるし、一々拘束するのもね。
二人で行ったら何をしでかすか分からないし。
『カチカチガクガク(ブルルルルルル)!』
「シュン様は先ほどのゾンビに気付いてらしたのですか?」
クラーラは二人のおかげで、少し怖いぐらいになったみたい。
レンと仲良さそうに手を繋ぎ、二人を無視して聞いてくる。
てか、二人の顔の方が怖い。
「さっきのは気付いてたっていうより、最初に来るなら背後かなって思ってたんだ」
「どうして? 前からの方が怖い気も……ってそういうことね」
「そ。前からだと後ろに逃げちゃうからね。最初に後ろからいきなり肩に手でも置かれたら前に走るでしょ?」
「そういうことですか。勉強になります」
後は分岐点とか作って、間違った道に進むと前から来るとかね。
で、帰ってきたら逆方向に進むようロープが付け替えてあったり。
だから後続が一緒にならないようにされてある。
もし後続が近づいて明かりが見えたらそれも怖かったりね。
「悪辣すぎると思うけど、ノール学園長ならしそうだね」
そういうことだ。
『ゴアアアアア!』
「きゃ――」
「だい――」
『ぎゃあああああああああ!』
『……はぁ』
二人が溜め息吐いちゃったよ。
折角いいムード? だったのに。
僕達も思わずジト目を向けちゃうほど。
しかも――
「二人で抱き合えばいいと思います」
「全くだよ。良い感じだったのに」
それが余計に深い溜め息になってた。
二人は幼馴染だし、結構一緒にいるからそうだと思ってたんだけど、二人のせいで……。
「……抱き合う」
「何か言った?」
「ううん、次行こうって言っただけだよ」
「あ、シュン様の言ったとおり分岐点です」
おお、当たった。
何か嬉しい気もする?
「シュ、シュンよぉ~……」
「ど、どっち……?」
聞かれても困るんだけど。
「魔力感知は使ってないのですね」
「うん、使ってないよ。気配だけはどうしても読んじゃうけどね」
「あ、私はこっちに行きたい」
ん?
何か企んでない?
さっきの所から一言も喋ってなかったし。
「ま、どっちに行っても同じなんだし行こうか」
「……やった」
絶対何か企んでる。
「「正解であってくれよ~……」」
多分、それ無理。
暫く歩くと、何やらとっても静かになってきた。
「出てくるよ……多分」
「「多分って何!?」」
悲痛な叫びか。
まあ、僕も少し怖くなってきた。
何もないってのはそれだけで恐怖を駆り立てるから。
何時までも何もないと怖いんだよね。
フィノもどこか怖そうに僕の腕にくっ付いている。
「「ぎゃああああああ!」」
『な、何!?』
本当に、こっちの二人の方が怖いんだけど。
いきなり大声で叫ばれると心臓に悪いよ。
「あ、ああああ、あ……こ」
「あそこって……おお! 何か光ってるね」
二人の感知……霊感とでも言うのかな?
幽霊じゃないけど、僕達が気付かない内に気付くとかすごい。
「ち、近づいてきます!」
『ぅ、ぉぉおおおおぉおおぉぉぉん!』
「アンデットの大群!」
思わず逃げようとすると……
「きゃあああああー! シュン君、怖いよぅ!」
「……」
「怖いよぅ! 助けて、シュン君!」
「そ、そうだね。安心してフィノ」
こ、これがしたかったのか……!
暗くてわかり難いけど、絶対に今喜んでる!
何故かって?
僕の腕に抱き付いてスリスリしてるし、声が妙に喜んでて棒読みだった。
しかもこれを待っていたかのようなタイミングだった。
ま、嬉しいからいいけどね。
変な雰囲気になって歩いて帰ると、看板があった。
残念と言う文字と曲がれって文字。
「よくあっちが出るってわかったね」
「乙女の勘だよ。と言っても探索した地形でこっちがゴールだと思ってたもん」
「地形から想像したのか」
何と手の込んだ計画だろうか。
まあ、僕としても戸惑ったけど、あれはいいものだった。
「かなりグダグダでしたが、これはこれで楽しかったです」
「おれたいは……むい」
「かえったら、きなきゃ」
「……そうですね。帰ったらお風呂に行きましょう」
あ、そういうことね。
アルも帰ったらお風呂に行こうか。
綺麗に洗わないとね。
「僕達は何も見てない、聞いてない、覚えてない。ね、フィノ、レン」
「うん、私も何も見てない」
「はい」
意識しちゃうと臭いが気になるけど、魔法で綺麗にするのもね。
それにしても二人がここまで怖い物が無理だったとは。
アンデットは大丈夫なのかな?
「そろそろゴールだから急いで向かおうか」
『うん(あい)』
その後いろいろなトラップが仕掛けられ、やっぱり二人が先に察知して悲鳴を上げるから、僕達はさほど怖い思いはしなかった。
怖いというより驚いたのは仕掛けとは関係のない鳥が飛んできたり、鳴き声を上げたり、石に躓いたりってことだった。
ま、結構楽しかったし、フィノとのやり取りもあって、良い経験だったかな。
あれからフィノと少し二人でぶらぶらしてね。
三年も終わった後は月が昇り終えるまでキャンプファイアーだった。
炎の周りを二人で踊って、僕は火を纏うように動かしてフィノと幻想のような時間を過ごした。
それを見て炎を教師が造形魔法で操作したり、祭りのような気分だったよ。
因みに、シリウリード君は思った通り怖い物が駄目だったみたい。
二人ほどじゃないけど、僕達がゴールする前に飛び込んできたからね。
僕にも抱き着いてきたから驚いたけど、二人で慰めればすぐに顔を赤くしてフィノの後ろに隠れたよ。
やっぱりシルリード君はこうでなくちゃね。
夜は僕の傍に着て「い、いいい、一緒に寝ても、良いですよ?」って、僕が怖いならって定型文を付けて来てくれたんだ。
おかしくて、嬉しくて、最後の日ぐらい良いかなって一緒に寝たね。
アルのことはレンに任せて、僕は眠りに入った義弟が服を掴んでくるのが妙にうれしくて頭を撫でながら眠ったよ。
今度レンには何か奢って上げよう。
クラーラにも必要かも。
そして、翌日。
豪華な朝食を頂き、少し休んだあと学園へ向かって帰路についた。
その後二日の休日があって、夏休みがすぐにやって来る。
今回の夏休みは獣人族の集落まで行く予定だ。
ガノン曰く、何やら変な噂があるらしく、危なくはないけど用心が必要だという。
何でも、シロのことを崇めているとか、本物を見たとか、あちらでも混乱があるようだ。
フィノに誤解されないようしっかり言い訳、もとい説明をしたけど、フィノとずっといたから心配してないと言われて逆に怒られた。
なんで?
でも、隠していたことが裏目に出るとは思わなかった。
逆に思えばこれは良い事なのかもしれない。
政治的な駆け引きは義兄さん達に任せるとして、僕はその噂の真実を確かめ、獣人族と仲良くできるよう努めよう。
噂がどうであれ、本物のシロが行くんだからどうにでもなるよね。




