天賦の少年①
文久三年、中山道。普段は物静かなこの街道をこの日は幾多の浪人たちが一路京へ向けて歩みを進めている。出身も歳も服装すらもバラバラなこの集団。
その集団の中に一際目立つ男、名を芹沢鴨。水戸藩の出身で、その名は浪士たちの間にも広まっており既に彼を慕う数人の集団が彼のまわりに集まっていた。その塊の少し後方、この集団とは似付かない幼顔の少年が大きな刀と荷物をもって駆け足でそのあとを追っている。
「先生っ、ちょっと早いですよ。」
そう声を出しながら芹沢のあとを追う少年。
「誠、早くせんか。置いて行くぞ。」
「そんなこと言っても、先生と僕では歩幅か違うんですから」
文句を言いながらも芹沢のあとを必死で追う少年、その名を雪村誠。芹沢鴨に小姓として仕える。芹沢の水戸時代からの部下であり数少ない芹沢の理解者でもある。
そもそも浪士組は、江戸幕府将軍・徳川家茂の上洛に合わせて、将軍警護のために作られた組織で、江戸市中にいる過激な尊王攘夷派浪士達がこぞって参加したためこの集団の中には、一癖も二癖もあるつわもの達が溢れかえっていた。
―――京都。
それは、古より栄えた日本の中心都市。江戸に幕府がひらかれ政治の中心が関東に移ってもなお、帝すなわち天皇のお膝元として栄え昨今過激な浪士が多く出入りしている街。
京都・八木邸
京についてから、誠は芹沢らと共に壬生村の八木邸を宿舎とした。
「先生、お茶が入りました。」
毎日決まった時間に芹沢にお茶を出すのが誠の水戸時代からの日課であり、それは京に来ても変わる事はなかった。
「先生、昨日は寝ていらっしゃらないのですか?」
芹沢の眼の下にうっすら浮かぶくまを見て心配そうな表情を浮かべる。
「ん?あぁ、気にすることはない文を書いていただけだ。」
「そうですか?それならいいですが、くれぐれもお体には気をつけてくださいね。」
昔から何かと自分の体よりも政務を優先する芹沢に心配の言葉を発する
「第一、先生はもう少しご自分の身体をお大事にするべきなんです…」
「あぁ、分かった。分かったからそう怒るな誠。」
怒った表情で彼是とお説教口調で繰り出される誠の言葉に苦笑いをして制する芹沢、その表情からは普段感じられる威圧感は感じられず未だにふくれっ面をしている誠の頭を軽く撫で「墨が切れたのだか、新しいのを用意してくれるか?」と注文をする。
「でわ、墨を買ってきますから。先生はそれまで寝ていてください。」
と、ふくれっ面のまま部屋を出て行く誠。その姿に芹沢はやれやれとため息をくのであった。