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彼方への手荷物  作者: 涼詩悠生
第一章 めんどくさい
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第7話

「ばーか」


髪をくしゃくしゃになるほど頭をなでる。


「お前のせいじゃないよ」


そう言った少年はもう元には戻れない。

綺麗な黒い髪も、碧い瞳も。

もう戻らない。





「うわ、何それ。かなり痛そうなんですけど。あの実技ってそんなひどい怪我するもんなの?」

「……指導通りにしてればここまではならないと思う」


身体中包帯だらけのシャルは疲れた顔をして言った。

ルイは同じように包帯を巻いて土下座をしている人を一瞥して、シャルの手元を見る。

綺麗な便箋になにやら書かれている。


「誰にお手紙?」


土下座している人がびくっとする。

シャルはそれに目もくれず書く。


「……実家と隣の人」


ふーん……とルイは自分のノートに視線を戻す。

調べ物も進んでノートが埋まってきてちょっとうれしい。

もうちょっと頑張ればとりあえず必要な分は揃う、といったところだ。


「……あのぉ……そろそろ無視しないでほしいんですけどぉ……」


土下座をしていたエドガーは、おずおずと顔を上げたところをシャルはにらみつけたので何とも情けない顔をしている。


「だってさー俺の言い分も聞いてくれよ。俺本当に毎日シャルの部屋行ってたんだぞ。それなのに毎日毎日いないしさー。何も聞いてないし心配するじゃんかやっぱ。それなのに女の子とふたりっきりでお弁当持参でお勉強とか、爆発しろ!!って感じになるじゃないか!」


それを聞いてシャルは鞄の中から15センチ四方の箱を取り出す。


「……ルイ」

「んー?」


ルイは調べ物の続きをしながら返事をする。


「今日はこんな状態だから凝ったもの作れなかったんだけど」


ちらっ


「生チョコにしてみた」

「あ、いいね。おいしそー」


ちらちらとエドガーの視線が箱に移動しているのがわかる。


「……全部食べていいよ」

「俺にもよこせーーーーーーー!!!」


エドガーが箱に飛びついて中身を貪る。

ルイは驚いて固まり、シャルはため息をついて頬杖をついて言った。


「……毎日俺の部屋にきた理由は?」

「飯をもらいに決まってるだろ!」

「寮の食堂あるだろ」

「帰るのが遅くて閉まってたんだよ!食堂の飯よりシャルの飯のがうまいし!」

「エドガーさーん、本音出てますよ~。ダダ漏れしてます。みっともないです」


シャルは鞄から別の箱を取り出す。

今度は20センチ四方で高さが15センチほどのお弁当箱だ。

蓋をあけると、様々な具が挟まっているサンドイッチやウインナー、卵焼きが入っていた。


「それももら」

「親愛なるセフィ姉。私が故郷を離れて一年を過ぎました。いかがお過ごしですか?皆さん元気にしているでしょうか」


弁当箱ごとかっさらおうとしたエドガーの動きがピタッと止まる。

錆びたぜんまい仕掛けのおもちゃのような首の動きをしてシャルを見る。

シャルは先ほどまで書いていた手紙を読んでいた。


「私もエドガーも元気です。エドガーは一級魔法士になってから、ほぼ毎日のように私の部屋を夜遅く訪ねてきては食事をしていきます。そしてその日に会った女性の話をしてきては、『うちの姉たちとはやっぱり違う』と言ってきます」

「ぎゃああああああああああああああ」


エドガーは耳をふさぐ。


「やだ、エドガーさん。ふっけつぅ」

「否!健康男子ならば至って普通!」

「えーーーー。とっかえひっかえの男とかやだー」

「とっかえひっかえではない!お茶して、お話しして、少し休憩するだけだ!やましいことなど一つもない!」

「口調変わってるとこからしてあっやしぃー」


ルイはからかいながらも卵焼きを一つつまむ。

うん、やっぱり美味しい。


「先日は女生徒の制服を着ていたせいか、男子生徒に校舎裏に呼び出されてました。心配だったので様子を見に行ったところ、ズボンが半脱げの男子生徒が泣いて走って行くところでした。何があったのかはわかりません」

「そういう趣味まで……」

「誤解だあああああああああああああああああ」


今度はサンドイッチを食べる。

取ったのはレタスとトマトが入ったもので、絶妙な塩味がいい感じだ。

エドガーは耳を塞いで上半身を揺らしている。

そんなコトをしても暴露されなかったことにはならないのだが、少しの間の現実逃避くらいはさせてあげよう、と放置することにした。

ルイは次にたまごサンドを食べようと手を伸ばして、そういえば、とエドガーに向き直る。


「エドガーさんエドガーさん、こんなところで油売ってていいんです?」


何とも情けない一級魔法士は半泣きになりながら、意味が分からないといった風にルイを見た。


「あれ?掲示板見てないんです?」

「俺医務室からここにちょーダッシュできたもん」


もんって、もんって……

ルイは一級魔法士に対する憧れとか尊敬とかが、ガラガラと崩れていくのを感じた。


「……学園長から呼び出しされてるぞ」


シャルは読み上げた便箋を封筒にしまって封をする。


「え、うそ、いつ?」

「夕刻ですよ。寮の食堂が閉まるまでに来なさいって」


…………

……


「……ち、ち、ち、ちなみに聞くけど、い、い、今何時?」


エドガーは何かに恐れるように震えながら言った。


「8時前ですよ。そろそろ食堂閉まっちゃう時間です」

「だあああああああああああ!さっさと言ええええええええ!!!!」


叫びながらエドガーは部屋から走り去って行った。


「なんなんだろう……」


ルイは呆然と見送りながらつぶやいた。

手紙に宛名を書いて切手を貼りながらシャルは答える。


「……怖いんだと思う」

「あんなに優しい先生なのに?」


それには答えられず、困ったような顔をする。

ルイは不思議に思いながら、ふとシャルの手元の手紙を見る。


「それ、どうするの?」

「……送る」

「え、さっきの読んでたやつだよね」


当然と言わんばかりにうなずく。


「……送っちゃうんだ……」


少しだけ、エドガーに同情した。


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