第二話
「あなたたちを呼んだのは他でもありません。図書塔でのことです」
腰あたりまである金色のソバージュの髪を束ねた女性は書類にペンを走らせながら顔を上げずに言った。
大きく立派なデスクにはファイルが何冊か立てられており、その隣には「学園長」とプレートが置かれていた。
シャルと女子生徒はその前に立っていた。
その部屋は広く、一方の壁には本がびっしりと詰まった本棚や歴代の学園長の絵が、もう一方にはどこかの景色がでかでかと描かれた絵が金の額縁に入って飾られていた。
絨毯は赤を基調にしたもので色とりどりの糸で紋様が描かれ、豪華な応接セットまで置かれている。
「まず、ルイ・ミドルイア。この学校には魔法の実験ができる施設があるのは知っていて?」
「……はい」
ルイは少しうなだれ、力なく返事をした。
「生徒の魔法使用はその施設の使用許可をとりその施設で行うこと、という決まりがあることはご存知?」
「はい……」
「よろしい。それではルイ・ミドルイア。何故図書塔で魔法陣を発動させたのか、わたくしにも説明してくださいな」
学園長は顔を上げ、切れ長の眼をルイに向けた。
その視線の強さにルイは身体を強張らせた。
「わたくしは理由が知りたいのであって叱ろうとか処罰しようなんて考えていませんよ」
にっこりと優しく微笑む。
ルイは戸惑って、少し考えて口を開けた。
「ホーリーガーデンフェスでやる出し物なんですけど、小さいサイズならだれにもバレずに音も小さくて済むかな、と思ったんです……」
「それが思ったよりも大きくなってしまった……というわけね?」
「……はい……申し訳ありません」
「お説教は他の先生方にいやというほどされたでしょうし、今更わたくしから特別になにかとかはありません。ですが、そうですね。フェスでの出し物をきちんと完成させて成功させなさい。フェスに来た方々があっと驚いて楽しい気持ちにさせること。それを今回の件でのわたくしからの課題、としましょうか」
そして視線をシャルに向ける。
「お手伝いしてさしあげなさいね」
「……めん」
「めんどくさいなんて言っていたら何もできなくてよ」
問答無用、とばかりににっこりと笑う。
……め
「考えるのもなしです」
今度はシャルがうなだれた。
「あ、ありがとうございます!頑張ります!」
ルイに視線を戻して学園長は楽しそうに笑った。
「ルイ・ミドルイア、もう下がっていいわ。シャルと仲良く励んでくださいね」
「はい!失礼します!」
シャルはルイの後ろについて下がろうと足を動かした。
「あなたは残りなさい」
扉が閉まる音が響く。
「最近真面目にやっていると聞いています。それはうれしく思います」
先ほどのにこやかさとは打って変わり、射るような視線をシャルは受ける。
「ブロッサリアを使ったそうね」
シャルは答えない。
ただ視線を返すのみ。
「それほど緊急事態だったわけでも、ソレを使わなければどうしようもない事態ではなかったはずです。何故使ったの?」
返事はない。
学園長は苛立ち、声を荒げた。
「答えなさい!シャル・ランド!」
はぁ、と一つため息をつき口を開く。
「煩かったし面倒だったから」
視線を外さず、ただ淡々と答えた。
「媒介を使うなら長々と呪文を唱えないといけない。風壁はともかく、どう構築されてるのかわからない魔法陣を止めるには近づいて分解して式を解いて相反する魔法を唱えないとできない。バンバンうるさいと集中して分解、逆法もできない。だから手っ取り早く一時的にでも停止させるのに使った。こんなわかりきったこと聞くために呼んだのか?エトラ」
その一言が我慢の糸をブチンと切った。
「ええ、そうよ!そんなわかりきったことのために呼びました。それを使っていけば最終的にどうなるか、わかっていてそういう事をするの?いつも、いつも、いつもそう!わたくしの話なんてこれっぽっちも聞きやしない!そんなんじゃ」
「ばーさんに顔向けできないって?」
シャルは先代学園長の絵の前に立った。
シュデルテ・ランド
「別に俺はあれから悲観も絶望もしていない。だから別に囲ってくれなくてもよかったんだ」
シャルは視線をエトラに向けた。
「言われなくも無暗に使ったりしない」
ねぇ、エトラ。
ホーリーガーデンのことは知ってるかしら?
私の後を任されるのだからよく聞いて、そしてよく考えておいて。
第一回フェス出し物研究会
大きな垂れ幕にそう書かれた文字をみてシャルはげんなりした。
学園長室を出て寮に帰ろうとした時、ルイに捕まり引きずられて来たのは実験室だった。
「学園長先生に言われたでしょ?早速聞きたいことがあって!」
そして目の前の机に紙を広げる。
描かれているのは図書塔で暴走した魔法陣。
「発動させるのが楽なジクハイムの発芽法則を基礎にして組んでみたんだけど、どうにもうまくいかないの」
シャルは一つ大きなため息をつく。
好奇心で分解とかするんじゃなかった、と心底後悔した。
「……まず何をしたいのか聞いてない」
「今度のホーリーガーデンフェスで」
「そうじゃなくて。この魔法陣で何をしたいのか聞かないと何も答えられない」
「あーそっかー。ちょっと待ってねー。えーっと確かこの辺に入れてあるはずなんだけどー」
ルイは鞄の中をがさごそと漁る。
これでもない、あれでもない、と探すこと数分。
「あったああああああああ」
そうして出てきたのはちょっとくしゃくしゃになった『企画書』と書かれた一枚の紙。
シャルは紙を持ったまま硬直した。
そこに書かれているのは『ルイがやりたいこと』と題されたことの数々で、どれも実現するにはとてもめんどくさい手順がいるものばかりだった。
先日起きた図書塔爆破事件の原因と思われるものもあったが、「どうしてコレがそうなった」と頭を抱えそうになった。
目の前でキラキラとした眼で見られ、大きなため息をもう一つ。
「……とりあえずその魔法陣、基礎から組み替えたほうがいい。ジクハイムの発芽法則は確かに発動させるのに楽だけど暴走もしやすい。多少発動させるのに時間かかるけど安定させやすい基礎を選んだほうがリスクも少ない。というか陣式滅茶苦茶に詰め過ぎ」
「だって私魔法陣関係苦手なんだもん。本みながら描いてみたけど何がどうなってそうなったのかさっぱり。それに呪文もうまく唱えられないから簡単な方が楽なんだよねぇ」
一部公式間違いがあったのはそのせいか!
魔法陣は発動のカギとなる基礎をベースに、発現させたいことに合わせて公式を組み合わせ重ねて描いている。
勿論公式によって相性の問題や基礎に収まるかどうかも重要になる。
収まらなければ収まらないで基礎を拡張させる方法もあるが、それはそれでまたややこしいことになったりもする。
エトラが「お手伝いしてあげなさい」と言ったのは、また暴走させて事件を起こされない為という理由もあったのかとシャルは気づいた。
『手伝い』がまさか基礎から教える必要があるとは思いもしなかった。
うまくいけば逃げられると思っていたが甘かったようである。
「……手伝うから最低限のことくらい覚えて」
シャルは観念してエトラの言いつけを守ることにした。
「やったああ!私、ルイ・ミドルイア!よろしく!」
手を出されてシャルは渋々その手を取った。
握手した手をぶんぶんと上下に振られる。
「キミの名前は?」
「シャル・ランド」
よーろーしーくーねー!とまた手を上下に振られる。
本当に長い間よろしくされることになるのだが、シャルはフェスが終わるまでの我慢、と今はされるがままに振り回されることにした。