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召喚シリーズ

召喚妨害

作者: hachikun

「ダメです魔王様、彼らに出しぬかれました!」

「なんだと!?」

 その日、魔王城に激震が走った。

 人間たちの魔王領への侵略。長年それを食い止めるために様々な手をこらしてきたのだが、ここに至って人間たちは、とんでもない暴挙に出た。やってはならない禁断の呪法に手を染めたのだ。

 異世界からの戦士召喚。

 異世界の生き物は、この世界のそれとは(ことわり)が異なる。多くの場合は強大な異能を持つのであるが、その強烈な異能は大抵の場合、ひどい反動をもってもたらされるのだ。多くは短命化などの形で。

 つまり。

「我らと関わりもない異世界の住民を使い捨てなど。欲呆(よくぼ)けの果てにとうとう正気までも無くしたか!」

 そう言うと魔王は手をふった。彼の目の前に黒い魔法陣が回転しつつ出現する。

「どうされるのですか魔王様?」

「奴らの魔法に干渉する。せめて出現位置だけでも変更し、現れた異世界人を保護する。おまえたちは、ただちに医療班と防衛チームを編成せよ!」

「はっ!」

 部下たちは一斉に敬礼をすると、思い思いの部署に散っていった。

 魔法陣に魔力を注入しつつ、魔王はつぶやいた。

「世界間移動魔法ではないな。なんだこれは、引き込み魔法の改造版ではないか。……なるほどな、返すつもりはないから、そもそも呼び出し位置の記録など不要ときたか。酷いものだ」

 おそらく、哀れな異世界人(カモネギ)には「残虐非道な魔王を倒せば、元の世界に戻ために力を尽くさせていただきます」などと告げられるのだろう。確かに嘘ではない。力を尽くすというだけで帰すなんて言ってないわけだし、そもそも元の位置を記録していないのだから、どんなに力を尽くそうと誰も返せない。詐欺まがいの論法だが。

 それにそもそも、呼び寄せた異世界人を返す方法などない。

 世界間移動魔法とされるものは確かに存在する。だがまだ不完全なのだ。具体的には、行き先の世界に何も送り込めない。召喚のために干渉する事はできるのだが。試そうにもあまりにも危険すぎるため、実験も進んでいない。

 だが、こたびの召喚にはその不完全な移動魔法すら使われていない。それはすなわち、送還そのものを全く考えていない、という事だった。

「せめて、こちらに呼び寄せて……延命措置と保護だけでも与えてやらねば」

 最終的な異世界人の選択はわからない。結局は人間側につき、おそるべき侵略者たちの手先になるのかもしれない。

 だが、たとえそうであっても、この世界の魔族を束ねる(おさ)であり一人の国王たる者として、とても看過などできなかった。

「ある日突然、勝手によその世界に呼び出され、帰る手段もなく洗脳され、命をかけさせられる……身勝手にも限度がある。たとえ無意味に、いや逆効果になってしまったとしても、儂には放置などできぬ……む、こいつか?」

 魔王の魔力に、界を渡ってきている異界の人間の姿が見えた。

「まだ干渉可能だな?よし、少し軸線をずらして引き寄せてみるか」

 いかに魔王といえども、界を渡るなんて大魔法に無茶な干渉はできない。だが余計な力のかかっていない今なら、ほんの少し力をかければ、魔王領側に引っ張る事も可能だった。

「そうだ。ゆっくり、少しずつ軌道をずらして……うむ、そこだ!」

 やがて魔王の目の前にゆっくりと光が広がり……そして、人ひとりを残して唐突に消えた。

 

 

 

「うむ。これが異世界人か」

 見たところ、こちらの世界の人間と変わらないようだ。服装や装身具は異様だが。

 あまり強そうではない。壮年期の男ではあるが、武人・軍人というより文民。もしかした市井の者かもしれない。少なくとも見た目はそうで、お世辞にも強そうではない。

 だが魔王の目はごまかせない。

「召喚の際に強化されているな。単に肉体的能力だけでなく、様々な面で強化されておる。もちろん訓練は必要だが、これは恐るべき戦士となるであろう」

 まさに『勇者』の器。作られたものとはいえ、その能力は恐るべきもの。

 だが。

「酷いものだ。短命化するとわかっておるからだろうが、ひとをひととも思っておらんな」

 異世界人ゆえの歪んだ存在であるのをいい事に、強引に後付けした身体能力。

 確かに強いだろう。だが三年ともたずその肉体が崩壊するのをいい事に、やりたい放題の魔改造を施してあった。

 そして、戻す事ももうできない。たとえ人間側を裏切り、逃げて平和に生きようとしても……安静に生きたとしても余命はほとんど変わるまい。そして、あまりの所業に当人が怒ったとて、そんな限られた時間、探査魔法も満足に使えない身で相手を追い詰め復讐など到底できまい。

 そう。たったひとつの方法を除いては。

「かわいそうだがこの肉体はもう使えまい。いっそ魂を引き抜き、この世界の肉体に植えつけてみようか」

 おそらく、それでも異界渡りの影響は残る。魂までも変質させられているからだ。だが、人間なみの寿命くらいは与えてやれるだろう。

 そう思って魔力をかけようとした魔王だったが、

「お待ちください魔王様」

「うむ?マイコニドか?どうした」

 みれば、普段研究室から出てこない魔道研究者(マイコニド)が姿を見せている。

「人間どもの呪法の件です。一部解析と対応法がわかったのでご説明さしあげようと思ったのですが、ちょうど良かったようですな」

「ほほう、今この瞬間でも役立つものか?それは」

「むろん」

「よし、話せ」

「はっ」

 研究者は小さく頷いた。

「この術は、魂にかけられております。界を渡らせるにはその方が都合がよいのだと思われますが、その詳細については未だわかっておりませぬ。しかし妨害と対応には現時点でも十分でしょう。

 結論から申し上げますと、肉体の交換は無意味です。この世界の肉体に移しても単に性能が落ちてしまうだけで、魔王様が与えようとなさっている肝心の寿命や健康の改善には結びつきません。むしろ悪化するかと」

「なんとそうか。ではマイコニド、おまえならどうする?」

「はい。魂と肉体の結びつきそのものを変質させるのです。そうする事で呪いは行き場をなくし、この者は助かります」

「変質か。具体的にはどのようにする?」

「そうですね。今確認してみます」

 研究者は魔王の魔法陣を覗きこみ、ふむふむと何かを試算していたが、

「これは厄介ですな。これで魂を直接書き換えては、生き延びたとしても精神が壊れてしまう。ああでも、ひとつ抜け道がありますな」

「……すまないが具体例で頼む。こうしている間にも人間側の術士に引っ張られているのだ。あくまでこっちは割り込みをかけただけだからな」

 本来、界を渡るほどの召喚魔法に割り込むなど魔王でもなければ不可能な事であるが。

「承知いたしました。そうですな、では、肉体を少しいじりましょうか。性別と容姿、それと肉体年齢を」

「なに?」

 魔王は一瞬、絶句した。

「待て。取替えでなく書き換えだと?今の状態で人間どもの術を一部キャンセルし、なおかつ肉体を強制的に書き換えるなどできるわけが」

「いえ、肉体の書き換えだけで結構です。理由はこれですな」

 そう言うと研究者は右手を掲げた。その先に小さな魔術式が浮かび上がる。

「この術式の特徴は、魂に手を加える事で肉体にも影響を与える方式なのです。ゆえに書き換え解除を行うならば肉体でなく、魂の方に手を加えなくてはならないのですが、しかし今もなお発動中の魔法に改変などあまりにも危険すぎます。ここまではわかりますか?」

「あ、ああ、わかる」

 魔王はちょっと驚いていた。

 この研究者は優秀ではあるが、いつもは寡黙で王たる彼にも最低限の挨拶しかしないような者なのだ。それが目を輝かせ、年季の入った教授が学生に語るような態度で自分に接している。もちろんこんな研究者の姿などはじめて見る。

 つまり、これがこの者の本当の顔なのか。魔王は内心この者の評価を上げた。

「ここで、肉体と精神のバランスを壊すのです。本来あるべき肉体、書き換えるべき肉体を術の方から見えないようにしてしまえば……あとは魔王様ならおわかりでは?」

「なるほど、呪い逸らし、または呪い返しの手法か。だが待てマイコニド、それではこの者は女になってしまう事になるぞ?後でもとに戻せるとはいえ」

「いえ、戻さないほうがいいでしょう。そらした呪法の効果が再度現れないとも言えませんから。……女になってしまう件については何とも言えませんが、いっそ性徴以前の小娘にしてしまうのはどうでしょうかな?あとはサポートの者をつけ、この世界で新たに人生をやり直すという事で。かわいそうですが、なに、生きていればいい事もありましょうぞ」

「なるほど」

 そう言っている間にも時間が迫っていた。

「あいわかった、そのようにしよう。マイコニド」

「はい王よ、もちろんお手伝いします」

「うむ」

 そう言うと研究者も魔法陣を展開した。魔王と違い、何か呪文のようなもので埋め尽くされた奇妙な魔法陣だった。

「ほう?それは禁呪用のものか?」

「これは自分独自の裏ワザでしてな、弟子も知りませぬ。王よ」

「わかっておる、忘れておこう。さて始めるぞ」

「はっ!」

 

 

 

 この日、勇者が異世界より召喚された。

 だが召喚術の妨害を受けた。勇者はこの世界までは呼び出されたものの、なんと魔王領に落ちてしまった。さらに何らかの対策がとられたのか、捜索をかけても居場所どころか生死すらもわからなかった。

 数年後、魔王領の中でも人間側に近い領地に特区ができた。支配者は若い娘だが、なんと異界からの漂流者で最近まで魔王一家の庇護下にあったという。この世界での修行を終えたが、このまま魔王領で暮らしたい、だが何か役に立ちたいと強く望み、側近や騎士団などの推薦で特区をいただいたのだという。

 異界の者と聞き、人間側はかつての勇者であろうと考え、ただちに使者を差し向けた。

 その者に娘はこういったという。

「わたしが勇者?わたしに武の才能はないし、そもそもわたしは女よ?他の誰かと間違えてるんじゃない?」

「いえ、あなたは私たちの勇者です。魔王には生きた者の肉体を書き換える秘術などもあると聞きます。そもそもあなたは、私たちと同じ人間ではありませんか」

「同じ?同じではないわ。異世界人のわたしとあなたがたでは似ているのは外見だけ。たったそれだけじゃないの」

「しかし、魔族よりははるかに私たちに近いはずだ!」

 反論しようとした使者に、クスクスと娘は笑い出した。

「お生憎(あいにく)さま。見た目だけと言ったのは肉体だけの話ではないわ。あなたたち、この世界の人間の文化や文明は遅れすぎているの。しかも民度の低さも酷すぎる。こう言ってもあなたたちには理解できないでしょうけど、わたしはごめん。あなたたちの国には住めないわ」

「は?」

 首をかしげる使者に、娘は続けた。

「わたしの世界はね、魔法に頼らず科学の力だけで星まで行くほどの文明をもち、髪の毛一本あれば同じ人間の肉体をコピーする事もできたの。技術だけじゃないわ。まだまだ不完全だけど人権という概念が生まれ、人はそれぞれ生まれながらに平等で対等の存在と教えられて育ってきたの。貴族や特権階級は全て廃止。僅かに王族は残されているけど、彼らも単に国の象徴としての存在となって。

 そんな社会でわたしは生まれ、生きてきたの。あなたたちのように、何もか魔法に頼るあまり、何千年、もしかしたら何万年?そんな年月変わる事なく剣やら槍やらぶつけあって暮らしている人たちとは価値観も、社会通念も、権利の意識も全く異なってしまっているのよ」

 娘はそう言うと、使者が沈黙しているのを見てさらに続けた。

「わたしは実際にこの世界を旅してみた。そしてこの目で確かめたわ。人間の社会、魔族の社会、両方の実態をつぶさにこの目で見てみた。魔王様にもそうするよう推奨されていたしね。どちらに与するにしろ、どちらにも属さないにしろ、道は自分で決めなさいって。

 で、それで得た結論がこれよ。

 あなたたち、この世界の人間の社会にわたしは住めない。あまりにも非人道的だし、それに非衛生的だし危険だわ。わたしが所属しようとすれば、たちまち王族か貴族によって囲われるか兵器扱いされるかのどちらかでしょう。そのような土地にはとても住めない。

 もちろん魔王領にも問題がないわけではない。

 だけどね、意外だったんだけど、文化レベルも平等に対する考え方も、何もかも魔族の方が進んでいるし上なのよね。異世界出身とはいえれっきとした人間のわたしを、人間という理由だけで差別しない。単に人材として扱い、兵器認定もしない。ま、そりゃそうでしょうね。強いからっていちいち化け物認定してたら魔族同士で国なんか作れないもの」

「……」

「ま、そんなわけだから。お国の人たちにも伝えてね、使者さん?」

 

 

 

 この後も、何度となく娘へのアプローチや攻撃が繰り返された。単刀直入な説得から果ては関係者の誘拐、さらには当人の暗殺に至るまで、ありとあらゆる方法で彼らは娘に迫ってきた。

 だがアプローチは全て拒まれた。攻撃に対しては倍返しで反撃された。娘は勇者としての武力こそ失っていたが、強化された魂はそのままだった。それは魔力という形で現れた。彼女は勇者ではなかったが、魔法使いとしての素質はあったわけだ。心優しい周囲の魔族たちに手取り足取り魔法を習った彼女は、そのまま魔王軍の一角をなす特別遊撃隊員となり、後には増えたメンバーを率いて遊撃隊を編成、その隊長となった。

 そして30年後に起きた最後の侵略戦争、つまり人間界における通称『魔女討伐の聖戦』では、なんと全ての人間国家から総攻撃すらも受けたのだが、娘は仲間と共にこれに反撃。なんと全ての人間国家の王都を襲撃し、王城を更地に変えたのだ。

 もちろん、それで全ての王族が死んだわけではない。だが象徴と信頼を失った人間国家群はゆらぎ、自滅していった。ただでさえ遅れていた社会の進歩はますます遅れ、衰退していったという。

 

 

 

 (おわり)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 登場人物同士の会話に力を入れているのが伝わり、読みやすいです。ただ文章に関して、セリフ中、「!」や「?」の後に言葉を続ける場合に、スペースを入れるとより読みやすくなるかと思いました。また、…
[良い点] 話に色々内容をつけて、長編で読んでみたいです。 [気になる点] 最後の駆け足がいただけないっ
[一言] 傲慢は何も生み出すことはない。 楽しませていただきました♪
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