あなたが王太子妃になれる訳がない
あまり深く考えないで読んでください。
平和過ぎて平和ボケしている貴族しかいないような国の話です。
マザコンの9割は、自分がマザコンと認めない。
「ショコラ・ムーンライト!本日をもって、僕との婚約を破棄とする!」
夜会という大勢の貴族が集まる場所での婚約破棄宣言。
ショコラ・ムーンライト公爵令嬢の婚約者であるアモンド殿下の隣には、可愛らしい少女が侍っている。
確か、マリー・ビスクェット男爵令嬢だったかしら、とショコラは記憶の片隅にあった情報を引っ張り出してきた。
まあ、元より冷え切った関係だったし、王族の教育も基礎程度しか習っていない。
王族に嫁ぐ身としては随分自由にさせてもらったし、これからの婚活は少々先行き不安だが、まあ長男で嫡男のブラックお兄様の脛をかじれるだけかじりましょう、と、ショコラはさっさと自分の気持ちに蹴りを付けた。
「婚約破棄、承りました」
末永くお幸せに、とショコラはカーテシーを行った。
まあこの流れだと、ここから隣のビスクェット男爵令嬢と婚約し直すとか、真実の愛が~っていう展開よねえ、とショコラは、淑女の微笑に見せた嘲笑を浮かべる。
まあ、この場で発表したら貴族中に知れ渡るから、事情説明を何人にもしなくて良いというのは面倒がなくて良いわね、なんてショコラも気楽に考えていた。
アモンドがとち狂った事を言い出すまでは。
「僕は、真実の愛を教えてくれたマリーと結婚をする!」
「アモンド様……っ!」
「皆の者!これからはマリーが王太子妃となるのだ!」
ぶふーっ!と吹き出したのは、ショコラだけではない。
夜会に集まっていた貴族の、特に高位貴族の人間達が吹き出した。
一部の下位貴族や子息令嬢達は、え?何?と戸惑っている様子で、えええ……、まさかねえ……?なんてショコラも不安になる。
不安からついつい、ショコラはアモンドに尋ねてしまった。
「殿下、その、マリー様が王太子妃に?」
「その通りだ!王太子の妃になるのだから、王太子妃!いずれは王妃となるのだ」
いや、順番は間違ってないんだけどさあ……、とショコラは遠い目になる。
そして。
まさかこの人、自分が王太子じゃない事に気付いていない?という懸念に辿り着き、ショコラは愕然とする。
ショコラの父であるムーンライト公爵が、娘への婚約破棄宣言には静観していたくせに、アモンドの言葉には過剰反応した。
「殿下!まさか、貴方はご自身が王太子だと思ってらっしゃるのですか!?」
ムーンライト公爵の言葉に、アモンドが表情を顰め、マリーがプクリと頬を膨らませた。
「ムーンライト公爵!何を今更な事を言っているんだ!」
「アモンド様以外の王太子がいる訳ないじゃないですかあ!だって、アモンド殿下様は一人息子なんですよ?」
マリーの言葉に、えええええ……、と貴族達がドン引く。
だが、一部の貴族と子息令嬢達は、何を今更、みたいな顔をしていた。
アモンドにも、一部の貴族や子息令嬢達にもドン引かされ、ショコラは頭がクラクラしてきた。
遠くで、侯爵夫人やら伯爵夫人が倒れている。
私も倒れてこの場を退場したいとショコラは願ったが、ショコラは上手く倒れるのがヘタクソなので、その手段を取るのは難しかった。
むしろ、倒れそうなくらいに顔を青くしている、父であるムーンライト公爵を支えてやらねば!という状況だった。
そんな混乱したショコラは、ハッと気付く。
なお、彼女は割と発想が突飛な方だ。
ダメな方に。
「お父様!アモンド殿下はマザコンですから、逆に王太子妃にマリー様をと思ってるのかもしれません!」
さっきまでザワザワしていたはずの会場がシンと静まり返った。
ショコラは小さな声でムーンライト公爵に囁いたつもりだったが、彼女は地声が大きいタイプだった。
なので彼女は囁きレベルが、教室の端から端まで聞こえるレベルの音量なのである。
王族として国民に言葉をかける際、遠くまで聞こえる声を出す、という訓練を行った弊害であった。
「マザコンとは何だ!?」
アモンドが顔を真っ赤にして怒るが、アモンドのマザコンっぷりは誰もが知る事実である。
なんせ、彼が話す時の大体の枕詞が、「母上は~」とか「母上なら~」なのだ。
ショコラは人生五回分くらいの「母上」という言葉を、十年程の婚約期間で聞いたような気がすると思ったくらいだ。
一時期ショコラは「母上」ノイローゼとなったため、兄の母の呼び方を、母上から、お母様に変えてもらったくらいだ。
いやだって、とショコラが口を開こうとした瞬間だった。
「何を騒いでいるのだ?」
「父上!母上!」
アモンドの父チョコチプと、母ホワイトが入場してきた。
普段なら入場の言葉や音楽がかかるのだろうが、どうやら騒ぎのために省略されてしまったらしい。
貴族達は礼を行ったが、すぐに、構わん顔をあげろ、とチョコチプが許しを出した。
「アモンドこれは……」
「僕は今、ショコラ・ムーンライトと婚約破棄を行ったのです」
「…………そうか……」
アモンドとショコラの仲がとっくに冷え切っていたのを、チョコチプも分かっていたので、この日が来たか、というところだった。
まあ、これがもうちょっと閉じられた空間で行われてくれたら良かったのになあ、と頭を抱えたくはなったが。
「そして、僕はこの真実の愛の相手である、マリーを王太子妃として迎えます」
人間驚きすぎると、固まる事しかできないんだなあ、とチョコチプを見てショコラは思った。
「王太子妃に……?」
ホワイトがこれ以上ないくらいに冷たい声を出すが、アモンドは気付いておらず、「はい母上!」と上機嫌に返事をした。
「マリーは愛らしく、誰よりも優しい少女なのです。学校の成績も良く、王太子妃に相応しいと言えます!」
その言葉を聞き、ホワイトはチョコチプに視線を向けた。
「…………あなた、彼女を王太子妃に迎えるの?」
「んな訳ない!!!」
王族らしからぬ言葉遣いだが、チョコチプも必死になるだろう。
ホワイトは冷静に息子のアモンドとその隣にいるマリーを見つめる。
国一番の淑女と呼ばれたホワイトでも、子育てに失敗したりするんだなあ、とショコラは不敬な事を考えていた。
「アモンド、あなた、彼女を王太子妃にという事は、私をチョコチプと離縁させて、真実の愛の相手とやらを継母にしたいの?」
アモンドは一瞬何を言われているのか分からかったアモンドが、へ?と間抜けな声を出した。
「彼女を王太子妃にしたら、私は離宮なりに幽閉でしょうね。息子の貴方も一緒、という可能性もあるわ」
「マザコン極まれり……」
ホワイトの嘆きへのショコラのツッコミの声は、まあまあ大きかった。
その声で我に返ったのか、アモンドが喚き出す。
「母上!何を仰られるのです!そりゃあ、母上と一緒に幽閉生活というのは少し心ときめきますが……っ!」
「え゛!?」
マリーが野太い声を出して驚いたが、大体の貴族達が、マザコンって恐いなあ、というような表情を浮かべている。
下級貴族や子爵令嬢なんかは知らない人も多いかもしれないが、アモンドのマザコンっぷりは近隣諸国でも知られているレベルだった。
「ですが、王太子は私です!なので、マリーは私の妃となり、王太子妃となるのです!!!」
その瞬間に、はあああああ、とチョコチプもホワイトも溜息を吐いた。
「親の顔が見てみたい……」
「誰か鏡を持ってきてちょうだい」
チョコチプの言葉に、ホワイトがツッコミを入れる。
完全に子育て失敗乙の状況だ。
「…………誰が言ってもアモンド殿下は信じません。あなたが真実を仰ってください、ホワイト王太子妃殿下」
ムーンライト公爵の言葉に、え?とアモンドやマリー、そして何人かが戸惑いの声を出す。
ムーンライト公爵の言葉でも分かっていなさそうな子爵令嬢達がいて、この国の未来は暗いなあ、とショコラは他人事のように思った。
「何をとち狂ったのか知りませんが、王太子はあなたの父親のチョコチプ。王太子妃はその妻の私。王太子の息子でしかないお前は、王族ではあるけれど、王太子でも何でもないわ」
「「「えええええ!?!?!?」」」
アモンドやマリーを含め、何人もの人間が驚きの声をあげる。
「大体、あなたのおじい様である陛下はまだご存命でしょうが」
「いえ!それは知っておりますが……っ!え?陛下は父上では……?」
「いや。即位を行ってないからな。確かに、陛下の公務もいくつかおりてはきているが、まだまだ元気に国王をやるだろう、あの人は」
だから、私はまだ王太子なんだよ、と、チョコチプが、アモンドではない別の理由で溜息を吐いた。
この国はそれなりに医療が発達しており、五十代の国王は頗る元気だし、王妃も元気満々だ。
それまでは国王がある程度の年齢に達したら即位が行われていた。
それは重責による精神的な物からの開放や、体の不摂生がたたって辛くなるというものがあっての事だった。
何よりも、現在の国王以前の王族は、皆短命で、五十代ぐらいで亡くなる者も多く、引継ぎなども考えて、五十代になる前くらいに二十代の王太子に王位を譲るというのがならわしだった。
だが、今の国王は元気だった。
国王の母親が異国の皇女で、遠い血が混ざったのとか、昔からヤンチャで座学より体を動かす事が好きだったというのは大きいかもしれない。
皇女の生まれた国は軍国主義な部分もあり、力isパワーと信じてやまない精神から、王太子を始めとした息子や娘を鍛えるに鍛えた。
そのおかげで、皆健康になり、この国での通常ならとっくに王位を譲っている年代でも元気に公務を行っているのだ。
王太子自身も、別に何が何でも王になりたい訳ではない。
アラフォー、なんて呼ばれる年での王太子という身分はちょっと恥ずかしいが、王よりは拘束が緩いので、美しい妻と諸国に訪れたりができるのが楽しいのだ。
なので、現王太子のチョコチプが王になるのがもう少し先だと思われるので、次期王太子も決まっていない状態。
息子のできがいまいちなようなので、一世代飛ばしても良いくらいにも思っていた。
だからショコラは王子妃程度、というより、更に緩い王族教育しか受けていなかった。
どうせ上が詰まっているのだし、教育はゆっくりでも良い、というのやら、アモンドの出来やら、お勉強はできても若干天然系のショコラなら、次世代に血を繋ぐだけでも良いなと思われていたのである。
これを聞いた時は、ショコラも若干、私いらない子扱い!とショックを受けたが、でも王族でも気楽な部類に入れて、外交と称して色々な国の本や美味しい物を手に入れられるというのは良いわねえ、と思い直した。
実際、ショコラは語学は堪能だったし、コミュニケーション能力は高い。
突飛な部分も、大概の諸外国の王族は、おもしれー女扱いしてくれていたので、ショコラの王族入りは問題ないくらいに思われていたのだ。
「で、でも、僕は王太子と呼ばれ……っ!」
「それはチョコチプが近くにいる時とかじゃないかしら?貴方自身は、アモンド殿下としか呼ばれていないはずよ」
ピシャリとホワイトに言われ、アモンドが膝をつく。
そんなアモンドに、私が王太子妃になるって話はどうなったの!?とマリーが喚いていた。
確かに王太子と言えば、十代、いって二十代のイメージかもしれない。
現に、近隣諸国の王太子達は皆若く、下手をすれば一桁の年齢で王太子に指名されている場合もある。
だが、ショコラの国の王太子は三十代後半のオッサンなのが現実だ。
五十代の陛下がまだまだ元気なので仕方ない。
きっとあの人は、後二十年くらいは元気に王様業ができそうだから、現王太子の孫がその頃に十代後半くらいと考えれば、丁度良いかと皆も思ったのだろう。
「…………君達、自分の孫が王太子になるかもくらいの覚悟しといてね」
元国王と年の離れた王弟である、ショコラの父のムーンライト公爵や、あまり王位に興味のない、公爵家に婿入りしたり、侯爵家に降嫁した王太子の弟妹達は、王太子相手に、ブーブーと文句を言った。
「良いじゃないか。うちのより、お前等の息子や娘の出来の方がよっぽど良い」
うちの娘は婚約破棄されましたので、とドヤ顔を見せたムーンライト公爵は、ショコラの子供でも良いから問題ないと言われて落ち込んだ。
適当に近隣諸国の王族でもショコラの婿にとか言う始末である。
公爵令嬢と外国の王族の婚姻なんかもう少し慎重になるべきじゃないかしら?とショコラとて思うが、それくらい、この国は様々な国と国交を築けているし、うちの国に嫁入り婿入りしたいという人間も多い。
なんせ、国王が元気漲る五十代なので、うちの国の医療技術やらが注目されているのだ。
「ショコラ、アモンド殿下に対抗して、真実の愛の男爵令息とかいないのか?」
ムーンライト公爵がコソコソと尋ねてくる。
そこで、ええ!いるわ!となったら、ショコラも浮気者のレッテルを貼られるではないか。
まあそもそも、ショコラには真実の愛の相手が今のところいないのだが。
ショコラが男爵家に嫁入りしたとなれば、流石に王位継承権は低くなるという算段だろうか。
「…………私、男爵家に嫁入りとかでも良いかもしれないわ」
考えてみれば、王族になるより、平民に近い男爵家の方がよっぽど気楽だろう。
お金とかなら、現公爵の父や、次期公爵の兄が甘やかしてショコラに貢いでくれるに違いない。
日がな一日、他国から取り寄せた書物を読んで、たまに男爵家の家のお手伝いをして、年に一度くらいは夜会で着飾る。
良いな、とショコラは思った。
「私お婿さん探しするわ!男爵家嫡男とか、せめて子爵家嫡男!」
「ブラックの嫁は貧乏な伯爵家から嫁いだ身!勝った!」
これで王位継承権低くなりそうだ~、と喜ぶ父を見て、王太子の弟妹達が羨ましそうに見つめる。
うちの嫁は侯爵家の子だ!とか、娘が隣国の公爵家に嫁ぐのを止めれば良かった!などと嘆いてすらいた。
酷い話である。
なお、ムーンライト公爵家嫡男の、ブラックのお嫁様は、確かに権力も財力もない伯爵家だが、歴史だけは長い。
そして、彼女自身の能力はかなり高い。
ブラックも、能力が高い人間なので、2人の間の子となると、かなり次期王太子になる可能性が高いのではないだろうか。
ショコラは生まれて一か月の甥っ子を思い出し、お父様お気の毒様、と小さく呟いたのであった。
私はチョイスが好きです。
某ラノベで、そう言えば四十代王子がいたなあ、と思い出した結果です。
王様が長い期間王様やりすぎたのとか、年1とかの王宮での夜会みたいなのも、王太子が出れば良いじゃーん、で出席しない王様なので、偉い高位貴族達はちゃんと陛下と王太子の事は分かっていますが、下位貴族はチョコチプさんが陛下だと勘違いしている人もちょこちょこいたり、若い子息令嬢達は、アモンド君が王太子だ!と言うのでそれを信じたりしてた人がいたという感じです。
元国王は若い時代に王位継承して、長い間王様やってるので、その間、即位があったとか無かったとかがあやふやになっているという感じです。
働きアリの法則で、よく働く2割の国民のおかげで、今日は国も平和です。




