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憲章

 外部領地との摩擦が広がり始めた頃。


 橋前市場では、別の問題が静かに浮上していた。


「……結局さ」

「玲司管理長いなくなったら、これどうなるんだ?」


 酒場で誰かがそう言った。


 空気が少し静まる。


 以前なら、そんなことを考える人間はいなかった。


 だが今は違う。


 橋前市場は、“制度”で動き始めている。


 だからこそ。


 皆、制度の寿命を考え始めていた。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、遠く市場の灯りを見下ろしていた。


(……そこへ来るよな)


 民主制最大の問題の一つは、“個人依存”だ。


 優秀な指導者がいる間は回る。


 だが


 その人間が消えた瞬間、崩れる制度は弱い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが橋へ上がってくる。


「最近、“玲司がいるから成立してるだけじゃね?”って声増えてる」


「でしょうね」


「最近、本当に全部予測済みだな……」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 民主制が成熟するほど、“個人より制度”が重視されるようになる。


 誰がトップでも回る。


 だから長続きする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも実際そうじゃない?」


 エルザが静かに聞く。


「かなり玲司頼りでしょ、この街」


 玲司は少しだけ黙った。


 否定できない。


 物流構造。

 制度設計。

 議会。

 投票。


 ほぼ全部、玲司が持ち込んだ。


 だが。


 だからこそ危険だった。


「多分、“俺がいなくても回る状態”作らないと駄目です」


 エルザが少し目を細めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、大きな羊皮紙が机へ広げられていた。


『橋前共同運営憲章案』


 ボルドが頭を抱える。


「……またヤバいの始まった」


「必要なので」


「最近本当に“国家建国イベント”なんだよなこの街!」


 玲司は少しだけ苦笑した。制度を長持ちさせるには、ルールを文章化する必要があった。


 慣習だけでは、簡単に歪む。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「内容は?」


 カルムが羊皮紙を覗き込む。


 玲司は静かに読み上げた。


「代表選出方法」

「議席数」

「予算決定手順」

「不信任条件」

「公開議論原則」


 空気が静まる。


 今までは、空気と会話で回っていた。


 だが今は違う。


 “制度そのもの”を固定化し始めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“橋前のルールブック”か」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は頷いた。


 民主制は感情だけでは維持できない。


 必要になるのは、手続き、制限、権限分散。


 つまり


 ルールだ。


「都市って、多分“善人期待”だけじゃ維持できないので」


 ボルドが遠い目をした。


「最近のお前、本当に建国王みたいなことしか言わねぇな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い職員が駆け込んでくる。


「市場側、“代表任期制限”追加要求してます!」


 ボルドが固まる。


「……任期制限?」


 玲司は少しだけ目を細めた。


(そこまで来たか)


 民主制防衛で重要なのは、“権力固定化防止”だ。


 長期独占を避ける。


 定期的に入れ替える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、嫌じゃないのか?」


 ボルドが低く聞く。


「自分の権限削るんだぞ?」


 玲司は少しだけ空を見る。


 制度とは、“未来の自分たちを縛る鎖”でもある。


「……多分」


 玲司が静かに言う。


「権力って、“持ってる側が制限作らないと危ない”ので」


 その声は小さい。


 だが静かに管理所へ広がっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前広場では、“憲章案”が公告板へ貼り出されていた。


「代表任期二年?」

「議事公開義務?」


 人々がざわつく。


 以前なら、統治とは“上が勝手にやるもの”だった。


 だが今は違う。


 “統治ルールそのもの”を皆で読んでいる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“人”じゃなく“制度”残そうとしてるのか」


 エルザが静かに呟く。


 玲司は頷いた。


 長続きする民主制ほど、“英雄依存”を避ける。


 誰か一人ではなく。


 仕組みで回す。


「最近の橋前、“街”から“国家構造”へ近づき始めてる」


 ボルドが頭を抱えた。


「最近もう完全に歴史教科書なんだよ……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 第二橋から見える橋前市場は、以前より遥かに秩序立って見えた。


 夜警が巡回する。


 議会灯がついている。


 公告板に人が集まる。


 対立はまだある。


 不満も消えていない。


 だが


 街は回り続けている。

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