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質問

 政策公約が出回り始めて以降、橋前市場の空気はさらに変わっていた。


「減税案、本当にできるのか?」

「夜警増やすなら金必要だろ」


 最近の橋前では、人々が“政策の中身”を話すようになっている。


 以前なら、誰が強いか。誰が偉いか。


 その程度だった。


 皆、“説明”を求め始めていた。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その様子を静かに見下ろしていた。


(……完全に説明責任段階入ったな)


 民主都市では、政策を出した時点で終わらない。


 “なぜそうするのか”を説明し続けなければならない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが妙に疲れた顔で走ってくる。


「市場側、“公開質問会やれ”って言い始めた!」


「でしょうね」


「最近お前、“でしょうね”しか言ってねぇな!?」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 予想通りだった。


 人は政策比較を始めると、次に“実現可能性”を気にし始める。


 金はあるのか。

 本当にできるのか。

 誰が責任取るのか。


 つまり。


 質問が始まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……で、やるの?」


 エルザが静かに聞く。


「やります」


「即答なのね」


「止めても地下化するので」


 玲司は静かに答える。


 質問機会を閉じるほど、不信は増える。


 説明できない権力は、大体疑われる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の夜。


 橋前広場には大量の人が集まっていた。


 中央には木箱を重ねた即席演台。


 横には公告板。


 さらに。


『公開質問会』


 という大きな板まで置かれている。


 ボルドが遠い目をした。


「……もう完全に都市議会前夜なんだよなぁ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最初に前へ出たのは、“自由商業同盟”側の商人だった。


「質問だ!」


 広場が静まる。


「減税反対派は、増え続ける市場税をどこまで許容するつもりだ!」


 ざわめきが広がる。


 宿区画側代表が前へ出る。


「質問返す!」


「減税して夜警と井戸どう維持する!」


 歓声。

 野次。

 拍手。


 皆、“説明”を求めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……なんか本当に討論文化できてきたわね」


 エルザが少し驚いた顔で言う。


「ですね」


 玲司は頷いた。


 公共圏とは、“問い続ける空間”だ。


 誰かが決める。


 市民が理由を聞く。


 また修正される。


「最近の橋前、“従う街”じゃなく“確認する街”になってる」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“権力者が説明し続ける状態”か」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は静かに答えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長にも質問だ!」


 広場から声が飛ぶ。


 空気が変わる。


 玲司は静かに視線を向けた。


「最近の橋前、本当にこのままでいいのか!」


「規制増えすぎだ!」


「でも治安は良くなった!」


 無数の声。


 支持。

 不満。

 期待。


 全部混ざっている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……出るの?」


 エルザが小さく聞く。


 玲司は少しだけ黙った。


 橋前市場では、“顔が見える説明”を求められている。


「……出ます」


 玲司は静かに前へ歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 広場が静まる。


 玲司は演台へ立った。


 少し前まで、ただの変わった青年だった。


 今は、橋前市場そのものを象徴する存在になり始めている。


「まず」


 玲司が静かに口を開く。


「最近の橋前、かなり窮屈になってます」


 ざわめき。


 否定しない。


「規制も増えた」

「監査も増えた」

「許可も必要になった」


「前より自由じゃない」


 市場区画側が少しざわつく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも」


 玲司が静かに続ける。


「自由だけでは、最近の橋前維持できなかったのも事実です」


 今度は宿区画側が静まる。


「人口増えた」

「物流増えた」

「水不足も起きた」


「だから制度化した」


 玲司は広場全体を見る。


「多分」


「今の橋前って、“自由”と“安定”の中間探してる途中なんです」


 静寂。


 前世でも、都市政治とは、結局この調整だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……正解あるのか?」


 誰かが聞いた。


 玲司は少しだけ黙った。


 都市問題に完璧な答えはない。


 だから、


 議論し続けるしかない。


「多分」


 玲司が静かに言う。


「“壊れない範囲で変わり続ける”しかないと思います」


 その声は大きくない。


 だが静かに広場へ広がっていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当に政治家みたいになったな」


 ボルドが呆れたように笑う。


 玲司は少しだけ空を見る。


 説明することは、“他人に権力を預けてもらうための最低条件”なのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 橋前広場では、質問会がまだ続いていた。


「市場税どうする!」

「井戸増設いつだ!」


 怒号。

 拍手。

 議論。


 騒がしい。


 だが。


 誰も黙らない。


 誰も帰らない。


 皆、この街の未来へ参加し始めている。


 玲司は第二橋の中央へ戻りながら、その光景を静かに見ていた。


 夜の橋前市場では、“この街を誰へ任せるのか”という問いだけが、静かに広場の灯りへ浮かび続けていた。

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