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監視者

 “討論記録”が出回り始めてから数日。


 橋前市場では、紙を読む人間がさらに増えていた。


「最近の橋前、毎日新しい記事出るな」

「もう市場より紙見てる時間の方が長ぇぞ」


 以前なら、情報は噂だった。


 人々は、“記事”を読むようになり始めている。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その空気を静かに見下ろしていた。


(……完全にメディア化したな)


 都市化が進むと、“情報を整理して伝える職業”が生まれる。


 記者。

 編集者。

 論説。


 都市とは、情報量が爆発する空間だからだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが妙な顔で走ってくる。


「今度はお前の記事出た!」


「……はい?」


 紙を受け取る。


『管理所、宿区画へ優先予算か』

『橋前運営は本当に公平か?』


 玲司は少しだけ目を細めた。


(……とうとう来たか)


 メディアは最終的に“権力監視”へ向かう。


 そして。


 今の橋前で最も権力を持っている人間は、間違いなく玲司だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……結構攻めてるわね」


 エルザが記事を覗き込む。


「かなり」


 玲司は静かに答えた。


 記事内容は完全なデマではない。


 実際、宿区画は優先整備されている。


 理由もある。


 人口密集。

 衛生。

 水不足。


 だが。


 記事はそこへ“管理所との近さ”を絡めている。


 つまり。


 “癒着”を疑わせている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「潰す?」


 エルザが静かに聞く。


 玲司は少しだけ黙った。


 権力側は大体ここで失敗する。


 批判を嫌い、言論を潰し始める。


 だが。


 それをやると、“やっぱり隠していた”になる。


「……多分、反論だけにします」


「怒らないの?」


「かなり嫌ですけどね」


 玲司は苦笑した。


 メディア批判は胃が痛かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場では、記事を巡る議論が起きていた。


「でも宿区画、実際かなり予算多いよな」

「いや最近水不足ヤバかったぞ」


 人々は、記事を鵜呑みにしていない。


 だが同時に、“権力を疑う”ようになっている。


 カルムが少し嫌そうな顔をした。


「……最近、管理所への視線変わったな」


「ですね」


 玲司は頷いた。


 都市が成熟すると、市民は“行政監視”を始める。


 説明を求める。

 公平性を疑う。

 権限を監視する。


「最近の橋前、“信頼”から“検証”段階へ入ってるので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“玲司が正しいか”を皆確認し始めてるのか」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は静かに答える。


 以前の橋前では、玲司は“便利な知識持ち”だった。


 だが今は違う。


 都市制度。

 予算。

 規制。


 全部、玲司の影響下にある。


 つまり。


 監視対象になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも、嫌じゃないの?」


 エルザが静かに聞く。


 玲司は少しだけ空を見る。


「……かなり嫌ですね」


 玲司は苦笑した。


「でも、多分必要です」


「必要?」


「監視されない権力、大体壊れるので」


 その声は静かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当にそこ受け入れるのか」


 ボルドが驚いた顔をする。


 玲司は少しだけ目を細めた。


 メディアなんてうるさい存在だと思っていた。


 あれは、“権力者が自分を正当化し続けないための装置”なのかもしれない。


「都市って、多分“疑われ続ける仕組み”必要なので」


 ボルドが頭を抱えた。


「最近のお前、本当に政治哲学みてぇになってんな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに記事を見る。


「……危険ですね」


「かなり」


 玲司も否定しなかった。


 ラウスは続ける。


「最近、橋前市場では“管理所を批判しても良い”空気が形成され始めています」


 玲司は少しだけ黙った。


 この世界では、権力批判そのものが珍しい。


「最近、周辺領地でも“橋前は領主側批判記事が出回る街”と言われています」


 ラウスは苦笑する。


「かなり異常です」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前広場では、人々が記事を囲みながら議論していた。


「本当に公平なのか?」

「でも最近、管理所かなり説明してるぞ」


 意見は割れている。


 だが。


 誰も“読むな”とは言わない。


 誰も“黙れ”とは言わない。


 皆、権力が正しいかを確認し始めている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


 夜の橋前市場では、“権力を疑う視線”だけが、静かに街の中へ根付き始めていた。

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