夜警
ハルグ村の夜は、以前とは別物になっていた。
橋前市場には灯りが並び、旧市場通りでは酒を飲む商人たちの笑い声が響いている。以前なら日没と同時に静まり返っていた村だ。
「本当に夜まで人いるな……」
ボルドが感心したように呟く。
橋前には、まだ荷車も残っていた。商人たちは食事をしながら情報交換をしている。
「北方街道、最近盗賊増えてるらしいぞ」
「西側ルートは雨で崩れてた」
「なら明日は南回りだな」
物流が増えると、情報も集まる。
前世でも同じだった。人が集まる場所は、自然と情報拠点になる。
「……でも、ちょっと増えすぎですね」
玲司は静かに橋前を見る。
「何がだ?」
「夜間滞在者です」
宿不足はまだ解決しきれていない。空き家改装で多少改善したが、増加速度の方が速い。
しかも最近は、酒を飲む人間も増え始めていた。
「揉め事起きそうか?」
「そのうち確実に」
都市は、人が増えた瞬間から治安問題を抱える。
それもまた前世で何度も見てきた構造だった。
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その時だった。
「やめろって!」
「うるせぇ、ぶつかったのそっちだろ!」
橋前の奥で怒鳴り声が上がる。
商人同士だった。
周囲もざわつき始める。
「……来たか」
玲司は小さく息を吐いた。
ボルドが慌てて駆け寄る。
「おい! 橋前で揉めるな!」
だが酒が入っているせいか、双方かなり熱くなっている。
「宿も取れねぇ!」
「荷車も置けねぇ!」
「人増えすぎなんだよ!」
玲司は周囲を見渡した。
橋前は明るい。
人も多い。
だが逆に、“密度が高すぎる”。
今までは活気として機能していたものが、少しずつ圧迫感へ変わり始めていた。
「……夜警作るか」
「ヤケイ?」
ボルドが振り返る。
「夜間巡回です」
玲司は橋前を見る。
「人が増えた街は、治安維持が必要になる」
「村でそんなことしたことねぇぞ」
「今までの村じゃないので」
ボルドが頭を抱える。
「最近のお前、その台詞多いな……」
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翌日、橋前市場には新しい張り紙が出されていた。
『夜間巡回開始』
『橋前での長時間滞留禁止』
『深夜営業制限』
商人たちがざわつく。
「なんだこれ?」
「またルール増えたのか」
玲司は橋前の中央へ立った。
「人が増えたので、最低限の管理を始めます」
「管理?」
「橋前は物流拠点になり始めてる」
「だから無秩序化すると終わります」
前世でもそうだった。
人気エリアほど、ルールが必要になる。
無秩序な繁華街は、短期では盛り上がる。だが長期では崩壊する。
「あと夜警には日当を出します」
その瞬間、若者たちがざわついた。
「金出るのか?」
「マジで?」
玲司は頷く。
「橋前使用料の一部を回します」
都市機能は無料では維持できない。
だから税と利用料が必要になる。
それはこの世界でも同じだった。
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「……なるほどな」
橋前を見ながら、カルムが低く呟く。
「お前、税を“循環”で見てるのか」
玲司は少しだけ驚いた。
「理解早いですね」
「最近ようやく分かってきた」
カルムは苦笑する。
「前の私は、“徴収”しか見ていなかった」
玲司は静かに橋前を見る。
「税って、本来は街を維持するための金です」
「……」
「街が強くなるなら、人は払います」
前世でも同じだった。
問題は税そのものではない。
払った結果、街が良くなる実感があるかだった。
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夜。
橋前では、若者たちが松明を持って巡回を始めていた。
「そっち大丈夫か?」
「橋横、荷車止まりすぎ!」
以前なら考えられない光景だった。
村人自身が、街を維持し始めている。
玲司は橋の上から、その様子を静かに見下ろした。
「……本当に街になってきたわね」
隣でエルザが呟く。
玲司は少しだけ黙る。
前世では、巨大都市ばかり見ていた。
だが本質は同じだ。
人が集まり、
問題が生まれ、
それを管理する仕組みができる。
そうやって都市は形作られる。
そして今、ハルグ村は確実に“村”ではなくなり始めていた。




