死にかけの村
ハルグ村へ向かう荷馬車は、ゆっくりと街道を進んでいた。
玲司は荷台に座りながら、周囲の景色を観察する。
まず気になったのは、道だった。
(舗装はされてない……けど、悪くない)
轍は深いが、地盤は比較的安定している。
しかも川沿いだ。
物流路としては悪くない。
むしろ、かなり良い部類に入る。
「お前、さっきから何見てんだ?」
護衛の男――ガルドが怪訝そうに聞く。
「地形です」
「地形?」
「この辺、昔はもっと人が通ってませんでした?」
ガルドが少し驚いた顔をした。
「……なんでわかる」
「道幅が広い」
「は?」
「今の交通量に対して無駄に広いんです。あと橋も大きい」
玲司は前方を指差した。
石橋。
村規模に対して、明らかに大きい。
つまり昔は、もっと物流があった。
「……気味悪ぃな、お前」
ガルドが顔をしかめる。
「普通そんなとこ見ねぇぞ」
玲司は苦笑した。
前世では、それを見るのが仕事だった。
街を見る。
人を見る。
流れを見る。
それだけを延々と繰り返してきた。
「で? 今は違うんですか」
「南に新街道ができた」
ガルドが吐き捨てる。
「王都の連中が金かけてな。商人はみんなそっち行った」
玲司は小さく頷いた。
(なるほど)
つまり、交通の主流が変わった。
だが。
(それでも、この土地は強い)
川がある。
橋がある。
山脈への入口でもある。
物流拠点としての条件は、まだ残っている。
むしろ、使われなくなった今の方が安い。
前世なら、投資家が群がる立地だった。
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やがて、村が見えてきた。
玲司は思わず眉をひそめる。
「……酷いな」
率直な感想だった。
空き家。
崩れた壁。
閉じた店。
人通りが少ない。
活気がない。
村全体が、ゆっくり死んでいるように見えた。
「言ったろ。終わりかけだって」
ガルドが肩をすくめる。
荷馬車が村へ入る。
すると玲司は、さらに違和感を覚えた。
(なんで市場があんな奥にある?)
村の中心広場。
そこに市場がある。
だが、物流導線から遠すぎた。
荷車が入りづらい。
しかも坂の上。
効率が悪い。
(設計ミスだ)
玲司は反射的に分析していた。
市場は、人が集まる場所に置くべきだ。
だがこの村は違う。
“昔の中心”に固定されている。
つまり。
(時代の変化に対応できてない)
「おい」
ガルドが顎をしゃくる。
「降りろ。酒場なら寝床くらいは貸してくれる」
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酒場の中は薄暗かった。
昼なのに客は少ない。
空気も重い。
「ガルド、その流民なんだ?」
カウンター奥の大男が聞く。
「道端で倒れてた」
「また厄介ごとか」
露骨に嫌そうな顔。
玲司は気にしなかった。
むしろ、反応としては自然だ。
働けるかも分からない余所者など、負担でしかない。
「で、お前何できるんだ?」
大男が聞く。
玲司は少し考えた。
剣は使えない。
魔法も知らない。
農業知識もない。
だが。
「土地が見れます」
沈黙。
「……は?」
「立地です」
「リッチ?」
「人が集まる場所とか、商売が伸びる場所とか」
数秒後。
酒場に笑い声が広がった。
「なんだそりゃ!」
「占い師かよ!」
「土地見て飯食えるなら苦労しねぇ!」
玲司は黙っていた。
前世でも似た反応は多かった。
だが実際、土地で人間の動きは変わる。
街は立地で決まる。
それは事実だった。
その時。
外から鐘の音が響いた。
カン、カン、カン――。
空気が変わる。
村人たちが一斉に立ち上がった。
「……またか」
大男が舌打ちする。
「何です?」
「川だよ」
玲司も外へ出る。
そして、目の前の光景に絶句した。
「……排水路がないのか?」
川が溢れていた。
しかも水は、市場の方へ流れ込んでいる。
村人たちが必死に荷物を運ぶ。
「急げ!」
「また商品が駄目になる!」
玲司は高台から地形を見る。
理解した。
(最悪だ)
この村。
低地に流れ込む水を、市場側へ誘導してしまっている。
つまり。
雨が降るたび、市場が死ぬ。
「なんでこんな場所に市場を作ったんだ……」
玲司は呆然と呟く。
すると隣で、大男が苛立ったように言った。
「昔はここが中心だったんだよ」
昔。
その言葉で玲司は確信した。
この村は、衰退したのではない。
変化できなかった。
ただそれだけだ。
玲司は濁流を見つめる。
そして。
静かに確信していた。
(この村……まだ蘇れる)
立地は死んでいない。
使い方を間違えているだけだ。




