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第9話 気づかない幸せもある

 検査の結果異常なし。ということで、翌日貴文は退院できた。平日ということもあり、家族はみな仕事で、あの時の男が貴文を自宅まで送ってくれることになった。退院の手続きももちろんこの男がしてくれた。


「申し遅れました。私、田中と申します」


 そう言って丁寧にお辞儀をして名刺を差し出された。

 貴文はあまり名刺交換をしない職場に勤めているが、社会人として受け取り方ぐらいは心得ている。両手で丁寧に受け取って確認すれば、なんと誰もがうらやむ一流企業の社員だった。しかも秘書課だ。つまり、あの日貴文がぶつかりそうになった人物は、この企業のお偉いさんだったということなのだろう。

 たとえぶつからなかったとはいえ、急接近して立ち去ったのち、貴文が崩れ落ちるようにして倒れたのだから、何かしらの責任を感じて救急車でも呼んでくれたのだろう。そして搬送先は自分の指定病院にしたのだろう。ただ、誤算だったのは、貴文が一週間も目が覚めなかったことだ。当然、あの日待ち合わせをしていた姉は倒れた貴文を見たに違いない。


「ご丁寧にありがとうございます」


 貴文も深々と頭を下げた。


「杉山さんの荷物はこちらでお間違いないでしょうか?」


 そう言って差し出されたのはあの日購入した下着の入った紙袋と、身に着けていた肩掛けバックだ。当日着ていた服は、下着を含め綺麗にクリーニングに出されていた。丁寧にたたまれて袋に個包装された自分のパンツを見た時、貴文は耳が熱くなったというものだ。でも、退院するのだから、当然自分の服に着替えなくてはいけないわけで、貴文は人生で初めてクリーニングされた下着を身に着けたのであった。


「大丈夫ですか?ふらついたりなんかはしませんか?」


 車を運転しながら田中はバックミラーでちらちらと貴文を確認してきた。よほど主人から言われているのだろう。だったら自分で確認しにくればいいのにと思うところだが、実際は接触なんてしてはいなかったのだから非を認めるような行動はとれないのだろう。なにしろ相手は一流企業のアルファ様だ。平凡に平凡を掛け合わせて生まれてきたベータの貴文が係っていいような相手ではない。


「ええ、まったく問題はないですよ。会社にまで連絡をしていただいたそうで、お手数をおかけしました」


 貴文が倒れて意識がない間、本来なら家族が連絡するところを、なぜか田中が連絡をしてくれていた。おかげで有給とは違う特別休暇が適応されたらしく、貴文の給料も有休も減ることはなかった。それをありがたいと思えばいいのか、アルファの圧力恐ろしいな。と思えばいいのか、正直貴文にはわからなかった。

 ただ、今後関わることはないだろうから、丁寧な対応を心掛けるだけなのだ。

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