第61話 朝チュンではない断じて
「貴文さん、朝ですよ」
ふわふわでぬくぬくな、大変心地の良いモフモフしたものに包まれていた貴文は、いつもと違うことに驚いて飛び起きた。
「うわぁぁ」
ぼんやりとした頭のままゆっくりと首を動かせば、隣で超絶イケメンがほほ笑んでいた。
(まぶしいぃ、朝から半端ない顔面の破壊力)
貴文がそんなことを考えていると、義隆の手が貴文の太ももをするりと撫でた。
「貴文さん、浴衣がはだけて刺激的すぎます。朝ぶろに入った方がいいですよ」
言われてそちらに目を向ければ、昨夜義隆が用意してくれた新品の白いパンツにうっすらとシミができていた。
「ひあぁぁ、入ります。入ってきますぅ」
布団から飛び出す貴文に義隆が言う。
「お着換えご用意しますね」
「じ、自分で出しますからぁ」
貴文は慌てて自分の旅行鞄からパンツを出して風呂に向かったのであった。
朝食も部屋食で、日の光を浴びる美しい枝垂れ桜を眺めながらゆっくりと食べた。
そして観光ということで、旅館から二人で歩いて出かけた。週末ということもあり、人は結構多かったが、やはり桜が咲いている場所に人が集中していた。建物沿いの用水路には鯉が泳いでいて、そこはかしこに鯉の餌が売られていた。古い建物が並ぶ街並みはそれだけで観光客を呼ぶらしい。そこから少し離れたところにある旧家の庭園まで徒歩で移動していた時、貴文は見覚えのある看板を見つけてしまった。
「まだあったんだ、懐かしい」
思わず口にしてしまった貴文であったが、すぐにまずった。と気が付いた。が、もう遅い。アルファは恐ろしいほど耳と鼻がいいのだ。
「貴文さん、何が懐かしいんですか?」
すぐ隣にいる義隆が聞き返してきた。
「え、あ、この看板の、店?」
ごまかすことも隠すこともできなければ、人間思わず正直になってしまうというものだ。だが、その看板の示す店は店であって店ではない。分類で行けば時間貸し宿泊施設といったところだろうか。
「どんなお店なんですか?俺も貴文さんの思い出のお店を見てみたいです」
にっこり微笑まれてそう言われてしまえば、自称平凡ベータに断るすべはない。目的地の変更を余儀なくされて、貴文の思い出の店の看板の案内する通りに道を歩く。人通りが少なくなってはきたが、車はそこそこ走るからガードレールの中をゆっくりと歩く。そうしてたどり着いたのは古めかしいネオンと塩ビの暖簾がかかった建物だった。
「変わった駐車場ですね」
敷地に一歩踏み入れた時に義隆はそんな感想を述べた。それはそうだろう、停められている車のナンバーを隠すように車輪止めが置かれているのだから。
「変わったフロントですね」
入り口という看板に従って中に入れば、光るパネルで部屋の案内が出迎えてくれた。
「うわ、なっつ」
思わず口に出してしまい貴文は慌てて口を押えた。その声が聞こえたのか、義隆はチラと貴文を見てパネルに目を向けた。そして迷いなくパネルにある一つのボタンを押した。
コン
という音がして、鍵が一つ落ちてきた。
反射的に貴文がそれを手に取り、義隆と連れ立ってエレベーターに乗り込んだ。
「すごい定員二名なんですね」
義隆は狭いエレベーターに驚きながらも興味が尽きないという顔をしていた。
そして狭い廊下を歩き、目的の場所について貴文が鍵を使ってドアを開けた。
「ここで靴を脱いでね」
六十センチ四方しかないような場所に二人が靴を脱げば、そこはもう一杯になった。確かに、土足厳禁と書かれた看板が足元にあった。
「内装そのまんまだ」
口元に手を当てて貴文はつぶやいた。
「貴文さん。ここは何のお店なんですか?店員らしき人にはまったく遭遇しませんでしたが」
貴文を背後から抱きしめながら義隆が問うた。
「ラブホ。です」
貴文が簡潔に答えたが、義隆には伝わらなかったようだ。
「ラブホって何ですか?」
「ラブホテル、です」
言い直したところで義隆には理解が難しかったようだ。
「愛のホテル。ですか?貴文さん」
耳元で囁かれ、貴文は背筋が寒くなった。
「俺、初めてなんで使い方教えてくれませんか?」
「は、い」
カバンと着ていたコートをテーブルの上に置き、貴文は風呂場に向かった。
「ここ、温泉が出るんだ。こっちが温泉でこっちが浄水の蛇口。最初はシャワーで済ませて最後に湯舟使うかな?まあ、使わない人もいるだろうけど。この部屋は露天風呂になってるから他の部屋より利用料が少し高いんだよね」
「詳しいんですね」
「む、かし、ね」
義隆がべったり張り付いて聞いてくるから、貴文は気が気じゃなかった。
「シャワーは女の子が先に使う方が多いかな?髪の毛乾かしたりするし」
「髪を洗うんですか?」
「いや、ほら、濡れちゃうときもあるじゃない?」
ぎこちなく説明をする貴文を義隆がじっと見つめてくる。
「こ、これがタオルとバスローブ。ペラいけどそこはラブホだから」
貴文はそう説明をして義隆を見た。
「ええと、朝ぶろに入ってきたけど、シャワー浴びる?」
「使ってみたいです」
「おお、俺は使わないから。あっちで待ってる」
貴文は義隆を置いてベッドに飛び込んだ。
「な、なんで俺ここにいんの?やばいよ。やばすぎる」
そうは言いつつもベッド回りに置かれた小道具たちを確認した。大人のおもちゃを販売する自動販売機が設置されていて、一番上の列は避妊具とローションだった。
「貴文さん、何を見ているんですか?」
突然声をかけられて、驚いて振り返れば、義隆が立っていた。しかもバスローブではなく腰にタオルを巻いただけだ。
「バスローブ、小さくて腕が入らなかったんです」
そういわれれば納得するしかないが、義隆は驚くほどに完成された体つきをしていた。アルファだから、と言えばそれまでであるが、広い肩幅厚い胸板割れた腹筋、どれも貴文にはないものだった。
「ゴムが自販機になってる」
「ゴム?」
「ああ、ええと……避妊具?」
「ピルを飲まないんですか?」
「ああ、ええと、ベータがピルをもらうには病院にかかって医師の診断を受けて許可が下りないと処方されないんだよ」
「後飲みの避妊薬は?」
「薬局で売っているけど高いんだよ。オメガは医者が渡してくれるって聞くけどさ、ベータにはそんな優遇措置はないからね。ま、一年中発情してんだからしょうがないよなぁ」
貴文はカバンから財布を取り出して自販機にお金を入れた。
「こういうところはカード使っちゃだめだよ。何されるかわからないからね」
ゴトンッという音がして商品が出てきた。
「ローションとゴムのセットが五百円ねぇ」
それを手にした貴文は財布をテーブルに置き、ベッドに向かった。
「おいで、義隆くん」
手を引いて義隆をベッドに誘う。そこで潔くズボンを脱いで、下半身は白パンツ一枚になってみた。
「ここにあるスイッチで部屋の明かりを調節したりテレビを付けたりできるんだ」
貴文がベッドの枕元にあるスイッチの説明をすると義隆は真剣に聞いてきた。
「で、この電話はフロントにしかつながらないから、ルームサービスを頼むときに使うんだ。あと、最初に言い忘れたけど、出るときはルームキーをドアに付いたあの箱にさして表示された料金を支払うんだ。そうするとドアが開くよ」
「人手がほとんどかかっていませんね」
「こーゆー所では誰かと顔を合わせたくないもんなんだよ」
「そうなんですか」
義隆は不思議そうな顔のまま頷いた。
「それでは貴文さん。これについて教えてください」
義隆は、白パンツで胡坐をかいた貴文の前に置かれた箱を指さした。




