第42話 今夜はクリスマスなんですよ
「あああああああ、どうしよう。貴文さんからめちゃくちゃいい匂いがする」
貴文の食べた食器をリビングまで持ってきて、義隆は頭を抱えた。数値が一般的なオメガの発情期より低いだけで、アルファの義隆からすれば十分すぎるぐらい魅力的な匂いが部屋に充満していたのだ。最新で最強の空気清浄機を設置してはみたが、どうにもこうにも貴文から香るフェロモンの方が勝っていた。
「落ち着いて下さい。義隆様」
そう言いながら田中はリビングのテーブルの上に食事を並べた。
「義隆様も、きちんと食事を召し上がってください。学校は冬休みに入りましたから問題はございませんが、年明けは受験が控えておりますので……」
「わかった。分かっている」
田中の言葉を制しながら義隆は椅子に座り、食事に手をつけた。本当だったら貴文と二人で食べる予定だったホテルのクリスマスディナーだ。赤ワインでよく煮込まれた牛肉はとても柔らかく、口の中で解けるように溶けていく。ショートパスタは食べやすいように作られたソースがよく絡んでいる。トマトソースにほうれん草が練り込まれたパスタが、随分とクリスマスを主張していた。チーズのコクがきいていて、体がよく温まる。サラダにかけられた白トリュフが、まるで雪のように見えて気分を盛り上げるのに一役買っていた。
もちろん、一緒に食べてくれる人がいればの話である。
貴文が気に入っていたシャインマスカットのケーキはチョコタルトに仕様が変わっていた。濃厚なチョコにスッキリとしたシャインマスカットがよくあった。口の中で濃厚とサッパリが入り乱れるのを、大人ならシャンパンあてりで流し込むのだろう。あいにく未成年の義隆は、コーヒーで流し込んだ。
「カフェインを取りすぎると寝られなくなりますよ?」
心配した田中が口を挟む。だが、座った目をした義隆が答えた。
「あんな状態の貴文さんがいるんだぞ。寝られるわけないじゃないか。このまま起きて受験勉強だ」
義隆はリビングルームの広いテーブルに参考書を広げ、受験勉強を始めてしまった。田中はその様子を眺めながら、部屋の片づけを始めたのだった。
さすがにホテルのスイートルームともなれば、世間の喧騒は届いては来なかった。だが、窓から外を眺めればきらめくイルミネーションの中に大勢の人がひしめき合っているのが見える。あの日、義隆に出会わなければ、もしかすると貴文はあの群衆の中の一人だったのかもしれない。




