第30話 秘書の懐旧は打ち砕かれる
「いまだに活用しているだなんて思ってもいませんでしたよ」
義隆の部屋で田中の肩が震えていた。
理由は簡単だ。
義隆の宝物が入っていた黄色い新幹線の靴の箱がいまだに現役だったからだ。あれから10年ほどたつが、確かに本棚の片隅に置かれていたことは確認していた。思い出の品でも入っているのだろう。そう思っていたのに、現役の宝箱とは思いもよらなかった。
「物は大切にするべきだ。俺はこの箱も大切な宝物と捉えている」
正々堂々と使用宣言をする義隆ではあるが、田中はその箱の中身が問題だと言いたいのだ。そう、幼いころの思い出の品がしまわれているのならほほえましいことではあるのだが。
「義隆様、怒らないから正直に答えて下さい。中身は何ですか?」
田中が問いかければ、義隆は悪びれずに答えた。
「パンツだ。三枚入っている。今の俺にとっては何よりも大切な宝物だな」
しっかりと蓋をして中身を決して田中に見せようとはしない。だが、田中は大変優秀な秘書である。中身がパンツであることと、三枚という枚数を聞いてすぐに理解した。
「義隆様、それは杉山様の下着なのではありませんか?」
貴文が倒れたあの日、手にしていた紙袋の中には買ったばかりの下着が入っていたのは確かである。とっさに中身の確認をしてしまったのは秘書としての本能だ。万が一壊れ物や生ものであった場合、替えの品を用意しなくてはならないからだ。だがしかし、中身は下着であったから、壊れていなかったし割れてもいなかった。
「違う、俺の宝物だ」
義隆はあっさり否定したが、田中はちゃんとわかっている。なぜなら緊急搬送された患者の荷物は複数で確認し、内容を記載するからだ。ただ、そこには下着とか記載されず、種類や購入した店まではわからない。だからこその田中の出番だったのだ。田中は搬送のスタッフが、貴文とその所持品を運び去る前に素早くすべてを確認していたのだ。
「杉山様がお買いになられた下着と同じものであったようですが?」
ノックをしてから入室をしたが、貴文はとっさに隠すなんてことはせず、ゆっくりと蓋を閉めて本棚にしまったのである。その場所は幼いころから同じであった。
「俺のオメガの世話をして何が悪い」
「開き直りましたね。義隆様」
番に対してアルファの執着はすさまじい。もちろん田中だってアルファであるから、そのくらいわかっている。だが、意識のない相手の下着を取り換えるのはいかがなものか。
「専門のスタッフがいたでしょう」
田中がそう言うと、義隆はむっとした顔をした。
本来、急患で運び込まれれば、処置のため衣服は切り裂かれることが多いのだが、レントゲン室で医師が気が付いたため、専門のスタッフが貴文の衣服を丁寧に脱がせたのだ。そうして簡易的な処置服を着せたのだが、医師の説明を受けた義隆が暴走してしまったのだ。つまり、一目惚れをした相手が書類上ベータであったが、実はオメガだった。つまり、俺のオメガが下着を付けていないだなんて冗談ではない。と義隆は貴文の買い物であった下着を身に着けさせたのだ。
もちろん、やったのは義隆本人である。
「俺のオメガの裸を見るだなんて許せないだろう?」
「はぁ、そうですね」
確かに、紙袋からどこの店舗で購入したのか割り出したのは田中である。だからと言って、一人で同じものを購入してくるだなんて思わなかったのである。
「俺のオメガが付ける下着を、他のアルファに買わせるだなんてできないからな」
そう言って愛おしそうに箱を眺める義隆を、田中はどうしたらいいのかわからなかった。普通なら、自分の身に着けた下着を保管されているなんて気持ちが悪いものだ。まして、こんな風に眺めているだなんて、知られたら相当引かれるに違いない。
「だいたい、三枚しかなかったから、二日に一回しか取り替えられなかった。体は毎日拭いていたというのに」
いまさら、そんなことの文句を言われても困るというものだ。本来なら意識のない患者の体を毎日拭いたりはしない。床ずれがおきないように態勢を変えるだけだ。外部刺激を与えたら目が覚めるかもしれない。という医師の案だっただけなのだ。
「毎日……」
田中は頭が痛くなった。確かに毎日見舞いには来ていた。義隆が病室に入る際はアルファだからと離席させられてはいた。まさかその理由が……
「貴文さんが目を覚ます前に買いなおせたから良しとしている」
義隆はとても満足そうな顔をしたが、田中は違った。
(一つもよくはありませんよ。一歩間違えたらストーカーじゃないですか)
心の叫びはどこにも届かなかった。




