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大衆食堂エレマ戦場店〜前日譚〜

作者: 大海暑 冴

 食導班(しょくどうはん)と呼ばれる者達がいる。

 日夜魔族と戦う戦士たちに温かい料理を届ける支援部隊で、戦士の士気を高める為に必要不可欠な存在である。


 3月15日 雲一つない晴天 

 季節外れのカラッとした熱風が肌を刺激する。

 こんな時は一体何と表現すれば良いのだろう。

 "寒いと鳥肌が出る"から"暑いと鳥皮が剥ける"的な感じだろうか。

 人間も夏になると皮剥けるし……あ、鳥といえば夏に目覚める炎舞鳥(えんぶどり)、去年大量発生したのを村の野郎達で狩りまくったんだよな。あの時皆んなで食べた唐揚げがまぁなんとも…。


 思わず垂れたヨダレを袖で拭う。半年も後の行事を妄想するなんて、つくづく平和な毎日を送っているのだと改めて感じてしまう。



 ネルスタリス大陸北部カイナ

 人口は多分100人もいない

 広大な山と森に囲まれた辺境地で俺と親父は【エレマ屋】という小さな飯屋をやっている。

 朝と昼の間という中途半端な時間、村の皆んなは農作業や山散策など各々仕事をこなしているので客足は自然と消える。


 親父は生涯現役を貫くつもりらしく、日々の料理レパートリーを増やすために1日の大半を厨房で過ごしている。

 俺も16歳、口下手な親父の動きを盗んで何品か作れる様になった。

 親父にはまだまだなんて言われるが、結構評判いいんだぜ?


 …と、誰かに向けた自己紹介をしながら箒を動かしている間に、俺の前には落ち葉の山が出来ていた。

 集め終わった次は【焼却作業】を行わないといけない。


「【旋風】《せんぷう》」


 気怠げにそう唱えると、足元に集めた木葉が風に煽られ少し宙に浮く、これに左手で円を描くようにかき混ぜる動きをすると、胸の高さまでツムジ風が巻かれ、中で木葉同士が擦れて粉々になる。


「【小炎】《こえん》」


 続けて右の人差し指を風に翳す《かざ》、すると粉末と化した葉に火種が移り風を飲むように燃えて塵と消える。

 こうする事で地面を焦がさずスムーズに焼却が出来ると、昔母親に教えてもらった。


 母親は風属性の魔法使い、親父は火属性の魔法使い、そこから生まれた俺はゆるい風と小さな火を操る混合魔法使いだ。普通はどちらか一方しか受け継がないのだが、たま〜に俺みたいな半端者が生まれてくるらしい。

 便利なのは掃除と料理と……風呂を沸かす時くらいか。

 大変なのはくしゃみをした時、口から爆風、鼻から火柱が出る。

 風邪をひいた時は毎回庭で野宿をしなきゃいけないのが非常につらい。

 ま、こんなしょうもない悩みが出るのもこれまた平和の証……。

 そう…毎日が平和で……退屈だ。



「王都…行きてーな…」


 ネルスタリス大陸中央部にある王都マカナ、東西南北から集められた情報や物資が飛び交う魅惑の地。

 きっとそこには見たことも無い食材が取引されているのだろう。

 


「でもなぁ…」


 そこまで考えるがどうにも事を運べない。果てしない道のり、金銭の問題、まぁ色々と問題が多い。何かキッカケがあればそこからトントン拍子でいける、と俺は常日頃謎の確信を持ちつつ一日を終えてしまうのだ。



 こんな時に寒風でも吹いて頭を冷やして欲しい。その願いも虚しく再び強い熱風が吹き抜ける。


 村の皆んな〜、今日は早めに切り上げろ〜……このままじゃあ熱さにやられちまうよ~。


 と、異常気象に耐えながら土を耕す常連の爺さん達を想像しつつ、俺はそそくさと店内に戻った。


・ ・ ・


時は流れて真っ昼間、予想通り早めに切り上げた泥まみれの爺さんが続々と店にやってきた。


「ヴィカ〜!生1つおかわり!」


「はいよ〜!」


「ヴィカ〜今日の収穫だ。親父さんに渡しといてくれ」


「おっ!マンドラネギか、丁度きらしてたんだよ!ありがとうガルゲさん!」


「ヴィカ…ワシも生ビール頼む」


「その辺にしとけよアザールさん。、1日3杯までって医者から言われたろ?昨日カプティーナさんから茶葉貰ったから、それで我慢してくれ。」


「御免ください」


 赤い鎧を纏った男性が暖簾を潜って入店した。

 聞きなじみの無い若い声だ、旅の方だろうか。


「へいらっしゃい!4番席どうぞ!」


「ヴィカニール・エレマくん」


「はいはいご指名ありがとうございますー、注文が決まったらまた呼んでくださいー」


「突然だが私と共に王都まで来てもらいたい」


「すみません、カイナ以外の出前は受け付けてないんですよ〜、お冷とおしぼり置いときますね」


「君をシルヴァーレ騎士の学生として迎え入れたい」


「すみませーん、うちの麺類はシルヴァーレ製麺ではなく全て自家製の麺で提供していて…って…え?」


「君の噂は以前から耳にしている、君の力が欲しいんだ」


「おおおおお俺の力が欲しいぃい!?」


 その言葉に驚いた俺と連動する様にお盆とコップに入った氷水が騎士の顔面にかかる


「ンア、ゴクッ」


 はずだったのだが大きく開けた騎士の口内に中身の大半が吸い込まれ、鼻の両穴に氷が1個ずつスポッとはまった。


「うん、鼻と奥歯がよく染みるね、これは良い水だ」


 染み方によって良し悪しが分かるとは中々やるな。

 いやいや、そうじゃなくて。


「……マジっすか」



 今日は3月15日、雲ひとつない晴天

 ずっと思い描いていたそれは唐突に訪れた。


・ ・ ・



王都シルヴァーレ

マカナにほど近い距離に位置する巨大な都市だ。


その中心にそびえ建つのは、各地から集められた選りすぐりの精鋭だけが入学を許されるシルヴァーレ魔導学園。


その中で俺は後方支援に特化した救導科(きゅうどうか)に所属している。



「それで迷宮の最深部には山盛りの金塊がざっくざく!」


「こうしてルベック家は一代にして大金持ち、その息子が名門学校にいるわけだ」


「ちょっと!先言わないでよ〜」


「毎日聞いてたら嫌でも覚えるっての、ほらできたぜ、大盛り炒飯」


「おっ、きたきた!」


 俺のルームメイト、ザルハ・ルベック

 ある日庭で土いじりをしていると、偶然にも未開の鉱山を掘り当てて一代で大金持ちになったらしい。

 それ故に高そうな指輪や耳飾りをしているが、貴族の様な気品さなどは一切感じさせない。非常に庶民的で優しい男だ。

 そしてチビ、童顔、クソガキ、デリカシー無し男。

 ハッキリ言って普通に嫌いだ。


「この学園に来てから昔からの名家とか英雄の子孫とかはたくさん見たけど、まさか田舎の料理人がいるとはねぇ~」


 キンッ


「こっちこそ、《《偉大》》なるルベック家のご子息様に炒飯を振る舞う事になるなんてな」


 ガキンッ


「ははははははぁ、ヴィカは騎士より主婦の方が向いてんじゃなーい?」」


 パリンッ


「せめて主《《夫》》にしてくれ」


 ぐぅ〜


「…ねぇヴィカ」


 俺達がいるのは一階の学生寮なのだが、真上から何かが割れる音と唸る様な重低音がする。


「確か二階って…女子の部屋だよな…」


 ミシッ


「……何だろう? ガラスが割れる音……?」


 メキッ、ペキキ…


「なんか、天井のヒビ……広がってね……?」


 ズドンッッッッッッ


「「!?」」


 大量の木くずとホコリの雨と共に、上から蒼い髪の少女が落ちてきた。


・ ・ ・


「おかわりです」


 蒼髪の少女が皿を渡す


「はいよ」


 俺が炒飯をよそう


「ん」


 蒼髪の少女に返す


「ありがとです」


 がっつく


「おかわりです」


 蒼髪の少女が皿を渡す



「はいよ、って違ーーーう!!!」


 ヴィカニールが叫ぶ


「ザルハ! お前が実況すな!」


 いちいちヴィカニールがツッこんでくる〜


「うるせえ!」


「おかわりです」


「お前も自重しろ!!!」



 ~これまでのあらすじ~



 ①少女が上から落ちてきます

 ②大盛り炒飯に顔面ダイブします

 ③口に入ります。

 ④モグモグ

 ⑤おいしい

 ⑥おかわり


「いや全然分からん!!」


「7日振りの食事です。リルの胃袋はまだまだ歓喜の悲鳴を上げています」


 リルと名乗る少女が自身のお腹を撫でると、グゥ~っと親父のいびきよりデカく長い音が部屋に鳴り響いた。

 さっきの重低音はお腹の音だったのか!



「7日!?ウソでしょ!?魔力を補給するには食事(カロリー)が必須!だから僕もこうして毎日タダ飯食べてるのに!」


 よし、飯食い終わったらルームメイトの解消手続きをしに行こう。


「だからこれを」


 リルはグーの形にした拳を炒飯皿の真上に突き出す。


「カチカチコーリン………シャリッ」


「は?」


 謎の言葉を呟いた彼女が手を開くと、白い粉が皿の上に降り積もり始めた。


 指先で軽く触るとサラサラしていて、そして冷たい。


「これは片栗粉…いや、雪…?」


「正確には砕いた氷です。リル式詠唱魔法カチカチコーリン、最後のシャリッで粉になります」


「まさか今までこれを食って凌いでたのか?」


「4限目の魔法学でペコペコが限界を迎えて、いつもより多く氷を砕いていました。それでこんな事になりました。申し訳ないです。」


「……」


 なんだよ急にしおらしくなりやがって……調子狂うな。

 さっきまで騒がしかった部屋に静寂が訪れる。

 気まずい空気をごまかす為に、俺は昔の記憶をたどる事にした。


・ ・ ・


 10年前の冬


「ほらよ、エレマ特製マーボー炒飯だ」


「い、いいんですか?私なんかが頂いても……」


「ははっ、気にすんな! いーから冷める前に食え!」


 暗く汚い路地裏で、親父が男に飯を与えていた。

 当時はまだ村に活気があって競合店が何件もあったから、絶対に儲かっていなかったと思う。


 親父と俺は釜を持って路地裏に入り、タダで浮浪者に飯を提供していた。


「本当にいいのか親父? タダで飯を食うなんてなんかズルくないか?」


 路地裏の浮浪者たちは、親父が通りかかった時だけひょっこりと顔を見せるようになり、やがて店の前まで訪れて飯を要求するようになった。


「バカ野郎、なにがズルいもんか! よく見てみろ、おっさん達が列を作って待ってるだろ? これを見た奴らが『あ、ここすげえ人並んでんじゃん、繁盛店じゃん』ってなって列に加わりだすんだよ! 名付けて『細エビ巨大(ころも)戦法』だ!」


 結局親父は賄いと引き換えに浮浪者を雇い入れて、店の回転率を上げたり、デリバリーサービスを取り入れた事で今ではカイナ唯一の飲食店になったのだ。


・ ・ ・


「……よし、決めた」


「え、何を?」


 きょとんとするザルハ、この子犬のような目には思わず引き込まれそうになる。


「お前はこれから宣伝係だ! その顔で寮内を歩き回れ」


「ええ!? 宣伝!? なんでさ!」


「そしてこう言うんだ、エレマ食堂本日よりオープンです。と」


「ヴィカ……?」


 リルはスプーンを持ったまま静止している。


「リル、お前はウエイトレス兼キッチン補佐だ。給料は一切出ないが三食賄い付き、どうだ?」


「食べ放題?」


「頑張り次第」


「じゃあ頑張る」


 俺の半端な魔法じゃあ低級魔族も倒せない。

 だけど料理なら皆の心を救えるかもしれない。


「エレマ食堂シルヴァーレ魔導学園105号室支店、ただいま開店だ!」


 こうして発足したエレマ食堂は、以降50年もの間、戦地に温かい食事を提供しつづけた。

 





 

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