演習(後)
TURN WEI
昼食は合宿らしく、施設内の広間でとった。疲れた体に沁みたのは言うまでもない。
午後の演習は互いの撃破割合で勝敗を決める。人数に大きな差があるため、撃破数や全滅条件では量らない。また撃破された人間は終了まで待機場所にとどまり、残ったメンバーと連絡をとってはならない。
午後となり、ゲリラ戦の準備が始まった。常日頃から森で訓練をしている奥多摩側からすれば、この上ない好条件である。しかし相手は大軍、さらに近絶妃もおり、その力は未知数と言ってもいい。
「前日までに地形の確認は取れているか?といってもほぼ平地なんだがな」
鬼の確認に全員がうなずく。
「基本的な考えとしては、勇くんと豪が陽動し姫と鬼が狙撃、私が後方から支援という形でいいかしら」
「そうだ」
水源林の一件であったように、鬼には奇襲の才がある。手を尊敬する理由として、隠蔽術式と自身の能力の相性がいいという要素も挙げられる。
「問題は妃さんの存在ですね」
姫の言う通り、彼女の実力は未知数だ。勇では一方的に撃破されてしまう可能性すらある。
「こればかりは柔軟な対応をするほかないな」
あらかじめ戦術を組むのも大切だが、最終的な勝利は想定外の出来事に対応できた者が得る。その考えを今ここで試そうというわけだ。
「地図にないため現地捜索ということになるが、私と姫は手ごろな岩を見つけたらその陰に隠れる。その位置はブロックコードで伝える」
奥多摩レジスタンスは無線を傍受されても構わないよう、前日までに島をブロック分けし、それぞれにコードを付けておいたのだ。
午後十三時、襲撃戦演習が開始された。
開始直後は青梅側も索敵中のため、静かな、しかし緊迫した時間が流れる。鳥のさえずり声さえもが神経を逆撫で、虫が止まった肌は短く痙攣し脳には電撃が走る。
「こうなると、サバゲってかなり怖いな・・・」
思わず勇の口から独り言がでる。いくら訓練とはいえ、いつどこから敵が来るか分からない状況だ。襲撃側でもかなりの恐怖を感じる。
軍導師を除き最も索敵能力が高い鬼が網を張り、散開した勇と豪が徐々に包囲網を狭めたうえで、姫が混乱した敵を撃破する。一見理にかなっているが、敵が複数に分かれていた場合かなり対応が困難になる作戦だ。
つまり勇は一人で鬼の指示を待っているのだ。危険な状況にもかかわらず、自分からはどうにもできない。極めて歯がゆいと表現しても差し支えないだろう。
開始十分後、鬼からの第一報が入った。
「現在敵はA2ブロックにいる。しかし数からして二手に別れている可能性が高い。現状は待機だ」
敵の位置が完全に把握できていない以上、むやみな行動は敵の思うつぼに嵌まる危険がある。鬼は様々な事態に対処しやすいよう島の中央部、B3ブロックから敵を探知、指示を通達しているのだ。
しかし彼の探査網も万能ではない。普段は拠点の警備程度の範囲のため完璧なのだが、島全域となると話は違う。そもそも奥多摩側における情報術式の使い手は軍導師であり、彼の協力あっての完璧なセコムなのだ。
(薄い網に運よく引っかかっただけだ。そう何度も上手くいくとは思えない)
鬼も開始前からこの役目に不安を感じていた。なぜ軍導師自身が参加しないのか、当然監督役だからということは理解していたが、緊迫した状況になると些細な事柄も憤りを呼ぶ。
「同じブロック内なら私のスコープからでも見えます。衝突時の対応は任せてください」
姫はこういう時でも気遣いを怠らない。勇が来る前から、多くの窮地を救ってきた声だ。
それから更に五分後、姫のスコープが敵を捉えた。
「十一時の方向に敵二十」
「勇、豪、二人は敵のもう一団に警戒しながら、徐々にB3ブロックへ向かえ。敵を挟み撃ちにする」
来た。鬼の通達を聞いた勇は飛び上がるように走り出し、周囲の空気に気を配りながら島中央部へ向かう。
高低差がないとはいえ、獣道ですらない森を走るには体力が必要だ。高い向上性を活かし筋力値を上げてきた勇だが、緊張と警戒のなかではやや厳しいものがある。
少し息を切らしながらも鬼の指示に従い、豪とともに敵を囲い込むよう動く。こうすることで自分たちの存在を勘付かれても、敵の一団を牽制できる。
「いない・・・」
姫のスコープに近絶妃は映らない。位置が不確定な状況で戦力を集中させるわけにはいかず、薄い包囲と索敵を続ける膠着状態に陥った。
鬼は探知感度を限界まで高め、他の敵をあぶり出そうとする。しかし地中に隠れているのか、いまだ反応はなく、近絶妃の位置もつかめない。
ただ時が流れていく。
演習開始から二十分、ついに鬼が敵第二グループを発見した。
「C1ブロックに反応あり。距離が離れているため、勇と豪は敵第一グループを包囲撃破せよ」
反応の座標から中央部までは五分ほどかかる。奇襲には十分な時間だ。
勇は竹刀を抜き、一気に敵との間合いを詰める。
まず一人、構えられたハンドガンの軌道を避け、低い姿勢から腹部に一撃を加える。更に向かい来るペイント弾を宙返りざまに躱し、頭部に打撃を加え撃破する。
一団の反対側からは豪が勇よりはるかに速く撃破を重ねている。地面を擦るほどの低さで動いたかと思えば、瞬時に飛び上がり敵の意識を翻弄する。
あまりの攻め様に、残った五人ほどの敵は一斉に逃げ出した。しかし一瞬で倒せるだけの人数、すぐに追跡する。
逃がさない。
ここまで相当ビクビクさせられたんだ。
その借りを返してもらう。
豪とともに撃破を繰り返す。
「勇、豪!罠だ!戻ってこい!」
鬼の鬼気迫る声が響く。・・・続報はない。
「こちら居合の刀豪、応答を求む」
沈黙。
「こちら望探の俊勇、応答を願います」
変わらぬ沈黙。
「無線が使えないということは・・・!」
二人が同時に放った言葉の答えは一つ、
「はめられた・・・」
しかしここは疑似的とはいえ戦場、豪は素早く見解を示す。
「俺たちは今戦ってきた連中を陽動、二回目に見つけたグループを本命とみなして行動した。しかしこの時間では後者が鬼と姫がいる地点へ到達することは不可能だ」
「じ、じゃあ確認に戻る必要が」
焦る勇を豪は引き留める。
「本命の部隊を特定させたくないという都合上、前者と後者の人数はほぼ同じであったと考えられる。俺達が戦った敵の数からして、つまり青梅側のほぼ全員が2部隊の中にいた。・・・一人だけいる、単独での奇襲で二人を倒せる人間が」
近絶妃だ。
方角を確認した勇があることに気付く。
「今僕らがいる場所は、最初に衝突したときより島の中心と離れています。敵が逃げていったのも、僕らを誘導するためなのかと」
「幸いなのかは分からないが、撃破が確定されたのは鬼だけだ。敵が降伏しない以上、妃は健在だと考えるべきだが、まだ辛うじて勝機はある」
豪が示した可能性に、勇は奮い立つ。
(私が撃破されたら、あの子には勝てない!)
支援要員として、島中央部の穴に隠れていた姉。しかし術式をかけるまでもなく鬼と姫は妃に撃破されてしまった。
幸いにも敵に高度な探知術式を使える人員がいなかったため、妃は姉を見つけられずに去って行った。その後頃合いを見計らって抜け出し、勇たちに合流すべく妃とは逆方向に走っている。
十分に距離をとったところで、無線を使い連絡をする。
「こちら救光の援姉、応答を願います」
「来た!」
勇は希望を込めながら応答する。
「こちら望探の俊勇、居合の刀豪とともに撃破はされていません」
「とにかく合流しましょう。今の人数で陽動や奇襲はできないわ」
「了承した。ではA2区域でどうだ?」
こちらの戦力は半減し、遠隔攻撃は使えない。とはいえそれは相手も同じこと、まだ勝機はある。それは勇と近絶妃、二人の天才がぶつかり合うことに他ならない。演習は予想だにしない緊迫感を伴い、第二ラウンドに入っていく。
演習開始から四十分、勇・豪・姉の三人は勝利への策を練っていた。
「最も効率的な方法としては、勇が陽動、俺が妃と対決し姉が後方から支援という形になる。だが・・・」
奇襲とはいえ鬼と姫が同時に撃破されたことから、近絶妃の力は豪と同等かそれ以上と推測せざるをえない。それに妃以外の敵もまだ残っている。
「何とかして妃を一人にしなければいけませんね」
勇が他を誘導すれば、姉の支援術式を得た豪の力は明らかに格上だ。しかし集団から特定の一人だけを分離することは、この警戒状況下では不可能に近い。
「無理に敵を分けずに正面対決・・・不意打ちされなければいいけど」
姉の言うとおり、たとえ圧倒的な力を持っていたとしても、一人と集団では背後を突かれる可能性が高くなる。第一グループを二人で撃破したのも、そのことを恐れてのものだ。
いずれにせよ、近絶妃が撃破された時点で青梅側の勝ち目はなくなる。
島中央部、奥多摩コードでのB3ブロックでは近絶妃が隊の中央で休憩をとっている。地理的有位に立ち、迎撃の準備は万端だ。
「勇、ぜったい勝つ」
ほんわかとした声を発している最中でも、その頭の中では巧みな戦略を考えているのだろうか。それともいざその場で策を思いつけるのだろうか。
偽装術式屈指の使い手、偽幻の装荘手が誇るとっておき。やがてはそれすら超えた存在になり、革命の中核となるのだろうか。そうなりうる存在が偶然地理的に近い組織に所属し、こうした演習を通じて互いを研鑽しあう。果たして偶然か、運命か、それとも。
両者動かぬまま、一時間が経過した。停滞、沈黙、一つの言葉では表現できないような時が、彼らの心に重くのしかかる。
鬼を失った今、奥多摩側のレーダーは豪の聴覚だ。木の上から耳を澄まし、小さな気や生物の動きを頼りに敵の位置を把握する。精度は落ちるが、敵も一団のため十分信頼できる。
―――来た。
「敵に動きがあった。いつでも戦えるよう構えろ」
敵を撹乱するには、移動中が一番だ。三人はひたすらこの時を待っていた。
「B3ブロックをこちらへ移動中。まだ動くべきではない」
適切な間合いとなるのを待ち続ける。
豪は厳しい目つきで、距離を測っている。
勇の足は来るべき時へ向け、一歩踏み出されている。
姉は激突時に備え、自身の魔力の限界まで術式を組み上げている。
「勇、走れ!」
一切の遅れなく、勇は敵へと真っ直ぐに駆け出す。疲労で足が悲鳴を上げるも、精神力で抑え込む。
三十秒ほどで、視界の先に小さく人影が映る。
(少しでも足りなければ、勝機は失われる)
敵まで三百メートル、二百メートル、百メートル。
木刀を抜き、警戒態勢を誘う。
五十メートル、三十メートル、・・・十メートル!
勇は筋力を限界まで使い、敵を飛び越えた。
上を向き、あっけにとられる一団。普段眠そうな目を見開く近絶妃。
完全に敵をパスした勇は、島中央へ全速力で向かう。二人ほど追手がいるが、処理はせずに走り続ける。
三分ほどで目的地に着いた勇は、落ち葉でカモフラージュされた穴をかき分ける。
「どういった策なのかな?」
二人の追手が呟いた瞬間、その服にペイント弾が命中した。
「撃破されたメンバーは離脱し待機場所へ、そして戦闘中のメンバーへの連絡はできない」
少し間を置き、次の一文を述べる。
「しかしその装備への言及は一切ありません。これは姫が残し、姉が隠してくれたものです!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、勇はルールの盲点を叫んだ。
拳銃とライフル(もちろんモデルガン)を回収した勇は、来た道を引き返す。徐々に視界で黒い人影が大きくなり、豪との衝突は目前であることが分かる。
「射程目測!」
勇は姫に伝えられたライフルの飛距離を測り、最初の訓練で得た技術で敵を捉えた。
トリガーを引き、まず一人撃破するも、強い反動が体を通り抜ける。
しかし勝利への渇望は尽きず、一切の無駄なくリロード、更にもう一人、その服を色素で染めた。
開けた前方、近絶妃が今まさに豪に飛びかかる様子が見える。三人のうち一人でも撃破されれば勝機はない、その事実とスコープを見つめ、近絶妃を撃つ。
そう簡単に撃破はされない。近絶妃は銃声を聞く間もなく木短刀を後ろに向け、ペイント弾を跳ね返した。
しかしそこに一瞬の隙が生まれた。その機会を逃すまいと、豪は素早く近絶妃の胴体へ竹刀を振り下ろし、姉も目が充血するほどに術式をかけ続ける。
返した。二人の全力を受けてなお、近絶妃は竹刀を防いだのだ。周囲の敵を全て撃破した勇は、至近距離で挟み撃ちをすべく、一気に駆け出す。
「…に約束した、この機会に絶対強くなるって」
近絶妃がいつもとは異なる硬い声で呟いた瞬間、勇との間に伏兵が現れた。何と背後からの銃撃を予測し、対応すべく手を打っていたのだ。決して撃破に手こずる相手ではないが、この状況での数秒は致命的となる。
「豪、この前の決着」
近絶妃は竹刀を半分折る形で、豪の腹部に木短刀を突き付けた。
「はああああああああ!!!!!!」
撃破をはっきり認識する間もなく、絶叫をあげ勇が飛び掛かった。姉もすぐに支援対象を勇に変え、全ての魔力を使い果たさんばかりに強化する。
―――これはプライドの勝負だ。
―――体が痛もうと、立ち上がれないほど疲労が溜まろうと、今この時に全てを賭けなければいけない、いや賭けたい。
―――目は充血に疼き、意識が朦朧とする。
―――考えられるのは、今組んでいる術式、そして勝利。
「勇くん、おねがい!」
姉が願ったその瞬間、勇の木刀が近絶妃を、近絶妃の木短刀が勇を捉えた。
近絶妃が微笑んだようにも見えた。
「勝った、の・・・?」
息もたえだえの姉が、残りが自分だけだということを確認し、軍導師に連絡をとる。
「こちら救光の援姉、奥多摩側の勝利の模様です」
ボロボロの四人が施設に戻ると、目の前のビーチで姫と鬼がくつろいでいた。
「ん、お疲れー」
鬼の声。さっきまでの緊張感は何だったんだ!