演習(前)
TURN WEI
同盟を組む国の軍隊は、漸次合同演習を行い協調性を高めるのが常だ。またかつては敵国への牽制の意味も込められていた。
「同盟が成立して早々になるが、合同での訓練を行う必要があると考えている」
歓喜の翌日、軍導師は仕事モードで今後のスケジュールの検討に入った。
「青梅レジスタンスの戦闘員数は予想以上に多い。効率的な布陣ができるかが活用の要であることは確かだな」
鬼は自らの目で確かめたものを伝える。
「ぜひとも使いこなしたいものだな」
気のせいか、軍導師の目が笑っているように見えた。
「しかし、それだけの人数が目立たずに動ける場所があるのですか?」
姫が考える通り、これは正規軍の演習ではない。立派な演習場を使えるわけでなければ、それを目的に集まるミリオタから入場料を搾り取れるわけでもない。
「ヲタの目を盗んで、なおかつ派手なこともできるとなると、私有地か」
「そんなお金持ちいるんですか?」
そもそもこの組織は、世間一般から外れた人間が集まってできたようなものだ。そんな変人たちが大きな資産を持っているはずなど・・・。
「――心当たりならあるわ」
姉が信じられないことを発言した。
「学生時代の友達で、沖縄に島を持ってサバゲをやっていた人がいるの。サバゲサークルと言えば使わしてくれるはずよ」
姉の顔の広さは他のメンバーには知れていたようで、万が一の時はその脈で高飛びも可能だそうだ。敵が一枚岩でなければ、人脈による破壊工作もできていたに違いないと、耳に挟んだことがある。
「もしもし、突然でごめんね。頼みがあるんだけどいいかな?・・・うん、ありがとう」
姉は携帯で話していたが、すんなりと了承してもらえたようだ。
「基本的に当日連絡でいいって。立派な別荘も前日に連絡をすれば使わせてもらえるそうよ」
「俺たちはVIP待遇なのか?」
一体どれだけの金持ちなのだろうか。そして姉の人脈はどこまで広がっているのだろうか。
「待ってください。僕たちは指名手配犯のようなものですよね?飛行機のセキュリティを抜けられるはずがないと思うんですが・・・」
勇が言うとおり、メンバーのほとんどの面が割れているため、変装なしには出歩けない。しかし飛行機の搭乗手続きで顔を隠せるはずもなく、またかつて大手自動車メーカーのCEOが用いた手段も使えない。
「そのための人脈よ」
姉はそう言うと、別の連絡先へ電話を掛けはじめた。
「確か来週末に沖縄に遊びにいく予定だったよね。その便に乗せてもらえないかな?料金は多めに払うからさ。・・・うん!ありがとう!」
セレブのやり取りを見ている気がする。
「ど、どんな手段で飛ぶんですか?」
「国内のプライベートジェットは比較的セキュリティが甘いの。上手に偽装術式をかければ問題なく抜けられるわ」
「だから人脈広っ!」
酔った軍導師を諌めるかの勢いで、鬼はツッコんだ。
「そもそも全く関係のない俺たちが乗っても怪しまれないのか?」
「言い方は悪いけど、正直大富豪のボンボンというか。でも心は広い人だから良くしてくれると思うわよ」
心が広くて頭が悪い、一番幸せなパターンなのかもしれない。
プライベートジェットは約50人乗りで、搭乗時に厳しいチェックは行われないようだ。セレブは顔を隠す事情も多いため、変装も暗黙の了解なのかもしれない。
沖縄、那覇空港に到着後は島の所有者側が手配した車で近くの港へ向かい、船で目的地へ到着する予定となっている。メンバーは奥多摩側全員と青梅側からの選抜、留守は手とその部下が守ってくれるようだ。
軍事演習だというのに、あまり緊張感がない。
その週の金曜夜、勇たちは羽田空港へと向かった。家族旅行で使った一般用のロビーとは違い、プライベートジェット用の受付は国際線のターミナルに設置されている。
「なんか落ち着かないな」
豪の反応も無理はない。一般人にとって空港ラウンジのような空間は、優越感よりむしろ緊張感のほうが強く感じられる内装となっているのだ。
「ボンボンは出発直前に来るらしいから、しばらくここで待っててね」
姉はそういう人間にあまり好感を持たないのだろうか。体制に抵抗する者として、仕方のないことなのかもしれないが。
「金持ちか。話が合うだろうか?」
「優しい人だから大丈夫よ」
姉は豪を安心させた。
約三十分後、表でドアが開く音がした。
「いらっしゃい。やっぱりみんな沖縄は好きなのかな?」
彼の見た目は決していい加減なものではなく、むしろ真面目な雰囲気だ。しかしその目には全てに対する余裕がうかがえる。
「久しぶり。友達と沖縄旅行に行こうとしていたから、随分と助かったわ」
「それにしても多いね・・・。大きな別荘にでも泊まるのかな?」
「別の友達が貸してくれたんだけど、せっかくだからセレブな気持ちを味わいたいかなーって」
気さくなそのやり取りに、勇はかつての友人たちのことを思い起こす。ここまでセレブな会話をしたことはないが、この雰囲気にはどこか懐かしいものがある。
「じゃあ時間だし、搭乗を始めようか」
機内は意外にも質素だった。席の幅はエコノミークラスを少し広くした程度だが、数が少ないため空間には余裕がある。
「当機は定刻通り、沖縄・那覇空港へ向けて離陸します」
一般の場合と同じく、機長のアナウンスで離陸する。
「いやぁ沖縄かぁ。何度も行ってるとはいえ、やっぱりたのしみだねえ」
訓練とはいえ、沖縄というネームバリューは大きく、機内には高揚感が満ちていた。
「休み時間になったら、海水浴とかできますか?」
勇も一週間前からわずかな楽しみを感じており、水着を持参していた。
「休憩時間はもちろんあるとも」
軍導師の言葉に、勇の顔は明るくなる。合宿みたいで楽しい。
「はしゃぎすぎて疲れを残すなよ」
豪は注意するが、顔は少しほころんでいる。
約二時間が経ち、一行は那覇空港へ到着した。搭乗口が開いた途端、東京の夏とは違う、南国の空気が入り込んでくる。
「じゃあみんなも、沖縄を楽しんでくれ」
ラウンジでボンボンと別れた後、手配した車が待つエントランスへと向かう。
「完全に旅行気分だな・・・。合同演習に集中できるのか?」
鬼の言うとおりだ。たまたま姉の友人が沖縄に島を持っていた。はたして運が良かったのか、それとも悪かったのか。
10台近い車がロータリーに並び、50人近い一行が一斉に乗り込む。団体旅行客に見えるので、怪しまれる心配はない。
「海、たのしみ」
奥多摩レジスタンスの一台後ろ、青梅側の車両では、近絶妃が後部座席で無邪気にはしゃいでいた。不真面目にも見えるが、みんな知っている、彼女が演習になれば真剣に取り組むことを。
港で船に乗り換え、空港から約一時間、目的地の島へと着いた。海は青緑に輝き、透き通った水面には小魚や貝、そしてサンゴがその生命を映やしている。
一行は島に到着後、すぐに施設へ向かい、部屋の割り当てを決めた。とはいえ全員分はなく、二人一部屋ということになった。
「よう勇!野郎どうし仲良くしたいものだ」
豪と一緒だ。当然だろうが、少し残念かもしれない。
「明日の予定の再チェックでもしますか」
出発前に何度も行ったが、用心に越したことはない。時刻はすでに21時を回っており、早めに明日の準備をする必要がある。
「まずは時間割だ。午前七時に起床後朝食、八時には支度を済ませ玄関正面に集合。午前は平地での白兵戦、午後は森に入りゲリラ戦の演習だ。十六時に終了、以後は自主訓練となる」
「次にメンバー割です。白兵戦は一時間ごとにランダムで組を入れ替え、ゲリラは奥多摩側が襲撃、青梅側が迎撃となっています」
「最後に配置だ。午前は島の東西の端に陣取り、一時間経過時点での戦線で勝敗を判断。交代して繰り返す。午後は俺たちは自由、青梅側は正面玄関前からのスタートだ」
二人は最終確認を終えた後、装備の確認をする。
「午前は各自の武器、そして長期戦を想定しての食料、テント、炊事道具、各種アメニティ等を背負う。午後はそれにロープやハーケンなどの移動用の装備を加える」
「改めて見ると、すごく重そうですね・・・」
「実戦ではケガをした仲間を背負って移動することもある。肩や首を鍛えることも大切だ」
「首に重りをかけるやつ、あれ苦手なんですよね」
そうして全ての確認を終え、二人は就寝した。
「なんでお前と・・・まあ酒がないなら大丈夫か」
隣の部屋では、鬼が軍導師と話している。
「そうは言っても女子と同室にするわけにはいかないだろう」
「だーったよ、一緒に寝るだけなら我慢だ」
いつも酔った軍導師に絡まれているため、こういう会話になってしまうようだ。
「それにしてもすごい別荘ですね・・・」
姫は吹き抜けを見渡し、感嘆の声を上げる。
「あの子、この島を買ったときすごく喜んでいたからね」
姉の言葉に、姫は少しの疑問を持つ。
「昔からの友達だったんですか?」
「中学からのね。昔は休みになるとよくここに遊びにきたの」
「深入りしすぎかもですが、どういった理由で仲良く?」
「同じ部活でね。でも・・・ううん、何でもない」
明るい姉でも、友人関係は一筋縄ではいかないようだ。
翌朝、予定通り勇たちは施設の正面に集合した。
「それでは、規定の通り別れ、島の東西へ向かってくれ」
勇・豪・姉は東軍、姫・鬼・近絶妃は西軍に配置された。
「偏っているわね・・・」
姉は近接型と遠隔型が、片方に集中していることに気付く。
「平地限定ではこちらが不利か」
午前の訓練では、島中央部にある森への立ち入りは禁止されている。そのため木に隠れ、背後からスナイパーに近づくことはできない。
「開始は30分後です。今のうちに少しでも隠れ場所を作っておくべきでは?」
「ああ。隠れ穴を作って奇襲するのが一番だな」
豪は青梅側のメンバーに作戦を伝える。彼らに囮となってもらい、その隙に奇襲を仕掛けるようだ。
午前8時半、演習が始まった。
開始直後、早くも双方の動きははっきりとした。有利な条件の西軍は島の南北に分かれて挟み撃ち、不利な東軍は一転突破で逆転を狙う。
「敵は戦力を分散させてくる可能性が高い。物理と魔術、どちらの対策をされてもいいよう鬼と姫は分けられるだろう」
「問題は妃がどちらにいるかね」
東軍は奇襲の方向で進めているが、こちらの主力のうち姉は支援型なので直接戦闘には参加できず、近絶妃がいた場合二対二となる。そもそも地形からして不利なので、それでは勝ち目がない。
「何か解決策はないのか・・・!」
勇は悩み、いつかのように思考が加速していく。周囲の声は遠ざかり、足元の砂の感触も鈍くなる。
「勇、この場合の対策法は・・・勇?」
「・・・っ!」
何かに気付いたようだ。
一方西軍では、鬼と姫が配置について議論している。いかに自分たちの遠隔攻撃を活かせるかが論点だ。
「こちらが有利であることは明らかです。しかし森に入れないということは、高低差を活かした攻撃ができないのと同じ。圧倒的な優位性はないと考えます」
狙撃は、高所から行うことが多い。しかし砂浜では、向かってくる相手を一発で仕留められない場合、かえって不利になる。
「確実に仕留めるには相手を一度止める必要がある」
この演習の名目はサバゲのため、ペイント弾と着色術式を使い頭もしくは胴体に塗料がついた時点で死亡という扱いになり、戦闘から離脱することとなっている。
「そして狙撃には距離が必要です。うん、この配置なら個々の力を発揮できると思います」
姫が出した案、それは内陸側から近絶妃とその他のメンバーが東軍を足止めし、少し後ろの海沿いから姫と鬼が狙撃と攻撃術式を使い撃破を狙うというものだった。
「この陣形なら狙撃中に奇襲されても挟み撃ちにできる。いい案だ」
姫が戦法を勇に教える役割だったのは、優れた戦術家としての一面があるからだったのだ。
「妃は全力で相手とぶつかってくれ。戦線を膠着させるだけでも構わない」
「わかった」
西軍は有利な状況と確かな戦術、二つを備えている。圧倒的有利だ。
双方が徐々に進軍し、開始から十分後に南北両岸の中間点付近で対峙した。
「近接部隊が頑張っている間に、少しでも多くの相手を仕留める・・・。勝負です」
波打ち際付近に構えた姫は、ライフル(もちろんモデルガン)にペイント弾を込め、美しくも厳しい顔つきでスコープを覗く。
いよいよ両部隊の衝突だ。双方が薄めに隊列を組み、木刀と盾を構える。
姫がスコープの倍率を上げたその時、鬼からの無線が耳に入った。
「こちらには勇や豪はいないようだ。そちらはどうだ?」
相手の情報なので、たとえ傍受されたとしても問題はないが、それどころではない。
「こちらにもいないです」
一点突破と相手の策を予想していたため、自分の側に二人がいないことを不審とは思わなかったが、どちらの側にもいないのなら話は別だ。
すぐさま姫は次の伝達を行う。
「奇襲作戦の可能性があります。近接部隊後方のみなさんは挟撃の準備を。それと救光の援姉の姿がありません。気をつけてください」
直後、部隊後方のメンバーがこちらを向いたことがスコープ越しに確認できた。こういった場合にも対応が可能な陣形となっている、大丈夫なはずだ。
「まず一・・・二・・・」
姫は後方を警戒しつつ、確かな速さで相手を撃破していく。黒髪の撃殺姫、その名に恥じぬ実力だ。
数分後、
「そろそろ奇襲でしょうか」
そう呟くとスコープから目を離し、近接戦闘用のハンドガンを取り出す。そして勇と豪の出没情報を確認するため、無線をつけた。
「こちら黒髪の撃殺姫、応答願います」
応答がない。
「姫、ごめんなさい!」
背後から声が聞こえると同時に、竹刀が頭に叩きつけられた。
「いたっ!・・・勇さん!?」
ありえない方向からの攻撃に、姫は驚きを隠せない。
「こちら望探の俊勇、応答願います。・・・黒髪の撃殺姫、撃破しました」
「う、海の中から奇襲したんですか!?」
互いの顔が触れ合うほどに近くなる。
「は、はい。姉さんの水中呼吸術式をかけてもらって」
「じゃあ姉さんの姿が見えなかったのって・・・」
「撃破されると術式を解かなければいけないので、最初の位置に隠れていてもらいました」
すごい・・・。
かくして、第一戦は東軍の勝利となった。
「強すぎなんだよ!訓練ってことを忘れるなって!」
豪の竹刀が痛かったのか、鬼が文句を言っている。
「ははは、すまんすまん」
「いや笑うな!」
ノリのいい二人だ。
「改めてごめんなさい!女性を叩いてしまうなんて」
「いえいえ、勇さんに教えたことが、パワーアップして返ってくるなんて嬉しいです」
その後正午前までメンバーを変えて三戦が行われ、勇と姫の戦術勝負や豪と鬼の憂さ晴らし(?)が行われるも、最終的には東西ともに二勝二敗の引き分けとなった。
―――やはり佐藤勇は凄い。